ゴルドニアの音楽隊
30階層。塩パグの憤怒。アクアマリンの海に散りばめられた複数の島で成る世界。静かな波の音と満点の星空の下、夜の潮風は優しく吹き付け、今日一日の疲れを癒さんと続々と現れる、外の世界からやってきた者たちの火照った身体を撫でる。
先ず彼らが姿を現す島。その中心にある青い石畳の広場に面した百貨店。その8階。そこの一角に存在する、余り大きくはなく豪華な感じもない、しかし居心地の良さそうなこじんまりとした小料理屋に一行は居た。
橙色の木材の壁。磨き抜かれ、テカテカと光る木製のカウンターテーブル。その後方に2つあるボックス席。それの内の1つに一行は陣取り、花子は正面にセラアハト、隣にシルバーカリスを置く形で座っていた。斜めにはピエール吉田の姿もある。
「…先生も来ることになってるのよね?…あの人が遅れるなんて珍しいわ」
満席の店の中、花子は自分を今日ここに招待してくれた人物を探すように周囲を見回す。だが、あの小さな身体の少女は見当たらない。そしてどうも腑に落ちない様子で呟く。自分が知る彼女であればこんなことはないはず。そう思っているから。
「僕もそれには同感だけど…たぶん急な用事が入ったんだろう」
ピエール吉田は唇をやや上方へと持ち上げるように寄せながら、その手にあるメニューに視線を落としている。花子の呟き。それに同意を示しながらも、大して気にした様子は見せずに。
…確かに。そして今気にするべきは其れではない。花子は瞼を閉じ、鼻から息を吐き出して頭を切り替えた後、再度瞼を開いてその碧い瞳にセラアハトの姿を映した。
今喋り出さんとするなんだか負い目を感じた風なセラアハト。それに向かって花子は己の唇の前に人差し指を立てて黙らせると、腰の小物入れから手帳とペンを取り出し、前者をセラアハトの方へと開いて置いてその上にペンを走らせる。…聞かれたらまずいことはここに書け、と。その後でペンを手帳の傍へと置いた。
「で、どうだったのよ」
そうしたうえで花子は問いかけた。どうとでも取れる、主語のない問いかけを。テーブルの真中にあるメニュー表に手を伸ばしながら。
セラアハトは手帳とペンを開いたメニューで隠すようにしつつ、手帳に何があったかをざっくりと書く。地図の指し示す先にあったもの、乱入してきた敵の姿、自分の身に起こったことに、最後に見たマロンたちの様子を。
…とりあえず行先の島で何があったか解った。首を突っ込めば面倒になりそうなことも、マロンとリックが無事であれば手を引いた方が賢明であろうとも。花子はマロンとリックの安否を確かめるため、右手ガントレットに付いたブローチを人差し指で軽く弾き、それに口元を寄せる。
「マロン、アンタ今どこに居んのよ。どうぞ」
花子はブローチへと向けて呼びかける。するとそれは間も無くノイズの混ざったような音を立て、すぐにその音が止んだ。
『今ゴルドニア島に向かってる。いろいろあり過ぎたから端折るけど、敵と戦う羽目になってセラアハトの坊やが攫われた。たぶんもう解放されてると思うけど居場所が解らねえ。どーぞ』
そして間もなく聞こえてくる聞き慣れたマロンの声。背景には強い風の音と微かな波の音が聞こえる。少し疲れた風なそれを聞いても、マロンなら大丈夫と思っていた花子は顔色一つ変えないまま、マロンの声にどこか安堵したようなセラアハトの顔を一瞥。その後でメニューに視線を落とし、注文する物を選びつつ口を開いた。
「セラアハトならこっちに居るわよ。最初の島って言えば解るかしら。30階層転移先の島。そこの広場から見える百貨店あるわよね。その8階にある梅酒愛好会のお店に今居るから用あるなら来なさいよ。どうぞ」
『あ~ん!? あんの野郎、そんなところで油売ってやがったのかよ。人が必死に働いてやったってのによぉ! ケッ、こいつぁ報酬にも色付けて貰わねーとなァ。…つーよりよ。花子。オメー宝の地図についての情報どっかに売ったりしてねーだろうな。どーぞ』
「土地の他に500万ゴールドぐらい積まれたら売ってたかも。でも今日一日接点持ったのは梅酒愛好会の人たちとパンケーキビルディング畜産の人たちぐらいよ。まぁ…先生には話したけれど。どうぞ」
『先生…あぁ、梅ちゃんか。…まあいいや。セラアハトの野郎を一階層に連れて来な。話しておきてえ事もあるし。通信終わり』
キナ臭さ。なんだか複数の思惑を感じ取っているかのようなマロンとの会話を終えた花子は、人差し指でブローチを軽く弾いて通信を終えてメニューから自分の正面に居る、安心したように天井を仰ぎ見、椅子に深く腰掛けるセラアハトへと目をやる。そして彼の方へと自分が持っていたメニューを放った。
「聞いたわね。マロンにはちゃんと誠意見せておきなさいよ」
「…あぁ。解っている。仕事もきちんと終えてくれたようだしな」
セラアハトはそう言ってメニューを受け取ると、それに視線を落とし始める。肩の荷が下りたように、穏やかな、いつもより少し柔らかな表情で。
「とりあえず飲み物頼んじゃいましょう」
話が落ち着いたところでシルバーカリスが提案し、店内を忙しそうに歩いて回る店員へと手を軽く上げて呼んだ。それによって和服風のユニフォームに身を包む、茶髪の女性店員が一行の陣取るボックス席へとやってくる。
「ご注文お伺い致します」
人とは思えぬ完璧で、どこか機械的な冷たさを感じる声で彼女は言葉を紡ぐ。容姿はほどほどに奇麗で、角の立たない親しみやすい雰囲気のそれは、花子やシルバーカリスにそれがNPCであることを察させる。こういった接客業においてのホールスタッフなどは、ほとんどNPCの仕事。今現在投資が急速に行われるこの30階層でも例外では無い様だった。
「ソレルジュース一つと…」
シルバーカリスは己の注文を述べた後、メニューを手に他の面々の顔に目をやった。
「じゃあ私もそれで」
花子は特にこれと言って飲みたい飲み物もなかったため、シルバーカリスの注文に便乗する形を取ってテーブルの上に両肘を立てると、その浅く組んだ手の甲にその顎を乗せて頬杖を突いた。そして正面にいる、メニューを眺めるセラアハトの顔を見据える。何処か急かすような圧を掛けながら。
「う~ん、仕事終わりのお酒をいただきたいところだけど…今回はやめておこう。僕はレモネードジンジャーエールで頼むよ…」
「あら、潰れるまで飲んでもいいのよ? ここに来る途中アンタを捨てて置けそうな場所の目星付けておいたし」
「花子ちゃんの僕を思う気持ち…それだけで十分さ。君たちとの語らいをアルコールでぼやかしてしまうのは勿体ないからね…!」
「別にアンタと喋ることなんてないのだけれど」
なんだか満足げな顔のピエール吉田とそれに対し辛辣な花子の会話の最中、飲み物を決め終えたセラアハトはメニューを閉じると店員の方へと視線をやった。
「僕はソーダで頼む。とりあえず以上で」
「かしこましました」
店員はそれを聞き届けるとメモも取らず、復唱することもなく踵を返してカウンターテーブルの向こう側へと向かっていった。セラアハトはその背を何か不気味な物でも見るような目で見ていたが、すぐにそれから視線を離し、こっちをじっとジト目で見据えてきている花子の方へ視線を合わせた。
「なんだ」
「いや、別に」
花子はそう言って視線を別の場所へと反らした。ジト目のまま、愛想のない表情のまま。
その花子の隣ではメニューを眺めるシルバーカリス。食事として注文する物を決めかねた様子の彼女の瞳に映るパームシュガーの文字。それによって彼女は顔を上げると己の正面に座るピエール吉田の方へと視線を向けた。
「吉田さん。少し気になったんですけど、パームシュガーって作っても大丈夫なんですか?」
「梅酒愛好会はロリポップキャンディにパームシュガーやメープルシュガーを流すギルド。下部組織…。だから大丈夫さ…」
「なるほど~。梅酒売ってるだけかと思ってましたけど…手広くやってるんですね」
「砂糖と果実酒…切っても切り離せないからね。きっとずっと前から梅酒愛好会とロリポップキャンディは接点を持っていたんだろう…」
シルバーカリスとピエール吉田の会話の後、満席の店内の中に現れる、赤髪の袴姿の少女。それは自分の見知った顔を探すようにきょろきょろとし、ボックス席にて花子一行の姿を捉えるとそちらの方へと向けて進んで来て、花子はそれの存在に気が付くと、シルバーカリスの方へと向けて少し詰めた。
「いや~、すみませんね。どうしても外せない野暮用が出来てしまって遅れてしまいました」
花子が詰めたことによって出来たスペース。そこにその少女、落霜紅小春はその腰にある本差しを左手の方へと置き、腰を下ろした。相変わらず親しみやすいほんわかした笑顔をその顔に携えて。そして間もなく彼女の深紅の瞳は青髪の美少年、セラアハトの姿を映す。
「花子ちゃんのお友達ですか?」
「うーん…まぁ、そんな感じです」
小春の問いかけに花子は顔を説明に困ったような顔をしつつ、小春の言葉を肯定する。とても曖昧に。冴えない様子で。…仕事相手と言うわけでもないし、別段交友があるわけでもない。この場合顔見知りとでも言ったほうが良かっただろうか。なんて考えていると小春がその薄い身体の前で両手を合わせ、その場に居る面々の顔を見る。
「今の様子見ている感じだとまだ注文決まってませんね?」
「えぇ。飲み物注文したぐらいです」
「よしッ、ならここは私のお勧めを注文させてください。当店の自慢…存分に堪能してもらいましょう」
受け答えする花子との会話を終えたことを皮切りに、小春は店員に向けて手を振り、やってきた店員にメニューを見ずに注文していく。
…注文したいと思っていた物はあったが、小春のチョイスだ。間違いはない。花子はそう納得しつつ、冒険や戦い。それで味わうものとは違う疲れを感じながら、立てていた腕をテーブルの上に組むとそれの上に顎を乗せた。
がやがやと騒がしい店内で始まる今夜の夕食。話の中心はセラアハトの事。とても美味しい料理の味と店内の雰囲気、窓から見える夜景は今日一日がもう僅かであることを感じさせる。最初は居心地悪そうにしていたセラアハトも打ち解け、相変わらずつっけんどんな態度であるが、どこか柔らかな雰囲気となっていく。だが、そんな柔らかな雰囲気の中、花子とシルバーカリス。その2人だけは戦いを目の前にしたような瞳を携えていた。この後、確かにある戦い。それを意識したかのように。
*
30階層よりも幾分か冷たく、澄んだ空気。三日月の輝く夜空はより色濃く見え、冴え渡ったそれの下にあるのは今や全盛期よりも遥かに人のいなくなった1階層。日に日に人は居なくなり、開発途中だった区画はそのままに。過去の栄光を知る者が見れば寂しさ、郷愁すらも感じざるを得ない佇まいはそこにあった。
今や住むものが少なくなった高級住宅地。空き家が多く目立つ、警備すらつかなくなったそこの区画の中にある一つの白い宮殿。花子たちの家とも呼べるそこの前にある広大な庭に、呆れた顔をして腕を組むマロンと花子たちの足元で動き回る物に目をやるリック、30階層から連れて来られたセラアハト、余裕のない表情でマロンと対峙する花子とシルバーカリス。彼女たちの足元にはやけに手足の太い灰色の犬らしき動物、小さな赤眼の漆黒の馬。青い瞳の白い梟、真っ白く小さなライオンの姿があった。それらはモンスターであるが、HPバーなどの表記はない。
「花子、シルバーカリス…どういうつもりだ?」
重苦しい雰囲気の中、マロンが口を開く。呆れながらも何処か威圧したように。疚しく思える部分があってか、いつものキレは花子にはなく、ただ気圧されたように歯を食いしばり、マロンの目を上目で睨むだけ。シルバーカリスは今から叱られる歳相応の少女と言った感じで目を固く瞑っている。
「生き物飼うってのはなァ、相応の責任っつーもんがかかるもんなんだよ。今のオメーらがその責任、果たせるような状況か? 主に財政的な面で」
マロンはため息交じりで説教を始める。…言っていることは至極まっとう。反論の余地すらないものだ。
「マロン、聞いて。この子たちはパンケーキビルディング畜産…そこで屠殺されそうになっていたの…私たちが引き取らなければ今頃どうなっていたか解る?」
だが、理屈。論理。それでは覆せぬ苦しい戦況。花子は早々に真っ向勝負をすることを諦め、理では無く、情。それに訴える指針を取った。呆れ果てたマロンのライトアイボリーの瞳を碧い瞳で真直ぐ見据えつつ、まるで諭すように言いながら。
「肉食うってことはそう言うことだろうが」
しかし、マロンは情に絆されない。苦しい花子の腹の内を見透かしたかのような表情のまま、花子を追い詰めるような理責めでの意見を述べ、その最中にとある可能性に気が付いた途端、その顔を訝し気なものにした。
「つか、お前…今日のバイト代で足りるとは思えねえが…まさか盗んできたんじゃ――」
「私がヴィーガン過激派みたいな真似すると思ってるわけ?」
マロンの懸念、それを窺わせる彼女の言葉は言い切られることなく、今さっきまで追い詰められていた様子だった花子の表情がいつもの冷めたものとなり、キツい目つきでマロンの顔を刺すような視線で睨む。だが、そのいつも通りの花子といった感じの様子は、マロンの懸念に対する返答をする間だけ。すぐにしおらしい物となる。…ネコを被っている。それを見ていてマロンは察する。言い出しはしないが。
「今日のバイト代とシルバーカリスの残り少ない預金全てを投げ打ったの。…でも私はそれでよかったと思ってる。そのお金で小さな命が救えたのだから…!」
何とか話の流れを変えようと浮かべた優し気で、自己陶酔感に満ちた笑み。それを顔に張り付けて花子は両手を開き、胸を張る。…余りにも魂胆の見え透いた安い芝居。空元気。今日色々あって疲れているマロンは面倒そうにしながら花子の方へと歩み寄り、視線をその足元にいる動物たちの方へと向けた。
「何良い話風にしようとしてやがる。つかシルバーカリスの預金まで吹っ飛んだっつーなら尚更飼えねえだろうが。おらっ、今からでも遅くねえ。パンケーキビルディング畜産に返しに行くぞ」
進むマロン。それに迎え撃つ形で立つ花子。その二人の間を大きな影が遮る。マロンは足を止めてそれを見上げ、気に入らなそうな顔をしていると、その人物、シルバーカリスはその腕の中に抱えた灰色の手足の太い子犬の様なそれをマロンの方へと差し向けた。
「マロンちゃん…よく見てください。この曇り無き眼を! これを…この子をッ…つるはしを持った筋骨隆々なおじさん達が働く30階層の屠殺場に送り出すんですかッ…!?」
シルバーカリスの必死の訴え。彼女に抱かれた子犬にしては何か違和感を感じるそれは、黒くつぶらな瞳でマロンを見つめている。マロンはそこで初めてやり辛そうな顔を一つし、視線を上へと上げると前髪をクシャリと掴んだ。
「チッ…なら人の迷惑にならないところに捨ててこい。そうすりゃこいつらも死ななくて済むだろ」
少しばかり情に絆された風であるが、依然として飼うことを許可しないマロン。立ちはだかるシルバーカリスを避けて、黒く小さな馬へと手を伸ばしかけたその時、花子がその馬をかばうようにしてマロンに背を向ける形で抱きしめた。
「いやぁッ! 誰一人だって渡すもんですか! もう名前だって決めたんだからぁッ!」
「…この野郎は…! 恥ずかしくねえのかよ。中学生にもなって駄々こねて」
「その言い方やめて。死にたくなるわ」
今までに見た時のないほどの執念。格好つけの花子が見せるメンツを投げ捨てて己の意見を通そうとする様は、嘗てマロンの前に立ちはだかった花子からは想像もつかない醜態。それらを目の当たりにし、マロンは思わず驚き、顔を引きつらせる。そして心が折れる。疲労も相まって持久戦の様相を呈し始めた、この上なく面倒な現在の状態に。
「…解った。解ったよ。勝手にしやがれ馬鹿共が。ったく。ちゃんと面倒見れるように明日から金稼げよな」
マロンは大きくため息を一つ鼻から吐き出すと、踵を返して宮殿の方へと進んで行き、やがてその扉の向こう側へと消えていった。
マロンがその場から居なくなった後に残るのは、どうしようもない物を見るような目で花子とシルバーカリスを見るセラアハトの姿と、白い小さなライオンの前でしゃがみ、それの頭を撫でるリックの姿。シルバーカリスは目視で、花子は気配でマロンが居なくなったことを察すると姿勢を戻し、周囲を警戒する猫の様な鋭い目つきで見回した後、自分達の勝利を確信したかのようにガッツポーズを取った。…まるで、先ほどの情に訴えていた態度が嘘だったかのように。それは溌剌とした顔をして。
「…何とかなりましたね、花ちゃん」
「ふっ…所詮は栗…森のオヤツ…所詮はマロンよ。この私に掛かればこんなものね」
「どんな貶し言葉ですかソレ」
シルバーカリスは腕の中の灰色の動物を地面に下し、花子は勝ち誇ったような笑みをその顔に浮かべ、人差し指で前髪を気障に弾く。
「…さて、報告を聞きに行くとしよう」
そのあまりにも調子のいい性格を見せつける花子とシルバーカリスの様子に、セラアハトは呆れずには居られなく、だが、清々しさすら感じさせるその有様に言葉を掛ける気も起きなかった。そして彼はここに来た目的を果たすべく、マロンを追って白い宮殿の方へと歩いて行く。その遠のく背中に花子とシルバーカリスは気に掛けた風は無く、せいぜいリックが手を振る程度だ。
「明日から2階層行くか? あそこなら肉も草も確保できそうだし」
セラアハトの背中を見送ってすぐ、リックは手を下しながら花子とシルバーカリスの方へと顔を向けて提案した。それは朗らかに。白い子ライオンに骨抜きにされた様な、今まで見た時のないような見事な恵比須顔で。
…マロンの手前では相変わらず愛想のない小悪党の様な顔をしているだけで、これと言って何か言ったりすることはなかったが、どうやら自分たち側の人間だったようだ。そうリックを見なした花子とシルバーカリスはお互いの顔を横まで見合わせ、花子は静かにどこか気障に、シルバーカリスはニッとかっこよく笑うとリックの方へと視線をやって親指を立てた。
「そうだ。この際だから僕たちのパーティーに名前付けません? 名前あったほうがギルドから仕事請け負うときも便利でしょうし」
唐突にシルバーカリスが提案する。…とても建設的な意見を。その時なんとなく彼女が考えたことが花子にも解った。攻略ついでに素材を集めても得られる金はたかが知れている。余裕のある経済状況に自分たちを持っていくには…どこかに雇われなければならないと。
花子はそれを見越し、シルバーカリスに向かって頷くと早速パーティー名を思い付いたような顔をしたリックが口を開いた。今見える星空の方を仰ぎ見始めながら。
「クレセント隊と言うのはどうだ? 丁度今夜は三日月だしな」
リックは自信満々に言う。だが、それを聞く花子は何を言っているんだとでも言いたげな辛辣を極めたような顔をし、シルバーカリスは歯を浮かせた様な顔をして、無理に愛想笑いを浮かべた。
「ダッサ。センスを疑うわ。良く言葉に出来たわね」
「…はは…僕はいいと思いますよ。カッコいい…」
ストレートに意見を述べる花子と、心内を悟られまいと心の宿らぬ肯定をするシルバーカリス。この場合どちらが優しいのかはわからない。だが、花子の意見もシルバーカリスの意見もしっかりとリックに届いたようで、彼は一瞬ものすごいショックを受けたような驚愕の表情を見せた後、それは冴えない顔をして、シュンとした。
「馬、ネコ科、犬、鳥…それが食肉工場から脱出した日…そうとなればこれはもう塩パグの音楽隊…そう名付けるしかないでしょう?」
花子は腰に両手を当てて胸を張り、自信満々に鼻から息を吐き出す。童話にあまり詳しくないリックはポカンとした顔をして花子の顔を眺め、シルバーカリスは掌の上を拳で打ち、ぱあっと笑みをその顔に浮かべた。作り物ではない、真心からの笑みを。
「ブレーメンの方はロバ、犬、猫、鶏の組み合わせでしたけど…いいですね!」
「ふふん、さすがシルバーカリスね。説明が省けて助かるわ」
「でも塩パグってつけたらクリスタルパグの関係者に間違われそうじゃないですか?」
「それもそうね…うーん…」
だが、シルバーカリスの懸念。それによって花子の顔が曇った。まさひこのパンケーキビルディングの中に存在する有力な組織名。それの通称を使うというのは色々なトラブルを招きかねない。浮かれた頭の中にその事実が追い付いたことによって。
「折衷案でゴルドニアの音楽隊でどうでしょう」
「塩パグの音楽隊のほうがイカしているけど…仕方ないわね。そうしましょう」
花子が表情を曇らせていたのも少しの間で、シルバーカリスの一言でパーティー名が決まった。リックが口を挟む隙も無いほど、迅速に。リック自身今出た案の方が気に入ったので、これと言って口を挟むこともないが。
「よしッ、そうと決まれば明日2階層で仕事するわよ! モンスター退治的なやつ! そのついでにこの子たちの餌を取ってくるの!」
「オーッ!」
リックの方を大して見ることなく、意見がまとまった雰囲気のその場にて、花子は高々に拳を突き上げて宣言。それに続く形でシルバーカリスも空へ向けて右手の握りこぶしを突き上げ、声を上げる。…相変わらず仲がいいことで。そんな風にリックはその2人の様子を見届け、小さく笑った後で白い宮殿の方へと向かい始めた。
その場に残るのは自分たちの家。芸能事務所フルブロッサムの持ち物である白い宮殿の中に、新しい4匹の仲間たちを招き入れて良いのかどうか。それについて思い至り、互いの顔を渋い顔をして見合わせつつ、悩み、固まる花子とシルバーカリス。30階層のものとは違う、冷たく爽やかな風が庭木たちを騒めかせる音をその耳に、ただ2人はただ立ち尽くしていた。
もうこれ以上話は膨らませんぞ。風呂敷広げ過ぎたせいでのた打ち回る羽目になったとも! と言うか海と言う舞台が優秀すぎて書きたいものが多すぎる。VSクラーケンとかやりたかったゾ。