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まさひこのパンケーキビルディングとその住人。打砕く者と守る者。  作者: TOYBOX_MARAUDER
闇の片鱗と目覚める小虎
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決別と嵐の前触れ


 まさひこのパンケーキビルディングの高級住宅街。落ち着いた雰囲気と綺麗に整理された道、それを挟むように置かれる街路樹、街灯。周囲には広い庭を持つ豪邸が立ち並ぶ場所。たったの一週間の間だけであったが、家路と呼べたそこを花子は歩く。そして今日、この道を家路と呼べる最後の日。花子はそのことを感慨深く思いながら、味わうように、噛みしめるように道を進んでいた。腰の小物入れにある水晶に触れ、ステータス画面をポップアップさせるともう1時近いことが分かり、ライブを行ったせいか、レベルが50レベルになっていることに気が付く。花子は盾、片手剣、体術スキルに厚めにポイントを振ろうと考えつつ、それを後回しにしてパネルを閉じる。今感じる二度は味わえない雰囲気、空気を味わうべく。


 芸能事務所フルブロッサムに所属するアイドルたちが暮らす白い宮殿。それを中心に置く敷地を囲う柵が見えてきたころで、敷地の出入り口である鉄格子の扉の前にマロンが居るのが見え、間も無く彼女は花子に気が付いて右手を大きく振った。随分気に入られたものだ。花子は口元に笑みを浮かべてそちらの方へと歩いて行く。


 「おせーぞ。もう日が変わってんぞ。もしかして彼氏かァ?」


 「そうだったら帰ってこないわよ」


 花子がマロンと合流したところで、マロンは鉄格子の扉を開け、自分達の家の敷地の中に入っていき、花子はその後へと続く。やや遠目に見える白い宮殿の前には複数のテーブルが並べられており、その上には様々な料理が載った皿が置かれていて、周囲にはフルブロッサムのアイドルたちが食べたり飲んだりし、楽しんだ様子でそこに居る。その会場となっている場所は色紙を使った手作りの飾りなどで飾り付けられていて、安っぽく見える様ではあるが、確かに心がこもった温かさのようなものを感じさせる。隅っこには肩身狭そうにするピエール吉田の姿。マロンが引きつれる少女たちとは打ち解けられていないのだろうことが見て取れる。


 彼は打ち上げ兼ね送別会の会場の方へと歩いてくる花子に気が付くと、そのキラキラした瞳に花子を映し、近寄ってきた。花子はライブでやらかしたことを理解しているため、何か言われるのではと眉間に微かに皺を寄せて身構える。ただ彼が望んでいたアイドルとしての活動は、しっかり全うしたと思っているようで負い目など一切感じた風のない、徹底抗戦も辞さない堂々とした態度でだ。


 「待っていたよ…マイエンジェル…」


 ピエール吉田には別にそれについてとやかく言うつもりはなかったようで、湿っぽい抑揚の声で話しかけてきた。そのキラキラした目を涙でさらに煌めかせて。自分にめちゃくちゃ執着していたし、解らないでもない反応だ。しかし、花子はそれに付き合ってやるつもりは毛頭なかった。

 

 「これで貸し借り無しよ」


 アイドルの仲間たちには少しは思うものはあるが、ピエール吉田にはそんなものはない。情に絆されない女、猫屋敷花子は一仕事終えたような表情でさらっと言って、視線を会場の方へ向けつつピエール吉田の横を通り過ぎる。ライブ前は吐き気を覚えるほどの絶望と緊張で物を食べることが出来なかったし、オルガのところでいくつか苺を摘まんだ程度。格好をつけてはいるが、花子はお腹を空かせており、その目はテーブルの上に並んだご馳走に釘付けになっていた。ピエール吉田の事なぞ気に掛けている余裕もないほどに。


 「手に入らないからこそ尊く、より眩く見えるか…ふふ…その君の透き通った氷のように冷たく、ミントのように爽やかな清涼感…僕は生涯忘れないだろう…」


 ピエール吉田は通り過ぎ行く花子の姿を視線で追うことなく、瞳を閉じて噛みしめるように、味わうかのように呟くとそのまま敷地の出口である鉄格子の扉の方へと歩き始めた。


 「なんでぇ、おっちゃん。花子に話あるから来てたんじゃねえのかよ」


 花子の横を歩いていたマロンはそれに気が付くと、ピエール吉田の方へと振り返り、声を掛けた。もっとゆっくりしていったらいいのに。そう思った風に。


 「僕は決別の挨拶に来ただけさ。マイエンジェルの残してくれたこの清涼感という残り香…それが薄まらないうちに、余計なものが混じらないうちに…今、この言葉では表現できないこの感情を静かに味わっておきたい…」


 ピエール吉田は振り向かず、足を止めず。そのまま出口の方へと向かっていく。それを見るマロンは後頭部を右手で掻き、呆れた風な顔をした。


 「まーたわけわかんねえこと言い始めやがった。まあいいや。お疲れさん。しっかり休めよ」


 頭を掻いていた右手を大きく上げ、そのピエール吉田の背に向かい、マロンは大きく手を振る。その時のマロンの眼差しは、確かに仲間に向けられる優しげなもの。とはいってもそれは自分のリーダーに対して向けられるものではなく、世話の焼ける子分に向けられるようなものだ。


 マロンは彼の背が見えなくなるまで見届けた後、盾を腰のベルトに取り付け、ターキーレッグを両手に一本ずつ持ってそれを頬張る花子、その後で当たり障りのない笑みを浮かべて周囲のアイドルたちと談笑するシルバーカリスの方へと視線を向ける。今日の主役である花子とシルバーカリスの周囲には沢山の人集り。ルックスと八方美人な性格のせいかシルバーカリス側の方が人気は多く、もはや入っていけそうな感じはしない。花子のところもシルバーカリスと比べたら見劣りはするものの、割って入るのも気が引ける程度には人だかりが出来ている。今日は譲ろう。マロンは自分の中で呟くと複数置かれたテーブルの上の料理にへと目を向け、食べたくなるようなものを探し始める。


 「私の取り分は幾らぐらいになるのよ」


 小生意気な後輩を見送らんとするアイドルの先輩たちに囲まれつつ、双剣のごとくターキーレッグをその手に持つ花子は、誰にも媚びない相変わらずの可愛くない態度で、生々しい話を隣に居る柘榴に振る。その直球な物言いを花子らしいと思いながら苦笑交じりの笑みを口元に浮かべた柘榴は真直ぐこちらを見据えながらターキーレッグを齧る花子に視線を送り返していた。


 「お金の管理はマロンがやっているから確かなことは言えないけど…前回のライブの時でもすぐには使い切れないぐらいの額が入ってきたわ」


 「ふぅん…前回のイベントではどのぐらいだったのよ」


 「一人当たり50万ゴールドぐらい」


 「かなり貰えるのね。皆がこんな真似してまでここに居続ける理由が分かる気がするわ」


 結構な金額であったが、それを聞いても花子は大して喜んだ風もなく、いつも通りの様子で素っ気なく言う。悪気はないのだろうが、聞く者に角を立ったように思わせるような言葉選びで。この一週間、彼女からジャズのレッスンを受け、そしてダンスや歌を教えた柘榴にとってそれはもう慣れっこで、今更指摘する気すら起きない。


 「前回のライブの出資者って誰だったのよ。一人当たり50万ゴールド支払うなんてさぞかし大きな組織なんでしょうね」


 「屋台通りの皆よ。梅酒愛好会の落霜紅さんが皆を纏めて私たちをバックアップしてくれたの」


 「…意外ね。あの人たちがそんなにお金持っていたなんて」


 「結構無理していたみたいだけどね。一階層の活性化のためにって」


 屋台通りの吹けば飛ぶようなあの店たちで金を出し合い、宣伝を芸能事務所フルブロッサムに。最初のライブが実際どんなものだったか見てはいないのでなんとも言えないが、金が掛かるように思えるそれを行うだけの金をよく捻出できたものだ。酒というのはそんなに儲かるのだろうかと、何の気なしに振った会話を通して花子は思い、その手にある肉の付いていない骨だけになったそれを近くのゴミ箱に放り、親指や人差し指、中指に付着したソースを舐める。


 「ねぇ、花子。せっかくだし貴女の話聞かせてよ」


 「いいわよ。退屈でもよければ」


 食事最中の何の実りもない世間話。それに大して意味はないそれらを楽しみつつ、花子は柘榴と会話をする。そしてそれらに混ざる周囲のアイドルたち。打ち上げ兼ね送別会のそれは多少湿っぽくなるものだと憂鬱に思っていたが杞憂だった。しょんぼりしたのは性に合わない花子は芸能事務所フルブロッサム最後の夜を楽しむ。己の中の一区切り。それを感じながら。




 *




 強い風と共に窓を強く叩く横殴りの雨。窓の外は暗く、空は黒く厚い雲に覆われていて、陽の光を直接拝むことはできない。時折聞こえる腹の底にまで響く雷鳴。その稲光で窓の外が時折鋭い光に満ちる。


 いつだったかベウセットと一緒に泊まった宿屋。プレイヤーたちが作るモダンなものなど一切ない、ランタンのぼんやりとした明かりをいくつか置いたそこは、お世辞にも明るいとは言い難い場所だった。もはやプレイヤーが進んで訪れることはないであろうそこに、花子とシルバーカリスは一階層のボスとして現れた老婆の魔女と瓜二つの姿をしているNPCから買い取った、ホイップクリームが載ったパンケーキとホットミルクを各々の前に置き、その宿屋の小さなエントランスホール兼ねダイニングである、そこに設けられた木製の四角いテーブルを囲うようにして置かれた椅子の上に腰かけていた。周囲の席にも人影はあるが、全てが全てNPCで静かなものだ。


 カウンターテーブルの傍に設置されたノッポな古時計の短針は4を指している。そろそろ日が落ちる時間帯。花子は何かを待つように人差し指に前髪を絡め、物憂いげに瞳を伏せ、その彼女の対面にはパンケーキを美味しそうに頬張るシルバーカリスの姿がある。二人とも出会った時と同じ装備のまま、その場所に居た。


 時折轟く雷鳴と、窓を叩く風と雨の音。そしてダイニングの古時計から立つ秒針が進む僅かな音。それらの中に外へと続く扉が開閉する音が混ざり、花子とシルバーカリスの居る席へと深くフードを被った濃緑色のローブ姿の男が歩み寄って、椅子を引いてそこへと座る。


 花子の視線がその濃緑色のローブの男の方へ向く。酷く濡れたそれは、店内の絨毯の敷かれた床に雨粒を落としながら、間も無く深く被ったフードを脱いだ。


 「ミルクでも飲んだら? 少しは温まるわよ」


 態度こそつっけんどんではあるが、それとは裏腹にその言動自体は優しく、声の主である花子の手によって、その男の前にマグカップに入ったホットミルクが差し向けられる。仕事が見つからず、花子と行動を共にすることを決めた少年リックは、それを無言で受け取るとそれに口を付け、その口元に牛乳髭を作った後、マグカップを持つ手の対の手を懐の中に手をやり、今一階層で出回っている武器、防具を紹介するチラシ、盗賊ギルドなど薄暗い勢力が取り扱う商品等が描かれたメモをテーブルの中心へと無造作に放る。


 「あら、素敵な髭ね」


 「うるせ」


 牛乳髭を作るリックを茶化しつつ、花子はチラシやメモを己の方へと手繰り寄せ、それに目を通し始める。茶化されたリックは素っ気ない態度で、ツンツンした様子だ。


 芸能事務所フルブロッサムを辞めて約一週間。シルバーカリスとリックの戦闘訓練を行いつつ、最前線へと戻る準備をしていた花子は、水商売ギルドに所属していたリックの人脈を使い、合法非合法問わず、今まさひこのパンケーキビルディングの中で金を払えば手に入る装備のリストを集めていた。その目的はシルバーカリスとリックの新しい装備の調達。強化素材を使えば武器や防具基礎能力を上げることはできるが、序盤で手に入るハイドアーマーと初期装備の鎖帷子を強化するよりか、基礎能力の高い装備を買ってしまったほうが遥かに得だった。


 「花ちゃん、防具って何を見て選んだらいいんですか?」


 シルバーカリスはその手にナイフとフォークを持ち、パンケーキを頬張りながら花子が広げるチラシやメモに視線を落としている。チラシやメモにはその装備のデザインと基礎能力。そしてそれに付随してくるベルトと小物入れのデザイン等が、イラストとして紹介されている。


 「鈍器相手なら布とか革…鋭利な武器相手なら金属や骨の方がダメージをより軽減できる。鉄壁の守りで相手の攻撃を弾くのか、回避を主体にするのか、中間をとるのか…。あと武器や小道具を仕込めそうかどうか…考えて決めるといいわ」


 花子はアンダーグラウンドが取り扱う商品が描かれたメモに視線を落としながら、防具の数値は余り当てにしていないようなアドバイスをシルバーカリスへする。致命傷を貰えばそれでお仕舞い。そんな考えが前提として窺い知れるものだ。


 「なるほどぉ」


 シルバーカリスはその花子の意見を聞き、コクコクと頷いたのちにチラシを眺め始める。彼女が眺めるチラシはモグモグカンパニーの物で、最新鋭の装備等が載っている。フル装備で高くとも20万ゴールドほど。シルバーカリスがライブで手に入れた報酬、500万ゴールドを考えれば大して痛くもない出費だ。


 「リック。盗賊ギルドが売ってる物ってモノは確かなんでしょうね?」


 モグモグカンパニーのチラシに載る物よりも若干ではあるが性能のいい防具。武器。モグモグカンパニー等のギルドは恐らく、希少な素材を使う強い装備等は身内に回し、売りには出していないであろうことがそこから分かる。一番高い物で今花子が身に着けているものとさほど変わらないものだ。値こそ張りはするそれらが載るメモを眺めながら、花子は確かな懐疑が伺えるその目でリックの顔を見る。


 「そういうところこそ信用ってのが大事になる。モノは確かだ。一過性の商売にしてしまっては金は稼げないから…そういう意味ではあいつらは真摯だよ」


 小生意気な花子に対し、リックは流し目で花子の碧い瞳を一瞥すると素っ気ない態度のまま、やけに説得力のある言葉で返答する。その橙色の反抗的にも見えるその瞳は、よく考えろとでも言いたげだ。しかし、花子はそれを気にした様子無く、視線を再びメモの方へと向ける。


 「しかしアンタがパンケーキビルディングのアンダーグラウンドと関わりがあったなんてね。カタログ集めてこいとは言ったけど…ここまで頑張ってくれるなんて思わなかったわ」


 自分のために頑張ってくれたんだな、と、暗に伝えるようないやらしい笑みを浮かべつつ、花子は頬杖をついて上目でリックを見据える。大して効いていない風を装ってはいたが、やられたらやり返すがモットーな花子は今さっきの仕返しとばかりに。


 「ばっか。違うっつの」


 その花子の言わんとしているは伝わったようで、リックは頬を微かに染めて不貞腐れたように顔を背ける。…結構いい顔をしていて、ヤングナイトでホストとして働いていたのに女慣れしていないのか。そんな彼の様子を見ていて花子はそう、意外に思う。もしかしたらNPC相手にしか接客してこなかったのかもとも。そしてその反応は花子にとってとても楽しめるようなものだった。


 「あら、何の話?」


 こちらの真意を深読みして答えたリックへ、花子は意地悪くにやけながらすっ呆ける。リックはそれに流し目で花子の顔を一瞥した後、唇を尖らせた。


 「っ…なんでもないっての」


 素っ気なく、突き放すようにリックは言って視線を花子から外した。微かに紅潮した頬の色を花子は眺め、十分に楽しんだ後で話を変えてやることにした。


 「というかなんでアンタが盗賊ギルドとつるんでんのよ。そんな容易に関わりが持てるようなものなの?」


 再度盗賊ギルドが扱う品々が描かれたメモへと視線を落とす花子。それによってリックはこれ以上追撃がないことに安堵したように鼻から息を吐き出して、テーブルの上に頬杖を突き、薄暗い店内の方へ視線をやった。


 「あの天パのおっさん攫うために俺が来た事から察しろよ」


 花子はそこでふうっ、と一息つき、姿勢を戻すと己の前にあるパンケーキが載る皿のサイドにあるナイフとフォークを手に取り、パンケーキを切り分け始める。


 「要するにヤングナイトの便利屋(パシリ)だったわけね。そうしている間に接点を持ったと。しかしあんな体たらくで良く今までしくじって来なかったわね。運っていう隠しパラメータでもあるのかしら?」


 「ぐッ…!」


 辛辣な物言いでリックのプライドを大きく傷つける花子。なんであれその通りであるため、リックは小さく唸るだけで反論等はせず、決まりの悪そうなその表情を、やや悔しさ感じた風にして口にへの字を作る。それを見る花子はとても楽しそうにし、フォークに刺さった切り取ったパンケーキの一部にホイップクリームを絡め、それを口に運ぶ。


 「皆さん、ルツェルンってどう思います?」


 モグモグカンパニーのチラシを一枚、シルバーカリスがテーブルの真中へと置く。そこに描かれているのは柄の長く、先端に片方は尖っていて、もう片方は4本の鉤爪を備える鎚頭、そして穂先は刺突用に槍のような形状をしている白銀のポールウェポンの絵。それを花子とリックは覗き込む。


 「長い武器だな。俺ほとんど戦ったことないし、この分野は攻略勢の花子に任せる」


 リックはただ感想を述べるだけで見解を語ることはない。花子はリックが変に出しゃばってうんちく垂れ流すような面倒な男でなかったことに安心しつつ、攻略勢としての見解を述べることにする。


 「私はいいと思うわよ。攻略勢でもポールウェポンは人気だし。ただ、閉所では使えないだろうから取り回しのいい武器を他に持っておいた方がいいわね」


 自分で言っていても笑えるぐらいの平凡な意見。なんか他にないのかと言いたげなリックの視線を横顔に感じつつ、花子はもう一口パンケーキを口に含む。


 「花ちゃん、ありがとう。気が付きませんでした!」


 シルバーカリスはにこやかに、言葉ではそうは言いはするが、彼女の手元には小型の武器が載ったチラシがあり、明らかにサイドアームを持つことを想定した風だった。ベウセットやオルガが言ったならそれはもう皮肉っぽく聞こえていたであろうそれは、花子の顔を潰さないためのシルバーカリスの悪意ない思いやりであることは花子は解っている。その気遣いを痛く感じながら、花子はバツが悪そうに視線を店内の方へと向けつつ、パンケーキを咀嚼する。


 「これとかどうだ? その分金は掛かるし、ステータスの振り方考えなくちゃいけないけど」


 このチラシたちを集めてきただけあって、その内容を把握しているのか、リックは二枚のチラシを手に取るとシルバーカリスの方へと差し出す。二つとも盗賊ギルドのメモであり、その武器のスペックと必要能力値、そしてその外観が雑に書かれた絵がある。黒いルツェルンと正三角形の頂点を上に引き伸ばしたような刀身を持つ、先端の鋭い黒いブロードソード。戦闘経験があまりないくせになかなかいいチョイスだ。シルバーカリスが受け取るそれらを見て、花子は腹の中で思う。


 「この要求値だったら大丈夫ですね。…売り切れちゃったりしないでしょうか?」


 シルバーカリスはその二枚のメモをテーブルの上へと置くと、不安に思ったような目で、リックに視線をやり、リックはその彼女の顔を一瞥し、顎に手を当てて考えるようなそぶりをした。


 「二つセットで15万ゴールドぐらいだし…売れる可能性はあるな。大体こことやり取りしてる奴らは金持ちだし。使いもしないのに武器集める奴もいるしな」


 リックの発言の後、シルバーカリスはテーブルの上に両手を突き、ガタンと音を立てて席を立った。まさかこの雷雨の中を買いに行くんじゃないだろなと思いながら花子とリックは視線を向ける。


 「…こうしては居られませんっ、リックさん。今から案内してください!」


 「今大雨で雷も鳴ってんだぜ? 明日にしたほうが…」


 グダグダ言うリックのところまでシルバーカリスは無言で歩み寄り、その手首を掴んだ。初心なリックはそれに驚いたような顔をし、微かに頬を染めながらシルバーカリスの顔を見上げた。


 「少し濡れたからって死ぬわけじゃあるまいし…売り切れてからじゃ遅いんです! 行きますよ!」


 「わかった、わかったよ」


 リックの腕をぐいぐいと引き、シルバーカリスは外へと続く扉へと進み始めた。リックは雨を防ぐことのできるローブ姿であるが、シルバーカリスは鎖帷子一式の姿。風邪でも引かなければいいが。そう思いながら花子はその二人の様子を見守る。


 「あんまり晩くならないうちに帰って来なさいよ」


 「えぇ、次会うときは立派な武器と立派な防具を装備して帰ってきますから楽しみに待っていてください」


 花子はリックの手を引くシルバーカリスと短い会話をし、二人が雷が鳴る大雨の扉の向こうへと消えていく様を見送り、その手に持ったナイフとフォークを皿の上に置く。


 「まったく…嘘をつくのが下手なんだから」


 この街で金で手に入れられる装備品が描かれたチラシを一通り眺めた後、花子は瞳を閉じて鼻で笑い、小さく呟いた。誰に当てたか花子のみが知りえるその呟きに反応する者はおらず、物静かなNPC達の中で花子は物憂いげに、テーブルの上に頬杖を突く。物思いにふけったような、遠い目をしながら。

遅れてすまんな。我が作品を待ってくれている数少ない人々よ。とりあえずこの章終わるまではこのペースで上げていくゾ。なるべくな!

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