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まさひこのパンケーキビルディングとその住人。打砕く者と守る者。  作者: TOYBOX_MARAUDER
闇の片鱗と目覚める小虎
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柴犬チャームの韓信匍匐


 黒と白を基調としたチープなゴシック様式の店内。白い丸椅子に座りながら、マロンは退屈そうにカウンターテーブルの上に頬杖をつき、花子は右手に持った盾を腰のベルトに取り付けて、自分の前に置かれた水の入ったコップを手に取り、口を付ける。冷たくほんのり柑橘類の香りのするレモン水は動き回って疲れた身体に染み渡る。


 カウンターの向こう側にはミニスカートタイプのメイド服姿の、明らかに年上の女性プレイヤー。年齢は20代前半ぐらいだろうか。金髪の長い髪を後ろで一本の三つ編みにし、緑の瞳をしている。地味目な顔つきであるが美人だ。自分より年齢の若いであろう女性客を相手するからか、それともここに入ってから日が経っていないのか、勝手が掴めない様子で花子とマロンにどうしていいのか分からず、戸惑った風だった。


 「最近入ったばっかか? こういうのはな、自分の中にそういうキャラ作ると楽だぜ?」


 退屈そうにしていたマロンの視線が戸惑った風なメイドの方へと向き、締まらない笑みを口元に作ってアドバイスらしきことを言う。ホイップクリームマロンちゃんとして活動してきた彼女の意見は大変ためになる意見だろうが、年上相手だろうが何だろうが本当に遠慮がない。思ったことを言い、ありのままに接する。客であっても相手は年上。悪気はないのであろうが、少しぐらいは礼儀というものを払うべきなのではと花子は思ってしまう。


 「お姉さんと仲良くなりたいなっ、ねぇ、いいでしょ?」


 頭に響くキンキンする萌え声。それを頬杖を突いたまま、締まらない笑みのまま、マロンは戸惑った様子のメイドにかける。隣に居る花子はそれに対し、うるさく思った風に目を細め、言葉にはしないが抗議するかのような視線をマロンの横顔に向けた。


 「いっ…いいよ」


 メイドはそれに対してやや震えた声で、とりあえず会話を成立させるためだけの返事を、ただ短く一言だけ返す。


 「トークスキル磨かねえと駄目だな。そうだなぁ…食い物の話は大体通用するからいいぞ。ただラーメンとかダメな。変に女に理想持ってる奴とかは拒否反応示す」


 「はいっ、勉強になりますッ」


 人の緊張を解き解し、喋らせるという意味ではこういうのもアリなのだろう。マロンと話すメイドの顔がだんだんと柔らかいものとなってくる。これもマロンの魅力。とにかく接しやすく、話しているうちに打ち解けられる。本人に自覚は無いのだろうが人たらしなところがある。こんな感じでフルブロッサムに居るアイドルたちを集めたのだろうと考えているとマロンと花子の前にNPCによって料理が運ばれてきた。


 それによりマロンはテーブルの上から肘を退かし、花子はその手に持っていたコップを置く。二人とも同じメニュー。葉野菜のサラダとオムライスとコーンスープのセット。飲み物だけ異なっており、花子はカシスジュース、マロンはブラッドオレンジジュースだ。マロンは左手にスプーン、右手にフォークを持ち、その目にケチャップが掛かっていないオムライスをライトアイボリーの瞳に映し、舌なめずりをする。花子同様お腹が減っていたようだ。


 「ケチャップでこれから絵描きますけど、何かリクエストありますか?」


 思いっきり敬語で、しかし最初の頃と違い、リラックスした様子でメイドは両手で一つのケチャップを持ちながら、マロンと花子に視線を向ける。


 「任せるわ」


 花子はカシスジュースを一口飲み、素っ気なく即答し…


 「んー、じゃあLOVEタバコカルテルで。でけえハートで囲ってくれよな」


 マロンは左手に持ったスプーンを置き、サラダの入った小さなサラダボウルをその手に取りつつ、言うとサラダボウルの中にフォークを進ませ、葉野菜を突き刺し、それを口に運んだ。


 メイドはそのリクエストを聞くとケチャップでオムライスとそれが乗る皿に絵を書き始める。接客態度はたどたどしいが、その絵の腕前は相当なもので、そう時間をかけることなく、綺麗に書き上げる。なぜか花子のオムライスにもマロンのリクエストと同じものが描かれているが、花子にとって気にするようなものでもない。ケチャップがかかっているかどうか。それだけが重要なことだ。かけ過ぎなければ何の問題もない。


 「美味しくなる魔法かけますね…おっ、美味しくな~れ!」


 メイドは絵を書き終わった後、ケチャップを置き、己の身体の前に手でハートマークを作り、それはもうものすごくたどたどしい動きで、魔法という名の奇妙な呪いをかける。働くというのは本当に大変なことだ。花子はその様子を見てしみじみ思う。


 そして再び二人の前にオムライスが置かれた時、店の出入り口の方から、来客を知らせるドアベルの音が響いた。自分たちが来た時と同じようにパタパタと走り出すNPCを含むメイドたち。それらに迎えられて茶色い短髪の、眼帯が特徴的な渋く草臥れた雰囲気の男が店内へと入ってくる。鱗のスケイルアーマーに身を包んだそれはヤニ臭さと共に花子の隣の席までやってきて、そこに腰を掛ける。そこで花子はその存在に気が付き、そちらの方へと目をやった。


 「あら、眼帯さん? アンタこういう店来るのね」


 久々というほどでもないが、知り合いに会えたことによって嬉しくなった花子はやや弾んだ声でその隣に座った男、眼帯の衛兵に声を掛ける。


 「いやね、おじさんタダ飯食えるって聞いてここに来たんだよ。遊ぶんならキャバクラ行くわ」


 眼帯の衛兵はなんだかすごく説得力のあることを言いながら、メイドからメニューを受け取り、それに目を視線を落とす。しかしタダ飯が食える? 誰かに呼ばれたのだろうか。花子が勘ぐり始めたところで、その答えはすぐに出た。マロンの隣の席に紫色のスーツの男が腰を下ろしたことによって。眼帯の衛兵はタバコを良く吸っていたが、それを流している鋼血騎士団と接点があったらしい。


 「ここは店のケツモチが接客してくれるオプションがついてんだな」


 マロンは自分の隣の席に座った男、柴犬チャームの方を見ず、その手にあるサラダボウルに視線を落したまま、その中にある葉野菜をフォークで刺し、まとめた後それを口に運ぶ。


 そこでメニュー表に視線を落とす眼帯の衛兵が腰の小物入れから手巻きタバコを取り出し、それを口に咥えた。常にタバコを吸っていると言っていいほどのペースで喫煙する。その相変わらずのヘビースモーカーぶりに花子は苦笑する。


 「子供の前だぞ」


 柴犬チャームは自分の前に置かれた水を一口飲んだあと、タバコを吸おうとする眼帯の衛兵に対し、それを咎めるように言った。眼帯の衛兵はそれに肩を竦め、締まりのなく、微かに苦みのある微笑を浮かべると口に咥えた紙巻タバコを取り、それを小物入れに押し込む。


 「相手は誰だった?」


 前を向いたまま、水の入ったコップを片手に柴犬チャームは静かに問う。落ち着いた様子ではあるが、面目を潰されたことにより、その心中穏やかではなさそうな目をしている。


 「見当は付くけど証拠もなければ言質も取れてねえ。一応あたしらの関係については説明しておいた。一方的にな。少なくともあたしや花子に害意はなかったみたいだ。むしろ助けに来た…って感じだったな」


 マロンは空になったサラダボウルをテーブルの上に置き、右手に持ったフォークを置くと丸っこいスプーンを手に取って、それでオムライスを崩す。


 「すいませーん、超くまちゃんハンバーグお願いしまーす」


 「ソースはどうなさいますか?」


 「えーっ…どうしよっかな…あぁ、お姉さんのお勧めで」


 「はぁ~い、かしこまりましたぁ」


 周りの空気が凍り付くような雰囲気の中、花子の隣に座る眼帯の衛兵は自分の夕飯となるメニューを注文し、退屈そうに花子の方へと顔を向ける。ただ自分が此処に居ることに対しては疑問を持った様子はない。柴犬チャームと私的な依頼を受けてここに居るのだろうか? 花子は流し目でこちらを見てくる彼の顔を見る。


 「アンタがされたことは報復に値することだと思うけどよ、証拠なけりゃ誰も納得しちゃくれねえよな。疑わしい奴殴ってみてもいいかもしれねえけど、それで潰されたらその先はねえしな」


 スプーンでオムライスを口に運ばんとするマロンのそれは、同情のようにも忠告のようにも聞こえる暗に泣き寝入りを勧めるものだ。今回の襲撃事件の犯人はモグモグカンパニーであると場に居る関係者三人はわかっている。しかし、それを証明する術はない。知ってしまえば柴犬チャームに問い詰められたとき、嘘をつかねばならなかったが、幸い自分たちはあの襲撃者たちから何も聞いていない。中立で居ることが出来る。


 「…それもそうだな」

 

 苦々しく歪む下唇を一度強く噛み、そのあとで悔しさの伺えるため息を吐き出した後、小さく呟く。あまりにも歯がゆい結果。結末。柴犬チャームも今自分の置かれた立場が痛いほどわかっているようだった。


 「あの襲撃が30階層のデータを売ったことに対しての報復だったなら止まることはできなかっただろう。君たちが無事でよかった」


 柴犬チャームはそう言って席から立つと、腰のベルトに取り付けてある小物入れから金貨が入っていると思われる大き目の袋を取り出し、テーブルの上にそれを置いた。それによって眼帯の衛兵の目が柴犬チャームの方へと向く。


 「眼帯さん、この金でこの子たちの分の代金も払っておいてくれ」


 「ん? おぉ、おめえさんはもう帰っちまうのかい?」


 「あぁ、今日は色々あって疲れた」


 「そっか、んじゃまたな。夕飯ごっそさん」


 柴犬チャームは店の出口へと向かっていきながら、眼帯の衛兵と会話をし、ドアベルの音と共にその気配は外へと消えていった。


 とにかくこれで今回の一件によって超大型ギルドモグモグカンパニーとタバコカルテル鋼血騎士団が殴り合う可能性は摘むことが出来た。マロンと花子はお互い流し目で視線を合わせ、口元に微笑を浮かべるとお互い相手の方にある手を肩の高さまで上げて握りこぶしを作り、拳と拳を軽く突き合わせてグータッチする。一時はどうなるかと思ったが、いろいろあったが何とかなった。まだ安否は確認していないが、ピエール吉田は戻って、自分達は無事にここに居る。損害と言えるものは失った時間ぐらいだ。


 話も落ち着き、花子とマロンはやっと食事に集中し、その二人の隣にいる眼帯の衛兵は運ばれてきた超くまちゃんハンバーグを目の前にナイフとフォークを取る。マロンと花子に最初ついていたメイドはいつの間にか居なくなっていて、あまり美人ではないが、愛嬌のある笑みのメイドが眼帯の衛兵の前に、カウンターテーブル越しにつく。


 「美味しくなる魔法掛けますね~、もえもえきゅ~ん! はいっ、お兄さんもいっしょに~!」


 そのメイドはやや太い自分の身体の前に両手でハートマークを作り、頬肉で細くなっている目を笑うことによりさらに細い物にして、マロンと花子が聞いたときのない呪文を口にする。


 「まいったなぁ、おじさんそういう歳じゃねえんだけど」


 眼帯の衛兵は困ったように眉尻を下げる。しかし、その太めなメイドはやれと言わんばかりの確固たる目で眼帯の衛兵を見ており、許してくれそうにない。


 「そうしないと超くまちゃんハンバーグは完成しないんですぅ」


 なんか面白そうなことをしている。花子は口の中にあるオムライスを咀嚼しながら眼帯の衛兵の方へ振り返り、肘で眼帯の衛兵の横腹を突く。それによって眼帯の衛兵の視線は花子へと向き、その意地悪い笑みを浮かべる花子の顔を瞳に映すと、参ったような顔をした後、草臥れた渋い微笑を口元に浮かべ、太めなメイドへと向き直る。


 「しょうがねえなぁ、見とけよ? おじさんの渾身の…もえもえきゅ~ん!」


 手に持ったナイフとフォークを一度置き、眼帯の衛兵は自分の左胸の前に両手を持っていき、そこに手でハート型を作り、なかなかキレのある動きでそれを左右に動かしながら美味しくなる呪文とやらを言い切る。眼帯を付けているのでウインクしていたのかはわからないが、とりあえずうまくやれたように思える。


 「プッ…クククッ…」


 「くははっ!」


 「ぶふふっ…!」

 

 それに花子、マロン、太めのメイドは各々笑い声を立て…


 「あっ、お前らっ、笑ったな今ッ」


 眼帯の衛兵はある種の裏切りのようにも感じる各々の反応に若干恥ずかしそうにしつつ、その反応に対して抗議の声を上げた。地下牢獄に居た時揶揄われたこともあってその反応は花子にとってとても気分のいいものだ。


 「そういえばなんでアンタこんなところに来たのよ」


 少しの間笑い、口の中にある物を飲み込んだ後、花子は気になっていたことを眼帯の衛兵に尋ねる。右手のスプーンでオムライスを切り分けていきながら。


 「話してる間お前らが逃げるようなら捕まえろってお願いされてさ。言うこと聞くなら飯ご馳走してくれるって言うもんだからよぉ」


 安すぎる上に動機が不純すぎる。夕飯のために職権を乱用し、それだけのために誰かを捕まえる。金を握らせれば任意のプレイヤーを地下牢獄に送り込むことが出来るのか? 花子はそう思いつつ眼帯の衛兵を不信感に満ちたジト目で見据える。


 「あぁ、捕まえるっつってもあれよ? 地下牢獄にぶち込むとかそういう話じゃなくてただ捕まえておく、ってだけよ?」


 花子の視線に思うところがあったのか、眼帯の衛兵は語弊がないように丁寧に説明しつつ、デフォルメされた熊の頭の形をしたハンバーグの耳部分をナイフで切り取り、フォークで刺したそれにアツアツのトマトソースを存分に絡めてからそれを口に運ぶ。


 「あ~、美味い。人の金で食う飯は最高だな」


 超くまちゃんハンバーグを頬張りながらしみじみとした声で呟く眼帯の衛兵。…ダメな大人だ。法の番人でありながら賄賂は貰うし、少しの見返りで私的な依頼に協力するし。シルバーカリス釈放時に花子が払った15ゴールド。まず間違いなくタバコ代に消えたのだろうが、そのタバコを吸ったときも同じようなことを言っていたに違いない。


 そこでふと、花子は思う。衛兵のネットワークの中でNPC襲撃事件の情報は集まったのだろうかと。私怨による本格的な犯人捜しはライブが終わってからと考えていたが、聞けるなら今でもいいわけだ。そう思いつき、今口へ運ぼうとしていたオムライスの一部が載ったスプーンを止め、幸せそうに超くまちゃんハンバーグを頬張る眼帯の衛兵に視線を向ける。


 「この間のNPC襲撃事件についての情報ってないの?」


 唐突な問いかけ。眼帯の衛兵はそれを聞き、口の中のものを咀嚼しながらその一つだけの目で天井の方に瞳を向けて考えたようなそぶりをすると、口の中のものを飲み込んで花子の方に顔を向ける。


 「いや~、俺たち基本的に現行犯逮捕しかできなくてさぁ。捜査とかしなくてねぇ」


 なんかダメそうだ。しかし僅かな期待を胸に花子はやや身を乗り出し…


 「つまり?」


 問いかける。眼帯の衛兵はそれに困ったようだが、どこか楽しんだ様な顔をし、笑った。


 「何の情報もねえ。悪いね」


 花子の目にはそれが憎たらしく見え、彼の脇腹がその彼女の肘によって軽く突かれる。


 そして乗り出した身を元へと戻した花子の視線は、隣でがつがつとオムライスを口いっぱいに頬張るマロンの方に向けられる。何かと一階層の事情に詳しいマロンだ。何か知っているかもしれない。そう思って。


 「マロン、アンタなんか知らないの?」


 マロンは話を聞いていなかったようで頭に疑問符を浮かべたような顔をし、小首を傾げながら口を一生懸命モグモグ動かしている。ヒマワリの種を頬張るハムスターのような雰囲気があるそれを花子は半目になり、じっとりとした目で見据える。


 「この前NPCの店手当たり次第に襲われた事件あったでしょ。それについて何か知らない?」


 ある程度モグモグした後、マロンは口の中のものを飲み込む。マロンは一瞬考えたような顔をした後、視線を花子の顔へと向ける。


 「いや、なんも知んねー。なんでそんなもん気になんだよ」


 マロンはぽけーっとしたやや間の抜けた顔で答える。何かと物知りなマロンが何も知らないとは珍しい。鋼血騎士団の拠点にカチコミした時に庭師をためらいなく切り殺した時も思ったが、NPCをただのゲームの部品としか見ていないようで、それ絡みの話は本当に興味がないようだ。


 「私が食い逃げ犯として捕まるきっかけを作ってくれた事件なのよ。ライブが終わったらそれの主犯格にお礼参りしたいって思っててね」


 花子はそこでスープ用のスプーンを手に取るとスープ皿の中のコーンスープを掬ってそれを口に運ぶ。甘くてクリーミーな優しい味。大好物であるそれの味に花子の口元が綻ぶ。


 「メンツにかけても探し出さねえと気が済まねえって感じか。ブレーキがねえ柴犬のおっさんみてえ。今日の昼頃やった尋問方法といい…ヤクザかよ」


 マロンは口元に苦笑いを浮かべる。微かに音を立てて皿の上に残った米粒をスプーンで上手に集め、ひとまとめにし、それを掬いながら。普段はその手の常識がなさそうな振る舞いだが、そのギャップが面白い。


 「褒め言葉として受け取っておくわ。メンツ潰されて大人しくしていられるほど大人じゃないの」


 オムライスの最後の一口を口に含んだマロンの隣で花子は静かに笑う。マロンの言うメンツに生きる気取り屋な自分こそ自分が好きな自分。花子はその評価に満足していた。


 「へへっ、悪口のつもりじゃねえよ。あたしお前のそういう自分が納得するかどうかだけで突っ走るところ超気に入ってるし。頑固で不器用なところもな」


 普段こういったことを言われても捻くれた花子はお世辞程度にしか思わないが、マロンが言うそれはすんなりと受け入れられる。人たらし。だから彼女の後ろにはたくさんの人がついてくるし、いつの間にか中心的な人物になっている。自分もそんな彼女の魅力にやられつつある。それを否定したい相反する気持ちもありはするものの、そんな自覚を抱きつつ、花子はその碧い瞳に気持ちの良い笑顔を浮かべるマロンの顔を映す。


 「それはどうも」


 素っ気なく花子は言って、まだ残っているオムライスの方へ向き直る。いろいろ喋っていて全然食べていなかった。それによってマロンを待たせるのも心苦しいし、今度こそ食べることに集中することにする。


 「おーい、眼帯のおっさん、ちょっと一口それくれよぉ」


 自分の目の前にあった料理全てを綺麗に食べ終えたマロンは席を立ち、ナイフを左手に、フォークを右手に持ち、舌なめずりしながら眼帯の衛兵へと迫る。眼帯の衛兵はそれに大して何か思った風なく、身体をやや後ろへと下げてマロンがハンバーグを切り取りやすいようにする。


 「しょーがねーなぁ。一口だけだぜ? 超くまちゃんハンバーグ」


 「ふっふう、やったぜ」


 マロンは機嫌良さそうに言うと、ハンバーグをフォークで刺し、その中心を立て一直線に切り、その大きなそれをワニのように口を大きく、目一杯開けてそれを口に押し込む。眼帯の衛兵が止めるまえに。その口周りにトマトソースをたくさん付けて。眼帯の衛兵はそれに驚愕したような表情を浮かべ、言葉を失った。


 「一口ってお前っ…ほとんど半分じゃねーか!」


 直ぐに我を取り戻した眼帯の衛兵は掴みかかりはしないがそんな勢いでマロンの方へ身を乗り出し、明確な非難の意思をもって訴えかけた。


 「ひほくひだろぉ?」


 マロン幸せそうに口をモグモグ動かしながらもごもご言っている。その顔に反省だとか負い目だとか感じた風なものは一切なく、小憎たらしく思えるほどの幸せそうな顔だ。


 「幸せそうなツラしやがって…こんのやろっ、おじさんは大事に食べてたんだぞ!」


 眼帯の衛兵による激しいそしり。食い物の恨みというのは恐ろしい。あのいつも飄々としていた眼帯の衛兵がこうまで気持ちを強く他人に示すとは。しかし脅しだとか咎めというよりも悲痛な訴え。怖くはない。


 「ん…ライスばっかり食ってるから肉嫌いなんじゃねえかと思ったけど違ったか」


 それがマロンの心を動かせているかというとそんなわけもない。口の中のハンバーグを飲み込んだ彼女は口の周りにソースをたくさん付けたまま、口元から歯を覗かせ、片眉を吊り上げて笑い、眼帯の衛兵から視線を逸らす。部外者としては楽しいその二人の様子を耳と時折一瞥することによって得られるその時の映像で花子は楽しみつつ、食事を摂る。


 モグモグカンパニーの手の者であろう襲撃者たちには鋼血騎士団に攻撃を受けたわけではないということを伝えられ、襲撃を受けた柴犬チャームも矛を収めた。あの襲撃者たちが自分たちが思うような勢力の人間ならば、もうこれできっと問題はない。本当に長く感じられたその一日。あとは帰るだけ。真の意味で安心を取り戻した花子は純粋に食事を楽しみ、超くまちゃんハンバーグを再度集り始めるマロンとそれを守ろうと必死な眼帯の衛兵の傍から見れば愉快な様子を眺めていた。

普通のオレンジジュースよりブラッドオレンジジュースの方が美味しい気がする。

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