才女たちのピアノトリオ
ぬぅ、済まぬ。我が作品を楽しみにしてくれている数少ない心優しい酔狂な人々よ…更新が二日置きになるかもしれぬ。許せ…。
白い宮殿の中庭。そこで行われる歌とダンスのレッスン。全体で動きを合わせるため、どこからか持ってきた横に広い鏡の壁を目の前で、マロンをリーダーとするそのグループは一曲を通し踊りきった。もう空は真っ暗で、明るい月明かりと宮殿の明かりがそこを照らしていて、結構ハードな動きをするものであるためか、その場に居る全員が呼吸を乱し、額や顔に汗を浮かべている。
ほぼ一日中続けられた歌とダンスのレッスン。やっているうちに慣れてきて、なんとも思わなくなってくる花子とシルバーカリスは元からその手の才能に恵まれていたのか、一曲目はほぼほぼこなせるようになっていた。相変わらずその二人は物騒な装備に身を包んだままであったが。
「今日はこれで終わり、お疲れさんしたー!」
マロンが解散の合図をしたところで、各々小物類を置いていた中庭の隅へと行き、タオル等を取って汗を拭き、水分補給をしたりする。
花子は汗で額に張り付く前髪を指で払い、小物入れの中に手を入れて水晶に触れてステータスパネルを出し、時刻を確認してそれを閉じる。もう19時。お腹もペコペコだ。
「いやー、すげえな。ぶっちゃけ一日でここまで出来るようになるとは思わなかったぜ」
首の後ろにタオルをかけ、流れる汗を拭きながらマロンが寄ってくる。その後ろにはシルバーカリスと柘榴の姿もある。
「それはどうも」
花子は素っ気なく返し、進路を宮殿内にある食堂の方へ向けて進み始める。今日の昼発覚したことだが、もうマロンには手持ちがほとんどなく、外食するような余裕はないのだ。故に花子たちが夕食を摂る場はここで提供されるものになる。昼食後の会計時、柘榴はいったい何に使ったのか妙に思った様子であったが、気にするのは彼女ぐらいで花子もシルバーカリスも気にも留めなかった。
「シルバーカリス。食事終わって入浴が済んだら私の部屋に来て」
食堂までの廊下を行きながら、いつの間にか隣を歩いているシルバーカリスに花子は言う。視線を前に向けたまま。要件は伝えずに。
「? 分かりました」
シルバーカリスはそれに小首を傾げ、きょとんとした表情をしつつも承諾し、二人とそのあとに続くマロンと柘榴は大きな長テーブルが置かれた食堂へと足を踏み入れて適当なところに陣取る。
するとそれに反応し、給仕服の女性NPC数人がすでに出来上がっていた料理を銀のトレイに乗せてやってきて、それらを四人の前に置く。感情らしい感情もなく、与えられた役目を忠実にただこなすそのNPC達は同じNPCである眼帯の衛兵とは全く違うものに花子には思えた。
「そういやよ、朝ここの使用人連中がお前の部屋になんか大荷物運び込んでたけどあれなんだ?」
銀のトレイに乗ったパンを千切りながらマロンが花子を見、一口大に千切ったそれを口の中に含む。
「ピアノとダブルベースとドラムセット。ライブの後ピアノトリオでもやればライブの時のイメージが少しは払拭できると思ったの」
「へぇ…メンバーは? つか一週間ねえぞ。何とかなんのか?」
「シルバーカリスがダブルベース。私がピアノ。ドラムが空席。楽譜ならリアルの世界で私が書いたオリジナルのものを思い出して用意する。スイングのリズムなんかは正確に書くのが難しいから、聞かせるのが一番いいんだけれど…ピアノソロで聞かせてすり合わせるしかないわね」
そこで花子の顔がシルバーカリスの方へと向く。
「アンタ、ピチカートいけるわよね?」
「今まで経験した演奏のほとんどが弓を使うものでしたけど…行けます。都大会出場者の実力見せてあげますよ!」
シルバーカリスはふん、と鼻を鳴らしてその右腕を上げて力こぶを作るようなポーズを取り、その細い力こぶを左手でポンポンと叩いて見せた。今までで一番自信に満ちた顔をしているそれは大変心強く花子の目に映る。
「なぁ、ピチカートってなんだ?」
「本来は弓で弾くような楽器あるでしょ? バイオリンとか…それこそ今回使うダブルベースとか。それを手で弾く演奏方法」
「へぇ、いろいろあんだな!」
マロンの問いかけに花子はざっくりと説明をし、マロンはそれに納得したような顔をする。ただ彼女は本当に気になったから聞いてみたというだけのようで、話はそこで途切れる。
「話は聞かせてもらったわ」
その会話が途切れた後、その長く艶やかな朱色の髪をかき上げ、柘榴が話に割り込む。その口元には自信の伺えるような笑みがある。その様子から花子はドラムが行けるのではと思い、期待を寄せたような視線を彼女に向ける。
「ドラムなら任せて。かく言う私も吹奏楽部でね」
柘榴はその薄い胸を張り、握りこぶしを作った右手でどんとそこを叩き、格好つけたように気障っぽく言う。それにより花子の心の中に期待が確信になり、その表情がぱあっと晴れ、その横顔にパンをモソモソ齧るシルバーカリスの瞳が向く。
「気になったんですけど、花ちゃんって吹奏楽部なんですか?」
「いや、私は軟式テニス部。でも安心して。ピアノは習い事と趣味でやっていたから心得はあるわ」
そこでマロンが花子の方へ身を乗り出す。仲間を見つけたような顔をして。目をキラキラさせて。若干話が脱線しそうな雰囲気を感じるが、花子はそれに嫌な顔をすることはない。所詮は食事の間の世間話なのだから。
「お前軟式テニス部なのか! 実はあたしもなんだよ~、何中? あたし魔都立荻窪中」
「ネオ中野中等魔術学校」
「そんな気してたけどやっぱお嬢様学校の奴だったか。もしかしたら大会で会うかもしんねーな! あたし団体戦のレギュラーだし!」
「あら奇遇。私も今年から団体戦のレギュラーになったのよ。…なんかこの数年時間が進んでないような気がしているけれど」
軟式テニスの話で盛り上がり始めるマロンと花子、その傍では吹奏楽のことに関して話し合いつつ食事を摂るシルバーカリスと柘榴。
彼女らの前に並べられた少しのサラダとシチュー。パンと果物一つの食事が暫くして終わった後、花子は真っ先に自分の部屋に向かう。
「へぇ」
部屋の扉の向こう側にはその広い部屋の中心に置かれる楽器たち。NPC達は部屋の掃除等もしてくれているようで、脱ぎ捨てたはずのバスローブは無く、少し乱れたベッドはきちんとベッドメイキングされた状態でそこにある。花子はそれに気分良さそうに微笑し感心したように呟くと、今日一日でながした汗を流すべく、部屋の中に備え付けられている浴室へと向かう。
脱衣室にて身に着けている衣服を脱ぎ、浴室にてシャワーを浴びながら花子は考える。シルバーカリスと柘榴は楽器を使い慣れてはいるだろうが、ジャズを知っているわけではない。音の切り方、リズム。そこをまず吹奏楽ではないジャズのそれにする。そう己の中で指針を決めた後、身体を洗って泡を洗い流し、脱衣所へと出て身体を拭き、その身にバスローブ、脚に上質な毛のスリッパを履き、部屋へと戻る。
二人はまだ来ていない。花子はバルコニーへと続く扉のあたりに詰めて置かれている白いピアノの元まで行き、それの前にあるピアノ椅子へ腰を下ろし、ゲームの世界のピアノがどんなものが触り、確かめるように弾いてみる。
リアルと同じような感覚で弾くことが出来る。自分の中にあるジャズのリズムも完璧だ。ピアノソロでも人に聞かせて問題なさそうではあるが、せっかくシルバーカリスと柘榴もいるのだ。三人でやり遂げたいと花子は思う。
「おーっす、お邪魔するぜェ!」
そしてしばらくして黒いジャージ姿のマロンを先頭に、鎖帷子姿のシルバーカリスと淡い桃色のパジャマ姿の柘榴がやってくる。まあマロンは来るだろうと思っていたため、花子はこれといった反応は示さない。
「おぉ~、コントラバス」
部屋に入ってきたシルバーカリスはスタンドに立てられているそのホワイトボディのダブルベースの背に回るとそれに触れ、一瞬傍にある弓を取ろうとしたが、途中で手を止め、感覚を確かめるように手で弾き始める。柘榴も同じように白を基調としたカラーリングのドラムセットの前にきて、椅子に座り、ドラムスティックを手に、感覚を確かめるように手を動かす。マロンは邪魔にならないよう、花子のベッドの上に座って、三人の様子を眺めている。
「1、2、3、4の中で偶数のテンポを意識するの。今からピアノソロでやるからどんなものか聞いてて」
花子は白い鍵盤に手をのせて、足をピアノペダルに置き、シルバーカリスと柘榴に目配りをする。二人は花子の言葉を聞くと一度手を止めて、シルバーカリスは耳を澄ませて瞳を伏せ、柘榴は花子の顔を見る。集中の仕方は人それぞれ。それが見て取れる一面だ。
静かになったところで白く細い指が鍵盤を弾き始め、それから始まるピアノソロによるジャズ演奏。夜を感じさせる軽快で深みのある味わい深い調べ。クールではありはするが、何処か温かく優しく、僅かな寂しさと郷愁を感じさせるそれは他三人の心を捉え、目を伏せて、鍵盤の方を流し見る花子の顔を見る柘榴とマロンの目には、曲の雰囲気からかそれが妙にかっこよく映り込む。
おおよそ五分ほどの演奏が終わり、花子が一息ついたところで花子は鍵盤から手を、ピアノペダルから足を離した。聞き入っていたマロンは大層感動した様子で瞳を揺れ動かしており、演奏が終わったのに気が付くとハッとした顔をした後、目をパチクリさせ、そのあとでベッドから降りて花子の方へ近寄る。
「普段音楽なんて興味なかったけど…良いな。これ。…冗談抜きで憧れる…」
「…気に入ってもらえたようでよかったわ」
一瞬そのマロンらしからぬ反応に花子は戸惑って彼女の顔を顔を見上げていたが、右手を取られ、両手で握られると自分がジャズミュージシャンに憧れるような、それに近い感情を抱いているのだと察し、格好をつけた静かな微笑を浮かべ、花子は笑った。それは演奏した曲の魔力に飲まれたのは聞き手の三人だけではなかったことを示していた。
「おぉ…邪魔しちまってわりいな。続けてくれ」
「…なんか調子狂うわね」
マロンが離れた後、再び花子は鍵盤に手を、ピアノペダルに足をのせ、こちらを見ているシルバーカリスと柘榴に目を配らせる。
「さっきと同じ曲を弾くから、アンタたちの感覚で合わせてみて。それじゃ、行くわよ」
そして花子は再び鍵盤をその白く細い指で弾き始める。慣れた花子と比べ、稚拙ではあるが、各々の楽器を弾き、それについて行くシルバーカリスと柘榴。決して息が合っているとは言えないそれは今以上に一纏まりになるために、その部屋の中で奏でられていた。
女の子がジャズやるアニメありませんかね!