燎原の黒火
赤い絨毯とクリーム色の壁紙、柱。カジノに訪れた者を先ず出迎える大きなエントランスホールはこの建物最上階、5階までの吹き抜け。遠く見える天井からは大きなシャンデリアが吊り下げられていて、燦然と輝くそれはエントランスホールの中を落ち着いた光で照らしている。
その建物の1階にて、別れたはずだった花子とシルバーカリスは再び合流してそこに居た。
「花ちゃん、このチップだと一階じゃ遊べないみたいですよ」
「私も言われたわ。…5階に行くわよ」
花子はエントランスホールの奥に見える階段へと爪先を向け、腰のベルトに右手に持った盾を掛けるとシルバーカリスと共に階段の方へと進み始める。その手にチップを大事そうに握りしめながら。――二人の持つ最も高いグレードのチップと、二番目に高いグレードのチップ。あまり高くないチップを賭け合うここ一階。そこでは使えないものだった。
花子とシルバーカリスは階段を上がり、5階を目指す。2階はレストランなどの店が入っていて一番人が多く見ることが出来、3階からは賭場。3階は1階よりも人の姿は少なくなり、絨毯の色や内装などもより意匠の凝らされた豪華なものへと変わる。花子はそれらの変化を楽しみ、シルバーカリスは次第に緊張した面持ちになりながら、3階から4階へと繋がる階段へと差し掛かった。
――向かい側から降りてくる見知った顔。短い茶髪に場違いな貧相なスケイルアーマー、草臥れた渋い雰囲気。眼帯。一階層の法の番人であったはずの男、眼帯の衛兵がそこにいた。
花子とシルバーカリスはまさかのその姿に驚いたような顔をして、眼帯の衛兵は目を疑ったような渋い顔をして花子たちを見下す。そして人通りのない階段で、少しの沈黙が流れる。
「汚職がバレて一階層に居られなくなったの?」
その沈黙を破るのは花子の言葉。NPCとはいえ普通の人間と変わらない眼帯の衛兵。故に花子は彼がNPCであると言う前提を忘れ、プレイヤーに問いかけるかのように尋ねた。皮肉っぽい笑みをその口元に浮かべて。
「違う違う。おじさんは今PTに雇われて30階層に居るんだよ」
「汚職衛兵から傭兵に転職ね…それでもってタバコカルテルの兵隊になるなんてね」
「ひでえ言われよう。んまあ間違いじゃねえんだけど」
花子と眼帯の衛兵とで交わされる短い会話の最中、花子の横を通り過ぎようとする眼帯の衛兵。その彼の手を花子は取った。眼帯の衛兵はそれによって足を止め、花子の方へと振り返る。なんだか間抜けな顔をして。
「ここであったのも何かの縁…シルバーカリスに付いて上げて頂戴。アンタからいろいろ教えてあげられるだろうし」
花子は階段の上を向いたまま、眼帯の衛兵へ言って彼の手を離す。一人でゲームに挑まなくてはならないと思っていたシルバーカリスはそれによって硬い表情だったそれを明るいものとし、眼帯の衛兵は左手で頭を後頭部を掻き、やや面倒そうな顔をしはしたが、踵を返して身体の向きを花子達と同じものにしてくれた。
「…んまぁいいけどよぉ…チップはどれぐらい持ってんだ? 来る階間違ってねえか?」
花子は隣に付く眼帯の衛兵の顔を流し目で一瞥すると、無言で左手を開いて見せて、その中にある金色のチップ5枚を見せつけ、その花子の向こう側でシルバーカリスもその手にある金と銀のチップを見せる。その時のシルバーカリスはなんだか得意げな顔をして、鼻をフンと鳴らして。それらの手の中にある金と銀の輝きは、眼帯の衛兵の隻眼を大きく見開かせるほどのものだった。
「――おいおい、マジか…」
眼帯の衛兵は思わず声を上げ、その後で心躍らせたような笑みを浮かべた。いつもの起きているんだか寝ているんだか、はっきりしないぼんやりとしたその顔がより冴えたものになる。…無理もない。ハイリミットルームでの博打を間近で見られるのだ。娯楽として楽しくないわけがない。しかし、少しするとすぐに眼帯の衛兵はその顔を曇らせた。
「おめえさんたち…博打やった時あんのか?」
階段を上がり始めた花子の後について行きながら、眼帯の衛兵は二人に問う。彼の隣に居るシルバーカリスは眼帯の衛兵の顔を見据えながら首を横に振り、花子は何も答えない。
「博打初心者がハイリミットルーム…イカれてやがる…やめといたほうが――」
眼帯の衛兵は老婆心からか、何か忠告するような声の抑揚で話しかけたが、途中でその言葉を飲み込んだ。その顔に締まりのない笑みを浮かべて。しかし、その心を躍らせたような光をその隻眼に宿して。
「――いや、面白そうだからいっか。いやあ、お前ら度胸あんなぁ、おじさんにはとても真似できねえ」
「ふふ…これからもっと面白くなるからよく見てなさい」
花子とシルバーカリス、そして眼帯の衛兵を加えた一行は4階からカジノ最上階である5階へと上がった。
白を基調とする壁紙、柱、天井。複雑な形状のシャンデリアと壁に掛かる複数の燭台。一つでは心細い蝋燭の光が数を揃えることによって、そのフロアを明るく照らしている。視界の奥、向こう側には大きな窓から一望できる夜の海と街の夜景。遠目に見ることのできる燦然と輝くモグモグカンパニーの摩天楼たち。一行が踏みしめる絨毯は濃い紫色。進む先に伺える人影は極少なく、誰も彼も身なりの良い者たちばかり。ほんの一部、自分達のように少ない元手で成り上がろうとしている風なプレイヤーも存在するが。シルバーカリスはそれらを見てアウェー感を感じるが、花子はその足を止めることなく進んでいく。その背中に豪気を纏わせて。
「眼帯さん、シルバーカリスをよろしく」
「ん…おぉ。五分後に泣きながら帰る羽目にならねえようにな」
花子は振り向きもせずに言うと1階よりも遥かに広い間取りの中に置かれた、テーブルの方へと向かっていく。意地やプライドなどは絡まないが、金という実利。確かな利益が掛かる戦い。重くのしかかるプレッシャーを、泥のように纏わりつくそれらをものともせず。
「花ちゃん…ご武運を…」
シルバーカリスは静かにその後姿を見送り、隣にいる眼帯の衛兵と視線を合わせるとルーレットテーブルの方へと進んでいく。迷いのない足取りで。意を決した顔をして。
彼女たちを動かすそれは、人間が生きている限り腹の中で燃え続ける黒い炎。人類が発展するに至って最も重要だったであろう求める力。欲。贅沢がしたいと言うだけの実に人間らしい動機から、確かに褒められたものではないかもしれないが、勝負師としての鈍い輝きをその心に二人は今回の戦場へとつく。贅沢の味を覚え、求め騒ぐ黒い炎と轡を並べて。そして幕開ける。有り金のほぼすべてを賭けた素人たちの狂気の沙汰が。
*
ブラックジャック。それはジョーカーを除く52枚のカードを使うゲーム。2~10まではカードに書かれたそのままの数値として扱い、1は1、もしくは11として扱うことが出来る。J、Q、Kなどの絵札はすべて10としてカウントされる。
これらのカードを使い、21により近い数値を作る。たったそれだけの簡単なゲーム。ただ、21を上回った数値になってしまえばバーストと言い、無条件で負けが確定し、ディーラー側の手札が何であれベットしたチップは没収される。一対一ならそれこそ数十秒で決着のつくゲーム。それを行うハイリミットテーブルの前に黒頭巾の少女が一人。そこに立っていた。
賑やかなカジノの中。豪華で煌びやかな装飾の施された得た者と失った者だけが存在するその場所の一角。少女は白革で補修された厚い黒革のガントレットをはめた左手をテーブルの上に置き、次のカードが配られるのを待っていた。賭け金として金色のチップ1枚を己の前へと置いて。手元には開始時よりも多くなった金色のチップが10枚ほど。それはその少女、猫屋敷花子がゲームで勝ち続けていることを物語っていた。――ただその彼女の黒頭巾の奥にある顔はにこりともしていない。今までにないぐらいの張り詰めた雰囲気のポーカーフェイスで、テーブルに向き合っていた。触れるものがあれば切り裂くようなピリピリとした雰囲気で。
花子とショートヘアのスーツ姿の女性ディーラーが挟む形で付いている半円形のテーブルの上には弧を描く形で、1段目にblackjack pays 3 to 2、2段目にDealer Must Draw To 16 and Stand all 17's、3弾目にblackjack insurance pays 2 to 1…と、ブラックジャック成立時に上乗せられる報酬。ディーラーがカードをどの数値になるまで引くのか…つまりステイ条件。ディーラーのアップカード、つまり1枚目がエースだったときに掛けられる保険に必要なベット額についてが書かれている。
ディーラーは間も無くカードを配り始める。花子、自分と交互に配り、合計4枚のカードを配る。花子へ配ったカードは表向きに。最初に自分の方に配った1枚目だけ表向きにして。
花子は自分の前の手札に視線を落とす。クラブのジャックとスペードの2。悪くない手札。合計12。10か絵札を引いてしまえばバーストしてしまうものではあるが、それでも一手でバーストする危険性がある手の中では最も安全なものだ。
それを確認し終えた後、花子はディーラーの方に目をやり、表向きに置かれたアップカードを見る。…ハートのエース。伏せられたカード、ホールドカードが10、もしくは絵札であればブラックジャックが成立する手札だ。間も無く、ディーラーはホールドカードの上にアップカードを重ね、それを横向きにすると手を花子から向かって右から左へと開きながら動かし――
「インシュランス?」
と、聞き取りやすい声で言った。――インシュランスベット。ディーラーの手札がブラックジャックだったことを想定して掛ける保険金。だが、花子は動かない。ブラックジャックは来ないと踏んで。その間にディーラーの手は花子から向かって左側で止まり――
「インシュランスクローズ」
花子から向かって右側へと手を動かし、やがてその手を引っ込めて横向きにしたアップカードとホールドカードを縦に戻す。
それを目視で確認した花子は、左手で軽くテーブルを二度ほど叩く。――ヒット、カードを引くときのハンドサインだ。それによって花子の方へカードが1枚、ディーラーの滑らかな動きをする手によって配られた。
来たカードはダイヤの7。それによって手札はスペードの2、クラブのジャック、ダイヤの7で合計19になる。手のひらを下へと向け、花子は左右に手を軽く振る。…ステイのハンドサイン。花子はこの手札で勝負することにしたようだった。
ディーラーは手慣れた手つきでアップカードを指先で掴み、それを使ってその下のホールドカードを引っ繰り返す。引っ繰り返されたカードの表はクラブの7。エースがあるので、この場合8か18として扱うことが出来るが、このテーブルではソフトハンド、つまり1とも11とも取れるエースを含める手札でも17以上となるようであればディーラーはステイすることになっている。花子は19でディーラーは18。このゲームは花子の勝ち。ディーラーの手によって置かれたチップを見下し、花子はそれを自分の方に手繰り寄せる。一言も発さず、無表情のまま。
これで花子の手元にある金色のチップは12枚。ゴールドに換算すると1200万ゴールド。少し前までの全財産の二倍以上は稼いでいる。しかし、人の原動力である欲というものは厄介なもので、花子はそれに満足した風は無い。カードホルダー、カードディスホルダーの中にあるカードを取り出し、シャッフルするディーラーに目をやりながら、手元に立てたチップのタワーから5枚金色のチップを取るとそれをベットし、さらにゲームに臨む。
先ほどと同じような流れでカードが配られる。花子の手札はハートの6とハートの5。対するディーラーのアップカードはスペードの6。ポーカーフェイスだった花子の顔はそれを見て僅かに、攻撃的な微笑を浮かべ、自分の手元にあったチップタワーからもう5枚チップを取って、ベットしたチップの横にそれを置き、手のひらをテーブルの方へ向けたまま人差し指を立てた。
――ダブルダウン。ベットした額と同額、もしくはそれ以下のチップを上乗せる代わりに、一度だけしかカードが引けなくなるというもの。花子の手札は11。どんな数値を引いたとしてもバーストはせず、一番出る確率の高い10、もしくは絵札を引けばブラックジャックが成立する。対してディーラーのアップカードは6。見えないカードは10であると考えるのが定石であるブラックジャックというゲームの仕様上、一番バーストの危険がある手だ。確率的な面で考えるのであれば、ここで仕掛けないわけにはいかない。
花子のハンドシグナルを見たディーラーは、花子へカードを1枚配り、それを横向きに置く。…ハートの4。――まずい。表情すら変わりはしないものの、花子の額に冷や汗が浮かぶ。17以上になるまでディーラーはヒットし続ける。故にこの手ではディーラーがバーストしなければ負けてしまう。そうなればベットした10枚のチップは失われ、手元に残るのはたった2枚になる。花子は口の中でやや奥歯を強く噛みしめ、今引っ繰り返されんとするホールドカードに視線を注視する。
淡々と返ったホールドカード。…絵札ではない。白い余白がおおい黒いクラブマークが伺えるカード。それはクラブの6だった。これでディーラーの手札は12。――5が出なくてよかった。花子は思わず左手で胸を撫で下ろす。しかし、まだ油断はできない。9、8、7、6、5…ディーラーがこれらを引けばその時点で負けが確定する。
だが、6はこの場に3枚、5は1枚も出ている。つまり、花子にとって致命傷になるカードは16枚。逆に言えばディーラー側は10、J、Q、K…この16枚の内どれかを引けば沈む。仮にどちらでもないカードを引かれたとしても、次でディーラーがバーストする確率が上がるだけ。故に状況は花子に対して有利。だからこそ花子は気を強く保ったまま、カードホルダーへと手を伸ばすディーラの手に視線をやる。――バーストしろッ、そう強く念じながら。
「クッ…ふふっ…」
思わず笑い声が漏れる。カードホルダーから取り出された一枚のカードを見て。笑い声を立てた花子の視線の先、そこにはクラブのクイーンがあった。ディーラの手札はそれによって22となる。ディーラーのバースト。それによって勝敗が決し、花子がベットした10枚のチップの隣にそれと同額のチップが高々と積み上げられる。ベットした10枚と合わせて2000万ゴールド相当のチップが。…真面目に稼ぐのがバカバカしくなるレベルの見返り。――真面目にモンスターを倒してこの額を稼ぐとなったら、どれぐらいの時間がかかるだろうか? そう思いながら花子は肩の力を抜いて、一息ついた。
合計22枚になったチップを花子は己の方に左手を使って手繰り寄せ、それの中の1枚をディーラーへのチップとしてその場に残し、その他を何とか左手に持つとそのままテーブルから離れる。熱くなった頭を冷やすのと、自分の連れであるシルバーカリスの様子を見に行くべく。
トランプゲームの台が並ぶエリアからルーレットテーブルの並ぶ場へ。人が疎らで大概豪華な身なりをしているため、探している人物はすぐに見つかった。眉間に深い皺を作り、目を固く閉じて両手を強く組み、祈るそのシルバーカリスの姿が。――傍から見ている花子をこの上なく不安にさせてくれる様の彼女の元へ、花子はその表情を引き攣らせながら歩み寄り、声を掛ける前に彼女の手持ちの方へ視線をやった。眼帯の衛兵はルールの手ほどきだけをしたようで、腕を組み、少し離れたところでルーレットを見下している。
…金色のチップは4枚のまま。しかし、7枚であったはずの銀のチップは30枚ほどに増量していた。そして今、それとは別に銀色のチップ15枚を赤に掛け、彼女は祈っている。――勝っているじゃないか。不安だった気持ちを晴れさせた花子は、投げ入れられた銀色の玉が今に止まろうとするルーレットの方を注視する。
カラカラと小気味の良い音を立てるそれは間も無く止まり…赤の16に落ちた。
音が止んだことによってシルバーカリスは強く瞑った瞳を片目から、恐る恐るといった感じで開けて彼女が立てたのであろう銀のチップ五枚の隣に、それと同額のチップが立てられたことを確認すると己の前に両手を出し、手を握って喜びを噛みしめたような反応を示した。
「やったッ」
小さく声を上げてそれを嬉々とした様子で手繰り寄せるシルバーカリス。…極度の緊張からかすぐ後ろに立つ花子に全く気が付いた様子無く。それはそれを見ていた花子に悪戯心を芽生えさせ、その顔に意地悪い笑みを作らせた。
「わっ!」
「ッ!!!」
シルバーカリスの肩へ身体を寄せつつ右手を乗せ、その耳元で周りの迷惑にならない程度に声を上げる花子。シルバーカリスは声こそ上げないものの肩を大きく跳ねさせ、その後に顔を横に向け、自分を驚かせた黒頭巾の少女に向かって非難がましい視線を向ける。
「花ちゃん…!」
怒気の混じる声は多くは語らないが、その涙目でシルバーカリスは見てくる。言葉より、より多くを語りかけてくるその目で。
「ふふふっ、悪かったわ。謝るわよ」
花子はそのシルバーカリスの反応を楽しんだかのようにクスクスと笑いながら、反省の色感じられない謝罪を述べた。…シルバーカリスの良く知る花子だが、いつもより上機嫌に見える。腹は立ちはするが、その反面、彼女の様子から首尾は上々であることが推測でき、自然と腹も立たなくなる。その悪戯っぽい笑みが心強く思えて、少しばかり恨みがましさ感じる笑みを返す程度に。
「少し頭冷やしましょう? お互いの戦果の確認がてらね」
「…そうですね。両替お願いしまーす」
シルバーカリスはその提案に頷き、ディーラーの方へ顔を向けると積み立てられた銀のチップを指さし、一言言って6枚の金のチップを受け取ると、その内の1枚をディーラーへのチップとして置いて、金のチップ9枚をその手中に収めて席から立った。
花子は彼女が立ち上がるタイミングで肩から手を退けると、こちらを見る眼帯の衛兵に向かって視線をやり、大きな窓に面して置かれた紫色のソファーとテーブルが置かれた所へと移動し始める。窓の向こうにはロマンチックな港街の夜景と夜の海、遠目に享楽的な光で満ちる摩天楼たちが伺える。
その道中、複数のグラスを銀のトレイに乗せるウェイトレスの姿を花子は視界に捉えると、腰の小物入れに右手をやり、いくらかのゴールドを手に取ると、そのウェイトレスにそれを渡したのちに、トロピカルジュースの入ったグラスを受け取った。
「値段書いてないのによくわかりましたね」
「カジノは飲み物無料なの。さっき渡したお金はウェイトレスに対してのチップよ。アンタは飲まないの?」
「いや…僕は今そういう気分じゃないっていうか…」
「あぁ、緊張しすぎて水すら飲めない感じなのね」
間も無く三人は白い丸テーブルを込むようにして置かれた紫色のソファーに各々腰かけた。先ずシルバーカリスがその手に持った9枚の金のチップをテーブルの上に置く。
「いやぁ、運任せでここまで来れるとは…やっぱり波来てますね」
掴み取ったという達成感よりかは今落ち着いていられることに幸せを感じた風な雰囲気で、シルバーカリスは言う。その彼女の奮闘を傍で見ていた眼帯の衛兵はそれに微笑し、さも自分のお陰かのような雰囲気を醸し出しつつ、花子の方へと視線を向けた。戦果を見せてくれとその瞳で語って。
…まずまずの戦果だ。よく奮闘した。シルバーカリスが言っていた流れ…それも間違いではないのかもしれない。花子はそう思いながら、静かに笑う。もったいぶるように。
右手に持ったトロピカルジュースを一口飲んだ後、花子はテーブルの上にグラスと共に左手に握りしめていた己の戦果を、深みのある小生意気で優越感感じた笑みを浮かべながら、二人の顔を上目で見やり、打ち立てた。21枚の金のチップから成る黄金の塔を。ここのチップの価値が分かる人間ならば、誰もが目が眩むであろうその神々しさすら感じられる、金色の輝きを放つそれを。それを目の当たりにしたシルバーカリスも眼帯の衛兵も、目を釘付けにして大きく目を見開き、驚愕した。
「お嬢ちゃん…いや、花子さん…!」
畏怖にも似た念が宿る隻眼で眼帯の衛兵は花子の得意げな顔を瞳に映す。あからさまに変わったその態度で。花子はそれにソファーの上に仰け反るような勢いで深く腰掛けつつ、片脚を高々と上げてから脚を組むと、鼻高々といった様子で胸を張って見せた。それはもうこの上なく機嫌が良さそうな顔をし、その口元ににんまりとした笑みを浮かべて。
トロピカルジュースの入ったグラスを片手に花子は、固まったまま動かないシルバーカリスの方へと視線を向ける。その口元に笑みを浮かべたまま。微かに、何か思いついたような雰囲気で。
「ねぇ、シルバーカリス。お金の使い道なんだけど…少し私の考えを聞いてくれないかしら?」
「…あっ、はい、どうぞ」
シルバーカリスは少し間を開けて花子の言葉に返事を返す。やっと自我を取り戻した風に。花子は己の唇に舌先を這わせ、唇を濡らすと思い付いたとある計画を話すべく、口を開いた。
「PMCを作ってみようと思うんだけど…どう思う?」
民間軍事企業。聞き慣れない言葉に、シルバーカリスは小首を傾げて見せる。
「民間軍事企業? …なんです? それ」
「平たく言うと傭兵みたいな物ね。直接戦闘や警備、兵站なんかをサービスとして提供する組織よ」
花子は迷いのない眼でシルバーカリスの目を見据える。…自分達には向いていないのではないだろうか? そう思った風なシルバーカリスの顔を。
「――僕たちって組織として武力を売りにできるほど強いですかね? 確かに雇われる立場であれば、個としては強いほうだと思いますけど、組織単位で見たら下の下じゃないですか? お金でどうこうするにしても、人手集められるとは思えませんし」
自分たちの現状を俯瞰的に見ているシルバーカリスのもっともな意見。もちろん花子もそのことについて考えていたようで、頷いて見せた。
「そうね。アンタの言う通りよ。ただ、今回私が作ろうとしているのは兵站…中でも輸送をメインとするPMC。人手に関してはNPCを使うことを考えている」
「武力を持つ輸送業者…」
シルバーカリスはその形の良い顎に片手をやり、瞳を伏せる。花子が作ろうとしている組織。それらが生きるであろう場所、求めるであろう人々のことを考えて。今まで見てきたものをその脳裏に思い浮かべて。
「街はプレイヤーが出現する移転先に出来ていることが多いですけど…確かに大きな組織の街なんかは資源が豊かな場所だったり、立地がいい場所に作られてますね。その街の中に存在する中小零細ギルドから仕事を個別に請け負うとなれば…」
小さく呟きながらの推理の後、需要がありそうな仕事ではある。と、シルバーカリスは理解が及んだようで、顔を上げて花子の方へと視線をやった。花子はそれに得意げな微笑を浮かべ、またトロピカルジュースの入ったグラスを唇に当てて、それを傾け、ごくりと喉を鳴らして飲み込んだ後、黙って花子とシルバーカリスの話に耳を傾けていた眼帯の衛兵の方に顔を向ける。
「眼帯さん、衛兵ってどれぐらい強いの? 一人当たりどれ位で雇える?」
「どのぐらい…かぁ。結構強いはず。金に関して言えば衣食の他に5000ゴールドも握らせてやれば一か月ぐらいは言うこと聞いてくれると思う」
眼帯の衛兵はその隻眼を天井へとやり、口をへの字に曲げて分かる範囲で答えてくれる。――パンケーキビルディングタバコ産業のトップである柴犬チャームも、それぐらいの値段を払って眼帯の衛兵を雇っているのだろうか? 人手なら居そうなものだが、なぜ眼帯の衛兵を未だに雇っているのだろう。…もしかして飛んでもなく強いのか? 花子は少しその点が気になるが、今は関係ないので触れないでおくことにする。
とりあえず、一人当たりの必要費用はなんとなくわかったが、肝心な実力の方はハッキリしない。一階層のNPCでそれぐらいの金が掛かるのだから、上を目指すならもっと金が掛かるはず。故に2200万ゴールド。これをもう少しばかり増やす必要がある。花子はそう考え、トロピカルジュースを一気に飲み干すと、いつの間にか自分の傍に来ていたウェイトレスに空になったグラス渡し、席を立つ。
「ふっ…もう少し熱くならなきゃダメみたいね…」
前髪を人差し指で撥ね退け、勝負師としての今ある自分に酔ったように花子は言って、テーブルの上に打ち立てられた金のチップの塔をその手に掴んだ。その口元に気障な笑みを作って。そしてその直後、彼女の手首を力強く…シルバーカリスの手が掴んだ。
「花ちゃん、待ってください…僕、花ちゃんの勝利にベット…全賭けします!」
対の手で金のチップ9枚を花子の方に押しやるシルバーカリス。己の全財産。魂といってもいいであろうそれを。…良いのだろうか? 花子は少しそれに迷ってしまう。
「…いいの?」
若干躊躇った風な花子の一言にシルバーカリスは頷く。
「これも博打ですよ。花ちゃんが勝つかどうかっていう…。僕は花ちゃんが勝つ方に賭けるんです」
シルバーカリスは静かではある物の、だが、力強さ感じる声で花子の碧い瞳をその灰色の瞳で見据えながら語り掛けると、その彼女の手首を掴んでいた手を放した。
そして花子に伝わるシルバーカリスの熱い思い。花子は心の奥底でそれをしっかりと受け止めると彼女のチップを己の方に手繰り寄せ、それを右手に握りしめた。力強く。花子の碧い目の奥底に、鋭く光る輝きを宿らせて。
「最終ラウンドよ…今日という決着は…テキサスホールデム! それで決着をつけるッ! さあ、ついてらっしゃ――」
「あの、お客様。カジノの中ではお静かにお願い致します」
左手を掲げて高々と宣言しかけた花子に対し、すぐ傍にいたウェイトレスがものすごく言いずらそうにしながらも、その顔に引き攣った笑みを浮かべて注意した。それにより花子の宣言は途中で途切れ、微妙な雰囲気になった後で花子はウェイトレスに向かって身体を向け…
「すみませんすみません…」
ペコペコと頭を下げて平謝りをする。そんな微妙な始まり方で火ぶたを切って落とされた最終ラウンド。花子、シルバーカリス、外野の眼帯の衛兵は爪先を向ける。テキサスホールデム。それを行うテーブルが並ぶその場所へ。
一万文字とか…マジか。