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まさひこのパンケーキビルディングとその住人。打砕く者と守る者。  作者: TOYBOX_MARAUDER
海賊の秘宝と青い海、俗物共の仁義なき戦い
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地下のヌシ現る

よう、我が作品を楽しみにしてくれている数少ないお前ら。待たせたな! 今回みたいに時間を置くようなことがあるだろうが、これからもよろしく頼むぜ!


 白く儚い紋章術の光。それはありとあらゆるものの上を這い、地下遺跡の天井、その真上に集まると白い円となって白く美しい地下遺跡を照らし出す。その光はその地下遺跡のかつての住人たちを呼び起こし、たちまちそれらは溢れ出た。


 軋む骨を動かして街中を彷徨うそれらは、ただの動く骸骨、モンスターと言うには朽ちかけて居はするものの、各々多種多様な装備を身に着けていて、鎧姿のものもいれば戦闘には向かないであろう衣服姿のものまで存在している。始めから動く骸骨であったとするのであれば、やけに生前を偲ばせるもの。そんな姿で。そして妙なのが通常のモンスターならば必ず見ることのできるHPバーやレベル表記。紋章術の店で倒した動く骸骨剣士同様、蠢くそれらには見ることが出来なかった。


 途端に賑やかになった地下遺跡。その中にある見張りの塔。地下遺跡の住人たちが溢れかえる前にそこへと到達した一行は、地下遺跡と港。それを繋ぐ門の方を塔の上から注視していた。


 地下遺跡にある建物の背は高く、細い路地までは見通せない。だが、建物と建物の間を素早く駆け抜ける影が幾つか。動く骸骨たちとは違う、俊敏な動きで、影から影へ動くそれらが視界の端に時折チラつく。その姿と港の方で聞こえた銃声。ゴルドニアファミリアでもない、地下遺跡の住人でもない第三勢力がこの地下遺跡にやってきたことを一行に理解させるのには十分な物だった。


 「…動き方が木端ギルドの連中なんかじゃねえ。島に果樹園あったし、ミックスジュースとか絡んでんじゃねえだろうな。コレ」


 小物入れから取り出した折り畳み式の双眼鏡。それを使ってその影を追っていたマロンは小さく呟き、双眼鏡を折り畳んだ。


 「果樹園作るために島丸々一つ買うか? スゲー金掛かるから部分的に買うのが普通って聞いたぞ」


 マロンの隣には趣のある、クラシックなデザインの単眼鏡を覗きこむリックの姿があり、敵を見定めんとする彼はマロンへと言葉を返す。その後で単眼鏡を縮めて振り返り、それの持ち主であるセラアハトへと返した。


 セラアハトは返してもらった単眼鏡を再び伸ばすと港へと続く門から見て最も遠い位置、地下遺跡の最奥に見える、黒い岩肌に一体化する形で作られた大きな神殿のような建物の方を単眼鏡を使って見る。他の建物とは違う雰囲気、大きさのそれには、それは巨大なウサギの頭蓋骨のストーンレリーフが成されており、この地下遺跡の象徴、重要拠点であることを見るものに理解させる佇まいだ。


 「…PT、ミックスジュース…大穴であたしらが知らねえ少数精鋭の木端ギルド。リック、オメーどれだと思う? 晩飯賭けようぜ。負けた奴が奢んのな」


 「賭けになるのか? どうせPTだろ。海蝕洞窟の入り口あたりには何も建物なかったし」


 「オメーは本当につまんねーなぁ。なんでもかんでも手堅いところ行きやがって」


 「うるせー、逆に他に賭けるような判断材料あるのかよ」


 マロンとリックの会話。リックが言葉を切ったその直後に港と地下遺跡を繋ぐ門。その方角から微かだが、骨が砕け散り、硬い石畳の上に四散し叩く音が聞こえてきた。それをきっかけに今一行の周囲にいた骸骨剣士たちが緩慢な動きで音の方へと向けて歩き始める。ぞろぞろと、どこにそんなにいたのかと気になるほどの数が、一斉に。


 …骨の津波。そう形容して良さそうな地下遺跡の住人たちの大移動。個々では大したことはないが、圧倒的な数。個がいくら優れていようともどうにもできそうにない数の力。それはこの地下遺跡へ侵入した第三勢力。それの敗北を確信させるほどのもので、眼下にそれを捉えるマロンの口角を邪悪に上げさせた。ただ、その隣にいるリック。その彼の表情は曇っている。


 「…プレイヤー側死人出るんじゃねえのか? これ」


 「安心しろってリックちゃん。ここ都市属性よ?」


 険しい表情で呟くリックとにやつくマロン。リックは彼女の言葉に反応し、腰の小物入れに手をやって、ステータスパネルを開く。…確かに都市属性になっている。リックはそのことを確認し、パネルを閉じた後、少しの間だけ真顔になっていたが、その口角を邪悪に吊り上げた。


 「…せっかくロマン溢れる地下遺跡に来たばかりだってのにもう退場か。ふっ…気の毒な奴らだ」


 「誰だか知んねーけどお疲れさーん。帰り際ぶっ倒れてるの見かけたら身ぐるみ剥いでパンツ一丁にしてやろうぜ」

 

 まだ見ぬ第三勢力。それらに対し、皮肉たっぷりの笑みを浮かべて言葉を述べるリックとマロン。間も無く彼らの眼下にいた骸骨剣士たちは居なくなり、遠くから聞こえた骨の砕け散る音がそれは派手な戦闘音へと変わった。


 「…セラアハト、やっぱり皆殺されちゃったのかな?」


 心地よさそうに戦闘音を聞くマロンとリックの傍で、深刻そうな顔をして黙っていたメルフィンは上目遣いでセラアハトを見遣り、とても言い辛そうに言葉を紡ぐ。するとセラアハトは単眼鏡を縮め、腰の小物入れに押し込んだ後、突き放すような視線をメルフィンに送り返した。


 「今その話をする時じゃない」


 冷たく放たれた言葉にメルフィンは目を伏せ、眉尻を下げて下唇を噛みしめる。だが、セラアハトはそんな彼の様子に気に掛けた風なく、己の他5人に目を配らせた。そしてその時に目に止まるのが、少し離れた位置でこちら側に背を向けて背中を丸める、この状況に早くも参った風なマリグリンの姿。頭を抱えながら何かブツブツ言っていて、その姿をゼルクがゾッとした様子で見ている。


 「マリグリン?」


 なんだかダメそうなマリグリン。その背を眺めながらセラアハトは声を掛ける。訝し気な顔をして。その声にマリグリンは身体を跳ねさせるとゆっくりと姿勢を戻し、振り返った。


 「大丈夫…大丈夫だ。何ともない」


 彼は片手を己の額に当て、瞼を閉じてなんだか己自身に言い聞かせるかのように返答する。見ているものに不安を感じさせるその様子をセラアハトは気にしつつも、彼から視線を離し、今一度今居るメンバーの顔へ視線を流した。


 「今からゴルドニアスカルヘッドの神殿を調査しに行く。我々の祖先、この世界のルーツ。それらを知るために。皆、ついて来てくれ」


 覚悟の光を宿す目で、セラアハトは言うと見張りの塔の下部へと続く螺旋階段を下りていく。その後ろにゴルドニアファミリアの関係者が、最後尾にマロンとリックが続く。目指すはこの地下遺跡で一番大きな建物。神殿。きっと何か重要なものがあるとすれば、そこにあるであろう場所へ、一行は爪先を向ける。背後から聞こえる遠のく戦闘音を聞きながら。一歩一歩足を踏み出して。




 *




 港へ続く門の対面に位置する岩肌。その一面を覆う形で作られた白く巨大な神殿風の建物。巨大で太い石造りの柱が横に並ぶ、とにかく高く、とにかく広いその佇まいは荘厳で息を飲むような威風堂々としたもので、見るものにこの場所の主であったとされる、ゴルドニアスカルヘッドの嘗ての威勢、在りし日を偲ばせる。その建物の前、そこに広がるだだっ広く、何もない白い石畳の広場。そこに一行はやってきていた。


 「まるでここにあった一つの石材を削り出して作ったかのような…しかし、岩肌の色は黒…この白い石材は外から持ってきたものとしか思えない。だとすれば…人の技ではない」


 その広場から眼前の巨大な神殿、それを見上げて呟くマリグリン。困惑と興奮の入り交ざる表情で、その瞳に進展の上部、そこにあるウサギの頭蓋骨のストーンレリーフを映して。周囲には不安そうにするメルフィンと険しい表情をするゼルク、目を爛々とさせるリックといつもと大して変わらない様子のマロンの姿がある。


 「ぼーっとするな。行くぞ。あの骸骨の群れが戻ってこないうちに調べてしまおう」


 セラアハトはいつも以上に気張った様子で、マリグリンに言うとツカツカと音を立てて石畳を踏み、神殿の柱と柱の間、その向こうの闇へと進んで行く。その言葉にマリグリンはハッと我を取り戻し、自分の態度を指摘されたのではと思ったリックも少しばかり気を引き締めたような顔をした。


 とても広い広場。そこを行き、神殿の前の階段を上って横並びになっている柱と柱の前へ。向こう側は暗く見通せない。足をその方向へ一歩踏み出せば、靴底が硬い石畳を踏んだ音が広く響く。


 リックは小物入れからいくつか接収しておいた木札を一枚取り出し、それの表面をハイドアーマーの毛皮の部分で雑に拭くと紋章の彫られた箇所に舌先を這わせ、その木札を闇の向こう側へと投げた。


 木札は暗闇の向こう側へと飛んでいき、間も無く眩い光を放って無数の光の粒子になり、漂って壁や床、天井へと散っていって暗く何も見通すことのできなかった柱と柱の向こう側を、ぼんやりとした明かりで余すことなく照し出す。


 …柱と柱の向こう。それはとても広い空間、大広間で神殿風の建物ではあるが神を象ったような装飾等は一切ない、苺の葉と実、ゴルドニアスカルヘッドのストーンレリーフぐらいで、神殿にしては飾り気のない無機質なものだった。そして高い壁の上部には、内側に突き出る形の回廊が見える。


 一行が立つ1階。その大広間には物々しいと思えるほどの無数の木箱や樽、武器棚や大砲などが酷く散らかった様子で並べられている。まるで、戦いの準備、戦い前の雰囲気を感じさせるような有様で。

 

 「…戦闘態勢整えようとしていた感じがあるな。それも急いで」


 ぼんやりと明るい神殿の中、セラアハトは進みつつ神殿内にある物たちを見まわしながら呟いた。目を引くのは大小さまざまな武器棚。それは武器のカテゴリごとに別れていて、その中に掛けられた武器は量産品とは思えない、意匠の凝らされたものばかり。部分的に持ち去られた形跡があり、歯抜けになっているところが散見できる。マリグリンも、ゼルクもメルフィンも。障害物の影に気を配りながら進んで行き、マロンとリックは気になった物を手当たり次第に手に取っては小物入れに突っ込んでいく。


 しばらくして物資の乱雑に置かれた広間の奥。終点が良く見える位置へとやってきた。左右を見れば白い石材とこの島を形成する黒い岩石の壁とがぴったりとくっついた境界線。正面には黒い岩石の壁を削り作られた大きなアーチ。上部に落とし格子が取り付けられたもので、まさに城への入り口と言ったような重々しい雰囲気のもの。幸い落とし格子は落ちてはおらず、問題なく中へと進めそうで、その先と周囲は綺麗なもので木箱の一つすら置かれていない。


 「地下宮殿と言うより軍事拠点…見る限り居住を目的として作られたものではないな。敵を阻んで籠城…? いや…そうなる羽目になった時点で結果は見えている。…ほかにも似たような拠点があって、増援が期待できたなら…」


 黒い壁のアーチの向こう。そこには人4人が横並びに並んで歩ける程度の横幅の、先を見渡せないほど長い通路。その上部には間隔を置いて落とし格子が設置されており、侵入者の足止めを目的とした様な作りとなっている。セラアハトはそれらを見上げつつ、この設備の意味、目的を推理し、呟きながら進んで行く。…その一行の行く先からは微かであるが、水の流れる音が耳につく。


 そしてしばらく進むと通路の向こう側、光の粒子の切れ目が見えてきた。その先は紋章術を発動させる前と同じく一切の光の届かぬ漆黒の闇。リックはそれを見て、少しばかり不安の伺える渋い顔をすると小物入れの中にある残り2枚となった木札の方へと視線を向けた後、それの内の1枚取り出し、紋章の彫り込まれた部分に舌先を這わせた後にそれを発行する白い砂へと変えた。一番最初に発動した紋章術。それと同様に落ちた砂は壁や床に潜り込み、光を放つ影と形容できそうな姿となって暗闇の方へと散っていく。


 「…こんなことなら木札抱えるほど持ってくるんだったよ」


 闇を切り裂き長い通路の先へと這う光の影。それらが照らし出す先には今さっき見ていた地下遺跡があった場所。そこよりも広いのではと思えるような広い空間。それの天井に集まった光の影によってその空間の全容が露わになり、それを見て思わずリックは口元を歪めて苦笑し、懺悔の言葉を口にした。


 地下水の流れる広い幅の堀。それの向こう側には堀に面して作られた黒く高い威圧感のある城壁。更に遠く、その向こう側には天井に向かい無数に伸びるとんがり頭の建物を集めたような城が見える。眼前には堀から城壁まで架かる、白い石材で出来た、ところどころ尖ったデザインの橋。長さは500メートルほどで幅もある、堅牢な作りのとても大きな橋だ。そこからも当時のゴルドニアスカルヘッド。それが持ちえた力。それが垣間見える。


 間も無く一行はその橋の上へと歩を進め、より聞こえるようになった水の流れる音。それを耳にしながら進んで行く。ゴルドニアファミリアの関係者達は気を引き締めたような面持ちのまま、マロンとリックは冒険の醍醐味、それをその身いっぱいに感じた風に、やや浮かれた風で。


 「この水ってどこに流れてんだろうな。つか、海水なんかね?」


 橋の下に見える穏やかな水面。しかし、淀んだ風は無く、一方方向へと流れるそれを見下しながらマロンは呟いた。それに反応し、リックも同じように彼女の後ろを行きながら、その穏やかな水面を見下す。…水底は紋章術の頼りない光のせいか見通すことはできず、ただただ吸い込まれそうな、見ていると不安になるような深い青で染まっている。


 「試しに流されてみたらどうだ? そうすれば一発でわかるぞ」


 「おぉ~、名案。天才的だな。でもあたしあんまり泳ぎ得意じゃねえんだよな。つーことでその役目はリックな」


 「俺は気にならないから関係ねー」


 リックとマロンが交わす実りのなく、他愛のない会話。セラアハトはその緊張感のない二人の様子を気に入らない風に思ったように、チラチラと見ていたが、見ているだけでそのことについて口を出すことはない。


 「つか、ここで釣りしたらレアな魚釣れそうじゃね? 地下の主的なやつ」


 「まさひこのパンケーキビルディングにそんな細かい設定が成されてるとは俺は思わないね。どうせ夜釣りするのと大して変わらんだろ」


 「水差すようなこというよなァ。オメーって。いっつもそんなノリだと女の子に嫌われちゃうぜ?」


 「心配どうも。使い分ける相手は決めてるから大丈夫だ」


 リックの言葉ににやつき、だる絡みを始めそうな雰囲気になるマロンとそれを察して顔を渋いものにするリック。そしてその時。一行が橋の半ば。そこへとやってきた時、リックとマロンの視界端に異変が起きた。


 視界端の水面。流れに逆らう形で波が立ち、それに気が付いたマロンとリックがそちらの方へと目を向けてみれば黒く盛り上がる水面。間も無くそれは大きな水しぶきと共に音を立てて水面を突き破り、現れた。


 …真っ黒く横に広い巨大な身体。二つの黄色の目。黒い瞳。水面の上に立つ胸元から下が水面下にある人の上半身と思しきもの。片手には黒く大きな金棒を持っている。普通のモンスターならば必ず表記されるHPバーやレベル表記もない。…異様なそれを見るリックとマロンの頭の中に浮かぶものは海坊主と言う妖怪。二人は一瞬固まりそれを認知した後で、冷たい汗が身体を這う感覚を覚え――


 「やッべ…テメーらッ! ズラかれッ!」


 「あんなのアリかよッ…つかこの階層地中海風なのになんで日本の妖怪が…!」


 マロンはその場に居る全員に呼びかけ、リックは現れた海坊主に対して愚痴の様なものを口にし、二人は進行方向へ向けてダッシュし始めた。一瞬状況を飲み込むのが遅れた他4人もすぐさま状況を飲み込むと城壁のある方へと走り始める。酷く驚いたような顔をして。そして一行の視線の先にある黒い巨人。海坊主は橋の方に視線をやると、その手に持った金棒を振り上げ始めた。


 「うわわわっ…」

 

 「まずいな。変なものが見える。昼に食べたものが痛んでいたようだ」


 小さく震える声を上げ、目元に涙を溜めながらメルフィンと海坊主の存在に心底驚き、ゼルクは思考を放棄したように淡々とした口調で呟いた。その後ろには切羽詰まったような顔をしたセラアハトと酷く取り乱した風な顔をするマリグリンの姿がある。


 「クソッ、最近の俺は災難続きだッ…博打で負けるし金稼ごうとすれば化け物に会うし! こんなことなら暫く引きこもればよかったよッ! もうッ!」


 マリグリンの懺悔。後悔の言葉。もはや泣き言の類のそれは味わい深く、人間臭くもある物の味方として彼を捉えている人間からすれば聞いていて気持ちのいいものではない。ただ、今の様な切迫した状態。それを気にするものなど一人たりともいない。そんな余裕はどこにもない。


 「お前らッ! 喋ってないで走ることに集中しろッ!」


 そんな好き勝手喋るゴルドニアファミリアの関係者達のリーダーであるセラアハトは、そんな彼らを咎めるように言いつける。自分だけはしっかりしている。そうパニックになりかける仲間たちへ示すかのように。


 そうこうしているうちにあまりにも大きいために酷くゆっくりに見える海坊主の動き。それは金棒を大きく振りかぶった後、一行のいる辺りを目掛けて金棒を振り下ろし始める。声もなく、感情の読めぬその黄色い目に一行を捉えて。振り下ろされる巨大な鉄の塊。線ではない、面での範囲攻撃。遠すぎて、巨大すぎてどこにそれが落ちるのかが目視していてもわからない。故に一行はただ走る。それがどこに落ちるか。見定められるほど近付くまで。


 「リックちゃーん! オメーなんか使える紋章術の札持ってねーのかァ!?」


 「あんならもうやってるっつーの! 大体紋章術は即効性のある攻撃には向いてねーんだよ! うおわッ…あぁっ、ヤッバ――」


 マロンとリックが会話を交わしたその直後、彼らの行く先に海坊主が持つ金棒が振り下ろされた。それは物凄い轟音と共に堅牢な白い橋の一部分をまるでない物かのように叩き潰し、周囲に橋の破片が散弾の如く飛び散る。この世界において身体能力が常人のそれではないマロンとリックは咄嗟に反応し、その破片を抜き放った各々の得物で受けたが、振り下ろされた金棒の衝撃波によって身体は後ろへと弾き飛ばされてマロンはセラアハトを下敷きにした状態で倒れ、リックはゼルクを下敷きにした状態で倒れ込む。


 「っ…早く退いてくれ」


 「ちったぁ有り難がりやがれ。泣いて喜ぶ奴もいんだぞ」


 己の下敷きになったセラアハトに対して軽口を返しつつ立ち上がるマロンの視線の先には、到底ジャンプでは超えられそうにない砕かれた石橋があり、振り下ろされた金棒はまだ水面の向こうに沈んだまま。身体もどこか痛いところや違和感等もない。とりあえずは無事な様だった。


 「くッ…リック。平気か?」


 「あぁ、悪いな。今退く」


 そのマロンの傍では身体の上にリックを乗せたゼルクの姿。マロンに対してやや辛辣だったセラアハトとは違い、ゼルクはリックの事を気に掛けた風で、彼の上から間も無くリックが立ち上がる。しかし、半ばから砕かれた橋をその目に映したリックの表情は途端に追い詰められた様なものとなり、眉間に深い皺を寄せた。…当然の反応だ。橋を使って城壁の向こうへ行くことが困難で、かつ、このままでは水面に金棒ごと叩き込まれる未来が容易に想像できる状況。圧倒的に不利なのはこちら側なのだから。


 「――チッ…テメーらまだ信用できねーし、手の内は見せたくなかったがこの際仕方がねえ。おう、お前ら。あたしに続きな!」


 そんな追い詰められた状況、各々この状況を打破するべく思考を巡らせているタイミングでマロンは眉間に皺を寄せ、舌打ち一つして啖呵を切った。振り抜かれた金棒。それが持ち上がり始める最中、マロンは先のない橋の方へと迷うことなく走っていき、心の中に砕かれた石橋の間に掛かる水の橋を思い描き、形作った。その心の中に描かれた物は彼女のガントレットの中にある小さく白い右手、その薬指に輝く青い宝石の指輪を触媒として今、発動される。


 先のない橋。そこへ迷いなく踏み出されたマロンの足の下に薄い水の膜で出来た細長いアーチ状の橋が突如として現れ、マロンはそれを蹴って先へと進む。リックはそれを見て状況を理解し、すぐさまマロンの後を追い、ゴルドニアファミリア関係者もその後に続く。最後尾に居たマリグリンが再び石橋を踏んだ直後に金棒はゆっくりと振り上げられ、次なる攻撃をしようと海坊主が身構える。


 …城壁の正面門。それまではあと少しの距離。白く硬い石の橋を蹴れば蹴るだけだんだんとそれが近くなってくる。ふとマリグリンが堀の方を窺えば今度は縦振りではなく、横に金棒を構える海坊主の姿が窺えて、自然とその表情が恐怖に歪む。


 「みんな! 急げッ、あいつ橋の上を薙ぎ払うつもりだぞ!」


 走るのに一生懸命だった他5人。マリグリンの鬼気迫るその報告に各々の中に戦慄が走る。放たれれば先ず避けられないであろうその攻撃。この世界の住人であるゴルドニアファミリアの関係者4人の他、リックとマロンも必死だ。いくら都市属性とは言えど外敵からの攻撃で死なないだけであって、行動不能のまま水面に叩き込まれれば呼吸ができない。それで死ぬ可能性は十分にあるのだから。


 そして間もなく、一行のはるか後方から、横なぎの金棒が橋の上の手すりや装飾品、石畳等を派手に吹っ飛ばしながら轟音と共に迫ってくる。遠くに見えるからこそゆっくりに見える動きで。落ちた石材は強く水面を叩き、沈んでいく。だが、一行の眼前には城壁とその向こう側に続くアーチ状の入り口。身体を動かしたことによるものなのか、それとも心理的なものなのか。その両方のものと取れる汗を額に浮かべ、6人は石畳を蹴って前へと進む。もう、橋を横なぎに砕く轟音はすぐ後ろにまで聞こえてきていて、より一層焦りを誘う。


 「クソッタレがぁあああああ!」


 「うおああああああああ!」


 「うわぁあああああ!」


 「ぬおおおおおおおお!」


 「なんでこんな散々な目に合わなくちゃいけないんだぁッ!」


 マロンは口汚く、リックは雄々しく、メルフィンは明らかに狼狽したように、ゼルクは恐怖を拒絶するかのように、そして泣き言を言うマリグリン。各々吼え、セラアハトは歯を食いしばったまま。迫る金棒が接触するほんのギリギリのところでアーチの向こう側へと入った。


 「うわッ…!」


 その直後、轟音と共に城壁に激突してめり込む金棒。それから生じた衝撃波は一番後ろを行っていたマリグリンの背中を浅く叩き、彼を前方向にド派手にはじき出し――


 「くうっ…!」


 その彼の身体はセラアハトへと追いついて、セラアハトを押し倒す形で止まった。それによって走っていた各々は脚を止めて振り返る。その視線の先には城壁に設けられたアーチ状の入り口。それを大きく歪ませる黒く大きな金棒の一部分とマリグリンの下で仰向けになっているセラアハトの姿。そんな彼らの向こう側に見える金棒は退いて、その向こう側の景色が望めるようになる。その先にはもう使い物にならないであろう橋だった物の残骸。そして、何か大きなものが水の中に沈んでいく様な音が聞こえた。


 「…っ…マロンの次はお前か。マリグリン」


 「はぁ、ん…はぁ…俺だって…好きでこうなったわけじゃない」


 ジト目でマリグリンを見て言うセラアハトの上から、マリグリンは息絶え絶えにつっけんどんに言って退くとそのままセラアハトの横に身体を横たえ、額に腕を乗せて肩で息をしながら呼吸を整え始めた。

 

 大きな堀に流れる水の音。その涼やかな音と、砕けたアーチ。そこからパラパラと落ちる黒い石の破片が落ちる音。そして今居るメンバーの荒い呼吸。他には何もない。本当に静かな時間が少しだけ流れる。


 「はぁっ…はぁ…いや~、マジでヤバかった。…リックちゃん的にはどれぐらいヤバかった? 今まで冒険してきてよ」


 マロンは荒い呼吸を整え、その左手を左胸にあてながら、黒い壁へ背を預けつつ、危険を乗り越えたことによるスリル。それを明らかに楽しんだ様な笑みを口元にリックの方へと顔を向けた。対するリックは黒い石の床へと座り込み、自分達が今来た方向にある、橋だった物の残骸を眺めていた。


 「一番ヤバかった。…文句なしで。ホント。マジで。なんだよアレ。デカ過ぎだろ。アレと戦うならデカい人型兵器とかないと無理だわ。最低でも戦闘機は欲しい」


 「つか風の噂でHPバーもレベル表記もない得体の知れないモンスターがいるとか聞いたけど…マジでいんだな。さっきのそうだったよな?」


 「あぁ…。そうだったな。UMA探究ギルドに教えてやったら感極まって漏らすようなネタだよ。今回のは。…俺はあの黒い奴もう二度と見たくねえけどな」


 「あたしもどーかん。…ん?」


 高鳴る心臓。額を濡らす汗。荒くなった呼吸を整えながら、リックと会話をしていたマロンは己の足元に転がっていた黒いブローチに気が付いた。…どう見ても新しいそれ。誰かの持ち物であろうブローチ。ゴルドニアファミリアの誰かの持ち物だろうか? マロンは屈んでそれを拾おうとしたところで、視界の端から現れた手がそれを拾った。顔を上げてみれば栗色の髪の美少年。メルフィンの姿が目に付く。


 メルフィンはそれを手に持ったまま踵を返すと、そのブローチの持ち主が既に分かっているかのような動きで進んで行って、セラアハトの横に倒れているマリグリンの方へと歩み寄った。


 「はいっ、マリグリン。このブローチ大切な物なんでしょ?」


 両手の上にのせたブローチ。それをメルフィンは己の胸の前に出し、マリグリンへ差し出す。


 「んん…ありがとう」


 マリグリンはあまり言葉を返す余裕もないようで、口数少なく礼を述べるとメルフィンの手の上からブローチを取り、それをポケットの中に突っ込んだ。


 そして再び流れる静けさ。絶体絶命と思えた危機を乗り越えた実感と充実感。色濃く脳内に焼き付くスリルの味。各々はそれを噛みしめながら姿勢を正し、爪先を城壁の内側へと向ける。アーチの出口。その先に伺える、とんがり頭の屋根が複数突き立つ城へ。


 真っ黒な岩石。それから作られた道を行き、一行は城を目指して進んで行く。背後から聞こえる堀を流れる水の音。それに混ざる何かが水面に上がる音。それにただ一人、セラアハトはそれが聞こえたような気がしたが、他の仲間たちは気にした風もなく進んでいる。…きっと気のせいだったのだろう。汗で額に張り付く前髪を指で払い、セラアハトは自己完結すると再び気持ちを引き締める。きっとここから先は地下遺跡の住人たちが居るのだろうから。

浮世絵の海坊主のやべーやつ感は異常。

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