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まさひこのパンケーキビルディングとその住人。打砕く者と守る者。  作者: TOYBOX_MARAUDER
海賊の秘宝と青い海、俗物共の仁義なき戦い
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落ちた火の粉が燻る時


 黒く大きな岩の塊。島の土台であるそれを削って作られた空間。その島の土台を削って作られた岩石の城壁とそれの中を通る長い一本の道。それの出口の向こう側には、とんがり頭の屋根を複数持つ巨大な城。月明かりよりも幾分か心強く感じる紋章術の明かりの下、それはあった。


 今さっきまであった危機と高ぶり。少しの時間を置いて平静を取り戻した一行はそのアーチの先に見える城。そこへと向けて進んでいた。


 先頭を行くのはセラアハト。そしてその隣には小物入れから菱形の飴玉の絵が描かれた、長方形の角の丸い缶を取り出して、それの上部に取り付けられた金属の蓋を外すリックの姿がある。


 「リック」


 「ん?」


 セラアハトは視線を前にまっすぐ向けたまま、リックへと声を掛ける。神妙な面持ちで、強い意志の宿る目で行く先を見据えて。対するリックは気の抜けたような顔で、セラアハトの横顔に顔を向けながら、蓋を外した缶の中から飴玉を一つ掌に落とすとそれを口に含んだ。


 「…あぁ…ほら、手出せよ。何味出ても返品は無しな」


 そして少し間を開けた後、蓋が外されたままの缶をリックはセラアハトに差し向けた。きっと飴が欲しかったのだろうと考えたようで。セラアハトはそんな見当違いな反応を示すリックを、呆れたように物言いたげな風に横目で渋い顔をして見据えていると、後ろからリックの持つ缶の下へと手が伸びた。


 「メロン味が良いなァ」


 その手の主であるマロンが一言言うと、リックはその手の上に向かって缶を軽く振る。缶はそれによってガラリと音を立て、黄色い半透明の飴玉を彼女の手の上に落とした。それによって彼女の手は引っ込む。


 「ちぇっ、パイナップルかよ~。オレンジ味並みに微妙なのが来ちまった。んむ…んー。微妙」


 マロンは不満げな抑揚で言いながらもその手の上に乗った黄色い飴玉を口の中へと放り込む。そしてその後に口の中に広がる味。それに対して辛辣な評価を下し、口をへの字に曲げた。


 「そうか? 俺的にパイナップル当たりなんだが。苺の方が微妙では?」


 リックはその評価に納得がいかなかったようで、顔を横に向けたまま瞳を後ろにいるマロンの方へと向け、異論を唱えた。まあその時の表情は居いつも通りというか、穏やかと言うか。世間話をする時の様なノリだ。マロンも似たような感じで口内で飴玉を転がしている。


 「パイナップル当たりとか正気かよ? 当たりっつーのはメロン、ハッカ、スモモの三種を言うんだよ。苺が微妙っつーのは同意するけど」


 しかし、返される言葉はなかなか辛辣な物だ。とはいってもある程度気心知れた友人間の語らい。マロンの自分に対するキャラがそんな感じであると理解しているリックは何とも思わない。強いて言えばマロンらしいとしか。


 「ひでえ言われよう。その三つ美味いのは解るけど」


 何の実りもない世間話がひと段落したところでリックは視線は再びセラアハトの方へと向く。飴玉の入った缶を差し向けて。そんな緊張感のない彼の様子にセラアハトはため息を一つ吐き、口を開いた。


 「昨日黒頭巾が雷の力を使った時、その瞬間…リック。君は宝の地図が本物であると確信した。さっきにしてもそうだ。マロンが使った水の力。それも君は知っている風だったぞ?」


 ゴルドニアファミリアの部下たちの上に立つリーダーとして、それらしい振る舞い。それらしい態度で今日という日に臨んでいたセラアハトは、静かではあるが冷たい刃の様な視線と共にキツくリックに問い詰める。まるで敵でも見るかのような目で。それは見るものに彼が本気であることを理解させ、飴玉の入った缶を差し向けるリックの手を引っ込ませた。


 「それは俺が魔法の存在を知っていたってだけだよ。でもその理由とかはいろいろ込み入ってるから、俺から話せるもの全て仮説にしかならない。片手間に話せるような内容でもないし、帰ってからの方が良い」


 リックは己の手の上にある缶から飴玉を一つ対の手に落とし、それに目をやることもなく口に運ぶとその態度ふざけた風ではない、真面目なものにして言葉を返した。だが、聞く者の心情によっては煙を巻かれたとも思えるそれに、セラアハトは気に入らなそうに片眉を吊り上げたが、アーチの向こう側に出たことによって何か言いかけたその口を噤んだ。


 …全て調べきれるのか怪しいほど大きな城。それが一行の眼前に聳え立つ様に見え、アーチの出口前の広場。そこから先、周囲には白い石材で作られた建物群。所狭しと立てられたそれらが成す光景はまさに城下町と言った佇まいで、道の細く暗い建物の密集するそこに入れば周囲を見渡すのは不可能であろうことが解る。潜める場所が多いそこを行くのであれば、敵からの待ち伏せに警戒する形になるのは想像に難くはなく、石畳の敷かれた地面は城に向けて緩やかな坂となっていて平地よりも体勢を保つのが難しそうなもので、存在するであろう敵の事を考えると入っていくのが躊躇われる様な地形だった。


 だが、そこを進まなければ城へはたどり着けない。躊躇ったように足を止めた一行だったが、選択肢は一つだけだった。


 リックと並び、先頭に立つセラアハトがアーチ周辺の広場から、城下町へと一歩踏み出す。それを合図にマロンは腰後ろの二本のダガーに手をやり、それを抜いて逆手に持ち、リックは両手に両刃斧を握った。


 骨の軋む音を聞き逃さないため、一行は喋らず、息を潜めて進み始めた。そして城下町と広場の境界線。そこへと今辿り着こうとしたその時――


 微かに聞こえる水滴の落ちる音。ぽつぽつと聞こえたそれは最後尾に居たマロンの耳に届き、彼女を振り返らせた。そしてその先の光景にマロンは目を見開き、息を飲んだ。


 「ッ…うっへ~、嘘だろ。切り抜けて来やがったのかよ」


 マロンの驚いたような声。その言葉に仲間たちは一斉に振り返る。マロンの視線の向く先。そこにはヘッドギアに取り付けられた四眼ナイトビジョンゴーグルを頭に装着した、フルフェイスマスクの真っ黒く特殊部隊が着込むようなモダンなデザインのウェットスーツに身を包んだ三人の人影。中心に立つ人影は女性的で、引き締まったアスリートの様な体系。身長は160センチ後半ほど。サイドに立つ二人は男ならばこうありたいと思うような逞しい肉体。それが装備越しに解る体格。身長は180センチ後半の立派なもの。彼らはきっと道具か何かを使って城壁をよじ登り、その上を歩いてここまで来たのだろうということがなんとなく推測できる。アーチの中は小さな物音でも反響し、故に背後から付けてきていたのなら気が付かないわけがないのだから。


 一行がその三人の姿に気が付き、警戒し、不意に来るかもしれない攻撃に身構え始めた時、それらに対する三人の中の一人。中心に立つ人物が四眼ナイトビジョンゴーグルに片手をやり、それを上へと上げてその目元を見せた。…冷たく、色気のある目つき。瞳の色、まつ毛の色はマゼンタ。肌は雪のように白く、美しく質感は男のものではない。


 「仲間の命が惜しければ私の指示に従え」


 そしてそれからの第一声。とても単純明快で解りやすい要求。その聞き取りやすく、勇ましい雰囲気の言葉によってセラアハトの表情が強張り、そんな彼の方へ不安げで、狼狽えたような顔をしたメルフィンとマリグリンの視線が向く。


 「おいおい、この辺あたしたちの土地だぞ。プレイヤー間の決まり位守ってくれよな。今だったら目ぇ瞑ってやるけど、こっちの仲間に被害出したら然るべきところに訴えて袋叩きにさせんぞ」


 緊張が包むその場。マロンは自分たちの前に立つマゼンタの瞳の女の頭から爪先まで観察するように眺めながら、馴れ馴れしい口調でハッタリをきかせる。眉一つ動かさず、しれっとした顔をして。嘘を吐いていることに対し、平然とするマロンの姿、演技はそれを見ていたリックを感服させるほどのものだった。…良いかどうかは別として。

 

 「おかしいな。それはこっちのセリフだ」


 対するマゼンタの瞳の女は淡々とした表情のまま、冷たい目でマロンを見据えながら言う。己こそこの一帯の所有者であると。マスクで目元意外隠れているせいか、何を考えているのかそこからは読み取れない。普通なら怯みそうなところであるが、その彼女の言葉にマロンは一切怯まない。


 「なーに寝ぼけたこと言ってんだ。じゃあテメーどこの誰だよ。何処のギルドだ? あたしはホイップクリームマロンちゃんだぞ? この土地だってPTからたけー金払って買ったんだ」


 場の空気が突然より張り詰め、冷たいものとなる。聞きようによっては相手の素性を引き出そうとする意図すら感じられるマロンの言葉。だが、本当に土地の所有権を持つものならば平然と答えられるようなもの。傍から見聞きしているリックからすると、マロンは今対峙している三人。それがこの土地に全く関係のない勢力であると踏んでいるように感じられた。――そしてマロンと話すマゼンタの瞳の色の女は呆れたようにふっ、と鼻を鳴らして笑い、視線を逸らした。


 「――!」


 その直後、マロンへ向けて飛ぶスローイングアックス。それをマロンは逆手に持ったダガーの刃で弾き飛ばすと、口元ににぃっと歯を見せ、攻撃的な笑みを浮かべて勢いよく踵を返す。


 「ズラかるぞ! 先にお宝手に入れた奴が勝ちだ!」


 戦いをしようともせずに逃げ出すマロン。相手方の実力。それを考えての行動。リックも彼女と同じ気持であったため、足並みを揃えて暗く、細く狭い道が張り巡る城下町へと逃げ込む。だが、6対3という状況だったこと。戦うことを前提に身構えていた他4人は一瞬遅れ、その一瞬が今対峙している3人の接近を許してしまった。


 おそらくメインで使っている武器ではないのであろう、刃が凶悪に前へ突き出、その斧頭の反対側がピック状に突き出たデザインのスローイングアックス。敵はそれを操り攻撃を仕掛けてくる。セラアハトはその素早い攻撃を抜き放ったカットラスで受け、マロンとリックの後を追おうとはせずに返しの刃をマゼンタの瞳の女へと向て振り、戦闘を開始する。4対3。数的な優位はこちらに。そして、ゼルクとメルフィンというゴルドニアファミリアの手練れ。故に始末できる。そう踏んで。




 *




 硬い石畳。緩やかな斜面。犇めく建物群とその間にある細く狭い道。それの上を駆けてリックとマロンは兎に角城を目指していた。他の仲間が付いてこない事、それを気にしながらも。己の行く先を遮る動く骸骨を最小限に打ち倒して。


 城下町の中はなかなか雰囲気の良い店などが窺えて、かつてここで穏やかなひと時を味わっていた者が居たのであろうことを思わせる光景がところどころに散見出来た。人がデータをいじくって作ったものからは感じられないであろう、人が暮らしてようやく宿る生活感が伺える雰囲気。それが確かに感じられる様相で。…ただ、そんな趣のある風景。盛者必衰を感じるそれを楽しんでいる余裕は今の二人にはなかった。


 「チッ、セラアハトの坊やもバカな奴だな。テメーの勝利条件も見えてねえとはよ」


 今自分たちがどのあたりにいるのか。それすらも確認することが難しい城下町。ただその先に城があるであろう緩やかな坂を遡り、時折天井へ浮かぶ紋章術の光の見え方などを確認しつつ進んで行く中で、マロンは小さく毒づいた。リックはそんな彼女の後に続きながら口を開く。


 「まあ脅威を殲滅すれば勝ち…って考えりゃ理解も出来そうだけどな。実際そうなりゃ調べ放題だろうし」


 「わかってねえな。戦うってのは最終手段なんだよ。勝てるって確証がないんなら、他に選択肢があるうちはするべきじゃねーの。今回だと敵が強い。どう考えても戦うのは分の悪い賭けだぜ」


 「なんか頭良さそうなこと言ってんな。以前PTの支部に殴り込みに行った奴とは思えんわ」


 「うっせ。あたしだってありゃやりたくなかったっての。他に遣り様がなかったから仕方なくだよ」


 不意に聞こえる背後からの石畳を踏む音。緩やかな坂が少し急になったところでマロンは足を止め、身体を今自分たちが来た道の方へと向けた。それにリックも足を止めて彼女の見据える先へと目をやる。


 間も無くその建物と建物の合間から現れる、白いジュストコールにボンタン姿の金髪の優男。一行のメンバーであったマリグリンが現れた。なんだか酷く追い詰められた表情をしていたが、その瞳にリックとマロンを映した途端、心底安堵したような顔になって、片手を振りながらリックとマロンの方へと走ってくる。その目じりには涙の輝きすらも確認できた。


 「…まあ、だろうな。あいつはそういう奴だった。ゾンビ映画とかで一人ぐらいはいる緊急時は一緒にいたくねえタイプ。見てる分にはおもしれえんだけども」


 「言わんとしていることは解る。もうお終いだーとか言って騒いで不安煽りまくるタイプだろ?」


 「うん、それよ」


 淡々とした表情で、マロンとリックは駆け寄ってくる彼を見据える。やがて彼は二人の前までやってくると両膝に手を当て、身体を曲げながら呼吸を整え始める。


 「よかった…追いついた…」


 少し震えた声でマリグリンは呟く。身長は立派だがあまりにも頼りないその姿、言葉。思わずリックとマロンは互いの顔を見合わせた後で、マリグリンの方へと再度視線を向ける。その間、二人はマリグリンに声を掛けようともしない。


 「――うし、話は進みながら聞かせて貰おーか。おら、しっかりついて来やがれモヤシ野郎」


 少しの沈黙の後、マロンはマリグリンに言うと視線を背の低く、平たい屋根の建物の方へと向けた。


 …今居る急な坂からジャンプすればなんとか登れそうなそれ。リックがマロンの視線の先にあるそれを見、彼女が考えていることを理解したと同時に、マロンは坂を下る形で走り始めてその低い建物の屋根へと向けて飛び、そこへと着地した。その後でリックとマリグリンの方へと振り返り、口元にどこか得意げな笑みを浮かべ、手の甲を二人の方へと向けると人差し指を立ててそれを内側へとちょいちょいと動かした。


 リックはそれを見て、両手に持った片手斧を腰から伸びるフォールドに取り付けられた鞘に戻すと、助走をつけ、坂を下ってマロンの居る屋根へと向けて飛んだ。地面を蹴って宙に浮いた彼の身体は簡単に屋根より高い位置に上がり、マロンの着地地点より少し奥へと着地して、その後にマリグリンも続く。精神面で弱いだけであって肉体面はそうでもないらしく、彼も問題な着地できた。


 「こっから屋根伝って城目指す。骨相手すんの刃物だと疲れるし、足跡も消せる。城も良く見えるしよ」


 そう言ってマロンは平たい屋根を蹴り、そこまで高さのない屋根から屋根へと飛んでいき、城を目指し始める。あとに続く二人も同じように彼女が踏んだ屋根。それの順を追う形で飛び移っていき、その後に続く。


 「それで、マリグリン。あたしら居なくなった後どうなってた?」


 「…実は言うと俺もすぐに逃げたからあんまり見てないんだ」


 早速マリグリンから話を聞き始めるマロンであったが、早くも彼から聞き出せる情報がないことが発覚した。まぁ、自分達を追って追いつけるほどだ。そんなことだろうと思っていたマロンのその表情は変わることはない。


 「マロン。セラアハト達殺されたりすっかな」


 屋根から屋根へ、遠くに見えていた聳え立つ城が眼前に近付いてくる中、リックは心の中に引っかかっていたことをマロンに尋ねる。マロンはNPCを人とは思わない。それが解っているから少し不安に思い、その表情を曇らせて。


 「いや、ねえな。デケー組織から吹けば飛ぶような零細ギルドまでNPCは労働力として有り難がられてる。ゴルドニア島はそういう意味では誰の傘下にも属してねえ人手の宝庫。その手つかずの人手は減らしたくねえし、殺したのがバレたらこの階層のNPCは仲間にならねえ。だからそんな無茶はできねえはずだ。プレイヤー間の世論も怖いだろうしな」


 マロンは前を向いたまま、答えてくれる。自分なりの理論、損得を基軸としたそれで。壁を蹴り、屋根から屋根へ。軽やかな動きで徐々に高くなる建物の上へと進みながら。


 「土地の所有者ならすぐに身分を明かす筈。…となればPTじゃない。市販されてないような最新鋭の装備にPTでもない勢力となればだいぶ限られるな。少なくとも研究開発班飼える様なデカいところ。…素性はもうバレてる様なもんか」


 「そーそー。向こうさんもそれ解ってるからNPC殺したりしねえさ。つってもあたしらごと始末して、口封じしようっていう最高にロックな連中だったら話は違ってくるだろうけど」


 「…そんな短絡的で気合の入った連中が居るとは思えんね」


 「だろ? あの3人がそういう都市伝説みたいな連中である可能性とそいつら6人がかりで潰しに掛かって勝てる可能性。それを天秤に掛けた結果が今ってわけよ」


 セラアハト達の安否。それについてと敵の素性。それについて話しながら屋根から屋根へと進んで行き、丁度城下町の半ばまで3人が来たところで――異変が起きた。


 危険がない程度の高さの建物を選び、飛び移っていた3人の背後から聞こえる重いものが石の屋根を蹴るような音。各々音に気が付き振り返れば、先ほど見た四眼ナイトビジョンゴーグルを装着した黒いウェットスーツ姿の男が1人。あのマゼンタの瞳の女のサイドに立っていたうちの1人が追って来ていた。ただ、彼1人のようで周囲に人影は見当たらない。


 「うわあっ!」


 それを見て真っ先に情けない声を上げるマリグリン。


 「うおっ…! ヤッバ…! おい、マリグリン。行くぞ!」


 戦慄を感じつつ冷静さ保ち、確かにある危険と隣り合わせの楽しみ。リックはそれを感じながら引き攣った顔で呟くと、何も言わずに早々と先導し始めるマロンの後を追い始める。


 2人を先導するマロンは進むペースを上げる。しかし、敵は速い。普通に競争すればいずれ追いつかれてしまう。綺麗だが荒々しいフォームで屋根を駆け、多少の高低差などパルクールの如く壁を蹴り、よじ登り最短ルートで迫ってくる。恐らくレベルはマロンの方が上であるだろうが、身のこなしが素人のそれではない。洗練されている。まさひこのパンケーキビルディングに置ける本質。レベルではない、その個の持つ身のこなし。プレイヤースキル。それをしっかりと認識させてくれるような光景だった。


 それをしり目に捕らえるリックの前を行くマロンは、迂回しなければ進めそうにない高低差のある屋根へと向けて飛んだ。その彼女の飛ぶ先、そこには宙に浮く水の床。それを踏んで跳躍し、結構な高さの屋根の上へと降り立つ。…相手側にはないアドバンテージ。水の魔法。マロンはそれを使ってこの競争に勝ち抜く腹積もりのようだった。

 

 「捕まった時指輪も取られるだろうけどしゃーねーな!」


 マロンは楽しそうに笑う。そんな彼女が踏んだ水の床。それを踏み、リック、マリグリンは彼女が降り立った建物の屋根へと飛び移る。その直後リックが顔を横に向けて背後の様子を見てみれば、熱した水のようにブクブクと泡を立てて消え去る水の床の姿が見えた。その向こう側には迂回して自分たちを追おうとする四眼ナイトビジョンゴーグルの男の姿。水の魔法を使ったショートカットで稼いだ距離も再び縮められ始める。


 「…チッ、あいつ速いな。なかなか距離が開かねえ」


 「鬼ごっこってのはそうじゃねーと楽しくねーだろーが」


 「前から思ってたけどやっぱお前と花子普通じゃないわ。このスリルジャンキー」


 「あん? あいつはそれプラススピード狂だ。あたしはあんなパッパラパーじゃねえ。一緒にすんな」


 水の魔法対卓越した技術。それでの競争。城に近付くごとに高くなってくる屋根を行き、いよいよ城の姿を形作る城壁と城下町の境目が見えてきた。城壁には外周に沿う形で作られた石の階段があり、境目にある城下町の建物からはさほど距離は離れていないように見えて、飛べば届きそうにも思える。しかし、今自分たちの行く城下町の建物たち。その高さにムラが無くなってきており、水の魔法を使ってショートカットはできなく、敵との距離が次第に縮まってくる。少なくとも城下町の切れ目。そこまでには追いつかれてしまうようなペースだ。


 「あぁっ、やばい…マロン、リック! 追いつかれるぅ!」


 「チッ…」


 マロンとリックの背後から響く、マリグリンの頼りなく、情けない悲痛な叫び。マロンは舌打ち一つすると飛んだ先の屋根の上で身体を半回転させ、瓦屋根の瓦をガラガラと派手に散らせながら着地し、両手に持ったダガーを腰後ろの鞘に戻すと腰の左側に二本差してある曲剣二本を抜き放った。


 「マロンッ…やるのかッ?」


 リックも同じようにしてマロンの傍へと降り立つと、その両手に両刃の片手斧を握って隣に立つマロンの方へを流し目で目を向けた。危険な光を灯した爛々とした炯眼。マロンはそんな目つきで口元に笑みを浮かべ、今マリグリンと共にやってこようとしている敵の方を見据えていた。


 「言ったろ戦うのは最終手段だ。これはただのポーズだよ。あたしが今使ってる水の魔法は攻撃には使えねえって野郎にミスリードしてやる」


 間も無く、マロンとリックの居る建物の屋根へ飛んでくるマリグリン。そのすぐ後ろには凶悪なデザインのスローイングアックスを持つ四眼ナイトビジョンゴーグルの男。それは間も無くこちらの方へと向けて飛んでくるが、それへ目掛けてマロンは両手に持った曲剣2本を時間差をつけて投げつけた。


 「!」


 当然空中では移動方向を制御できるわけもなく、その投げられた曲剣の内一本が四眼ナイトビジョンゴーグルの男の顔面に接触し、バランスを崩させた。それによって彼は着地に失敗し、建物と建物の間の細い道へと落ちていく。


 すかさずその下をマリグリンが覘き込んだ。その視線の先には建物の入り口の前に掛かる吊り看板。それを下げる太い金属製のポールを片手で掴み、腕力だけでそれの上へとよじ登る四眼ナイトビジョンゴーグルの男の姿。それにマリグリンは息を飲み、目を瞠った後に勢いよくマロンとリックの方へと振り返った。


 「――マロン、リック! 早く行こう! あいつ登ってくるぞ!」


 リックはその報告に驚いたようだったが、マロンは想定内だったようで何事もなかったかのように踵を返し、段々と高くなっていく屋根と屋根の間を再び進み始める。目指す先には城下町の境目とその先にある城。その城壁に刻まれた階段に最も近い屋根へと向かって。


 時間を置かず、先ほど三人が立ってた屋根へ四眼ナイトビジョンゴーグルの男が這い上がり、何事もなかったかのように三人を追跡し始めた。表情の読めない装備に一切声を上げないタフさ。それによってマロンたちの目に映るそれは戦闘マシーンのように映る。


 しかし、もう十分に時間は稼げた。すぐに互いの距離は狭くなってくるが、マロンが目的の建物の屋根へとたどり着いて、間髪入れずに城壁に刻まれた階段へと飛んだ。思った以上に間隔のあるそれは渡ってしまえばこちらの勝ちと思えるもので、最悪、屋根と階段を挟む形で対峙した時に水の魔法を使い、四眼ナイトビジョンゴーグルの男を叩き落そうと考えていたマロンにその必要がないことを確信させるものだった。そんな場所の中間に浮かぶ水の床を踏んで、マロンは目的地であった階段の上へと着地した。意外と階段の幅は広く、大きな城壁に沿ったそれは下から登ればどれぐらい時間がかかるか解らないものだった。


 すぐにリックとマリグリンもその後に続き、マリグリンが階段の上に着地したところで水の床がブクブクと泡立って蒸発する。その向こう側にはぎりぎり自分たちに追い付けなかった四眼ナイトビジョンゴーグルの男の姿があった。


 「今日はホイップクリームマロンちゃんと遊んでくれてありがとーっ! またライブの時会いに来てねっ!」


 小憎たらしい笑み。明らかな煽り。それをその顔に浮かべたマロンはホイップクリームマロンちゃんとして活動するときの萌え声で言いながら、四眼ナイトビジョンゴーグルの男の方へ手を軽く振り、対の手で小物入れにある階層転移の本をチラッと見せた後、その手に人差し指と中指を束ね、唇へと軽く押し当ててウインクしながらリップ音と共に投げキッスをした。


 その隣にいるリックは、煽り散らす彼女の様子を呆れたような表情で眺めつつ、両手に持った両刃の斧をフォールドに取り付けられた鞘に戻し、最後の紋章術の木札に舌を這わせて城の根元へそれを放った。光はより強く満ちて辺りは昼下がりの空の下のように明るくなる。そしてその明るさに誘われるように建物の中から一斉に動く骸骨たちが溢れ出て、下からの城への侵入が容易ではなくなる。時間稼ぎにしては十分に思えるほどに。


 「念には念を…とは思ってたけど想像以上だな。…高級品かな。ま、結果オーライか」


 進み始めるマロン。その後ろに続く息絶え絶えのマリグリン。そんな二人に続こうとリックが呟き、爪先を仲間二人が居る階段上方へと向けた時、視界の端に映っていた四眼ナイトビジョンゴーグルの男に動きがあった。


 四眼ナイトビジョンゴーグルを上げ、その鋭い眼光で階段の方を見据えて屋根の切れ目から若干下がり、身構えそして走り出す――。彼はこちらに飛ぶつもりの様だった。マロンはそれに気が付いた様子は無く、マリグリンも同様。リックはそれに気が付いて咄嗟にそちらの方向を見据える。日本人にしては黒い肌。そしてしなやかな肉付き。…外国人だろうか? 四眼ナイトビジョンゴーグルを上げたことによって窺える彼の顔の一部。それを見てリックが思っていると彼は飛んだ。何か投げられても良いように、胸の前にスローイングアックスを構えて。


 リックの身体は自然と動いていた。腰後ろに手をやって、セラアハトから受け取ったフリントロックピストルのグリップを握ると撃鉄をハーフコックの状態から上げきり、フルコックの状態にすると彼が着地するであろう地点へと歩み寄り、今そこへと届かんとする彼の方へ銃口を向け――


 狙いを定めてゆっくりと引き金を引き絞った。


 落ちる撃鉄。先端に付けられた火打石が火花を立てて、火皿を叩き、そして上がる硝煙と銃声。腕に伝わる反動。残るのは鼻につく火薬の燃えた独特な匂い。その銃口の先にいた四眼ナイトビジョンゴーグルの男はそのままリックの見据える視界の下端へと降りて行って見えなくなった。


 「ふっ…あばよ」


 銃声の後の静けさの中、リックは硝煙を引く銃口を口元に立てるとそこに息を吹きかけてキメ顔で小さく呟いた。しかし――


 階段の外側側面に取り付けられたそれは低い申し訳程度の手すり。そこから持ち上がる黒い影。その気配にリックが気が付き、その表情を恐怖の混じる薄ら笑いにしたときには、それは片足を手すりの上へ乗せようとしているところだった。


 「うおぅッ!」


 身を引き、明らかにビビり、怯んだ風に肩を跳ねさせ身を引いたリックであったが、そんな彼の隣を白革と白金の鎧に身を包んだ少女が走り抜けた。


 「残念だったな! この装備は鉄の破片程度では深刻なダメージを与えられん! オリハルコンジャケット弾でも用意するんだな!」


 今、手すりの上へ立とうとする四眼ナイトビジョンゴーグルの男。己の勝利を確信し、結構今の状況を楽しんだ様な、陽気な雰囲気で言いながら。しかしながら結構危なかったらしく、故によじ登るのに必死だったせいかマロンの駆ける軽やかな足音はその耳に届いていた様子は無く、その顔を上げた瞬間に水の塊を纏わせたマロンの打ち下ろしの右ストレートをその顔面に受けた。


 ――高レベルのマロンによる打ち下ろしの右ストレート。それは四眼ナイトビジョンゴーグルの男の身体を大きくズラし、その身体を後退させる。マロンの右腕に纏わりついていた水はマロンの右腕から相手の身体へと素早く這い、口と鼻を覆って手すりに触れる箇所へと滑る。…見ていて結構エグい魔法だ。リックがそんな風に思っていると、突然のことに対して酷く驚いたような顔をしつつ、腕を回して何とかバランスを取ろうとする四眼ナイトビジョンゴーグルの男の身体をマロンが足で押すようにして蹴った。


 手すりから大きく離れる重心。それに引っ張られるような形になって四眼ナイトビジョンゴーグルの男は仰向けに、ゆっくりと手すりの向こう。何もない空中へと引っ張られていく。それを見届けるマロンは口元に笑みを浮かべていた。


 「じゃーな。結構楽しかったぜ」


 彼は間も無く手すりの向こうに姿を消し、その後で硬い石畳の上に重たい物が落ちるような鈍い音が響く。その後でマロンは鼻から息を吐き出すと、爪先を階段上方へと向けて歩き始めた。


 「だいぶ予定が狂ったけど、セラアハトが欲しがりそうなもん集めてここからさっさと出ようぜ。その後でPTにチクッてあの得体の知れねえ奴ら如何にかして貰おう」


 今さっきまでの逃走劇。それを心底楽しんだ風な顔をしてマロンは進んで行く。リックはそんな彼女を見てフッと鼻を鳴らして笑うと、終始おどおどしているだけだったマリグリンの肩を軽く叩き、マロンの後へと続いて行く。危機を乗り越えた味を確かに感じながら、その手に握ったフリントロックピストルを腰後ろに差して。


 明るくなった地下遺跡。今居る空間の全容が一望できるほど高くまで一行は進む。セラアハト達と別れたアーチの前の広場は小さくだが、見ることが出来た。だが、そこにはもはや人影はない。襲撃者2人の姿も、セラアハト達3人の姿も。だけどそれを見るリックの心に不安はなかった。さっき見た襲撃者の1人。直感だが悪い人間ではないように思えたし、人と同じような感情を持つセラアハト達を殺したりはしないだろうと思えたから。

ドロップで一番美味しい味はハッカ。異論は認めん。

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