表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まさひこのパンケーキビルディングとその住人。打砕く者と守る者。  作者: TOYBOX_MARAUDER
海賊の秘宝と青い海、俗物共の仁義なき戦い
63/109

宝の地図と魔法の指輪


 白い砂浜に打ち寄せる波と音。水平線の向こうまで果てしなく広がる橙色の海。潮風にヤシの木が揺れてざわざわと音を立てる。顔を上げて見てみれば、黒く見える海鳥の影が複数小さく見えて、その向こう側にそれは大きな夕日が水平線の向こう側に沈みゆく様子がある。一日の終わり。それを感じさせる様子を、マロンは足を伸ばし、両手を身体の後方へと突いて砂浜に座ってぼんやりと眺めていた。ヤシの木が三本だけ生えた、半径10メートルもないであろう30階層中心部から大きく離れた場所にある、それは小さな絶海の孤島の上で。


 フェリーの巡回ルートからでは行けないような小さな島々。それらを巡り、そこの所有者とされるプレイヤーたちなどに話を聞きまわったが、何の成果もなかった。今日一日あっちこっち動き回って得られた情報は、この30階層。そこにある島々のほとんどはパンケーキビルディングタバコ産業の人員が駐在していて、それの管理下にあるということだけ。まさひこのパンケーキビルディング内での明確な土地の所有権に関する決まりはないため、早い者勝ち。1階層の土地絡みでもそれが暗黙の了解になっていて、ここ30階層でもその暗黙の了解は引き継がれている。故に誰も文句は言えない状況。その現実にぶち当たったマロンは少々値が張っても土地を買うべきかと考え始めていた。


 「マロンッ、なんか凄そうなの見つけたわ!」


 黄昏色の空をぼんやりと眺め、黄昏るそんなマロンの傍で彼女の連れである少女の声が波の音と潮風の音と共に聞こえる。宝物でも見つけた少年の様に声を弾ませ、それはどこか幼く、無邪気な感じで。


 「ちょっと、聞いてんの? ほらっ、ほらっ、これこれっ!」


 マロンが彼女の声に反応を示さず、ぼんやり夕日を眺めているとマロンの前へその少女が回り込んだ。それによって橙色の夕日の光は遮られ、マロンの目の前は暗くなり、その手にある何かをこれ見よがしに突き出す少女の姿がより鮮明に見えるようになる。…今日一日30階層を走り回ったと言うのに元気な奴だ。確かに楽しくはあったが、今のマロンにはさっきから騒いでいる少女、花子の様な気分ではない。もう今日一日の終わりを噛みしめる段階。まだまだ今日を楽しむような雰囲気の彼女にはついて行けそうになかった。


 「…オメーは元気だなァ」


 「まあね。でも今はそんなことどーでもいいのよ。ほらッ」


 マロンは黄昏ていた意識を少しだけはっきりさせたものにして、自分の方の前に立つ、黒革と骨とマントの中装鎧に身を包む花子の方へと目をやる。…盾を腰のベルトに取り付けた状態の彼女の左手には口の大きなずんぐりとした透明な酒瓶が握られている。その中には酒などの液体ではなく、端々が浅く切れ、丸められた羊皮紙とウサギの頭蓋骨の彫金がなされた白金の指輪が二つある。片方は青い宝石が散りばめられ、もう片方は赤い宝石が散りばめられた武骨なデザインのものだった。


 「どう? 凄いでしょ? きっと宝の地図的なものに違いないわッ!」


 花子は語気を強め、その碧い瞳を輝かせながら声を弾ませる。いつもは大人ぶって恰好を付けてばっかりの花子とは思えぬワクワクした様子で、それをマロンの眼前へと突き出して。まるで小学校低学年の男の子が宝物でも見つけたようなノリだ。対してマロンはその態度を変えぬまま。その瓶と中身。それが誰かの悪戯による産物だと決めつけているようだった。


 「手の込んだ悪戯する奴も居たもんだな。でもあたしはこういうセンス好きかも」


 「悪戯なもんですか! 絶対宝の地図よ!」


 「まさひこのパンケーキビルディングだぜ? 邪魔の居るハイキングゲームに宝探しなんて要素あるかよ」


 「分かってないわね。まさひこは忙しくて30階層より前の階層は手抜きして作らざるを得なかったのよ。30階層以降はしっかり作り込まれているに違いないわ」


 「オメーがまさひこの何を知ってるんだよ」


 今まで見た時のない燥ぎようの花子はマロンの隣に足を前に伸ばして座り、己の身体の前に瓶を持ってきてその口に固く押し込まれたコルクを摘まみ、ポンッと言う軽快な音を立ててそれを抜いた。これから自分の冒険が始まる。そんな未来を疑った風なく、心躍らせ、爛々とその瞳を輝かせて。


 花子はコルクを己の腰の小物入れに押し込んだ後、人差し指と中指を瓶の中へと差し込むとその二本の指を使って羊皮紙を引っ張り出した後で指輪の入った瓶をマロンの腿の上に置き、それによって両手が自由になった花子は、その羊皮紙の両端を握り、己の眼前にてそれを広げる。口元に歯を覗かせ、煌めく瞳を大きく見開きながら。


 一方マロンは腿の上に置かれた瓶を片手に取って、それを己の眼前にへと持ってきてその中に残った二つの指輪を眺める。花子とは対照的に、それは落ち着いた表情のまま。何処か疲れが伺える目じりの座った目つきで。


 花子が地図を眺めている最中、マロンは己の手のひらの上で瓶をひっくり返して瓶の中に残っていた二つの白銀の指輪をその手の上に落とす。洗礼されたデザインとは言えないが、武骨さを感じる力強いデザイン。ウサギの頭蓋骨が彫金されたそれを眺めながら、マロンは対の手を腰の小物入れへと持っていき、その中にある水晶に触れてアイテム情報を確認するべくパネルをポップアップさせた。


 「マロンッ、これやっぱり本物クサいわよ! やっぱりまさひこは30階層から本気出したのよ!」


 「……おいおい、マジかよ」


 30階層の島、それの一部と思われるものが描かれた古ぼけた地図。それを見ただけで騒ぐ花子とパネルにポップアップされたデータを見て静かに呟くマロン。前者はその場のシチュエーション、雰囲気に流され酔っている風なところがあるが、後者は指輪の詳細情報。それを見ての勢いなどではない確かな確信。ライトアイボリーのマロンの瞳の先に映るのは紛れもないユニークアイテムのそれ。付加される能力は魔法の二文字だった。


 「博打では負けたけど…やっぱり来てるわ! 今運命に導かれている気がする!」


 羊皮紙に書かれた地図を片手にやんややんやと騒ぎ立てる花子には目もくれず、マロンは右手の白革と金色の線の入った白金の金属とで作られたガントレットを外し、青い宝石が散りばめられたウサギの頭蓋骨の指輪を人差し指に通す。マロンの細く白い指に対し、それは大きな径であった指輪はマロンの人差し指の根元にてそのサイズを変え、あっという間にマロンの指にあった物へと径を変えた。…普通の装備にはこんな機能はない。明らかに違う。これがユニークアイテムなのか。マロンは人差し指に収まったそれをまじまじと見、目の前の海の方へ手を翳してみる。現実世界で習った魔法の使い方同様に、発現する魔法の在り方。形を頭の中に思い描いて。


 打ち寄せる波、海面。水面。手が翳された向こう側へ、それらから突き立つ細く鋭く尖った3メートルほどの水の針。それは無数に居並び天を高く突く。術者の少しの呼吸の乱れと共にそれは現れ、手を下すと何事もなかったかのように水面へと落ちて海へと溶け込む。…魔法。花子やマロン、それらが知る現実世界での技。マロンが操って見せたそれは、まごうことなき魔法だった。それを見たマロンは渋い顔をする。


 「…いや、ズルくね? いいのかよ。魔法とか」


 この世界に置いて、魔法の威力がどんなものかは知らないが、現実世界でのそれの脅威。それを知っているマロンは小さく呟く。現実世界では肉体的な強さなど些細なものにしてしまう技。普段は不真面目なはねっかえりたちが唯一真面目に勉学に励み、身に着けようとする確かな力。手の届かないところから不意に敵へと襲い掛かるそれ。ただマロンはなんとなくだが、現実世界程派手な魔法は撃てないことを感覚として自分の中に感じていた。


 「ほら見なさいよ! やっぱりこの地図本物よ! 宝の地図よ! ほらほらほらッ!」


 魔法を見ても花子は態度を一切変えない。以前この世界で魔法を見た時があるかのような風に。ただ己の主張が正しかったのだとアピールすることに一生懸命な様子で、マロンの白いほっぺたをこれでもかと言いたげに人差し指でぷにぷにと突いている。しかし、間も無くその花子の顔に宙から現れたピンポン玉大の水玉が当たり、弾けたことによってその手は止まった。ほっぺたを突かれ過ぎて若干不機嫌そうになったマロンの瞳の向くその先で。


 「ッ…冷たいんだけど」


 「知ってる。落ち着いたかよ?」


 宙から現れた水は花子の顔に当たった後、花子の身に着ける黒革と骨とマントの中装鎧を盛大に濡らしたが、彼女を濡らした水は間も無くブクブクと音を立ててきれいさっぱり跡形もなく消え失せて、濡れていた鎧は何事もなかったかのように元へと戻った。ただその冷たさと身体を濡らす水の感覚は確かに花子に伝わったようで、燥ぐ彼女を我に返らせ、目つきを座らせてその表情を不機嫌そうなムスッとしたものにさせた。だが、それに対するマロンには己の行いに対して謝罪する風は微塵もない。


 マロンの顔を文句を言いたげな顔で見据えて落ち着き、普段通りのテンションに引き戻された花子は、マロンの右手に輝くウサギの頭蓋骨の彫金のされた指輪に目をやる。彼女の方へ上体を乗り出して指輪に注視し、その形の良い顎に手を当てながら難しそうな顔をして。


 「…ウサギの髑髏…ゴルドニアファミリアに関係あるのかしら」


 「そうだとすりゃあ…NPC絡みのイベントアイテムか」


 「となると…まさひこが考えたストーリーなのよね。そう考えるとなんだかワクワクしなくなってくるわ」


 「まさひこ持ち上げたり扱き下ろしたり忙しいヤローだな。お前は」


 落ち着きを取り戻した花子とマロンとで少し話した後、夕日をぼんやりと眺めながらしばし黄昏る。一日の終わりを感じながら。打ち寄せる波と海鳥の鳴き声をその耳に、潮風に髪を靡かせて。


 「――マロン、アンタ現実世界で何魔法専攻してたのよ」


 「あん? あたしは水魔法。適性テストでこれしかねえって言われたわ。オメーはお嬢様学校だし、一般校と違って複数の魔法専攻してたりしそうだよな」


 「バカね。魔法を発現させるのは思い描く力って習わなかった? 複数学べば他の魔法のイメージが介入してきてどれも中途半端なものになるって。だから私だって一つよ。ルーン書く紋章術とか発現方法が違うものは齧ったりするけど…」


 「紋章術は習ってねーわ。お嬢様学校ではんなのやるんだなァ。でよ、お前の専攻は? ちょっと気になったことがあって聞いておきてえんだよな」


 魔法と言う現実世界に存在する概念。それを見て盛り上がるゲームの世界の中ではない、現実世界の事についての話。それを交わしつつ、花子はマロンが言う気になったことが己が思ったことと同じだろうと言うことを見越し、地図を己の伸ばした脚の上に一度置くと、右手を包む白革と黒革の厚手のガントレットを外してその手をマロンの方へ出した。視線はオレンジ色に輝く海と夕日へ向けたまま。


 「…勿体ぶりやがるなァ。ほらよッ、赤いのが雷、青いのが水って説明には書いてあったぜ」


 マロンはなんとなく花子の考えていること、自分の気になったことが同じであると察したようで右手にある青い宝石の指輪を左手で抜き、その左手にある赤い宝石の指輪と青い宝石の指輪、その両方を花子の手の上に乗せた。


 花子は手の上に二つの指輪が載ったことをその手のひらから感じ取ると手を己の方へと引っ込めて、先ほどマロンが人差し指にはめていた青い宝石の指輪を薬指に近付ける。すると花子の指の径よりも少しだけ細かった指輪の径は少しだけ広がって、誂えた物のようにぴったり薬指の根元に収まる。…面白い。そう思いながら花子は先ほどマロンがやったように海の方へと右手を翳し、その先に花子とマロンの視線が向けられた。


 「…」


 「…」


 しかし、打ち寄せる波は穏やかなまま、優しい音色と共に白い砂浜を往復するだけでこれと言った変化は起こらない。誰もがこの指輪を使って魔法を使えるわけでない。その様子は物静かに花子とマロンに語り掛けていた。それからほんの少しして、花子とマロンは互いの方へと視線を向け、口を開いた。


 「これって…」


 「これってよぉ…」


 一度そこで二人は口を噤み、その後で花子が口を再度開いた。


 「――私の専攻は雷。だから水の魔法は使えない。リアルの話ならね…赤いほうが雷だったわね? もしこれが使えたとしたなら…」


 花子は右手の薬指から青い宝石の指輪を取り、赤い宝石の指輪を薬指にはめてその手を軽く握ってみる。花子が現実世界で魔法を使うときと同じようなイメージを頭の中に描きながら。


 「うおっ! あっぶねっ!」


 突如バリバリと音を立てて花子の身体を這い、駆け巡る赤い稲妻。それにマロンは驚き、飛び退いて花子から距離を置く。それは脱兎のごとく。突発的で俊敏な動きで。そしてその後で花子に対しそれはもう非難がましい視線を向ける。


 「オイコラッ! てんめー! あっぶねーだろうが!」


 「当たってもちょっと痺れるぐらいだから大丈夫よ」


 マロンは両手を振り上げ、眉尻を大きく吊り上げて口を大きく開いて抗議の声を上げ、花子は一切の反省の色が見られないいつも通りの様子で右手を海の方へと翳す。――直後に落ちる赤い雷。それは轟音を立てて海面を打ち、その一帯から魚が海面へとプカプカと上がってきた。…大凡現実と同じように魔法が使える。現実と違うのは魔法を使うと運動した直後のように呼吸が乱れる事。戦いで乱発はできそうにはない。花子は薬指から赤い宝石の指輪を抜き取ると、花子の対応を不満に思ったように唇を不満げに尖らせ、白い砂浜の上に落ちた瓶を拾い上げるマロンに向かってそれを放った。


 「まだ確信に至らないわ。アンタそれちょっと使ってみなさいよ」


 「おっし、そこ動くんじゃねえ。ちょっと痺れるぐらいがどんなもんなのかテメーに食らわせて確認させて貰おうか」


 マロンは恨みがましく言いながら、空中でキャッチした赤い宝石の指輪を薬指にはめてその手を握りしめた。ただ、彼女もとある推測に行き着いているようで、発動はしないだろうと高を括った風だ。そして、その目論み通り何も起こらない。雷鳴などは轟かず、風の音と波の音だけがその場を支配する。穏やかで静かなものだ。


 「…対応する魔法でなければ発動すらできない。現実の魔法と同じね」


 「んだな。…魔法の概念が確立されたのが1945年だから…大体150年前。人がその力を操れるようになってから結構時間経ってるけど…魔法ってのがなんなのかほとんど分かってねーって話だよな」


 再びマロンは花子の隣にへと腰かけて、前に伸ばした脚の上に瓶を乗せてから赤い指輪をはめた右手を花子の前へと持っていく。


 「作ったキャラごとに扱える魔法が予め決まってる…なんてのもなさそうよね。やっぱりプレイヤーの本体性能を引き継ぐ形なのかしら? というか意外と頭良いわね。アンタ」


 「社会だけは得意なんだよ。丸暗記するだけだからな。でよ、仮に後者としたらゲームの中にどうやってまさひこは持ってきたんだろうな? 魔法を、プレイヤーごとによって使えるか使えないか判別する材料を。少なくとも魔法の原理や理屈分かってねーと無理じゃね?」


 花子は自分の目の前にあるマロンの右手の薬指にある赤い宝石の指輪を抜いて、その手のひらの上に青い宝石の指輪を置くとマロンの手は引っ込んだ。その後でマロンの指から抜き取った赤い宝石の指輪を薬指へとはめ、その手に白革と黒革のガントレットを装着する。マロンの話に耳を傾けながら、その手感覚に違和感ないこと確認するように右手を何度か目の前で握って。


 「まさひこは魔法…そして脳という臓器を知り尽くす男…なわけないわね。日本は2020年のオリンピック以降本格的に落ちぶれ始めて…高齢者を死に追いやるような荒治療を経て最近ようやく持ち直したって話だし、そういう人材を育てる余裕や土壌があったとは思えないわ」


 「つかそんなスゲー奴が居るならニュースになってるよな。ノーベル賞取れそう。ゲームにしてもそうだけど、なんでいきなりこんなリアルなのが出来たんだろ?」


 マロンは暫くその手にある青い宝石の指輪を眺めていたが、花子と同じように右手の薬指に指輪をはめてその上に白革と白金色の金属のガントレットを装着する。その後で花子とマロンは少しの沈黙を置いた後、流し目でお互いの瞳を見据えた。


 「…まっ、いっか。まさひこの事知ったとこであたしらの現状が変わるわけでもねー」


 「そうそう。まさひこがどんだけ凄かろうがこのゲームが終われば豚箱行きよ」


 花子は手元にあった宝の地図を綺麗に丸めて腰の小物入れへと大事に収納し、マロンは今日一日の思い出とでも思っているのか瓶の口にコルクを詰めなおし、それを片手に持つと二人は共に橙色に染まる白い砂浜の上にて立ち上がった。そして鎧の臀部に付いた砂を軽く叩いて払い、砂浜の上に乗りあげる形で泊めてあった黒い水上バイクの方へと向かう。


 「安全運転しろよ~、最後ぐらい」


 「夕日見ていたい気分だから言うこと聞いてあげるわ」


 二人は会話を交わしつつ、陸に乗り上げた水上バイクを海上に戻してそれの上に跨った。朝同様運転席には花子が付いてハンドルを握り、その後ろにはマロンが座って花子の細い腰に腕を回す形となって。


 間も無く水上バイクが動き出し、穏やかな波の橙色に染まった海の上をそこそこスピードは出てはいるものの朝ほど速いものではない、花子にしては控えめな速度で疾走し始める。周囲には何も視界を遮る物はなく、橙色の海のみが周囲に伺えて、すぐに後ろに見えていた今さっきまで自分たちが居た島も見えなくなった。


 水上バイクの駆動音とそれが水の上を走る音、最後に風の音。常に聞こえるものはそれぐらいで、時折海鳥の鳴き声が混ざる。夕日の橙色の優しくもどことなく寂しくさせられるその色に、花子の後ろにいるマロンは少しばかり寂しい気分になる。楽しかった今日一日が終わることが、名残惜しく思えてしまって。


 「マロン、リック揶揄いに行くわよ」


 唐突に掛かる花子の一声にマロンは我を取り戻し、軽く顔を左右に振ってそのしけた顔を消し、口元に締まりのない笑みを作った。花子に見られていれば茶化されること間違いない湿っぽい顔が見られなくてよかった。そう思う気持ちと、まだこの一日が終わらない。それをとても嬉しく思う気持ちを抱いて。


 「いいねぇ、いこーぜ。セラアハトちゃんがどんなもんなのか気になってたんだよ。あたし」


 「決まりね。よしッ! 飛ばすわよッ! 捕まってなさいッ!」


 マロンの弾む声。寂しさを吹きとばした楽し気な顔。その顔は途端に青ざめ、歯を浮かせたものに変わった。花子の右手がスロットルレバーを操作することによって、花子が語気を強めたことによって。


 「あっ、おまっ…飛ばさねえって言ったばっかじゃッ、うわわっ…わわわ…!」


 「やっぱりこれよッ! 風、私風を感じていたいのッ!」


 マロンの抗議の声など暴走する花子の耳には届かず、水上バイクは水面を飛び跳ねるように橙色の煌めく水面を駆け巡る。放たれた鋭い矢のように、海の上を真直ぐに。海上に一直線の白い線を残して。 

 

 空には夜の紫色が混ざり始め、だんだんと暗くなっていく。黄昏時の終わり。それを感じさせる夜の冷たさ。間も無く地平線の向こうに見えていた橙色の太陽は沈み、味わい深い夜の闇と空に遍く星空が顔を覗かせる。日没。夜の訪れはそうしてやってきたが、攻撃的な笑みを浮かべ、スピードに酔いしれる花子と気が気ではない表情のマロン。彼女たちの一日はまだ終わりそうにはなかった。

厳密に言うとこの話のジャンルはVRMMOではないのではなかろうか。変えるか。ハイファンタジーに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ