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まさひこのパンケーキビルディングとその住人。打砕く者と守る者。  作者: TOYBOX_MARAUDER
海賊の秘宝と青い海、俗物共の仁義なき戦い
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暴走する軽トラックとロードキラー花子

 

 白い陽の光が黄色味を強め、そろそろ橙色に変わるか変わらないか…その瀬戸際。淡い色合いの、石造りの四角い建物が並ぶ島。司令部と連絡が繋がらず、混乱しながらも治安維持活動を続行する治安維持部隊。静止命令を無視し、申し訳程度に置かれた木板のバリケードを突破する不審な車両。何時の間にかに無力化され、倒れている風紀委員の有様は…普段の整然さを失わせ、秩序の綻びを感じさせた。


 混乱の真っ只中にある島にて、物資運送用の1台の軽トラックがたった今止まる。幌の掛けられた荷台に紛れ込んでいた黒と紫のドレス姿の花子とスチームパンクなジャケットとインナー、ズボン姿のリックの2人は、周囲をキョロキョロと見まわして他人の目が無いことを確認し、地面へと降り立った。


 眼前には慌ただしく木板のバリケードを突破した車両を追うべく、バイクにまたがる治安維持部隊と…この騒ぎすら何かのイベントの一種とみなし、NPCにこれでもかと格好をつける塩パグ学園島の男性プレイヤー、それ同様に格好をつけるNPCに守ってもらって喜ぶ女性プレイヤーなどが目に付く。彼ら彼女らは本当に逞しい物で、心底この非常事態をイベントとして…存分に楽しんでいる風だった。


 ただ、花子も例外ではなかった。他のプレイヤー達と違った意味で…口元に笑みを浮かべて。一種の祭り。その到来を感じたかのように。今この場で辛気臭い顔をしているのはリックと治安維持部隊ぐらいだ。


 「さてと、のんびりはしてらんないわ。行くわよ」


 なんだか良からぬことを考えた風な笑みを浮かべて獲物を探すような目を携えながら足取り軽く、進み始める花子。…リックにはその顔に見覚えがあった。大概ロクでもないことをしようとするときに見せる微笑だ。彼は嫌な予感を感じ取った風に眉間の皺を更に深め、渋い顔をし、鼻から大きく息を吐き出すとその背中を眺めながら後へと続く。


 「行くってどこによ。学園エリア行く車とかなさそうだぞ。バリケード立てられてるし」


 「道がないなら作るのみ。向かう車が無いのなら自分自身で運転するまで…それだけよ」


 思っていた通りの返答が花子から返ってきた。リックは視線を空へと向け、己の顔半分に手を当てれば鼻から大きく息を吸い込んだ後、吐き出す。何処か腹を決めるように。己の中の気持ちを切り替えるように。


 「――あぁ、わかっちゃいたけど…やっぱそうなるか」


 「モグモグカンパニーが好き勝手やってズタボロになるんだから私たちがやることなんて些細な物…どうせ有耶無耶になるわ」


 「そういう問題か? んまぁ…ゲームの中のロールプレイって考えりゃいいんだろうけど…この世界ゲームの中なのか最近疑わしく思えてきてなぁ。やっぱ抵抗あるよ」


 「じゃあアンタは見張り。私が見せてやるわ。短期間でお金を稼ぐと言うことがどういうことなのかを!」


 ゲームであること。現実であること。そんなことなど花子は問題にしていないようで、リックを先導。検問所の前へと進む。その間の道には沢山の人が居て、交通規制がなされていることもあって歩行者天国の様な有様。昨日来た時よりも遥かに賑わった様子だった。今までにない非常事態。その風味付けも相まって…各々が何かになりきった風に。


 検問所の先の桟橋にはフェリーの姿はなく、水面に陽の光を煌めかせる美しい海が水平線の彼方まで続く様子があるだけ。海上封鎖でもしたのか、来客がくる様子はない。検問所には一応数人の風紀委員の腕章をつけたプレイヤーが何人か散見出来たが、誰も彼も心細そうに、不安そうに瞳を揺らしてブローチを頻りに気にしたようにするだけ。…おそらく司令部と連絡が付かないのであろう様子は、ルッソとソニアが…モグモグカンパニーが塩パグ学園島の制圧に乗り出したことを2人に暗に伝えた。


 ――ルッソとソニアが仕掛けた…か。


 花子は思い、再度視線を島内陸部へ。芝居掛かったリアクションを人形に見せ、キャッキャとこの非常事態を楽しむプレイヤー達の合間に見える、建物や駐車されている乗り物にサッと目を通すとそちらの方へ爪先を向ける。人込みの間を縫い、迷いのない歩みで。


 検問所前の広場から建物が密集する町中へ。…この時、街中に見ることの出来る治安維持部隊や風紀委員は疎ら。都合の良い光景に花子は口角を上げ、路肩に止めてある1台の軽トラックへと花子は目を止めて歩み寄る。…運転席には暖かな陽射しを浴び、昼寝をする青いつなぎ服の男性プレイヤー。恐らく通行止めを食らって仕事の遂行が出来なくなったのだろう彼は、とてもいい顔をして寝息を立てていた。


 これから花子が何をするのか。重々にリックは理解しているがために、止めない己に良心の呵責を感じるが…これも今まさに目的を遂げんと奮闘する仲間の為。そう割り切って心を鬼にし、周囲に塩パグ学園島の治安を司るプレイヤー達がいないかどうかを見張り始める。軽トラックの方に背を向け、トラックのドアを遮る様にして立って。


 「…行けるぞ」


 リックが囁く。その合図をきっかけに、花子はトラックのドアを開け放ち、その中にいる青いつなぎの男の胸倉を掴むと、寝惚け目で何が起きたか解っていない様子のそれを車外へと勢いよく引きずり出し――


 「ふっ…ふがっ…ッ!」


 「せいっ!」


 仰向けに倒れた男の横っ面にサッカーボールキックを決めた。非情としか言いようのない情け容赦のない一撃は、男の身体を軽く跳ねあがらせて、力なく地面に落とす。…世紀末の様な極めて治安の悪い国か、好き勝手出来るゲームの中の世界。そこにしかないであろう光景は、その一部始終を視界に映していた者たちの視線を集める。戸惑いと畏怖、恐怖…その後に来る秩序への挑戦者に対する、確かな敵意。確かな反感と共に。


 「チョロいものね。さ、急ぐわよ」


 「滅茶苦茶やるなぁ…お前」


 自分がどういう状況か。全く分からないうちにやってきた一撃。恐らく痛みを感じる間も無く気絶に至ったであろう青いつなぎの男を見下し、無力化出来たことを確認した花子は、さっそく軽トラックの運転席に乗り込んで刺さったままの鍵を回し、エンジンを掛けた。それと同じくしてリックが助手席に、迅速に乗り込む。花子の行いに乾いた笑みを浮かべながら。


 「学園島の秩序に挑戦するか! 愚か者めぇッ!」


 「フッ…困った奴らだ」


 「エリカ、見ていろ。この私を不快にさせたゴキブリがどうなるのかをな…」


 「行くぞ、諸君。あの2人組を制裁だ! あっ、女の子には優しくしろ! それが紳士と言う物だ!」


 外から見れば深淵。しかし、住人からすればパラダイス。自分たちの居場所を守るため、塩パグ学園島の住人たちは秩序に弓引く不届き者が乗る軽トラックの前を遮る様に前へと出、勇ましく武器を構えた。一部は治安維持部隊に報告すべく既に行動を開始している。こういう場の空気を読む力。団結力、結束は本当に強いものでスムーズで、淀みがない。


 共通の敵を目の前に、それを鎮圧せんと己の前に立ちふさがる勇ましい塩パグ学園島の住人たちをフロントガラス越しに見、花子は邪悪な笑みをその顔いっぱいに浮かべる。片眉を大きく吊り上げ、口元から歯を覗かせながら攻撃的に。そしてレバーを操作し、ペダルを踏み込み、軽トラックをバックさせて距離を取った。


 「その意気や良し! さぁ、大事な大事な恋人諸共轢き殺してやるわッ!」


 「おいおい冗談だろ? 横とか通り抜けられる…って…おーいマジかよコイツ!」


 派手に啖呵を切る花子が今せんとすることに対し、畏怖しつつ、間も無く来るであろう衝撃に耐えるべく、シートベルトをしてから適当な場所に手を置いて掴まるリック。その刹那、花子はレバーを再操作。足がぺダルを踏み込み、軽トラックは荒いエンジンの駆動音と共に――今、己の前を遮る人込みへと突っ込んだ。


 「軽トラの1つや2つ、この俺は伊達じゃァッ――!」


 「うぎゃー!」


 「エリカッ…エリカちゃーグエッ!」


 「うわわー!」

 

 響く阿鼻叫喚の断末魔。フロントガラスは跳ねられ乗り上げられたプレイヤーの身体がぶつかったことにより罅が入り、車内にはドコドコと人を跳ね飛ばす音が鈍く響き…倒れた人間に乗り上げて軽トラックは激しく上下に動く。しかし花子が踏むペダルは踏み込まれたまま、彼女自身一切ビビった様子無くハンドルを握っていた。口元から白い歯を覗かせ、笑って。


 「マジでやりやがったこの女ッ…うおっ…! 横転するぅ!」


 「はーっはっはっはっはっ! 道を開けろォ! 下郎共ォ!」


 横転してもおかしくなさそうな軽トラックの中、ビビり若干狼狽えるリックの隣で花子は心底楽しそうに、高笑う。歩行者天国状態の道の上に軽トラックを走らせ、ハンドルを切り…劈くようなスキール音を立てながら軽トラックをドリフトさせ、一切止まることなく学園エリアへと続く、勾配の付いた高架橋への道を行きながら。


 その時花子が見せたドライビングテクニックはなかなかのもの。30階層で遊びまわっていた時に運転を覚えたのだろうが、人を轢くということに一切の躊躇いが無い心構えがハンドルさばきを迷いない物にしていたようだった。と言うか助手席でその有様を眺めていたリックの目には、意図的に多く人を轢こうとしている風にすら見えた。


 「あはは! おもしろーい! 次はアンタ! ハイッ! 20点!」


 「あーあーあー、これは酷い。もう滅茶苦茶だよ…。捕まったら何されるか解ったもんじゃねえな。つかお前心に肩パットとモヒカンでも付けてんのか? 世紀末的な意味合いじゃなくて狂気最大的な意味で」


 「ハァ? 何意味解んないこと言ってんのよ。映画とかのネタ? あんまり古いのは解らないわよ。私」


 「気にすんな。道も開けたし、さっさと学園エリアに向かってくれよっと」


 ノリノリでハンドルを操作して意図的に人を跳ね飛ばす花子の隣で、姿勢を元に戻したリックはバックミラーに映し出される惨状。跳ね飛ばされて動かなくなったプレイヤーや、プレイヤーのご機嫌取りを機械的に繰り返していたNPCの姿を一瞥。引き攣った笑みをその顔に浮かべて会話しつつ、シートの上に浅く座って両脚を罅が入り過ぎて歪み、その先を見るのも厳しいほど損傷したフロントガラスの方へと伸ばし、蹴って外した。


 「あら、気が利くわね。ありがと」


 「どういたしまして。お前と居るとホント退屈しないわ」

 

 暴走する軽トラックの前に立ちはだかるものなどは居らず、道は上り坂になっている橋へと一直線に開ける。花子はアクセルべた踏んだままにそこへと向けて軽トラックを進ませつつ、助手席に座るリックのこれでもかと言った風な皮肉っぽい物言いに、歯を見せ笑う。フロントガラスのなくなった、向かい風をもろに受ける車内の中で。その時の彼女の顔には反省も後悔も…そんなものは微塵もなく、ただ今の状況を存分に楽しんだ風であった。


 今まで30階層で燻っていた地獄の業火は、いよいよその姿を隠さなくなりつつある。塩パグ学園島にて燃え広がるそれらの目的は、眠くなるようなご立派な正義でも、恨み辛みのシケた復讐などでもない。それは本当に原始的な、欲しい物を得ようとする純粋な物欲。時には鈍くくすみ、時には鋭く輝く人の本質。もうそろそろ空が橙色になるであろう昼下がりの終わり際の一幕は、他者を押しのけ、蹴り落とさんとしながら利益に手を伸ばす亡者共の殴り合いの場に…今、ゴルドニアの音楽隊が降り立ったことを意味していた。

 



 *




 だんだんと橙色に成りつつある空。見る者に己を顧みさせる様な優しく、暖かで…どこか寂し気な色の穏やかなその空の下、切り立った島々とそれらを結ぶ蜘蛛の巣上に張り巡らされた橋の上の一角。そこにて、空模様とは相反する危険で不毛な戦いは、今もなお続いていた。お互い相手に追いつく、逃げ延びると言った風ではなく、砲弾を避けることを第一に、ほどほどのスピードで。言葉を交わさずとも生まれた、紳士協定の下で。


 定期的に降り注ぐ砲弾の雨の中を何とか掻い潜り、重く漕ぐごとに悲鳴を上げるママチャリのペダルを踏み。歯を食いしばり、荒い呼吸を繰り返しながら…シルバーカリスは前を行くマリグリンの背を見据えていた。その彼の進む先には、全体が商店街となっている島が間近に見えている。そして間もなく、そこからいくつかの軽トラックがあまり早くないスピードでこちらへ向かって走ってくるのが、シルバーカリスの後ろにいるセラアハトの瞳に映った。


 「リック達か…?」


 セラアハトは目を細める。向かってくる3台の軽トラックの運転席に見える者たちの姿を見極めるべく。だが、自分が思った楽観的な考えが間違いであると気が付くのに時間は要らなかった。


 「クソッ…新手かッ」


 運転席には動きやそうなミリタリーファッションに身を包んだ男たち。ギリギリこの島の客と言い張っても問題なさそうな服装のそれらが、荷台にも確認できた。間違いなく言えることは塩パグ学園島の運営関係者ではない事。ゴルドニアファミリアの関係者でもない事…そして何より、迷いのない軽トラックの動きは、何か目的があるということをセラアハトに伝えた。


 「…コンテナターミナルの荷に服でも上げておいたのかもしれませんね」


 「と言うことは…昨日お前が見た黒ずくめの部隊がアレか」


 「だとすると今まで潜伏してずっと探してたんでしょうね。マリグリンさんを。しかし…マズイです。数で負けている上個々の戦闘能力も僕たちを超えていると見て良いでしょうし…戦えば絶対に負けますよ。コレ」


 「…大丈夫。考えならあるさ」


 セラアハトの視線は遠くに見える3台の軽トラックからその手前に居るマリグリンの背中へと焦点を合わせた。


 「マリグリンッ! 正面から来てるのはお前の仲間か!?」


 「いいや、違うねッ! でも心当たりがないわけでもない!」


 「なら捕まったらマズイわけだな…マリグリン、取引だ! いよいよとなったら僕たちと一緒に橋の下に飛び降りろ! 陸に上がるまでは僕たちはお前を捕まえない! どうだ!?」


 マリグリンはセラアハトからの取引の申し出に口を噤み、正面から迫る3台の軽トラックを見据える。眉間に深い皺を寄せ、険しい表情をして。その時、彼の頭の中に巡るのは…このままあの3台の軽トラックに乗る者たちと接触して逃げ延びられる可能性と、セラアハトと取引して海に飛び込み、その後で逃げ延びられる可能性。その2つについてだ。


 ――結構な高さがあるが、海面に飛び込んだ方がまだ可能性はあるか。セラアハトが下に展開するゴルドニアファミリアの連中と繋がっていたとして、セラアハトが約束を反故にしたとしても…。


 苦境に立たされたマリグリンは、自分が最も助かるであろう可能性を模索。その後で腹を決め、顔を横に向けてセラアハトを見た。


 「よし、乗った! 裏切るなよ、セラアハト!」


 「ふふん…お利口だ」


 仮初めの協定が、セラアハトとマリグリンとの間に成立。セラアハトは相変わらず切羽詰まったような顔をしているマリグリンの瞳を見据えながら頷き、小さく呟いた。口元に笑みを浮かべ、依然追い詰められたような表情をしながら。


 だんだんと迫り、鮮明になってくる軽トラックに乗る者たちの姿。塩パグ学園島のユーザーとは思えぬ、逞しい肉体と面構えがしっかりと見て解る程度の距離に差し迫った時、彼らはこちら側がなんであるか見定めることが出来たらしく、道を塞ぐように軽トラックを横並びに止めた。とはいってもこの高架橋の幅自体は結構広い物で、抜けようと思えば側面を抜けられそうなものだが。


 ――商店街は目と鼻の先。突破してそこにさえ逃げ込めれば遣り様は幾らでも…。


 ――アレ? 横抜けられる?


 セラアハトとマリグリンは揺らぐ。何とかなってしまいそうな、軽トラックを横並びにした封鎖。そう見せかけている罠なのかもしれないと心の片隅で思いながらも。だが、迷いもすぐに消え去る。今日何度目かの砲撃の音がその耳を突いたことによって。

 

 「チッ…よくもまあ気前よく撃てるものだ。何処からそんな資金調達してきたんだか」


 降り注ぎ始める砲弾の雨。自分たちの前を行くマリグリンも、忌々し気に呟くセラアハトが乗る自転車を運転するシルバーカリスも。砲弾の着弾に備えて神経を研ぎ澄ませたが…すぐに意識は別のところへ向く。正面に見える軽トラック周辺に展開するミリタリーファッションの男たちが、ド派手に砲弾で吹きとばされたことによって。


 「!?」


 「イエス! ナイスゥ!」

 

 まさかの展開にセラアハトは目を見開いて船列を見下し、シルバーカリスはにっこにこに笑って右手を己の前で握りしめる。正面には横転し、轟々と燃え盛る軽トラックとその傍で動かなくなった男たち。中には橋の下へと吹っ飛ばされたものもいる。その光景は、先ほどのセラアハトとマリグリンの間で交わされた協定が無意味なものになったことを意味していた。


 しかし、完全に彼らは無力化されたわけでもなく、橋から落ち行く者はその口にポーションを咥え、燃え盛り砕かれた道路の上にて生き残った者たちはゆらりと立ち上がる。その手に刀身の黒い、長めのマチェットを携えて。


 「…凄いな。部下に欲しいぐらいだ」


 セラアハトは呟く。心底関心したように。その闘志、任務を遂げようとする姿勢に敬意を抱いたように。


 だが、そんな余裕もほんの一瞬。砲弾を避けるためにセラアハトもシルバーカリスも集中を強いられる。しかし、あと少しで商店街の島だ。乙女島より遥かに大きいし、建物もたくさんある。少なくともこちらの位置はつかめなくなるので砲撃はできなくなるはず。そこまで到達できればマリグリンの捕獲に専念できる。見えてきた勝ち筋にセラアハトは口角を上げ、その腰にあるシャムシールを抜いた。あと少しで接触するミリタリーファッションの男たちの生き残りを見据えて。


 「?…またかッ!?」


 「いや、あれは違いますね」


 直後、島の建物と建物の合間から、けたたましいスキール音とともに猛スピードでドリフトしながら現れる軽トラック。セラアハトはそれに反射的に身構えたが、シルバーカリスの言葉によって敵でないことにすぐに気が付いた。バンパーはベコベコ。ヘッドライトも割れていて、フロントガラスもない無残な姿の軽トラックの運転席に乗る、2人組を遅れて認知して。


 「花子、花子さーん? スピード落とした方が良くないっすか? 何か砲撃されてるっぽいし」


 「大丈夫よ。ここまで来る途中で跳ねた連中見る限りこの速度で行っても死なないわ。それにあんな骨董品みたいな大砲当たるもんですか」


 「おい。待て。轢くつもりか。マリグリンを」


 「ぐったりしてた方が都合良いでしょ。塩パグ学園島が戦闘状態だし、本で脱出できそうにないもの」


 当然花子とリックもマリグリンとセラアハト達の存在に気が付く。その最中、花子は何とか砲弾の雨から生き残ったミリタリーファッションの男たちを数人跳ね飛ばし――マリグリンへと狙いを定め、アクセルをこれでもかと踏み込んだ。


 「死ねぇッ! マリグリンッ!」


 「えぇッ!?」


 その時花子の心の中にあったもの。それは、一夜にして全財産の殆どを失った苦い記憶。純然たる八つ当たりの気持ちから彼女は豹変。そのまさかの発言にリックは仰天して花子の横顔を見る。正面には慌てふためいたマリグリンと、その向こう側にはリックと同じような顔をしたシルバーカリスとセラアハトの姿があった。


 ――こっ…殺されるッ…!


 砲弾で砕かれたアスファルトの上、上手くハンドルが操作できないその場にて、涙目になったマリグリンは目を強く瞑る。避けようのない暴走した軽トラックを前にして。だが――迫るエンジンの駆動音は1発の砲弾の着弾音とともに消え去った。


 「うっわわー!」


 「うおあああああッ!…落ちるぅ!」


 直後に聞こえるのは花子とリックの情けない叫び声。声の方に視線をやれば、荷台部分を吹き飛ばされて宙に浮く軽トラック。それがモノレールの線路の向こう側へと今落ちんとしていた。…荷台側面に直撃弾を貰ったのであろう。横っ飛びに橋の下へと落ちて行き、ゴルドニアファミリアの船列へと飛んでいく。


 「リーック!」


 セラアハトは放物線を描いて飛んでいく、軽トラックを見ながら叫ぶ。だが、返事は帰って来ず、それは帆船の甲板の上に落ちた。


 「大丈夫です。あの人たちしぶといですから」


 そんな動揺を隠せないセラアハトを自転車の荷台に乗せるシルバーカリスは、安心させるように言う。心配した風なく。そして、その言葉を肯定するかのように甲板に落ちた軽トラックに動きがあった。蹴破られる軽トラックの扉。そこから現れる尻に火が付き、走り回るリックと抜身のレイピアを片手に這い出る花子。それらに対峙するように身構えるゴルドニアファミリアの美男美少年たち。…一先ず安心できたセラアハトであったが、まだ気が気ではない。リック達の状況は衆寡敵せず。圧倒的に不利な状況なのだから。


 心配そうにするセラアハトの視線はやがて建物によって遮られる。それは戦いの舞台が見通しの良い一直線の橋の上から、縦横無尽の市街地へと移行したことを伝えた。シルバーカリスが見据える先に居るマリグリンはパンクし、漕ぐのもしんどくなったママチャリを乗り捨てて走り始め、シルバーカリスも若干拉げてペダルの重いママチャリを乗り捨てる。


 「ここで捕まえますよ!」


 「あっ、あぁ!」


 リックの危機に煮え切らなくなる恋する乙女なセラアハトを気に掛けつつ、シルバーカリスは言うと、人込みに紛れんとするマリグリンを追ってサーベルを抜き放ちながら走り始め、その後を後髪引かれる気分のままセラアハトが続く。橙色の優しい光に包まれる夕暮れ時の商店街の中、戦いは新たなフェーズへと移行する。何も知らない罪なき塩パグ学園島の住人たちが多数存在する場を…戦場として。

スキール音と言うのは車が横滑りした時に聞こえる音ですな。アスファルトとタイヤが擦れる音と言えば解りやすいでしょうか。

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