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まさひこのパンケーキビルディングとその住人。打砕く者と守る者。  作者: TOYBOX_MARAUDER
海賊の秘宝と青い海、俗物共の仁義なき戦い
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環境保護団体グリーンビーンズと揺らぐ天秤


 打ち寄せる穏やかな波の音。それが石造りの桟橋にぶつかり、ちゃぷちゃぷと。風は強く、ひゅうひゅうと音を立てる。陽の光は依然として厚い雲に遮られ、少し離れたところ。水上に陽の光を差し込ませる。


 桟橋の先端。何処までも広がる青い海を背にし、呼んだ覚えのない客を目の前にマロンは立っていた。相手の動きにいつでも反応できるように心構えて。


 「んで、何しに来たのよ。言っとくけどこの辺に立てられた建物はゴルドニア島の住人が立てさせた物だからあたしはカンケーねーぞ」


 …観測気球。相手の腹の内、それを探るためにマロンは己の立場を表明する。言い逃れ。まるで疚しいことをした自分を自己弁護するかのように。地下遺跡の事、マリグリンの事。それらから切り離された、ゴルドニア島に家を立てさせた一人のプレイヤーとしての立場を。


 眼帯の衛兵はマロンの当然とも思える問いかけ、ゴルドニア島に家を建てたという上っ面の情報だけを見られた時、するであろう自己弁護。それらを見、やり辛そうに視線を斜にして左右に動かすと、口元に草臥れた笑みを作ってマロンの顔に再度視線を合わせた。


 「いやね、おじさんも下っ端だからよく知らねえんだけども…こういうことしたプレイヤーが居たら連れてこいって言われててさ。ちょっとだけ付き合ってくれね。パフェぐらいだったら奢るから」


 圧倒的に優位な状況にあるとマロンは自身の立ち位置について思っていたが、眼帯の衛兵は美味い具合に情報を一切出さず、返してきた。とてもそれっぽく。怪しまれないような言い方で。…本当に彼は言われたままの事をしているのかもしれない。しかし、既にPTに対して警戒感を持っているマロンとしては彼について行くなどと言う選択肢は鼻から無かった。…地下遺跡で黒ずくめの褐色肌の男に投げた自分の曲剣も見つかっているであろうし、マリグリンが自分と取引したのはゴルドニアファミリアに、強いて言えばメルフィンに引き渡されないための演技だった可能性もあるのだから。


 「うーん…そうだな。これからしばらく忙しくなるから、一週間後また来てくんね? そん時行くわ。良いだろ?」


 あらゆる可能性。それらを考え、マロンは眼帯の衛兵の反応を観察しながら言葉を返す。…これで乗ってくるのであれば、今さっきの彼の発言は裏のないただの業務的な呼びかけと思われる。建築の件は急でもない要件と思えるし、彼の雇い主であるPTに確認を取りに戻るはず。マロンはそう考えていた。


 眼帯の衛兵は暫く考えたように唇をへの字に曲げて、視線を斜にしていたが、途中で諦めたように肩を竦め、口元に草臥れた笑みを作った。


 「…はぁ~。やっぱ無理。こーさん。お前さんみたいなお利口な子相手にビショップとルーク縛った様な状態でチェックメイト掛けられる自信ないわ」


 彼はそう言って、己の腰に手をやるとその粗末なショートソードの柄を握り、それをゆっくりと抜いた。訳は語らずに。言葉による情報の聞き出し。それを諦めたかのように。…だが、自分から得たい物があったからこそここに来た。その事実がマロンに確かに伝わった。


 「おいおいおい、待てって。どうした急に」


 マロンはいきなり剣を抜いた眼帯の衛兵へと向けて両手を開いて突き出す。焦ったような顔をし、戸惑ったような応答して。だが、眼帯の衛兵はフッと鼻を鳴らして笑うだけだ。まるで腹の内を見透かしたように。


 「アイドルなのに随分な大根役者だこと。大凡見当は付いてんだろ?」


 マロンの心内、思惑。それを眼帯の衛兵はやすやすと看過し、核心を突く。その言葉にマロンは心が折られたようで、突き出した両手を引っ込めて頭に手を当てた。


 「はぁ…うるせーな。こちとら歌とダンスが専門なんだよ。ったく、やれやれだぜ。しらばっくれてりゃどっか行ってくれて、上手く行きゃ口滑らせてくれると思ったんだけどなァ」


 諦めたようなため息一つからの悪態。腰後ろに手をやり、ダブついた黒いノースリーブTシャツを少し捲り上げると、ベルトに取り付けられた白い鞘に収まった2本のダガーが露わになる。マロンはそれの柄を流れるような手つきで握って抜き放った。


 「逃げられる可能性があるうちは情報はなるべく漏らさないようにしたほうが安全だろうからね。そういう決まり。おじさんだって無駄に長生きしてるわけじゃないんだよ」


 「その辺は草臥れたツラと同じで、いい加減にやってくれたらマロンちゃん嬉しかったな。まぁ、指摘する点があるとするならあたしに勝てるって前提がちょっと怪しいかも」


 「あー、それ言えてるかも。おじさんも戦うの久しぶりだからさ。手加減して大人しく捕まってくれよ~。パフェ5個ぐらいだったら奢るから」


 「やーなこった。つーか飽きるわ。パフェ5個とか」


 戦いの始まる前とは思えぬ緩い会話。それはマロンと眼帯の衛兵の間で交わされて、2人は視線を交差させる。


 ――今現在自分たちがいる場所は今さっきプレイヤーの手によってつくられた建造物の上。故にここは都市属性。たとえ斬られても死ぬことはない。だが、眼帯の衛兵はNPC。都市属性などは関係がない。故に自分の刃は彼の命に届く。間違いがあれば殺してしまう。サンダーソニアの水晶の存在やセラアハト達と共に過ごすことによって見えてきた彼らの正体。ゲームの部品にしか見えない、側だけが人であるそれとは違うもの。それの命を絶ってしまうかもしれない可能性。その事実に少しばかりだが、マロンの中に迷いが生まれる。


 「そう? 種類変えればおじさんイケるけどな…まあいいや。ほら、おいで」


 「ヘッ、舐めやがって。後悔すんなよ」


 眼帯の衛兵はショートソードを右手に持っては居はするものの、構えることなく腕を開いた。…腕に自信があるのか。舐められているのか。その両方か。それは解らない。マロンは若干ムカつきつつ吐き捨てるように言って、ダガーを逆手に握ったままボクサーがとるようなファイティングポーズを取ると彼の方へと踏み込んだ。


 真正面から突っ込んでくるマロン。眼帯の衛兵はあっという間に開いた腕の中に入られる。確かに自分の間合いではあるが、腕は伸びきり、内側に剣を振っても力はそんなに入らない。振ったところで腕が肩で受けられるのが目に見える。故に眼帯の衛兵は後ろにバックステップし、距離を取った。そして剣先をマロンへと真直ぐ向け、それを彼女の方へとまっすぐ突き出す。


 「おらよッ! そらっ!」


 マロンはその突きが己の身体に到達する前に内から外へと腕を払い、その手に持ったダガーで弾いた。それと同時に地面を蹴り、姿勢を低くして間髪入れずに眼帯の衛兵へとフックを放つ。その拳の軌道は彼の身体に当たるようなものではないが、その手に握られたダガーの刃。それが太ももを切り裂くような軌道だ。


 だが、眼帯の衛兵は脚を上げ、迫りくる拳を靴底で押さえた。その素早い動き、揺らがぬ強靭な体幹にマロンは思わず目を見開き、拳を押し返されたことによってやや後退する。


 「ッ…草臥れたおっさんの割には身体柔らけーな。オイ」


 「おじさんもびっくり。お前さんオフ時はヤンチャなだけのアイドルじゃなかったのかい」


 「まーな…もういっぺん行くぜオラ!」


 ひりひりと痛む手。ダガーを握るそれの力を緩め、再度軽く握ると左手をやや下げた位置に移動させ、マロンは身構える。そしてその刹那、眼帯の衛兵が地面を蹴って前へと出た。


 「クッ…! このやろッ!」


 全く殺気も害意もない内から外へと振られるショートソード。マロンはそれを仰向けに身体を反って躱し、順手に持ち替えたダガーの先端を眼帯の衛兵へと向けて突き出す。殺気が無く、まるで稽古でも付けてくれているような雰囲気。それに腹を立て、相手の事など気遣った風もない、迷いもない、当てるつもり満々の攻撃を。


 しかし、ダガーはすれすれのところを身を反って躱されて空を突く。その直後に手首を外側から掴まれ、引っ張られる。反射的に踏ん張ろうとした時には、既に脚を脚で払われて身体に浮遊感を感じ始めていた。身体が眼帯の衛兵の横を通り過ぎるように倒れ始める。その瞬間、マロンは心の中に水の魔法を描く。纏わりつき、相手の身体を締め上げる水の蔦を。


 「――ッ!?」


 「いでっ!」


 突如マロンの腕から這って現れる水の塊。まるでそれの性質を知っているかのように眼帯の衛兵はマロンの手を離し、地面を蹴って大きく、マロンから距離を取った。いつも気怠そうにしている顔に珍しく危険を感じたような表情を浮かべて。それと同時にマロンが前のめりに石造りの桟橋の上に倒れる。


 「――クソッタレ。見せたからには一発で決めたかったんだけどなぁ」


 「油断できねえお嬢ちゃんだこと。とんでもねえ隠し玉持ってやがって」


 ――こんの野郎、クッソ強ぇ。


 相手の動きをけん制するように地面に蠢く水を纏わせつつ、すぐに起き上がり、バックステップして距離を大きく取ったマロンは心の中で呟く。奥歯を噛みしめ、微かに唸りながら。敵意も持たず、立ちはだかる眼帯の衛兵。魔法ありきでも厳しそうなその強大な敵を目の前にして。だが、マロンは口元に笑みを浮かべた。…眼帯の衛兵を捕らえて情報を得る。それと引き換えにこの場を切り抜けられる方法を思いついたことによって。


 「こんな手品はどうだい? 行くぜッ! 水エンチャント!」


 にいっと笑ったマロンが逆手に握る2本のダガー。それの刀身に刃の形をした水の膜が包み、水の刃によってダガーの間合いが伸びる。だが――それはハッタリだ。それを見て身構え、攻撃の姿勢から守りの姿勢に入り、行動できるだけの猶予をこちらに与えた眼帯の衛兵をマロンはそのライトアイボリーの瞳に映すと、桟橋のサイド。その先に広がるアクアマリンの海へと向けてサイドステップして飛び込んだ。ざばんと大きな水音を立てて。盛大に。


 「あっ、汚ねえ!」


 水の魔法。それが最大限生かせる環境。水中。マロンの魂胆が眼帯の衛兵にも読めた時にはもうすでに遅く、マロンがアクアマリンの海の上に浮かび上がったのを桟橋から見下し、抗議の声を上げるしかなくなっていた。


 「あたしを捕まえんだろ? ほら、降りてこいよ。マロンちゃんはここだぜ~?」


 マロンは穏やかな波の中、脚を動かし水を蹴り、桟橋から少し離れながら両手を開いて見せて。自分の作戦勝ちだとでも言いたげに。勝ち誇ったように歯を見せ笑いながら。…まぁ、あのまま戦っても負けていただろうし、こうする他なかったのだが。


 「こんのガキンチョは…」


 眼帯の衛兵は歯ぎしりし、負け惜しむように唸る。何か他に手がないか。彼がそう考え始めた時、桟橋の先の向こう側。水平線の彼方から何かがこちらに向かってやってきているのに気が付いた。


 海上を疾走する複数の水上バイクと幾つかのボート。小規模な船団。緑地の旗に白く書かれたGREENBEANSの文字。マロンと眼帯の衛兵はそちらの方に視線を向け、それがなんであるか理解した時、2人そろってその顔を思いっきり引き攣らせた。それはとても面倒なものを見たかのように。


 「…あーあ、潮時だな。こりゃ」


 「おーい、あいつ等眼帯のおっさんと遊んで欲しそうじゃね? せっかく来てくれたんだし遊んでやれよ~」


 「おじさんも忙しいんだよ。悪いね。お嬢ちゃんからよろしく言っといて。んじゃ、あとはよろしくぅ」


 眼帯の衛兵は次第に近付いてくる船団を眺めながら言うと左手を高く上げ、指を鳴らす。すると崖の上の森の中から灰色の翼竜が颯爽と飛んできて、眼帯の衛兵は其れに飛び乗った。そしてそれは速やかにその場を離れていく。


 「クソッタレが。どっかで見張ってたんじゃねえかってぐらい早えな。眼帯のおっさんも…グリーンビーンズも」


 覚悟はしていたが、想定よりも早い30階層の厄介者。環境保護団体グリーンビーンズの襲来。それを目の当たりにしながらマロンは桟橋の上へとよじ登る。頼りない武器をその手に、濡れて重くなった戦闘を想定したものではない服をその身に纏った姿で。


 ――まぁ、仮に戦う羽目になっても眼帯のおっさん相手にするよりゃ何とかなりそうか。


 マロンは腹の中で呟いて、桟橋の上へと立つとその両手に持ったダガーを腰後ろの鞘へと納めた。舌戦か四肢と武器を使った戦いか。それを覚悟し、もう桟橋の目前に迫っている環境保護団体グリーンビーンズの船団を眺めながら。自分がのんびりできるようになるには、もう少し面倒ごとに付き合わなければならなさそうということを感じて。


 


 *




 空高く立ち並ぶ摩天楼。張り巡らされたアスファルトの道にはバイクや車が走り、空には翼竜やペガサス、複葉機や飛行船が飛ぶ発展の限りを尽くした場所。30階層の中で最も大きな島とその周りに点々と散らばる群島から成るその場所は、他の階層からやってきたプレイヤーやNPCによって今日もごった返していた。


 モグモグカンパニーの島。通称モグモグカンパニーアイランド。嘗てはゴルドニア・ラビットヘッドと言うこの世界の原住民から成る組織が治めていた島。そこにあるビル群の中に立つ、縦に長いショッピングセンターへとゴルドニアの音楽隊とセラアハトはやってきていた。マリグリンを探す前に、自分達の素性。それを隠すための変装。そのための衣服を買う為に。


 とても広い衣類店。なんだか意識高そうな衣服やアクセサリーが並ぶその場所の、大き目な試着室の前に店内を見まわす花子、話し込むリックとセラアハトの姿。その隣にはパンクな衣服に身を包んだ、170センチ半ばほどの身長の、淡い黄緑色、毛先の白い長髪、それを項下あたりで束ね、左目周辺に炎を模したタトゥーを入れた、まつ毛の長い切れ長の目の、スタイルの良い中性的な見た目の男が居た。


 「セラアハト。お前落霜紅さんと何話してたんだ? 別れ際随分熱心に話してたみたいだったけど」


 「この世界の先住民として、始まりの島を所有していた組織の一員として。立場表明しておいただけさ」


 「ふーん…返してくれそう? 島」


 「…無理だろうな。あれだけ開発しているんだ。投資額は相当な物のはず。譲りはしないだろう。それこそ武力でどうにかしなければならなくなる」


 「そう? 落霜紅さん優しそうだし、折衷案ぐらい考えてくれそうなもんだけどな。というかそこに住んでた人たちはどうしたんだよ?」


 「この世界に初めてやってきた侵入者…それに連れ去られたよ。一人残らず。…それにしてもリックは甘いね。そういう優しいところも気に入ってるけど」


 楽観的に考えた風なリックと淡々と返すセラアハト。その会話が途切れた時、各々の前にあった試着室のカーテンが開き、そこからシルバーカリスが出てきた。…やや着崩したクリーム色を基調としたフォーマルなファッションで、男装をした姿で。その腕の中に身に付けていた装備一式を抱えて。


 「あぁ、最っ高。やっぱりアタシが見込んだ通りだわ。シルバーカリスちゃんにはこういうファッションが良いって一目見ただけでビビッと来てたのよね」


 その姿をモスグリーンの瞳に映し、淡い黄緑色の髪の男は言う。シルバーカリスの魅力を最大限引き出した己の腕前とシルバーカリスの魅力。それを存分に感じた風に、悦に浸った様子で。うっとりした顔をして。傍から見ていた花子はそれをジト目で見る。普通にしていれば普通に美形。いい男なのにと。


 「いやー、助かります。僕こういうファッションに疎いもので。アイビーさんが居てくれて良かったです」


 褒められ慣れたシルバーカリス。彼女は己を今褒めた美の専門家っぽいその男、アイビーの評価にもこれと言って特別な反応を示すことなく、前へと出てきた衣類店のNPCらしき店員に己の装備を渡すと、頭の上にある黒いハットリボンが印象的な白い帽子に片手を添え、軽くポーズを取った。茶目っ気のある笑みを口元に浮かべ、己の仲間たちの方へと向いて。その様に成る様子をリックは顎に手を当て、やや前のめりになって食い入るように見、そんな彼の後姿を花子はくだらない物でも見るような目で見ている。


 「ウんッ…いいわよ。お礼なんて。さ、これをこれを受け取って。預けた装備受け取る時、お店の人に渡して頂戴」


 「こういうサービスもあるんですね」


 シルバーカリスはアイビーから受け取った数字の書かれたカードを眺める。ナンバーは72。ひっくり返して裏側を見てみれば、店が入っているビルまでの地図が書かれていた。


 「遊ぶとき邪魔なものを持ってきて後悔する人とか、買い物し過ぎて遊ぶどころじゃなくなったりする人が結構多くてね。そういう人のために衣類の販売の他に荷物の預かりもやってるの」


 「なるほどぉ…ちなみに1時間当たりいくらで…みたいなのは決まって居たりするんですか?」


 「1時間10ゴールド。服を買ってくれた人は1日までだったら料金は発生しないわ」


 この島で仕事をし、それが終わったら遊ぶ。そうなったとき、重たい鎧や大きな武器は邪魔になるのは目に見える。そう言った客層、ターゲットを見据えてのサービス。時間あたりに掛かる料金がどんなものか気になっていたシルバーカリスであったが、案外良心的な価格、そして自分たちは1日までなら料金が発生しないことを聞き、安心したように胸を撫で下ろした。


 「さっ、次はセラアハト。アナタ行ってみましょう」


 任務のために必要な変装。だが、明らかに楽しんだ風なゴルドニアの音楽隊の様子を見、物言いたげに、呆れた風に、冷めた視線を送っていたセラアハト。そんな彼の方へとアイビーのモスグリーンの瞳が向く。そして彼の言葉。それを聞きつけた花子の目が強く輝く。ギラリと。丸々と太った羊を目の前にした腹ペコの狼の様に。


 「アイビー先生! 私はこういう感じがいいと思います!」


 花子は近くにあった女性用の衣服の並ぶハンガーラックから、フリルの沢山ついた淡い桃色のワンピースとフリルの付いたヘアバントを素早く、迅速にとって来るとそれをアイビーの前へと突き出した。明確な害意の混ざる、溌剌とした笑顔をその顔に携えて。…セラアハトは絶句する。花子の持つ衣服と彼女のこれまで見た時のないほどの活き活きとした顔を目の当たりにして。


 「あらヤダ、そういう路線? …そうだ。ウチでこの間新商品としてデザインした服のプロトタイプがあるから、宣伝も兼ねて着てもらいましょう」 


 「待て。僕は男だ」


 「知ってるわよ。食べちゃいたいくらい可愛いアタシ好みの男の子なんてことぐらいね」


 「それはどうでもいい。何故女用のものを着せようとする?」


 女装させられそうなセラアハトはそれを察し、徹底抗戦の構えとなる。目つきを厳しくし、毅然とした態度でアイビーと花子。その2人を交互に見て。だが、アイビーは可愛い物でも見るかの様に頬をやや染めてセラアハトを眺め、花子は一切怯んだ様子無く、ムッとした顔を浮かべた。


 「このショッピングの意味を忘れたのかしら? これも任務達成のため…ゴルドニアファミリアの為なの」


 このショッピングの意味。聞き込みをするための変装の為。花子はそういった大義名分を匂わせ、振りかざす。だが、セラアハトには解る。花子が自分に女装させる口実にしているだけなのだと。もちろん証明する手段などは無いし、言っていることは正しいので反論はし辛いものだ。女装である必要はないが。


 「女装は無しだ。他のにしてくれ」


 毅然とした、叱りつけるような。あたかも正しいことを言っている風な花子の態度はセラアハトにとって白々しく、腹立たしく思えるものだ。愛想の欠片もない顔でセラアハトは顔を横に向けて視線を仲間たちから外すと、片手を腰に当ててさらっと言い放つ。取り付く島も与えぬような雰囲気で。


 「あら、残念ね…アタシに女装のコーディネート任せてくれたら割引してあげるつもりだったんだケド」


 だが、悪魔の囁きがセラアハトへと掛けられる。アイビー。彼の囁き声によって。…マロンから預かった金は彼女に返金し、海底遺跡に行くために使った小舟は全てロスト。捕まった部下たちは武装解除された状態で30階層に戻された。その上自分が使っていた愛刀は海底遺跡で敵として出会ったマゼンタ色の瞳の女に取られたまま行方不明。仕方なく新しいカットラスを新調せざるを得なかった。故に――セラアハトの財布事情。個人としても、ゴルドニアファミリアの幹部としても。芳しいと言えるものではなかった。


 「…ッ」


 意地を張るセラアハトの心が揺らぐ。金銭と言う人の心を惑わせるもの。それに対しての葛藤によって。――だが、恥をかくぐらいなら金を出した方がマシだ。難しそうにしていたその顔を上げ、彼はアイビーを見上げると口を開きかけたが――


 「やったじゃん。割引だってよ。こないだの事もあるし、あんまムダ金使いたくねえだろ。甘えたらいんじゃね?」


 特に何も考えず、ただ、損得だけ。それだけを考えたリックがセラアハトに勧める。他意などなさそうな、雰囲気。表情のまま。それによって実利と体裁。何とか測りにかけて体裁を取ろうとしていたセラアハトの中の心の天秤は、ややではあるが実利の方向に傾き出した。


 「…リックはその方が良いと思う?」


 「ん? うん。俺みたいなのが着たら女装僻のヤベーやつだけど、お前だったらそれっぽく見えるだろうし、目的には合うだろ」


 実利。目的。それらだけをフォーカスし、感情などの余分なもの。その他を一切合切取っ払ったものの見方、観点でリックは答える。淡々と。それによって体裁に傾きかけていたセラアハトの心の天秤は実利の方へと大きく傾き、彼を頷かせた。心に迷いを抱かせたまま。


 その様子を静かに見守っていた花子はそれはもう良い笑みを浮かべ、シルバーカリスは場の様子を微笑ましく思いながらネクタイを弄る。そしてアイビーはセラアハトが頷いたのをその瞳に映すと、颯爽とその場から姿を消した。まるで吹き抜ける風の様に。


 「まあまあ仕事って言うのはそういうものよ。清濁併せ呑まなければいけない時なんて人生星の数ほどある物よね」


 アイビーが去った後、彼が消えていったカウンターの奥の扉を眺めながら、花子が言う。何かやり遂げたような顔をし、これから起こることを心待ちにした風に。本音の見え透いた薄っぺらい言葉。これは慰めのつもりなどでは断じてないことは火を見るよりも明らかで、その悪趣味な楽しみの標的にされたセラアハトの顔を苦々しく引き攣らせた。


 「お前は楽しそうだな。そんなに女装させたかったのか」


 「生意気でいけ好かない奴の醜態が見れるのよ? それを楽しみとせず何が楽しみだと言うのかしら?」


 刺々しく言うセラアハトに返ってくる花子の言葉は、もはや言い繕うつもりすらないものだった。それによって花子と言う人間を良く知っていたつもりであったセラアハトは己の額に片手を当て、なんだか疲れたような顔をする。――解り切っていたことだったろう。そう、己の腹の中で呟いて。


 「あぁ…お前はそういう奴だったな。解り切ったことを聞いた僕がバカだった。ある意味清々しいよ。その一貫性と建前すらかなぐり捨てるその姿勢はな」


 にやつく花子と静かではあるが、ムカついたような顔になりつつあるセラアハト。両者が視線を交差させているとアイビーが戻ってきた。靴や帽子、衣服。アクセサリーから下着まで。フルセットをその手に持って。


 「着方解らないでしょうからアタシが着せてあげるわ。さっ、試着室の中に入って」


 「いや、待て。1人でやる。というか…下着…!?」


 「ハイハイ、それも着せてあげるからアタシに任せて。…あぁ、興奮してきたぜ…!」


 「なんだこいつッ…力がッ…ちょっ、待てッ…!」


 アイビーに引きずられる形でセラアハトは試着室の中へと連れ込まれ、カーテンが閉められる。花子はその様子すらも楽しんだように、シルバーカリスとリックは気の毒なものを見るように眺めながら、その現場に立ち会う。


 「おいっ…なんで下からなんだ。そこは自分で…!」


 「あら初心ね…大丈夫。力を抜いて。暴れないで。優しくしてあげるから…」


 2人の話し声と腕を抑えるような布の擦れる音。それにベルトの金具からと思しき、カチャカチャと言う微かな音が聞こえてくる。それによって花子の動きが止まった。ぴったりと。まるで石像の様に。


 「変な言い方は止せ…あっ…おいっ、変なところ触るな!」


 「ヤダ、可愛い顔してこっちのフリントロックピストルは結構立派なのね。アタシ好み」


 「舐めるなッ! たった一発で撃てなくなる様な代物ではない!」


 「本当? アタシ試してみたくなっちゃうわ」

  

 ガタガタ揺れる試着室からはギャーギャーとやかましく騒ぐセラアハトの声と、すごく満ち足りた、うっとりとしたアイビーの声が聞こえてくる。それらは中で一体どういったことが行われているのか十分想像ができるもので、下関係の話に耐性のない花子は一瞬で真っ赤になった。シルバーカリスは気まずそうに眉を寄せて視線をし試着室から反らし、リックは次は自分なのではと歯を浮かせ、恐怖したように下顎に触れながら顔を引き攣らせている。


 騒がしさが徐々に静かなものとなって行き、しばらくたった後、試着室のカーテンが開かれた。そしてその向こう側から、顔を真っ赤にして視線を一行の方に合せようとしないセラアハトが現れる。縦に薄い線の入った長袖の白いインナー。肩に伸びる紐付きの、錆色のフリル付きレイヤースカート。同じような色の皮の帽子。テーマをスチームパンクファッションで統一された衣類、アクセサリーを身に纏った彼が。その見てくれは十分少女と言い張っても通用しそうなものだ。


 「あぁ…アタシってば天才…。時折怖くなるのよね。自分の才能ってやつが…んもう、完ッ璧…」


 セラアハトに続いてアイビーが出てきて、悦に浸ったような顔をしながらセラアハトの周りを歩き回り、眺め、時折気になった箇所を正す。この時、もう既にセラアハトは抵抗することを諦めたようでされるがままだ。その後ろの試着室には、いつの間にか先ほどシルバーカリスの装備を持っていったNPCがやってきていて、セラアハトの装備を抱えてカウンターの方へと向かう姿がある。


 セラアハトの身なり。それを整え終え、スカートに取り付けられたポケットの中に数字の書かれたカードを忍ばせると、アイビーはゆっくりと振り返る。その視線の先には額を冷や汗で濡らし、顔を背けるリックの姿。真っ赤になったまま依然固まったままの花子の隣で、そんなリックの様子を見ていたシルバーカリスは思う。今までで一番追い詰められた顔をしていると。何時だったか花子に拷問じみた取り調べを受けた時でさえこうではなかったと。


 アイビーはゆっくりと一歩、リックの方へと歩み寄る。しかし――


 「待て。リックには僕が着せる。お前はリックのための服を持ってくるだけで良い」


 「いや待て、それもおかしいぞ」


 セラアハトがアイビーの行く先を遮る様に片腕を広げた。その彼のまさかの発言に思わずリックはツッコみを入れる。とても静かで冷静な顔をして。


 「オッケー。少し待っていて頂戴」


 リックの意見などは聞かず、案外素直にアイビーはセラアハトの意見を聞き届けると、彼はカウンターの方へと向かっていった。そしてその場にゴルドニアの音楽隊とスチームパンクな衣服に身を包み、見てくれはちょっと背の高い美少女と化したセラアハトが取り残された。


 「大丈夫ですよ。リックさんが女装すると色々キツイので僕みたいな服選んでくれますって」


 落ち着かない様子のリックに、シルバーカリスが安心させるかのように声を掛ける。ワイワイと賑わうその衣類店にて。固まったまま動かない花子と、恥ずかしそうにするセラアハトをその傍に。


 情報収集するための第一歩。変装。まだまだマリグリンの行方を追うための前準備であり、平和であってある意味では平和ではない昼下がり。傍から見れば遊んでいるとしか思えぬその時を、各々は過ごす。目的のため、金のため、組織のために。

ゴリゴリマッチョのごっついオカマキャラ。テンプレとも言えるこれらではなく、中性的な見た目の、所謂残念でイケメンなオカマ。これを私は推し進めていきたい所存。解るかね!? この魅力が!

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