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まさひこのパンケーキビルディングとその住人。打砕く者と守る者。  作者: TOYBOX_MARAUDER
闇の片鱗と目覚める小虎
35/109

梅酒愛好会

私の作品を待っていてくれた数少ない人たちよ、昨日は申し訳ない…話の構想を練っていたのだ…今日からまた1日1投稿ペースで頑張るからよろしく頼む…!


 最初の街。

 一階層目にある、全てのプレイヤーの始まりの地と呼べるそこは、一か月前と比べてかなり様変わりしていた。


 階層間を行き来するために使用される本を使い、街の中心にある広場に光と共に続々と現れるプレイヤーたち。

 彼らを待ち受ける街は眩しいほどの享楽的な明かりで夜の闇を裂き、空を染め上げて、その空の下では一日の疲れを酒と美味い料理、たくさんの娯楽で癒すたくさんのプレイヤー、NPCたちの姿が在った。


 その夜の街の喧噪の中、人の渦の一部となっていた花子は、その楽しげな雰囲気に対して大人ぶって燥ぎはせず、冷めた態度を取って恰好をつけてはいたが、内心心を躍らせ、煌めくその碧い瞳に夜景を映し出していた。

 ――決して後退しない攻略勢ガチ勢。禁欲を強いられるそれには、あまりにも眩すぎる誘惑まみれの街の色彩に確かに心を染め上げられながら。


 「一か月ぶりの空だぁ…!」


 その花子の横を歩くシルバーカリスにもその色彩は眩しく見えたようだった。無理もない。彼女も別の意味で過酷な場に居たのだ。暗く狭く…地下の世界に。当然禁欲は強いられただろう環境に。

 彼女は感極まったような震えた声で夜空を見上げている。その灰色の瞳に蛍光灯からなる明かりを混ぜ、銀色にして…享楽的な明かりに彩られた空をそれに映しながら。


 「二人の美しいエンジェルたち…食べたい料理はなんだい? 今日は僕のおごりだ…僕に聞かせてくれまいか…?」


 まさひこのパンケーキビルディングに灯る文明の光。それに心がやられつつある二人組の前を行くピエール吉田は、不意にポーズを取って振り返った。

 しかし、何分人込みの中だ。まっすぐ伸ばした手は傍を歩いていたノッポなメガネの男の肩を叩いてしまった。


 そして男はゆらりと振り返り――次の瞬間ピエール吉田の顔面に暗い影が落ちた。


 「ッすみませんしたぁッ!」


 「プッ…ハッハッハッハ! アンタ二足歩行より四足歩行の方が似合いそうじゃない?」


 放たれた打ち下ろしの右。それはピエールの顔面を捉え、彼は謝罪の言葉を絶叫しながら殴り飛ばされて、惨めに石畳の上に這いつくばり――花子は笑う。這い蹲ったピエール吉田を左手で指差して…それはそれはご満悦な様子で。

 

 けれど笑っていたのもほんのわずかな間であった。花子は直ぐに気が付く。ピエール吉田を殴ったプレイヤーがなんなのか。その座った目つきで個性のない髪型の、淡々とした仏頂面の男が誰なのかを。


 「あら? めがねくん?」


 花子は這い蹲ったままのピエール吉田から彼を殴り倒した男、めがねくんへ。

 彼も同じように花子に注目するが――相変わらず何を考えているか分からないポーカーフェイス。こちらを恨んでいるのか、居ないのか…一切読み取れない表情に花子は爬虫類とでもにらめっこしているかのような心境になる。


 「お嬢が一階層に居るなんて珍しいな」


 「しばらく休めってベウセットがね」


 短く会話を交わすが、めがねくんに攻撃の意思や害意は無いようで、嘗てモグモグカンパニーの集まりに参加していた時と同様な雰囲気で応答してくる。

 何時だったかベウセットがモグモグカンパニーは報復してこないと言っていたが…彼女の見識はどうやら正しいようだった。めがねくんの応答、対応でそのことを確信した花子は、微かに尖らせていた心構えを普段の物へと戻し、左手を腰へと当てて片脚に体重を掛けたような立ち方をする。


 「なるほど。姉御は?」


 「20階層探索中」


 「お前らは働き過ぎだ。少しは息抜きしたほうがいいぞ」


 「心配してくれてありがとう。ベウセットに会ったら言っとくわ。めがねくんが心配してたって」


 「…遅くならないうちに宿ぐらいは見つけておいた方がいい。俺はこれから…大事な用があるのでこれで」


 何処かそわそわしたような…落ち着きのない様子で、めがねくんは短い会話を済ませると、何やらピンク色の怪しい雰囲気の電工看板が並ぶ細い路地の方に爪先を向け、人込みの中に消えていった。

 そのいそいそとした背中を見送るのは…人の秘密を知ったような邪悪な笑みを浮かべる花子と――何とも思った風もなくただそこにいる置いてきぼりのシルバーカリスだ。


 「マイエンジェル…あの怖い人誰?」


 そんな時、ふと花子に声が掛かった。

 視線をその声の方へと向けてみれば、殴られた頬を右手で摩り、左手を地面につき、両脚をそろえて座り込んでいるピエール吉田の姿。

 なんかオカマっぽい雰囲気をそれを花子は無表情で見下ろすと、その横っ腹を軽くブーツの爪先で軽く蹴った。


 「あふぅっ!」


 「さっさと立ちなさい。周りの人の邪魔でしょ」


 「はい…」

 

 ピエール吉田は頬を右手で摩ったまま、花子の注意を余計なことを言わずに素直に聞き、立ち上がる。

 自分の問いへの返答がなかったこと、関心も何もない氷の様な花子の無表情に心底ショックを受けたように――口ひげの角度を急なものにし、しょげた様子で。

 だが、花子の注意は決して彼には向かない。視線はシルバーカリスへと向く。


 「シルバーカリス、食べたいものある?」


 先ほどピエール吉田が自分たちにした質問を、花子は爛々とした目で周りを見るシルバーカリスに問いかける。自分としてはこれと言ってないので、シルバーカリスの判断に委ねようと思って。

 その問いにシルバーカリスは振り返り、屈託のない笑顔を花子へと向けた。


 「モグモグバーガー!」


 そんな彼女が発する要望は余りにも安っぽいものであった。ジャンクフード。どうやっても高級料理に成れないそれを求める声に…花子は思わず半目になる。不機嫌そうに。


 ――ハンバーガー食べ過ぎて中毒になってるんじゃないでしょうね。

 

 半目の花子の前では花子の沈黙が良く解らない様子で、小首を傾げながらも爽やかな微笑を口元に、視線を送り返してくるシルバーカリス。

 それを見つつ花子は思う。奢りだというのに要求が安すぎる…と。相手はピエール吉田。気遣うことなど在りはしない。言質は取ったし、やることは一つだろうと。

 レジの前で土下座させる勢いで高い料理を注文しようかと考えていた花子は、その良い子なシルバーカリスの反応に肩透かしを食らいつつ…視線を歩き出したピエール吉田に。シルバーカリスと共に後に続き始める。


 「――私、目がキラキラした蝶ネクタイのおっさんがレジの前で必死に許しを請う、一世一代渾身の土下座を披露するところ見てみたいのよね。高級料理店とか行けば食事後にそんな姿が見られる気がするんだけど」


 「花ちゃん、ソレって自分もその土下座に加わりかねないと思いません? 大丈夫ですか?」


 「バカね。そうなる前に退場するに決まってるでしょう? 目がキラキラしたおっさんを店内に置き去りにしてね。その後で店の外側から成り行きを見守るの」


 「その執念やモチベーションはいったいどこから来るんですか」


 奢る立場の者が聞けばまあ胃が痛く、不安になる様な不穏な言葉。

 明確な悪意と害意を混ぜ、それをさも当然の様に吐く花子と思わず苦し気な苦笑を浮かべざるを得ないシルバーカリスとの会話に――ピエール吉田は思わず半目になる。振り向きはせずとも、歩み、前を見据えたまま。


 そうこうしているうちに道の両サイドに屋台が並ぶ道へと差し掛かる。

 昼に見た時よりも多くの出店が出展し、リアルな世界で見る屋台と同じようなラインナップのほかに、武器や防具、小物類などを売っているところがあり…花子とシルバーカリスはその光景と鼻腔を擽る香りに目を輝かせた。


 「…なにかしらアレ。得体のしれない魚の塩焼きが売ってるわ」


 「ここで博打をする人はアマチュア。通は信頼と実績の粉物…たこ焼きを選ぶものなんです…」


 空腹状態且つ目の前に美味しそうな物がある状況。それはいとも容易く選択肢を絞る。おっさんの渾身の土下座などどうでもいいと言わんばかりに。

 花子は目をあちらこちらに映らせて、シルバーカリスは瞳を閉じつつドヤ顔で語り――決める。今晩の献立を。無意識にも…このストリートフードたちがそれであると。


 「知った風な口利くんじゃないわよ。アレの中身ウズラの卵よ?」

 

 「えぇ~…たこ焼きじゃないじゃないですか」


 林檎飴、鯛焼き、焼きそばやお好み焼き、チョコバナナに焼き鳥やサイコロステーキなどの屋台が並ぶ道の両端を、あっちこっちに目移りさせる花子とシルバーカリス。

 二人が会話を交わすその前で、ピエール吉田は胸を撫で下ろし…花子とシルバーカリスの御眼鏡に敵う物がないかと探しかけた時――彼の瞳にとある一つの屋台が目に付いた。


 「あっ、落霜紅さん、お疲れ様ですー。どうですか今日? 売れてます?」


 突然、ピエール吉田が急に真人間っぽく、社会人っぽい口調で言いながら一つの屋台の方へ向かい始めた。

 花子とシルバーカリスは思わずそちらの方へと目を向ける。目を見開き――信じがたいものでも見るかのように。


 「えぇ、私のところは質がいいですからね。ほとんど売れましたよ。安さだけが取り柄のところになんか負けません」


 聞き覚えのある声。

 それに花子は反応し、その瓶詰された果実入りの薄緑色の液体を並べる屋台を覘きこむように顔を出せば、そこには頭に白い三角巾をつけ、その身体に割烹着を身に着けた背の小さな少女の姿があった。

 割烹着の下は地味目な色の袴姿で、腰の左側には真打と脇差の刀二本が差さっている――見まごう事なき自分の使い魔の一人である小春が。いろいろあったのだろう。あの筋骨隆々のおっさんのガワをはがされた、現実世界の姿で。


 「あれ、先生。こんなところで何やってるですか?」


 花子はつい嬉しくなって弾んだ声で話しかけ…その意外な人物の声はその割烹着の少女である小春の顔に静かな、優しい笑みを浮かべさせた。


 「梅酒売ってるんですよ。梅ジュースもありますよ~」


 のほほんとした笑顔で、のんびりした、まるで孫を可愛がる老婆のような抑揚の声で小春は言う。

 声やその姿自体は花子より幼く見えるそれに対し、割と暴れん坊な花子や不審者を絵にかいたようなピエール吉田が、各々礼儀をもって接する様子が傍から見るシルバーカリスの目には不思議なものとして映ったらしく、彼女は小首を傾げる。


 「落霜紅さんは花子ちゃんと知り合いだったんですね」


 「えぇ、私はこの子の使い魔ですから」


 「あぁ~…となるとお嬢さんなんですね。花子さんは。道理で…」


 急に社会人モードになったピエール吉田と小春とで始まる世間話。

 ピエール吉田の急変ぶりに何とも言えない違和感を感じ、花子の再開の喜びはかき消されてしまい――その不満は刺々しい視線となってピエール吉田の横っ面を突き刺した。


 「そうだ。皆さんは夕ご飯食べました?」


 その最中、小春は自分の小さな手を、小さく薄い身体の前で合わせてそこに居る各々の顔を見る。

 開いた小さな口から、鋭く伸びた犬歯を覗かせて。


 「いえ、実はこれからでして」


 社会人モードのピエール吉田は右手を頭の後ろにやり、笑いながら応答。花子とシルバーカリスは互いの顔を無言で見合わせる。


 「それはちょうどいい。今日ちょっとした集まりがあるので皆さん一緒に来ませんか? お酒の席になっちゃいますけど」


 三人の顔を伺うように小春は見回し、ピエール吉田は花子とシルバーカリスへ視線を向け――花子は小春に向けて頷いて、シルバーカリスは他二人の反応を伺ってから二度ほど頷く。


 その反応を見届けた後、小春は優しく笑いかけた後、粗末な屋台を畳み始め、手際よく、あっという間にその屋台の後ろにある荷車の上に積み終えると荷車を引いて道を進み始め――ピエール吉田に続く形で花子達もそのあとに着いていく。


 「あら、落霜紅ちゃんのところもうお仕舞い? さすが人気店なだけはあるねぇ」


 「さすが梅酒愛好会。売れ行きが違うよ」


 「おう、梅ちゃんお疲れさん」


 「ウメシュスキーさんお疲れ様です~」


 「明日も美味い梅酒よろしくぅ」


 この屋台の並ぶ道の中では小春は結構有名人のようで、屋台をやっているプレイヤーからも通りがかる客たちからも声を掛けられている。

 小春はそれに軽く手を振って返し、進んでいき――やがて一行は屋台の並ぶ通りの傍にある、小さな空地へとたどり着く。

 そこには、大き目の集会用テントが設営されていて、その入り口からは黄色い明かりが漏れ、中から複数人の話し声が聞こえている。周囲には小春が引くような荷車が幾つか。そのすべてに畳まれた屋台のパーツが積まれている。


 「梅酒と梅ジュース運ぶのを手伝ってくださいな」


 「はーい」


 「はい」


 「任せてください」


 小春は荷車をテントの傍の適当なところに止めると荷車の上に載っている酒瓶を手に、各々に呼びかける。

 花子、シルバーカリス、ピエール吉田の順に返事をし、荷車の上から梅酒や梅ジュースを取り、それを集会用テントの中に運んでいく。売れ残りはあまりなかったため、この一度ですべて持ちきれたので往復する必要はない。


 テントの中は豆電球がその中心に吊るされており、黄色い明かりで満たされていて、テント中央には折り畳み式の質素な長テーブルを四角く突き合わせたものがあり、それを囲むようにして置かれた背もたれのない質素なパイプイスに座るプレイヤーたちの姿がある。

 女性プレイヤーは少なく、ほとんどが男。皆が皆酒を飲み、たこ焼きや焼きそばなどの屋台料理を自分たちの前に広げていた。

 小春はいろんな酒が置かれたテーブルの上の一角に、売れ残りの梅酒を置き、他三人もそれに倣う。


 「おっ、吉田ちゃん、またアイドル候補の子見つけてきたのかい? 前も苦労したってのに」

 

 「えぇ、今回の子もこの街により人を呼び込んでくれること間違いなしです」


 「へぇ、そりゃ頼もしいね。ささ、お嬢ちゃん達も座ってよ。ここにある物何でも食べていいから」


 促されるまま各々は座る。

 特に考えもせずに座ったためかピエール吉田が隣に来ることになったことに花子は気に入らなく思い、顔をやや顰める。


 「はい、吉田さん。どうぞ」


 「あっ、ありがとうございます。すみませんね、こんなわざわざ…」


 だが、席のレイアウトに不満を抱いているのは花子だけ。小春は梅酒をコップに注ぎ、それをピエール吉田に。彼はそれをペコペコと頭を下げながら受け取って――シルバーカリスは早速並べられているストリートフードたちを見据えていた。


 「お言葉に甘えて…いっただっきまーす!」


 シルバーカリスは顎の下に手を合わせると、自分たちのテーブルの奥側に置かれていた大きな紙袋の中に手を突っ込み、その中から白い包装紙に包まれたたこ焼きを取り出し…間もなく爪楊枝を使ってそれを食べ始める。

 素直でおおらかで、人懐っこくて。前世はゴールデンレトリバーかなんかだったのだろうか。花子はそんな彼女の横顔を横目で眺め、自分も同じようにたこ焼きを手に取る。


 「そういや梅ちゃん、聞いたかい? 今日暗殺ギルドの連中がNPCの店手当たり次第に襲ったってよ」


 「まだまだこの階層も安定しないってことですかね。NPCのお店から原材料を買い付けてるところは大変でしょうねぇ」


 「その点うちらは安泰だな。あれ? NPCって死んだらそれっきりなんだっけか?」


 「そうらしいですよ~。モグモグカンパニーのオルガさんが言ってました」


 「へぇ、あそこの親分さんはおっかねえなぁ。何でも試しやがる」


 がやがやと、各々が酒や料理を口に運びながらの世間話が始まる。

 この場の目的はただの親睦会みたいなものなのだろうということは花子にはなんとなくわかった。参加者もたぶん気の合う仲間…屋台の関係者かなんかだろうと。


 「あー、幸せッ、美味しいッ。明るいところで食べるご飯は最高ですッ」

 

 「背が高いだけあってよく食べるわね」


 「花ちゃん、この世界の素晴らしいところはいくら食べても体に反映されないことなんですよ。太る心配がないなら心置きなく食べますとも!」


 「あぁ…言われてみればそれってすごいわね。今のうちに楽しんでおきなさいよ。このゲームの事件のせいでこんな世界、二度と作られることはないでしょうから」

  

 花子は爪楊枝を使ってたこ焼きを一つ口に含み、舌と奥歯でそれを噛み潰す。

 口の中で弾ける熱さとソースの味。中心に入っているのがタコ足ではなく、ウズラの卵の様な小さなたまごであること以外はリアルのたこ焼きと変わらない。だが、やはり美味しいものだ。人の手の込んだ文明の味と言うものは。思わず口元が綻ぶ程度には。


 「いやぁ、考え方によっちゃあ俺らに得になる話じゃねえか? 大きい声じゃ言えねえが無限に物売れるNPC連中が居なくなってくれりゃ薄利多売で市場荒らす奴らも数制限しなきゃなんねえんだしよ」


 「全部なくなりゃな。確かに結構な数の店がやられたらしいけど全部じゃねえ」


 「カーッ、暗殺ギルドちゃんしっかりやってちょうだい!」


 「バカ、居なくなったら居なくなったでプレイヤー皆数あるリソースの中で遣り繰りしなきゃなんなくなるんだよ」


 「関係ねえや、質での勝負なら俺たちに分があらぁ!」


 顔を真っ赤にした酔っ払いたちの世間話。聞こえるものは今日あったNPC襲撃事件について。

 そんなものの見方もあるのかと思う程度にして花子は焼きそばを頬張る。

 腰低く、ペコペコと頭を頻りに下げながらも、梅酒を片手に楽しそうに他のプレイヤーと談笑するピエール吉田の隣で。


 「なぁ! 吉田ちゃん、NPCの連中は街の催し物にも一切金出さねんだろ? おめえんところにしても面白くねえよなぁ?」


 「しかし、彼らの売る物資のお陰で経営が成り立っている店もありますし、それらから出される仕事でうちも十分儲かっていますので」


 「言ってみてえセリフだよ。一緒に酒作ってた鼻たれがいつの間にか偉くなりやがって」


 大人数の親戚の集まりにでも突っ込まれた様なある種のアウェー感の中、焼きそばを食べ終えた花子は歪に割れた割り箸を置き、頬杖をついて隣でたこ焼きを嬉々として頬張るシルバーカリスを横目で眺めた。それは退屈そうな顔で。


 「花子ちゃん、ベウセットさんとは一緒じゃないんですか?」


 それを察してか、小春が話しかけてきた。

 花子は食べることに全力を出すシルバーカリスの横顔からその向こう側に居る小春へと視線を映す。

 彼女の手には瓶に入った梅酒が握られていて、普段よりもさらにほんわかした顔をしている。


 「ボスが少し休めって。やることないですし、一階層目をふらついていたら変なおっさんに捕まってこの様です」


 花子は肩を竦め、呆れたように笑って見せる。それに小春はふふっと静かに笑い声をたてて、梅酒の入った瓶に口をつけた。


 「吉田さんはああでもしないと女の子とお喋りできないからあんな風にしているんですよ」


 「でも先生とは普通に話せてますよね」


 「そこそこ付き合いがありますからねぇ、うちとフルブロッサムさんは。私に対しても最初は花子ちゃんが知っているような吉田さんでしたよ?」


 「なるほど。何かを演じることによって普段話すことすら出来ない相手と接している訳ですね?」


 花子は小春に言葉を返しつつ、自分の隣にいるピエール吉田に視線を移す。

 その顔ににんまりといやらしい笑みを浮かべて。彼は花子と小春の話に聞き耳を立てていたようで、ものすごくバツの悪そうな顔をして顔を背けた。


 「ダメですよ~、普段から自分を卑下していたり、尖らせて見せている人ほど打たれ弱いんですから」


 「ふぅん。じゃあオルガもそれにあたりそうですけど…どうですか?」


 「いいえ。長いこと生きていますが、あの人ほど打たれ強い人は見た時がありません。というか彼女の場合アレが普通のつもりのようです」


 小春と花子のその短い会話の後、花子の隣に座っていたピエール吉田が立ち上がった。

 その胸にある懐中時計に目をやりながら。それを見て花子は気になり、小物入れの水晶に触れてステータス画面を開いて時刻を確認する。もう23時だ。


 「おっ、吉田ちゃん、お帰りかい」


 「えぇ、この子たちにも部屋を案内してあげなくてはなりませんし」


 「そりゃそっか。また遊びに来いよぉ!」


 集会テントの中にいるメンバーすべてがピエール吉田とその連れ二人に別れ際の挨拶をする。酒臭い彼らの夜はまだまだ終わりそうにないが。

 花子はその話の流れから席から立ってシルバーカリスの頭をポンポンと叩き、そうされたシルバーカリスは話を全く聞いていなかったようで、きょとんとした顔をする。


 「行くわよ」


 「あぁ、はい」


 花子の一言で状況が読み込めたシルバーカリスは漸く立ち上がり、得体のしれない魚の塩焼きが包まれた紙袋を三つ重ねて手の上に乗せ、集会用テントの出入り口へ向かい始める。

 すでにその向こう側には、こちらを振り返るピエール吉田の姿があった。


 「また遊びに来てくださいね」


 「えぇ、今度はボスも連れてきますよ」


 花子は小春と短い別れ際の挨拶を交わし、その場を後にする。

 その背には集会場にいた酔っ払いたちの陽気な別れの挨拶が掛けられて、花子は振り向かず口元に静かな笑みを浮かべ、謎の魚の塩焼きを頬張るシルバーカリスと共にピエール吉田の後を追った。

 

 活気と熱気に火照った身体の熱を冷える夜の冷たさで冷ましながら…街の中を歩きつつ、まだまだ食べ足りなさそうにニコニコしながら魚を頬張る…シルバーカリスを眺めて。

  

落霜紅とかいて「うめもどき」と読みます。植物ってのは面白いなァ!

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