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まさひこのパンケーキビルディングとその住人。打砕く者と守る者。  作者: TOYBOX_MARAUDER
闇の片鱗と目覚める小虎
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カチコミ


 それは街の中に、そこそこ広い敷地の中にある白い屋敷だった。三階建ての横に広いロココ様式のその佇まいは、それの所有者の力と財力を雄弁に物語る。昼過ぎの時間帯の終わり際、昼寝でもしたくなるような優しい日差しの空の下、宮殿と言っても差し支えないその屋敷がある敷地へと続く鉄格子の門の前に二人の招かれざる客は立っていた。


 「その場のノリと勢いで引き受けたけど…ヤングナイトでの情報が嘘だったらどうするのよ」


 「いや、作り話にしては信ぴょう性はあった。あたしがあいつらの立場でフルブロッサムを如何にかしたいと考えるのなら、おっちゃんを監禁できるようなデカいギルドに売るだろうし」


 「なるほど。あのバカの作る酒の味はいろんなところが欲しがる程度には良い物だったってことね」


 「あぁ、自分のところで作る酒を良くしたいと思ってる奴がいるとするなら絶対に欲しがる。それが最近酒に首突っ込んでる鋼血騎士団ってんなら全部合致がいくってもんよ」


 閉じられた鉄格子の門に目をやったまま、二人は短く会話をする。鉄格子の向こうに見える庭にはNPCと思われる数人の庭師がせっせと庭木の手入れをしている様子が伺え、その他に人影らしい人影もない。結構規模の大きなギルドだ。維持にも金はかかるであろうし、ほとんどの戦力は素材集めなどで他の階層に行っているのが目に見える。


 「お喋りはこの辺にして――」


 「さっさとやりましょう」


 二人は門の前にて身構えると少しばかり下がり…


 「わっしょーい!」


 「せぇいっ!」


 助走をつけて鉄格子の門を蹴りつけた。


 それによって鍵のかかっていた鉄格子の門の金具は拉げ、門はガシャンと音を立てて蹴破られ、そこからマントの中に抜身のグラディウスを隠す花子と曲剣二本を鞘から抜くマロンが悠々と歩きながら敷地内へと侵入する。その二人の小さな侵入者に庭師のNPCは反応し、酷く驚いた様子で屋敷の方へと向かおうとするが――


 「ほいっ!」


 マロンが軽快な足音と共にその背に向かい駆けてゆき、そのNPCの背中を斬りつけて始末した。それが口封じ目的であれば鼻から正面突破などしないであろうし、必要な殺しであったのだろうかと花子は思いながらも、マロンの後に続く。まあ所詮はユーザーを楽しませる部品の一つでしかないNPC。結構ドライな花子はすぐにそんなことも考えなくなる。


 「どぉーもー! ホイップクリームマロンちゃんでーっす!」


 「吉田よ、吉田を出すの!」

 

 二人はそのまま庭を行き、外の世界と屋敷の中を繋ぐエントランスホールへ続く扉を蹴破る。マロンたちが住む宮殿のものほど広くはないが、そこそこ広めなエントランスホール。すぐさま騒ぎを聞きつけ、屋敷の中に居たのであろう複数のプレイヤーがそこに集まってくる。誰も彼も侵入者が来るのがわかっていたかのように、フル装備で武装して。


 「要件はわかってんな。いくぜテメーら!」


 「さぁ、行くわよ!」


 花子とマロン、二人は武器を握り、各々吼えると立ちふさがる集まりの中に突貫していく。武器と武器とがぶつかり合う音と戦う者たちの声、静かだったそのエントランスホールは途端に騒がしくなる。それはこの屋敷の中に居るすべての人間に届くような大きなものだった。


 *


 数は圧倒的に不利であった。花子はレベルと戦闘経験、装備の優位性で戦い抜き、マロンはレベルの優位性でのみ敵を捌く。戦い始めてから少ししてお互いは離れ離れとなり、花子もマロンも敵に数的な有利を取らせぬため、廊下へと入っていた。


 目標はピエール吉田の奪還。それさえ達成できれば自分たちの戦略的勝利。しかしやられてしまえば身ぐるみを剥がれるのは間違いないため、花子は必死だ。グラディウスも白い円盾も黒革と骨とマントの装備も最初の頃より共に戦ってきた掛け替えのない戦友。拘る女、猫屋敷花子にとってはそれらを手放すなどあってはならないことだった。


 視界の端に浮かぶHPバー。致命傷こそ貰いはしなかったが、いくらか攻撃を貰ったため、半分近く削れている。リックから奪ったポーションが何本かあるので、それで回復したいところであったが、状況はそれを許してくれそうにはなかった。


 「待てーッ!」


 「やーよ! だーれが待つもんですかッ!」


 廊下を駆け回る花子とそれを追う鋼血騎士団のメンバーたち。花子とマロンがまともに戦ってくれた時の損害で結構数は減りはしたものの、まだ頭数は居るようだった。


 花子は一度鞘にグラディウスを納めると空いた左手で腰の小物入れにある小さな布袋を取り出す。この一か月の間、敵を倒すことだけを考えて作ってみた秘密兵器。発想こそ稚拙ではある物の、くらえば一定の効果あるであろうそれを左手に、花子は進行方向へとジャンプし、空中で後ろを振り返った瞬間、後ろについて来ている者たち目掛けて左手を振って袋の中の粉を撒き、再び前を向いて地面に着地すると再び走り始める。そのマントを翻しながら。


 「何か撒いたぞ!」


 「目がッ!」


 「鼻がッ!」


 「ふっ…ふがっ…はくしょん!」


 想定では投げつけて使うものであったが、今回は散布したほうが良さそうと思えたためそうしてみたが、効き目はあった。秘密兵器。名づけて胡椒玉。ムズムズする鼻と潤む目により走ることに集中できなくなり、スピードが落ち、果てにはくしゃみをしてすっ転ぶものも現れて、転んだそれに足を取られた後続が盛大に転んでいく。


 「あーっはっはっはっ! 愚図ね! ざまあないわ!」


 花子はそれを顔を横に向けて碧い瞳に映しながら、心底楽しそうな高笑いをして彼らを引き離していく。彼らは少数で花子に向かっていっても人的な消耗が増えるだけと判断してか、一旦止まって転んだ仲間が起き上がるのを待っている。一応最低限の統率は撮れているようだった。


 「ぎゃっ!」


 しかしその直後に花子は廊下の曲がり角に差し掛かり、それは大きな高笑いと共に後ろばかり見ていたためか、その身体を壁へと激突させて小さく鳴いた。


 「いったぁ! クソッ…!」


 花子は余裕を見せた己の行いに大いに後悔しながら痛みに声をあげ、余裕をこいて愚図を晒した自分自身に悪態をつきつつその横っ面を左手で摩りながらすぐに立ち直ると、背後から追ってきている者たちの死角である、曲がり角の向こうにある扉二つ目の部屋へと駆け、そこへと逃げ込む。もちろんドアを閉めるときは音を立てぬよう気を付けて。


 部屋に入った直後、花子は出入り口のドアを背にしつつ小物入れの中に手を入れ、音を立てぬよう気を付けながらリックから奪い取ったポーションを一本取り出し、それに口を付けながら部屋の中を見回す。部屋の中はシンとしていて、聞こえるのは高鳴る己の心臓の音だけだ。


 部屋自体はさほど広くはないが、人一人が暮らしていくために必要な家具はそろっていて、過ごしやすそうな空間。鋼血騎士団のギルド員の部屋であろうことはすぐに理解できた。しかし人の気配はない。外へと続く窓もあるし、この部屋からでもまだ逃げ回れる。回復を済ませた花子は小物入れに空になった小瓶を入れ、再び左手にグラディウスを取るとドアの前から背を離し、向き直る形になる。


 廊下は長いし、追っ手は部屋に逃げ込んだと気が付くはず。幸い出入り口の扉は人一人が通れる程度の大きさ。ここで迎撃するのであれば、必然的に一対一の戦いになり、個としての戦闘能力の高い花子に絶対的なアドバンテージが生まれる。注意しなくてはいけないことは戦うことに一生懸命になりすぎて窓の外に回られて逃げ道を遮断されること。花子は口元から歯を覗かせ、攻撃的な笑みをその顔に作りながら扉の向こう側から徐々に迫ってくる複数人の足音に神経を尖らせる。


 隣の部屋が蹴破られる音。そして次の瞬間、花子の目の前の扉が勢いよく蹴破られる。


 「うわっ――」


 そしてそれに合わせる形で花子は床を蹴り、前へと出て足を突き出し、驚いた風な顔をするその男の首元を斬りつけた。それにより男は動かなくなり、その時の声で周囲の敵は異変を察知したようですぐに扉の向こうから片手斧を持った男がやってきた。


 「さあもう逃げられんぞ!」


 「おだまりッ!」


 男が片手斧を振り上げ部屋へと踏み入れたところで花子はいつ片手斧を振り下ろされてもいいように盾を上へと構えながら、振り下ろす位置を決めかねている男の股座を勢いよく蹴り上げる。それは硬く厚さのあるブーツの先端で。


 「ぐっぐおぁあああああッ!」


 それにより男は斧を振り下ろす前にその身を前かがみにして崩れ去る。得物を放り、その両手を股間に当てながら。それは大きな絶叫の声を上げて。


 「あっはっはっ! いい声で鳴くじゃないの! ほら邪魔よッ!」


 そんな男の姿を見下ろし、花子はその男の頭を勢いよく蹴り上げ、ドアの向こうまで吹っ飛ばす。まだ彼は気絶をしてはいないが、股間に両手を当てたまま蹲ったままで動こうとしない。動けないようだった。


 「さぁ、いらっしゃい。相手してあげるわ!」


 花子は心底今の状況を楽しんだように笑い、扉の向こう側でまごつくプレイヤーたちの姿に目をやりながら派手に啖呵を切る。戦いを、ゲームを、この状況を。余すことなく楽しんだ様子で。


 「ええいッ! 総員突撃-ッ!」


 彼らは暫くまごつき、迷ったようにしていたが、その中の一人が剣を振り上げ吼える。それにより人の波が花子の居る部屋へ押し寄せんと前へ出た。全員が全員必死の形相で。花子にとってその反応は想定外だった。


 「ちょっ…滅茶苦茶するわね」


 花子は先頭の一人の腹をグラディウスで深く刺すが、その動けなくなった仲間を押しのけ部屋の中へと進もうとする人の波を見、その表情を引きつらせながらバックステップで距離を取り、扉の辺りで詰まり、動けなくなっているそれをしり目に踵を返すと盾を己の前に構えた状態で窓に向かって飛び、窓ガラスを突き破って中庭へと出た。


 「とにかく上を目指すッ」


 花子は中庭から見えるこの屋敷の構造を見、上に何かありそうであると考えると再び走り始める。中庭にある立派な庭木を避けながら、中庭いっぱいに敷き詰められた色とりどりの花を踏みにじり、その花びらを散らせ、舞わせながら颯爽と。もう空は橙色に染まってきていて、空が青かった時より視界は通らないが、まだ不自由を感じない程度の明るさだ。


 「居たぞーッ!」


 「っ…! 何人居んのよッ」


 行く手という行く手から湧いて出てくる鋼血騎士団のギルド員たち。それに花子は驚き声を上げるが、すぐに冷静さを取り戻し、走るペースを落として周囲を見回す。再び窓を突き破って個室を経由し、屋敷の一階へ逃げるか、それとも行く手を遮る少数を始末して強引に上へと続く階段へ向かうか。その間も花子の進行方向の向こう側からは敵が向かって来ている。猶予はあまりない。


 そんな最中、花子の目に背の高い庭木が目に入った。上の方に枝葉を茂らせたそれの幹にはNPCが剪定のために使っていたのであろう園芸用の梯子がある。花子は鞘に白いグラディウスを納めるとそれに進路をとり、地面を蹴った。


 「よっ、ほっ、それっ!」


 高く飛び、園芸用の梯子の中腹に足をかけ、止まらず再度飛んで梯子の天辺に足をかけて枝葉の茂る庭木上部へと飛ぶ。その左手を伸ばしながら。花子の下では倒れ行く梯子が見え、落ちてくる花子を待つかのようにして集まる敵の群れ。しかし彼らの思惑通りにはいかず、ぎりぎりのところで花子は枝を左腕で掴み、両手を使って何とか木の上へと這い上がった。落ちていたらゲームオーバーだった。そう思いながら木の下に集まり、声を上げる敵の群れを見下ろす。


 「諦めて投降しろッ! そして我が鋼血騎士団が運営するメイド喫茶…猫耳メイド学園で働くのだッ!」


 「そーだそーだ! オムライス作ってくれ! ハートケチャップのやつ!」


 「お前なら絶対にナンバーワンになれるッ!」


 「私たちは紳士だ。悪いようにせんぞ。強く度胸のある黒頭巾ちゃんよ!」


 「さあ降りてこいッ! 猫耳メイド学園の超大型新人!」

 

 木の下に続々と集まってくる鋼血騎士団のギルド員たち。戦って駆け回っているうちになんだか気に入られたようで、悪くない評価が聞こえてくる。彼らはすでに勝ちを確信したようで、これと言って行動は起こさず、好き勝手言いながら手を振り上げ、木の上の花子を見上げている。


 「バカね、まだ終わっちゃいないのよ」


 花子は茂る枝葉を上り、木の天辺よりも少し下の辺りで止まるとぎりぎり己の体重を支えられそうな、太めの木の枝に両足を乗せて胸の前に盾を構えた。彼女が見据える先には三階の窓。一呼吸置いたのち、花子は庭木の枝の上を全力で走る。


 「うおおおおおおおッ!」


 落ちたらただでは済まないであろう高さ。そこから飛ぶ恐怖を雄々しい雄叫びでかき消し、花子は庭木の枝から三階の窓へと飛んだ。その様を下から見上げていた鋼血騎士団のギルド員たちの目の前で、三階の窓をガラスの砕け散る甲高い音と共に突き破り、その部屋へと侵入する。


 肩から床へ接触し、うまいこと受け身を取って前転して花子はそのまま立ち上がり、今居る場所を見回す。部屋は一階で逃げ込んだところのようなギルド員のための個室に思えたが、今居る部屋の方がなんだか豪華な家具が多く、比較的に位の高いギルド員の部屋であることがなんとなく分かった。


 下に居る連中が上がってくるまでそう時間はない。それまでにこの屋敷の中でピエール吉田を見つけられるか。それとも隠れてほとぼりが冷めるのを待つか。花子は考えながらその部屋から出る。


 「三階だ! 逃がすなぁー! 鋼血騎士団の名に懸けて猫耳メイド学園に――」


 閉まり行くドアの向こう側、その先にある割れた窓の向こうから何やら執念を感じる声が聞こえたが、ドアが閉まった後、声が遮断される。こんなゲームの世界だ。女性プレイヤーは少なく、そういった場で需要があると理解している花子は苦笑いしつつも廊下を走り始める。屋敷のエントランスホールのあるあたりから見て最もそこから遠い区画。出入り口から最も遠いそこ、最奥部にピエール吉田が閉じ込められているはずだ。花子はそう考えていた。


 「ゴーゴーゴー!」


 暫く走って突き当りに大きく豪華な扉が見えた時、ドタドタと慌ただしい足音と鋼血騎士団たちの声が下の階から聞こえてきた。間も無くそれが三階まで上がってくる。時間がない。花子はミスリードを誘うため、咄嗟に廊下の窓を一つ盾で叩いて突き破り、突き当りの一際大きな扉の傍にある部屋へと逃げ込む。今最奥部へ突入し、ピエール吉田が見つけられても脱出はできないだろうし、ほとぼりが冷めるのを待ち、隙を伺うのが得策だと思って。


 「!」


 扉の向こうの白と青を基調とした女性らしさ感じる綺麗で豪華な部屋。そこに踏み入れた花子に対し、鋭い曲剣を今振り下ろさんとするマロンの姿。お互いの姿を視認した途端、二人は声を上げることなく、しかし、酷く驚いたように目を見開き、動きを止めた。


 迫る足音が近くから聞こえる。状況を理解したマロンは両手に持った曲剣の内、左手に持った曲剣を鞘へと納めると左手を口元へともっていき、人差し指を立て、花子はそれを見て頷く。


 次第に近くなる足音。そして鋼血騎士団のギルド員たちの声。微かだが部屋を開けるような音も聞こえ始めている。花子とマロンはそれに身体を強張らせ、危機に直面した、緊張したような顔をしてお互いの顔を見合わせた後、無言で部屋の中にある縦長のクローゼットへと近づき、足音を立てぬよう、しかし急ぎながらその中へと入る。その中には高そうな女性用の服がたくさん入っていて、なかなか入ってはいけないほど狭い空間であり、必然的に花子とマロンは密着した形となる。


 マロンの顔の横に左手を突き、そのやや開かれた脚の間に脚を入れる形になりながら花子はクローゼットの中で息を潜める。クローゼットの中は真っ暗で、ほとんど何も見えない。耳に届くのはマロンの微かな息遣いと高鳴る心臓の音だけ。クローゼットの中に並べられた豪華な女性ものの衣服の匂いとマロンのシャンプーの匂いが鼻腔に届く。


 「あの黒頭巾ちゃん三階から飛んだのか? ガッツあんなぁ。二人でカチコミかけにくるだけあるわ」


 「窓の向こうに木あるしそこに飛び移って逃げたのか。白いのも逃げたっぽいし、すぐそこの天パのおっさん閉じ込めておいた部屋は何ともねーらしいし…俺たちの勝ちだな」


 「つか逃げんなら本使えばいいじゃん。まだいんじゃね?」


 「戦闘中はアレ動作しねえぞ。絵が灰色になってよ」


 「へぇ、初めて知った。まさひこちゃんと考えてんだな。しっかし派手にやられたなァ。物資調達班戻ってきたらスゲー怒られそう」


 「俺様を舐めんなよ? 責任転移のプロだぜ? うまいこと論点逸らしてヤングナイトが悪いって方向に話纏めてやるよ」


 「ははっ、頼りにしてるぜ~、相棒~っ!」


 「おおよ、まかせろい。大船に乗った気持ちでどんと構えてろってな。だーっはっはっはっはっ!」


 クローゼットの扉と部屋と廊下を繋ぐ扉。その向こうから僅かに聞こえる鋼血騎士団のギルド員たちの話し声。それからはピエール吉田が此処に居ることを確かに聞き取れ、花子のミスリードが功を奏したことがわかる。しかしすぐには出ていけそうな感じでもない。恐らく廊下にはたくさんの鋼血騎士団のギルド員が犇めき合っているのだから。


 「気持ちが舞い上がっちまうな。イケメンな憧れの花子ちゃんと密着してるとよ。んーまっ」


 「うっさい、気抜いてんじゃないわよ」


 足音と共に廊下から人の気配がなくなってくるのを感じ、少しするとマロンが花子の前で無駄口をたたく。暗闇の中に慣れた目はお互いの顔をすでに視認できるようになっていて、花子の目の前には悪戯っぽく笑い、ウインクし、左手で投げキッスするマロンの顔があり、それに対して花子はしかめっ面で突っ返すように言う。もちろん二人の声は小声。お互いが聞こえる程度に音量を落として。


 「つかさっきの話聞いてる限りたぶん突き当りの部屋に居るよな。おっちゃん」


 「えぇ。見つからないように忍び込んで本を使って飛べばそれで任務完了ね」


 「簡単に言うよなァ。次見つかったら勝ち筋無くなるぜ。敵側のおっかねー奴らも帰ってくるだろうし」


 「見つからなければいいだけよ。どちらにしても時間がない。いけそうなときに行くわよ」


 そしてしばらく花子とマロンは黙り、息を殺して耳を澄ます。部屋の中はおろか廊下の方からも物音は聞こえない。それを確認したのち、花子とマロンは至近距離でアイコンタクトを取り、マロンが左手を伸ばしてクローゼットの扉をゆっくり、音を立てないようにしながら開けていく。クローゼットの扉の向こうの橙色に染まっていた室内はやや暗くなりつつあり、それからはそろそろ日没になるであろうことが伺い知れる。そうなれば敵の主力は帰ってくる。時間がない。それに花子は内心焦る。


 マロンはやけになれた動きで、足音を一切立てずに部屋の中を歩き、廊下と部屋を繋ぐ扉の前に行き着く。アイドル活動を始めてからも盗賊ギルド員として活動していたのかと思えるぐらいに。そんなマロンは右手に持った曲剣を鞘に納めると腰回り背面にある、鞘に収まったダガー二本を抜くとそれを両手に握りしめた。曲剣と同じぐらい、もしくはそれ以上に使い慣れた様子で、結構様になっている。


 後ろに花子がついて来ていることを振り返り、確認した後に廊下へと続く扉のドアノブにダガーを握った手をかけ、器用に音を立てないようにゆっくりと回し、回し切ったところでゆっくりと扉を押していき、やがてマロンはその向こう側へと進み、花子もそのあとに続く。


 廊下は暗い。そして静かで誰もいない。マロンは黙ったまま突き当りの一際大きな扉の方へと向かい、花子は背後に注意したままついて行く。


 そしてマロンと花子はその大きな扉の傍に張り付くと、アイコンタクトをした後にその扉のドアノブをゆっくりと回す。


 …鍵が掛かっていない。花子はそこで違和感を感じるが、そのままドアを押した。


 奥方向に長い、両面大きなガラス窓の部屋。幸い家具やカーテンがあるため、外から見てもすぐには気が付かれないであろうその部屋の中心に、椅子に座り、鼻提灯を鼻にくっつけて呑気に眠っているピエール吉田の姿が確認できる。


 それを見た花子は腰の小物入れの中にある本を手に取り、自分達の勝利を確信する。その口元から歯を覗かせ、血気溢れる微笑を浮かべながら。先ほど感じた違和感など気にもせずに。


 「ようこそ。ホイップクリームマロンちゃん。黒頭巾ちゃん」


 次の瞬間、天井にぶら下がっていた大きなシャンデリアの明かりがつき、部屋が白い光で満たされる。ピエール吉田の眠る椅子の向こう側、横に長い立派なテーブルの向こうに置かれた回転椅子が回り、短い金髪の髪が逆立つ、目つきが鋭く、攻撃的な笑みをその口元に浮かべた30代ぐらいの紫色の派手なスーツ姿の男が顔を見せる。


 「上手く行きすぎていると思ったのよ。あぁ、困ったわね」


 「チッ…やるじゃねえかよ」


 花子はそれに肩を竦めてため息をつき、マロンはそれは機嫌悪そうに眉間に皺を寄せて舌を打つ。


 嵌められた。そう思ったときにはもうすでに遅く、開かれた本の絵は灰色になり、自分達が入ってきた扉の方からは金属鎧から立つ金具の音が複数聞こえ、やがてそれは部屋の中へと入ってきて、その出口の辺りで音が止む。顔を横に向け、背後を一瞥してみれば、出入り口前に盾を構えた重装歩兵が作る鉄の壁。退路は断たれて絶体絶命。少なくともピエール吉田の奪還は不可能。花子とマロンはこの状況を切り抜けるため、思考を巡らせながらこちらにやってくるド派手な紫色のスーツの男の顔を不敵な笑みを浮かべて見上げていた。

重装歩兵騎士団というロマン。なお創作では大概雑魚扱いの模様。悲しいなぁ!

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