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まさひこのパンケーキビルディングとその住人。打砕く者と守る者。  作者: TOYBOX_MARAUDER
海賊の秘宝と青い海、俗物共の仁義なき戦い
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変化の潮目を瞳に映した獅子身中の虫


 階層転移の本を使って30階層へと飛んだ時、まず最初に行き着く島。その中心にある少し開けた広場。そこは、他の階層からこの30階層、塩パグの憤怒へ訪れたプレイヤー達を迎える空間。足元には青い石畳が敷かれ、周囲には屋上やバルコニーに生い茂った緑が窺える、ガラス張りのビルが目に付く開発の行き届いた場所だった。


 今や日は傾き、空の色は黄昏色に。温かく優しい色であたりを染め上げ、ガラス張りの建物たちがそれを反射させて街並みはよりその色味を強める。今日一日の終わり。それを感じさせてくれる空の下、広場から少し離れた路地裏にマロン、リック、メルフィン、マリグリンの4人は身を寄せていた。


 「林檎ちゃんともう1人は海に潜ったんかな。広場にいなかったよな?」


 「あんな胡散臭い装備で人前に出れないだろうし、20階層とか人気のないところに飛んだんだろ。沖にはサメ居るって話だし」


 「雪原かぁ。常に吹雪いてて使い物にならねえから誰も投資したがらねえんだっけ。セラアハトの坊やはそこかもな」


 「どうだろ。秘密厳守で薄暗い仕事してるギルドもあるし、それ経由でもう30階層に戻されてるかも。それより…早く見てみようぜ。これが俺らが思ってる代物かどうか確かめよう」


 マロンとリックは会話を交わしつつ、マロンが地下遺跡で見つけたプレイヤーが所持する水晶と同じもの。彼女の手の上にあるそれを眺めていた。路地裏の一方をメルフィンが見張り、マリグリンは手首を拘束されたまま、膝立ちで俯いている。


 間も無く、リックに急かされたマロンの指先が彼女の対の手の上に乗せられた水晶に触れる。ポップアップされるステータス画面。それにマロンとリックは思わず目を見開いた。


 「どうなってやがる…」


 「サンダーソニア…プレイヤーなのか…?」


 マロンとリックはポップアップされたステータス画面を見て呟く。…プレイヤーネームはSandersonia。レベル120。性別は女。ステータスやスキル等もかなり充実している。こんなプレイヤーが存在するのだろうか。そして極め付けは端に映し出される時間の表記。今年は確かに2100年であるはずだが、2102/08/01と表記されている。この世界がゲームの世界だと信じ切れるのであれば、ただのバグと切り捨てて良い物であるが、リックもマロンも。そんな気にはなれなかった。


 「…まあいい。こいつは間違いなくこの世界の過去関わりがある。疑いの余地がねえ。お使いもこれで完了ってわけだ」


 今回の発見からいろいろ考えられるものもあるだろう。だが、マロンにとってそれはあまり関係のない物だった。故にパネルをさっさと閉じ、その手の上にある水晶を握るとメルフィンの方へと歩み寄り、彼の前まで来るとポケットの中にそれを落とした。


 「オメーのボスによろしく」


 マロンはメルフィンの目を見据えつつ手の甲で彼の胸を軽く叩く。対するメルフィンはポケットの中に手を入れ、マロンから渡されたものを確認したのちに頷いた。


 「うっ…うん」


 ゴルドニアファミリアの精鋭らしいが、どうも信じ難い頼りなさ。マロンはその歳相応の少年の様な返事をするメルフィンから視線を外すと、腰後ろに右手をやってダガーを逆手で抜く。返された踵。爪先の先。そこに居るのは膝立ちで俯くマリグリンだ。


 「マロン、マリグリンの尋問はゴルドニアファミリアに任せてくれない? 得られた情報は後で伝えるから」


 これからマロンが何をするか。大体予想が付くメルフィンは彼女の方へと振り返り、声を掛ける。だが、マロンの歩みは止まらない。今ここで情報を得ておきたい。そんな意志が彼女の背から感じられた。


 「…いい加減俺を解放してくれないかい? もう用はないだろう?」


 近付くマロンの足音。それを聞き、口元に悪そうな笑みを浮かべる膝立ちのマリグリン。細い路地裏の出入り口をメルフィンとリックが見張っている。街の中の喧噪も大きな建物たちによってある程度遮られるその場にて、不穏な空気が流れ始める。


 「オメーと内通してた勢力と…それにどこまで喋ったか。そーれがマロンちゃん聞きてえなぁ」


 マロンはすっとぼけた様子で呟き、膝立ちのマリグリンの前を左右に歩く。曲芸師の様な滑らかな手つきで、右手のダガーを逆手から順手へ、順手から逆手へと持ち替え手遊びの道具にして。そんなマロンの方へとマリグリンは顔をやや上げて、視線を向けた。従順とは程遠い、反抗の意思の宿る瞳を。


 「――喋るとでも? どうせお前は俺を殺せはしない」


 マリグリンは高を括ったように不敵な笑みを口元に作る。それによってマロンは足を止め、マリグリンの顔を見下すと参ったようにため息を鼻から吐き出す。その口元には草臥れたような笑み。直後、順手に、右手に握ったダガーの刃先をマリグリンの左目に向ける。その鋭い刃先の閃きがマリグリンの瞳に少しの眩しさと確かな恐怖を齎して、彼の表情を歪ませるには十分な物となった。


 「なかなかお利口だな。でも満点じゃねえ。あたしがその気になりゃ1人で歩くことすら出来なくなっちまうってところまで察してやっと満点だ。意味は解るな」


 蛇に睨まれたカエルの如く固まるマリグリンの瞳へと向け、ダガーの刃先はゆっくりと進む。それを持つマロンの姿は陰で暗く見えて、ライトアイボリーの瞳だけがやけに光って見えるそれは、薄ら笑いにごまかされてはいるが、冗談には見えないものだった。思わずマリグリンの視線は顔を横に向けて流し目でこちらを見る、メルフィンの方へと向く。まるで助けを求めるかのように。裏切り者と言う立場であるにも関わらず。


 「でもよ、お互い秘密がある者同士…良い話が出来ると思うんだけどな」


 あと少しで瞳にダガーの刃先が触れる。そんな瞬間、マロンがピタッと右手を止めた。そして発せられるは何かを暗に求めるかのような猫なで声での言葉。マリグリンは一瞬だけものすごく都合が悪そうな顔をした後、複雑そうな顔をし、視線を左右に泳がせた後でマロンの方へと再び視線を向けた。何かを取捨選択したかのように。


 「…マロン。取引したい。喋ればこの場から逃がしてくれるな? そうしてくれたなら依頼主には君とリック…君たちの事を上手く言って置こう」


 マリグリンは真直ぐマロンの顔を見据える。眉間に皺を寄せた険しく、切羽詰まったような顔をし、熱由来ではない汗をその額に浮かべて。…マロンはその時の彼の中の懸念。それを瞬間的に理解すると、腰のベルトから沢山の金貨が詰まった麻袋。それをマリグリンの方の前へと投げた。


 「良いぜ。約束してやる。この金はあたしからの餞別だ。何かと金は要り様になる。上手く使えよ」


 マロンはそういうとマリグリンの背後へと回り込み、彼の両腕を拘束するベルトを外し始める。それと同時にマリグリンは警戒したようにメルフィンの背を見据えつつ、口を開いた。


 「俺の雇い主はPTだ。…マロン、リック…あとゴルドニアファミリアが居たことも喋った。あの良く解らない黒ずくめの奴らの存在も…」


 マリグリンは洗いざらい話す。マロンの問いかけた内容に。案外素直に。苦々しい顔をして。嘘を吐いた風もなく。…そうだろうと覚悟はしていたが、それはマロンにとってあまり良い内容ではなく、メルフィンにとって、ゴルドニアファミリアにとって、彼がゴルドニア島の中に存在する獅子身中の虫であることがハッキリした瞬間でもあった。


 すぐにメルフィンはその栗色の瞳に危険な光を灯し、勢いよく振り返る。裏切り者を見る目にマリグリンの姿を映して。


 刹那、抜き放たれるカットラス。僅かに差し込む橙色の光を鈍く閃かせるそれを手に駆けるメルフィン。その先にはマリグリンの姿。しかし、彼を遮らんとマロンが前へと出た。


 「おら、マリグリンちゃん。さっさと行きな。柴犬のおっさんにはあたしの事上手く言っておけよ~」


 「マロンッ! どういうつもりッ!?」


 「へッ、わりいな。あたしはオメーらの商売相手ではあるけど、味方ってわけでもねーんだな。コレが」


 「クッ…こいつっ…!」


 ダガーを逆手持ちにし、メルフィンと対峙するマロン。二人が視線を交差させているうちにマリグリンは緩くなったベルトから手を抜き、マロンのくれた金貨の入った麻袋をその手に彼は走り去っていく。メルフィンはその後を追おうとも考えたが、目の前にはマロン。己の後ろには身構えるリックの姿がある。そうしようにもそう出来ない状況だった。


 そうこうしているうちにマリグリンの後姿は路地裏の出口のその向こう、橙色に染まる街の向こう側へと消えていった。人気が多く、紛れるには打って付けの場所へと。


 マリグリンがその場から居なくなった後もメルフィンとマロンは睨み合う。マロンとリック。一緒に戦ってきた2人に対する失望と共に、その唇を苦々しく歪めて。


 「マロン…今の事は報告させて貰うよ…」


 メルフィンは唸る様に恨めしく言って、マロンを睨みながらカットラスを鞘に納めた。だが、マロンの様子はいつも通り。罪悪感だとか負い目だとかを感じた様子は一切ない。小憎たらしく思えるほどの溌剌とした、少年の様な笑みで返してくる。


 「好きにすりゃ良い。あたしはこの世界の過去に関係ありそうなもん持って来いとしか言われてねえ」


 とても悔しそうにメルフィンは顔を歪めつつ、後ずさりし、マリグリンが出ていった対面に位置する路地裏の出口。やがてそちらの方へと走り去っていく。リックは其れを阻止しようとしたが、マロンが首を横に振ったのを見たことにより、彼を行かせた。そこでやっとマロンは右手に握ったダガーを腰後ろの鞘に納める。


 「俺がメルフィンの立場ならマリグリンを追うけどな」


 もうすぐ夕暮れ時。攻略勢も他の階層で仕事をしていた人々も。今日一日の疲れを癒すべく、この30階層。その入り口の島であるここへと集まってくる時間帯。増え行く人の波の中に消えていくメルフィンの小さな背中をリックは見送りつつ、小さく呟いた。この人ごみの中、たった1人でマリグリンを見つけるのは困難だと理解しつつも、可能性はゼロではないと考えて。


 「この辺にもPTの息の掛かったギルドの拠点ぐらいあるだろ。逃げ込まれる前にこの人ごみの中、たった1人でどうにかできるもんか。仮に見つけたとして実力行使すりゃここの治安部隊だって黙ってねえ」


 マロンはリックが言わんとしていること。懸念。それを理解したうえで高を括った風だった。…まあ、一理ある考えだ。メルフィンを無理に引き止めてゴルドニアファミリアと関係をこじらせないためにはこうするべきだったのかもしれない。リックはそう振り返った後、路地裏の出口へ向かって歩き出し、その後ろにマロンが続く。


 「なぁ、リック。シュークリーム食いたい」


 路地裏から街の中へ。そこから出ていきかけたリックの背後から掛かるマロンの声。唐突なそれはリックの目元をバツの悪そうなものにさせ、口元を渋めた。


 「お前っ…俺に集る気か。お前より遥かに金のない俺に。それよりセラアハト達探しに行くべきだろう」


 顔を横に向け、瞳を後ろにいるマロンの方へと向けてみれば大凡納得とは程遠い表情をした彼女の顔があり、文句あるのかと言いたげなムッとした顔で唇を尖らせていた。


 「んなもん後で良い。つか本当だったら1人で宝探しする予定だったんだろ? なし崩し的に巻き込まれたマロンちゃん労ってくれてもいいだろうが」


 マロンの主張。一理ありそうなそれにリックは鼻からため息を一つ吐き、根負けしたような顔をする。シュークリーム奢るぐらいいいか。そう思って。


 「…解ったよ。ったく。その辺ので良いな」


 「薄皮のやつが良いなァ。そんでカスタードクリームよりホイップクリームたくさん入ってるやつ」


 「うーるせ。奢ってもらえるだけ有り難く思えよな」


 「へーいへいへい」


 橙色の夕焼け空。まだ明るいそれが照り付ける街の様相。人込み。その中に今日一日忙しかったマロンとリックの2人の影は溶けていく。複雑怪奇な30階層。絡む様々な組織の思惑。それに今後引っ張られていきそうな雰囲気を残しながら、束の間の静けさが流れる。微かに耳に届く波の打ち寄せる音と爽やかな潮風と共に。




 *




 陽が陰り、夕焼け空に夜の紫色が混ざる。やがて水平線の向こう側に見えていた橙色の太陽は沈み切り、空を夜の色が支配する。潮風はやや冷たく、心なしか強くなった気がする。それが風切り音と共に流れる転送先の島の停泊場。今日一日の疲れをどの島で癒そうか。そう考える者たちで溢れかえるそこに、一日の労働を終えた花子とシルバーカリス、そしてピエール吉田の姿があった。


 「花子ちゃん、シルバーカリスちゃん…本当によかったの…?」


 畑仕事。それにより少しばかり薄汚れたオーバーオール姿のピエール吉田は、今日何度目かの質問を2人に問いかける。老婆心。やさしさの込められたその問い掛けに花子はそれに応えない。シルバーカリスも。何度も同じことを言わせるなと言いたげな断固とした…一種の意固地。それを張ったような態度を見せるだけで。


 間も無く、花子が身に着けた黒いマントを翻し、停泊場から島の内陸方向へと向けて歩き出す。人込みの向こう側には緑と科学。それの入り混じったような独特な雰囲気のモダンな建物が立ち並ぶ空間へと。


 内陸に進めば南国の緑と良く手入れの行き届いた街に。この階層に訪れる者たちの殆どが他の島を目的地としているためか、停泊場から離れれば離れるだけ人の濃度は薄まっていく。それでも確かに人気は多いが、わずらわしさを感じるほどのものではなく、賑やかさを感じる程度のもの。少なくとも疎ましく思えるほどではなかった。


 「…花ちゃん、マロンちゃんにはなんて説明します?」


 「私がどうしようとマロンには口を出す権利はないはず…説明する義務はないわ。さも当然のように、さも当たり前のように構えていればいいの」


 「しかし…フルブロッサムの所有物件に住まわせて貰っている身…そんな強く出られるでしょうか? それにマロンちゃんかなり口達者ですし、駆け引きなんかだと分が悪いかと…」


 「フッ…所詮女よ。可愛い物に弱いに決まっているわ」


 「マロンちゃんがそんな情に絆されるような子ですかね…戦いにおいて敵を甘く見るのは下の下では…?」


 「うっさい、賽は投げられたのよ。あとは野となれ山となれよ!」


 不安そうに眉を眉尻を下げ、花子の後頭部を見つめるシルバーカリスと前を向いたまま腹を括り、出たとこ勝負に身を委ねんとする花子。今日一日と言う日。ピエール吉田の紹介するアルバイト。そこで働くだけのはずだった花子とシルバーカリスにも何か変化があったようだった。


 どことなく戦いを目の前にしたような緊張感。面持ちの花子とシルバーカリス。その後ろに付く、なんだかしょんぼりしたピエール吉田。その3人は島の中心部へと行き着く。緑の割合よりも人工物の割合が高くなる場所。ガラス張りのビルが並ぶ、享楽的な明かりで煌びやかに輝くそこは、まさに現代文明と言って差し支えない発展の仕方をしていた。


 その街並みの中の一部である、一つのビル。百貨店風なそれの前にて花子は足を止め、顔を上げてその佇まいを仰ぎ見る。周囲には楽しそうな人々の姿。仲間同士だったり、恋人同士だったり…様々だ。目がキラキラした天然パーマのおっさんと2人のタイプの違う美少女。それで構成された花子一行は中でも異彩を放っていた。


 「しかし、個人とか零細ギルドの寄せ集まりだとばかり思ってたけど…結構経済規模大きいのね。屋台通りの人たちって。この建物も土地も丸々お金を持ち寄っての産物なんでしょう?」


 「ふふ…その認識は少し違う。こんな一等地…所有者が売りに出すと思うかい…?」


 花子の呟きに反応し、ピエール吉田は胸を張って鼻高々な様子で語る。さっきのしょんぼりした様子は嘘のように。指を左右に振りながら。そして彼から得られる何気ない言葉に含まれる情報は花子にとって意外な物であり、その目をパチクリさせ、視線をピエール吉田の方へと向けさせた。


 「…てっきりPTの勢力圏だとばかり思ってたのだけれど…この島の利権って屋台通りの人たちの手中にあるのね」


 目を丸くする花子の前で、ピエール吉田は口角の両端を上げる。それは得意げに。この上なく気分が良さそうに、満たされた風に。毛先の丸まった口ひげを指先で摘まみ伸ばして。


 「モグモグカンパニーの次にこの階層に踏み入れたのは僕だということを忘れていないかい…? まぁ、この島の開発なんかを立案して先導したのは落霜紅さんで、僕は階層のデータを渡しただけだけども」


 「さすが私の使い魔。人畜無害そうな顔して抜け目ないわね。一か月近く遊び歩いてたけど、ここでご飯食べた時なかったから楽しみだわ」


 今度は花子が得意げに胸を張り、とても気を良くした風になって目の前の百貨店。そのガラス張りの扉の方へと進んで行く。…花子の使い魔。落霜紅小春。本来それとは主従の関係であるはずだが、そんな立場はどこへやら。花子はそれから仕事を与えられたうえ、夕飯をご馳走されることになっていた。その事実に気が付いているのか居ないのか。その時の花子の表情に一切の疑問も。曇りも。召喚者としてのプライドも。そんなもの何処にもありはしなかった。


 視界の下部に映るピカピカに磨き抜かれたクリーム色の大理石の床。それは鏡のように光を反射させて店内の様子をそこに映し出す。視線の向こうには商品が並ぶ店が幾つか。出入り口から見る限り、化粧品や女性用の衣服等。女性に需要がありそうなものが並べられていて、化粧品特有のフローラルで優しい香りが鼻腔を擽る。正面にはエスカレーター。その向こう側にはエレベーターに続くのであろう鉄の扉が2つ見えた。店内放送で控えめで緩やかなBGM掛かっていて、現実の百貨店と見劣りしないものだ。…まぁ、30階層で一か月近く遊び歩いた花子にとっては既視感の塊。別段取り上げるものも無い。


 今回の目的地はこの百貨店の最上階。その一角にある小料理屋。梅酒愛好会が経営するそこで夕食を摂ることになっている。故に花子はエスカレーターの向こう側に見える、鉄の扉の方へと向かう。そこそこ居る来場客と店頭に並ぶ品々。それらを何気なく眺めながら。


 鉄の扉の上方。そこにB2から8までのパネルが並んでいて、左側の扉のパネルは8。右側にある扉のパネルは3に点灯している。花子は二つの鉄の扉の間にある三角形のボタンを押し、腕を組んでパネルを見上げる。


 左の8を点灯させるパネルは動く気配は全くなく、右の3を点灯させるパネルはすぐに2へと点灯個所を変え、1階へと降り始める素振りを見せた。そして間もなく1のパネルが点灯し、鉄の扉がゆっくりと開く。花子もシルバーカリスもピエール吉田も。その扉のサイドへと付き、エレベーターから人が降りるのを待つ。…結構繁盛しているようで、エレベーターの中は満員。その小さな人の波が扉の向こうから溢れ出る。


 ふと、その人の波の中に見知った顔が居るのに花子とシルバーカリスは気が付いた。…青髪の美少年。セラアハトの存在に。なんだか辛気臭い顔をして、俯いているそれに。


 「…アンタこんなところで何油売ってんのよ」


 当然花子は声を掛ける。つっけんどんな態度で。勝手な思い込みだが、彼は常にゴルドニアファミリアの治安組織の一員として、ゴルドニア島を見回っているのだとばかり思っていた彼が、なぜここにいるのか気になって。それにマロンとの土地絡みの話。それの結果。それについても気になるから。


 声を掛けられたセラアハトは顔を上げ、花子とシルバーカリスの顔をその瞳に映すと一瞬驚いたような顔をした後、苦虫を噛み潰したような顔をして顔を斜に背けた。その時の彼はどことなく深刻そうな、罪悪感を感じた風なものだ。それは、マロンやリックとの間に問題が起きたのではと思わせるもの。それもただ話し合いが決裂したという風ではない。少しの沈黙の後、訝し気な顔をし始めた花子、そして冷静な顔のままのシルバーカリス。その二人の前でセラアハトは口を開く。


 「…すまない」


 セラアハトは絞り出すように、無念の宿るような声でたった一言だけ言う。…マロンとリックに何かがあった。花子はそれを聞いて確信したが、別段取り乱すこともなく、彼の肩を軽く叩くとエレベーターの中へと進んで行く。


 「何があったか聞かせて貰うわ。ついて来て」


 セラアハトは気を沈めたまま、頷きもせず、だが、花子の言うとおりに大人しくエレベーターに乗り込む。その後ろからシルバーカリスとピエール吉田が続き、エレベーターの鉄の扉はゆっくりと閉まり行く。


 無線を使えば今すぐにマロンとリックの安否は確認できる。だが、花子はそうしない。セラアハトは商売相手であり、決して味方ではない。今、こちらに負い目を抱いているからこそ引き出せる情報もあるはず。そう考えていた。


 上階へ向かって登り行くエレベーターの中、ガラス張りの壁の向こうには享楽的な光に満ちる夜景と島の中心の広場の様子。後者には次々と他の階層から光と共に人が訪れ、街の中へと散っていく30階層の日常風景がある。本当であれば頭を空っぽにして夕食を楽しめる予定であったが、そうはならなかったこと。そのことについて花子は微かに眉間に皺を寄せながら8階にて止まったエレベーターの外へと向かい歩き始める。少しの不安と懸念。そして作為、思惑、違和感をその胸に感じながら。 

この部は長くなりそうだ…。次の部からはそうならないように気を付けようと思った。(小並感)

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