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まさひこのパンケーキビルディングとその住人。打砕く者と守る者。  作者: TOYBOX_MARAUDER
海賊の秘宝と青い海、俗物共の仁義なき戦い
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逆ハーレムと文明の利器

 青い空と眩しく輝く太陽。陽射しが時折大きな入道雲に遮られても明るさは余り損なわれず、しかし、また違った落ち着き、趣のある雰囲気を感じさせてくれる。今日のアクアマリンの海から白い砂浜に打ち寄せる波は今日は特に穏やかで、風は強く、ヨットなどのマリンスポーツを楽しむ人々も海上にて散見できる。30階層の日常風景。戦いに疲れた者たちをただ優しく迎えてくれるその様相は、見る者の気持ちを豊かにさせてくれるものだ。


 暖かな陽射し、どこまでも昼がる青い海。頬を撫でる潮風。ピエール吉田に用があってこの階層に足を運ぶことはあったが、それは稀なことだった。少なくとも丸一日滞在するなんてことはありはしなかったが、昨日同様今日もそうなるであろうことを30階層入り口の島、その停泊場にて白革と白金の金属の鎧に身を包んだマロンは感じ、海を眺めていた。


 「繁盛してるみたいね。酒造りの方は」


 「ふふ…30階層のデータ…それを生かしたのはPTだけではなかったということさ…」


 「そんな気が利くならフルブロッサムのために土地確保して置きなさいよね。…で、仕事って何よ。葡萄でも踏めばいいのかしら?」


 「ノーッ…PTの展開速度はとても早かったのさ…そして…今回はヤシの実を取ってもらうよ。アレの果肉で酒への風味付け…ナタデココを作ることも出来る…」


 マロンの背後では話し込む黒革と骨とマントの中装鎧に身を包んだ花子と、いかにも作業着といった感じのオーバーオール姿のピエール吉田。昨日の夜の帰りに発覚したことだが、もう花子の手持ちは限りなく0に近く、故に割のいいバイト。それをマロンが斡旋する形で話が進んだ結果、花子とシルバーカリスは今日一日ピエール吉田…その上にある組織である梅酒愛好会の元でバイトする方向で話が纏まっていた。だが、シルバーカリスの姿はその場にはない。


 「リック」


 宝探し。今日から始まるそれにこの上なくワクワクした風に海を眺めるリックの背に、ピエール吉田と話していた花子の声が不意に掛かる。その声に反応し、リックが振り返ってみれば眼前に迫る一つの鍵が取り付けられたキーホルダー。彼はそれを片手でキャッチし、それを投げたのであろう花子の方へと視線を向けた。


 「これ貸したげるわ。宝探しするなら自由に動けた方が良いと思うし…楽しんできなさいよ。金欠でいけない私の分も!」


 「おぉ、ありがとな。絶対に宝見つけて帰ってきて…いや、やっぱお前が行くか?」


 いつも素っ気ない顔をし、妙に年上であることを意識している風な彼ではあるが、今日だけは違って面倒見のいい兄貴、そんな感じの溌剌とした笑顔で花子に言葉を返しかけるが、その顔はすぐに曇る。未練がましさ、口惜しさがまざまざと浮き出る花子の表情を目の当たりにしたことによって。


 「同情なんていらないわ…行けっ、行きなさいよッ! 私の事なんて気にしないでッ!」


 「…なんか気が引けるな」


 花子は己の中の未練を断ち切るかのように吼え、左手で丸められた宝の地図を小物入れから取ってそれをリックに投げつけると、力強く水上バイクが止められているあたりを指さした。リックはそれを見、渋い顔をしながら地図をキャッチすると指さされた方へと爪先を向けて歩き出す。その短い道中に居る海を眺めたままのマロンの肩をすれ違いざまに軽く叩いて。


 「ゴルドニア島まで送る」


 「おっ、気が利くねぇ。リックちゃん。ホイップクリームマロンちゃんと荷けつ出来るなんて超ラッキーだぜ? 果報者ぉ」


 リックに肩を叩かれたマロンはリックの行く先、そこに泊められた見覚えのある黒い水上バイクを瞳に映して状況を読み込んだようで、締まりのない笑みを口元に浮かべながら彼の後に続き始めた。


 「まぁ、否定はしない。見てくれはいいし」


 「んだ、引っかかる言い方しやがって。全面的に肯定しろよな」


 「俺は事実を言ったまでだ。ほら、しっかり捕まれよ。沖には人食いサメが出るって話だから落ちたら危険だ」


 「へいへい。つかオメーはほんとに糞真面目でつまんねーな。もっと弄れよ。あたしを。落ち目のアイドルとか弄れそうな言い方幾らでもあんだろうが」


 リックとそれに絡むマロン。彼らは停泊されている水上バイクの紐を解いて運転席にはリックが、その後ろにはマロンが座り、彼女の腕がリックの腰に回ったところで水上バイクが動き出す。花子の運転と比べてだいぶ穏やかな運転で停泊場からそれは出ていき、やがて水平線向こう側へと向かって進んで行った。


 そして彼らの背中を遮る形で現れる、なんだか見慣れない乗り物が水上を走ってやってくる。船体の下部にはゴムのスカート。後方には大きな丸い枠で囲われた巨大なプロペラが二つ。花子の視線はそれへと移り、それを見据えながら両腕をマントの中で組んで考える。あれは何という乗り物だっただろうと。未練に歪む頭の中を切り替えるべく。


 「へぇ、ホバークラフトなんてあるんですね」


 シルバーカリスがストローの刺さったココナッツをその両手に一つずつ持ち、いつの間にか花子の隣へと立っていた。そしてその見慣れない乗り物を見据えながら呟いた後、右手に持ったココナッツを花子の方へと差し向ける。…自分ほどではないが、ほとんど金もないだろうに良く無駄遣いをする。そう思う反面感じるシルバーカリスの優しさ。複雑な心中の中、しかしそれを表には出さず、花子は差し向けられたココナッツを受け取った。


 「…悪いわね」


 「気にしないでくださいな。僕は花ちゃんに沢山お世話になってるんですから。今日も元気に行きましょう」


 その間、ピエール吉田はホバークラフトの方へと片手を振る。それによってホバークラフトは進路を変えて停泊場近くの砂浜へと進路を取り、やがて砂浜から島へと上陸して花子たちの元へとやってきた。それは遠目で見た時はそれほど大きくは見えなかったが、結構な大きさ。10人ぐらいは人を乗せられそうなものだった。運転席にはちんちくりんな袴姿の良く見知った少女の姿があり、それは花子の姿に気が付くと、ほんわかした笑みをその顔に浮かべて手を小さく振った。


 「さぁ、行こう…! 梅酒愛好会の島へ…!」


 ピエール吉田はどこか意気込んだように言うと、ホバークラフトの船内へと続く扉を開けてその中へと乗り込んでいく。花子とシルバーカリスはお互い顔を見合わせた後、ピエール吉田の後へと続いた。


 動き出すホバークラフト。それは陸から海へ、そして水平線の向こう側へと向かって走っていく。枯渇しかけた自己資金を如何にかするためにバイトを始めた花子とシルバーカリス。そして芸能事務所フルブロッサムのため、ゴルドニアファミリアと話を付けに行くマロン。戦力増強を理由とし、ただ宝探しのロマンを味わいに行くリック。各々の一日が始まる。様々な勢力の思惑が渦巻くこの30階層にて。




 *




 穏やかな波、暖かな陽射し。大きな入道雲が浮かぶ青い空。朝の爽やかな物から、だんだんと昼の暖かな物へと太陽の熱が変わりつつある。


 斜面に立てられた青と白の石材の町、海へと突き出す形で作られた水上都市エリア。その近くにある停泊場にはスーツ姿の美男美少年たちが並んでいて、その先頭には見知った青髪の美少年の姿がある。彼はリックの方へ手を振っていて、それを視認したリックは彼の近くへと水上バイクを進めていき、それを泊めた。…しかし異様な光景だ。なぜこんなに人を集めているのだろう。リックもその後ろにいるマロンも少しばかり妙に思う。


 「こんな人呼んでお出迎えってことは昨日の話はいい感じに纏めてくれた感じか?」


 リックは水上バイクからは降りず、右手側にあるスロットルレバーに手を置いたまま、停泊場に立つセラアハトの顔を見上げる。どことなく間抜けな雰囲気で、ニッと口元に笑みを作って。だが、それは表面上。腹の中では今の状態を警戒している。まさひこのパンケーキビルディングのゲームとしての内容自体は単調なハイキングゲームであるが、意志のある人間が絡めばその様相を忽ち一変させて、利権と策略が渦巻く複雑怪奇な物へと変貌する。そして今はその渦中。リックはそう己の立っている場所を認知していた。


 「そのことで話がしたい。二人で僕と一緒に来てくれ」


 「だってよリック。おうおら、行くぞ」


 セラアハトのその言葉を合図に、リックの腰に手を回していたマロンがその腕を解き、水上バイクから立ち上がって停泊場へと上がった。そして片手を小物入れに突っ込んだ状態でリックを見下し呼びかける。言葉の抑揚、締まりのないヘラヘラした表情。それはいつもと変わりはしないが、その凛とした瞳だけはマロンらしい鋭い光を灯している。…彼女もこの状況を警戒している。リックはそこから彼女の心情を読み取りつつ、水上バイクから鍵を抜き取り、停泊場へと上がった。マロンのすぐ傍に立つ形で。


 二人が停泊場へと上がったところで、セラアハトは進み始める。停泊場の先にある町の方ではなく、停泊されている大きな木造の帆船が並ぶ方へと。ぞろぞろと美男美少年を引き連れて。その人の流れにリックもマロンも身を預け、歩を合わせていく。


 「マロン、良かったな。周り皆美男美少年ばっかりだ。今結構美味しい思い出来てるぞ。お前」


 「んー、悪かぁねえな。でもこいつらあたしよりお前のケツの方に興味あるんじゃねーの?」


 「なんでそうなるんだよ。男ってのは大部分女の方が好きなもんなんだよ」


 「本当かぁ? あたしの幼馴染のにーちゃん連中共学の高校行ったってのに、どいつもこいつも彼氏作ってペロペロチュッチュしてたぜ?」


 「一部を見て全体を語るな。そいつらは少数派だ」


 停泊場の上を歩きながらリックとマロンは無駄話を交わしつつ、一際大きな帆船の前へと行き着いた。その帆船と停泊場を繋ぐ木製の橋を渡り、甲板へ。樽と木の板で簡易的に作られた長テーブルとそれを囲う樽の椅子。そのうちの一つにセラアハトは腰かけると、リックとマロンの顔を一瞥し、自分の近くにある椅子の方へと顎をしゃくった。座れとでも言いたげに。


 マロンとリックはそれにアイコンタクトを取った後、隣り合う席へと腰かける。マロンは肩をリックの肩に密着させる形にして。どことなくセラアハトを反応を伺うような揶揄ったような笑みを浮かべて。だが、テーブルの下には開かれた階層転移の本を持った左手。己の身体とリックの身体、それで周囲の視線を遮る形になって。リックはマロンの考えが解っているようで、浮ついた様子などは一切見せない。ここで芝居が打てないのは彼の性格ゆえだろう。


 「ほんで…話ってのは? 昨日の話蹴っ飛ばすって感じじゃねえよな。こいつぁよぉ」


 少しばかりマロンに対し、気に入らなさそうな顔をしつつテーブルの上に両肘を突き、顔の前に両手を組むセラアハト。それを眺めながらマロンは右手で頬杖を突いて話を切り出す。それによって頬肉が持ち上がり、片目をやや細くさせながら。締まりのない笑みを口元に浮かべて。そんな彼女の前にセラアハトは昨日受け取った小切手を置き、口を開いた。


 「単刀直入に言おう。僕たちの要求は昨日見せて貰った地図…そこにある宝。それが欲しい。それを引き換えに土地とこの島に住む権利を渡す。土地は僕のものとしてではなく、マロン。君のものとして」


 真直ぐな目で、真剣な表情でマロンに向き合い、セラアハトは言葉を紡ぐ。対するマロンは締まりのない顔をし、頬杖を突いたままだ。今彼女の頭の中ではセラアハトが言葉尻に付け加えたものについて思考がめぐらされていて、ゴルドニアファミリア公認で土地を自分の物として、他のプレイヤー達の介入がありそうかどうか。それについて考えていた。


 「そこにあるのがただの綺麗な石ころだったりしても土地は貰えんのか?」


 「この世界の過去、それに関係ない物であれば昨日黒頭巾が付けていた指輪を要求する」


 「なるほどな…仮に土地があたしのものになったとして、外部からの攻撃を受けた時ゴルドニアファミリアはどうしてくれる?」


 「もちろん全身全霊で守る。住民を守るのは我々ゴルドニアファミリアの義務だからな」


 マロンはそこで口を閉じ、視線を木の板のテーブルの上へと落とす。考えることは巨大組織達の間で交わされた協定について。…ゴルドニア島不可侵協定はあくまで巨大組織同士での協定ということ。故に、それに参加していない組織、個人には関係がない。だが、実質それはすべてのプレイヤーに適応される紳士協定として確かに存在している。破れば実力行使による制裁あるのみ。かといってセラアハト名義で土地を抑えたとしても、そうなれば彼のさじ加減で土地はどうとでもなってしまう。


 瞳が動く範囲で周囲を確認すれば、自分とリックを取り囲むようにして立っているスーツ姿の美男美少年たち。商談がどういう形で終わっても問題ないのであれば、こんなに人員は要らないであろう数。おそらく最後の切り札として実力行使も視野に入れていること、そして今こうして商談が行えているのは彼がそのカードを切りたくないからなのだろう。この世界の過去。それを知るためにそこまでする理由は何だろうかとも考えかけるが、すぐに頭を切り替えて今セラアハトが提示してくれている条件に思考を巡らせる。


 そしてしばらく押し黙ったまま、マロンは視線を上げてセラアハトの顔を一瞥。次に隣にいるリックの横顔に視線をやり、瞳を閉じると姿勢を正してセラアハトの方へ右手を差し出し、瞳を開いた。


 「岩石海岸に面した場所に60部屋ある屋敷を立てたい。庭付きのな。…そのための土地、用意出来るんなら握手しようぜ?」


 「なら商談成立だ」


 セラアハトはマロンからの要求を聞きながらも、迷うことなく彼女の手を掴み、握手を交わした。そこで漸くセラアハトは緊張の糸を解いたように肩の力を抜き、マロンは左手でテーブルの下で開いていた階層転移の本を閉じて小物入れに押し込む。そして二人の手は離れ、そこでやっとマロンはリックの肩から己の身体を離した。その時リックは少しだけ残念そうに、名残惜しそうな顔をしていたが、すぐにいつも通りの素っ気ない顔へと戻った。


 「その感じから見るとやっぱり奥の手用意してやがったか」


 「あぁ…使う羽目にならなくて安心した」


 テーブルの上にある小切手を手に取り、ビリビリに破いて潮風にそれを流すマロンと首元のネクタイに手をやって少し緩めるセラアハト。何がとはハッキリは言わないが、マロンの懸念、読みをそれとなく肯定する彼は瞳を閉じ、一息ついた。


 「そんなにこの世界の過去とやらが気になんのか?」


 「あぁ。僕たちは自分たちのルーツが知りたい。ゴルドニアの名…僕たちの先祖が持っていたとされる超常の力…この世界の始まりを」


 マロンとセラアハトが話しているその傍で、マロンとリックを取り囲むようにして立っていた美男美少年たちが散っていき、船の出港準備を始める。そしてセラアハトの隣に、金髪の優男がやってきた。ゴルドニアファミリアのスーツではない、白いジュストコールにボンタンに身を包み、腰に黒革のベルトを巻いていて、腰には鞘に収まったカットラスが一本。身長は180ぐらい。正統派の美男。だが、どこか胡散臭い雰囲気のある、そんな感じの男が。それを見て、セラアハトは一度口を噤んだ後、リックとマロンそれに交互に視線を向けた。


 「…すまない。僕たちの目的の事はどうでもよかったな。さぁ、地図を見せてくれ」


 セラアハトの要求にマロンは肘でリックの脇腹を突き、リックは腰の小物入れの中から丸められた宝の地図をセラアハトの前へと置く。セラアハトはそれを手に取るとそれの両端を広げ、己の隣に立つ金髪の優男に良く見えるように持った。


 「マリグリン。お前ならこの島がどこか分かるだろう?」


 金髪の優男、マリグリンはその整った顎に片手を当てつつ、しばらく沈黙した後で頷いた。


 「始まりの島…そこから南東にある島がこんな形だった気がするね」


 「なら、そこへ向かってくれ」


 セラアハトの要求に、マリグリンは少し乗り気ではない風だ。ちょっとした不安、懸念。それを感じた風な物憂げな顔。他から見て心中を読み取るのは容易だった。


 「この間博打で大きく負けて懐が寂しいんだろ? 少しでも温めたいなら準備をするんだ」


 両手に広げた宝の地図を丸めるセラアハト。男としては余り背が高くなく、ちんちくりんであるがゴルドニアファミリアの中では結構な地位なようで、毅然とした態度、冷たい言い方で、明らかに己より年上であろうマリグリンに言いつけると席から立った。


 マリグリンは煮え切らない様子で踵を返し、船の操舵席の方へと向かっていく。彼は何をそんなに心配しているのだろう? 傍から見ていたリックは不思議に思いつつ、自分に近寄ってきたセラアハトの顔を見据える。


 「あいつ何心配してたんだ?」


 「始まりの島…その周辺には僕たちを狙う海賊が多くてね。だからマリグリンは不安なんだろう。ふっ…臆病者め」


 リックの傍にてセラアハトは立ち止まると、腰に片手をあて、操舵席へと向かうマリグリンの背中を見据えつつ、嘲笑交じりに笑う。…花子もこういうところがあるが、どこか茶化しているだけという風があって切れ味は鈍い。しかし、セラアハトの発するそれは切れ味抜群。心の底まで到達する蔑みだ。


 そうこうしている間に出港の準備が整い、停泊場と帆船の甲板を繋いでいた木製の橋が取り払われる。セラアハトとの商談も済んだし、宝探しを目的とするリックにあとは丸投げしてそろそろ帰ろうかと考えていたマロンは、その様子を見てちょっとばかり驚き、何か言い出そうと口を開きかける。しかし、一応自分がいるべき理はあると考えて、出掛かった言葉を飲み込むと席を立ってマストの元まで歩み寄り、それを背にして寄りかかった。木造の船、それに積まれた物を物珍しそうに眺めながら。そして間もなく彼女と仲良くなりたい美少年たちが彼女を取り囲む。


 「そうそう、リック。君に渡しておきたいものがあるんだ」


 所謂逆ハーレム。そんな状況下にありながら、いつもと大して変わらないマロンの様子をリックは見ていると、再度セラアハトに声を掛けられた。何か思い出したかのように。


 ふと其方へと視線を向けてみれば、着丈の長いスーツを捲り、腰後ろに手をやるセラアハトの姿。そして彼は間も無く腰後ろにやった手をリックの目の前へと突き出した。


 赤い光沢を放つ木製のグリップ。銀色の筒。それらが組み合わさった緻密な装飾が施された物。リックにはそれがなんだかすぐにわかった。海賊が出てくる映画。それで見たもの。相当古い年代の旧式のものであるが、紛れもなくそれは拳銃。フリントロック式の拳銃だった。


 「ねぇ、リック。使い方わかる?」


 「…撃ち方はな。リロードの仕方はわからねえけど」


 当初は近接戦闘オンリーのゲームだと思ってばかりいたが、最近はその認識が変わりつつある。昨日花子が使って見せた魔法、そして銃。もはや近接戦闘の意味がなくなるのではないだろうかと思える変化の波。思わずリックは苦笑しつつ、セラアハトの手にあるフリントロックピストルを受け取った。


 そして間もなく黄色いウサギが描かれた船の帆は張られ、それが風を受けて船は動き出す。図体の大きな木造の帆船は波の揺れを感じさせず進んで行き、それは美しい大海原へと至る。海鳥の声と燦々と照り付ける太陽。強く吹く潮風に目を細めつつ、リックは船縁へと進み、周囲に船舶等の姿が見えなくなったことを確認すると自分の後ろについて来ているセラアハトの方へと振り返った。


 「一発撃ってみても?」


 「いいよ。その辺りに飛んでる海鳥でも的にしたらいい」


 「セラアハト、無益な殺生はダメだ。何かを護るときと食うとき。それ以外で殺しは無しだ」


 「…ごめん」


 あまり誰かに叱られるようなことがないようで、リックのその反応にセラアハトは少し驚いた風に目を丸くしていたが、そんなリックの価値観も気に入ったようですぐに柔らかな笑みを口元に作った。まるで、恋する少女の様な雰囲気の。花子やマロン、シルバーカリスや柘榴など、それらから見た時の一度もないそんな顔を。リックはそれから顔を背けると、船縁へ向き直って銃を片手で構え、ハーフコック状態の撃鉄をフルコックまで起こし、引き金に指を掛けた。


 ゆっくり引き金を引き絞ると撃鉄が前進し、それに取り付けられた火打石が当たり金を叩き押しのけ、火花を散らして退けられたそれの下にある、火皿に盛られた火薬に引火。燃焼させる。間も無く銃声と共に銃口から硝煙が上がった。独特な火薬の焼ける匂いが鼻につくのは一瞬で、すぐに潮風に流されて匂いは無くなる。…思ったよりも反動はない。それが撃った時のリックの感想だった。


 リックは引き金にかけた人差し指を伸ばし、引き金から指を離すと銃を下す。――まさひこのパンケーキビルディングでいろいろステータスだなんだと上げているが、この武器は現実世界のように人体へ深刻なダメージを与えることのできるものなのだろうか。真っ先に考えるのはそれだった。もしそうだとするならゲーム性自体がひっくり返るとも。攻略勢の中に居た鋳造スキル等を使わず、木を削るなりして作った、ハンドメイドの弓等を持ち歩く者たちなど、その間にいろいろな考えがリックの頭の中を巡る。


 「リック、リロードしてみよう」


 「おぉ、レクチャーよろしく」


 考え込みながら海を見据えるリックにセラアハトが声を掛ける。振り返れば金属製の平べったいボトル状の缶とパチンコ玉の様な金属の小さな球を指に摘まんだセラアハトの姿。リックは頷き、先ほど自分が座っていた椅子へと向かい、そこへと腰を掛ければセラアハトはマロンが座っていた席へとついて、テーブルの上に金属製の玉、火薬入れ、そして四角く千切られた銃口より少し大きめの厚い布きれ、長細い棒。それらが置かれた。


 「最初に火薬。蓋一杯分が適量だから、それでパウダーの量を調整して」


 リックはテーブルへと向き直り、フリントロックピストルを置き、セラアハトの指示通り火薬入れを手に取ってその蓋を引き抜くようにして外す。蓋は筒状となっていて長い。それに火薬を入れ、満タンになったところでそれを使い立てたフリントロックピストルの銃口へ火薬を注いでいく。


 「次は玉を入れて」


 「お前が言うとなんかエロく感じるわ」


 「…真面目にやってるんだけど?」


 茶化すノリのリックのその態度が気に入らなく思い、ジト目になって凄むセラアハトに怯みつつリックは銃口に球を落とす。


 「次は棒でさっきの玉を押し込んで。進まなくなるまで」


 どことなく不機嫌そうになったセラアハトの言葉を聞き、リックはテーブルの上にある長細い棒を手に取るとそれを立てた銃口の中へと突っ込んで何度かピストンさせて押し込む。すると木の棒の先端に当たっていた玉は嵌ったように動かなくなった。リックはそのタイミングで帽を銃口から抜こうとしたが、セラアハトがその手を掴み、再度銃口の奥の玉を突いた。


 「…うん、いいね。次は布を詰めて」


 セラアハトはちゃんと玉が奥まで行ったか確認してくれたようで、すぐにリックの手から手を離すとテーブルの上にある厚い布きれの方に目をやった。リックは指示通りそれを手に取り、銃口に当てた後、棒を使ってそれを押し込む。


 「撃鉄をハーフコックして。今撃つ前火皿の上にあった当たり金が開いてて、火皿が見える状態だろ? そこにパウダーを盛って」


 リックは言われた通りに撃鉄を途中まで上げ、火皿に火薬を盛る。盛る量はよくわからなかったが、適量と思われる量盛った後、評価を仰ぐようにセラアハトの顔へと視線を向けてみると彼は頷いてくれた。


 「いいよ。最後にフリズンを閉じて」


 しばしば聞き慣れない単語がセラアハトの口から出たが、彼の視線がそれを指示してくれた事もあって、リックは手を止めることもなく、当たり金を手前に倒して火皿を閉じることが出来た。


 「はい、これでリロード完了。簡単だろ?」


 「あぁ。でも戦いの最中にリロードは無理だな」


 「だから銃はここぞというときに使うといいよ。僕はそうしてる」


 テーブルに並べられた各道具、それをセラアハトは腰の小物入れに戻すと、ベルトを使って腹の前に差し込んであるフリントロックピストルを見せつけるようにスーツを捲った。リックはそれを見て同じように腹の前、ベルトの内側に銃身を差す。だが、どうもしっくりこないので、腰後ろに差す形にした。


 セラアハトによるフリントロックピストル講座。それが終わったところでリックは両手両足を投げ出して身体を伸ばす。仰ぎ見ればもう太陽はその日一番高いところで燦然と輝いていて、朝方見ることのできた雲は一つなく、青い空がどこまでも広がっている。風はただ強く、リックの白銅色の髪を絶え間なく撫でて揺らす。心地よいバカンス日和。それは心を満たし、落ち着かせてくれる。


 宝を求めてやってきたリックとゴルドニアファミリア。巻き込まれたマロン。それらを乗せた帆船は進んで行く。遠目に見えるゴルドニア島と天高く聳える建物が並ぶゴルドニア・ラビッドヘッド島。それがどんどん小さく小さく見え、やがてその周辺にあった島は見えなくなる。見渡す限りの海。視界を遮る物のない青い世界。今までこのまさひこのパンケーキビルディング内で感じた時のない気持ちの高ぶり。それを胸にリックは口元に笑みを作っていた。今の状況を心底楽しんだ様な、心躍らせたような笑みを。

海賊と言ったらフリントロックピストル。カットラスと一緒に持っているイメージがありますな。

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