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まさひこのパンケーキビルディングとその住人。打砕く者と守る者。  作者: TOYBOX_MARAUDER
闇の片鱗と目覚める小虎
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長かった一日の終わりと慈悲の女神シルバーカリス


 明日の戦いのために身体を休める場所をプレイヤーたちが探し始めるころ、燦然と輝く星々と月とで成される星空の下、猫耳メイド学園で食事を済ませ花子とマロンは家路へとついていた。眼帯の衛兵は別れ際、ほぼハンバーグソースとライスで済ませた夕飯を思い返してか、なんだかやるせない、せつなげな表情をしていたが、食事代を払っても余っていた柴犬チャームが置いて行った金を渡されたことによって、小躍りしながら夜の街へ去っていった。


 街の中心から離れていくことによって人の気配は次第に失せていき、高級住宅街に差し掛かったころには花子とマロン以外の気配は周囲になかった。


 あと少しで自分たちの家につく。花子は腰の小物入れにある水晶を指先で触れ、パラメータパネルをポップアップさせる。時刻はもう22時。そしていつの間にかレベルが38レベルになっていることに気が付く。プレイヤーを無力化することによっても経験値が入るのか。花子はパネルを閉じて考える。協力してくれるプレイヤーが居るのであれば、無限にレベルがあげられるのでは? いや、一方的に殴られてくれる都合のいいプレイヤーが居るとも思えないし、もしそれが出来るならどうにかこうにかしてオルガはそれをやっていそうだ。きっと互いに敵対する意識がなければ戦いとして成立しないのだろう。真夜中の冷たい風と共に一日の終わりを感じつつ、花子はぼんやりと夜空を見上げる。


 「なぁ、花子ぉ。お前本当にフルブロッサムやめちまうのか?」


 「マロンの思う気取り屋な私はどう答えるかしら?」


 まだ出会って一週間ぐらい。しかしお互いを相棒と呼んでも差し支えないほど気心が知れた二人ならではの会話。二人は前を向いたまま、遠目に見えてきた自分たちの家を視界に捉えつつ、進んでいく。


 「…だよなァ」


 花子に対して理解できていない部分があることを信じ、問いかけてみたその言葉。未練がそうさせた結果。マロンはわかっていたはずだった。花子がどういう人間なのか。マロンが思った通り、良く知る花子としての答えが返ってくるだけと。花子という仲間を知り尽くしているからこそ分かってしまう花子の腹の内にマロンは少し寂しそうな、そして皮肉っぽい笑みを口元に浮かべる。


 「なんて顔してんのよ。やめたところで今生の別れになるわけでもないのに」


 「そう思うぐらいにはお前にあたしはイカれちまってるってことだよ。言わせんな」


 ふと、見えてきた家の前の門に人影が幾つか経っているのが見えた。近付くにつれてそれが誰であるか花子とマロンは理解する。そして彼らもこちらに気が付いたようで、駆け寄ってくる。


 「お帰り…マロンちゃん、マイエンジェル…! 本当に心配かけて…!」


 真っ先に前に出てきたのはピエール吉田。その後ろにシルバーカリスや柘榴、そしてアイドル仲間のみんなが居る。マロンと花子はピエール吉田のその言葉に聞き捨てならなさそうに口元を柄悪く歪めると、お互いアイコンタクトを取り、今の気持ちが同じであることを確認し、その刺すような目でピエール吉田の顔を見た。


 「わっ…マロンちゃん…!?」


 無言のままピエール吉田の肩を押すマロン。それによってピエール吉田は地面に倒れ、這いつくばる形となりながら、狼狽する。彼が見上げる先にはむかっ腹の立った様子のマロンと花子の姿。彼女たちは片足を上げるとピエール吉田の身体を踏みつけ始めた。


 「心配だぁ? 聞いてりゃ良い気になりやがってよぉ! 元はと言えばテメーがうまいこと外交できてりゃ今日のことは起こんなかったんだろうがよぉ! 立場わかってねえんじゃねえのか? あ~ん!?」


 「そーよそーよ! アンタ自分が戦犯だってことよーく理解しておきなさい! この愚図! 間抜けッ! のろまっ! おたんこなす!」


 「イタイイタイ痛いよ! マロンちゃん、マイエンジェル! 暴力反対ッ!」


 両手を後頭部にやり、丸くなるピエール吉田に浴びせられる踏みつけと罵声。両腕を広げて足を突き出し荒ぶる花子とマロン。それは今日二度目のダメージによる気絶をピエール吉田が迎えたことによってようやく収まった。


 「ケッ、次ふざけたこと抜かしてみやがれ。その何見えてるかわかんねえ目ん玉に銀紙はっつけてやる」


 「これ捨てていきましょう。きっと風邪でも引けば少しはまともな頭になるわ」


 溜飲がある程度下がったところでマロンと花子は気絶したピエール吉田を見下ろし、軽く頭を蹴っ飛ばしたのちに爪先を家へと続く門の向こう側へと向ける。


 「なぁ、柘榴。お前モグモグカンパニーに今日の事相談したりした?」


 門をくぐり、敷地の中心にある白い宮殿に向かう道中、マロンは疑問に思っていた事の答え合わせをすべく、一番有力であろう線である柘榴へと問いかける。あの襲撃者たちは誰が呼び込んだのか。それがなんとなく気になって。


 「? 相談するなって言ったの貴女じゃない」


 柘榴は質問の意図がわからない様子で首を傾げる。


 「そっか、そうだったな」


 芸能事務所フルブロッサムからの働きかけではない。マロンはその事実に腑に落ちない風であったが、すぐに自分が首を突っ込むべきものではないと考えたらしく、口を閉じた。


 そしてマロンを先頭にしたフルブロッサムのアイドルたちはエントランスホールの扉を開ける。まず真っ先に目につくのは噴水。そしてそれの前に手足を固定されたままのリックの姿。昼からずっとこのままだったらしい。彼は外と中を繋ぐ扉の開閉音に肩をビクッと跳ねさせた。自分たちがいない間何かあったんだろうか。額に肉の字が書かれたそれの様子を見て花子は思う。


 「あん? まだ居たのかよ」


 マロンはそんなリックの姿をライトアイボリーの瞳に映し、マロンは呟く。


 「両手両足拘束された状態でどうやって帰れって言うんだよ」


 リックはそれに不満げに言葉を返す。反抗的な態度であるが、朝見ることのできた威勢のよさはもうすでにそこにはない。


 「柘榴、こいつにちゃんと飯食わせてやったんだろうな?」


 「えぇ、私がちゃんと食べさせたわ。ね? リック」


 何だかんだ言って優しいマロン。リックを気遣ったその言葉に、柘榴は頷き、リックへと静かに微笑みかける。リックはなんだかそれにバツが悪そうにしながら顔を背ける。その頬をやや紅潮させながら。それは不愛想な顔をして。女性として見た時、幼過ぎるように見える柘榴だが、結構美人なので悪く思う男は居なさそうに思える。確かにプライドはズタズタにされるかもしれないが。


 「ならいいわ。おっし、お前ら今日はもう休め。こいつの後始末はあたしがするから」


 マロンの一声でアイドルたちは各々返事をするとガヤガヤと話し声を立てながら各々部屋へと戻っていく。解放するとき暴れられてもマロン一人でどうとでもなるとは思うが、念のため花子はその場に残る。エントランスホールが静かになった時、その場に残ったのはマロンと花子、柘榴にシルバーカリスだけだった。


 「…ヤングナイトの店長なんか言ってたか?」


 椅子のひじ置きに掛けられたベルトを解かれつつ、リックは諦念の念が伺える疲れたような顔をしつつ、マロンに問う。最悪の結果を覚悟したような雰囲気で。


 「なんも聞いてねえ。でもクビじゃね。お前がゲロッたことわかってるだろうし。最悪探し出されて御仕置きされちゃうかもな」


 マロンは他人事だからか、それを楽しんだようないやらしい笑みを浮かべながら拘束を解いていき、やがてすべての拘束を解き終える。リックは長いこと拘束されていた手首を交互に掴み、感覚を確かめるように握ったのち、椅子から立ち上がる。戦いの意思等は無いようでその態度はとても大人しい物だ。


 「はぁ…新しい仕事探すか」


 虚しさを感じさせる呟きと共に、リックは出入り口へと向かい始める。その背中には何とも言えな哀愁が漂っていて、その場に居る誰よりも大きなその背中が小さく見える。やれと言われたことをやってしくじった。仲間のために殿を務めて。地獄の責め苦にも少しは耐える男気を見せた上で、少ない財産であるポーションを花子とマロンに取り上げられて。リックに対してあまりにも救いがなさすぎる。心優しいシルバーカリスはそんな彼が気の毒に思えて仕方がない。


 「ねぇ、花ちゃん。リックさん助けてあげられない?」


 マントの中で腕を組んでその様子を見ていた花子に、シルバーカリスは声を掛ける。花子も思うところがあったようで、それにものすごくバツの悪そうな顔をし、縋るような目でこちらを見てくるシルバーカリスの瞳をチラチラと何度か見た後、諦念交じりのため息を鼻から吐き出した。


 「…リック、仕事見つからなかったら私のところ来なさい。最前線で戦う羽目になるけど。それでよければね」


 自分を引きずりおろした人間から差し伸べられる手。リックは複雑そうにしながらも花子の方へと振り返り、その顔を一瞥すると再び出入り口の扉の方に向かい始める。


 「年下の女に情け掛けられる…か。…箸にも棒にもかからなかったら頼む」


 リックは出入り口の扉に手をかけ、その方向へ顔を向けたまま宮殿の中から出ていった。自分自身に対しての嘲笑の伺える言葉と共に。最初敵同士だったのに妙なことになったものだ。きっとリックも同じようなことを思っていたであろうことを何となく感じながら花子は自分の部屋へ向かうべく、噴水の向こう側の階段へと向かう。


 「花子ぉ、お疲れさん」


 ふと後ろから掛かるマロンの声。花子はそれに振り返ることなく、口元に静かな笑みを携えて肩の高さに左手を上げ、気障ったらしくそれを左右に振ってそれに応える。長かった一日。疲れた一日。しかし充実し、楽しかった一日。より自分らしく、より好きな自分で居られた日。心の中に思い出として輝き続けるであろう今日という日を胸に抱きながら、花子は自分の部屋へと向かっていった。

男が男に惚れる、というのがあるが、女同士でもそれと同じような感覚はあるのだろうか。語弊が無いように言っておくが、薔薇とか百合とかそういった意味ではないぞ!

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