裏切り者から裏切り者へ
月明かりの下のコンテナ集積場。そこから見える、このコンテナターミナルの頭脳部にあたる建物。それの右手には遥か遠くに見える、海の上に架かる隣の島とを繋ぐ高架橋。そこにはこの島から隣の島へと移動する車のものと思われるヘッドライトの明かり。橋の上を行くその明かりは、積み荷の検査の最中、視界の端にチラついていた時よりも妙に多く感じられた。
未だに戻らぬクレーンの照明。コンテナターミナルの頭脳部である、部分的に明かりの消えた箇所が窺えるオフィスビル。遠目に見えていた時は正常そうに見えていたが、それを間近で見ることが出来る距離にシルバーカリスとガリ、2人が到達した時、初めて異変に気が付けた。
「…シルバーカリスさん、本当に行くんですか? 鉢合わせでもしたらぁ…」
速足で進むシルバーカリスの後に続きながら、ガリは自分たちが来たときは明るかったオフィスビルの正面玄関。今は明かりが消え、その周辺に居た警備員たちが倒れるそこを、不安そうに揺れる瞳に映していた。
「治安維持部隊との正面衝突は避けたい筈。だからこそのんびりはしていられない…僕の読みではもうこの中にはあの黒ずくめの人たちは居ません」
対するシルバーカリスはオフィスビルの傍にあるトラック駐車場。そこにある、来る時よりも台数が減っているトラックを見、一切の迷いもなく進む。そしてオフィスビルの正面玄関。ガラス張りの扉の前へと行き着くと、その直ぐ傍に倒れていた無力化された警備員の傍で屈み、持ち物を漁ると、それが持っていたトンファーをガリへ差し向けた。
「自力で30階層まで来た実力があるんだから大丈夫ですって。はい、これ使ってください」
「いや~…俺、塩作るバイトに応募して30階層に連れて来られただけですし…自力で来たわけでも無くてそんな戦い得意ってわけじゃ…」
ガリは頼りないことを言いながらもトンファーを受け取る。小言を言いながらも、何だかんだ言いながらもそつなく戦闘を熟すリックとは違って、心の底から今の状況にのまれてしまっているガリ。そんな彼の肩にシルバーカリスは片手を置いた。
「喧嘩は度胸。委縮してたら本来の力の5割も出せません。リラックスです!」
シルバーカリスは何かいいことを言ったかのような顔をし、ガリに笑い掛ける。
――まぁ、解っていた事だったけど、自分とは違う人種だ…でも…。
眩しいシルバーカリスの笑顔を見、つられて苦い笑みを浮かべながら心の中で呟く。だが、それによって少しばかり気を強く持て、可愛い女の子の手前、男としての意地が覚醒したようで、その瞳に力を宿す。空回りしかねない一時的な勇気。それを胸にガリはオフィスビルの正面玄関へと先導する形で入って行く。
…明かりの消えた正面玄関。そこはシンと静まり返っていて、受付カウンターの向こう側にはNPCの死体が1つ。コンテナ集積場で見た無力化されたプレイヤー同様首への一撃の痕が窺える。玄関口であるからこそ外から差し込む月明かりによって視界は確保されているものの、奥は暗く視界が全く効かない。少しシルバーカリスは迷ったが、頭に被っている黄色いヘルメットに装着されたヘルメットライトをつけ、進むことにした。
――まずは服。
シルバーカリスは目標を意識しつつ、若干勇み足なガリの前へと出て先導する。青いカーペットの敷かれた床を静かに踏み、耳を澄ませながら。
長い廊下。その先に見えるガラス扉の向こうに見える、オフィス家具の並ぶ広い空間。事務所と思われるそれへと至る手前には円形の開けた空間があって、観葉植物や自動販売機、ソファーと丸いテーブルが何組か置かれている。左手にはトイレを現す吊り看板の掛かった扉と、右手には階段。ここに来るときに見たラウンジだ。
――この世界に排泄なんて要素ないのに。
現実世界では必要不可欠な物。トイレ。それが必要ない世界であるにも関わらず、含めてしっかり作る塩パグ学園島の徹底した作り込み。所謂凝り。そういったものに余り理解のないシルバーカリスは来るときも思ったことを再度思いつつ、階段を上がる。白いタイル張りの壁と階段はまさにオフィスビルと言った味気ない物だ。
1階から2階へ。更衣室があり、明かりがついている3階へと上がる。その間は本当に静かな物で、シルバーカリスとガリの足音、微かな息遣いぐらいしか聞こえては来ない。そして2人は難なく更衣室のある廊下へとたどり着いた。
「ガリさん、何かあったら呼んでください」
「はい、シルバーカリスさんも」
各々は言葉を交わして別れ、シルバーカリスは女子更衣室、ガリは男子更衣室へと向かう。シルバーカリスはガリが男子更衣室に入ったのを確認した後、女子更衣室へのドアを押してその中へと入った。
自分が来たときは明かりがついていたはずの更衣室であったが、なぜか照明が落ちている。
――誰かいる?
シルバーカリスは不審に思いながら扉の直ぐ傍のレバースイッチを操作して明かりをつけた。
だが、室内には誰もいない。少し大きめのロッカーが並んでいるだけ。しかしながら耳を澄ませれば確かに聞こえる。自分の息遣い以外の微かな呼吸の音が。…それはシルバーカリスが衣服を入れたロッカーからだ。
シルバーカリスは驚いたり怖がったりする様子無く、その手にあるライフル銃を見、少し考えたようにしていたが、徐にその息遣いが聞こえる、己の衣服を入れたロッカーの前に立ち――正面蹴りを放った。
「やめてくださいッ! 攻撃しないでッ!」
蹴られた薄い金属の扉はけたたましい音とともに拉げて奥へと開く。その向こう側に居たのはどこかで見た様な頭にヘッドギア型の金属の兜を被った、絶叫するように命乞いする無様な半裸の男。だが、シルバーカリスはそれへと銃剣の剣先を向け、彼の姿を観察する。
…一見して非常事をいいことに女子更衣室に潜り込んだただの変態に思えるが、この塩パグ学園島のユーザーではないことは、ユーザーが持ち込みを許されていない兜とその足元に転がる鎧からは明らか。つまり運営側の人間。情報を聞き出すにはもってこいの相手と言う風にシルバーカリスの瞳にその姿は映る。
「両手は頭の後ろに。ロッカーから出て膝立ちになってください」
「あれっ…アルバイトの人ですよねっ…?」
「2秒あげます。応じなければ脚から刺します」
「ッ…わかったわかった! 解りましたって!」
淡々と対応するシルバーカリスと金属の兜の男。後者は足元に転がる鎧を踏みながら、おぼつかない足取りで外へと出、白い質素なタイルの床の上に膝立ちになって後頭部に両手をやった。なんだか物言いたげな不満げな顔をし、視線を床の方へと向けつつ。
その直後、シルバーカリスの背後にある女子更衣室の出入り口が開け放たれ、そこから学生服に着替え終えたガリが現れた。ロッカーが蹴破られた音に反応したようで、その手には大振りな抜身のダガーが握られている。
「シルバーカリスさんッ! 大丈――なんだこの変態ッ!?」
「ちがぁう! 誤解だァ! しょうがなかった! 緊急事態だったんだ!」
ガリはシルバーカリスの前で膝立ちになる兜を被った男を見、目を剥いて驚愕し、兜を被った男はその認識を拒絶するように叫ぶ。そんな後者の姿を淡々とした表情で見下していたシルバーカリスであったが、兜の男。それから感じる既視感の正体に思い至って軽く口を開けた。
――あっ…この人、ゴルドニア島のカジノで花ちゃん負かした人だ。
一介のプレイヤーが持つにはあまりにも巨額なゴールドでの博打。アレの原資が塩パグ学園島のものであったならいろいろ腑に落ちる。結局何のためにカジノにいて、金を欲していたかは解らないが、彼を改めて塩パグ学園島運営側の人間であると見てよさそうだと認識したシルバーカリスは、少し考えたようにした後、唇に舌を這わて濡らしたのち、口を開いた。
「モグモグカンパニーと内通している人ですよね。貴方」
唐突にも思えるシルバーカリスの発言に一瞬、その場の空気が凍る。ガリは先ほどのシルバーカリスの無線内容を聞いていたため、これと言って反応を示さないが、兜の男。それは目を見開いて、その表情を強張らせた。…テキサスホールデムで大金を掛けていた時の様な、解りやすい反応で。どうやら花子の読み、コンテナターミナルの監督員はモグモグカンパニーと内通する人間であるという読みは正しかったようだった。
「なっ…何のことだ?」
だが、兜の男は白を切る。震える声で。しかし、それは口だけ。シルバーカリスの鎌かけは功を奏した。彼の表情が、雰囲気が…シルバーカリスの問いかけた内容を肯定してくれているから。
「金髪で身長180センチぐらいのカッコいいNPC。今日、そういう人が教師役のアルバイトをするべく来たそうです。居場所知りませんか?」
シルバーカリスはその表情を変えぬまま、兜の男の話に取り合わずに問いかける。…その問いかけによって兜の男はシルバーカリスの目的がなんなのか。解らなくなった風に困惑したような顔を浮かべ、シルバーカリスの顔を見上げた。
「いや…知らない…何が目的なんだ?」
「人探しです。とりあえず…今この場で運営さんに聞いてもらえますか? 少なくとも貴方方がしようとしていることに影響は無いはずです」
「…いやだと言ったら?」
「皆まで言わなければ伝わりませんかね?」
花子からの情報から導き出した情報源。それからマリグリンの情報を得るために取ったシルバーカリスの方法は、強い言葉も怒鳴り声も使わない、聞く者にその解釈を委ねるようなとても曖昧な言葉選びの…紛れもない脅迫だった。
オフィスビルを襲撃した黒いウェットスーツの部隊。そして、なぜかこちらの素性、目的を知るアルバイトの女。それらが示す、モグモグカンパニー以外の勢力の介入。それを理解しているからこそあらゆる可能性を加味し、慎重にならざるを得ない局面。たが、選択できるほどの余地をシルバーカリスは用意してくれはしなかった。…今、NPCの武装蜂起を運営に喋られてしまえば都合が悪い。だからこそ兜の男。彼はシルバーカリスの要求を呑まざるを得なかった。
「解った。信じるぞ。お前を…」
「えぇ。今夜にでもNPCの人たちに装備を届けてあげてください」
兜の男はテキサスホールデムをプレイしていた時に見せた、強い意志を感じる瞳にシルバーカリスを映すとゆっくりとした動きで後頭部にやった手を解き、シルバーカリスのロッカー。その方へと向き直り、四つん這いになりつつロッカー下部に転がる鎧やら小物やらが転がる場所を漁り、ブローチを手に取るとそれを人差し指で叩いた。
「こちらブルータス。生徒会室、聞こえますか? どうぞ」
兜の男、ブルータスはブローチを使って通信を開始する。…裏切り者と言う意味ではお似合いの名前の、その男が。
『こちら生徒会室。どうぞ』
「コンテナターミナルで照明機器にトラブルが起きまして…。技術班を送ってほしいんですが。どうぞ」
無線の向こうから微かに聞こえる感じの悪そうな男の声。ブルータスはそれとシルバーカリスの要求とは関係なさそうな話をする。それによってシルバーカリスのライフル銃を握る手に力は篭り、銃剣の剣先が鋭く閃く。そんな些細なシルバーカリスの変化から彼女の腹の内を読み取ったブルータスは左手を突き出し、宥めるようにシルバーカリスの瞳を見据えながらやり取りを続ける。お前の要求は解っている。そう示すかのように。やや焦った顔をして。
『機器のトラブル…? まさひこのパンケーキビルディングでそんなもの聞いた時が無いが…人員を送ってやる。用はそれだけか? どうぞ』
「それと今日、教師役で入ったNPCと言うのは居ますか? 金髪で身長が180センチぐらい。アルバイトの方がそんなNPCを見かけたらしく、ぜひ彼が働く学校に遊びに行きたいという話をしていまして。どうぞ」
不審がる無線相手の反応が気になるところであるが、漸く聞き出される本題。それを耳にしたシルバーカリスはライフル銃を下し、ブルータスも左手を下して無線に集中し始める。
『当日発表のシークレットイベントだったが…まあいい。明日の14時学園エリア、乙女島聖乙女学園、2年2組にてイベントがある。そこに行くよう伝えろ。どうぞ』
「はい、どうも。結構熱心なお客さんだったので、これで塩パグ学園島の心証も良くなりますね。どうぞ」
『ふん、そうだと良いな。さ、お喋りは終わりだ。さっさと仕事に戻れ。通信終わり』
通信が切れた後、ブルータスはため息を1つ。少し気に入らなさそうな顔をしてブローチを見下す。…彼の組織内の立ち位置が、心中が。垣間見えるような一幕であった。
「なるほど。復讐するためのお金を稼ぐためにカジノで博打打ってたんですね」
気に入らなさそうに下唇を噛むブルータス。彼を見下していたシルバーカリスは話しかける。ブルータスはその言葉に反応してシルバーカリスを見上げ、少しばかり考えた様な顔をした後、何かに気が付いたようにその顔をハッとさせた。その後でフッと鼻を鳴らして笑い、双眸を閉じた。
「違う。僕はNPCを救いたい…いや、そんなカッコいいもんじゃないな。罪滅ぼししたいだけさ。自分がしてしまった過ちへの償いを」
ブルータスは己の前に右手を出し、握りこぶしを作って閉じた目を開く。強い意志を感じるその瞳に握りこぶしを映して。…良いことを言っているのだろうが、兜を被った状態で半裸、そして膝立ちの状態なので格好などつきはしない。
「…そういえば黒頭巾は一緒かい?」
だが、彼はそんなことなどお構いなしに顔をシルバーカリスの方へと向けて問う。ロッカーの中で喚いていた同一人物とは思えぬ、吹っ切れた様なスッキリとした表情で。シルバーカリスはその問いに頷き、ライフル銃の銃床を床へと立てる形にして持った。
「えぇ、別行動ですけど花ちゃんなら来てますよ」
「そっか…勝利の女神も来てるってことはこの勝負も勝ちだな」
結構験を担ぐ性格のようで、まるで勝利を確信したかのように、湧き上がる様な感情の波を感じたようにブルータスは呟く。その瞳に宿る意志をより強くゆるぎないものにし、歯を見せ、笑いながら。彼はそのつもりはないようだが、聞く者にとっては皮肉にも聞こえなくはないそれにシルバーカリスは思わず苦笑いした。
――花ちゃんがいたら蹴られてただろうなぁ。
心の中で呟きつつ、鎧や自分の持ち物を集め抱えるブルータスを眺めていると彼はやがて立ち上がり、女子更衣室の外へと向かってその扉の向こう側へ。ガリもそれの後に続いた。
「…あんまりのんびりしてられないなぁ」
シルバーカリスは小さく呟いてヘルメットを外し、青いつなぎの正面にあるファスナーを下す。そして銃剣の鞘を取り、対の手でロッカーの中にある白を基調としたスタイリッシュなスーツがかかったハンガーを手に取る。来るかどうかは解らないが、塩パグ学園島の関係者。それが今のコンテナターミナルの惨状を見れば間違いなく事情聴取の対象とされるのは間違いない。故に急いでシルバーカリスは着替え始める。どうせ明日になれば今夜起きたことなど霞む様な事態になる。事後あるであろう追及もうやむやになると腹を括り、今この場さえ切り抜けられればいいとして。
*
夜は更け、月が天辺に上り切った頃。塩パグ学園島の学園エリア。それを構成する1つの、商店街を形成する島。そこにある3階建ての雑居ビル。その3階にある、24時間営業のファミリーレストラン。人は疎らで静かな空間の中、1人の美少女がボックス席にて頬杖を突き、窓の外に広がる海を背景とした夜景を眺めていた。それはもう、疲れた様な顔をして。
女装した見てくれは美少女な少年、セラアハトは仲間のシルバーカリスに呼び出されてそこにいた。ため息を1つ吐いて。情報収集はその見てくれ故かプレイヤーに囲まれてそれどころではなかったこと、何の成果もあげられなかったこと。それらを思い返し、自己嫌悪に陥ったように。
「セラアハトさん、大丈夫です?」
物憂げなセラアハトの座るボックス席。そこへと彼の連れであるチビがドリンクバーから戻ってきた。彼はセラアハトにねぎらいの言葉を掛けつつ、メロンソーダが入ったガラスのコップをセラアハトの前に置き、その向かい側へと腰を下ろした。
「すまないな」
セラアハトはそのコップを右手に取るとそれに口を付ける。わざとらしいメロン風味の強い炭酸が口内に満ち、飲んだ後に来る炭酸特有の爽やかさ。冷たさと共に歩き回って火照った身体を程よく冷ましてくれた。
「いやー、しかし大変でしたね。男ってバレた時の女性プレイヤー達の豹変具合は」
「まったくだ。どいつもこいつも気安く僕に触って。女から男への接触のハードルが低いのか。プレイヤー間では」
「大概男は喜びますからねェ。そういう状況。俺だったら拒みませんもん。と言うかあれぐらいちやほやされたいっす。リアルな女の子に」
一日の終わりを噛みしめるように窓の外を眺めるセラアハトとチビ。彼らが話しているとゴリが妙な色の液体が入ったコップを手に戻ってきて、チビの隣に腰かけた。その後、己の前にあるメロンソーダのコップに目をやり、手を伸ばしかけたチビはゴリの前にある謎の液体が入ったコップを視界の端に映す。…その時、日が変わったことによってレンタル期間が切れたのか、ゴリの疑似恋愛相手であるナナちゃんの姿は傍にはなかった。
「…ゴリさん、アンタ幾つですか? それは小学生で卒業しておきましょうよ」
「えぇ、やらない? ミックスジュース。ドリンクバーと言ったらこれだろう」
「それでオリジナルより美味しく出来た試しありますか? 無いでしょう。普通は小学生ぐらいで悟るものなんです。ミックスしても悲しみを生み出すだけだと」
「確かにそうかもしれない…だが、可能性はある。美味しくなる可能性が。それを追い求める探究の火は誰にも消させはしないぞ…!」
相変わらずの馬鹿話。チビとゴリが居ると退屈しない。物憂げな気持ちを少しばかり良くしながら、セラアハトは夜景を眺める。
それから少しして店の出入り口から聞こえる、ドアベルの音。ふとそこへと目をやれば、白いスタイリッシュなスーツを身に着け、銃剣のついていないライフル銃を肩に掛けた男にも女にも見えそうなシルバーカリスと、その後ろに続く学生服のガリの姿。それらは店内の中を見まわし、セラアハト達を窓際のボックス席にて見つけると歩み寄ってきた。
「収穫ありましたよ、セラアハトさん」
コンテナターミナルであったこと。集まりたいという旨を無線にて伝えてきたシルバーカリスだったが、目標についての情報は話してはくれなかった。だが、それは勿体ぶっていただけだったようで収穫があったようだった。その自信満々な彼女の態度は期待できそうなもので、散々もみくちゃにされて疲れ果てたセラアハトの顔も明るくなる。
「明日の14時。塩パグ学園島学園エリア、乙女島の聖乙女学園…2年2組。当日発表のイベントがあるそうです。そこに目標が現れると。…嘘じゃなければですけど」
シルバーカリスは得ることの出来た情報。それを話しつつ肩に担いだライフル銃を下し、テーブルの側面に立て掛けてからライフル銃を気にした風に眺めているセラアハトの隣へ。ガリは無言の圧力をチビとゴリから感じてゴリの隣へと腰かける。その後でセラアハトは懐から小切手を3枚。1000と記入されたそれを己の前の3人の方へと放った。
「ご苦労。これが約束の報酬だ。――それで、シルバーカリス。リック達には伝えたのか?」
「えぇ、明日現地にて合流。乗り込んで目標を確保と花ちゃんが言ってました」
「あいつ…まさか強襲するつもりじゃないだろうな?」
「んー、強硬路線も辞さない性格ですけど…さすがにそこまで派手にはやらないと思います。詳しいことは合流してからでもいいかと」
自分たちの目の前にある小切手。それをなんだか寂しそうに見下すチビゴリガリの3人の目の前で、セラアハトとシルバーカリスはこれからの事について話す。その後で、セラアハトはメニューを手に取ってシケた顔をした3人の方へと放った。
「好きに頼め。僕のおごりだ」
「僕も好きな物頼んでいいですかね?」
ぶっきら棒なセラアハトのチビゴリガリの3人に対する気遣い。その言葉に真っ先に反応したのは、その誰でもないシルバーカリスだった。その灰色の瞳を爛々とさせ、セラアハトの横顔を見ている。
「…あぁ。構わない」
強く感じる視線。その方をセラアハトは一瞥すればその瞳を爛々とさせるシルバーカリスの姿。そんな無邪気にも思える彼女の様子にセラアハトは可笑しそうに小さく笑うと、窓際にあるメニュースタンドからメニューを取り、シルバーカリスにそれを差し向けた。
「なーににしようかなぁ、コンテナターミナルから歩きでここまで来たのでお腹ペコペコですよ。ねっ、ガリさん」
シルバーカリスはセラアハトからメニューを受け取り、開いてその中にカラー写真付きで書かれたメニューたちに視線を落とす。ご機嫌な様子で、不意にガリに同意を求めつつ。それによってチビとゴリと共にメニューを見ていたガリは顔を上げ、いい加減シルバーカリスと話すことに慣れたらしく、自然な笑みを浮かべて口を開いた。その直後、ガリへとチビとゴリの嫉妬の視線が向く。
「そうですね。いろいろありましたし」
「ねー。あっ、すいませーん。アボカドとエビのサラダLと鯛のカルパッチョ風サラダL、ラム肉ステーキと…リブステーキお願いしまーす」
「…シルバーカリスさんって結構食べますね」
「食べられるときに食べる! それが僕のモットーです!」
意気揚々と注文するシルバーカリスとその注文量に驚くガリ。女子は小食。そんな固定観念、幻想をぶち壊されたゴリとチビも驚いたような顔をする。だが、シルバーカリスはそれを気にした様子は無い。そんな彼らの隅では難しい顔をし、メニュー表に目をやるセラアハトの姿。だが、思ったよりも安い値段が並ぶそれらを見て、安心したように彼は視線を窓の外へとやった。
日が変わるころに始まる細やかな仕事終わり祝い。シルバーカリスとセラアハトにとっては大仕事前の小事。チビとゴリにとっては名残惜しいほど楽しい仕事の終わり。ガリにとっては…塩パグ学園島を覆う漆黒のベール。それが見えた気がした1日の終わり。不穏な影はチラつきはするものの、終わりだけ見れば平穏であると言えそうな1日の終幕。窓越しに映る食事に舌鼓を打つ各々の姿を見てセラアハトは思う。明日の今頃はどうなっているだろうかと、どこか遠い目をして。
ドリンクバーの飲み物。それらを混ぜ合わせて美味しい味にする…そんなことが可能だろうか? いや、無理だ。解るかね? ソフトドリンクと言うのはオリジナル。あの形で完成されているのだよ。