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まさひこのパンケーキビルディングとその住人。打砕く者と守る者。  作者: TOYBOX_MARAUDER
海賊の秘宝と青い海、俗物共の仁義なき戦い
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深淵、塩パグ学園島

書くことに没頭しているとつい説明だったりとか必要であったものだとか。そういうものを書き忘れてしまう。そんなポンコツですが、私は元気です。たぶん気が付いてないだけで見落としがあるんだろうとも思いながらもな。


 モグモグカンパニーアイランドでの聞き込み、武器の調達。主にプレイヤーと他の階層からやってきたNPC達がうろつく辺りを歩いた一時。遊びだか仕事だかわからない楽しい時間を経て、いつの間にか空が橙色に染まる時間となる。


 そんな最中に届いた無線。マリグリンの目撃情報をリークする小春からの連絡を受け、一行はモグモグカンパニーアイランドから南に大きく離れた場所にある群島から成る、そこそこ発展した場所へとやってきた。


 「噂で色々言われてるけど…実際どんな場所なんだろうな。塩パグ学園島って」


 錆色のスチームパンクなコートとトップハット。無意味なベルトと金具が複数着いた長ズボンを履き、腰のベルトには戦いではなく、アクセサリーとしての要素の強い鞘に収まった細身の剣。セラアハトのファッションと関係性のあるファッションで身を包んだリックは、その場所。塩パグ学園島の入り口である長い桟橋から、たくさんの女性NPCの姿を窺うことの出来る内陸方向。始まりの島やモグモグカンパニーアイランドなどと見比べてしまえば見劣りはするものの、背の低い淡い色合いの建物が並ぶ、建物と緑がハッキリくっきり分けられた、検問所の向こうに見える街の方を眺めていた。


 「青春を謳歌できなかった業の深い者たち…それらが失った物を疑似的でファンタジックな学園生活を通じて享受し、取り戻そうとする…ゲームの中でもさらに現実から隔絶された夢の世界。深淵…伝説ではそう言われているわ…」


 そんなリックの隣に立ち、重々しい表情で街の方を眺めるのは首元に大きなジャボが付いた黒い長袖のシャツと、コルセットと一体型の黒と紫を基調とする膝下ほどの長さのスカート。同じような色合いの小さな帽子付きのヘアバンドを見に付け、スカートの下にはガーターベルト黒ストッキング。腰に鞘に収まったレイピアを取り付けた花子。服を見繕ってくれたアイビーには、一行の目的がなんであるか知る由もないので仕方のないことではあるのだが、動きやすそうな格好とは言えないものだ。御転婆なお嬢様と言う風なそのコーディネートは花子の内外ととてもマッチしているが。


 制服姿の謎の集団。その他に自分達と同じような大凡戦闘には向かないであろう見栄えだけを求めたおしゃれな服装のプレイヤー達。一行と同じフェリーに乗り、やってきたそれらは、桟橋と島を繋ぐ検問所の方へと進んで行く。その中には誰一人として鎧姿のものはおらず、大型武器。所謂プライマリウェポンに成りえるような武器を持ったものもいない。


 先ず何をするべきなのか。一行は人込みを避けるように桟橋の隅により、事前に手に入れていたパンフレットを開く。その瞬間、花子の衣服の裾。そこにピン止めされていたブローチがぼんやりと発光し始め、それを見た花子はそれを人差し指で叩き、ブローチの付いた裾を耳元に持っていく。


 『あー、あー、聞こえるかァ? 愛しのマロンちゃんだぜ。どうぞ』


 「聞こえてるわよ。どうぞ」


 無線から聞こえてくる声は、滅多なことでは連絡を寄越してこない親友の声だった。間の抜けていて、どこか疲れた風な。その普段との僅かな違いに気が付いた花子は、何かあったのだと察す。ブローチ側面に付いた金具を人差し指と親指の先で摘まみ、音量を調節。適当に応答しながら。


 『こっちにPTからのお客さんと…その後でグリーンビーンズが来た。家建てたすぐにな。オメーのところは今どんな感じよ。マリグリンの野郎は見つかったかぁ? どうぞ』


 「梅酒愛好会からの情報提供を受けて、マリグリンの居場所が塩パグ学園島って事が解ったところよ。というか…家建てて半日も経ってないわよね? そんな早く来るものかしら? どうぞ」


 『あたしも妙だなって思ってんだよ。つか、塩パグ学園島って…独立貫いてるそこそこ大き目のギルドの根城だよな? どうぞ』


 「えぇ。少なくともどこかの傘下であるという話は聞いた時ないわね。どうぞ」


 『そうなると順当に考えりゃPTの目の届かねえそこでお宝売りに来たってんだろうけど…いろいろ腑に落ちねえな。大体あいつあたしがPTに捕まると色々喋られて面白くねえ立場だし…先ずPT止めるために帰りそうなもんだけど。…まあいいや、オメーもPT、特に眼帯のおっさんには気を付けろよ。どうぞ』


 桟橋の隅を右へ左へと歩きつつ、花子は応答する。マロンからの報告を聞きながら、彼女からの情報と今自分が持っている情報。それらを合わせ、様々な可能性。それを見出さんと考えて。周囲の仲間たちはそれに黙って耳を傾け、なんだか難しい顔をしている。まるで遊園地に入場する前の様なテンションの、シルバーカリスを除いて。


 「眼帯さんね…ただの昼行燈だと思ってたけど、気を付けるわ。というかアンタ大丈夫だったの? PTとグリーンビーンズと…平和に終わったなんて感じはしないけど。どうぞ」


 『PTはひとりで何とかして…グリーンビーンズは揉めてる最中にゼルクが仲間連れて来てくれて追っ払ってくれたよ。どうぞ』


 「そう。まあいいわ。報告ありがとう。これで切るわよ。どうぞ」


 『おう。なんだかマリグリンの野郎の周りはどうもキナくせえ。気ぃ付けろよ。通信終わり』


 花子とマロンの通話。少し長いそれが終わったころには、周囲にいた人込みは既に桟橋の上には居なく、検問所の前へと集まっていた。


 「…マリグリンは感情より実利を取る性格だ。PTの元に帰っていたのなら先ずマロンが捕まらないように手を打つはず。だが、そうしなかったとなると…PTから離反したとみていいだろう…だが…なぜ…?」


 女性もののスチームパンクなファッションに身を包み、その腰に鞘に収まったシャムシールを取り付けた、少女と言っても違和感のないセラアハトはどこかマリグリンの行動に疑問を持ったかのように呟く。何者かの作為とは行かないまでの違和感。それを感じた風に、その形の良い顎に手を当てて、視線を地面に落として。


 「…よし。さあ、みなさん。引いてください。どうせマリグリンさん捕まえればハッキリすることなんですから、難しく考えない方が良いですよ」

 

 背を向け何かをやっていた、着崩したクリーム色のスーツ姿の腰にサーベルを取り付けたシルバーカリス。彼女はいろいろ考えた様子であったリックとセラアハト。腕を組んで海の方を眺める花子に向けて、何かを握った右手を突き出した。その握りこぶしからは4枚の長細い紙切れが出ていて、それを見た3人に彼女が何を考えているのかを瞬時に理解させ、考え詰めていた各々の頭をリセットさせた。そして3人は思う。どうせマリグリンを捕まえればはっきりすることだと。

 

 「どんな組み合わせでも待ったは無しですからね」


 「くじ引きか」


 「順当に決めるより楽しそうでいいわね」


 「二手に分かれる感じか。賢いかも」


 シルバーカリス、セラアハト、花子、そしてリック。各々コメントした後、1枚だけ紙切れを摘まむと、それを引き抜いた。


 「財布になりそうなのと一緒で良かったわ」


 「ある程度は遠慮しろよ。俺だってんな沢山金持ってるわけじゃねえんだから」


 くじ引きの先端。それに何も色が塗られていないものを引いたのは花子とリック。


 「よろしくお願いしますね。セラアハトさん」


 「あぁ。よろしく頼む」


 先端が黒く塗られたくじを引いたのはシルバーカリスとセラアハトだった。セラアハトはその結果にガッカリするものだとシルバーカリスは思っていたが、今が任務の最中であるという考えであるためか、これと言って反応は示さない。


 「あぁ、セラアハト。アンタにこれ渡しておくわ」


 組み分けが決まったところで花子は袖に付いたブローチの2つの内1つを取ると、それをセラアハトの方へと爪弾いた。セラアハトはそれをキャッチすると花子の方へと視線を向ける。


 「使い方は話したい奴の顔を思い浮かべて指先で叩くだけ。相手からの返答が欲しい場合は言葉尻にどうぞ。会話を終わらせるときは通信終わり。解った?」


 「魔法のブローチ…何度かお前が使っているのを見た時があるから大丈夫だ」


 珍しく親切な花子の説明にもセラアハトは素っ気なく、どこかツンツンした態度で言葉を返すと今回の己のバディであるシルバーカリスに続き、検問所へと向かう。その反応に花子はムスッとした顔をした後、顔を横に向け、リックを見ると桟橋と街を隔てる検問所へと向かって顎をしゃくった。


 「はっ…初めて見る人ですね…学園島に来るのは初めてですか…?」


 検問所に到達したセラアハトとシルバーカリス。それを出迎えるのは、学校制服風のブレザー姿の、腕に風紀委員と書かれた腕章を付けた、お世辞にも見てくれの良いとは言えない小太りの男。彼は声を微かに震わせ、少しばかし緊張した面持ちで2人に問う。クールビューティー。そんな雰囲気を醸し出し、機械的でプレイヤーのご機嫌取りばかりをするゲームの部品。それらと同じには見えない、人として見えるセラアハトの方をチラチラと見ながら。


 「えぇ。パンフレットで見て少し気になったので遊びに来ました」


 セラアハトは検問所の男に辛辣な、刺々しい視線を送り返し、受け答えはシルバーカリスが行う。


 「あっ…ハイ。じゃあ使用武器見せて貰ってもいいですか? この島には大型の武器の持ち込みはできませんので…ご協力お願いします」


 落ち着かない様子の小太りの男。それからの要求を聞き、シルバーカリスとセラアハトは腰にある武器を取り外し、それを差し出す。言われるがままに。


 シャムシールとサーベル。大型武器とは言えない、新調したばかりのそれらを小太りの男は眺める。特にセラアハトの武器であるシャムシールを。


 「風紀委員さん。この島で一番人集まりそうな場所ってどこだか解ります?」


 「あぁ…学園島は大きく分けて都市エリア、学園エリア、自然エリアと別れているんですけど…とっ…都市エリアに良く人が集まります。今の時間帯だと」

 

 小太りの男の武器チェック。それの最中にシルバーカリスは話を振り、情報収集を試みる。それとない聞き方で、世間話の様に。


 「ふむふむ…もう一ついいですか? 最近この辺に金髪で長身の男の人来ませんでしたか?」


 「あぁ、来ましたよ。お昼頃に。学園エリアで教師役のバイトやるとか言っていました。そういえばついさっきも同じようなこと聞いてきた団体さんが居ましたね…顔もスタイルもいいし、ファンみたいな人ついてるのかなぁ」


 あまり期待もせずに掛けた問いかけだったが、思わぬ功を奏した。小太りの男は無駄に長いチェックを終えて、シャムシールとサーベルを2枚のチケットと思しき紙切れと共に返却するだけで、シルバーカリスのあからさまな聞き方に何か気に掛けた様子はない。


 だが、彼の何気ない発言から発覚した先客の存在。それにシルバーカリスとセラアハトの顔は引き締まる。戦いの前触れ。その匂いを感じ取り、フラフラ遊んでいた心構えが戦士のものに様変わりしたことによって。


 「じゃっ…じゃあどうぞ…楽しんできてくださいね~。クーポン券はオマケです。あっ、僕としては自然エリアがお勧めです…! カップルが楽しめる施設沢山ありますから!」


 カップルを温かく見守る目。愛しむ眼差し。なんだか生暖かい勘違いから成るそれを感じながら、シルバーカリスは振り返ってぺこりと頭を下げ、セラアハトは前を向いたまま検問所の向こうへ進み、クリーム色の石畳の敷かれた、四角い屋根が印象的な背の低く、石造りの建物が並ぶ街へと踏み入れる。周囲にはパターン化された、無難な見た目の女性NPCと一緒に行動を共にする男性プレイヤーが複数散見出来、疎らではあるがその逆パターンも見ることが出来た。そんな中、間も無くシルバーカリスとセラアハトの元へ花子とリックが合流し、4人顔を合わせる。


 「状況はかなりマズいです。どの勢力かは知りませんけど、マリグリンさんを追っている何者かがこの塩パグ学園島に侵入しているようです」


 「順当に考えるなら離反したマリグリンが何か重要な情報を持っていると踏んだPTがここまで来た…ってな感じか。そんな不確かなものに人員を割くとは思えないし…確証あんのかな。というか梅酒愛好会より情報少ないだろうし、割と必死に探さないとここまで辿り着けないよな」


 「情報がない上に海底遺跡の調査に人員を割きたいタイミングで、ここまで辿り着いたとするなら相応にリソースを割いているはず。確証がなければこうはなっていないだろうな」


 シルバーカリス、リック、セラアハトは顔を合わせながら情報を共有。真剣に語り合い、先ほどの様に考え込みそうになったリックとセラアハトの間に、花子が割って入った。各々の胸元に手のひらを当て、軽く押し退けて。そして2人の顔を据わった目つきで交互に見た後、両手に腰を当てて胸を張った。


 「誰が相手だろうと関係ないわ。先に目標を抑えるだけの事よ。それで報酬が得られたならその他の事はどうでもいいの」


 直線的と言うか迷いがないというか。相手が何であれ仕事である以上、やると決めた以上進まなくてはいけない。自分たちが気にするべきこと。成すべきこと。そんな当たり前の事を思い出させてくれる花子の言葉は物事を穿って見て難しく考え、ただ単に仕事を達成して金を得る、一介の傭兵と言う領分を飛び越えていたリックを引き戻した。…この仕事が終わっても渦中から逃れることの出来ないセラアハト。彼は心底物言いたげな顔をしていたが。彼がその時口を出さなかったのは、先に進むべきと考え、理性が働いたからであろう。


 シルバーカリスはタイミングを見計らって咳払いを1つ。各々の顔に視線をやった後、口を開いた。


 「続けますね。目標はこの塩パグ学園島の学園エリア。その場所で教師役のアルバイトをしに来たと言っていたそうです」


 「教師役のアルバイト…大人が本気でやるごっこ遊びにはそんなパワーワードが出てくるのね。それで、他のエリアは?」


 「他には自然エリア。都市エリアと言うのがあるそうです。後者が一番人が集まるとも言っていました」


 「良く解ったわ。じゃあ私とリックが都市エリアを。アンタとセラアハトが学園エリアでの調査をする形にしましょう。異論は?」


 シルバーカリスとの情報の共有。それが済んだところで花子は各々の仲間たちの顔を一瞥し、各チームの担当エリアをざっと決める。その花子の決定に反対する者はおらず、各々仲間たちと拳を打ち合わせた後、4人の集まりは2つに分かれた。


 「健闘を祈る」


 「アンタもがんばんのよ」


 セラアハトと花子。2人は言葉を交わし、花子とリックは今居る検問所前広場の左手の方向へ。シルバーカリスとセラアハトは正面の街の方向へ。ここに訪れる前に入手していたパンフレットを手に進んで行く。ゲームの世界の中に存在する、その中でもさらに現実から離れんとする夢の世界。夕日の橙色に染まる、その世界の奥へと。




 *




 大小さまざまな細々と散らばる群島を、それは立派な鉄橋で繋ぎ、張り巡らされて出来た広大なエリア。下方には青い海が広がり、その上に蜘蛛の巣の様に広がる橋や道路にはバイクやコンパクトカーなどの比較的に小さな乗り物が走り、点在する島の上には学校らしき建物や、小さな商店街。島丸々一つ使った公園等が窺える。それは島一つ一つ様々な特色を持つ、見る者を退屈させない場所だった。


 その群島の中の一つの島。学校が立つそこに、学生。もしくは学生であった経験がある者ならばとても耳馴染のあるチャイムの音。1793年に生まれたそのメロディが以前変わることなく流れていた。一つの時間の終わり。それを聞く者に知らせるために。


 潮風が強く吹き、絶え間なく庭木が騒めく外観は美しい校舎。その一室にて行われていた授業。その終わり際。そこでやっと偉そうに、傲慢に教鞭を執っていた教師の声が止んだ。束の間の静けさの後、一人の生徒が席から立った。


 「フッ…よくそれで教師を名乗れたものだ…」


 それは不敵な笑いを口元に携え、黒板の前に迫る。同じ教室の中にいるNPCと思しき者たちは驚いたような顔をしてその制服姿の男、中背で頼りないほどの痩躯な、無個性な顔つきのそれを注視。その視線を一点に浴びながらその男、ガリは人相の悪い教師の手からチョークを強奪。意味があるのか解らない黒板に書かれた紋章らしき何かに、何かを書き足した。割と恣意的に。


 「これが最も効率的な形だ。紋章術を齧っているのなら解るだろう?」

 

 紋章を完成させたガリはチョークを放る。尊大な態度で、これでもかと言った風に恰好を付けて。その時の彼はとても活き活きした顔をしていて、自己陶酔に浸りに浸りきった様子だ。その彼が書いた紋章。それを見据える教師はわなわなと震えている。まるで自分の間違い。それを認められないと言った風に。


 「すっごーい!」


 「やはり天才か…」


 「はは…凄すぎて何が何だかわからないよ…!」


 「キャー! 素敵ッ! 抱いてッ!」


 そして間もなくタイミングを見計らっていたかのように上がる賛美。雨霰の如く浴びせられる黄色いそれは、その声援を向けられる男、ガリの承認欲求。自己顕示欲を強く満たしていく。


 「きょっ…今日はこれまでッ!」


 注目の的の中にあるガリを後目に立つ瀬の無くなった教師は唇を尖らせ、卑屈な顔をしながら教材を小脇に抱えてそそくさと教室から出ていった。…解りやすい悪役。ヘイトを向ける対象。サンドバック。それが居なくなった後、さらに賛美の声は高まっていく。鼻が伸びに伸びきって天狗と化したガリに。


 「やれやれ…ちょっとやり過ぎてしまったかもな…俺の悪い癖だ…それじゃあ皆、また明日会おう…」


 ガリは浴びせられるありとあらゆる肯定的な言葉の中、格好をこれでもかと付け、前髪を指先で払って見せると悠々とした歩みで教室を後にする。


 「キャッ…!」


 教室を出、廊下へと出たガリ。その身体に走る小さく、柔らかな衝撃。散らばり舞うプリントのその下には小柄で黒髪のショートヘアの少女が1人。尻もちをついてそこにいた。


 「いたた…」


 「大丈夫か?」


 得意げな顔をし、やや鼻の下を伸ばしながらガリはその少女に手を差し伸べる。いかにも紳士。そう言った態度を心がける様に。


 差し伸べられたその手に少女はきょとんとしていたが、恥ずかしそうに頬を染めながらその手を取って立ち上がった。


 「っ…すみませんッ」


 「いい。気にするな」


 恰好を付けつつ散らばったプリントをガリは片膝を地面について集めていく。…散らばったプリントにはこの学校内で行われるイベントがそれっぽく書いてあるもので、数もせいぜい20枚程度。あまり時間を掛けずに拾い集めることが出来る程度の枚数だ。


 「ほら。今度から急いでいても走ってはいけないぜ」


 「はわわっ…気を付けますぅッ」


 ガリは集めたプリントを少女に手渡し、颯爽とその場から遠ざかる。その背中には頬を真っ赤に染めた少女の熱っぽい視線が向けられ、ガリは時折窓の外を見る素振りをし、顔を横に向けてその様を窺う。多くのときめきと共に感じる、肯定される気持ち。普段満たされない部分。それらがいっぱいになっていく充実感を感じながら。


 ガリは悠々とした歩みで1階へと降りていく。その道中に見ることの出来る自分と同じようにNPCに囲まれ、褒め千切られるプレイヤー達の傍を通り過ぎて。そして職員室前。いろんなイベントの紹介が張られた掲示板の当たりに、制服姿ではないプレイヤーと思しき2人組の姿を発見した。


 「どうだった?」


 「職員室の中には見る限りそれっぽい姿はありませんでした。学校は複数あるので、目標は他の学校に居ると見るべき…とも思ったんですけど、即日で働き始めるものですかね?」


 「この周辺施設で提供しているサービスを見る限り有得る。とりあえず褒めればいいのだからな。たとえば…四則演算ができて偉い。天才…と言った具合で」


 「さすがにそのレベルだと皮肉に聞こえませんかね…それじゃただの子ども扱いですよ。バカにされてるって普通の人なら思いますってそれ」


 「僕には子ども扱いとここで客が受けているサービス。その違いが判らないな。大体ここに入り浸っている連中は褒められる内容はどうでもよくて、ただ誰かに認められたい、ちやほやされたいと思っているように僕には見えたが」


 片方は壁に寄りかかる中性的な美少女。もう片方は連れに歩み寄るまたまた中性的な美少年。彼らの辛辣にも聞こえる、耳の痛くなる立ち話の内容に思わずガリは視線をそちらへと向けた。夢の世界から厳しい現実へと乱暴に引き戻されたような気持ち。それを抱き、心を痛めながら。先ほどまでこの上なく楽しそうだったその顔を、思わずしんどそうに歪めて。


 夢を。幻想を現実と言う名の鉄槌で容赦なく叩く不届きもの2人。夢の世界に居るにはあまりにも無粋な、美少女と美少年。その後者にガリは凝視する。謎の既視感。それを感じ、パッと思い出せない自分にもやもやして。するとその美少年の視線とガリの視線が合った。


 「あの~、すいません。ここの施設を利用している方ですよね? ちょっとここ初めてなのでお話聞かせて貰ってもいいですか?」


 その美少年は男にしてはややふっくらした胸元の前に両手を合わせ、ガリに尋ねた。…友人ではない、どこか女っぽい仕草の見ず知らずの男。それに話しかけられたことによって、NPCか仲間かにしかツルまないガリの心は少しばかり動揺する。何を言っても肯定的に返してくれるNPCとは違う、見ず知らずのプレイヤーとの会話。それを意識することによって。


 「あぁっ…はい。良いですけど…」


 さっきの有頂天はどこへやら。こうありたいという願望の中の自分から現実での自分に。とても硬いカッチカチの愛想笑いを浮かべ、ガリはその美少年に言葉を返す。それによってぱあっとその美少年の顔は明るくなり、ガリが降りてきた階段の方から何者かの足音が近づいてくる。


 「ありがとうございます。それでなんですけど――」


 「ガリ~!」


 話を切り出した美少年。その声に被される、ガリにとって耳馴染のある声。その声の主は間を置かずにその場へとやってくる。後ろに背の低い男を連れて。自然とガリと美少年の会話はストップし、その場に居る3人の視線はそちらへと向く。


 背も高くガタイもいい男。それの後に続く背の低いの。前者であるゴリは自分の連れがプレイヤーと話しているのを不思議に思った風で、間抜けであるが親しみやすそうな顔をしていたが、その後ろに居た後者、チビ。それはガリと話していた美少年。それを視界に映した瞬間、その眉尻を大きく上げた。


 「――ガリさん、ゴリさん、こいつゴリさん蹴っ飛ばした奴ですよ!」


 「ナニィッ!?」


 「あっ…ほんとだッ、良く見たらッ!」


 勢い良く切られるチビの啖呵。それによってゴリとガリは男装した少女、シルバーカリスの顔を注視。そして各々声を上げた。だが、肝心のシルバーカリス。それはゴルドニア島で絡んできた彼らの事をすっかり忘れてしまっているようで、きょとんとした顔をし、小首を傾げた。


 「ここであったが百年目…借りは返させて貰いますよ」


 「えっ…チビ、ここで戦うの? ヤダよ俺。学園島から締め出されるの。結構運営厳しいしやめとけって」


 「ガリさん。ここで引いたら男が廃るってもんですよ」


 「おーい、帰ってこい。夢の世界から。相手は色々汲んでくれて忖度してくれるNPCじゃないよ。まずいって」


 先ほどまでこの施設でのサービスを受けていたらしく、気が大きくなっている殺気立つチビ。ある程度現実側に帰ってきていて、ある程度冷静な頭を持ち合わせる、戦うことによって被る被害。それを考えて及び腰になるガリ。対するシルバーカリスは相変わらず状況が読めないような顔をしていたが、その傍にいる女装したセラアハト。彼は明らかに戦いを目の前にした様な面構えになっていた。

 

 一触即発。そんな雰囲気になりかけた職員室前の廊下。だが、チビとガリの前に彼らを制止するかのように腕が伸びる。2人がその腕の主を見上げると、なんだか味わい深い顔をしたゴリの姿。チビとはまた違った風にこの施設でのサービス。それに影響されたような彼は顔を横に向け、チビとガリ。それに視線を向けた。自己陶酔。ヒロイックな雰囲気を携えて。


 「あれは俺たちにも問題があった…やめようじゃないか。こんな下らない争いなんて…憎しみが何を生むというんだ? 新たな憎しみ…報復を呼ぶだけだろう…?」


 雄弁に語りかけるゴリ。すっかり現実に引き戻されたガリはその痛々しさに少し前までの自分を重ねて自己嫌悪に陥り、それは重々しく胃の痛そうな顔をし、チビはチビで何か役になりきった様子に、納得しきれてはいない風にシルバーカリスから顔を背ける。


 「ゴリさんが言うなら仕方ない…言って置きますけど自分はまだアンタの事許したわけじゃありませんからね」


 流石は夢の世界。思いっきり格好をつけ、それを思いっきり肯定してくれる世界。だが、所詮その世界の空気に毒された、まやかしの中で生きるここの住人の間にだけ通用する常識。傍から見てあまりにも業の深いそれは、素面で見る者にある種の闇を感じさせるには十分で、何かと優しく気遣いが出来るシルバーカリスはともかく、それの連れのセラアハト。彼の顔を冷たく、白けたものにさせた。


 「下らないごっこ遊びは身内でやれ」


 そして彼は言い放つ。とても歯切れよく、毅然とした態度で。頭に掛けられた魔法。まやかし。それを吹きとばすには十分な凍てつく氷の様な一言を。


 途端に凍り付くその場の雰囲気。素面に戻ったゴリとチビは互いに顔を見合わせた後、眉を寄せつつセラアハトを見る。何とも言えないやるせなさそうな顔をして。だが、その目はただ切ない感じではなく、見てくれは美少女なセラアハトに冷たくされたことによる謎の高ぶり。それを感じた風でもあった。


 良く解らない空気になりつつあり、ガリから話を聞き出すにも話が脱線しそうな感じがする最中、シルバーカリスが何か名案を思い付いたかのように左手を右手の拳で打った。その顔をぱあっと明るい物にして。


 「そうだ。いいこと思いつきました。この人たち雇ってみたらどうですか? セラアハトさん」


 いくら変装しているとはいえ、マリグリンと接触すればバレる可能性がある自分。そして今別動で動いているリック。情報源としても顔が割れていない人員としても、確かにチビゴリガリの3人は魅力的だ。そう考える軽く握った拳を顎に当てるセラアハトの上目での視線の先には、いまいちこちら側の話が読めないと言った風なチビゴリガリの3人の姿がある。


 「…。どうだ。お前ら。今日1日今から僕に使われないか。報酬は1人当たり1000ゴールド。検問所で貰ったこの良く解らんチケットもくれてやる」


 凛として冷たく、それでいて力強い魅力を感じさせるセラアハト。片手にクーポン券を持ちながらの提案。チビゴリガリの3人は仲間の顔を見合わせる。各々の考えを確かめるように。そして間もなく、3人は頷いて、セラアハトの方へと顔を向けた。


 「我々にお任せあれ!」


 美少女に見えるセラアハト。それを目の前にし、口調が変になるゴリ。それが代表として声高々に快諾する。


 「よし、決まりだ。場所を変えるぞ。ついてこい」


 仕事内容すら聞かず、交渉などもしようとはせず。…良くも悪くもピュアな人間なのだろう。なんてことを思いながらセラアハトは口元に静かに笑みを携えると、相変わらずツンツンした物言いで言って踵を返す。少しばかり機嫌が良さそうにして。


 窓の外に見える黄昏色の世界。もうそろそろ日が落ちんとするそこから、徐々に弱り行く橙色の光が窓を経て、廊下に落ちる。それを遮り床に伸びる5つの影はやがて暗がりに溶け、消えていく。その頃にはもう夕日は沈みきり、空は夜の顔に。海鳥たちの声は鳴りを潜めて、岩肌に打ち寄せる波の音だけが聞こえるようにとなっていた。 

実体のない褒め言葉。肯定。これらを素直に受け取り、ありのままに受け入れられる人は幸せなのかもしれません。それはそれで現実と自己評価。そこに認識の違いを生んでしまうという不幸がありますが。

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