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まさひこのパンケーキビルディングとその住人。打砕く者と守る者。  作者: TOYBOX_MARAUDER
海賊の秘宝と青い海、俗物共の仁義なき戦い
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立ちはだかる最強の敵


 30階層。通称塩パグの憤怒。

 アクアマリンの海とそこに無数に散りばめられた島からなる階層。

 白を基調とした美しい水上都市、コック帽をかぶった初老の男が親指を立てるネオン看板が輝く摩天楼が立ち並ぶ開発の行き届いたモダンな島、開発の行き届いていないジャングル島。トロピカルな果物たちと咲き誇る花たち。空は突き抜けるように青く、見渡せば地平線の向こうまで広がる海。

 一階層の娯楽街が破滅しかねないほどの美しいリゾート地は、戦うことばかりに明け暮れた者たちを歓迎するかのように、そこにあった。


 一週間。たった一週間。攻略勢が作っていってくれたのであろう立て看板を頼りに、花子とその仲間たちは歩き、30階層に辿り着いた。高レベルの花子と、花子が見た通り素の身体能力の高いシルバーカリスに、任されたことはそつなく熟すリックのお陰で三人は道中危なげなく進むことができた。

 しかし、30階層。そこに居る強敵は確かに花子たちに牙を剥いていた。


 今日。9月が終わり、もう10月になろうというその日。

 花子は今まで頑張ってきた自分へのご褒美と称し、そのリゾート地での生活を満喫。一階層のライブで稼いだ金で贅の限りを尽くしていた。


 背後にはヤシの木がまばらに生えた、島の内陸部へと繋がる白い砂浜。

 眼前には煌めくアクアマリンの海。日はそろそろ一番高い位置に輝かんとしている。


 波打ち際。

 白と赤のそれは大きなパラソルの下、黒い大人っぽい水着姿、細く長めの足を組みつつ……サイドテーブルがすぐそばに置かれたビーチチェアの上に身体を横たえ、トロピカルジュースの入ったグラスを片手に花子は呟いた。

 うっとりとした表情で、燦々と照り付ける陽の光を水面にキラキラと反射させるアクアマリンの海、それが打ち寄せる白い砂浜、波の音。足の先から脚、腹部、胸部から頬へと優しく吹く潮風。それらを存分に堪能して。


 「あぁ…最高ね…」


 まさにそこは楽園だった。

 そう、30階層という最強の敵。それが持つ誘惑という名の毒牙に花子は屈してしまっていた。


 当然毒牙にかかったのは一人ではない。

 その誘惑を享受できるだけの財力を持つ者はもう一人いる。


 「そうですね……ライブ出ておいてよかったです。一か月前の地下牢獄暮らしが嘘みたい……」


 毒牙にかかり、屈した花子の友人。

 その少女、シルバーカリスも例外なく、白と水色のストライプの水着姿で、花子と同じパラソルの下にてビーチチェアの上に身を預けていた。


 30階層の誘惑。

 屈した友と行動を同じくしながら、屈していない男が居た。

  新調した肩回りが大きく見える型に被さり二の腕まで伸びるファーと、腹部から腰までが黒革と金具のレザー、腰後ろから膝下まで伸びるファーとで構成される白いハイドアーマー。腰後ろに両刃の片手双斧を付けた姿で。


 「……お前らいつまでこんなこと続けるつもりだよ。もうここに来て一週間経とうとしてるんですけど」


 ただ見た目こそ小悪党な感じがしはするが、下手な優等生より真面目な男、リック。

 彼は呆れた風な顔をして、橙色の瞳を海の方に向けながら一向に動く気配のない二人を叱りつけるように言う。

 可愛げのない性格ではあるが、スタイルもよく、見てくれは良い花子と……胸はないが、全体的に締まった体つきでうっすら割れた腹筋のスプリンター型のアスリートのようなスタイル。整った顔つきの性格も悪くないシルバーカリスの水着姿を直視できずに、目のやり場を海の向こう側に固定して。


 だがそんなものは届かない。

 贅を、幸せを心いっぱいに貪る者どもには。

 

 「もう少ししたら進みますよぉ。ね? 花ちゃん」


 「そーよそーよ、アンタは塩作るバイトでもしてなさいよ」


 上っ面だけを取り繕ったあまりにも安い言葉。

 言葉の意味だけを取れば肯定的に見てもいいのだが、そうではない。態度がそうではないと言っている。

 持たぬゆえに毒牙に掛かれぬ者の、攻略勢としてのまっとうな主張は贅に溺れたシルバーカリスと花子には響かない。虚しいほどに。その様相は言葉の限界を……静かに物語っていた。


 「三日前も同じこと聞いたんすけど。まあいいや、俺は塩作りのバイト行ってくる。遅くなる前に帰れよ」


 唇を尖らせるリックにそう言わしめたのは堕落した彼女達への非難の気持ちだけではなかっただろう。

 彼は右手で白銅色の前髪の生え際あたりを掻くと、花子に言われるがままに砂浜から離れていく。

 

 ――海という塩が取れる場所。この時、塩産業に参入し始めるギルドが後を絶たず、誰もが塩を作ろうと人を集めていた。この30階層は塩産業大手であるギルド、クリスタルパグにとって面白くない場所であろうとされており、故に塩パグの憤怒と呼ばれていた。


 去り行く持たざる者の背を横目に、トロピカルジュースを飲む持つ者、花子。

 前者の背中が視界からフェードアウトした時、彼女の目は再び眼前の、果てしなく続く青い海と白い砂浜へと向き――その隣にいたシルバーカリスが口を開く。


 「このままのんびりしてたら誰かがこのゲームクリアしてくれたりしませんかね」


 「お金はまだまだあるけど…誰かがクリアしてくれるまでここでのんびり…っていうのは無理よね」


 二人の気持ちは同じだった。人任せのダメ人間の思想。考え。

 双方に共通するもの。今まで苦労してきたという自覚、意識。故に肯定される。今の暮らし、行いは。元よりありはしなかったのだ。攻略勢としての矜持など。とっくに無くなってしまっていたのだ。現実世界に帰らねばならぬという焦りは。


 照り付ける眩い陽射し。波の打ち寄せる音と潮風の音、眼前に広がる天国のような景色とで織りなされる幸せの中で、二人は各々の手の中にあるトロピカルジュースを飲み、味覚をも幸せで満たす。

 舌に感じる甘さ。鼻から抜ける優しく、角のないマイルドな甘やかな香り。それらを堪能し、この上ない幸せを感じながら。


 「――花ちゃん、知ってます? NPCの人たちが住む島にある、港町に面した水上都市ありますよね。あそこにカジノあるらしいんですよ」


 ゆったりとした雰囲気の中の少しの間の沈黙の後、シルバーカリスが何やら囁く。

 サイドテーブルの上にトロピカルジュースの入ったグラスを置き、ポジティブシンキングが行き過ぎた、浮かれに浮かれた者が聞けば猛毒にもなりかねない悪魔の囁きを。


 「カジノ……ね……」


 花子は、当然……その言葉の真意を理解する。

 たまに混じる海鳥の声と眼前に広がる海に視線を固定したまま。

 シルバーカリスは続ける。破滅の匂いを感じる囁きを。


 「僕たち一階層から出て以降うなぎ上りですよね、なんか良さそうな武器持ったモンスター見つけたり……波来てますよね、コレ」


 「つまりカジノでもこの流れが作用して…」


 そこで二人はお互いビーチチェアから起き上がり、互いの方へと上半身を乗り出した。

 自分たちの勝利を疑わない、輝く笑みをその顔に浮かべて。お互いの顔を見つめて。ただそれには根拠はない。ただの根拠のない自信だ。


 「そう、そうですッ、今ある手持ちが増えてここで暮らしていくだけのお金が転がり込んでくるってわけです!」


 シルバーカリスは力強く言ってその口元に強気な笑みを作り、己の身体の前に花子に手の甲を向ける形で腕を出し、力強く拳を握る。

 ……今このパーティーに唯一存在する自制心とも言えるリックはもう既にそこには居ない。故にこの無茶な話を止める者は誰一人としていない。

 その場に居るのはシルバーカリスのその力強い言葉に心を打たれ、瞳を爛々とさせる花子だけ。誰も止めはしない。ただ優しい打ち寄せる波の音だけがそこを支配する。


 「やっちゃいましょうか?」


 「やっちゃいます?」


 「やりましょう!」


 「花ちゃんならそう言ってくれると思ってました!」


 花子とシルバーカリスは盛り上がり、ハイテンションな様子でお互いの右手を瞳の高さで組むと口元から白い歯を覗かせ、ニッと強気な笑みを浮かべる。

 それは花子とシルバーカリスの今夜の予定が決まった瞬間だった。


 「こうしちゃ居らんないわ! 景気付けにリラクゼーションサロンに行くわよ!」


 「オーッ!」


 二人は互いの右手を離し、トロピカルジュースの入ったグラスを取ると一気にそれを飲み干し、ビーチチェアから立ち上がるとお互いの顔を見合わせながら、活気のある声を張り上げた。硬く握った右手を空へと高く高く力強く突き出して。


 ――温かい風と波の音。

 煌めく海と白い砂浜。砂浜に残る気が大きくなり、浮かれに浮かれた二人が残した足跡。

 熱いその日の始まりは、そうして始まった。四肢を使った戦いとは違う、賭博という名の読み合いと精神の戦い。

 二人は未だに体験したことのない、新しい戦いに足を踏み入れようとしていた……。

一週間に一話と言ったな。あれは嘘だ。…そうなるときもあるかもしれませぬが…どうか温かく見守っていただきたい。

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