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まさひこのパンケーキビルディングとその住人。打砕く者と守る者。  作者: TOYBOX_MARAUDER
闇の片鱗と目覚める小虎
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休暇の終わり


 とても眩しい光。暖かな陽射しのそれは閉じられた瞼の向こうからも感じられ、肌に照り付けて心地よい熱を感じさせる。


 意識は次第に覚醒していき、双眸が開く感覚と共に、ぼやけにぼやけたベッドの白い天蓋が目に飛び込んでくる。――見覚えのある光景だ。一週間だけ、毎朝見てきた光景。花子は己が今どこに居るのかそれによって理解する。


 一度、二度。ゆっくり瞬きをしたところで天蓋から垂れるカーテンが何者かの手によって開かれ、ギシッとベッドの軋む音が聞こえたかと思うと、視界端からライトアイボリーの髪色の少女が顔を出し、その髪色と同じ色の瞳で花子の顔を覗き込む。それによって目に当たっていた陽の光は遮られ、眩しくておぼろげだった視界がハッキリする。――気を失ったまま眠ってしまったのであろうことを花子はそこで何となく理解する。


 「よぉ、起きたかい」


 花子の顔を覗き込む少女、マロンは人懐っこい少年のような笑みを浮かべながら声を掛けてくる。なんだかとても清々しそうな、溌剌とした雰囲気で。その姿は鎧姿ではなく、色気もくそもない上下黒ジャージのオフの時の姿だ。ベッドの上に座って上半身をひねる彼女の膝には黒革の鞘に収まったグラディウスと白い円盾、見慣れたような、見慣れていないような…様変わりした黒革のガントレットもある。


 「えぇ」


 花子は穏やかな笑みを浮かべて短く返事を返し、身体をゆっくりと起き上がらせ、それに合わせてマロンは花子の身体の上から上半身を退けて、ベッドの上に膝の上に載った骨の剣と円盾を置いて、ガントレット右手に持つと立ち上がった。――花子の身体は黒革と骨とマントの装備を纏っていて、取れかけていた腕は元通り。しかし、マロンに切り裂かれたガントレットは外されていて、そこには自分の白い手が見える。…マロンのところにあるガントレットを見るに、切り裂いたそれを補修してくれたようだった。


 「長いこと起きねーもんだから焦ったぜ」


 マロンはそう言って、ベッドの上に片膝を突く。それにより、再度ベッドは軋んでやや沈み、ギシリと音を立てた。――花子の何もつけられていない手にマロンの左手が添えられる。


 花子は寝起きの冴えない頭の中で、そのマロン行動の意味を考えず、されるがままにして彼女の様子を見ていると、彼女は右手に持ったガントレットを花子の手にはめ始める。昨日確かにパックリと切り裂かれたそれは、マロンの鎧の白革を使い、破損個所を補修された姿になっていて、より厚手なものとなっている。そして間も無くそれが花子の左手に取り付けられる。――親友の身に着けていたものが自分の装備の一部分となる。悪い気はしない。より一層の愛着をそのガントレットに感じつつ、ガントレットの中で左手を何度か握って感覚を確かめる。


 「どうだよ?」


 マロンはガントレットに取り付けられたベルトや金具が全てつけ終わったことを目視で確認したのちに、ベッドの上から身を引いて再びベッドの傍に立つと花子の顔へ視線をやった。既につけ心地を確かめ終えた花子は手のひらを返しながら、生まれ変わった左手のガントレットのデザインを眺めている。どことなく感慨深そうに、そして気に入った様子で、口元から白い歯を覗かせ、満足げな笑みを浮かべて。


 「白いアクセントが加わってオシャレになったわね」


 「ばっか、そうじゃねーよ。はめ心地だよ。つかお前わかってて言ってるだろ」


 マロンは自分が揶揄われていることを感じつつ、物言いたげなジト目で花子の横顔を見据え、花子の瞳はマロンの方へと動いた。揶揄ったような笑みをその顔に浮かべながら。


 「ふふふっ、何のことかしら」


 「あー、めんどくせえ。頬っぺた抓るぞこの野郎」


 ぶーたれた顔をするマロンの横で一頻りガントレットを眺めた花子は己にかかる羽毛布団を捲り、横向きにベッドの上に腰かける。足は黒い靴下を履いたままだったが、ブーツは脱がされていて、ベッドの傍に揃えて置いてある。その長い編み上げの厚革のブーツに足を通し、靴紐を結んでベッドから立つと、花子は大きく背伸びをし、口に片手を当てて大あくびをする。憑き物が落ちたようなのんびりとした様子で。


 「――あぁ、スッキリした。これで心置きなく前線に戻れるわ」


 花子はそう言ってマロンの横に立ったまま、白い豪華な家具が並び、いまだに自分の私物であるダブルベースとピアノ、ジャズドラムが置かれた白を基調とした部屋の中を眺める。――特定の塒は持たないし、あれらを持っていくことはできない。…売り払うか。花子はその形の良い顎に左手を当てて、その三つの楽器の処分について考え始める。


 「ん」


 考え込んでいるとマロンが花子の方へ白い円盾と鞘に収まったグラディウスを差し出した。その両腕に抱えるようにして持って。


 「ありがと」


 花子は先ず、鞘に収まったグラディウスを受け取って腰のベルトにそれを取り付けて、それから右手で白い円盾を受け取るとそれを右腕に通す。そして何度か右手で感覚を確かめるように盾のグリップを握った後で、花子はマロンの顔を見る。


 「ピアノトリオセットは好きにしちゃっていいわ。どうせ持っていけないし」


 素っ気なく言う花子にマロンは小首を傾げてなんだか間抜けな顔をする。今更何を言ってるんだ? そう言いたげな表情で。


 「別にいいじゃん。お前この部屋使えば」


 一週間暮らしてみて分かったこと。この宮殿内は空き部屋だらけ。しかし、確かに部屋は余っている状態だが、いいのだろうか。対価も払わず住まわせてもらうというのは。変に義理堅い花子は気に入らなく思い、眉間に少しばかり皺を作る。


 「私が世話になる理由なんて――」


 「今更なぁに水臭えこと言ってんだよ。甘えて頂戴よ、はーなこちゃん。このマロンちゃんにさぁ」


 花子の言葉を遮りつつ、乱暴にマロンは花子の肩を組み、乱暴にされたことによって不快感感じた風なしかめっ面をする花子の顔を横目で見て、馴れ馴れしくニッと笑う。


 「そこまで言われたんならしょうがないわね。寂しがり屋のマロンちゃんのために使ってあげるわ」


 「こんにゃろ。下手に出りゃ調子に乗ってお前はッ」


 しかめっ面していた花子も意地悪な浮かべてマロンの瞳を見返し、二人はクスクスと笑い声を立てて短く会話を交わすとマロンは花子の首後ろに回した腕を解いた。


 「――花ちゃーん」


 そのタイミングで部屋と廊下を繋ぐドアが聞き覚えのあるハスキーボイスと共に開かれ、新しい装備に身を包んだシルバーカリスが入って――こようとしたが、背中に背負ったルツェルンを突っ掛からせてよろめいた。


 「わっ、わっ…!」


 小さく声を上げてその後ろに居た柘榴となんだか落ち着かない様子のリックを巻き込んで、ドアの向こう側で三人そろって盛大にすっ転んだ。


 「あははっ! 愚ぅ~図っ!」


 「ぶははっ! ククッ…そりゃ卑怯だぜ。結構練習したんじゃねえか?」


 花子はとても楽しそうにその三人の様を嘲笑し、マロンは三人の方へ指を指して笑う。


 「すみません、すみませんッ」


 それにシルバーカリスは申し訳なさそうに後ろの二人へ向き直り、肩を窄めてペコペコと頭を下げ――


 「気にすんな」


 「平気だから」


 リックと柘榴はシルバーカリスを軽く慰めるような言葉をかけた後に、扉の向こうでにやつく花子と柘榴の方へ刺すような視線を向けた。


 間も無く気に入らなさそうにするリックと柘榴が部屋の中に入り、その後に黒いルツェルンを両手で持ったシルバーカリスが入ってくる。一頻り楽しんだ花子とマロンの目はシルバーカリスの方へと向く。


 青を黒を基調とした細い身体がより細く見える、身体を引き締めるようなスタイリッシュなデザインの黒鉄色の金属を多用した鮮やかな青布の鎧。腰には金属の金具がたくさんついた黒革のコルセットがあり、そこから下へと背面側がやや長い青い布が膝上あたりまで伸びている。腰回りに取り付けられたベルトには鞘に収まった短いブロードソード。背中には腰半ばほどの長さのフード付きの青いスモールマント。黒皮のブーツ側面には鞘に収まったブーツナイフが一本ずつ取り付けられている。そして彼女の手には2メートル50センチほどの黒いルツェルンが握られていた。…露出がなく、しっかりと身体を守れる鎧姿だ。シルバーカリスのルックスも相まってより格好良く見える。


 マロンは顎に手をやりながら、やや身体を前に傾けつつシルバーカリスへと近寄り、その姿を吟味しながらチョロチョロし始めた。


 「なんかあれだな。王子様みてぇ。やっぱシルバーカリスカッコいいわ。父ちゃんも母ちゃんも美男美女なんだろうな」


 「お母さんは美人ですけど、お父さんは怖い見た目してますね」


 吟味するマロンとニコニコするシルバーカリスが話し始めるすぐ傍で、花子はリックの元へと歩み寄り、彼の隣に立ってシルバーカリスの姿を瞳に映し、マントの中で腕を組んだ。


 「防具はアンタのチョイス?」


 「俺は交渉役引き受けただけだ。悪くないだろ」


 リックも花子同様シルバーカリスの方を真直ぐ眺めながら、隣に居る花子へと淡々と答える。


 「えぇ、そうね。…アンタのも買ってあげるから後で付き合いなさいよ」


 花子とリックの視線の先で、シルバーカリスを取り囲むマロンと柘榴。シルバーカリスはブロードソードを取り上げられたり、ブーツナイフを取り上げられたりしている。しかし、シルバーカリスはその手にルツェルンを持ったまま、されるがままだ。そしてその時の顔は嫌そうでもない。普段結構いじられるタイプなのであろうことを何となく察することのできる光景だ。そんな中、花子の一言により、リックの瞳が花子の方へと向く。


 「舐めんな。俺にもプライドってのがあるんだよ。施しは受けねえ」


 リックはどことなく不機嫌そうに、突っ返すように言う。自尊心やプライド。そういったものに対して執着がない人間であれば喜ぶであろうそれが、彼にとっては侮辱の一言だったようだ。内心花子はリックに悪いと思いながらも、その態度を改めることなく、口を開いた。


 「ふっ、少しは骨があるようで安心したわ。場合によっては途中で放逐してやろうかとも思ってたけど…仲良くやれそうね」


 花子は謝らない。リックはそれに対して気に掛けた風ではなかったが、花子のその言葉が意外に思えたようで、花子の方へと顔を向けて妙なものを見たかのような顔をする。


 「止せ。お前にそんなこと言われると身体が痒くなる」


 リックが言葉を発し終えた直後、何やらにやついた顔をするマロンがリックの方へとやってくる。それにリックは危機感を覚えたように顔を引きつらせ、たじろいだ。嫌な予感でも感じたかのように。


 「よかったなァ、色男ォ! お前今日からこの可愛い女の子ばっかんところで暮らせるぞぉ、感謝しろよぉ!」


 マロンはリックの前まで来ると、その肩をバンバンと叩きながら豪快に笑う。彼女の発言から察するに、どうやらシルバーカリスもこの宮殿の一部屋を使わせてもらうことが決まったようだった。肩を叩かれるリックはどうやらぐいぐい来るマロンが苦手なようで、とてもやり辛そうな顔をしている。…ただの照れ隠しかもしれないが。


 「えっ…いや…なんでそうなった?」


 「花子もシルバーカリスもここに部屋持ってるし、オメーだけハブるのもかわいそーだしな。あたしの好意だ」


 戸惑っていたリックであるが、マロンのその一言に気に入らなそうな顔をして片眉を吊り上げた。――拘る結構面倒な男リック。マロンは憐れみだとかで言ったつもりではないと思うのだが。単純な好意なら受け取って置いた方がいいだろうに。傍から見て花子はそう思ってしまう。


 「施しは――」


 「おっし、いい心がけだ。扱き使ってやるから覚悟しやがれ」


 強く言いかけるリックの言葉を遮るようにしてマロンは悪い笑みを浮かべ、自分の顔の前に手を出し、人差し指でリックの顔を指さすと、取り付く島も与えぬ物言いで歯切れよく言い放った。――それだったら施しには当たらない。リックは納得したような顔をすると閉口し、しかし嵌められたのではと思っているようで、内心気が気でない風だ。


 マロンは勉強は出来なさそうではあるが、頭は良い。特にこういう会話をさせるとそれが際立って見える。少なくとも話術に関しては自分より一枚も二枚も上手。花子はそんなマロンの横顔を見て、微笑んだ。


 そしてその話を聞いていた柘榴とシルバーカリスが集まってくる。柘榴はとてもいいことを聞いたかのようにその顔に意地悪い笑みを浮かべ、リックを見据えていて、その視線に気が付いたリックは苦虫を噛み潰したような顔をした。


 「なら早速リックにご飯作ってもらいましょう。さ、食堂に行くわよ」


 「ちょっと待て。俺は料理は…」


 「対価は払うのよね?」


 「…ハイ」


 傍から見れば可愛い女の子たちに囲まれた羨ましい状況なのであろうが、花は花でもトリカブトやベラドンナなどの毒草。都合のいい女なんてのは一人もいないし、主導権は常に女性陣側。リックは明らかに気圧された様子で、柘榴に手を引かれて部屋から出ていく。…結婚をすれば尻に敷かれるタイプであろう。柘榴に連れられて部屋から出ていったリックを見送った花子は思う。


 静かになった部屋の中で、花子、マロン、シルバーカリスの三人はお互いの顔を見合わせた後、小さく笑い、マロンが廊下へと続く扉の方を顎でしゃくったことによって、三人は食堂へと向かい始めた。今日の活力を得るために。




 *  


 

 

 雷雨が通り過ぎた翌日の、空気の澄んだ清々しい天気の日。雲一つない青空の下、朝食を摂り終えた花子とその仲間たちは白い宮殿の前に立つ、マロンと柘榴の方へ向く形で立っていた。


 「そういえば昨日この本弄ってて気が付いたんだけど…コレ、なんだろうな」


 別れの挨拶を交わさんとしていたその時、リックはその手に持った階層転移用の本の最終ページを開き、各々に見せる形にする。何やら小さな静止画が並ぶそのページを。その指でスワイプしながら。他四人はそれを覘きこむ。マロンを先頭にして。


 それを見た花子の中に戦慄が走る。動画のサムネイルのようなそれを大きく目を見開き見て。その身体に冷たい汗が流れるのを感じながら。


 「なんだこりゃ。触ったらなんか起きたりすんのかな」


 間も無く、ライブステージのようなものを映した静止画の一つにマロンが指先を伸ばし、それに触れた。


 その小さな静止画は、それをきっかけに最終ページ大に広がって動き出す。甘ったるい声で歌い、踊る少女たちの様子をそこに映し、その時の音声を再生しながら。そしてその動画の中心に映っていた、濃紺色のミディアムショートの髪の碧い瞳の少女の姿にズームしていく。マロンはそれに顔をにやつかせ、シルバーカリスはいつも通りに、柘榴は気の毒なものを見るかのように、そしてリックはこのライブの存在自体知らなかったようで、酷く驚いたような顔をし、目を丸くして花子の顔を見る。


 別れの挨拶間際、少しばかり恰好を付けた風にしていた花子は、その動画が再生されたことにより、酷く動揺した様子で固まり、その本の中のものを見ている。戦慄に揺れる瞳にそれを映して。


 「――うっ…うわああああああああああああッ! やめろッ、やめてくれぇッ! 私を見るなぁッ!」


 間も無く、盾を投げ捨て両耳を両手で塞ぎ、叫びつつ、石畳の上に倒れると恥ずかしさに身をよじりながら、その上で転げまわる。左右にゴロゴロと身体を勢いよく転がしながら、目を固く閉じて。


 「昨日めちゃんこ格好良かった花子ちゃんの萌え声とキュートな踊り…ギャップも相まって最高だぜ。毎晩見てやろうかな」


 マロンはケタケタと笑いながらその腹部に両手を当てつつ、羞恥に転げまわる花子を見下し、シルバーカリスは苦笑いし、柘榴は花子を気遣ってかリックの手の中にある階層転移の本をふんだくるとそれを閉じた。それによって音も聞こえなくなり、転げまわっていた花子は転がった盾にその身を乗り上げ、石畳の上から庭の芝生の上へ落ちたことによってようやく動きを止めた。リックは今見たものが信じられない様子で、ただ花子を驚いた顔で見ている。


 「少しの間一人にしてあげた方がいいわ。彼女にとってあまりにも刺激が強すぎた」


 ほんの少しの間訪れた阿鼻叫喚。柘榴は閉じられた本をリックの方へと差し向けつつ、花子以外の面々の顔を見て語り掛ける。


 「じゃあ伝言お願いします。僕とリックさんが一階層の広場で待っているって」


 シルバーカリスはそう言って自分の腰の小物入れから階層転移の本を取り出すと、リックの肩に触れつつ一階層目の絵に触れて、いまだに固まったままのリックと共に姿を消した。


 「そういうことだからマロン先輩、花子に伝言お願いね。揶揄うなんてことはしてはダメよ!」


 にやつくマロンに柘榴は言うと、白い宮殿の中へと入っていく。その場に残されたのは楽しそうに花子を見るマロンと両耳を塞ぎ、芝生の上に倒れたまま動かない花子だけ。それから少し時間が流れた後で、やっと花子は耳から手を放して立ち上がった。…その顔を羞恥で、耳まで真っ赤に染めたまま。


 「あ~、面白かった」


 「うっさい」


 きまり悪そうに口を尖らせつつ、花子は黒いマントを叩いて土埃を落としていき、マロンは石畳の上の白い円盾を拾い上げた。急に静かになったその場に、涼やかな風が吹いて庭に立つ庭木たちが騒めいて、微かに音を立てた。


 「リックとシルバーカリスは一階層の広場で待ってるってよ」


 マロンは花子の前へと歩みより、盾を両手で差し出す。風が優しく吹き付けて、二人の髪が風になびいた。その風は少しばかり冷たく、紅潮して熱くなった花子の頬を冷やしていく。


 「わかった」


 花子はつっけんどんな態度で、いまだに恥ずかしそうにしながら言うとちらっとマロンの目を一瞥したのち、盾を右手にとってそれに腕を通した。


 「死ぬなよ」


 「死なないわよ。アンタより強いんだから」


 「次やったらあたしが勝つけどな」


 「…否定できないわ」


 短い会話を交わし、恥ずかしそうにしつつ花子は口元に静かな笑みを浮かべるマロンと目を合わせ、二人は片手に拳を作って互いのそれに拳を突き合わせた。


 「…行ってくるわ」


 「おう」


 少しばかり落ち着きを取り戻した花子は左手に階層転移の本を開き、その言葉を最後に光となってその姿を消し、その場に取り残されたマロンは鼻から大きく息を吸い込み、瞳を閉じて吐き出す。

 

 「やっぱお前は良いな。親友」


 マロンは呟く。昨日の戦いを経てなくなった後ろめたさのない、澄み渡った気持ちで。初めて心底惚れた親友に思いを馳せて。静かになったそこにただ爽やかな風が吹き付けていた。

誰ぞ…日常物を書いているおすすめの作家さんを教えてたもれ…!

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