宝の地図が導く先へ
周囲に何一つ見えない絶海。その上を大きな木造の帆船が進む。揺れもなく、黄色いウサギが描かれた帆に風を順風満帆に受けて。昼下がりの優しい日差しの元に。
プレイヤーたちが鋳造スキルや建築スキルを組み合わせて作った現代的な乗り物ならば、もう目的地には付いているであろう。だが、こういうゆったりした船旅も悪くはない。昼食を摂り終え、船縁に両腕を乗せて海を眺めるリックはその趣き、水上バイクなどでは味わえない雰囲気をただ穏やかに楽しんでいた。
30階層へ階層転移の本を使って飛んだ時、プレイヤーたちが踏む土地。島。帆船が進む方角からリックはなんとなくだが、この船が向かう先がその島周辺の辺りであることを理解していた。仮に自分の読みがあっていた場合、セラアハトを始めとするゴルドニア島の住人が件の島を始まりの島と呼ぶ理由は何なのだろう。昼食を摂ったばかりのぼんやりとする頭の中で、リックは物思いにふける。
「――海賊が来たら守ってやるよ。マロン」
「おっ、そう言ってくれるかぁ。全身全霊で守れよぉ。気合入れて。このか弱いマロンちゃんをよぉ」
「ねえねえ、マロン、マロンッ! マロンは強いの? 戦ってるところ見てみたいなッ」
「い~や、マロンちゃんは弱くて戦ったときはほとんどねえ。腰に二本ぶら下がってるのとか、腰後ろにくっ付いてるダガーとかは飾りだ。だから海賊来たときお前らが頑張んねーとあたしやべーかも」
船縁に寄りかかるリックの背中からワイワイと聞こえる活気のある話声。銀髪銀目の気障なタイプから栗毛栗目の子犬の様なタイプなど。積極的な者に限りはするが、マロンは美少年たちに未だに囲まれ質問攻めを受けていた。そしてその時の彼女の応答は、彼女の実力を知っているリックからしてみれば本当に白々しい物で、聞いているだけで口角が苦々しく上がるようなものだ。ただマロンを知るリックだからこそ、その言葉は妙な謙遜などではなく、あくまで己を戦いから遠ざける一手段として行っているものだと察することが出来た。自分の力に驕らず、とにかく戦いを避ける。戦わない。それが一番身を危険にさらさずに済む方法だと彼女は知っているのだと。…必要があれば大型組織の支部にたった二人で殴り込むような無茶もするのだが。
「リック、昼食は口に合った?」
しばらくぼーっと海を眺めていると、ふと横から掛けられる落ち着いたハスキーボイス。リックはそっちへ視線をやることはなく、海を眺めながら口を開き、そんなリックの隣にその声の主であるセラアハトが立つ。
「あぁ、美味かった。お前らいつもあんな美味いもん食ってんのか?」
「うん。とはいっても、普段ゴルドニア島で食べてる物の方が美味しいけどね」
「幸せもんだな。ここの階層来る以前ずっとパサパサのパン齧ってた俺とは大違いだ」
何の実りもない会話。リックはセラアハトとそれを交わす。その最中にふと船の進行方向の方へ目を向ければ、アクアマリンの海にぽつぽつと浮かぶ島々の姿。ほとんどが開発されていて、遠目に見ても太陽の光を反射させるガラス張りのビルが建っているのが目視できる。…風情もくそもない。ゴルドニア島を守ろうとするプレイヤーが居るのはただ利益のためだけではない。そう思わせてくれる光景だ。
「…こう何もないと眠くなってしまうね」
「おい、気を抜くなよ。この辺危ないんだろ?」
船縁に両腕を組んで乗せ、その上に肩間を置いて水面を斜に見るセラアハト。それにリックは視線を向けて、生真面目な彼らしく気を緩めた様子のセラアハトを注意するが、それすらもセラアハトは満ち足りた様子で聞いている。なぜ自分をそんなにも気に入っているのだろう。そう思えるような様子で。
「大丈夫。大人数相手でも戦えてたリックが居るし」
「俺当てにされてもなぁ…塩工場の時はタイマンに持ち込める屋内だったから上手く行っただけだし…」
セラアハトのお世辞とも真心とも判断しかねる褒め言葉。リックはそれに顔を複雑そうに歪めると視線を逸らして口をへの字に曲げ、それからなんだか言い辛そうに言葉を紡ぐ。謙遜ではない、普段からの自己評価の低さ。それが伺える言葉を。
リックが言葉を紡ぎ終えた後、視線をセラアハトの方へと戻してみればなんだか不服そうな顔をする彼の様子に気が付いた。半目になり、何か言いたげな突き刺すような視線を向けているそれに。
「自分を貶めるような言い方は感心しないよ」
「そういうところがあるのは認めるけど、お前は俺を買い被り過ぎだ」
セラアハトの指摘に、リックは真っ向から対立する形で言葉を返す。自分が好きな相手を貶められるのが嫌なのであろうセラアハトはそれ以降言葉を返そうとはせず、ムッとした顔をしてリックの横顔をただ睨む。物言いたげに、非難がましく。…こういう女っぽい反応。一か月の間、異性に囲まれて暮らしてきたが感じた時のないそれ。新鮮ではありはするが、対処方法が分からないリックは鼻からため息を吐き出した後、困ったような顔をして視線を海の方へと向けた。
そうこうしているうちに船は島がぽつぽつと浮かぶ海域へと差し掛かり、風を拾っていた帆が縮帆されて船が減速し始める。それを合図にリックを見ていたセラアハトは彼から離れていき、マロンに絡んでいた美少年たちも彼女から離れて慌ただしく駆け回り、作業をし始める。それらは帆船について無知であるリックとマロンの二人に上陸の兆しを窺わせた。
慌ただしくなる船の甲板の上にて、自由になったマロンがリックの方へと歩み寄る。やがて彼の隣で身体の向きを半回転させると船縁に背を預け、その上に肘を乗せた。その視線はマストの上へと昇り、ロープを操作し、上陸用の木製のボートを用意したりと各々忙しそうにするスーツ姿の美男美少年たちに向けられている。
「っふー、いやぁ。思った通り一悶着ありそうだなぁオイ」
マロンの言葉を聞くリックの視線の先には部分的にだが開発がされた島。PTが売る開発の全く行き届いてないものとは違って倉庫の様な建物の他、果樹園と思われる囲い等が目視できる。やれやれと言った様子でどこか楽し気な苦笑をその顔に作るマロンに対し、何とも言えない気分の重そうな顔でリックはそれを眺めていた。
「わかっちゃいたろ。島調べに行くってならプレイヤーの管理下にある土地に足突っ込むってことぐらい」
「まぁな。PTのとこなら人も疎らだし、気が付かれる前に何とでも出来そうだと高括ってたけど…今上陸しようとしてる島は明らかに他の勢力だよなぁ」
「あー、気が重くなってきた。…覆面いるか? 一応持ってきたけど」
「いや。どうせ鎧で足がつく。あたしのやつオーダーメイドの一品物だし」
二人が話し込んでいるうちに帆船は沿岸にて停泊し、その船体の傍に船に積まれていた小さな木製の手漕ぎ船が複数降ろされていく。それらは穏やかで美しく、深く色の濃いアクアマリンの水面へと着水して、その上にスーツ姿のゴルドニアファミリアの美男美少年たちが乗り込む。特に言葉を交わすことなく、淀みのない動きで。それらはセラアハトは事前に役割の事に関して船員に話していたことが察することが出来るものだった。
全ての小舟が着水し、それらに上陸する人員が乗り込んだのを目視で確認したセラアハト。甲板に残った帆船防衛を役目とするチームのリーダーらしき美男と少し会話をした後に爪先をマロンとリックの方へと向け、その方へと歩み寄る。
「リック、マロン。僕と一緒に来てくれ」
まあそう来るだろうとは思っていた。マロンは太々しい笑みをその顔に、リックは宝探しのワクワクよりもプレイヤー間でのもめ事を懸念したかのように顔を渋くしたまま、互いの顔を見合わせた後に各々口を開く。
「はいよ。さっさとお宝見つけてズラかろうぜ」
「…何事もないことを祈ろう」
マロンとリック。その二人の返事を聞くとセラアハトは頷き、船縁の方へと身体を向けて船体側面に垂らされたロープの梯子を伝って海面に浮かべられた小舟へと降りていく。そこの船の上にはマリグリンと先ほどマロンに積極的に絡んでいた、銀髪の気障な美少年と栗毛の背の低い子犬の様な雰囲気の美少年の姿。マロンとリックもセラアハトの後に続き、セラアハトと同じ小舟へと乗り込んだところで帆船の周囲に停泊していた小舟が島へと向けて動き出した。
そして間もなく小型の船に相席するゴルドニアファミリアの構成員がオールを漕ぐことによって、一行の乗った小舟は進み始める。穏やかな水面の上を、複数の小舟と共に。いつもと変わらない、穏やかで静かな昼下がり。何か置きそうな予感を感じながら、リックは船団が向かう先を、燦々と照り付ける眩しい太陽の光に目を細めながら見据えていた。
*
眩しい日差し、それを反射させるアクアマリンの海の水面と真っ白い砂浜。耳に届くのは潮風に騒めくヤシの木の音と波の打ち寄せる音、小鳥の囀り。リゾート地にふさわしい心地の良い空間。そんな手つかずの自然も珍しくない島の北西。そこにあるとても高い断崖絶壁に囲まれた、広く深い入り江。宝探しを目的とした一行の小舟の船団はそんなところに訪れていた。深さはかなりの物らしく、アクアマリンだった海水が深いコバルトブルーに見えるほどだ。
入り江のサイドを囲む断崖絶壁には最近崩れたような跡が伺えて、部分的にだがそのサイドとサイドを結ぶ岩の天井が天然のアーチを作り上げている場所もある。それは見るものをワクワクさせるロマンと雰囲気のある物で、ついさっきまで重苦しい顔をしていたリックの目を燦然と輝かせていた。まるで小さな少年のように爛々と。
「うお~っ…すっげぇ…」
両手を己の前で握り、周囲を見回すリック。見ていて微笑ましくなるほど心躍らせた様子の彼をマロンはにやつきながら眺めていたが、当のリックはそれに気が付いた風もない。そんな二人の乗る船に相席するセラアハトは地図を片手に眉間に皺を寄せ、金髪の優男マリグリンと共にそれを見、唸っていた。
「マリグリン、こんな入り江以前あったか?」
「いや、海蝕洞窟なら見たような気がしたが…こんな入り江はなかった。もしかしたら一か月前の大地震が原因かもしれないね」
セラアハトとマリグリン。二人が見据える宝の地図。それには入り江などは書かれてはいない。そして今自分たちがいる位置は、宝があるであろうマークが書かれた箇所から内陸側へと入り込んだ場所。この地図は宝の地図と言うよりも、それがある場所への道を指示したものだったのかもしれない。セラアハトは一人で勝手に納得し、それを丸めてそれを腰の小物入れにしまうと、入り江の様相から海蝕洞窟の様相を呈す船の進む先へと目を向けた。
…先は暗く、見通せず。しかし、海面はまだまだ続いている。横幅も広く、天井も高く。複数の船が入っていくにも困らないほどのそれは大きな海蝕洞窟。進めど進めど行き止まりにたどり着く気配はなく、振り返れば入り江だったところから差し込む光は心細いほど小さな光となっている。聞こえるのは硬い石の壁に波の音、オールが海面を漕ぐ音。それらが反響する音ぐらいだ。
「ランプを付けろ」
セラアハトは周囲にいる船に向かって言うと、小舟の上にあるランプを手に取って蓋を開け、懐からマッチを取り出すとそれを使ってランプに火を灯す。ただその明かりはぼんやりしていてとても心細く、同じようにランプの光を付けた船舶間の安否を確認させてくれる程度の物。到底この大きな海蝕洞窟を照らし出す光とはなりえないものだ。
「おいおい…まじか…」
それからしばらく進むと水路のサイドを挟むごつごつとした岩石の壁が直角に整えられた、明らかに人の手が加えられたものへと変わった。ぼんやりとした明かり、それからかろうじて見える模様の入った平たい壁。その黒い壁には白い線などで、苺の葉などの模様が描かれていることが確認でき、それを目撃したリックはまたまた橙色の瞳を輝かせた。その彼の感嘆の声はすぐには反響せず、時間をおいで木霊する。今居る空間の広さを物語るように。
そして間もなく空気が変わる。とても広いところに行き着いたような空気感。冷たい物へと。波が反響する音が明らかに違って聞こえる。暗く、その全様はとても見えないが、少なくとも前方に立派な白い石材で作られた何かが見えた。そして間もなく眼前に現れる朽ちかけたそれは大きな真っ黒い船体の木造船。一同はその様相に思わず目を瞠り、息を飲む。
「――総員上陸。二班は船の防衛。残りは停泊場に泊まっている船舶の調査。僕が居なくなった時の全体の指揮権は二班の班長に」
セラアハトは早速周囲に命令し、一行は白い石材でできた海中へ突き出した、停泊されている木造船と水位に対して不自然に低い停泊場に船を止めて降りていく。ランプを手にして見渡せば、微かな明かりの向こう側にシルエットとして見える複数の巨大な船体たち。マロンはその中で、渋い顔をしながらゴルドニアファミリアの人員を眺めていた。
「すげえっ…こんなでけえ港があるなんて…これは凄い…絶対宝物あるじゃん。ワクワクが止まらないわ。海賊の遺跡か…しっかししっかり作ってるなぁ。木造の建造物が並んでると思ったら石造りの港なんてさ。つか帆船で出港できんのかな」
セラアハトが自分の部下たちにあれこれ指令を出す中、瞳を爛々とさせて早く探索したくて仕方なさそうな様子のリック。そんな彼の隣へマロンは立つが、それにすら気がついた様子無くただただ視界が届く範囲のものを彼は眺めている。…油断。今の彼の状態を一言で語るならばその言葉が一番しっくり来そうだ。マロンはそんな彼を見て、瞳を閉じ、ため息一つつくと片手で後頭部を掻いた。
「リック、危機感持てよな。テメー」
「…悪い。こんな中敵が出たらまじいもんな。…ありがとな。マロン」
マロンの一言により、リックは一瞬だけ己を振り返ったような顔をし、それから頬を二度ほど両手で叩くと気を引き締めたような顔になった。最初出会った頃は歳の差だとか性別の違いとかで注意、指図される度に嫌そうにしていたが今はそんなことはない。その指摘、指示が適切な物なら素直なものだ。そういう先入観を捨て去って良し悪しを客観的に見て判断できるのは、そういった器量を持ち合わせているからなのだろう。…照れくさいのでマロンは口が裂けてもリック本人にそんなことは言わないが。
「遺跡の調査は接敵した時、同士討ちのリスクを避けるために少数で行う。そして、個々の戦闘能力が最も高い僕の班、一班がその役割を担うこととする。…何か質問は?」
マロンとリックが話し込んでいるうちに、セラアハトは各班に指令を伝え終えて各々から質問や異論等がないことを確認すると頷いた。それによりゴルドニアファミリアの構成員たちは班ごとに散って調査を開始する。それによってその場に残るのは小舟の警備を任された二班のメンバー6人とセラアハトが率いる一班、マロンとリックを含めた6人だけ。もしかして一班と言うのは自分達も含まれているのでは? と、マロンが考えていると彼女の目の前にセラアハトが立った。
「一緒に行こう。お互い離れずに」
他は騙せてもセラアハトの目は騙せなかったことを理解したマロン。観念したような笑みを口元に鼻から息を吐き出して視線を横へと投げ出した後、腰後ろに取り付けられている大振りのダガー二本を逆手で抜き、今居る停泊場から陸地側へと歩き始めた。その後にセラアハトとリックが続く形となる。
停泊場から少し進む。先頭を行くのはマロンからセラアハトとなり、彼の手にあるぼんやりとした明かりはまだ行く先を照らし切ることはなく、ただただ周囲の視界をかろうじて確保する程度。マロンの傍には銀髪の気障な美少年と栗毛の子犬の様な美少年が彼女の身を護るかのように付き添っていて、セラアハトのすぐ後ろにはマリグリン。セラアハトの真横にはリックが居る。
カツン、カツンと革靴の底が白く硬い石畳を叩く音と背後から聞こえる波の打ち寄せる音。僅かな息遣い。それらが聞こえる中で更に少し進むとランプの明かりが照らせる範囲に建造物らしきものが見えた。セラアハトはその左手に持ったランプを掲げて見れば、海賊の作った建物と言うにはあまりにも荘厳で美しい真っ白い石材で作られた、それは大きなバロック様式の建物の一部が露わになる。その佇まいはゴルドニア島に立つ建物のどれよりも立派に見えるものだ。そしてそれは色からしてこの黒い海蝕洞窟の石材を刳り貫いて作ったものではないことが分かる。
「…外から白い石材を持ってきて作ったのか? いや、閉鎖空間でこんな大きな建物…組み立てるスペースがあるとは思えない」
一行を先導するセラアハトはそのまま建物の方へと近づき、建物の壁の前へと立ってそれに施された苺の実と葉の緻密な彫刻を間近で眺め、その手で撫でる。セラアハトの言葉から察するに、彼らNPCはプレイヤーのように素材を揃えて建築スキルを持つ者が二度三度小槌で素材を叩けば建物を建てられる、というものではないようだった。
「――入り口を探してみよう」
しばらくセラアハトは壁を眺めた後、ランプを手に振り返って他5人の顔を見た後に壁に沿って歩き出した。そして間もなくそれは大きな門の様なものが見つかる。押して開くのか? そう思えてしまうほどの立派な、城門とも言って差し支えなさそうなそれに。
それの中心にはマロンと花子が見つけた白金の指輪に施されていたウサギの頭蓋骨と同じデザインの彫刻が見て取れる。それがなんだか分からないリックは口をポカンと開けるばかり。なんだか分かっているが表面に出さないマロン。他四人は何か重大な物でも見つけたかのような顔で、大きく目を見開いていた。
「セラアハト、あの紋章…!」
「あぁ…ゴルドニアスカルヘッドだ」
マリグリンはその門の中心に描かれたウサギの頭蓋骨の彫刻を指さし、それを見上げるセラアハトの横顔を驚いたようにしながら、狼狽えるように声を掛け、それと同時にセラアハトが呟く。…また新しい組織の名前か? リックはそう思いながら、口を開いた。
「ゴルドニアスカルヘッドってなんだよ。ファミリアとかラビットヘッドと関係あんのか?」
リックの問いかけに、セラアハトは我を取り戻したようにハッとした後、質問を投げかけたリックの方へ顔を向けた。
「ゴルドニア島に伝わる言い伝えでは…この世界を終わらせようとした悪魔達とされている」
「悪魔…か。これ見る限り当時の海賊、当時のゴルドニアファミリアの対立相手ぐらいにしか見えねえ。悪魔っつーか明らかに人だよな」
この世界の過去、遺跡、ロマン。それに思いを巡らせるような話。セラアハトとのその会話を楽しむリックの心に、再びワクワクした気持ちが戻ってくる。それは見ていて分かる程度のものだったようで、彼を見ていたマロンの顔がしょうがないものでも見るような顔へと変わった。そして間もなくマロンはリックの元へと歩み寄り、その耳元に唇を寄せる。その間、リックの鼻腔をシャンプーの匂いと甘い匂いが擽る。
「――リック…どうせこれはまさひこが考えたお話だぜ?」
マロンの囁き。楽しむものに対しては余りにも無粋なその言葉。しかしながら浮かれた気持ちを冷静にさせてくれる言葉。現実に引き戻すその無慈悲な言葉はリックの頭を惑わせていた幻想を粉々に砕く。それは今にでも眼前の門を開けてその中を調べたい。そう思った風であったリックの顔を一気に白けさせるには十分で、どことなくやるせない顔で眉尻を下げた、寂しそうな顔をしたリックはマロンの顔を一瞥し、シュンとした様子で視線を斜にした。…それは見ているマロンに罪悪感を感じさせるほどのものだ。
「ゼルク、メルフィン。開けられそうか?」
リックから離れてマロンが門の方を見てみれば、腕を組むセラアハトと大きな門の左右の扉を押す銀髪の気障な美少年、子犬の様な雰囲気の栗色の髪の美少年の姿。彼らが押したりタックルしたりとしている門は、まるで石の壁の如くびくともしない。
「ダメだな。ロープでも持ってくるか?」
「でも明かりが限られているし、危険じゃないかな。上るの」
銀髪の美少年ゼルク、栗色の髪の美少年メルフィンは暫く頑張ってはいたが、タックルしてもガタつきもしない門に心が折れたようで、開けようとするのを辞めてしまった。そんな様子を見て、マロンはため息を一つ吐くと門の前へと出た。そのマロンの背に一同の注目が集まる。
マロンは両手にあるダガーを腰後ろの鞘に戻した後、門に片手を置いた。心の中には門の向こう側で蠢く水の魔法のイメージ。それを思い描きながら。――それは間も無く門の向こう側で発現され、蔓のように蠢き這いまわる水が自分の身体の一部のように感覚を持つ。ただ、それは門の外側にいる者たちからは見えず、何が起こっているのかは分からない。まだ指輪を持っていること、そして己の手の内を明らかにしたくないマロンはそのまま門に掛かっていた閂を魔法の水を使って持ち上げ、退けると魔法によって発生させた水を消滅させてから手で門を押した。
「あんだよ。開くじゃねえか」
ゴゴゴと重々しい音を立てながら開いて行く門。マロンは芝居を打ちつつ門の片側を押し、開き切ると仲間たちの方へと振り返る。それを目の当たりにしたゼルクはなんだか酷くプライドが傷ついたようで肩を落とし、メルフィンは憧れにその瞳を輝かせる。他三人は門が開いた事実を認知したという程度でこれと言った反応を示さない。…マロンが開いた門の先。そこからは冷たい空気が這い出てきて、ただただ暗闇が果てしなく広がっている。
「全員離れるな。行くぞ」
直ぐにランプを片手に持ったセラアハトがその門の向こう側に広がる闇へ向けて進み始める。彼の隣にはマリグリンが付き、その二人の後ろにゼルクとメルフィン。門の辺りに立っていたマロンはリックが自分の傍に来たところでウインクし、口元に締まりのない笑みを使って笑いかける。リックはそれに小さく笑って視線を返した後、二人は横並びになって先へ行った者たちの後に続く。暗く冷たい門の向こう側へと。
島の下に存在する地下世界。そう呼んでもよさそうなほど広い空間。そこへと続く門の向こうへと進んだランプのか細い明かりはすぐに見えなくなる。ただ静かだった遺跡の中に吹き込む新しい風。それは時の止まった遺跡の中の秒針を動かし始める。それは静かに、何者にも気が付かれることなく。
ゲームや物語の考察等をしているとき、それはただ人間が考えた物だと指摘される。これほど興が削がれることがあるだろうか。