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まさひこのパンケーキビルディングとその住人。打砕く者と守る者。  作者: TOYBOX_MARAUDER
海賊の秘宝と青い海、俗物共の仁義なき戦い
83/109

スクールファイターズ~校内暴力と学級崩壊~


 切り立った背の高い島々と四方八方に延びる高架橋。それらが一帯を形作る学園エリア。その中の1つに属する島、乙女島。それを丸々1つ占有する形で作られた学園、聖乙女学園。広大な前庭には白いモダンな校舎に一直線に伸びる白い石畳。周囲には大凡30階層には似つかわしくない広葉樹の庭木が散見出来る、客と言う名の生徒たちが作り物の青春を謳歌する場。当日発表のイベントがあるという話だったが、その日、聖乙女学園に訪れることの出来た生徒たちはいつもより少なかった。


 いつもよりも人はいないと言っても腐ってもテーマパーク。腐っても一部のコアユーザーのハートをがっちり取り込む場所。人の密度はそこそこ。高架橋と一直線に繋がるその島の入り口。そこにて周囲の客とは違った目的を持った2人組が生い茂る庭木の向こう、遠目に見える校舎を見上げていた。


 「…今ようやく交通規制が緩和されたそうです。とはいっても徒歩と自転車ぐらいで車両の通行は許可されず、電車やモノレールの運行も見合わせたままだとか」


 すっかり仕事モードで、いつもよりも引き締まった顔つきのシルバーカリスは白いスーツの裾に付けたブローチを人差し指で叩く。今さっき無線で聞いた花子とリックの現在の状況。それをセラアハトと共有しながら。


 「仕方ない…僕達だけでどうにかしよう。行くぞ。シルバーカリス」


 「えぇ、そうですね。やりましょう」


 セラアハトとシルバーカリス。それらは短く会話を交わし、正面に見える校舎を見据えて歩き出す。周囲にはイベントを楽しみにした様子のプレイヤー達と、一際多く感じられる黒い鎧姿の警備員たち。…時刻はそろそろ14時に成ろうとしている時間帯だが、昨日の夜に見た黒ずくめの部隊が表立って何かした様子は警備員たちからは確認できず、とりあえず人の集まる場所に配置されて警戒をしている。そういった感じだった。


 「イベント前に見つけて…30階層始まりの島に飛ばす。それで良いですよね?」


 事前に話し合った目標の確保方法。それを確かめるようにシルバーカリスはセラアハトに問う。


 「あぁ。その時になったら可能であれば僕の手を掴んでおいてくれ。奴は転送先で逃げるだろうからな。一緒に居た方が良いはずだ」


 セラアハトは前を見据えたまま答える。広葉樹を通して落ちる、木漏れ日が彩る石畳の上を行きながら。


 しばらく歩き、生い茂る庭木に挟まれた石畳の道から無造作に止められた自転車が脇に見える校門へと差し掛かる。強い日差しを遮るかのように生い茂っている木々に遮られた視界は一気に開け、広く整えられた校庭とモダンなデザインの美しい校舎の全体が視界に飛び込んできて、強い潮風と陽の光が2人を出迎えた。セラアハトとシルバーカリスは帽子が飛ばされない様に片手で押さえつつ、1階がピロティ構造になった校舎の向こう側に見える正面玄関へと向かう。陽の光を白く強く反射させる校舎。その中にあるであろう職員室を探すように、見える範囲の場所に視線をやりながら。


 外装同様白を基調としたモダンな内装。学校にしては綺麗過ぎると思うのは、公立校に通う自分だからだろうか。シルバーカリスは仕事をこなす半分、塩パグ学園島の売り。アミューズメント施設としての臆面も観察しながら進み、懐中時計を一瞥。長針は10を指していることを確認する。


 ――イベント開始まで10分。職員室の前で待機していれば目標と接触できるはず…。


 シルバーカリスはそう考えていたが、ちょっとした懸念を抱いた。何の変哲もない廊下。その奥から聞こえる黄色い声によって。


 懸念はシルバーカリスと後に続くセラアハトが声のする場に到達した時、表向きのものとなった。


 …職員室と書かれた室名札。それがかかった引き戸の前に集る女性プレイヤー達。集団心理からだろうか。他人が良いと言ったものを過剰に持ち上げる。その傾向、性質が見て取れる光景。人だかりはシルバーカリスにも、セラアハトにも…それはそれは都合が悪い物で、思わずその表情を引き攣らせた。


 どうやってこの人の波を押しのけ、目標と接触するか。シルバーカリスは形の良い顎に軽く握った拳を当て、セラアハトは腕を組んで考えていると集っていた女性プレイヤーの内の1人。長い黒髪の少女が振り返った。そして丸メガネの向こうにある瞳にセラアハトとシルバーカリスを映す。…セラアハトはその人物に見覚えがあった。昨日自分をもみくちゃにした女性プレイヤーの1人だ。


 「あー、セラアハト君だぁ。わぁ~彼氏? かっこいい~、お似合い~」


 明らかに作った甘ったるく、ほんわかした、妙に間延びした声をセラアハトに掛けつつ、その女性プレイヤーはセラアハトとシルバーカリスの方へと歩み寄る。


 ――まずい。


 セラアハトもシルバーカリスも。心の中で真っ先に思うのはその一言。2人はそれはもうバツの悪そうな、苦虫を噛み潰したような顔をし、互いの顔を流し目で一瞥してアイコンタクトを取ると踵を返した。…今この場に留まるのは危険。今目標にバレるわけにはいかない。故に選択肢は無く、そうせざるを得なかった。


 「セラアハト君、どうしたの~?」


 「少し喉が渇いた。自販機がどの辺にあるか知らないか?」


 「えぇ~、知らな~い」


 付いてくる丸メガネの女性プレイヤー。その周囲には彼女の連れと思われる2人の女。何かと外面の良いセラアハトは、当たり障りのない対応をしながらシルバーカリスの顔を見、彼女はセラアハトの考えを理解したように頷く。その意思の宿るセラアハトの瞳を見据えながら。だが、彼女の両サイドには丸メガネの女性プレイヤー連れが居て、現状では抜け出すのは難しそうだ。


 「お兄さん顔小さいですね~、すごくスタイルいい~」


 「あはは…ありがとうございます。あと僕女ですよ」


 目標が現れるであろう職員室。そこから遠ざからなければならないもどかしさ。後ろ髪を引かれるような気持ちと焦りを感じつつ、シルバーカリスはここぞとばかりに主張する。自分は女であると。自分に関心が無くなるのではないかと、そう踏んで。しかし――


 「…良い! 男装女子と女装男子の組み合わせ! 付き合ってるの!?」


 「というか…職員室に居た金髪のNPCより好みかも~」


 その思惑は裏目に出、彼女たちの関心を強く引いてしまった。同性だと解ったからか、異性間にある壁は取り払われ、彼女たちはより踏み込んでくる。鼻息を荒くして。


 「いや、ただの連れですよ。付き合ってませんって」


 「ほんとぉ? あーやしぃなー」


 「本当ですよぉ、セラアハトさんには好きな人いますし…」


 「へぇ~…セラアハト君って好きな人いるんだ~」


 悪い人たちではないのだろう。話していて不快感もないし、何か害意の様な物を感じるわけでもない。むしろ楽しい。だが、状況が状況だ。都合が悪い。かといって無下に扱えるほど意地悪な性格はしていないシルバーカリスは話を合わせてしまう。


 ――教室内で決着を着けるしかない。


 シルバーカリスが思った時、職員室から聞こえるより大きな声。歓声。それが移動し、階段の方へ向かっていく。丸メガネの女性プレイヤーとその連れは自分たちが今来た廊下を振り返り、セラアハトとシルバーカリスの腕を掴むとそちらの方へと進み始めた。


 「2人ともイベント始まるから行こうッ!」


 「じゃないと席確保できないし!」


 「飲み物はあとで~」


 3人はセラアハトとシルバーカリス。2人の返事を聞こうともせず、職員室側にある階段から2階へ、そして今日イベントがあるとされている2年2組へと到達。既に埋まりつつある席の中、かろうじて空いていた最後尾の5席。そこへと着いた。


 ガヤガヤとする2年2組の教室内。その中は女性プレイヤーだらけで男性プレイヤーはパッと見見当たらなく、教卓の前には金髪のハンサムな優男…今回の目標であるマリグリン・フラウセンが立っていた。セラアハトが見慣れた、白いジュストコールとボンタンの姿ではない、白いセーターとカーキ色のズボン。伊達メガネと思しき丸メガネ。そんな姿の。見る限り丸腰のようだった。


 シルバーカリスが顔を横に向ければ、顔を隠すように両肘を立てて顔の前で手を組むセラアハトの横顔が見え、反対側に顔を向ければ丸メガネの女性プレイヤーとその連れが仲間内で噂のNPC、マリグリンの容姿について話していた。


 ――邪魔が入らない今しかない。


 シルバーカリスは席から徐に立つと、座る際に机の横に立て掛けておいたライフル銃を肩に掛ける。次に腰の小物入れから階層転移の本を取り、それを腰後ろに隠した形で開く。そして何も言わずに教卓へと近付く。――目の前にはカジノで花子、ブルータス、褐色肌の黒髪の男と共に卓を囲み、見せ場もなく退場した印象の薄い金髪の優男の姿。それは不思議そうな顔をしてこちらを、シルバーカリスを見る。


 「授業が始まりますよ。席についてください」


 マリグリンは教師役として、それっぽい言葉選びで一歩一歩近付いてくるシルバーカリスを咎める。だが、そんなものはシルバーカリスにとって関係なかった。触って階層転移をする。そうするだけで塩パグ学園島には用がないのだから。その様子は他の生徒たちの不思議に思った風な視線を集め、ガヤつかせる。教室の出入り口の引き戸から立つ小さな開閉音を掻き消す程度には。


 ――この距離ならッ!


 教卓越しに見えるマリグリンの姿。それに十分に近づいたところで勝ちを確信した笑みを浮かべるシルバーカリス。対するマリグリンはキョトンとした顔をしていたが、突如何かを察したように顔を思い切り引き攣らせ、背中を黒板に張り付かせた。――だが、もう遅い。強引に連れ去れる距離だ。


 「獲っ――」


 教卓の上に階層転移の本を持つ手を置いてシルバーカリスがその上を乗り越えた時、シルバーカリスとマリグリンの前に互いを遮る様に現れる影。マリグリンへと伸ばしかけたシルバーカリスの手を、それは掴んだ。黒い革手袋を嵌めた手で。


 スタイリッシュなスーツ姿の…黒髪褐色肌の美男。今さっきまで教室の中になかったそれは、突如として現れた。その見覚えのある彼にシルバーカリスは思わず驚き、目を見開く。


 「――俺好みだ」


 「ッ、ぅっ…!」


 黒髪の褐色肌の美男、ルーインはシルバーカリスの手首を抑えたまま、その首元に顔を寄せて顔を埋めて鎖骨に舌先を這わせる。見てくれは美少年なシルバーカリスは突然の事だったこともあって、何が起きているのか解っていない様子で肩を跳ねさせ、未知の刺激に微かに声を上げていたが、マリグリンはその隙をついて教室の出入り口へと走り始めた。当然、それを追うようにセラアハトが動く。


 「…なんだ。女――」


 何かを察し、酷くがっかりした様子で何か口走りかけたルーインであったが、彼の自信満々な高慢ちきな表情は酷く歪んだ。ダダンッ、と言うリズミカルな床を踏む音。それが聞こえた直後に来る、足の指先から感じる激痛に。…その時、彼の足に乗っていたもの。それは白い革靴を履いたシルバーカリスの左足だった。


 「ぐああッ――ッ!」


 痛みに声を上げて身体が少しばかりくの字に曲がるルーイン。痛みによって抜けた力はシルバーカリスの手首を握る手にも影響を齎し、彼女は自分の右手首を握っていたルーインの手を間も無く振りほどいて脇を締め、身構えると――ジャブで鼻っ柱を押すように殴った後、打ち上げの右フックで彼の形の良い顎を斜めからぶっ飛ばした。

 

 ――幾ら優しく八方美人でも…一線を踏み越えたナメた真似をする相手には一切容赦のないシルバーカリス。その時、彼女の灰色の瞳に映るのは顎にクリーンヒットを貰って軽く身体を浮かせ、黒板の前に落ちていくルーインの姿だった。


 「…最低ッ、変態ッ!」


 珍しく嫌悪感を現にして感情的になった風にその目つきを険しいものにするシルバーカリス。伸びるルーインを見下した彼女は頬を赤らめながら吐き捨てると、セラアハトを追って教室を出るのではなく教室の出入り口の対面。そこにあるベランダへと向かった。


 あまりにも一瞬で起きた出来事に教室内のプレイヤー達は何が何だかわかっていない様子で、目を点にしている。彼女らの視線は黒板の前で伸びるルーインか、ガラス引き戸からベランダへと出るシルバーカリスへと向けられていた。ただ静かに、取り残されるように。




 *




 長く白い廊下。右手には大きな窓があり、その向こう側には水平線の向こう側まで続く青いアクアマリンの海。太陽は昼下がりの暖かく、優しい物になっていて、その光が窓から差し込んで廊下に影を落として彩る。明るい色彩の廊下が、薄暗く見えるほどの明るい光で。


 塩パグ学園島。学園エリア。乙女島聖乙女学園。その授業中の学校の中、廊下を疾走するのは教師っぽい衣類に身を包んだ必死の形相のマリグリンと、その後ろ姿を追うスチームパンクファッションで女装をし、その衣類を風に靡かせるセラアハト。さらに後ろを――プリントの束を持った学生服の顔の良いNPCが2人。セラアハトを追ってそこにいた。壁に貼られる廊下を走るなと言う旨が書かれたポスターはそれらに気が付かれることさえない。


 「待てッ、マリグリンッ!」


 「そう言われて待つ奴がいるもんか! と言うかその声…お前セラアハトか!?」


 「…違いますッ」


 「裏声使っても無駄だッ! 俺が捕まった暁にはゴルドニアファミリアの連中にお前の今の醜態洗いざらい話してやるぞッ! それが嫌なら俺を見逃せッ!」


 マリグリンを追うセラアハトであるが、彼との身長差は結構ある。故にどんどん互いの距離は開いて行く。その事実はセラアハトに焦りを感じさせるには十分で、彼の右手は自然と腰後ろのフリントロックピストルへと伸びた。――もう、この際女装していたことが組織内に、ゴルドニアファミリア内にバレても良い。その時のセラアハトの心持はそんな形であった。

 

 「チィッ…止まれーッ! 止まらんと撃つぞーッ!」


 「やれるもんならやってみろッ! この女装野郎ッ! 走りながら撃って当てられるものかよ!」

 

 マリグリンの背に向けられる銃口。吼えるセラアハト。だが、銃と言う武器の性質。それをよく理解しているマリグリンは止まらない。顔を横に向け、伊達メガネ越しのその瞳にセラアハトの姿を映しながら、意地悪く笑うだけだ。


 ――舐めやがって…!


 ボロクソ言っていい気になるマリグリンの後姿。遠のき行くそれを空色の瞳に映し、セラアハトは腹の中で呟く。奥歯を噛みしめ、酷く腹を立てたように。ふとその時、右手のブローチが薄ぼんやりと光っているのに気が付いた。窓から差し込む眩しいほどの太陽の光。それで気が付くのが遅れてしまったが、確かに光っている。セラアハトは透かさずそれに触れ、耳元に持っていく。走る速度を落とさずに。


 『セラアハトさん、聞こえますか? どうぞ』


 「なんだッ? どうぞッ!」


 ブローチから聞こえるのはシルバーカリスの一切の乱れもない息遣いと声だ。


 ――マリグリンを追っているわけではないのか? と、セラアハトは不信感を抱きながらシルバーカリスに応答。その空色の瞳に、今の廊下での騒ぎを聞きつけて続々と各教室の中から現れる、この施設でのサービスを受けるプレイヤー達の姿を映し、苦々しい表情を浮かべた。


 だがしかし、その苦々しい顔もほんの一瞬。教師役としてサービスを受けていたのであろう男性プレイヤーたちの姿を見ていて、セラアハトの脳裏に過るとある方法。それに彼は思わず口元に邪悪な笑みを浮かべた。


 「泥棒ですっ!」


 男としてはあまり声が低くなく、十分声の低い女子として通用しそうな声のセラアハトは、教室内から現れた男性プレイヤー達を見据えて走り行くマリグリンの背中に向けて指を指し、訴えた。その間、ブローチからシルバーカリスの声が聞こえて来ているが、今はそれどころではない。


 「ナニィッ!? これは先生の出番だねッ!」


 「よしッ、野郎どもッ! 行くぞぉッ!」


 「待てオラー!」


 「捕まえてケツにカラーコーン…根元まで突っ込んでやるぜぇッ!」


 見てくれは可憐な美少女がイケメンに困らされている。セラアハトの主張を鵜呑みにすればそんな状況。構図。容姿に劣等感を持ち、拗らせているものも珍しくなさそうなこの場では効果覿面。セラアハトの訴えを聞いた男性プレイヤーたちは目をギラリと光らせ、揃ってマリグリンの背中を追い始める。学校で暴れまわるイベント。今までそんな物は無かったようで、心なしかその時の彼らの声は弾んで聞こえた。


 ――とりあえずこれで良い。

 

 セラアハトは足を止め、ブローチに声を掛けるべく口を開く。


 「すまない。取り込み中だった。もう一度頼む。どうぞ」


 『マリグリンさんの居場所解る様に追いながら騒ぎ起こしてほしいなって思ったんですけど…今どうなってます? 一部から怒鳴り声と悲鳴みたいなのが聞こえてますけど。どうぞ』


 「プレイヤーに奴を追わせている。今騒がしいところにマリグリンが居ると見て良い。どうぞ」


 『なるほどなるほど…名案ですね。ソレ。図らずとも僕の要望を叶えてくれたようで良かったです。ではセラアハトさんは引き続きマリグリンさんを追ってください。僕は先に回り込む形にしますんで。通信終わり』


 シルバーカリスとの会話の間にも、廊下の向こう側から聞こえてくる男性プレイヤーたちの物騒な言葉選びの怒鳴り声と、マリグリンの悲鳴にも似た必死の弁解。いい気味だと思い、クスクスと笑い声を立てつつシルバーカリスとの通信を終えたセラアハトだったが、背後に迫る二つの影と足音。それに気が付き、反応するのに遅れてしまった。


 「ッ、つっ…――!」


 直後、背に感じる二つの衝撃。前のめりに倒れ、床に這い蹲った後に身体を起こしながら仰向けになって振り返ってみれば、心配そうな顔をして手をこちらに差し伸べる2人の容姿の良いNPCと宙に舞うプリントが目に付く。


 ――こういうサービスのための部品だったな。こいつらは。

 

 セラアハトは不機嫌そうな顔をし、腹の中で呟きながら自力で立ち上がると自分が女と見なされたこと。その事実を気に入らなく思いつつ、ぶつかって来られた仕返しとして2人のNPCの尻を軽く蹴っ飛ばし、1階に移った声を追うべく行動を開始する。しかし、向かうのは階段ではない。すぐ傍にある教室。この騒ぎで何の反応もなかった一室。そこの引き戸をセラアハトは開け放ち、その中へと入って行く。わが物顔で。


 「えっ…なになに…イベントぉ…? あっ…可愛い…」


 落書きにしか見えない紋章らしき何か。それが書かれた黒板を背にする無難な服装の、教師役っぽい気の弱そうな男性プレイヤー。彼の授業を受ける女性NPC達。そんな光景が広がっていた。


 セラアハトは今さら何か思うような事もなく、その中を何事もないように進んで行き、出入り口の対面にある、ベランダに続くガラスの引き戸へ。そこを開けてベランダへと出た。…マリグリンを追っているであろう声は1階。正面玄関へと向かっている。だが、気がかりなのは上の階。そこから何やらけたたましい物音と怒鳴り声、女性プレイヤーの物と思われる悲鳴が聞こえ始めていることだ。


 ――シルバーカリスが何かやったのか? いや、そんなに早く上がれないか。


 そう思いつつ、ベランダを乗り越えて校舎の外へと出ようとしたとき…複数の足音が教室へと踏み込んできた。ドタドタと足並みの合わない音を立てて。


 「風紀委員だ! 大人しくしろッ!」


 風紀委員と書かれた腕章を身に着けた、制服姿の男たち。…おそらく塩パグ学園島の運営であろうそれが、今ベランダから地上へ降りようとしているセラアハトを睨んで吼えた。


 「…何かの間違いじゃないのか? 僕は何もしていないが?」


 「校内での暴力行為! これは立派な校則違反だ! 言い逃れはさせんぞ!」


 …どうやら学校の関係者。この夢の学園の裏舞台を支える労働者たちを攻撃した場合、風紀委員。つまり、この学園内に存在する警察機構が介入するようだった。心当たりはありはするが、セラアハトは納得できない様子で彼らを見据える。


 「待て、僕はNPCの尻を軽く蹴っただけだ。そもそもいきなりぶつかってくるあいつらのそれこそ暴力――」


 ベランダの手すりを跨いだまま、セラアハトが釈明しかけた時…上の階から聞こえる物音。その激しさが増したと思った直後、ガラス窓を何かが突き破る様な音が聞こえ――


 「うわぁぁぁー!」


 悲鳴と共に人影が落下していった。明るい日の光を鋭く反射させ、光の粒子の様に見える無数のガラスの破片と共に。間も無く鈍い音と、ガラスの破片が石畳の上に降り注ぐ音が耳に届く。


 セラアハトはベランダの手すりに跨ったまま、ベランダの下を見下す。白い石畳の上には風紀委員の腕章をつけた男がぐったりとしていて、ピクリとも動かない様子があった。明らかに何者かと争ったことは誰の目から見ても明らかで、いまだに上の階からは何者かが争う様な音、声が聞こえている。


 「言い訳は後で聞いてやる、大人しくしろッ」


 風紀委員は只ならぬ騒ぎに少しばかり怯んだ様子であったが、すぐに気を取り戻してセラアハトの方へと歩み寄ってくる。彼を捕らえるべく、仕事を全うすべく。


 ――面倒なことになった。


 セラアハトは口元を歪めて下唇を噛み、小さく心の中で毒づくとベランダから外へと飛び降りて綺麗に着地し、正面玄関に迫るマリグリンとそれを追うプレイヤーの声の元へと走って向かう。今捕まるわけにはいかない。何としてもマリグリンの身柄を抑え、ゴルドニアファミリアに巣食う裏切り者。その名を吐かせねばならない。この島の法に逆らってでも成さねばならない使命があるのだから。


 「逃げたぞーッ! 追えーッ!」


 背後から聞こえる風紀委員の声。それを耳にセラアハトが進んでいると校舎の正面玄関からマリグリンが出てきた。続いて男性プレイヤー…ではなく、スタイリッシュなスーツを身に着けた4人の美男たちが続く。


 ――ルーインの部下か。


 セラアハトは腹の中で呟く。だが、喜びはしない。彼らの目的はハッキリしないまま。彼らが別の組織の息がかかった人間である可能性も捨てきれない。


 その最中にもマリグリンは進み、1階がピロティ構造になり、通りになっているそこへと差し掛かからんとする。その向こう側には校門が見えるが…セラアハトの視線は其れよりもピロティ構造の1階。その上の階の廊下であろう窓ガラスが連なる場所。その3階部分に向けられた。


 …窓ガラスの向こう、どこから持ってきたのか解らない…学校机。それの脚を両手で持ち、振り上げて今窓ガラスを突き破らんとするシルバーカリスの姿を視界に捉えたことによって。廊下と廊下の両端には彼女を追っているのであろう風紀委員の姿も見受けられる。


 刹那、ガシャーンと耳を劈く派手な音を立てて突き破られた窓ガラス。そこからシルバーカリスは飛び出し、降り注ぐガラスの破片と共に眼下に見えるマリグリン目掛けて机を振り下ろさんとする。当然その音にマリグリンもそれを追っていたルーインの部下も反応。上を見上げて足を止めた。その間、進むのはセラアハトだけ。捕まえるというより殺しにかかっているシルバーカリスに思わずその顔を戦々恐々としたものにして。


 「うわっ!」


 「ッ…外したッ…」


 叩きつけられて激しい音を立てる机。脚は拉げ、石畳との接触点は砕け散ってその上にシルバーカリスが頭に被っていた帽子が落ちる。狙われたマリグリンであったが、運がいいのか反応が良かったのか。解らないが、擦れ擦れのところで身を仰向けに反らして躱し、驚き目を丸くする彼の傍に着地したシルバーカリスは小さく、唸る様に呟く。その灰色の瞳に確りとマリグリンの顔を捉えて。


 だが、止まっているのはその一瞬だけ。すぐにマリグリンはピロティ構造の向こう側に見える、校門の方へと走り出す。シルバーカリスもそれに続き、次にルーインの部下が、その次にセラアハトが続く形となる。それらの遥か後ろでは校舎のベランダや窓から湧き出る風紀委員と、この島に入る前に見かけた黒い鎧の警備員たち。狼藉を働いた者どもに正義の鉄槌を下すべく、トンファーや刺股を手にして追って来ていた。

 

 ――変だ。ほんの少し時間が稼げれば風紀委員たちが駆け付ける。学校から逃げる必要は無い筈…。


 シルバーカリスは思い、立ち止まる。今まさに、校門の脇に無造作に止められていた自転車。それに跨ったマリグリンを見て。同時に手際が良すぎることにも違和感の様な物も感じるが、気にしている余裕はない。その最中にもマリグリンは行動し、ペダルを漕いで校門から庭木が左右に並ぶ石畳の道を進んでいるのだから。勝ち誇ったような顔をし、こちらを振り返って右手でガッツポーズを取って。後をルーインの部下たちが続く。追いつけないのが解り切っているのに、なぜか全力疾走で。


 しかし、シルバーカリスがマリグリンのご機嫌な顔を見ていたのはほんの一瞬。すぐにその目はルーインの部下たちの間に見える、その向かい側からやってくる自転車へと向く。それに乗るのは制服姿でご機嫌の、恵比須顔をした男性プレイヤーと荷台に乗る女性NPC。仲睦まじい様子で会話をする2人組だ。


 シルバーカリスは腰にあるサーベルには目もくれず、肩に掛けたライフル銃を手に取るとサーベルの隣に取り付けた銃剣。それを鞘から抜き放ち、ライフル銃の着剣装置にセット。ルーインの部下の間を抜け、今自分の横を通り抜けようとする無実の人間とNPCのカップルの前に立ちはだかった。


 「っ…! ちょっとちょっと、危ないですよ~!」


 「すみませんね。その自転車貸して貰えません? ちょっと急ぎのようでして」


 「えっ…なんでッ…!?」


 「後ろの子の身の安全を考えるのならあと1秒で言うことを聞いてください」


 両手に握ったライフル銃をシルバーカリスは構えて引き金に指を掛ける。銃口の先に居るのは勿論自転車の上のプレイヤー、その後ろに座るNPCだ。しかし――その姿勢自体はただのこけおどし。だが、目の前の冴えない顔をしたプレイヤーが逆らうのであれば銃剣を用いた暴力で解決。目的を遂げる。それすら辞さない心構えはある。こうしている間にも風紀委員たちの群れが自分の背後へ迫っているのだ。5万ゴールドのため。手段など選んでは居られない。しかしその直後――


 「邪魔だッ!」


 「ぐふぅっ!」


 おどおどする自転車の上のプレイヤー。彼が何か行動を起こす前にシルバーカリスに追いついたセラアハトが走る勢いをそのままに、自転車の上の2人に飛び膝蹴りを食らわせることによって弾き飛ばした。その後で行儀よく相手を脅迫していたシルバーカリスを物言いたげに、呆れたように一瞥。その後で倒れた自転車を起こす。


 「すみませんね…」


 「良いッ、早く出せ!」


 シルバーカリスは申し訳なさそうに言いながら、銃剣が付いたライフル銃を肩にかけて自転車のサドルに跨り、その後ろの荷台にセラアハトが座る。さすがは海がほとんどを占める30階層の住人。船乗りとしてのバランス感覚は抜群で、初めての自転車だというのにシルバーカリスがペダルを漕ぎ、進み始めてもバランスを一切崩すことなく、転ぶことなどなく進み始める。その時、前方に見えるマリグリンの背中は、乙女島と外界を繋ぐ高架橋へと差し掛かろうとしていた。


 と、その直後。何かが爆発するような音が遠くから連続で響いた。シルバーカリスはその音が聞こえた方向。庭木で隠れて見えない、海しかない筈の方向に瞳を動かし、不思議そうな顔をする。


 「…何の音ですかね?」


 だが、セラアハト。彼はそれがなんだかわかった様子でシルバーカリスの肩を急かすように叩いた。血相を変えて。


 「急げッ! 砲弾が飛んでくるッ!」


 「えぇっ!?」


 その直後、背後から響く轟音。思わずシルバーカリスもセラアハトも顔を横に向けて自分たちの後ろの様子を確認する。彼らの前を行くマリグリンも。そろいもそろって口をあんぐりと開けて。それらの視線の先には降り注ぐ砲弾の雨に晒されて砕け散る、聖乙女学園の校舎の様子。自分たちを追って続々と校舎の正面玄関から出て来ていた風紀委員たちもすぐに見えなくなる。灰色の煙と炎。崩れる建物の残骸で。美しかった校舎もほんの一瞬で瓦礫の山だ。


 「わっわっ…うわわー!」

 

 「落ち着けっ! 狼狽えるなッ! 僕が落ちるッ!」


 シルバーカリスは目元に涙を浮かべ、声を大きく上げ狼狽えながら立ち漕ぎし、その後ろにいるセラアハトはシルバーカリスの腰にしがみつく。必死の形相で。背後には校舎から絨毯爆撃の如く迫る砲弾の雨。その手前には、自分たちを追ってすぐそこまで来ていた風紀委員たちが、半泣きの状態で必死に走る姿がある。その時の彼らは不届きものを制裁する。そういった感じではなく、今起きているこの災厄。それから懸命に逃げる事しか考えていない風で、その心中を現すかのように各々が手に持っていたはずの得物は既になかった。


 轟音と砲弾の雨。それらで燃え盛り、砕け散って灰燼に帰すほんの数十秒までは美しかった聖乙女学園。シルバーカリスとセラアハトが乗る自転車は、それの敷地と外界を繋ぐ高架橋まで走り抜ける。庭木に遮られていた視界は一気に開けて青空と強い日差し。強い潮風が2人を出迎えた。高架橋の脇には息絶え絶えのルーインの部下たちが座り込んでいる様子があるが、それらは一瞬で視界の端から見えなくなる。島の周辺海域には大きな帆船が幾つか。どれも帆にゴルドニアファミリアの紋章を入れた物で、先ほどの砲撃がルーイン一派のものであったことを理解させるには十分な光景が広がる。


 少し落ち着いたところでシルバーカリスはサドルの上に腰を下ろし、後ろへと振り返る。乙女島。その上に乗った灰と炎と瓦礫と化した物を眺めるために。だが、目つきを据わらせたムッとした顔の物言いたげなセラアハトに見据えられたことによって、シルバーカリスの顔は前へと向けられる。目的はあくまでも…今進行方向の先で一生懸命自転車を漕ぎ、逃走を図る男。マリグリンなのだ。危機を切り抜けた余韻に浸っている時間は無いのだ。

風紀委員。本来の姿はそれはそれは口うるさいことを言う地味な人たちですが、創作に置いての彼らの姿はまさに警察機関。そんぐらい尖らせた方が面白いと私も思うね!

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