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まさひこのパンケーキビルディングとその住人。打砕く者と守る者。  作者: TOYBOX_MARAUDER
闇の片鱗と目覚める小虎
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ピエール吉田の慧眼


 朝の爽やかな陽射しに昼の温かさが混ざりかけた頃、朝食を摂り終えた芸能事務所フルブロッサムに所属するアイドルたちは宮殿のエントランスホールの階段の裏にある扉の向こうの広い中庭にて、集まっていた。


 そこは真っ白い石畳が敷かれた、何も視界を遮る物のない空間。見上げれば青空と太陽が見え、視界の先にはこの中庭を四方に四角く縁取る宮殿の屋根。身体を思う存分動かせる、歌だとか踊りだとかを練習するにはうってつけの場所だった。


 「花子とシルバーカリスは先ず見学な」


 花子はフードを脱ぎ、シルバーカリスは頭防具を外した、それ以外フル装備の姿で体育座りをして座り、中庭の中心に集まるマロンを始めとするフルブロッサムに所属するアイドル先輩たちの姿を見ていた。


 マロンたちは統一感のある動きやすそうな半そでのシャツと長ズボンをその身に纏い、身体を動かす前のウォーミングアップをしていて、その彼女たちの向こう側には小さなラジカセのような四角い機器がある。それを見る花子は眉間に皺を寄せ、その顔を覚悟をもって今来るであろう恐怖に耐える注射をする前の子供のように歪め、シルバーカリスは特に何か思った風のない表情で目の前のマロンたちを眺める。


 ウォーミングアップがある程度された後、マロンは仲間たちへ目配りし、静かになる。これから自分がやるアイドル活動とやらのその姿が拝める。花子は固唾をのんで見守る。


 「みんな~! 今日も応援しに来てくれてありがとぉ~! ホイップクリームマロンちゃんでぇーすっ! 一曲目、朝起きたらハムスターが死んでた、いっくよ~!」


 覚悟はしていた。ホイップクリームマロンちゃんなんぞという可愛らしい名前から。わかっていた。こんなような甘ったるい雰囲気のものなのだろうと。せめてカッコいい路線で行ってくれるものであれば…そう考えていた花子の希望は儚くも打砕かれた。そして男に媚びたような身振り手振り、ドギツイ萌え声のマロンたちのなかなか完成度の高いダンスと歌を花子は揺れる瞳に映しながら、歯を浮かせる。呼吸を浅くし、恐ろしい物でも見るかのように。恐怖に引き攣った顔で。


 マロンは何でも安定してこなせそうな信頼感のようなものがあったが、クールぶっていた柘榴ですら例外ではない。その抑揚があまりなかった声を高く、甘ったるいものにして。


 「…働くって大変だなぁ」


 よっぽど自分を見てもらいたいと考える自己顕示欲と可愛い自分を信じ、肯定するぶりっ子気質のナルシズムがなければ、先ずすんなりとは受け入れられないであろうそれはシルバーカリスの瞳を遠い目にし、呟かせた。


 そして、暫くして一曲目である朝起きたらハムスターが死んでたの歌、ダンスが終了する。


 「…どうだよ? 行けそう?」


 そのあとにマロンは花子とシルバーカリスに視線をやり、声を掛ける。花子は立てられた膝に額を押し付け俯き、とある悪戯心をその心の中に抱きながらシルバーカリスは立ち上がる。


 「良いダンスでした。それじゃっ!」


 シルバーカリスはその顔に愛想のいい笑みを浮かべ、踵を返して中庭から出ようと歩き始めた。確かに花子に借りがあるわけでシルバーカリスにはこれに参加する義理はない。金を稼ぐにしてもほかに方法は幾らでもある。道理は通っていた。まあその場でそれが通用すると理解するのは花子ぐらいだが。


 それを知らないマロンはそれに不満げな顔をし、文句を言いかけた時、花子の両腕がシルバーカリスの腰回りを捉えた。固く、力強く。


 「私たち一連托生よねッ! シルバーカリスちゃん好き好き好きーっ!」


 「花ちゃんに借りはありますけど、これに付き合う道理はないんですよッ! ええいッ、離せッ、離してくださいよッ!」


 どこかで見たような構図がそこには出来上がっていた。シルバーカリスの腰に手を回しながらその腹部に顔を埋める花子とそれを引きはがさんと肩や頭を押す必死の形相のシルバーカリス。立場は変われどレベル的優位は圧倒的に花子にある。当然シルバーカリスは花子の腕を振りほどくことが出来ない。


 「一緒にライブ出て借りを返してッ!」


 「花ちゃんに何のプラスもないじゃないですかーッ!」


 「同じ苦しみを共有する仲間が欲しいのー! 一人はやなのー!」


 見苦しいつかみ合い。交わされる言葉。それに目を点にし、見守ることしかできないマロンとそのほかの目の前で、シルバーカリスは足をもつれさせて地面に仰向けに倒れ、その隙をついて花子がシルバーカリスの腹部の上に馬乗りになる。シルバーカリスはその自分の上に乗る花子の碧い瞳を、花子はシルバーカリスの灰色の瞳を見、視線を交差させる。


 泣き落としモードであった花子のその顔は徐々にそれが嘘のように自棄を孕む攻撃的な笑みへと変わり、その左手はグラディウスの柄に置かれる。そこでシルバーカリスは花子が泣き落としではなく、脅迫に手段を切り替えたと察すると自分の上に乗る花子に向かって両手を開いて見せる。


 「ちょっちょっ…花ちゃんっ!?」


 「今ここで気絶させられて一切合切身ぐるみを剥がれるか…私と一緒に地獄へ落ちるか…さあッ、選んでッ!」


 花子は語気を強める。シルバーカリスから見る花子はヤケクソで、笑ってはいるものの半泣きだ。ただ揶揄ってやるつもりで始めたことが変な流れになった。シルバーカリスは自分の行いを反省しながら、花子の頬をその手で撫で、確かに伝う涙を親指で拭ってやって笑いかける。


 「もう冗談ですって。地下牢獄での仕返しをしてみたくなっただけです。泣かないでくださいよ」


 「なっ…泣いとりゃせんわーい!」


 花子はシルバーカリスの手を叩き落とし、黒革と骨のガントレットで勢いよく目を拭い、その後の痛みに悶え、両手で目を抑えて身をよじった。


 「…貴女達仲良いのね」


 それを傍から見ていた柘榴はぼそりと呟き、シルバーカリスはそれに複雑そうに笑うと自分の上に乗る花子の腰辺りをポンポンと叩き、花子は顔を背けたままものすごくバツが悪そうにしながら唇を尖らせ、シルバーカリスの頬を軽くつねった後、その彼女の身体の上から退く。


 「まあいいや、とりあえず練習すっか。柘榴、花子見てやってくれ。あたしはシルバーカリス見るから」


 一通りの騒ぎが収まった後、パンと手を鳴らし、マロンは指示を出す。煮え切らない花子ではあるが、筋を通さない人間ではない。故にやり遂げるであろうことを信じて疑わず、シルバーカリスの前に立つ。ライブを一週間で何とか見せられるものにするために。


 *


 午前の練習が終わった時、花子は驚いた表情をする柘榴の前に立っていた。昼休憩前に一度見せた花子のそのダンス。柘榴にとってそれは完璧と呼べるものだった。


 「貴女、こういう経験とかあるの?」


 「あら皮肉? あったらこんなに騒いでないわよ。朝さんざん蹴っ飛ばしたからその仕返ししてんじゃないでしょうね」


 花子はぶーたれた様子で口を尖らせる。とても捻くれた様子で。


 「おーし、午前中の練習はここまで。14時にまたここで集合な」


 マロンの一声でその場に居た芸能事務所フルブロッサムのアイドルたちは蜘蛛の子散らすようにして中庭から出ていく。やるときにはやって、抜くときには抜く。きっちりメリハリが付けられているらしい。


 花子はそれを聞いて腰の小物入れの中の水晶に触れ、まず時刻を確認する。今が12時なので、2時間昼休憩があるらしい。片道でも街までそこそこ距離があるとはいえ、結構時間を取る。マロンの言葉を聞いた感想はそれだった。


 シルバーカリスの片手をひいてこちらにやってくるマロン。その手には財布であろう小さな袋をもっている。柘榴と花子はそちらへと目を向け、花子はそのまま開かれたパネルを閉じる。


 「おう、一緒に飯いこーぜ」


 マロンはニカッと笑い、花子と柘榴はお互い顔を見合わせた後、花子は腰の小物入れから階層転移の本を引っ張り出し、それの一ページ目を開く。


 「さ、私に触って」


 三人は言われた通りに花子の肩に手を置く。ただ一人、つい昨日まで牢屋の中にいたシルバーカリスだけはこれに何の意味があるかいまいち理解していない様子だ。


 花子は三人の手が自分に触れたのを確認した後、本を開く手の親指で一階層のページをタッチする。それにより目の前が一瞬だけ真っ白になり、そのあとで一階層の街の広場から見える街並みが目に飛び込んでくる。


 「あー、やっべ。丸腰で来ちまった…まあいっか。危ない時は守ってくれよな、あたしの勇者様」


 「私は高いわよ」


 何が起きたのか分かっていない様子のシルバーカリスの横で、マロンは今更自分が丸腰であることに気が付いたらしく、唯一フル装備である花子の肩に腕を乗せると少年のような人懐っこい笑みをその顔に浮かべ、花子は周囲を見回し、めぼしい店がないか確認しながら雑に返す。


 「私のお勧めのお店がこの近くにあるのだけれど…そこにしない?」


 そんな三人の方へと柘榴は振り返るとふわりと微笑む。金には不自由していない花子はそれに頷き、シルバーカリスは少し不安そうな顔をして小物入れの中にある粗末な布袋を確かめるように握り、マロンは後頭部の後ろに両手を組んで口を開く。


 「どんぐらい手持ちありゃ間に合う? 実は使い過ぎちまって結構ピンチなんだよなァ。あたし」


 「…この間のライブで結構纏まったお金が手に入っていたはずだけど…?」

 

 「それがよぉ、新しい武器とか鎧新調したりしちまってさ、もうほとんどスッカラカンよ。いい武器や防具は上を目指そうと思えば金がいくらあっても足りなくってさぁ」

 

 「はぁ、呆れた。…いいわ。足りない分は私が出してあげる」


 「まじか、柘榴ォ愛してるぜぇ!」


 「まったく、ほんと調子いいんだから…」


 マロンに抱き着かれる柘榴は心底あきれ果てた風にしながら、先導するように進み始める。シルバーカリスが何か言いたげではあったが、彼女たちはそれに気が付いた様子はない。


 「安心しなさい。アンタの分は私が払うわよ」


 「花ちゃん…」


 そんなシルバーカリスの横を花子はマントを翻し、通り過ぎつつ言い、シルバーカリスはそれに感動したかのような抑揚の声で花子の名を呼び、花子の後に続く。


 かつて街の中だった場所のほとんどは開発が行き届いており、どこもかしこも店だらけ。そしてそれに集まる人も多く、大変な賑わいだ。そんな地帯を抜け、元は街の外の新しく拡張された物静かな地区に柘榴先導の元、花子たちは足を踏み入れる。そこは立っている建物は疎らではあるが、道や街灯などが整備された場所で、人工物と自然との調和がとれた場所だった。


 その一角にある赤レンガの小さな建物。黒鉄の吊り看板には小人の家というその店の名前と思しきものが書いてあり、入り口の傍には屋根付きのテラスがあり、葡萄の蔓がそれに這い、葉とそれから生る実が陽の光を遮断する自然のカーテンとなっている。そんな隠れ家的な雰囲気のある店の中に四人は足を踏み入れる。今回はそのテラスは使わず、店内で食事をするようだった。


 扉を押せばカランカランと鐘の音がなり、薄暗い店の中には濃厚なコーヒーのいい香りが漂っている。内装は産業革命期を思わせるスチームパンクな雰囲気で、蓄音機にはレコードがかけられていて、緩いテンポのクラシックが流れている。カウンターテーブルの向こう側には30代ぐらいのウェイトレスベストを着た、とても物静かそうな男の姿があり、その手にあるコーヒーカップを磨いている。


 「いらっしゃいませ」

 

 男は聞いていてとても心地の良い渋い声でやってきた四人を出迎える。この店のマスターといい、店の中の雰囲気といい、花子はここがすぐに気に入った。


 四人はカウンターテーブルの前にある丸椅子に座り、そこに置かれていたメニューを開く。


 「んじゃ…あたしはミートソーススパゲティ! 飲み物はカフェオレ!」


 「ペスカトーレとホットコーヒーを」


 「アルフレッドをお願い。私もホットコーヒーで」

 

 「んー、じゃあ僕はジェノベーゼで。…アイスコーヒーもお願いします」


 マロン、柘榴、花子、シルバーカリスの順で注文をし、メニューを閉じる。コーヒー豆に種類が無いのは他に種類が見つかっていないからだろう。花子は今まで歩いてきた階層を思い返し、コーヒー豆になりそうなものがあったかどうかぼんやり考える。


 身体の一番大きいシルバーカリスが四人が持っていたメニューを集め、カウンターテーブルの隅にあるブックスタンドにそれを置く。


 「マロンはどう言う経緯でピエール吉田に捕まったのよ」


 注文が終わり、四人の前に氷水の入ったグラスが置かれた後、花子はなんとなく気になっていたことについて尋ねる。その話声以外に聞こえるものは店内を満たすクラシックの音楽と、カウンターテーブルの向こう側から聞こえてくる小気味よい調理の音だけだ。


 「んー? あたしかい? いいぜ。聞かせてやるよ」


 マロンは一口水を飲み、その唇を湿らせるように舌先を這わせる。


 「最初はナイトランナーっつーチンケな盗賊ギルドに所属してたんだけどゲーム二日目でしくじってね。手に縄掛けられて地下牢獄にぶち込まれそうになってた時におっちゃんに拾われた」


 自分の手の中にあるグラスを回すようにゆっくりと動かし、その中にある水を眺めながらマロンは続ける。


 「借り作ったんだからアイドル目指せってな。あたしも嫌だったけどよ。借りは借り。返さねえと筋が通らねえ。だからおっちゃんのわがままに付き合ってやった。おっちゃんがその借りを無視してもいいと思えるようなクズだったら今こうしちゃいねえだろうな」


 「じゃあなんで今も続けてるんです?」


 それを聞いていたシルバーカリスが思ったことをそのままに、口を挟む。金払いがいいからだろと花子は内心ツッコむが、それを口に出さずなんて無粋なことはせず、黙って耳を傾ける。


 「金だよ。それと放っておけねえからな」


 花子の読みは一つは当たっていた。もう一つの理由は耳を疑うようなもので、花子は宇宙人でも見るような顔をしてマロンの横顔を見る。


 「おっちゃんは金に興味がねえ。金や効率は二の次。根っからの芸術家でね。自分の思い描く場面が、絵が見れりゃそれで満足なのさ。今は居ねえが最初の頃はやれショバ代だ、税金だって金せびりに来るような連中もいてね。そんな奴らから屋台通りのおっさん連中と一緒になっておっちゃん守ってるうちに放っておけなくなっちまったんだよ」


 聞く限りマロンはマロンなりにピエール吉田に感謝しているようだった。普段の扱いは雑としか言えないが、集めたアイドルたちに向けられるような愛情を向けているのかもしれない。


 「そういう割には今はあんまり接点を持っているって感じじゃないわね」


 今のマロンたちの塒にピエール吉田が来ることを珍しいと言っていたマロンの発言を思い出し、花子は興味本位でその部分を突いてみる。頬杖を突き、マロンの顔を眺めながら。


 それにマロンは両目を閉じ、一本取られたような笑みを口元に浮かべた後、ため息をつく。


 「意見の食い違いって奴だよ。あたしはもっと金が稼ぎたい。おっちゃんはそれに乗り気じゃねえ。気に入る絵が頭に浮かばねえなら芸能事務所フルブロッサムを動かそうともしやがらねえ。今だってあたしがケツ引っ叩いてやってやっと仕事してる状態だしな。さすがにモグモグカンパニーの話聞いたときは全盛期のおっちゃんが戻ってきた気がしたけど」


 モグモグカンパニーの下りのとき、うれしそうにマロンは語る。芸術家としては尊敬しているのだろうか。それとも初期から一緒にやってきた仲間が元に戻ったからだろうか。それは花子達にはわからない。


 「よし、あたしは話したぜ。次は花子、お前の番だよな?」


 「いーわよ別に。話すの面倒だし」


 「柘榴ぉ、花子が話すの面倒だって」


 マロンは不満げな顔をし、同意を求めるよう柘榴の方に顔を向ける。今までマロンの昔話をしみじみと聞いていた柘榴であったが、同意を求められると話を促すかのように柘榴の目が花子に向く。結構こういう話が好きなのかもしれない。


 「いろいろあって食い逃げ犯扱いされて捕まって…それを解放してもらった。はい、説明終了。満足でしょ」


 しかし花子は空気を読まず、ざっと説明して口を閉じ、その直後四人の前に出来上がった料理が運ばれる。それにより、花子に抗議の声を上げようとしていたマロンの口は閉じられ、瞳は自分の前にある料理の方へと向けられた。そこで話は途切れ、食事前の挨拶と共に食事が始まる。そのころに話される内容はさっきのようなものではなく、花子のその生意気な性格と意外と打たれ弱いことに対しての弄り。それに四人は話を弾ませながら食事を楽しんでいた。

借りというのはそれに拘る人間の呪縛にもなり得る。全く意に介さないというのもどうかと思うがな!

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