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旅の始まり

エピローグは雰囲気が大事。私はそう思います。ジ●リ映画の終わり際を見た時の様な置いて行かれる感じ…私はそれを出したいと思う。出来ているのかは…知らん!


 冷たく澄んだ空気。突き抜けるような青い空。近い太陽と雲。

 背景に見える、山頂に雪が窺える青黒い岩肌の露出した切り立った山々。近景には青々とした背の低い草が一面を覆い尽くす山岳地帯。

 その緩やかな斜面にある、最初の街よりはるかに小さく建物も少ない長閑な村の…唯一ある、誇りっぽい宿場のダイニングにて、勝者たちはテーブルを囲んでいた。

 昨日この世界、この階層に訪れた時には居なかった攻略勢がごった返し、賑わう中で。


 「ねぇ、本当に大丈夫かな? 昨日の人たち追ってきたりしない?」


 大凡戦いの勝者とは思えぬ、おどおどした様子で周囲を見回すのはポーク●ッツ。心労のせいかあまり眠れていないようで、白目を微かに赤くさせながら、テーブルの上に置かれたそれは小さな穴あきチーズの前で不安を口にする。


 「何度も言わせるな。奴らもそんなに暇じゃない」


 そんなポーク●ッツと打って変わって堂々と朝食後のグレープディーを啜るのはベウセットだ。昨日戦利品として持ち帰った魔女のとんがり帽子を頭に被り、他は初期装備であるチェーンメイルに身を包んだ姿で昨日相手をした集まり。そのリーダーである者の人柄を良く知っているからこその意見をポーク●ッツへと投げかける。


 「そっかなぁ? そうだと良いなぁ…あぁ~、不安だよぉ」


 「あら、このクランベリータルト美味しいわ」


 テーブルの上に両肘をつき、目元を手で覆いながら項垂れるポーク●ッツを花子は気にも留めない。

 骨と黒革とマントの…人目を良く引く装備のまま、目を軽く見開き感嘆し、二股フォークを右手にクランベリー山盛りの、蜂蜜たっぷりでテカテカするクランベリータルトを味わっている。


 「よくそんなメンタルでコソ泥なんてしていたな」


 「フツー相手選びますぅ。あんな軍隊みたいな奴相手に盗みなんて普通しないっしょぉ。いざ対面してみてびっくりしたよ。まったく」


 クランベリータルトを美味しそうに頬張る花子の目の前では、テーブル越しに向き合う淡々としたベウセットとぶーたれて不貞腐れたポーク●ッツとの間で話は続く。何の意味もない話が。


 「もし捕まりでもしたらおねーさんに脅されたって言うけどいいよね?」


 ポーク●ッツの気持ちなど気にせず、気にしようともせずグレープディーを優雅に啜るベウセット。ポーク●ッツにはそれが気に入らないのだろう。彼は絡む。いじけたような顔をし、ねちっこく…恨みがましく、女々しく感じるような言い方で。


 「あぁ、好きにしろ」


 けれどベウセットは歯牙にも掛けず、相変わらずなままで空になったティーカップをテーブルの上に置くと、テーブルの下へと片手をやり、小玉のスイカ程はあろう布袋を取り出してそれをテーブルの上、硬い音とじゃらりと崩れる金属の音と共にポーク●ッツの前へと置いた。

 ポーク●ッツの視線と注意は当然それへと引付けられ、その間にベウセットとクランベリータルトを口いっぱいにもごもごと頬張り、口を動かす花子が席から立ち上がる。


 「私と花子の朝食代を差し引いた残りがお前の取り分だ。大事に使えよ」


 「あっ、ちょっとぉ!」


 一方的に言って席から離れ、ダイニングから外の世界へと続く扉へと進むベウセットと花子。

 その背後へと片手を伸ばし、ポーク●ッツは声を上げるが、2人の背は目が眩むほどの光の差し込む開かれた扉の向こうへ。

 顔を進行方向へと向けたまま、肩の高さに挙げた手を気障に振る花子の背が扉の向こうへと出、扉が閉まったのを最後に、その姿は見えなくなった。


 「…ちぇっ、危ない橋渡った割にはしょっぱい報酬。こんなことなら絡むんじゃなかったよ。全く…」


 取り残されたポーク●ッツは伸ばした手を下ろし、再び腰を下ろす。

 勝利の証。確かにあるゴールドがザクザクと入った大きな袋を目の前に、文句を言いつつ頬杖をついて。


 冒険と仕事の終わり。解ってはいたがあっさりやってきたそれの余韻の中で楽し気に…だが、少しばかり寂しさを混ぜた笑みを口元に。


 


 ◆◇◆◇◆◇




 青黒い岩肌と山頂部に雪を残す切り立った山脈。

 それらが周囲を取り囲む、なだらかで背の低い木々と草花の生えた高原。

 蝶が舞い、澄んだ空気によってより色鮮やかに見える明るい日差しと近い空の下にて、村から出た2人組は歩いていた。一人はとんがり帽子被ったチェーンメイル姿の。もう一人は…骨と黒革とマントの、右手に白い円盾を持った黒頭巾が。


 「今さっき気が付いたんだけれど…これって何かしら? 拾った覚えも誰かに持たされた覚えもないのだけれど」


 後者。黒頭巾の少女、花子は…己の小物入れ。今や金貨一枚たりとも入ってはいない、悲しいほど軽くスカスカなその中にあった片手に収まる小さな一冊の本を手に、難しそうな顔をしていた。

 両面をクロスに革が張られ、アウトラインを二重張りに、表面には大きなスナップボタン。裏面にはスナップボタンと対になる、革の上蓋が半ばに取り付けられた、全体を革で丁寧に装丁された錆色のそれのボタンを外し、最初のページを開いて。

 そこには最初の階層。最初の世界。それを象徴するような石畳の広場と時計塔の絵が淡い色遣いで描かれているが、対面のページは白紙。ページの地の色であろう、くすんだパステルイエローが味気なく広がっている。


 「ステータスパネルをポップアップするためのクリスタルがあるだろう? あれに触れながら調べたいものに触って見ろ。詳細が見えるぞ。…こんな風にな」


 ベウセットは己の隣を行きつつ本を調べる花子へと瞳を動かし、流し目で眺めながら己の頭の上に乗った大きなとんがり帽子の鍔を左手で触れ、右手を小物入れへ。己の前にいかにもゲームらしい半透明のパネルをポップアップさせた。

 防御値はチェーンヘルム以下。大した数値ではないが、ユニークスキルである氷の槍が使えるという旨の説明が端的にそれには書かれており、それを見た花子も本を左手に持ったまま、チェーンメイルについていた物よりも大きな黒革の小物入れへ右手を持って行く。


 右手の人差し指と中指の指先がスッカスカの小物入れの中にある、クリスタルへと触れたことによってパネルはポップアップ。それに映し出されるは花子が手に取る謎の本。それの説明だ。


 「…階層間移動のアイテムね」


 アイテム名は"階層転移の本(仮)"。それ以外には、これまた製品化されたゲームの説明とは思えぬ淡々とした、素っ気ない使用法がにぽつんと書かれているだけだった。

 それはゲームなど普段やらぬ花子にさえ、これが製品化されたもののクオリティではないであろうと察させる程度には――雑な物だ。


 「テキスト関係はアルファ版辺りから更新されてないんじゃないの。これ」


 「かもな。アイテム説明と言う意味ではこれ以上ないくらい優秀だと私は思うが」


 「まあね。ストーリーも何もあったものじゃないし…これが正解なのかも」


 けれども誰もがゲームに世界観だとか…ストーリーを求めるわけでもない。

 中には事前情報も知らず、この世界に放り出された者もおり、今この場にいるのもそうしたプレイヤーの2人。話が深入りする気配はなく、2人の話題は早々に別の物に切り替わる気配を見せ…間も無く、パネルを閉じて本を小物入れに押し込む花子の口が再度開かれる。


 「昨日の夜にこの階層にたどり着いたプレイヤーの一団が一階層で抗争が云々とか騒いでたけれど…オルガたちの所で何かあったのかしらね?」


 「人間と言うのは組織的に動けるからこそ地上最強の種として君臨できた。その事実を理解しているのはオルガとその取り巻き以外にも当然居ただろうな」


 高原に点々とある背の低い木々。こちらを窺う立派な巻き角のヤギらしき生き物の群れ。

 特に危険を感じぬ周囲の様子を一瞥し、花子が背後へと振り返れば、昨日寝泊まりした宿のある長閑な村は、より小さくなっていて――その光景を映す少女の碧いい瞳は、次に流し目でパネルを今閉じた同行者の横顔を映す。


 「昨日の計画はそういう背景やオルガの立場まで考慮してのものだったのね」


 「まあな。お前も参考にすると良い。戦いを始めるときは先ず勝利条件をハッキリさせてからだ」


 前を向きつつ歩幅を合わせてゆっくり歩くベウセット。そんな彼女を花子は見据えつつ、右手にあった盾を腰のフックに掛け――前へと身体を向けると腰後ろに両手を組み、上体を屈めるとベウセットの顔を下から覗き込んだ。


 「覚えて置くつもりでは居るけれど…私に必要かしら? とっても頼りがいのあるナイトが近くに居るって言うのに」


 守って貰って当たり前。現実世界では魔法が使え、大抵の物理的な障害はどうとでもできた花子であったが…笑みを浮かべる彼女の心構えは2100年の日本。その安全な温室の中で暮らす齢14の少女には相応しいものであった。

 その姿はベウセットの黒い瞳に止まり――彼女の口角を小さく上げた。


 「…まぁ、私はそれでも構わんがな」


 「ふふっ、さすがボスね」


 姫騎士ジャンヌ。鏡砕きの四英傑…本当であればポーク●ッツまで消耗品、捨て駒として切り捨てる方向で考えていた冷酷な女、ベウセット。

 慕ってくる者には優しく、果てしなく甘いようで呆れた風に言いながらも否定も突き放しもせず、花子の頭を優しく撫で…そうされる花子は気持ちよさそうに目を細めた。


 「さて、本を探すか。強制ログアウトまでにまさひこの横っ面を殴れるかチャレンジしてみようじゃないか」


 「そうね。私の貴重な夏休みを奪った罪がどんなものか解らせてやらないと。ダウンも許さぬ左右からのハイサイクルフックで」


 ベウセットの手は花子の頭から離れ、花子は姿勢を戻して前へと真直ぐ向き直る。

 まだ見ぬ場へと続くであろうなだらかな高原。冷たい風と眩しいほど明るい日差しの中、実入りは少なくはなったが、最初の戦いを勝利で飾った二人は行く。

 背に小さく見える長閑な村を。前にどこまでも突き抜けるような青い空へと続く丘を置き…他愛のない話のなかで。

ポーク●ッツ君とはお別れです。自分でも読み返してみてあまりにもつまらなかった一章をリニューアルして生まれたキャラだったんですけれどもね。彼にはいつか再び出て来て貰う予定です。

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