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まさひこのパンケーキビルディングとその住人。打砕く者と守る者。  作者: TOYBOX_MARAUDER
海賊の秘宝と青い海、俗物共の仁義なき戦い
58/109

賭博黙示録ハナコ


 最も人気が多くなる時間帯。娯楽は他の島と比べて少ないが、発展していないからこそある落ち着き。趣き。美少年や美男も多いこともあって、それら目的でやってくるプレイヤーも少なくないその島。確かに多く人が訪れているはずではあるが、静かなる戦いが繰り広げられる、その島のカジノの5階。ハイリミットフロア。そこにある人気は大して増えてはいなかった。


 ディーラーを含めた5人が囲む楕円のテーブル。三度目のゲームが終わり、やや熱の冷めたそこ。次なる戦いのために気持ちを新たにするポーカープレイヤーたち。いろいろあったが、一回戦目ほどデカくは物事は動かず、全員が全員同じ程度の量のチップを保持してそこにいた。しかし、一回戦目以降に腐った林檎が一つ、深く被っていた黒いフードを取り払ってそこに紛れ込んでいた。


 それは嫌な笑みだった。富を掴もうともがき、足掻き、蹴落とし合う者たちを間近で見物するかのようなそれは、嘲笑にも似たものを孕んでいて、その笑みを浮かべる黒頭巾の少女の目は、他のポーカープレイヤーたちをその碧い瞳に映している。足掻くそれらを見て楽しもうとする下種な下心と加虐心。優越感から来る愉悦。悦楽。それらで腹の中を満たすため、わざわざ安くもない参加料まで支払って。


 当然、その意向の変化は彼女を観客として見ていたシルバーカリスと眼帯の衛兵にも伝わっている。黒頭巾を取った少女、猫屋敷花子のその表情と最初のゲーム以降二回連続立て続けに早々にフォールドしたこと。そして芝居には思えぬ心底楽しそうなその様子を目の当たりにしたことによって。


 「やっぱいい性格してるわ。あのお嬢ちゃん。気持ちは分かるけど」


 「美人さんは一癖ある人が多いって聞きますけど…花ちゃんはその典型例ですね」


 「見てくれが良ければそれが魅力としてカウントされるからなァ。たぶん虐められるの好きなやつとかああ言うの屈服させたいのとかは夢中になると思う」


 「花ちゃん何気に姉御肌ですし、前者の人じゃないと相性良くないかもしれませんね」


 苦笑を浮かべる花子の連れ二人の視線の先では、ディーラーボタンは鎧の男に。花子はSB、金髪の優男がBB、褐色肌の美男がUTG。花子は迷いなく金のチップ1枚を己の前へと放った。その顔に生意気な、他人を小ばかにするような魅力のある笑みを浮かべて。


 その直後にBBである金髪の優男が2枚チップをベットしたことによって、カードがSBである花子から順に、時計回りに1枚ずつ配られ始める。


 「黒頭巾、よかったな。SBだから今回の見学料はチップ1枚で済むぞ」


 褐色肌の美男は皮肉たっぷりな笑み、口調、言葉選びでこれでもかといった風に花子を煽る。流し見で花子を見据えながら。だが、それに対して花子は一切効いた様子はない。むしろその憎まれ口を聴き心地の良い音楽の一節を楽しんだかのような、大変リラックスした様子で聞いている。


 「あぁ、最高。もっといい声で囀って頂戴」


 テーブルの上に右手で頬杖を突いた花子は左手を耳元に当てて、うっとりした表情で言う。自分への憎まれ口を存分に味わったような顔をして。


 それを見た褐色肌の美男はあからさまに腹を立てた風に片眉を吊り上げながら、しかしそれを悟らせまいと口元に攻撃的な笑みを作ると、フンと鼻を大きく鳴らして笑い、黙った。その負け惜しみにしか見えないそれを花子は顔を前にやや傾け、上目遣いで見据える。その顔に小憎たらしい笑みを浮かべて。


 とても機嫌が良さそうな花子、明らかに気が立った様子の褐色肌の美男、震える鎧のプレイヤー、花子と褐色肌の美男の様子を微笑まし気に眺めていた金髪の優男。それらは己の前に配られたカードの角を捲り、周囲に見られぬように各々手札を確認する。


 ――花子の手札はハートの6とダイヤの6。ブラックジャックの時もそうであったが、今日は6という数字を良く見る。今日のラッキーナンバーなのかもしれない。フロップぐらいまでは様子を見てみよう。そう考え、UTGである褐色肌の美男の方へ視線を向ける。


 「どう? 良い手は来たかしら?」


 「お前が残ってくれたなら、その有り金全部吐き出させてやれそうなくらい良い手が来たよ」


 花子に話しかけられた褐色肌の美男は強気な笑みを浮かべたまま、己の手元にあるチップから2枚とってコールした。言葉通り良い手札が来たのかもしれないが、まだプリフロップ。勝負に出るタイミングではないと考えてか、レイズはしてこなかった。


 「そう。フロップぐらいまで居てあげましょうか?」


 「おや、珍しい。逃げなくていいのか? せっかく1枚で済む見学料が高くなるが?」


 「アンタおちょくる代金と思えばいいかも。せいぜい楽しませてね」


 「どうせなら最後まで付き合って貰いたいんだがな」


 1回戦目の張り詰めた雰囲気が嘘のようだ。花子と褐色肌の美男が舌戦を繰り広げることによって、多少は周囲の緊張が和らげられる。表面上はだが。ただ、鎧のプレイヤーだけは自分の世界に閉じこもったまま、俯き震えていて、間も無くチップを2枚投げてコールする。


 「アンタが寂しそうだから付き合ってあげるわ。全く、しょうがないんだから」


 花子は褐色肌の美男の方を小憎たらしい笑みを浮かべて眺めながら、もう1枚チップを己の前へと放ってゲームを続行する。場に出されたチップすべてがそれによって同額となり、次のラウンドであるフロップへと移行し、カードが3枚表向きにテーブルの上へと並べられる。


 ――フロップとして出たコミュニティカード3枚はスペードの6、ハートのクイーン、スペードのクイーン。花子の手札であるハートとダイヤの6を合わせればフルハウスが成立する。ほぼ勝ちが決定したと思ってもいい手札。だが、花子はそれを表面には一切出さず、今回のゲームの最小単位の掛け金であるチップ2枚を己の前に放る。


 「おや、ターンまで付き合ってくれる気になったのか? またブラフか? バカの一つ覚えみたいに」


 褐色肌の美男はその花子のアクションに片眉を上げ、その腹の中を勘繰ったような反応を示す。花子は一度目のゲームで恐らくブラフを通している。そこから考え、またブラフの可能性はある。だが、本当に強い手札が来た可能性も捨てきれない。

 

 「そう思うんならショーダウンまで付き合ってほしいわね。――あぁ、ごめんなさい。ハムスターみたいに繊細で臆病なアンタには酷な要求だったかしら」


 人差し指にその前髪を絡めながら、クスクスと笑い声を花子は立てる。…その姿からは緊張感などは感じられない。勝ちを信じて疑った風ように見える。少なくとも彼女を見る褐色肌の美男には。


 「ふん、言ってろ。その生意気なツラを泣きっ面に変えてやる」


 あそこまで言われた手前、男としてまだ引くわけにも行かない。…クイーンでも持っているのか? 確かにフロップの段階でそこまでの手が来ているならあれだけ強気に出ても不思議ではない。ツンツンした態度で花子に対応しつつ、褐色肌の美男は頭の中で考える。花子が持つ手札。それについてを。


 その間に今回BBとなっている金髪の男が金のチップを10枚掴み、己の前へと置いた。優しい笑みをその顔から無くし、眼光を鋭いものにして。それにより彼にあった胡散臭さは消え去り、雰囲気が様変わりする。


 「レイズ、1000だ」


 その金髪の男の反応に他3人のプレイヤーは表情を一瞬だけ真面目なものにする。しかし、その中でも一人、花子だけは腹の中で大笑いしていた。自分で額を吊り上げる必要はなさそうだ、と上機嫌に。気がかりなものにぶち当たったような芝居を打って。


 「強い手が来たのよね? ほら、出しなさいよ」


 すぐに小憎たらしい笑みをその顔に取り戻した花子は、BBの金髪の次であるUTGの褐色肌の美男の方へ視線を向けて、コールを促す。嘲笑交じりの声色で、煽りに煽って。


 「俺の心配事はお前が途中で臆病風に吹かれないか、その一点だけだ」


 褐色肌の美男は少しも躊躇ったり、ビビったりした風なく、金のチップ10枚を己の前へと出した。その己の手の内で懸命に足掻く彼の姿を花子は心底楽しそうに見据え、味わう。どうせ負けるのに。そう思った風に。哀れなものを見るかのような視線で。


 「…コールッ…コールだッ!」


 間も無く鎧のプレイヤーも空かさず10枚の金のチップを手に取り、己の前へと突き出した。額に汗を浮かべ、目元を涙で潤ませながら。追い詰められた雰囲気の彼の手持ちは確かに多いが、一番最初にテーブルに着いた頃よりも10枚近く彼はチップを失っている。…自棄になったのか? そう思えなくもないその彼の様子を花子は冷めた目で見る。前髪を弄りながら。


 「このまま降りるなんてことはないな。黒頭巾」


 人差し指に前髪を絡めて考えた風にする花子に対し、褐色肌の美男は降ろさせまいと釘を刺す。――彼は強気だ。手札にペア、もしくはクイーンでも持っていそうであるが、前者でもツーペア、後者ではスリーカード。彼はレイズしなかった。フォーカードを持っている可能性は低く思える。この後のターン、リバーの2枚のカードでフルハウスを超える手を出せるだろうか? いいや、出せはしない。花子は高を括り、鼻で笑うと自分の前に放った2枚の金のチップの上に8枚上乗せた。


 「何? アンタ私の事気になるわけ? まあいいわ…ほら、これでいいかしら?」


 それによって打ち立てられる各々のポーカープレイヤーの前に立つ10枚のチップ。それらがディーラーの手によって集められ、それの手元に輝く。合計40枚の金のチップ。4000万ゴールドの輝きが。


 各々チップ10枚を賭けた殴り合い。1000万ゴールドを賭けたそれはまだ膨れ上がる余地を残し、次のラウンドであるターンへと移行する。花子は頬杖を突いたまま褐色肌の美男を嘲笑交じりに眺め、金髪の優男はその表情を真剣なものにしたまま、コミュニティカードの方へと目をやり、褐色肌の美男は余裕のある笑みを浮かべて花子を見やり、鎧のプレイヤーは己を押しつぶしそうな恐怖にただ身を震わせている。


 そしてフロップの隣に置かれる伏せられたカード。それは間も無く表向きなる。――スペードの5。現れたのはそのカード。これでコミュニティカードとして並ぶのはスペードの6、ハートのクイーン、スペードのクイーン、スペードの5。フラッシュも狙えそうな構成。それで強気になってくれるようなのが居れば花子としては嬉しい。フラッシュならねじ伏せられるモンスターハンドを持っているのだから。


 「そうそう、私ね、このゲームが終わったらNPC主体のPMC(民間軍事企業)作ろうと思うのだけれど…アンタ幾ら? 雇って扱き使ってやるわ」


 花子はあくまでもスロープレイ。このゲームで最低額の参加料であるチップ2枚を己の前へと放りつつ、褐色肌の美男へ絡む。その話題はこのゲームが終わった後の話だ。ただ、それを聞く褐色肌の美男は、相当良い手が着た風な自信の伺える薄ら笑いで花子の顔を見返すだけだ。


 慢心、余裕。それらが伺える二人がバチバチと視線を交差させる中、金髪の優男はダンッ、と音を立ててテーブルの上に両手を置くと、己の手元にあるチップすべてを前へと押し出した。そして真剣な眼差しのまま、口を開く。


 「オールイン」


 一瞬、その場が静まり返る。花子はその金の輝きに目を煌めかせて両手を合わせ、褐色肌の美男は少しばかり深刻そうな顔をして、金髪の優男の手札を勘繰るような雰囲気を醸し、鎧のプレイヤーは己を押しつぶすようなプレッシャーに両目を強く閉じる。…彼はギャンブルをするべきでなさそうだ。花子はそれを見ていて思う。


 このテーブルに着くプレイヤーの今の手持ちはほとんど同じ。少ない順に金髪の優男、褐色肌の美男、黒頭巾の花子、鎧のプレイヤー。僅差で鎧のプレイヤーが多くチップを持っている程度。一人がオールインするとなれば、コールするだけでもほぼほぼ全額注ぎこまねばならないこの状況だ。降りるにしてもチップ10枚を切り捨てなければならない。普通であれば葛藤が腹の中を渦巻くのは当然。それは褐色肌の美男も例外ではなかった。しかし――


 「ほぅら、オールイン、オールインしなさいよ。全部出しちゃいなさい」


 意地悪な笑みをその顔に浮かべ、にやつく花子の姿が褐色肌の美男の目に付く。――金髪の優男がオールインしたということは対抗馬が降りない限り、ショーダウンまで金髪の優男が残ることは確定している。つまり、ブラフのまま突っ切れば確実なる死が待っていることを意味している。…そこで褐色肌の美男が考えることは一つ。花子が残るか残らないか。前者なら勝てると思える手札を持っているということ、後者なら間違いなくこのラウンドで彼女は降りる。褐色肌の男はただ静かに考える。その瞳を閉じて。


 「あら、ビビってるのかしら? 可愛いわね。小動物みたいで」


 笑い声交じりの花子の嘲笑の声。褐色肌の男の閉じられた瞳はそれによって開かれ、明らかに苛ついたような顔を浮かべさせ、間も無く彼の両手がその手元にある金のチップをすべて押し出させた。花子はそれを見て口角をキュッと吊り上げる。


 「オールイン。逃げるなよ、黒頭巾」

 

 金など関係ない。ただお前の天狗の鼻がへし折れるならそれでいい。そんな腹の中の声が聞こえてくるかのような目で、褐色肌の美男は花子を睨む。花子はそれに何とも言わず、頬杖を突きながらにやつくだけ。彼女のその笑みは、褐色肌の美男同様金ではなく、他のものを目的としたものだ。相手の失脚を心から楽しみにする笑み。人のどうしようもなさが詰まったそれは見ているだけで褐色肌の美男の腹の中を掻き乱す。


 金とは別に、私的な争いを繰り広げる二人の間で、迷いに迷った様子の鎧の男が頭を抱えていた。彼は他のポーカープレイヤー達の様子を一切見ようとしない。せっかくのボタンというポジションを生かそうとしない。完全なる運否天賦。博打をするべきでない人間の姿。彼は暫くして己の手元にある金のチップを数えると、褐色肌の美男が出したチップと同量のチップを己の前に押し出した。…オールインではなく、コールで。


 花子はそんな彼の様子に気を留めた様子無く、彼と同じ量のチップを己の前に置くと最終ラウンドへ参加する。褐色肌の美男が自分を煽る前に。


 「そうね…このゲームが終わったら靴でも磨いてもらおうかしら。ピカピカにして頂戴ね?」


 最終ラウンド。リバー。ディーラーの手により、最後のコミュニティカードがターンの隣に置かれ、それが引っ繰り返される。最後のカードはスペードの7。コミュニティカードの構成はスペードの6、ハートのクイーン、スペードのクイーン、スペードの5、スペードの7となる。誰かしらフラッシュは成立したのだろうな、と花子は考えながら己の手元に残っている金のチップすべてを押し出す。


 「はいはい、オールイン」


 とても軽い抑揚で、己の勝利を疑った風なく、花子は言葉を口にする。それに褐色肌の美男は口角を吊り上げ、卓上で視線を交差させて花子と睨み合う。


 「オールインッ…!」


 すでにオールイン済みの金髪の優男、褐色肌の美男、彼らを飛ばして鎧のプレイヤーのアクション。彼は歯を大きくむき出し、食いしばってテーブルの上にその両腕を叩きつけるようにして置くと、残りの金のチップを押し出した。鬼気迫る表情で。合間開けることなく、迷った風もなく。覚悟を決めたように。


 …花子はそこでその表情を固まらせる。とある事実に気が付き、その瞳を微かに揺らして。


 ――前のラウンド。そこでは彼は負けた時の出費をより少なくしようと考えてオールインはせず、コールで留めていた。リバー。最後のカードを見て彼はオールインしてきた。つまり、7。手札は7のワンペア…その可能性が高い。花子は今一度己の手札を確認する。…6のワンペア。まさかッ…そう思ったときにはショーダウンが始まっていた。


 褐色肌の美男の手札は5のスリーカードとクイーンワンペアから成るフルハウス。金髪の優男の手札はクイーンのスリーカード。そして、涙を浮かべながらもその強い意志の宿る目でカードをひっくり返す鎧のプレイヤーの手札は――


 「……馬鹿なッ…!」


 花子は思わず目を見開き、声を絞り出す。鎧のプレイヤーの手札。表向きに置かれたそれはクラブとハートの7のワンペア。コミュニティカードと組み合わせて7のスリーカードとクイーンのワンペアで成るフルハウス。それを見据え、その視線を釘付けにして。


 間も無くディーラーが花子の手札を捲り、それによって勝敗が決する。花子の手札は6のスリーカードとクイーンのワンペアから成るフルハウス。モンスターハンドでの殴り合いを制したのは、運否天賦でこの場に張り続けた鎧のプレイヤーだった。


 「うっ…うおおあああぁああああッ!」


 歓喜の声、咆哮。鎧のプレイヤーは席から立ち、腹の底から声を上げる。腕を己の前に拳を握りしめ、涙を流し、その目を固く瞑って。


 約140枚ほどの金のチップ。1億4000万ゴールド相当のそれ。彼の元へ他三人からかき集められたそれがディーラーの手によって押しやられる。金髪の優男はその顔に静かだが、どこか悔し気な笑みを浮かべて席を立ち、褐色肌の美男は己の勝利を疑っていなかったようで目元を片手で覆いつつ、大変ショックを受けたようにしながらも立ち上がる。――花子は、放心状態でそこにいた。


 その背中に向かってくる二つの足音。今の花子の耳にはそれすらも届かない。


 そんな彼女の肩にシルバーカリスの右手が触れる。花子はそれに肩を身体ごと跳ねさせ、恐る恐るといった感じで振り返る。歯を浮かせ、その目を目一杯見開いて、その目元に涙を浮かべながら。


 「大丈夫、大丈夫です。花ちゃんがあの手札で強気に出たのは間違いじゃないです。運が悪かっただけですから」


 シルバーカリスは花子の頭を撫でる。聞き心地の良いボーイッシュな声で、花子に言い聞かせるようにしながら。ただ奮闘した花子に対し、優しい笑みを浮かべて…シルバーカリスは怒っていないのだろうか? いや、そんなわけはない。決して安くはない全財産を吹っ飛ばされたのだ。この階層の海の底に沈められても文句は言えない。ここは心を込めて謝るべき。花子は漸く追いついた頭の中でそう結論を出すと、椅子から素早く降り、シルバーカリスの前で膝を折り、紫色の絨毯の上に額を擦り付ける。


 「ごめんなさい~ッ! 勝てると思ったの~!」


 土下座。心底から許しを請う土下座。贅沢な暮らしを手に入れんとした愚かな少女の末路。その片割れ、そもそも発端を作ったシルバーカリスにはそれを責めるつもりは毛頭なかった。


 「花ちゃん…僕たちはどうかしていました。これは思い上がった僕たちに対する…神様からのバチです。明日からは戻りましょう…! 前線に…!」


 未練がないわけではない。愚かなシルバーカリスの言葉は次第に震えていき、その頬に一筋の涙を伝わせながらも、絨毯の上に額を擦り付ける花子の前で片膝を突いて、手を差し伸べる。そのお互いの傷を舐め合う二匹の負け犬を傍から見る眼帯の衛兵は、なんだか憂鬱そうな顔をし、見ていられなくなって顔を逸らした。


 「まぁ…なんだ。なかなか見応えのあるもん見せてもらったし、飯奢ってやるから元気出せよ」


 ズタボロになった彼女たちを放っておいて、そのままというのも気が引ける。眼帯の衛兵は彼女たちから目を背けたまま、タバコを吸いたいのか火は付けないものの、口に紙巻タバコを咥えると踵を返して階段の方へと向かい始めた。


 全財産が大凡500万ゴールドから1万ゴールド以下に。特に花子は致命的で、端数がほぼ0だったがために、彼女が持っている金は今ある手持ちだけといっても過言ではない状況。到底すぐには立ち直れぬ状態のまま、その花子とシルバーカリスは立ち上がり、眼帯の衛兵の背に続く。


 熱い戦いは苦いでは済まされぬ結果で終わり、彼女たちの財産を大きく切り取った。軽快なモダンジャズの音色は彼女たちの心を癒すこともなく、頭の中に届くこともなく、その大きく肩を落とした頼りない背中へとただ流れる。エントランスホールの大きな扉を開け放てばより冷たくなった夜の潮風。戦いで火照った身体をそれらが撫で、通り過ぎていく。


 波止場に打ち寄せる穏やかな波の音と、その波止場に面した賑わう広場。いつも輝いていた景色は今日ばかりはくすんで見えて、一週間だけ味わえた、まさひこのパンケーキビルディング最上級の生活。それの終わりを確かに認知させる。戻れない幸せの日々とそれへの郷愁。ただ静かに、ただ穏やかに。

やっと話が本題に入るんじゃ。

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