落ちた火の粉が業火に育つ時
流れ星が絶え間なく流れる暗く青い夜空の下、広がる海。それから立つ波が強く打ち寄せる、切り立った島々からなる塩パグ学園島、学園エリア。蜘蛛の巣の様に張り巡らされた高架橋に繋がれた島々の上にある、小さな商店街や公園にはもちろんのこと、学校。そこらにプレイヤー達は集まり、NPCを連れて恋愛を楽しむ。パターン化された行動、耳障りの良い言葉だけを発す、ご機嫌取りだけが取り柄の人形と。所詮は虚しい人形遊びであるという事実から目を背けて。
昼の比ではないほどに業深くなる学園エリア。シルバーカリスとガリ。2人がコンテナターミナルへ働きに行っている同時刻、学生服姿のゴリとチビ、そしてスチームパンクな膝丈の、ドレス状の衣類に身を包む、女装したセラアハトの3人は、噂話を聞き込むべく、特に人が集まる、広大な敷地を持つ学園がある島へとやってきていた。
「星、綺麗だね」
星を見上げるNPCの口から定期的に出る言葉。今夜何度目かのそのフレーズをその耳にセラアハトは進んでいた。今踏んでいる白い石畳の先に続く、正面に見える横に広い階段。その先に見えるガラスを多用したモダンで、白を基調とした3階建ての校舎。それを真直ぐ見据えながら。
「フッ…星なんてただの石ころさ…そんなものよりも君の方が何倍も美しい…愛しのナナちゃん…」
NPCの言葉の後、少し考えた様な時間を置いて発せられる気障なゴリの声。同じ言葉に毎回毎回違った返答を考える彼の甲斐甲斐しさはある意味脱帽物であるが、彼の腕に引っ付く壊れたレコードとの会話のうっとおしさにセラアハトは片眉を吊り上げて呆れ、辟易する。そんな内面を映す表情のまま顔を横に向け、自分の後ろを行くゴリを流し見れば、鼻の下を伸ばしながら格好をつけた顔をした、大凡仕事中とは思えぬゴリの姿が瞳に映る。
「お前の仲間のガリは港で汗水垂らして働いて、片やお前ときたら人形なんぞとの飯事に感けている…ふと今の自分の有様を顧みて死にたくなったりしないのか?」
「うぐぅっ!」
セラアハトによる、歯に衣着せない容赦のない問いかけ。それによりゴリはショックを受けたように左胸に手を当てて声を上げた。その後で瞳を閉じ、首を横に振る。セラアハトの言葉に対する返答としてではなく、一度己を冷静にさせるかのように。そんな連れの様子を見て、透かさずチビがセラアハトの顔を見上げる。
「セラアハトさん、それは考え様ですよ? あっちには超絶美少女シルバーカリスちゃんが居ます。しかも2人きり…しかし、ここにはNPCと言う人形と…貴方と言う男の娘。ガリと我々…どちらが恵まれているでしょう?」
「そんな事僕の知ったことか」
付き合う気すらも失せるゴリとガリの戯言に、うんざりしながらセラアハトは白く大きな階段を上がっていく。ゴリはチビの言葉にハッとしたような顔をしていて、チビは蔑ろにされたことによってへそを曲げた様な顔をしつつ、セラアハトの後へと続く。もう間近に見える校舎。その屋上には、花火大会でも向こう側でやっているのかとツッコみたくなるほどの人だかりが伺えた。この世界の住人であるセラアハトはその様子を不思議に思うと同時に、その情報源の豊富さに、少しだけその愛想のない顰めっ面を明るいものにする。
「…シルバーカリスちゃんは優しいよな。気遣い出来て超絶美人だし、強くてカッコいいし…。その彼女と2人きり…なんかズルくない? ガリ」
「えぇ、えぇ。そうでしょう、そうでしょうとも。ゴリさんもこの事の重大さに漸く気が付きましたか」
「くじ引きで決めたとはいえこれは余りにも…チビ、明日ガリに昼飯をおごらせたいと思うがどうだろう?」
「これは全員賛成で可決。スタンディングオベーション不可避の世紀の名案。今日の思い出を聴取がてらに頂きたいところですな、まったく!」
湿っぽくて暗いバカよりもマシに思える明るいバカ。そのゴリとチビの理不尽にも思えるガリへの決定。それを聞きながらセラアハトは校舎の中へ。自分が男でシルバーカリスが女。そうと解るまでは自分にデレデレだったゴリとチビの手のひら返してからの態度。それをやや気に入らなく思いながら。
まだまだ続くゴリとチビの取るに足らない馬鹿な話を耳に、セラアハトが昇降口へと差し掛かった時、階段の向こう側から何やら黄色い声が聞こえてきた。…NPCにしては嫌にレパートリー豊かなそれは、おそらくプレイヤーのものであろうことを聞く者に察させる。
「…チビ、ここを利用する女性プレイヤーはどんなサービスを受ける?」
踊り場の奥の壁がガラスとなり、その向こう側に校庭が見える階段を上がりながら、セラアハトはふと思ったことを尋ねる。今日一日歩いて来てみることの出来た、受け身のプレイヤー達の姿。尽くすよりも尽くされる。自分は何もしなくとも無条件に好意を寄せられる。そんな弱気で怠惰で都合のよい共通の好みの傾向。この夢の世界の住人たちが望む夢、在り方を念頭に置いて。その問いにチビは顎に手を当て、その無駄に鋭い視線を天井へと向けた。
「そうですねェ…基本的にはイケメンなNPCと恋愛…奮発するなら逆ハーレムとか…あぁ、あと男のNPCを2人雇って、その2人にエロい事させて第三者として鑑賞する…なんて人もいましたね。男も女NPCで似たようなことやったりしますけど」
「女側がNPCを追い掛け回すなんてことはないんだな?」
「ありませんね。この塩パグ学園島のユーザーは男だろうが女だろうが受け身。サービスを受けている最中イキリ散らすことは多々ありますが、そんな凄い自分に人が集まってくることを望んでいる…所詮はサボテンの実、葉が落ちてくるのをひたすら待つリクイグアナ。それも開けたままの口に入ってくるのを待つ怠惰な。自ら海に飛び込み、海藻やカニ類を食べるウミイグアナにはなれんのです」
「例えは良く解らないが良く解った。この先にリクイグアナのメスをウミイグアナ化させる存在が居ると」
2階から3階に続く階段。その中間にある踊り場でターンしつつ、セラアハトは布のベルトを使い、腰後ろに差していたフリントロックピストルを手に取ると、その表情を引き締める。
――マリグリンは見てくれだけはいい奴だ。この騒ぎはきっと奴が居るからだろう。
腹の中で小さく呟き、1段1段階段を上がり、より近くに聞こえる響く黄色い声。それを追跡する形でセラアハトは階段から廊下へ。そしてその騒ぎの中心へと視線を向ける。フリントロックピストルを握る右手を腰後ろに隠すようにしながら。
「…!?」
だが、その視線の先に在った物。空色の瞳に映るのはセラアハトが思っても見ないものだった。
1人1人がデザインの異なる、黒いジャケット、白いインナー。金糸でウサギの刺繍が入れられた、スタイリッシュなスーツ姿の美男たち。中でもその先頭を歩く、目つきの鋭い黒髪の褐色肌の美男。セラアハトの視線はそれに引き寄せられる。――ゴルドニアファミリア。その組織内で自分と同じく幹部の立場にある男、ルーインの姿に。
――おかしい。今回のマリグリンの捕獲はPTの内通者に知られる危険性から自分の部下とウズルリフぐらいにしか情報が渡っていないはず…。何故、ルーインがこんなところに…?
セラアハトは心中で呟きながら、腰後ろにフリントロックピストルを戻し、窓の外へと身体を向ける。褐色肌の男。ルーインに素性がバレない様に。やり過ごすべく。…窓の外にはライトアップされた校庭が窺えて、疎らに学生ごっこをするプレイヤー達の姿が在るが、今はそんなものに対して何か思っていられるほどの余裕はない。
「お兄さんたちはこの島に働きにきたんですか~? 教師役とか~?」
「いや、ちょっとした社会見学だ」
「あっ…そのっ…どんな女の子が好みですかぁ?」
「悪いな。女には興味がない」
ゴルドニアファミリアの一団。5人程度のその集まりの先頭を行く褐色肌の男、ルーインは周囲のあまり容姿の良いとは言えない女性プレイヤーたちからの己への問いかけに対し、淡々とあしらう。そうしている最中にもセラアハトの傍へチビとゴリが歩み寄り、妬んだ様子でルーインたちを眺め、その生まれ持った容姿の不平等さについて話し始める。
チビとゴリは愚痴の様な物で盛り上がり始めている。自分に話しかけてくる気配はない。…このままならやり過ごせそうだ。今の己の姿の事、そして、なぜここに居るのか解らないルーインとその仲間たち。個人の尊厳と言う観点からも、ゴルドニアファミリアの為の使命を帯びた組織の一員としても。今素性が知られるのは不都合であるセラアハトは少しだけ安堵した。
――だが、その安堵の気持ちはすぐに崩れる。女性プレイヤー達を引き連れた、ルーインたちの気配、足音が自分の後ろで止まったことによって。
「ッ! ぅ、…ぁッ…!」
その直後、セラアハトの身体に回される腕。裾に金糸のゴルドニアファミリアの紋章を入れたそれは、見紛うことのないルーインのスーツ。その先に在る黒い革手袋を嵌めたその手はセラアハトのスカートの中と潜り込み、下着越しに股間を下から持ち上げるようにして掴んだ。その突然の行為にセラアハトは頬を赤く染め、口を大きく開けて目を見開き、思わず声を上げてしまった。傍から見るチビとゴリはそれに目を丸くし、ルーインの周囲に居た女性プレイヤー達の敵意の視線が、一見女にしか見えないセラアハトへと向く。
「おっと失敬…後姿が知り合いに余りにも似ていたので、そいつにやるスキンシップをついしてしまった。許せ」
声を上げて反抗するか、それとも腕を振り払うか。そんな選択肢が頭の中に巡るが、突然の事で行動に移せないセラアハトの股間を少しの間揉んだ後、ルーインは手をスカートの中から抜き取り、セラアハトの後ろから離れて言葉を紡ぐ。セラアハトの顔が映る窓ガラス越しに視線を向けながら、周囲にいる人間たち向けにそれっぽい適当な嘘を混ぜて。対してセラアハトが出来るのは窓ガラスに映るルーインの挑発的な笑みを睨むだけだ。自分にとっても相手にとっても。互いの素性が理解できたという事実。言葉を交わしたところでそれ以上は望めないと解りきっているから。
「その姿も悪くはないが…きっとお前にはスーツのほうが似合うだろう。金色のウサギの刺繍が入った物が特にな。参考にすると良い」
ルーインはそんなセラアハトの腹の内、素性。それを理解しているゆえか、以降セラアハトには絡もうとはせず、彼にだけ伝わるような言い方で言うと自分達が進んでいた進行方向へと向かっていき、やがてその姿は廊下の周り角の先へと消えていった。その後でその場に残るのは心底バツが悪そうな顔をするセラアハトと、気に入らなさそうな顔をし、ルーインたちが消えていった廊下を見るチビ。そして、なんだか興奮したような雰囲気のゴリだけだ。
「…俺、ノンケちゃうかもしれんな」
「どうした、ゴリさん…しっかりしろ!」
「いやな、セラアハトさん…いや、セラアハトちゃんの悩まし気な声を聞いて…我が愚息が反応を…どうしたらいいのだ? この戸惑い…いや、歓喜…なのか…? 湧き上がる感情は…?」
「えぇ…うわ~…これからは同じ部屋で寝るのはやめておきましょうか」
「お前とセラアハトちゃんが同列と語るか? 暴論…キノコを全てトリュフと言い張るがごとき暴論! 己惚れが過ぎると思わんのか。チビ。ミュータントの分際で。バスターするぞ」
「アンタの守備範囲の拡大スピード考えると気が気じゃないんですよ。というか上手いこと言ったと思ってるようですがね、自分ごと撃ちぬいてること理解してます? アンタも魍魎の類だってこと忘れねーでくださいよ?」
股間を両手で押さえ、遠い目をしながら語るゴリとそれに顔を大きく引き攣らせてドン引きするチビ。ただその場でニコニコするゴリの疑似恋愛相手のNPC、ナナちゃん。だが、その突っ込みどころ満載な話などは重苦しい顔をするセラアハトの耳には届かない。
――ルーインに素性がバレた。
セラアハトの頭の中に巡るのはこの事実。ルーインはおそらく女装をした自分を見た時は半信半疑だったのだろう。だが、自分が男であること、そして声。それらは確実に彼を確信に至らせたのは間違いなく、わざわざあんなことまでして確認しに来たということは、何かそれに重要な意味があると見て間違いない。
――もしかしてこの塩パグ学園島にマリグリンと似た特徴の奴を探してやってきたというのは…ゴルドニアファミリア、ルーイン一派だったのか? PTの手先なのか?
…頭でっかちなセラアハトは長考に入りそうになったところで己の頬を片手でぺチぺチと叩き、頭を左右振って思考を切り替え、踵を返して振り返った。…マリグリンの争奪戦。実力行使による目標の奪い合いになれば頭数的にも全体の戦闘能力的にも分が悪い。だが、そうしなければいいのだと気を強く持って。
「チビ、ゴリ。今から聞き込みを開始するぞ」
ルーインが何か思惑を持っているとするのであれば、自分が此処にいる理由も既に解っているはず。自分がいまここに居るとバレた以上目的を隠す必要もない。セラアハトはそう考えてチビとゴリに呼びかけた。それによってチビは頷き、ゴリは親指を立てて、各々別れていく。
夜の学校と言う体でのテーマパーク。今の時間帯の学校とは思えぬワイワイガヤガヤと人が賑わう廊下の中、セラアハトも行動を開始する。単純な力比べは分が悪い。故にスピード。先にマリグリンを抑える。それが最善だと己に言い聞かせて。今回のマリグリン争奪戦。それにチラつく勢力の影。1つとは思えなくなってきたそれに不穏な雰囲気を感じながら。
*
海。水面に大きく青い月と満点の星空を揺らめかせて映すそれから伸びる水の足跡。照明の落ちたコンテナターミナルの波止場から内陸へと続くそれは、まるで複数の線を描くかのようにその場にあった。
コンテナを開ける作業音も、従業員たちの無駄話さえも聞こえない静かなコンテナターミナル。その中にある、青い一つのコンテナがゆっくりと開き、その中からヘルメットライトが装着された黄色いヘルメットと青いつなぎを身に着けた、薄いグリニッシュブルーの髪のボーイッシュな少女が周囲の様子を確認しながら現れ、間も無くそれは月明かりで照らされる、青白いコンテナターミナルの上へと出る。
「…塩パグ学園島の治安維持部隊の展開速度ってどんなものです?」
その少女、シルバーカリスは積まれたコンテナの合間に走る水の足跡を眺め、次に周囲の様子を確認しながら、今自分が居たコンテナ。そこから今出てこようとする少年、ガリへと問い掛ける。
「運営の詰め所は各エリアに点在してますし、余り時間置かずに来るかと。ただ、状況確認しに来る少数が派遣されるだけでしょうし、さっきの黒い連中に戦う意思があれば制圧されちゃうでしょうね…」
月明かりに照らされて静まり返るコンテナターミナルの異様な様相。内陸へ向かい、途中で薄れる水の足跡を目で追うガリ。落ち着いた様子ではあるが、状況が解っていない彼は少しばかり不安そうにしている。
「なるほど…とりあえず服と武器回収しに行きましょう。ガリさん、その鉄砲貸してもらっていいですか?」
シルバーカリスはガリの話を聞きながら、青いつなぎのポケットにクリップにセットされたライフル弾をポケットに押し込み、革のスリングと鞘に収まった銃剣を左手に、右手をガリの方へと差し出した。
「あっ、ハイ。どうぞ」
ガリは目をパチクリさせたあと、己の手にあるライフル銃を一瞥。それをシルバーカリスへと差し向ける。本当に言われるがままにと言った感じで。
「どうも」
シルバーカリスはそれを受け取り、スリングをライフル銃に取り付けてから銃剣を鞘から抜くと、少し手間取りつつも着剣装置にセット。鞘のやり場に困った挙句につなぎの中、薄い胸と胸の間に押し込むと、スリングを肩にかけてコンテナターミナル内の敷地の中に建つビルへと爪先を向け、進み始めた。
――小道具使う気満々だけどいいのかな。後で運営に怒られないかな。
ちょっとした不正ならしてしまうガリではあるが、その線引きを飛び越えようとするシルバーカリスの後ろについて行きながら心の中で呟く。塩パグ学園島のサービスを受けているときはイキリはするが、それは抑圧された彼のこう在りたいという一面の具現化。本当の姿は臆病で控えめな、和を重んじる性格故にそんなことは口には死んでも出せない。
先導するシルバーカリスと悶々とするガリ。2人が少し進んだとき、シルバーカリスが足を止めた。
「花ちゃん、聞こえますか? どうぞ」
シルバーカリスはブローチを取り出し、指先でそれを軽く叩いて頬の当たりに寄せ、呼びかける。ガリはそんな彼女の身体を避けるようにして横に逸れ、その視線の先にある物を瞳に映した。
「――うっ…!」
積まれたコンテナたちに寄りかかるようにして倒れた、黄色いヘルメットと青いつなぎを身に着けたプレイヤーのペア。争った痕跡はなく、静かに、そして迅速に無力化されたのであろうそれは、静かにその場所にあった。
『シルバーカリスね。いい知らせ期待してるわよ。どうぞ』
「黒いウェットスーツの部隊が学園エリアのコンテナターミナルから作業員を無力化しつつ侵入。たぶんマロンちゃんが話してた人たちだと思います。退屈しないという意味ではいい知らせかもしれませんね。どうぞ」
薄ぼんやりと発光するブローチ。それから聞こえる花子の小さな唸り声。何か懸念を抱いた風なその唸りは、今シルバーカリスから得た情報以外にも何か懸念があるかのように、何か考えたような間を置く。
『…それでアンタ今コンテナターミナルに居るわけ? どうぞ』
花子は、シルバーカリスの今置かれている状況を確認するかのように問いかける。マリグリンをさっさと捕まえれば万事解決と豪語していた同一人物とは思えぬ、どことなく重苦しい雰囲気で。
「えぇ、塩パグ学園島のユーザーさん達から話を聞くために荷の検査をする作業員として潜入してたんですけど…状況は説明した通りで。何とか隠れてやり過ごしたところです。どうぞ」
『――情報源の説明は省くけど…実は明日、モグモグカンパニーに手引きされたNPCが武装蜂起するらしいの。そのこととアンタの見た正体不明の部隊…何か関係ありそう? どうぞ』
シルバーカリスは花子の話を聞きながら、コンテナに背を預け、無力化されて気絶状態にあるプレイヤー達の首に付けられた傷を眺めるガリの後姿に目をやる。
「NPCの規模や装備は? どうぞ」
『…頭数はかなりのものね。だけど丸腰。飛行船とか複葉機使って装備の空中投下するつもりとも考えたんだけれど…NPCの暮らす島は空き地がほとんどない上に狭いし、切り立ってて船舶での荷卸しも出来ない。どれも現実的でもないのよね。どうぞ』
花子は手に入れた情報を細かく、自分の考えを絡めながら話してくれる。己の問いかけへの答えを考えているシルバーカリスにその判断材料を与えるべく。シルバーカリスはそれに耳を傾けて考えながら顔を横に向け、流し目で己の背にあるスリングが取り付けられたライフル銃を一瞥した。
「花ちゃん、ちょっと待ってくださいね」
シルバーカリスはブローチを持っていた手を下し、視線をガリの方へと向ける。
「ガリさん、塩パグ学園島に外部からの船舶を受け入れてる港っていくつあります?」
シルバーカリスの言葉に反応し、ガリは振り返る。そして思い出す様な素振りもせず――
「このコンテナターミナルと検問所前の桟橋ぐらいしか船が出入りできるようなところはないです、ハイッ」
少しばかり今の危険な香りのする状況。それに緊張、興奮した様子で言い切った。
それによってシルバーカリスは己が思い当たった説。その説の信ぴょう性が強まったのを感じ、再度頬の傍にブローチを持っていく。
「たぶんですけど、モグモグカンパニーと正体不明の部隊。これらは別件です。コンテナターミナルでちょっと妙なものが入った積み荷を見つけまして、それがモグモグカンパニーがNPC達に流す装備だと仮定するのであれば、コンテナターミナルで騒ぎは起こしたくないはずです。治安維持部隊の調査が入って流通が止まるかもしれませんしね…ちなみにそのNPCの人たちの中には物流関係で働いている人たちっていたりします? どうぞ」
『それについては知らないけど…読めたわ。モグモグカンパニーには規模はどれ位か解らないけれど協力者が塩パグ学園島内に居るらしいの。コンテナターミナルの監督員がモグモグカンパニーの協力者だとしたらいろいろ辻褄が合うわ。…まぁ、モグモグカンパニーの他にこの島に介入しようとしている勢力がもう1ついるって解ったってだけの話だけれど。全く、やれやれね。どうぞ』
「ふふっ…花ちゃん。僕にはそれ以上の収穫がありました。目標にたどり着くためのヒントが。それ絡みで少し時間が惜しいのでこれで切りますよ。どうぞ」
『フッ…そう。アンタなら失敗しないと思うからその話は聞かずに後での楽しみにしておくわ。仕事内容に見合わないほど安い5万ゴールドのために頑張って頂戴。通信終わり』
シルバーカリスは花子の言葉が途切れた後、ブローチを突き通話状態を解除するとそれをポケットの中にしまい、ライフル銃に繋がったスリングを手繰り寄せて両手でライフルを持つ。弾丸は込められてはいないが、銃剣装着時の状態で長さは1.7メートルに満たないほど。剣や片手斧などリーチに乏しいサイドアームとは違く、それらに圧倒的な優位が取れる、プライマリウェポンと言って差し支えない立派な武器だ。
その心強い重さと長さ。それを両手に感じながらシルバーカリスは進む。戦うことを最終手段と己に言い聞かせ、周囲を警戒して。目的地はコンテナターミナルの監督員たちが詰めているであろう敷地内のビル。そこに向かうのは塩パグ学園島に降りかかる各勢力の魔の手を振り払うためではなく、自分たちの目的を遂げるため。今回の仕事にしては安すぎる報酬5万ゴールドを得るためだ。
ガラパゴスリクイグアナは忠犬ハチ公の如くサボテンの下で実などが落ちるのを待ちます。ただジッと。しかし、落ちてきたら他の競争相手より早くそれを食べようと俊敏な動きを見せます。今回の例に出たリクイグアナ君は口を開けっぱなしで全く動かないことから、彼がどれだけ受け身なのか解っていただけるかと思います。(餓死不可避)