猿山のボスと花子の誤算
それは以前は街の外であった地区に建てられていた。命を賭して戦い、金を稼ぎ、それを使って様々な喜びを得る。そこは戦いを捨て、その喜びを提供し、富を手中に収めた者たちの住む場所だった。
まさひこのパンケーキビルディングにおける上流階級のプレイヤーたちが住まう高級住宅街。金で雇われたのであろうプレイヤーたちが巡回し、治安を守る広く大きな庭付きの豪邸が立ち並ぶ場所。舗装された広い石畳の道を挟んで手入れの行き届いた街路樹が並んでいるそこは、落ち着いた雰囲気に満ちていた。
その一角にある、一際広大な敷地を持つ豪邸。広い庭を持ち、三ケタ台の人数を収容してもまだまだ余裕があろう真っ白い宮殿を中心に置いたそれは、戦いに明け暮れていた花子と、今まで暗くかび臭い牢屋の中で暮らしていたシルバーカリスの前にあった。
「芸能界って儲かるのね」
「パンケーキビルディングで稼がれたお金のほとんどは一階層で消費される…つまりそこでサービスを提供する人間に必然的に富は集まる…必然さ。マイエンジェル…」
隣に立ち、いつの間にか元に戻っているピエール吉田の横顔を花子は気に入らないような顔をし、見上げるとそのわき腹を肘で軽く突く。
「吉田のおっちゃんじゃん。ここに来るなんて珍しいじゃん」
今からそこそこ長い道を行き、中心にある宮殿へと向かおうとしたとき、三人の後ろから少女の声がかかる。振り返ればそこにはライトアイボリーの髪色のレイヤーミディアムヘアの少女がそこに立っていた。年齢の割には背の高い花子やシルバーカリスと比べ、背が低く、150センチぐらいだ。その大きく凛とした目で、その髪色と同じような色の瞳でこちらを見ている。
白を基調にした革と金属を多用した身体が細く見える軽装鎧。腰には斬り付けることを主目的にしたようなデザインの大きく湾曲した二本の曲剣。首後ろの布の弛みを見る限り、フード系の頭防具をつけているようだが、今は脱いでいるようだった。自分と対照的な色合いの装備に前線で戦い、何かと人の装備を観察する癖がついていた花子の目は引付けられる。
その少女はその目をシルバーカリスに止めると彼女の前まで近寄り、その目の前でその形の整った顎に右手をやりながら品定めするように見上げる。その口元に歯を覗かせた爽やかな笑みを浮かべながら。
「おっ…へぇ~、超イケメン。超タイプ。なぁ、あたしのことどう思う?」
「可愛い顔してますね。あ、ちなみに僕女です」
自分の身体に擦り寄り、上目遣いで顔を見てくる少女に対し、シルバーカリスはされるがままに少女の言動に気分を害した様子も一切なく、にっこり笑いながらしれっと言う。その反応は彼女がそういったことを言われ慣れていることを容易に察させるものだった。
「わりいわりい。暗くて良く見えてなかったぜ。しかしやっぱあたしは可愛いか。わかってんね、自分でもそう思うぜ」
少女は悪びれた様子無く、口元に人懐っこい笑みを浮かべるとシルバーカリスから離れた。
「こんな晩い時間にどこに行ってたんだい? マロンちゃん」
ホイップクリームマロンちゃん。こいつかそうなのか。思っていたイメージと大分違う。馴れ馴れしい自由気ままなヤンキー。これがとても男に夢を見せるようなキャラを作り、媚びるとは到底思えない。どことなく叱りつけるような抑揚でその彼女に言うピエール吉田の隣で花子は思う。
「男んところ」
マロンの言葉でピエール吉田は呆然とした顔になり、力なく地面に膝を突いてそして両手を地面についた。
「ジョーダンだよ、ばっか。屋台通りで飯食ってただけだって。しかし梅ちゃんが最近売り始めた梅ジュースいいな。あれ今度箱買いしてくれよ」
自分たちが小春と接触する前からあの場にいたのだろうか。結構長いこと遊び歩いていたようだ。未だに立ち直れそうにないピエール吉田を差し置き、マロンのライトアイボリーの瞳は黒頭巾の花子の姿を捉える。
「イカした装備だな。黒頭巾ちゃん。ゴシックロックでもやんのかぁ?」
「出来るんならそれの方が私は有り難いわ」
そこでマロンは形の良いその下顎に手を当てて、片眉を吊り上げ笑い、花子はその顔に片眉をやや吊り上げて訝しんだ様な顔をする。
「はは~ん、なるほどな。当ててやろっか。お前おっちゃんになんか借り作ったろ」
「なんでわかんのよ」
「あたしもそうだったからだよ。へへっ」
マロンは少年のような溌剌とした笑みを口元に作り、笑うと目の前に見える宮殿の方へと歩き始める。マロンの心無い嘘により、弄ばれて放心状態からようやく回復したピエール吉田を置き去りに、マロンと花子は進み始め、シルバーカリスは何度かピエール吉田の方を気にした風に振り返るが、結局それを置き去りにして花子とマロンの後を追う。
「おっちゃん、こっからはこいつらの面倒はあたしが見てやっからアンタはもう帰んな。おっつかっれさ~ん」
マロンは振り返らずに、声を張って言いながら肩の高さにあげた右手を後ろで見ているであろうピエール吉田に振る。そんなぞんざいな扱いをされたにも関わらず、ピエール吉田は何も言わず、背を向けて歩き始めた。その背中には何とも言えないもの悲しさがある。芸能事務所フルブロッサムのパワーバランスを物語るその一面を気にするのはシルバーカリスぐらいで、他二人は涼しい顔をしている。
「あたしはマロン。お前らなんてぇんだ?」
「花子。好きに呼ぶといいわ」
「僕はシルバーカリスです。これからよろしくお願いしますね」
長い宮殿までの道を行きながら三人は軽い自己紹介をし、宮殿の中へ続く大きな扉を開けて白い宮殿の中へと足を踏み入れる。宮殿のエントランスはとても広く、白を基調にその上に黄色の線で彩られる、美しい内装飾が施されている。玄関の扉の前から一直線に敷かれた青い絨毯は中心にある白い石材でできた噴水に突き当たったところで二又に分かれて、噴水を縁に沿う形で丸く囲い、噴水を中心に十字に伸びる。噴水の向こう側には大きな階段。その階段は中腹の踊り場を経て二手に分かれて宮殿二階の廊下に接する間に続いている。天井にはそれは大きな大きなシャンデリアがあり、その白く美しいエントランスホールを白い光で明るく照らしている。
「これがまさひこのパンケーキビルディングの上流階級の暮らし…」
毎日毎日が戦いの日々。その寝床は時にはモンスターの跋扈する危険と隣り合わせな外の世界。そんな花子はその広く美しいエントランスホールの様相に息をのみ、その隣ではほぼ牢屋の中の世界しか知らない、口をぽかんと開けてその大きなエントランスを照らす巨大なシャンデリアを見上げるシルバーカリスの姿がある。
そして三人が大きなエントランスホールの中心にある噴水へと差し掛かった時、左右の青い絨毯が伸びるその先の廊下から複数人のものと思われる足跡が聞こえてきた。そしてそれはすぐに姿を現す。
「マロン先輩、お疲れ様です!」
各々がそれぞれ個性を強く持つ容姿端麗な少女たちの集団。それらが声を揃えてマロンを出迎える。これが普段街の中を練り歩き、ピエール吉田が集めた成果とするのであれば、芸能事務所フルブロッサムの舵取りは誰がしているのであろうか? と疑問に思えるほどの人数だ。
「おう、紹介すんぜ。黒頭巾ちゃんが花子。初期装備を未だに身に着けてる物好きなイケメンがシルバーカリス。おめえら、仲良くしろよ」
その集団を前にし、マロンは言う。花子はアイドルという存在が外部に見せる姿は作り物であると理解しているが、実際はこんなヤンキーの集会場みたいな雰囲気なのだろうかと思う。何はともあれマロンをトップとして纏まっていて、ギスギスしたような不穏な空気は微塵も感じない。紹介を受けた花子たちに向かい合う形で立っている彼女たちの瞳の大体はシルバーカリスの方へと向けられている。花子は少しそれに不服そうに口を尖らせる。
「もう時間もおせえし、自己紹介とかは明日やんな。おら、花子、シルバーカリス。ついてこい。部屋案内してやる」
マロンは目の前に居る後輩集団へ向けて歩き出し、その進行方向を塞いでいた人々は道を開ける。統率の取れた集団とそれを束ねるボス。その力関係が十分に見て取れるその光景を眺めつつ花子とシルバーカリスは噴水の側面を通り、階段を上がっていく。
「あの子たちってピエール吉田が集めたの?」
階段中腹にある広い踊り場を左手に行き、その先の階段を上りつつ、花子は気になったことをマロンに聞いてみた。
「いや、あいつら集めたのはあたしだよ。おっちゃんが直々にスカウトしたのはあたしとお前らぐらい」
「いや~、僕は成り行きでお世話になることになっただけですけどね。おかげで今日はお腹いっぱいご飯が食べられました。花ちゃんに感謝です」
二階廊下前の間を行き、廊下に差し掛かる手前でマロンは足を止めた。その先の長い廊下には部屋へと続く扉とランプのような装飾の明かりが一定の間隔で設置されていて、明かりの白い光を光沢のある石の壁や床が反射させて、とても明るく見える。
「シルバーカリスは廊下の突き当りの部屋。花子はその隣な」
「案内ありがと。いろいろあって疲れたわ」
花子は足を止めたマロンの横をそのまま通り過ぎ、振り返ることなく肩の高さに上げた右手を軽く振り、自分にあてがわれた部屋へと向かっていく。
「マロンちゃんお疲れさま。また明日会いましょう」
「お前本当に良い顔してんな…あたしマジになりそう」
「ふふっ、そんなに見つめないでくださいよ。照れちゃいますって。それじゃおやすみなさ~い」
シルバーカリスは軽くマロンと会話したのち、廊下突き当りの部屋へと進み始め、やがて一番奥の突き当りの扉を開けてその中に入っていった。マロンは花子とシルバーカリスが部屋の中に入ったのを見届けた後、踵を返して自分の部屋を目指して歩き始める。今日一日動き回って疲れた身体を休めるために。
*
同時刻。まさひこのパンケーキビルディング30階層。アクアマリンの美しい海の中に点々と存在する、白い砂浜と島が織りなす南国の楽園。そう広くはないその階層の一番大きな島に作られたモダンなデザインの背の高い建物が立ち並ぶ街。その街の中で最も高い高層ビルの最上階、ガラス張りの壁に面した星空と眼下に広がる青い海と街の夜景を独り占めできるその一室に、めがねくんは訪れていた。
大理石の床と壁。少しの観葉植物と様々な酒が並ぶ酒棚。ガラス張りの壁の方へ置かれた黒く大きな豪華なテーブル。その向こうには座り心地の良さそうな大きな回転椅子が背を向けていて、椅子の向こうには窓兼ねガラスの壁。その先には夜の街と夜空の絶景が広がっている。
「社長、重大な報告がある」
背を向けた椅子に向かって淡々とした声で言うめがねくんの隣には、白衣を着た白髪頭の切れ長の目の気難しそうな男の姿。身長は180センチほどだろうか。何やらビデオカメラのようなものを持っている。
「また猫モドキカフェの話かね?」
窓の外に広がる夜景の方を向いていた大きな回転椅子が180度回り、肘置きに両肘をつき、そこに座っていた女、オルガは部屋にやってきた二人を見る。一か月前それは質素なチュニックとズボンという姿であったが、現在は白地に銀糸の縦方向のストライプが入った黒いボタンのダブルジャケット、その中に真っ黒いカッターシャツ、白地に銀糸の刺繍の入ったネクタイをつけ、ジャケットと同じようなデザインの統一感のあるフォーマルなズボンに真っ黒い黒皮のベルトを巻き、黒革の革靴を履く。そんなド派手なスーツ姿でオルガはそこにいた。
「違う。お嬢が芸能事務所フルブロッサムのピエール吉田と一緒にいた」
「…それは本当かい?」
オルガは静かにめがねくんに聞き直し、めがねくんは頷く。
「そしてもう一つ。モグモグカンパニー開発部がビデオカメラの製作に成功した」
「それは本当なのかいッ!?」
オルガはがたっと音を立て、椅子から立ち上がり、それの前にある黒いテーブルの上に身を乗り出す。めがねくんはそれに再び頷くと腰の小物入れから階層転送用アイテムである本を取り出し、なにも書かれていない最終ページを開き、オルガのテーブルの上にそれを投げて置く。
「ここからは見てもらった方が早いだろう」
そこでめがねくんは隣に立っていた白衣の男の顔とアイコンタクトを取り、静かに頷く。
すると白衣の男はめがねくんに手に持っていたビデオカメラを向け、何やら操作をし、それの前でめがねくんが無表情のまま顔の横でピースする。
そしてそれはオルガのテーブルの上に置かれた本のページに映る。めがねくんが仏頂面でピースを決めるそのシュールな映像が。
「いえーい」
ピースをする淡々としためがねくんの声。それは部屋の中のめがねくん本人と、彼の本から聞こえてくる。
「映像を送る先は撮る側で自由に決められる。今回は俺の本にだけ見え、聞こえるようにした。ちなみに閉じられている本に対しては音も映像も流れん」
めがねくんの隣の男はカメラを下し、なにやら操作すると本に映っていたその映像は途切れ、元に戻る。
「社長、その本のページを触ってみてくれ」
「おうともよ」
オルガは言われるがまま、めがねくんの本に触れてみる。すると先ほどのめがねくんの顔を映した短い映像の一コマと思われる静止画と二本の巻角を持つ猫のような生物の静止画が並び、小さくページの上に現れる。
「録画機能付きだ」
「これ無差別に映像取ってばら撒く奴出たら迷惑じゃね? この一覧に出てくんだろ?」
「一応ブロック機能みたいなものはある。文句はこんな仕様にしたまさひこに言ってくれ」
「マジまさひこ」
オルガはそういうと先ほど取った動画の隣にある、二本の巻角の猫の静止画に触れる。するとその静止画が本の一ページ丸々覆うサイズに広がり、それが動き出す。
「あぁ~…可愛い、おまえちゃんは可愛いよぉ。ほぉら、シャールでちゅよ~。えへっえへへへ」
真夜中の静まり返った一室にて、めがねくんの声と思われる猫なで声が響く。開かれた本にはこの世界でペット用の餌として売られているスティック状の餌、シャールを食べる巻角の猫の姿。白衣の男は目を見開き、真顔でめがねくんの横顔を見、めがねくんは顔を逸らして無表情のままメガネを中指で押す。その意外な一面を見てもオルガはこれと言って反応は示さない。
「この映像システムの糞なところがよくわかった。ブロックしなきゃこんなのがいつの間にか紛れ込むとか…マジまさひこ。なんだよシャールって。史上最大の戦車かよ」
「シャールは猫モドキが大好きな食べ物でッ――」
「そんなもんオルガさんは聞いちゃいねーし興味ねえ。つか今回私がツッコミか。マジかよ。調子狂う」
力の籠った早口で何か言いかけためがねくんの言葉を遮り、オルガは黙らせると本を閉じて背筋を伸ばした後、前のめりになってテーブルの上に両手を突く。
「話を戻そう。これは量産できそうなのかい? しゃもじさん」
オルガはめがねくんの隣に立つ、白衣の白髪の男、しゃもじへと目を向ける。
「出来るは出来るが貴重な鉱石類を使う。あまり量産し過ぎるとその影響が都市開発に影を落とすかもしれんし、売り物にするにしてもあんまり採算がいいものだとは思えん。素材が安定して集まるなら話は別だが」
「グリグラみたいな初期からいるメンバーで作っても結構素材食う?」
「というかコレ自体がグリとグラが作ったものだからな。他のメンバーにやらせたらもっと多くの素材を失う」
「世知辛いなァ…わかった。あとこれ100個だけ作ろう。もちろん売り物としてではなく、モグモグカンパニーが使うアイテムとして」
「わかった。グリグラに言っておく」
そして次にオルガの顔がめがねくんの方へ向く。
「それでめがねくん。ご主人がフルブロッサムと一緒にいたのは本当なのかい? 見間違いとかじゃなくて?」
「間違いない」
「本当なのだな…」
オルガはそこでなんだか感極まったような顔をして静かに、両目を閉じる。その感情の高まり、それを噛みしめるように。
そして少しの沈黙の後、瞳を開くとともに口を開いた。珍しく真剣な表情で。
「ご主人のことだ。きっと何か訳があってそうせざるを得ない状況に追い込まれたのだろう。そうでなければ絶対に芸能事務所なんぞに入るわけがない。つまりこれは千載一遇のチャンス…」
「フルブロッサムに宣伝を依頼するか?」
静かに語り、窓の方へと向いて夜景を見下ろすオルガ。そんな彼女にめがねくんが言う。
「ご主人の芸能界入り、そして示し合わせたかのように完成するビデオカメラ…これぞ啓示、神々の意志…!」
オルガはそれを聞いているのかいないのか、その両手を震わせ、両腕を身体の前にそれを広げ、そして途端に静かになるとめがねくんの方へ振り返った。
「めがねくん、一階層を埋めるぐらいの量の金で芸能事務所フルブロッサムに宣伝を依頼し、奴らが開くであろうライブイベントでご主人の勇姿をビデオカメラで撮影するのだ。余すことなく…!」
「わかった」
めがねくんはオルガからの命令を受けると、オルガのテーブル上にある本を手に取り、報告することもほかにないので早々に部屋を後にする。しゃもじ一人を残して。
「社長、鋼血騎士団なるものが我々のスタッフを秘密裏に引き抜こうとしているという報告が諜報部から上がっている。対処したほうがいいのではないか?」
しゃもじはその切れ長の鋭い目でテーブルの向こうに立つオルガを見据え、オルガはそれに瑠璃色の瞳を上の方へとやり、何か思い出すようなそぶりをした後、口を開いた。
「あ~、あの胡散臭い連中か。確かタバコカルテルの元締めだったか。最近酒にまで手伸ばして安酒売ってんだっけ? ウチ酒やってないし、被害は出てないよな?」
話の途中オルガは確認を取るかのようにして、しゃもじの顔を見た。しゃもじはそれに首を縦に振るが悠長にも思えるそのオルガの反応が気に入らないようで、しかめっ面をする。
「被害があってからでは遅い。奴らは我々を超えられると思っているようだ。叩き潰すのなら小さいうちの方がいい」
「しゃもじさんは効率主義だなァ。もっと楽しもう。更にデカくなって、オルガさんたちに面と向かって物言える度胸がついたときにその天狗の鼻をへし折ってやろう」
効率を重視し、脅威は育つ前に摘み取る。ゲームの一部として楽しむために取っておく。脅威に対する両者の考えは交わらないものだ。しゃもじは納得いかなさそうに口元から歯を覗かせてあからさまに不満そうな顔をして、微笑するオルガを見据える。
「まあいい…俺の言ったこと忘れないでくれよ」
しゃもじは苛立ったまま、吐き捨てるように言うとさっさと部屋の中から出ていった。オルガはその白衣の男が出ていくのを見届けた後、特に何か思った風もなく、振り返って窓の外の美しい夜景を一望する。
「いやぁ、ご主人が踊ったりするのかァ。楽しみだなァ」
静かな部屋の中、オルガはワクワクした様子で呟く。自分たちに密かに忍び寄る脅威も、これからあるであろうイベントも。楽しみ方のベクトルに違いはありはするが、彼女の中では楽しみの一つでしかなかった。
そんなモグモグカンパニーの日常の一部。花子が無いと高を括っていた映像記録機器が複数作られ、配備される。その決定がなされた夜。オルガは部屋の中にある酒棚へと歩み寄り、その一本の梅酒を手に取る。梅酒愛好会のギルド長、ウメシュスキーが一番最初に作った酒。それを祝いの気持ちと共にオルガは開けた。
企業連合と書くとそうでもないけど、カルテルと書くと途端に物々しい感じになる。