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まさひこのパンケーキビルディングとその住人。打砕く者と守る者。  作者: TOYBOX_MARAUDER
海賊の秘宝と青い海、俗物共の仁義なき戦い
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始まりは静かに、忍び寄る様に

 大きな高架橋。それが1本だけつながった切り立った孤島。燦然と輝く都市エリアから離れた場所にあるそれは、夢の世界を裏から支える人々の塒。まるで身を寄せ合うかのように密集した建物群に、ぼんやりとした冴えない明かりに満ちる夕食時。断崖絶壁の島の側面に鉄骨とコンクリートで作ったスペース。その上に立つ、2階建てのアパート。そこにて異変が起きていた。


 六畳一間の空間。光源は天井から垂れさがる裸豆電球が1つだけ。窓ガラスの向こうには暗く青い夜空の下に広がる、どこまでも続く大海原。そんな室内の中、蝶ネクタイ付きのシャツとオーバーオールを履いたハチ、子供用のTシャツとジーパンを着用した緑色のおっさん、黒と紫の宮廷衣装風の衣服に身を包む花子、スチームパンクなコートとズボン、トップハットを見に付けるリック、そしてスタイリッシュなスーツ姿のモグモグカンパニーNPC人権部調査課、ルッソとソニアがちゃぶ台を囲んで座っていた。

 

 「酷いんすよ…俺たち矮人族に毛皮の腰巻着せて棍棒持たせて…ゴブリンだなんだって。なんなんすかゴブリンって…演出用のスタッフでしかない俺たちに容赦なく襲い掛かってくるし…あんな凶悪な蛮族見た時ないっすよ…」


 緑色の小さくガタイの良いおっさんは視線をちゃぶ台の上にある湯呑へと落としながら、正座をし、その両手を腿の上に置いて言葉を紡いでいた。その目じりにはいつ零れてもおかしくないほどの涙が溜まり、声は震えている。


 「その腕や頭の怪我もその時に付いたものだな?」


 この塩パグ学園島。そこで行われる仕事の実態。それを赤裸々に語る緑色のおっさんの言葉を耳にしながら、ルッソは淡々とした表情のまま、ちゃぶ台の上に開いたノートパソコンをその長く細い指で軽快な音を立てて叩きつつ、確認を取るかのように尋ねる。緑色のおっさんは言葉は発さないが、頷いて肯定した。


 「部外者だから聞きづらいのだけれど…これでモグモグカンパニーが何か行動を起こしたりするのかしら? 塩パグ学園島を運営しているギルドに注意を呼びかけるとか」


 「NPC人権部調査課として、1人のNPCとして…この現状を見過ごすわけにはいかん。早急にNPCの救済、保護をする必要がある」


 ルッソはノートパソコンのディスプレイに目をやったまま、淡々と答える。そして彼女の言う救済。保護。NPCの部分を民族とでも言い変えてしまえば、史実にあった数々の戦争。それの名目に使われていそうなフレーズに早変わる。その不穏な響きに花子の表情は難しそうなものとならざるを得なかった。その時、脳裏に巡るのは1つの強い可能性…モグモグカンパニーによる塩パグ学園島への軍事介入だ。


 「――是正勧告はするのよね?」


 「もちろん。明日話を通しに行く。ただ、この芥場で金を稼ぐ連中に話を聞くだけの頭と器量があるかはわからないし、あったとしても面白くない話になるだろう」


 その時のルッソの物言いによって花子の懸念は確信に変わり、その腹の内を理解させた。ルッソがそもそも話し合いでの解決を目的としていないことを。人類の歴史。大義名分を掲げ、欲しい物を奪い取る。そんな繰り返し。それはこのまさひこのパンケーキビルディングの世界でも変わらないのだと。


 そんな中、ルッソとソニアの姿を交互に眺めていたリックが口を開く。年頃の男子っぽく、後者の大きく開かれた胸元に目のやり場を困ったようにしながら。


 「関係ない話なんすけど…ルッソさんとソニアさんってゴルドニア・ラビットヘッドの人たちなんすか?」


 「あらぁ、リック君は詳しいんだぁ。うん。そう。私たちはゴルドニア・ラビットヘッド。だけど今はモグモグカンパニーの一員として働いているの」


 「やっぱりそうなんすね…」


 「ふふ…私の胸そんなに気になるぅ…? 凄く視線感じるよ?」


 「いいいいや…べっ…別にっ…! そんなんじゃないっす…!」


 ソニアはリックを揶揄ったような笑みを浮かべつつ、その目を意地悪く細め、唇に舌を這わせながら黒いジャケットの内側に着た、襟の先が長く尖った白いカッターシャツに手を掛けて軽く外側へと引っ張った。それによってタトゥーの入った肌がより見えるようになり、窮屈そうな胸が零れかけ、リックは顔を赤くしながら顔を思いっきり背けた。花子は呆れたようにジト目でリックの様子を見据え、ルッソはなんだかムッとした雰囲気になる。


 「ソニア」


 「もう、ルッソってばすぐやきもち焼くんだから」


 リックを揶揄うソニアの様子。それを視界の端に捉えていたルッソがソニアを咎めるように名を呼んだ。淡々としたその表情に、ちょっとばかりの嫉妬の色を混ぜて。対するソニアは満足そうに、悪戯っぽい笑みを口元に浮かべてルッソを流し見る。大凡その様子はただの友人同士のやり取りには思えないもの。それよりももう一歩ほど近付いた雰囲気を感じさせるものだった。 


 「それで…NPC人権部調査課のお二人は何故この部屋に尋ねてこられたんです?」


 無駄話が落ち着いたところでハチが切り出す。モグモグカンパニーNPC人権部調査課。それが愚痴を聞きに来ただけではないと理解しているから。その問いにルッソは咳払いを1つし、再びノートパソコンのディスプレイに視線を落とすと、静かに口を開いた。


 「我々には協力者がいる。それからこの島に居る求心力のある人物についての情報を得た」


 「…なるほど。それで?」


 「私と塩パグ学園島の運営…その間での交渉。決裂したら蜂起してもらいたい」


 ルッソの言葉にハチは眉間に皺を少し寄せる。余りにも不穏な要求に。なぜ、自分がそうしなくてはならないのかと思った様子で。


 「…確かに酷い扱いを受けちゃいますけどね。自分らには力に訴えるほどの理由はありませんよ」


 ルッソはそこでノートパソコンのキーボードを右手の指先で叩いた後、ノートパソコンを半回転させて、そのディスプレイに映っていた物をハチへと見せた。


 ディスプレイに映るのは、暗い夜空の下に映るどこかで見た様な草原地帯の一部を切り取ったもの。視線の高さから言ってボディカメラで撮影した映像だろうか。それは動き出し、遠目に見える藁と木材で出来た集落、その前に立つ1つの人影を捉えた。その映像にハチは目を一瞬だけ見開いて、まるで己を落ち着けるかのようにその顎に手を当て、静かに注視し始める。


 『おっ…おい…本気でやるのか?』


 不穏な空気の中、風が大地を覆う草を撫でる音。それをバックに男が喋る。このボディカメラを付けていると思われるその男が。なんだか煮え切らない、どこか躊躇ったような、迷ったような抑揚、声色で。その声に花子は片眉を吊り上げる。その聞き覚えのある声に。


 『なぁにビビってんだよ。火付けて逃げてくるだけだって…』


 暗くて良く見えないが、ボディカメラに映った人影の方から声がする。虚勢を張り、興奮に微かに震えた声が。


 『そうじゃない。NPC相手だからって…あの獣人だって普通の人間と変わらないだろ?』


 『難しく考えんなって…今世界はゲームなんだから。この仕事さえ終わらせられたなら五つ目の大罪に取りたてて貰えるんだからさ。俺たちみたいなどこのギルドにも入れない奴にはまたとない話なんだって』


 ディスプレイに映る人影は、NPCに命を見出したような、乗り気でない撮影者を諭すように言いながら腰の当たりに手をやり、小さな丸底フラスコの様な物を取り出す。それは揺れるごとに微かな水音を立て、中に何らかの液体が入っていることがわかる。


 動画として再生される映像は、葛藤する撮影者とその連れである任務を達成した先にある報酬に目が眩むその仲間との問答が続く。だが、ルッソがキーボードを操作したことによってディスプレイに映る場面が変わり、マッチにより火をつけるところまで切替わり、そこから動画は再生され始めた。


 『うわッ…思った以上に燃えるッ…。おい、撤退っ、撤退…!』


 そこで動画は終わり、停止した。報酬に目が眩んだ男の声を最後にして。その後でルッソはノートパソコンを己の方へと再び向け、口を開く。


 「この動画は自分たちが仕事をしたと証明するために撮影したものらしい。五つ目の大罪…つまりこの塩パグ学園島の運営に取りたてて貰うための」


 淡々としたルッソの言葉。その彼女が語り掛けるハチはテーブルの上を無表情に、一点に見て一言も発さない。だが、空気感で解る。彼は今、はらわた煮えくり返る思いなのだと。そしてそれは協力の呼びかけへの同意としてルッソに伝わる。


 「1つハッキリさせておきたい。我々は他の勢力の介入を招くような事態は望まない。なのでプレイヤーに対する殺しは無しだ」


 ルッソは殺気立つハチへと向けて、注意事項を述べる。1人のNPCではなく、モグモグカンパニーの一員としての意見を。対するハチは冷静なものだ。取り乱したりすることなく、冷静な面持ちでルッソへ視線を向ける。


 「なるほど。無力化した後橋の下に叩き落したりするなと…そういうことですね?」


 「そうだ。禍根を残すやり方は様々な勢力に様々な口実を与え、巡り巡ってこの塩パグ学園島の末路の様な結果に続く。わかるな」


 「ふむ…では向こうの陣営側のNPCが反抗して来たら?」


 「私やお前だってNPC。プレイヤーが持つ都市属性での加護は有しない。そうなってしまった場合は仕方がない。コラテラルダメージとして割り切れ。躊躇えば死ぬのは自分だ」


 重苦しい雰囲気の中で続くルッソとハチの会話。それが終わった時、ハチは大きく一息ついた。己を落ち着かせるように、両目を閉じて。


 ルッソはスーツの裾にピン止めされていたブローチを1つちゃぶ台の上に置き、自己紹介と緑色のおっさんの泣き言とでほぼほぼを占められた話し合いによって温くなったお茶を飲み干すと、ノートパソコンを閉じ、小脇に抱えて立ち上がった。


 「明日、また来る。それまでに仲間たちに話を通しておいてくれ」


 淡々とした表情のまま、ルッソはハチを見下しつつ言うとソフィアの孔雀緑の瞳を一瞥。その後で玄関口へと向かい歩き出した。


 「お茶ごちそうさま。それじゃまた明日ね」


 その後に続き、ソニアも立ち上がる。ルッソとは対照的な親しみやすい雰囲気、笑顔で言って。そして間もなく2人は扉の向こうへと消え、六畳一間の空間には腹を決めた様な顔をする緑色のおっさんと押し黙ったままのハチ、難しそうな顔をする花子と心の中の邪念と戦った風なリックが残される。


 モグモグカンパニーの介入。NPCを助けるためなのか、それとも他に目的があるのか。それは花子には解らない。だが、今持ち得る情報で判断するのであればマリグリンの重要性。それを知りえるのは自分達だけのはず。しかし、PTの動きもモグモグカンパニーの動きも妙なものだ。どこかから情報が漏れていたのかもしれない。


 拭い去れない懸念に頭の中を支配される花子の目の前。ちゃぶ台の中心に使い古された鍋敷きが置かれ、その上に大き目の土鍋が置かれる様子を花子はただ眺める。ふと顔を上げれば、なんだかやる気に満ち溢れた緑色のおっさんの横顔。それは間も無く土鍋の蓋を取り、白い湯気で白んで見えた。そしてその顔を見ていて花子は思う。もう賽は投げられたのだと。

 


 

 *




 夕食時は既に終わり、月の位置がより高くなったころ。都市エリアよりも穏やかで、物静かな、夜だからこそ行えるイベントを細やかに楽しむ者が見られる学園エリア。そこの傾向も都市エリアとは変わらなかった。一部の者を除いて定番のスポットに集中し、その他は疎らに点々と。場所による人口の偏りは、確かに目に見えるほどだった。


 都市エリアよりも人の目が無く、人気が偏る環境下。マリグリンの追跡を続ける猟犬2匹とそれに雇われたもう3匹。それらは二手に分かれ、その片方は学園エリアの一角。高く切り立った島たちの中で唯一背の低い島。その沿岸部にあるコンテナターミナルにアルバイトとして潜入していた。


 「ガリさんはこの仕事よくやってるんですか?」

 

 「えぇ、実入りもいいし、特典として宿泊施設も使えますから」


 「なるほどぉ…その宿泊施設内で聞き込みをすれば…って感じなわけですね?」


 「そうです。ここで働いているのはこの塩パグ学園島のユーザーばかりなんで、その探してるイケメンなNPCの情報だって集まってくるかと…ハイ」


 安全第一と書かれた、ヘルメットライト付きの黄色いヘルメットを頭につけ、青いつなぎを着たシルバーカリスとガリ。遠目には同じような姿をした作業員たちの姿が疎らに伺える海に近いその場所。規模もコンテナの大きさも。現実のコンテナターミナルと比べれば全てが全てミニチュアなその場所にて、荷の検査を行っていた。前者のシルバーカリスはいつも通りに、後者のガリは自分より背の高い美少女との会話に緊張した面持ちで、言葉を返して。


 「あのっ…シルバーカリスさん、このコンテナは?」


 それは大きく高い、複数あるクレーンに取り付けられた大きな橙色のライト。それらに照らされるコンクリートの地面を踏み、ガリの言葉に反応したシルバーカリスはガリが今開けようと手を掛けた、軽トラックに積めそうなサイズの青いコンテナ。それに貼られた、識別番号の書かれた金属のプレートに目をやった。


 「えー…ちょっと待ってくださいね」


 シルバーカリスは視線を金属プレートからファイルへと移し、同じ識別番号を探し出す。…コンテナのカテゴリは衣類とあった。


 「衣類みたいです。開けて中見てみましょう」


 ガリはシルバーカリスの言葉を聞くと頷き、コンテナを開けていく。ギギギと言う重々しく、耳を劈くような金属を引っ掻く音と共にゆっくりと開け放たれたその中は、暗く、中に何があるのかいまいちハッキリしない。


 「塩パグ学園島の運営さんってかなり厳重にセキュリティ敷いてますよね。積み荷のチェックまでさせて…そんなに大きな武器とか鎧とか持ち込ませたくないんですかね?」


 「フル装備で暴れるような迷惑なプレイヤーが来たら制圧に時間がかかるからですよ。たぶん。シーシルキーテリアとか迷惑なのいますし」


 シルバーカリスと言葉を交わしつつ、ガリはヘルメットへと右手を持って行き、ヘルメットライトを付けた。それによって映し出されるのはコンテナの奥側。そこにはビニールで1つ1つ包装された、畳まれた状態の国防色の衣類の山。それの中の1つをガリは手に取り、目の前で眺める。


 「…塩パグ学園島のアトラクションもマンネリなのかな。でもなんで寄りにも寄って帝国陸軍のコスプレ…」


 子供が着るには適したサイズの軍服。シルバーカリスやガリにとって教科書や動画、ゲームなどの媒体を通してしか見た時のない特徴的なそれは2人の視線を釘付けにする。だが、特別思うものは無い。塩パグ学園島の運営が失敗する方向にハンドルを切ったと思う程度で、コスプレ。衣類としては間違っていない代物だから。

 

 「うーん…ここのユーザーさん考えるならこの路線は失敗じゃないですかね」


 「同感です。せっかくのファンタジーの世界なのに」


 シルバーカリスの呟きに返しつつ、ガリは手に取った衣類をコンテナの中に放り、ヘルメットライトを消すとコンテナを閉めた。そしてその隣にある赤いコンテナの前へと移動する。


 「えー…次は小道具ですね」


 先ほどの青いコンテナをチェックする要領でシルバーカリスはプレートとファイルを見、その赤いコンテナの中にあるもののカテゴリをガリに告げ、ガリはコンテナを開ける。難しい業務でもないため、もう2人の動きには滞りはなく、慣れたものだ。


 開け放たれたコンテナの扉の向こうには、敷き詰められるように置かれた長い複数の木箱。取り出すだけでも大変そうなそれを目の当たりにしたガリは辟易したような顔をし、シルバーカリスは大して表情を変えぬまま、目の前にあるコンテナの中身を眺める。


 「…あぁ~、ぴっちり詰まってる。…あの~…シルバーカリスさん。開けて調べるのは…一つにしておいていいですかね…?」


 ガリはシルバーカリスの反応を窺うかのようにしながら、問いかける。細やかな不正。それに対して反発されるのではと恐れた風に。


 「いいんじゃないですか? 全部見るのは一苦労でしょうし…上手にサボるのは仕事を上手く行かせるコツ…ってお父さんが言ってました!」


 だが、ガリの心配はあっさりとした返事によって杞憂となった。サボりを全面的に肯定し、その顔に溌剌としたカッコいい笑みを浮かべ、親指を立てて見せたシルバーカリスの姿によって。その人形の様なNPCとの会話では味わえないノリの良い会話。その新鮮な刺激をガリは感じ、その顔に笑みを作った。


 「そうですよね…コンテナの隅から隅まで見て時間通りに終わるわけがないですもんね!」


 「そうですそうです! これは仕事を時間内に全うするための工夫…ズルではありません…断じて!」


 何だか打ち解けた様な雰囲気の中、ガリはコンテナに敷詰まっている長細い木箱。それの中の1つを抜き取る様に取って、己の足元に置き、屈んで留め金を親指で外す。そして蓋を開けた時――ガリの目は点になった。王道ファンタジー。そんな世界を売りにする塩パグ学園島。国防色の軍服の次に目の当たりにした、その夢の世界に有るまじき物を瞳に映したことによって。


 「んー…鉄砲ですかね? 火縄銃?」


 固まったガリの隣に立ち、膝に両手をついて上体を前に倒すシルバーカリス。彼女の灰色の瞳に映るのは木箱の中に納まる、ウッドボディのグリップとストックが一体化した細長い銃。銃の知識に疎いシルバーカリスはそれがなんなのか解っていない様子であったが、ガリ。彼はそれがなんであるか解っている様子で、間も無くそれを手に取った。


 「着剣措置はあって…ボルトも引ける。…引き金は…」


 ガリはその銃の細部を眺め、ボルトを引き、中に弾が入って居ないことを確認。ブツブツ言いながら銃口を空へ向け、引き金に指を掛けて引き絞った。


 ――カチッ。微かに響く小さな音。間違いなく銃の内部から聞こえ、ガリは思わず訝しげな顔をして銃を見る。――出来が良すぎる。これは本当に小道具なのか? そう腹の中で呟いて。


 「ガリさん、なんか気になることでもあったんですか?」


 「うーん…あると言えばあるんすけど……コレ相談しに行った方が良いかなぁ。とりあえず小道具だとは思うんだけど…遠いんだよな。責任者居るところまで。でも銃剣付けられたらアウトだよなぁ…」


 ガリは片手にその銃を持ち、対の手の指先で腰の小物入れの水晶へと触れ、銃のパラメータをチェックする。報告に行くのを酷く億劫がった様子で。…ポップアップされるパネル画面は彼が今触れる銃の木製のストック部分。それを形作る木材としてのパラメータが表示されるだけ。分類は武器ではなく、建材だ。間違っても銃などとは表示されない。


 「考えてもしょうがないですし、箱の中に入ってた備品と一緒に持っていきましょう」


 シルバーカリスはそのライフル銃が入っていた箱の中に残っているすべての備品。なんだかファンタジックな透き通る水色をした弾頭のライフル弾がセットされたクリップ3つと鞘に収まった長い銃剣、革製のスリングを取り、コンテナターミナルから見て内陸部に見えるビル。そこへと爪先を向けた。


 限りなくダメそうなものを見つけてしまった以上、見て見ぬふりはできない。ガリは面倒に思いながらも観念したようにライフル銃を地面に置くと、木箱をコンテナの中へ戻し、コンテナを閉じてから再度ライフル銃を拾い上げる。


 そして爪先を遠目に見えるビルへと向けた時――コンテナターミナルを照らしていた橙色のライトが一斉に消えた。


 「えっ…えっ…!?」


 「――静かに」


 突然の事に戸惑ったように声を上ずらせるガリを連れ、今さっきの優しげだった雰囲気を一変させたシルバーカリスは先ほどの軍服が入っていた青いコンテナの前に。その片側だけを開けてガリを連れて中に入る。コンテナの扉は締め切らず、ほんの少しだけ開けて外の様子を見えるようにして。…その時のシルバーカリスの顔はまるで戦闘中の様な、張り詰めたものだ。


 コンテナの裏側、海の方からは波の音が、中からはシルバーカリスの微かな息遣いとガリの息遣いが聞こえる。鼻には新品の衣類特有の匂い。今さっきまで明るい環境下に居たため、目はまだ暗闇には慣れなく、目視での情報収集は難しい。だが、長くは続かない。だんだんと暗闇に目が慣れてくる。


 しかし目が慣れきる前に変化は訪れた。コンテナの裏側。その方向から聞こえる波の音に混ざる異音。微かな、複数人の足音が聞こえてきたことによって。それはシルバーカリスとガリが潜むコンテナの側面を通り過ぎ、足並みを乱さず進んで行く。足音だけでもそうとわかる、とても統率のとれた足取りで。


 真っ暗なコンテナの中で慣れ掛けた目には微かに開けられたコンテナの隙間。その向こうに広がる青く穏やかな星空に照らされた風景を、苦も無く視覚的な情報として認識できた。隙間から外の様子を見るシルバーカリスの灰色の瞳に映るのは4眼ナイトビジョンゴーグルを頭に装着した、黒いミリタリーベストとウェットスーツを着た人影。それが4人1組で内陸部へと向かって進んで行く様子があった。


 ――今見えた4人だけじゃないだろうな。


 シルバーカリスは心の中でそう思いながら、音を立てぬよう、細心の注意を払って脚を動かす。そうしてコンテナの隙間から離れた。外側から見られぬように。…とりあえず今は隠れてやり過ごす。この事態の対処方法をそう決めて。


 現在の状況を覚悟し、受け入れた様子のシルバーカリスであったが、その連れであるガリにとって今の状況は意味が解らないもので、その表情には明らかな不安と困惑が伺えた。しかし、無理もないことだった。彼は塩パグ学園島で楽しく遊んでいたユーザーの1人。この30階層、塩パグの憤怒に渦巻く陰謀の外側にいた人間なのだから。


 他に作業員が居たはずなのに不気味なほどに静かなコンテナターミナル。人影ぐらいの視認は容易な月明かりの元、誰も海からやってきた侵入者を見つけた風はなく、声一つたりとも聞こえてこない。


 非日常を演出し、それを1つのサービスとする塩パグ学園島。そこにやってきた本当の非日常。非常事態。そこには颯爽と登場し、問題を解決してくれる都合の良い力を持ったヒーローなどは居はしない。居るのはヒーロー不在の物語。その中にも書かれはしないだろう黄色いヘルメットを付けた青いつなぎの、コンテナの中に隠れる無力なモブ2人。自分たちがどうしても変えられない大きな力の中、その内の1人、使命を持った少女シルバーカリスは今一度己に言い聞かせる。自分たちの勝利条件。それを満たす方法を。

馬鹿正直に100パーセントの力で仕事をし続けるのが最善だって? ハハッ、人ってヤツはそんな丈夫にできちゃいないんだぜ? 大体世の中ってヤツぁ、言われた通りやってたら時間がいくらあっても足りねー要求ばっかりだろ? だからいいのさ、肩の力を抜いても!

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