紛れ込んだ腐った果実
天井がすぐ傍に見える高台に作られた城。それの前にある正面門だけが視界を遮る物として存在する広場。紋章術の明かりはそれらと、その城の下に広がる城下町を未だに衰える様子無く照らしていた。
大きな城を調べきることもなく、だが、確かな過去への手掛かりを獲得できたマロンは、素顔も名前も所属すらも解らぬマゼンタの瞳の女の先導の元、城の中から城の前の広場へと足を進めていた。
「あたしらと一緒にいた3人はどこ行った?」
「青髪と銀髪は確保。階層転移によって外へと連れ出した」
「栗毛の奴は?」
「戦闘中に逃走した」
広場からそこの出口である緩やかな階段までの道のりで、マロンはマゼンタの瞳の女とセラアハト達の安否を確かめるための会話を交わす。思っていた通り殺しはしなかったらしいが、メルフィンが行方不明であるという事実が解った。セラアハトとゼルク。それに対する処遇を見れば、きっと港に居たゴルドニアファミリアのメンバーは他の階層に飛ばされ、もうこの地下遺跡の中に居ないことは容易に想像が付く。…故に捕まらなかったメルフィン。その存在がマロンの懸念材料となる。
「この地下遺跡の入り口付近にいたゴルドニアファミリアの連中はどーなった?」
広場から階段へ。緩やかで広い階段を下っていきながらマロンは今己の中に現れた懸念。それが果たして気にするべきものなのかはっきりさせるべく、マゼンタの瞳の女の背へ向けて声を掛ける。…場合によっては探した方が良いかもしれない。そう、気を揉みながら。
「一人残らず階層転移で移動させた」
マロンと距離を開け、少し先を行くマゼンタの瞳の女は淡々と返す。…ゴルドニアファミリアの連中も不甲斐ないものだ。相手が悪かったのだろうと思いながらもマロンは腹の中で毒づく。そしてメルフィンの存在。捕まれば自分たちの事を喋るかもしれないし、そうなれば自分達が此処にいたという手掛かりを敵側に与えてしまう。そうなれば面倒だ。仮に港に待機していたゴルドニアファミリアメンバーが複数人捕まっていれば、もうどうしようもないと諦めがつくところであるが、メルフィンたった一人。それなら何とかできそうと思えるところが質が悪く、見捨てるか。それとも己の足跡を残さぬために博打に出るか。難しい判断が迫られる状況となる。…だが、その一方で証拠はない。メルフィン一人の証言だけで自分たちを敵側が調べに来るだろうか。そうとも考える。
どうするべきか頭を悩ませるマロンは眉間に深い皺を寄せ、その傍で黙って話を聞いていたリックはメルフィンの身を心配したように眉尻を下げる。マリグリンは話を聞いているのかいないのか、遠い瞳で低い手すりの向こう側に見える城下町。その更に向こう側に見える城壁と堀の方を眺めていた。
「アップルジェムツー、こちらアップルジェムワン。状況を報告せよ。オーバー」
どんどんと先へと進んで行くマゼンタの瞳の女。装備の胸元あたりに付いたブローチの無線機能を使って今探しているであろう対象へと呼びかけている。だが、通話が終わった後も静かな物で、一向に返事が返ってくるような気配はなく、返答の代わりに面倒に思った風なマゼンタの瞳の女のため息がその場に、微かに響く。初めて見ることのできる人間らしいその様子は、今はキャラを作っているのではと思わせてくれるようなものだった。
その後で一行の前を行く彼女の足取りはやや早いものとなり、マロンたちもそれに続き、暫くすると丁度低い手すりの向こう側に屋根が見える位置へとたどり着いた。まだまだ先へ進もうとするそんな彼女の背に向けて、マロンはその口を開く。
「おう、林檎ちゃん。お友達はこの下だぜ」
マロンは自分たちが此処へと飛ぶ前に居た建物の屋根。丁度それがある対面に見える場所にて足を止めて、親指で地面の方を指した。それによってマゼンタの瞳の女は振り返ると手すりの方へと歩み寄り、その下を覗き込む。その彼女の視線の先には下方にて、大の字で倒れたウェットスーツ姿の男の姿。周囲には犇めき合う骸骨たち。腕に自信があるとはいえ、その手にあるのはスローイングアックス。それ一本で突っ込むのは躊躇われる様相がそこにはあった。
「あとは一人で頑張れよ」
どうやって仲間を救出するか。それを考え始めたマゼンタの瞳の女から少し距離を置いた場所でマロンは階層転移の本を片手に取り、対の手を軽く振った。その口元に締まりのない笑みを浮かべながら。その言葉にマゼンタの瞳の女とリックは反応を示し、その顔をマロンの方へと向けた。
「メルフィンを置いて行くのか?」
真っ先に食って掛かったのはリックだった。味方とそうでないもの。その線引きがしっかりでき、情に流されないマロンとは違う、メルフィンの身を案じた優しく歳相応な言葉で。だが、そんな人としての当然の感情の宿った言葉にも、マロンの眉はピクリとも動かない。
「今下に居るのと戦闘状態になってみやがれ。階層転移での脱出は厳しくなる。それ使わずに外に逃げるっつーのはかなりのリスクだぜ?」
俯瞰的で客観的。リスクを良く見たマロンの意見は正しい物だとリックには理解が出来る。だが、プレイヤー間での秩序が存在するこの世界の中。不法侵入者を注意しに行くのに武力が要るだろうか。故に出し抜ける程度なのでは。そして、メルフィンが捕まれば自分達の情報が彼の口から洩れる可能性がある。と、リックはそう考えた。
「言わんとしていることは解る。でも正体不明の部隊ってのがそんなに大掛かりなものだとは思えない。上手く隠れれば顔を合わせずどうにかできそうに思えるぞ。それにメルフィンが捕まれば俺たちの事を喋る可能性がある」
しかし、リックのその指摘にもマロンは表情を変えない。既に想定済みである。そう思った様子、リックが何を言いたいのか見透かした様子で。
「まーな。どうせ十中八九この島管理してるPTの駐在員だとあたしも思う。んで、メルフィンが捕まってあたし等の事ゲロッたとしても証拠はねえ。たった1人の証言だけだ。向こうさんも強引に調べようとは思わねーよ」
険しい顔をし、そんな彼女と視線を交差させるリック。自分の仲間であると認識したものに対しては優しいが、その線引きの中へ入っていないものに対しては限りなくドライなマロン。彼女は一人の証言の影響力。それの高を括り、見捨てる方向で心を決めたようだった。そして言葉が途切れた時、その手によって開かれていた階層転移の本。それの色が再び灰色に染まった――
「!」
マロンは視界端にそれを捉え、少しだけ焦ったような顔をしてマゼンタの瞳の女の方へと振り返る。その視線の先の彼女は手すりの向こう側に手を伸ばしていて、動く骸骨の群れの中に何か投げ込んだのだろうと容易に推測でき、マロンを見据えるその瞳はどこか笑っている風にも見える。
「さ、お喋りは終わりだ。行くぞ」
何処か勝ち誇ったようなマゼンタの瞳の女。マロンは不機嫌そうにそれを眺め、視線を手すりの向こう側へとやって鼻から息を吐き出した。
「チッ…やってくれるぜクソッタレが。オメー近々あたしが参加するイベントに来て散財しやがれ」
城の下方から聞こえる骨と骨が犇めく音。それを耳にしながらマロンはバツの悪そうな顔をしたまま、負け惜しみっぽく悪態を吐いて階段を降り始めたマゼンタの瞳の女の後へと続き始める。その刺々しいマロンの様子にリックは声を掛けることが出来ず、マリグリンはただ不安そうにしながらリックの傍に付く。
そろそろ終点が近くなる階段。その先にごった返して居るであろう動く骸骨の群れ。各々は自分たちの得物をその手に握り、気を引き締める。無事この地下遺跡から脱出するために。内心はともかくかろうじて仲間と言える、信用のできない心強い味方の存在を意識しながら。
*
色とりどりのお洒落で立派な建物が並ぶ城下町。少々古ぼけてはいるが、そこらの街なんかよりも余程発展した様相のそこは、人さえ歩いていれば立派な街。紋章術の明かりによって照らし出されたそこは、そう形容しても問題ないほどの姿だった。
城壁に沿ってあった長い階段。それを降り、城下町へと出た一行はその地下都市の住人たちの熱烈な洗礼を受けていた。
「効かねえッ」
双斧を振るい、豪快に行く手を阻む動く骸骨を蹴散らすリックは、減る気配のない地下の住人たちの姿を見て、眉間に深い皺を寄せて唸っていた。強く食いしばった歯を口元から覗かせ、むき出しのナイフのような鋭い目をして笑いながら、敵の間合いに踏み込んでは薙ぎ払い、攻撃される前に殺るを旨としながらも、錆びて鈍器と化した得物での攻撃を鎧に受けることを前提とした強引な戦い方で。そんな止まらない猛牛の様な彼の後ろには一筋の道が出来上がる。地下遺跡の住人たちの身体によって舗装された道が。
「…きりがない」
スローイングアックスと己の四肢。それで的確に敵を処理していくマゼンタの瞳の女。敵が鎧を着こんだ者ならば脛を斜めから踏みつけるように蹴り、態勢が崩れたところで頭を兜ごと掌底で砕き、服を着ているものであれば頭蓋骨をスローイングアックスで叩き割り。無駄のない動きで一体一体着実に始末していく。
「へぇ…おもしれえ」
マロンは動く骸骨が持っていた錆びたメイスを鹵獲。それを両手に握り、自分達の進行方向の反対から迫ってくる敵を叩き、派手に砕け散らせてマロンはその目を細める。床に散らばる骨と共に、それらが持っていた何の変哲もない小物などのアイテム。それらを見下して。その傍にはマリグリンがいるが、彼には戦うようなそぶりは無く、ただ進行方向を見据えていた。眉間に皺を寄せ、何かタイミングを窺った風に。
「見えた! マリグリン、付いてこい!」
突如響くリックの声。その声にマリグリンはその身体を跳ねさせるとより前へと強引に進み始めたリックの後へと続き、骨片とそれらの持ち物、そして衣類の下にある黒いウエットスーツを着込んだ身体を引っ張り出し、それを横抱きに抱き上げ口を開く。
「回収したよ!」
そのマリグリンの一言により、マゼンタの瞳の女はマロンが殿を務めてくれていた後方へと振り返る。…その視線の先。マロンは再び動く骸骨を相手して城へと引き返すつもりはさらさらないようで、既に己の持ち場から離れ、今自分たちの居る場所から最も近い建物の入り口の方へと動き出している。
「…ふん」
こちらの指示を待たずして行動を開始するマロンと彼女に続くマリグリン、リック。それらの様子を見、マロンの判断は正しいと理解しながらも、癪に感じながらマゼンタの瞳の女は鼻を鳴らすと、追っ手を相手しながらマロン達が入っていった建物へと入り、扉を閉めて鍵を掛けた後で建物の階段を上がっていくリックの背を追う。
…建物の中は静かな物で、先導して上の階へと上がっていくマロンの小さな足音に淀みはない。建物の出入り口。そこからは骨の軋む音や、扉を叩く鋭く大きな音が聞こえてはいたが、階を上がるごとにそれは小さくなっていく。
そして一行は間も無く、今居る建物の最上階へと行き着く。青を基調とした壁紙、家具とお洒落な小物の並ぶゆったりとした空間。埃まみれなその部屋に取り付けられた窓からは色とりどりの屋根と周囲が一望できる。
「やっぱ逃がしてくんねえか」
その部屋の中にてマロンは階層転移の本を開き、絵がまだ灰色であることを確認してため息交じりに呟く。その傍には良く引き締まった厳つい体格の男を横抱き、所謂お姫様抱っこで抱きかかえたままの金髪の美男、マリグリンの姿があり、不安そうな目でマロンの方を見つめていた。
「屋根から行くのはリスクがあるよな。骨相手するの面倒となれば屋根伝いに移動するだろうし…」
窓の傍へと足を進め、壁にぴったりと背を付けて外の様子を確認するリック。言葉では敵の動きを想定した、脱出に纏わる事柄に言及してはいるが、彼はメルフィンを探しているようで、眉間に軽く皺を寄せながら脱出経路には向かないと思われる、ここから僅かに見ることの敵う、路地の方へと目を向けていた。当然、そこに溢れるのはこの地下遺跡住人。人一人すら見当たらない。
未だに聞こえ、収まる気配のない玄関の扉を叩く音。それを耳にながらマゼンタの瞳の女は、ウェットスーツの上に装備しているミリタリーベストのポケットからポーションを一本取り出し、それの蓋を親指で外し、手中に握る。そして、なんだか怖がった風なマリグリンの前へと歩み寄り、彼の腕の中に抱き抱えられている男の口元へ、マスク越しにポーションをぶちまけた。
「うわっ!」
それを合図に開く浅黒い肌の男の瞼。それに驚いたマリグリンは声を上げて彼の身体を離し、その身体は床へと落下していき――
「ぐおっ…!」
鈍い音を立てて激突した。その後で痛そうに腰を摩りつつ、浅黒い肌の男はその鋭い目でその場に居る面々の姿を見上げ、その瞳に映す。何処か困惑したように。そして一通り見まわした後で、説明を求めるかのようにマゼンタの瞳の女の方へと視線を向けた。
「状況が変わった。正体不明の部隊がこの地下遺跡に侵入。脱出しなければならない」
マゼンタの瞳の女は空になったポーションの容器の口に蓋をし、それをミリタリーベストのポケットへと押し込むと、腕を組んで淡々と言葉を紡ぐ。冷めた目で己の同僚、浅黒い肌の男を見下しながら。
「…了解」
マロンに蹴落とされる間際に見せた陽気な雰囲気、溌剌とした声。それを発した同一人物とは思えぬ、バツの悪そうな尻すぼみな返事。それを返しながら浅黒い肌の男はゆっくりと立ち上がった。そして次の瞬間――堀のある方角から聞こえる派手な破壊音。その場に居る面々にそれが何を意味しているのか理解させるのに時間は掛からなかった。
「…おかしい。島に駐在する管理人ならこんな奥まで入ってこようと思わんはず…この場合情報は複数に漏れていたと考えるべきか?」
今の状況を冷静に分析し始めるマゼンタの瞳の女。組んだ腕の片方を立て、その顎に手を当てながら瞳を伏せつつブツブツと言っている。侵入してきた部隊。それが、便宜的な表現ではなかったのではと考えた風に。
「ブラボーリーダー、こちらアップルジェムワン。応答せよ。オーバー」
だんだんと新たな侵入者の存在が、偶然ではない、作為的な物である様な香りが立ち込めてきたところで、窓の外を眺めていたリックの視線の先に動きがあった。
窓の外に広がる屋根の並ぶ光景。城下町の切れ目の向こう側に厚みのある黒岩の城壁。その前にある開けた広場にある複数の黒い人影と複数の翼竜型のモンスターの様な姿が見える。
「皆、窓から離れろ。城壁前の広場に何か居る」
静かだが、事の深刻さを匂わせるリックの声は今居る面々の表情に少しの緊張の色を混ぜ、各々窓の外から見えない位置へと移動させる。その最中、マロンは階層転移の本を開いてみたが、まだ戦闘中であるという判定のようで、描かれた絵の色は戻っておらず、灰色のままだった。マゼンタの瞳の女の無線からの返答もなく、部屋の中は静かになる。聞こえるのは動く骸骨たちが玄関の扉を叩く音のみだ。
「――展開が早すぎるし、装備が充実し過ぎている。まるでこの地下遺跡を知っているかのような動きだ」
不意に発せられるマゼンタの瞳の女の呟き。それに反応し、浅黒い肌の男は片眉をキツく吊り上げ、マロン達を疑ったような目で見据えた。しかし、その説は無理があると思ったようで目つきを穏やかなものにして、視線を外す。外面が命の芸能業を生業とするマロン。そして、それが大きな組織に自分たちを突き出した時あるであろう利益。どう考えても無理のある組み合わせだった。
「よし、移動する」
間も無くマゼンタの瞳の女は淡々と言って、階段の方へと歩き出した。
「林檎ちゃんよ。ここで階層転移の本が使えるまで待つってのはダメなのかい」
骸骨が大人しくなるまで待つ。もしくは骸骨たちが正体不明の部隊と接敵し、気がそちらに向いた時に階層転移の本でここから脱出する、と考えていたマロンの視線がマゼンタの瞳の女の背に向いた。その問いかけに、マゼンタの瞳の女は足を止め、マロンの方へと振り返り、その感情の読めない冷たく、色気のあるマゼンタの瞳にマロンの姿を映した。
「ダメだ。今さっき倒した骸骨の死体を辿られたら鉢合わせる羽目になる」
「つっても港から海蝕洞窟を通って外に出るなんて出来ると思うのかよ? 現実的じゃねえ」
「私に考えがある。まぁ、お前たちが此処に残ると言うなら止めはせんさ」
「おーい、林檎ちゃんとあたしの仲だろうが。そんな寂しいこと言うなよなぁ。マロンちゃん傷付いちまうぞ」
港から外までの間。そこの突破を不可能と決めつけ、階層転移での脱出だけがこの状況を切り抜ける方法とするマロン。どういう手を考えているのか解らないが、元来た道を辿ることによる脱出を提案するマゼンタの瞳の女。マロンはマゼンタの瞳の女にだる絡みしつつ、彼女とその連れが自分たちを嵌めた時のメリット、デメリットを考える。
…自分たちを連れるメリットとしては囮に使えること。そしてデメリット。彼女たちも素性を隠しているとはいえ、ここにいたという事実はなるべく隠したいはず。故に自分たちが捕まるのは不都合。マロンはそう考え至ると、マゼンタの瞳の女と同行することに決め、階段を降り始めた彼女の後を追った。
取り残されたリックとマリグリン。そして褐色肌の男。彼らは各々の顔を見合わせた後、肩を竦めると先へと行った彼女たちの後を追う。仲間としての信頼関係はさらさら無いが、利害関係という観点で見た時に現れる、ある種の信用。この仮初めの協力関係を築く者たちの誰かが囚われた時の不利益。そこから来る下手な馴れ合いで出来た協力関係よりも固いそれは、彼らを一時的につなぎとめる楔となっていた。
一行はマゼンタの瞳の女を先頭に、一つ下の階へと降り、その部屋の窓の外に見える細い路地を挟んだ向こう側に見える建物へ、窓伝いに移動していく。
その先の部屋も生活感の感じられる、意志のある人間が飾り付けを行ったような空間。暖色の壁紙とシンプルな形状のベージュ色の家具で統一されたそこには、急いで荷物を持ち出された様な痕跡があり、戸棚やクローゼットなどが半開きで放置されていた。
一行の最後尾。褐色肌の男がその部屋の中に入り、窓を閉めた時、何やら骨が派手に砕け散るような音が遠くから聞こえてきた。そしてそれを皮切りに、その方向から動く骸骨と何者かが戦うような音が聞こえ始める。
「やけに組織立った動きをしているな。要所に待機するチームの他に先行チームが居るようだ」
褐色肌の男はその音を聞いて一言呟くと、ミリタリージャケットの中から階層転移の本を取り出し、それを開いた。…動く骸骨たちは音が聞こえた方に歩き始めているが、本に描かれた絵は灰色のまま。その鋭い目つきに諦念の色を浮かべながら、彼は本を閉じ、ミリタリージャケットに複数あるポケットの中へ本を押し込んだ。
まるでこの地下遺跡の中にまだ不法に侵入した何者かが残っていることを確信したような動き。そして、この広い城下町の中で迷うことなく自分たちの近くへやってくる正体不明の部隊。マゼンタの瞳の女も褐色肌の男もそれを妙に思った風であったが、そのことを口には出さない。だが、彼らが考えているであろうことはそれを見ていたリックにも伝わり、それはリックの頭の中に一つの可能性を見出させる。
「皆、少し待ってくれ」
リックが静かに言う。静まり返ったその部屋の中に居た面々はリックの方へと振り返り、その視線の先にいる彼はマリグリンの方へと視線を真直ぐ向けた。
「敵の規模、展開速度。装備。迷うことなく近付いてくる部隊。懸念でしかなかったけど、今確信したよ。お前は気が触れたふりして情報を流してた。そうだな? マリグリン」
リックに問い詰められるマリグリン。彼は視線を左右に泳がせた後、リックの顔へと視線を向けた。引き攣った笑みを浮かべ、変な冗談は止してくれ。そうとでも言いたげに。気が付けば部屋の出入り口にはマゼンタの瞳の女と褐色肌の男が塞がるようにして立っている。
「何を言ってるんだよ…リック。俺がそんなことして何の得が…」
「推測だけどお前は今来てる正体不明の部隊。それの飼い主と繋がっていて、その手先として動いているんじゃないかと思ってる。確証はないけどな」
「そんな…言いがかりだ。どうやって離れた相手に声を届けるっていうんだよ!? マロン、何か言ってやってくれよ!」
目つきの悪いリックに見据えられ、戸惑い、狼狽えるマリグリンの呼びかけに、マロンは彼の方へと歩み寄る。だが、その時の彼女の表情は大凡自分を助けてくれる様なものではない。冷静だが、どこか哀れな者でも見るような顔。呆れにも似た雰囲気を漂わせつつ、彼女はマリグリンのジュストコールの裾にピン止めされたブローチを取った。それにより、マリグリンの表情が一瞬険しい物となる。
マロンはマリグリンのブローチを口元に当て、己のガントレットに取り付けられた通信用のブローチをリックの耳元に近付ける。そして唇を小さく動かし…何かを囁いた。
『今からコノヤローとっ捕まえるぞ』
マロンのブローチからハッキリと発せられ、リックの耳にだけ届くマロンの囁き声。それは疑念を確信へと変えた。――プレイヤーしか持っていないであろうブローチ型の通信機を持つマリグリン。彼が何らかの組織に肩入れするNPCであろうことを。
その瞬間、瞳を揺らし、涙目になって情に訴えた様子でリックを見据えていたマリグリンの表情が、ふっ、と冷たく、落ち着き払ったものへと変わった。まるで今まで見てきた彼の全てが嘘だったかのような、まさに豹変。そう形容するのがもっともである変わりようで。
「…露骨にやり過ぎてしまったか」
冷めた瞳、余裕の伺える微笑。冷笑。それを浮かべ、マリグリンは言葉を紡ぐ。何処かその場に居る者たちを嘲笑したような態度で。
発覚した裏切り者の存在とその正体。リックはショックを受けた様子だったが、マロンは鼻から疑っていたようでその態度を変えぬまま。静かだが張り詰めた空気が部屋の中に漂い始める。外からはだんだんと近づいてくる戦闘音。それは、マロンたちに時間がないことを確かに伝えてくれていた。
金髪で優男風なキャラは何か胡散臭く感じる。私だけでしょうか。