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まさひこのパンケーキビルディングとその住人。打砕く者と守る者。  作者: TOYBOX_MARAUDER
闇の片鱗と目覚める小虎
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アイドル活動最後の日


 燦然と輝く大きな月と散りばめられた星々に満ちる夜空。それらの青く優しい光に照らされる一階層の街並み。中心にアンプとスピーカーを備えた大きなステージを置き、今日という日に限ってはより強い享楽的な光で満ちるその広場にて、よりたくさんのプレイヤーたちがそこを埋め尽くしていた。これだけの人数が広場に集まるのはまさひこが一日目プレイヤーたちを集めた時以来だ。


 この一週間で、たった一人の力で30階層まで駆け上がったベウセットはオルガからの呼び出しを受け、今日という日に限って一階層にその姿を見せていた。彼女の言うところのくだらない乱痴気騒ぎ。ライブ当日で湧き上がる広場の様子を切れ長の目の、その冷めた大きな黒い瞳に映し、その長い脚を組みながら肘置きに右手で頬杖を突き、チェリーの添えられた淡い青色のカクテルが入ったカクテルグラスを左手に、ステージの対面に位置する建物に増築されたルーフテラス。その上にある、長い鞘に収まったエストックが立てかけられたフカフカの特等席にベウセットは深く腰掛けていた。


 花子に貰った大きなとんがり帽子、着丈が踝まである、肩幅が広く見える鮮やかな青地に白糸で刺繍等がなされたコット風の厚手の舞台服。首に黒く胸元を覆うほど大きなジャボを付け、黒いインナー、同色の宮廷衣装風のズボン。手にはフォーマルな白手袋をはめ、足には丈夫そうで大きな黒革のブーツを履いていて、腰には丈夫そうで幅のあり、ベルト穴が二個付いた黒革の二重巻きベルト。そこに小物入れが取り付けられている。トラディショナルでスタイリッシュ。そんな装備に身を包むベウセットはこの催し物がなんであるか未だに説明を受けていなかった。


 「オルガ、何のつもりだ」


 ステージが一望できるその場所にて、ベウセットはその妖艶で、しかし冷たさを感じるその声で隣の席にワクワクした様子で腰かけている、白と銀と黒いインナーのド派手なスーツ姿のオルガに向かい、今日何度目かの同じ問いを投げかける。ステージの前には数多くのプレイヤーたち。広場から出た道にはこの日のために建てられた屋台が連なる。そしてちらほら高い建物の辺りに見ることのできる、四角いビデオカメラのような箱を持った男たちが見える。


 「まあ見ていたまえよ」


 ベウセットの問いかけに、オルガは答えてはくれない。ただ明言を避け、見ていろと言うだけ。ベウセットはそれに両目を閉じ、諦念にも似たため息で不満を表明すると、再び瞼を開いて前に見えるステージの方へと目をやる。


 「質問を変えよう。なぜ私だけなんだ?」


 オルガとベウセットの居るルーフテラスにはソファーが三つ。そのうち一つは空席で、各ソファーの右手側にはサイドテーブルが置かれていて、その上に酒の入った瓶が複数個と様々なフルーツの盛り合わせ、そしてカクテルグラスが幾つか置かれている。花子を中心とし、含めるその関係者の人数分の席がないことと、未成年の花子を考慮した風でないサイドテーブルに並ぶ品々を流し見て、ベウセットは再度問い、左手に持ったカクテルグラスを口元に持っていき、それに艶めく唇を付ける。


 「元カノとイチャイチャしたくなりました」


 オルガはステージの方を眺めたまま、いつもと変わらない抑揚の声でさらっと言う。その発言の途端、ベウセットの左手に握られていたカクテルグラスはパンッと音を立てて弾けるように握りつぶされ、カクテルと共に派手に砕け散った。


 「…他の連中の前で言ったらその口針金で縫い合わせるぞ。それで?」


 自分を落ち着かせるときの癖なのか、ベウセットは双眸を閉じ、少し深く息を吸うと物騒なことをやや唸るように言いのけ、瞳を開いてステージに再び目をやれば再度真意を問う。


 「ご主人は今忙しくて。小春ちゃんはもっと前で見たいって」


 どうにも要領を得ない。自分の良く知る花子は人前に出てきて何かやるような性格でもないし、小春は何でも楽しもうとする性格ではありはするが、あの手のアイドルだとかに積極的になるタイプでもない。もしかして花子があれに出るのか? そんな考えがベウセットの脳裏に過るが、そのバカバカしい仮説に至った自分へ嘲笑し、鼻で笑い飛ばす。


 オルガはそんなベウセットを大して気に掛けることもなく、右手を耳元に持っていくと、右手の裾にある黒と銀のブローチに指先を添えた。


 「こちらオルガさん。こちらオルガさん。撮影班リーダー応答せよ」


 『こちら撮影班リーダー。オーバー』


 「撮影班リーダー、現在の状況を報告せよ。オーバー」


 『こちら撮影班リーダー、指定された場所への撮影チームの設置完了を確認。オーバー』


 「オルガさん了解。アウト」


 ちょっとした会話の後、オルガはブローチに添えた指を退けて、右手を肘置きに置く。いろいろやっているとは思っていたが、無線機なんか作ったのかと思いながらベウセットはオルガの横顔を流し目で見、サイドテーブルの上のフルーツの盛り合わせの中からマスカットの房を取り、それを口に持っていって実を一つ口に含む。


 奥歯で噛み潰せばパリッという皮の破ける心地よい食感。音。爽やかな甘みが口の中に広がり、独特な清涼感のある香りが鼻から抜ける。


 「オルガ、その無線機は市場に流さんのか?」


 マスカットを噛み潰し、飲み込んだところでベウセットは問いかける。


 「流すよ? でもこの一週間忙しくってさぁ、それどころじゃなかったんだよ。ほら、オルガさんのだけどあげるよ」


 オルガはそれに反応し、右手の裾からピン止めされたブローチを指先で外すと手を伸ばし、横に居るベウセットの方へと差し向ける。しかしベウセットは身動き一つせず、その手にある黒と銀のブローチを一瞥するだけで、受け取ろうともしない。


 「要らん。売りに出されたら買う。お前やモグモグカンパニーと連絡がついても何の意味もないからな」


 ベウセットはそう言ってもう一粒マスカットの実を口に含む。言葉だけで見れば結構ひどいことを言われているのだが、オルガは大してそれについて思った風なく、ブローチを右手の裾にへと戻す。


 「あっ、オルガさんにも一粒ください」

 

 「自分のところにもあるだろうに」


 面倒そうに文句を言いながらも、ベウセットはマスカットを持った手をオルガの顔の方へと伸ばし、オルガはその手にあるマスカットの房に唇を寄せて一粒実を齧り取る。そしてオルガが口内でマスカットの実を噛み潰した時、ステージの方に動きがあった。


 大きな音楽が縦長のスピーカーから響き、色とりどりのスポットライトが一気に点灯し、ステージ上を彩る。そして間もなくそのステージに颯爽と上がってくる個性豊かな少女たち。淡い色のフリル付きのミニスカート、露出度の高めな服を着たそれらの中に、見覚えのある顔をベウセットは捉えた。


 「何をやってるんだ…あいつ…まさか熱で頭が…?」


 ベウセットは頬杖を突くのを止め、マスカットを片手に身を乗り出し、見紛うことなき花子の姿をその瞳に映し、奇妙奇天烈なものを見たような顔をして無意識に呟く。今はライトアイボリーの髪色の少女のトークタイムで動きはないが、その声色、その内容からおおよそ花子が好むようなものではない。少なくとも望んでやるようなものではないし、今の花子は明らかに浮足立っている。まさかそうせざるを得ないようオルガが何か仕組んだのか? 脳裏に過る可能性にベウセットの顔は自分の隣に居るオルガの方へと向く。


 「クックックックッ…どうだねプリケツ君。最高の見世物だとは思わんかね?」


 オルガは肘置きに両肘をつき、両手を顔の前に組み、白銀の前髪で塞がっていない左目で、確かにステージの上に立つ花子の姿をその瑠璃色の瞳に映しながら、それはもう楽しそうに、低く喉で笑う。悦楽にその口角を大きく釣り上げながら。ライブとして楽しむのであれば、ショーと表現するべきなのだろうが、わざわざ珍品などの物珍しい物を対象にして楽しむ見世物という言葉選びから、オルガのこれに対しての楽しみ方が窺い知れる。


 「一応確認するが…全部仕組んだのか?」


 それは気の毒なものでも見るかのように、哀れなものでも見るような目で、ベウセットは花子の様子を遠目に眺めながらオルガに問う。しかし、オルガはそれに首を横に振る。


 「オルガさんは芸能事務所フルブロッサムに依頼を出しただけだよ」


 楽しいと思えばどれだけ手間がかかろうとも、花子を嵌めるぐらいのことはするであろうオルガからの最初からの関与を否定する言葉だが、恐らく本当であろうとベウセットは考える。自分が花子と行動しているのならああはなりはしないし、そうできないだろうとオルガも理解し、行動を起こそうと考えないからだ。花子への伝言を預かってくれたグラから情報が漏れたと仮定してみても、花子が一階層へ行く確証はないし、嵌めるにしても計画に不確定要素が多分に含まれ、計画の体を為さない。


 「それであいつはモグモグカンパニーがどの部分まで関わっているか…どこまで知っている?」


 「フルブロッサムと一緒に行動してたご主人を見つけて、オルガさんがフルブロッサムにイベントの依頼したぐらいじゃね。つかそれがオルガさんの起こした行動のすべてなんだけど」


 ベウセットはそれを聞きつつ、マスカットをフルーツ盛り合わせの上に置くと、替えのカクテルグラスの上に酒を注ぎ、それを手に取ってそれに口を付ける。新メンバーとやらの説明を行う、ライトアイボリーの髪色の少女を眺めながら。


 「お前は私が花子から離れた後のことをどの程度把握している?」


 「ぶっちゃけ全然知んない。めがねくんの報告受けて初めてご主人が一階層に居るって知ったぐらいだし」


 「…なるほど。よくわかった」


 椅子に座り直し、その身体を深く沈めるベウセット。事の顛末はフルブロッサムか花子自身に聞けばわかりそうではあるが、触れてやらない方が良さそうにも思える。精神的にはズタボロだろうが、肉体的には無事だ。それを良しとして、ベウセットはステージ真中へとおずおずと進む花子を見守ることにする。その右手にはマイクが握られており、知人でも見つけたのか、時折一点を見据え、目を見開いたりしながらも花子はマイクを口のそばへと持っていく。


 『マロンね、花子ちゃんが皆と仲良くなるために…貴女の今の気持ち、みんなに聞かせてあげたらいいと思うんだけど…どうかなっ?』


 ドギツイ萌え声。それが花子の後方にいるマロンと名乗った少女から掛けられ、花子に発言を促す。一部の男が喜びそうな身振り手振りをしながら。


 遠目に見える花子は戸惑ったようにし、どう喋ろうかテンパった様子であったが、ふと、それを見るベウセットと視線が合い、その直後にオルガの方へと揺れる目が向けられる。しかし、それによって揺れ動いていた目は怒りの光の輝く炯眼へと早変わりし、まるで親の仇でも見るかのような顔をしてオルガを見据えた。ベウセットの良く知る花子だ。だが、いつもと面構えが違う。


 花子はステージの上でオルガの方を見据えながら右手を力強く掲げた。花子の顔つき、一変した雰囲気によってその傍に居たマロンは何かを察したようで、花子を黙らせようと動いたときには遅かった。


 『ファッ●ュー! オルガ! ファッ●ュー! モグモグカンパニー!』


 『ワーッ!』


 高々と突き上げられた右手からは中指が立ち、言い放たれる罵詈雑言。それに被せられるように響くマロンの萌え声。花子たちの後ろに居るアイドルたちは驚いたような顔をして固まり、モグモグカンパニーを良く思っていない一部の客からは歓声が上がる。アイドルのパフォーマンスにしてはロックなそれに元からフルブロッサムを追っていた観客たちは戸惑った風だ。


 その様子を見てオルガはそれは楽しそうに白い歯を見せ、ベウセットも同じように笑う。自分を偽らない花子。一貫しているその姿勢は見ていてすがすがしく、二人には気持ちよく感じられる。観客にとってどうかは知らないが、二人にとってはそんな些細なことなどどうでもよかった。


 『この間NPC襲撃やった奴! この借りは絶対に――』


 『おーいっ! いい加減にしろよッてんめっ、こらっ! 黙れッ! ライブぶっ潰すつもりかッ!』


 あまりに傍若無人な花子。何か言いかける彼女を黙らせるべく、マロンが花子へと掴みかかり、ステージの上で取っ組み合いが始まる。焦りに焦った表情のマロンのその声も態度も作ったものではなく、素の状態のものだ。しかしその漫才みたいなやり取りがウケたらしく、観客たちから笑い声が上がる。


 「いいぞーっ! そこだッ! そのまま腕を解けッ! 殴り合いなら分があるぞーっ!」


 「絶対に離すな、力はお前の方が上だッ! そのままマウント取れッ!」


 「デカいほうに10ゴールド!」


 「ちっさいほうに30ゴールド!」


 技の花子。力のマロン。ステージの上で繰り広げられるキレのある動きでのそれはライブの趣旨とは大きくズレたものであるが、格闘技を見ているような血の沸き立つ感覚を感じられ、楽しめるものだ。一部からは双方を応援するような声が出始めている。


 「これは見ていて楽しいな」


 「プリケツ君。オルガさんに感謝したまえ」


 オルガとベウセットの眺める先では取っ組み合いの末にステージの上に押し倒され、必死の形相をしたマロンによって口を両手で塞がれる花子の姿があり、まもなくそれらを遮るようにして夜空のような髪色の少女と朱色の髪の少女が前へと出る。


 『花子ちゃんはちょっと緊張していたみたい。普段はすっごくすっごく優しい子なの! みんな、誤解しないであげてねッ! ザクロちゃんからのお願いッ。それじゃ一曲目、行ってみよ~っ!』


 朱色髪の少女、柘榴は萌え声ではあるものの、その表情に焦りを窺わせる引き攣った笑みを貼り付け、話を進める。とてもとても苦しい言い訳をして。その後ろでは足をバタつかせる花子とそれの上に馬乗りになって口を押えるマロンの姿があり、花子の足がステージの上を叩くごとに彼女の近くに落ちたマイクが音を拾い、スピーカーにボフボフと音が載る。


 結局花子の紹介を半ばにして強引に始められた一曲目。花子とマロンを覆い隠すようにして展開するアイドルたち。結局紹介すらされなかった夜空色の少女は隣に立つ柘榴へと頷きかけた後、本来見せるべきであったダンスと歌に集中する。それにより歓声は大きなものとなる。それを目当てにしたものと、今日、この日のためにオルガが用意したモグモグカンパニー応援団の声援、ステージの奥でそろそろ決着がつきそうになっている乱闘へ注目する人々の声によって。




 *




 何曲か披露したところで復帰したマロンと花子もライブに混ざり、LOVEご主人というシュプレヒコールが響く広場にて、最後の曲が終わった。結局ヤケクソになりつつ乗り切った花子は動き回ったことによる疲労感から、そして羞恥から顔を真っ赤にして、呼吸を整えていた。目の前には橙色の髪の角刈りの男、ヤスが先頭に立つモグモグカンパニーの応援団。今花子に出来るのは下唇を噛みしめて精一杯顔を背けるだけだった。


 「お嬢ー! 可愛いですぜー! L・O・V・E! おッじょッう!」


 もうやめてくれ…心の中で今日何度目かの言葉。それは彼らには届かない。ヤスを始めとするモグモグカンパニーの人間に悪気があるわけではないのだ。純粋に応援してくれているだけ。花子は穴があったら入りたい気持ちを腹の中に抱きながら、撤収の時を今か今かと待つ。


 『これで今日の私たちの時間はお仕舞い…さっき色々あって説明し忘れちゃったけど…花子ちゃんとシルバーカリスちゃんは今日限りで居なくなっちゃうんだ…』


 ライブの始まる冒頭であった取っ組み合いの時の態度が嘘かのように、マロンはホイップクリームマロンちゃんとして何やら言っている。見上げたプロ根性。意識。しかし嫌な流れだ。コレまた自分が何か言わされるパターンなのでは? 花子はその顔を歪め、戦々恐々としているとマイクを持ったマロンが自分の隣に居るシルバーカリスへと歩み寄り、彼女の口元にマイクを差し向ける。会場はその場の流れなのか、引退表明に否定的な反応を示す声が寄せられている。


 『シルバーカリスちゃん、みんなに…ね?』


 考えるのが面倒になったのだろう。ただ何か言うように促すマロン。シルバーカリスはそれに対してその形の良い顎に指先を当て、上を向いて考えた風にする。なかなか肝の座った女だ。その様はいつものシルバーカリスを思わせる佇まいをしている。


 『お疲れさまでーす』


 考えた上で、シルバーカリスは一言だけ言ってその顔に爽やかな愛想笑いを浮かべ、胸の前に出した両手を振る。きっと何も出てこなかったのであろう。とりあえず何か言えばそれで終わり。そんな腹の内が見え隠れするような対応でシルバーカリスは負い目を感じた風もなく、言い切った。それに一瞬マロンが胃を痛めたような、しんどそうな顔をしたように見えたが、なんか勢いで騒ぐ観客たちの声が大きくなったことにより、その表情が幾分かマシなものになる。


 そしてそのマロンの目は次に花子の方へと向く。花子はたじろぎ、マロンは緊張感のある表情で花子の目を見据える。頼むぞ…。そう彼女の瞳は訴えかけているように花子には思えた。そしてマロンは花子の方へと歩み寄り、密着するほど近くまで来ると花子の耳元に唇を寄せた。


 「さっきのこと…出来たらフォローしてくれ…」


 耳元にマロンの吐息が当たってこそばゆく感じ、花子は片目を細めつつ、真剣な彼女の声に頷くとマロンは半歩花子から離れて、花子の口元にマイクを差し向ける。


 『花子ちゃん…』


 花子の頭には何も思い浮かんでいない。とりあえず適当に喋って終わろう。そうとだけ考えて口を開いた。


 『さっきは取り乱してしまい申し訳ない…私のことは嫌いでも、フルブロッサムのことは嫌いにならないでください!』


 どうやっても払拭できないであろう醜態に対する懺悔の言葉。自分で言っていてもその言葉軽さにわらけてきてしまい、言い切った時の花子の口元には半笑いが浮かんでいる。マイクを持って固唾を飲んで花子の顔を見ていたマロンはそれに安堵したような顔を浮かべた後、マイクを引っ込める。


 『ホイップクリームマロンちゃんの魔法もこれでお仕舞い…でもこの後少しだけ別の魔法が続くんだ。みんな、少しだけ待っていてね』


 マロンは観客たちの方へと振り返り、会場の隅から隅へ目を配らせながら言うと再びフルブロッサムのアイドルたちの方へと振り返り、片手を振って撤収の合図をする。それによりフルブロッサムのアイドルたちはステージから降りていき、それに入れ替わる形でこのライブの出資者である、モグモグカンパニーのコマーシャル要員として派遣されてきたグリとグラがステージに駆け上がり、間も無くステージの上でモグモグカンパニーの商品の話が始まる。


 その音声を耳に挟みつつ、フルブロッサムのアイドルたちはライブ会場近くにある、モグモグカンパニーがこの日のために楽屋として接収した建物の中へと入っていく。元は宿屋だったそこは複数の個室があり、一部屋二人で割り振られている。花子はマロンと同じ部屋をあてがわれているので、道中は二人で行く。


 「やってくれやがったな」


 「いいじゃない。アレが私のキャラよ」


 「お前なぁ…」


 「文句あんの?」


 マロンはさっきの花子の対応に文句があるようで、咎めるような雰囲気で言うが、花子は真面に取り合おうとはしない。終わってしまったことであり、もうアイドルとしてステージに上がらない花子にこれ以上言っても仕方がないと思ったのか、マロンは閉口し、呆れたようにしながら後頭部を掻くと、自分たちの部屋へと先に入っていった花子の後に続く。


 嫌な冷たい汗が身体を伝う感覚。気持ちが悪い。不快感を感じつつ、花子は部屋の中にあるベッドの上に腰かけて、近くにあったタオルで汗を拭き、アイドル用の衣装を脱いでいつもの黒革と骨とマントの中装鎧に身を包む。やっぱりこうでなくては。厚手の黒革のガントレットの中で何度か手を握り、感覚を確かめた後、ばさりと音を立てて花子はマントを翻す。フードを被ると外に出た時余計に暗く見えるので、今は被らずに置く。


 「やっぱお前はその方がいいな。最後のトリ、頑張ってこいよ」


 白革と銀の金属の軽装鎧に花子より少し早く着替え終わっていたマロンは、曲剣が二本差してある左腰に左手を当てながら、花子の後姿を眺めて口元に笑みを作る。さっきのことは憎たらしくも思うが、媚びない花子のその姿勢がマロンは何だかんだ言って好きだった。


 「任せて頂戴」


 花子は顔を横に向け、瞳を動かしてマロンの顔を捉えると、口元に静かな笑みを浮かべ、少しばかりふざけたように、気障ったらしくいうと部屋の出入り口へと向かい、その扉の先へと進む。


 楽屋として接収されたその建物のエントランスには各々戦闘服に身を包んだピアノトリオの仲間たち。花子はそのメンバーであるシルバーカリス、柘榴と視線を合わせて頷くと顎をしゃくって建物の出入り口を指示し、三人は外へと出ていく。


 外に出ればステージの方から聞こえるモグモグカンパニーの商品紹介をするグリとグラの声。これらが終わったら自分達の出番。三人は会話をしないままステージ近くまで行き、その最中にコマーシャルは終わって、スタッフたちがホワイトボディのピアノ、ダブルベース、ドラムセットをステージの上に運び始める。


 その準備の様子を眺めていると、柘榴が他二人の前に片手を出し、それに気が付き注目した他二人に視線をやってアイコンタクトを取った。


 「気合入れていきましょう」


 花子とシルバーカリスはお互いの顔を見合わせ、笑った後、柘榴の顔を見、その彼女の手の上に手を重ねる。


 「最高の五分間にするわよ」


 静かに言う花子。


 「えぇ」


 柘榴はそれに頷き…


 「もちろんですとも」


 シルバーカリスは重ねた手の対の手で、胸の前に握りこぶしを作って見せる。


 三人は視線を今一度合わせた後、重ねた手を解いてステージの方へと向かっていく。花子とシルバーカリスと柘榴。それから成るピアノトリオ。落ち着いた暖色のスポットライトに照らされて、各々は自分の楽器へと付く。乱痴気騒ぎだった会場はそれにより一気に静まり返り、その静粛の中、花子の細く白い指が白い鍵盤を撫で、ライブの熱気を覚ますかのような、冷たく美しい調べの演奏が始まった。

一年終わるのが早い…!

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