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獅子の長と羊の群れ

コルンバくんの様なロールプレイングガチ勢。彼らもまた、オンラインゲームを存分に楽しめる幸せな人種なのかもしれません。そうさ、楽しみ方ってヤツァ人それぞれなのさ!


 背が高く、幹は太く。高い位置に葉を茂らせ、実を付ける巨木。

 同じ種類のものが立ち並び、張った根で地表の殆どが覆われる森。隆起した根には苔が生し、キノコが生え…草原地帯では見ることの出来なかった小動物、モンスターなどを窺わせる。


 大きく丸い広葉の葉と葉の間を抜けて落ちるのは、森の中ではキラキラと輝いて見える木漏れ日。潤う森の一部を照らし、明るく染め上げるその場所に…ある一団は辿り着いていた。


 「ハァッ!」


 勇ましい声と共に振り切られる剣。その攻撃対象となった赤い剣の軌跡を刻み込まれた人型のモンスターは膝を折り、ゆっくりと倒れた。

 その向こうに見えるは灰色の髪の…まだどこかあどけなさの残る男。満ち溢れる正義感。使命感をその目に宿すそれは、気を引き締めたような顔付きで鞘にショートソードを収め――ふいに聞こえてきた拍手の音の方へ目をやった。


 「さすがですね。団長」


 どこか気障で芝居臭い雰囲気を感じる、薄紫色の髪の細め目の男。軽く拍手をしつつ、団長…コルンバの活躍を称えて歩み寄る。


 「ありがとう。…そろそろ森の最深部だ。皆、気を引き締めて行こう」


 称賛を受ける男、コルンバ。

 彼は素直に礼を言い、爪先を川の間に掛かる、木の根で出来た大きな橋へと向けて進み出す。今朝集めた20人ほどの攻略組の仲間たちと共に。

 ある種のゲームの楽しみ方。使命感を見出すもよし、正義感に酔うのもまた一興。攻略に直向きなコルンバはこの世界を、ゲームを存分に楽しんでいるようだった。


 「ねぇ、コルンバくん。あの二人組…大丈夫かな?」


 長いピンク髪の…材質のほぼほぼが布である、軽装とも形容できないノースリーブの鎧。いや、服。白地に薄緑のラインの入ったそれを着た美少女がコルンバに寄り添う。

 眉をハの字にし、どことなく不安そうに。


 「解らない。でも俺は誰も死なせたくない。早く見つけ出して無事を確認したいと思ってるよ」


 毅然とした態度で、キリッとした表情のまま、コルンバは腰の小物入れからポーションの入った小瓶を1つ取り出し、その内容物を飲み込む。

 先ほどの戦いで追った傷、痛み。視界の端に見えていた減ったゲージが元通りに回復したのを確認。彼は小瓶を小物入れに押し込み、木の根が繋がって出来た橋へと差し掛かった――そんな時だった。


 「…? 何だッ…!?」


 微かに聞こえる独特な音。硬い木の幹を蹄鉄が叩くようなそれに…コルンバは脚を止め、音が聞こえる背後へと振り返った。


 「コルンバくん…?」


 「大丈夫。君も皆も…俺が守って見せる。誰も傷付けさせはしないッ」


 迫る何か。未知の物。その存在を察知し、大きな木の根の橋の上でコルンバとその仲間たち…攻略組全員は身構える。各々武器を手に…眉間に皺を寄せて。


 コルンバと仲間たち。攻略組が歩んできた道。巨木の根が道路の様に這うその向こう側から…それはやがて現れた。


 「ッ!? 馬ッ!?」


 「新手ですか…!」


 「ねぇッ、待って! あの人たちって…!」


 戸惑うコルンバ、覚悟を決めたように言う細目の男、そして…何かに感づいたようなピンク色の髪の少女。それらは見えたものの感想をそれぞれ口にし、スピードを緩めることのないそれらを避けるべく橋の両端へと寄った。


 「さぁ、客だぞ。失礼の無い様に持て成してやれ!」


 先頭を行く馬。それに乗った探していた2人。髪の長い美女の方がまるで他に聞こえるかのように、知らしめるかのように意味の分からないことを言ってくる。

 コルンバは先ずピンク色の髪の少女に。次に細目の男に視線をやるが…2人は首を振るばかり。その間に髪の長い女の馬は攻略組の開けた道。ステータス画面のパネルと思しきものを開いたまま、黒い荷物を抱えつつ、もそもそと動く濃紺色の髪の少女を腕の中に抱いたまま、橋の上を通り過ぎていく。

 後ろに馬で続く、微妙な表情をする黄味の強い橙色の髪の男を引き連れて。

 コルンバが声を掛けようと手を伸ばすが、止まる気配もなく。


 「先に森に入ったはずじゃ…?」


 状況の読み込めないコルンバが走り去る二頭の馬を見て呟き、まだ音が聞こえる、もと来た道の方へと目を戻す。


 「社長、構う事ありゃしません。強行突破しましょう!」


 「だめだ。ここはオルガさんに任せたまえ。せっかく待っていたのに仲間外れは可哀想だろぉん?」


 「…わかりやした! ご武運を!」


 続いてやってきた人を乗せた四頭の馬。これまたコルンバ達には寝耳に水な、よくわからない事を言っていて、メガネをかけた男と橙色の髪の男。そしてもう1人が通り過ぎた後…最後尾を行っていた馬が立ち止まった。

 

 「おぉ、ハブられかけた哀れな子羊たちよ。さぁ、遠慮なく全員纏めて掛かって来たまえ」


 馬から降り、相変わらず状況の読めない攻略組のど真ん中へと歩み寄る…粗末なチュニック姿の、丸腰の白銀の髪の謎の女。

 明らかに使命感だとか正義感だとかを原動力にしていないであろう…謎のエンジョイ勢。この世界をただのゲームとして認知しているようにも見える危険人物に――攻略組は身構えた。


 「あぁ、そういう感じ? 怖がり屋さんだなァ。しょうがないなァ。じゃあオルガさんから行こう。一緒に遊ぼう!」


 金品目的のプレイヤーキラーか。闘争を求める対人勢か。今一解らないまま攻略組は勝負を仕掛けてきた謎の女と戦いを始める。後者のステップインを皮切りに。

 せせらぐ川の上に掛かる木の根の橋の上にて。自分自身や仲間たちを守るために。当然…勝てることを疑わずに。


 


 ◆◇◆◇◆◇




 巨木の森。高い木々が茂らせる枝葉が取り零した陽の光が木漏れ日として地表や根に落ちる森にまで及ぶ、街から始まった逃走劇の続きは描かれる。

 当初の目論見よりも大分取り分の減った、行く先遮るモンスターを弾き飛ばし、メイスで通り過ぎ様に殴り倒す逃走側。

 モンスターの躯を避けつつ、なおも追跡を辞めない追っ手側。

 開いたもの、丸まったもの。巨大なシダ植物や光るメルヘンチックなキノコに枝先が妙に丸まった木。森の中部までには見られなかった様相を呈す森の中で。


 巨人の手のひらの骨を象った装飾が成された、黒革を地とした大きな肩当て。その下に取り付けられたイタリアの国家憲兵が身に着けるような、外面は黒く、内面が鮮やかな赤の、きっちりとした膝下あたりまで伸びるフード付きのマント。

 黒革の鎧には縦に細く割った巨人の骨が間隔をあけて縦に縫い込まれ、膝下まで伸びるフォールド。鎧にもフォールドにも斜めにポケットが幾つか配置されている。

 ブーツは大きく、ズボンには骨の縫い込まれた硬く黒い革と無数のべルド。黒革のガントレットもほかの部位と同様、骨を縦方向に縫い込まれた、厚手のもので、それを付けた花子の小さな手が大きく見える。全体的な印象はフォーマルさとパンクっぽさが合わさったような…肌の露出が一切ない、実用性を窺わせる防具。


 ベウセットに抱きかかえられた様な体制のまま、彼女が持っていたその装備、骨と黒革とマントの中装鎧、黒革の鞘のグラディウスと骨の円盾を今装備し終えた花子は口を開く。


 「芝居屋にこんなこと思うって酷かしら。思ったより使えないわ。攻略組。ボスを倒すどころか遭遇すらしてなかったじゃない」


 今しがた脱ぎ、腕の中に丸めたチェーンメイルを抱えつつ、追っ手三人を半目に成りながら見…辛辣に。


 「あわよくばと私も期待はしていたよ。しかし想定していたオルガの足止めと言う役目を引き受けてくれたならそれでいいさ」


 花子とは違い、ベウセットはコルンバ達を高く評価しているようだった。

 それでも花子はボスとの戦闘にすらたどり着けなかったコルンバ達を面白く思っていないようで、ベウセットの腕の中で仰向けに。半目のまま口を噤んだ。

 迫る蹄鉄の音を耳に、そちらの方へと碧い瞳を動かし――姫騎士ジャンヌを街で殴り倒した、錆びたメイスを片手に握って。


 「街での借り、社長が来るまでに返してやりますよ! お嬢! 姐さん!」


 オルガに教わったのだろうか。今や平然と馬に乗り熟すヤス。彼は抜身のショートソードを右手に声高々に宣言。剣の切っ先をベウセットの方へと向け、両眉の尻を吊り上げて攻撃的な笑みを浮かべた。


 「高すぎる目標はフラストレーションを産むだけだぞ」


 対するベウセットは相変わらず、ナチュラルに人を見下したような言い方で返答。

 瞳をヤスの居るであろう方向に止めながら、正面に見える光。森の終わりへと向かい馬の腹を踵で蹴り――それに合わせてポーク●ッツも同じようにする。


 「相変わらず高飛車なお人だ。でもいいでしょう。逃げ切るつもりなら今のままじゃ居られねえでしょうよ。受けて貰いますよ…リベンジ戦をねェ」


 見かけに寄らず丸い性格であるヤス。

 腰が低く…気の利く人間である彼であったが、闘争に騒ぐ男の血は確かにあったようで、この状況を楽しんだ風に口角を上げつつ…同僚であるめがねくんともう1人とアイコンタクト。互いに頷き――顔を前へと再度向けかけた時…流れる視界の端にチラつく微かな異変に気が付いた。


 「もっひーんッ!」


 「なぁっ!?」


 直後、森の中に響き渡る馬の悲鳴とめがねくんとヤスの同僚の声。


 「ハイッ、アンタたちの晩御飯桜鍋ッ!」


 続くは声弾む陽気な花子の煽り。

 その時の音、声に咄嗟に振り返っためがねくんとヤスの目に映るのは――木の根の道の上にて倒れた馬と、同僚の姿。傍に転がる錆びたメイスであった。


 「ヤスッ! 前だッ!」


 何かに気が付いためがねくんの警告。

 咄嗟に顔を前に向けたヤスの目に飛び込んで来るは明るい森の出口を背景に、黒く影っぽく見える脱ぎ捨てられたチェーンメイルであった。


 「あたりゃしませ――」


 上体を引き、右手に持ったショートソードを横に払う様に振るヤス。

 初期装備の鈍刀は向かって来ていたチェーンメイルを捉え、それを握っていた右手にその重さが伝わるが、力尽くで押し退ける。

 けれどそれが退いた先には…明るい森の出口をバックに見える、黒い円筒状の物があった。


 「でっ!」


 「やたッ! 当たった! ねぇ、当たったよ!」


 額に命中する硬い物体。短眼鏡。痛みと衝撃に声を上げるが、落馬にまでは至らないヤスの耳に聞こえるのは…耳馴染のない男の声。

 目元に涙を浮かべ、ショートソードを握りながら指先で額を摩るヤスが硬く瞑った瞼を開けば、嫌がらせ程度にしかならなかったであろうことに対して、なんだか得意げにする、黄味の強い橙色の髪の男の姿が見えた。


 「馬から引きずり降ろせなきゃ意味ないの。何褒めてほしそうにしてんのよ、このヘタクソッ!」


 「ちょっとぉー。その言い方なくない? 躱された人が言うとかありえなくない?」


 「私が投げたチェーンメイルがあってこその命中だったんだから威張るんじゃないわよ」


 だが、その男…ポーク●ッツに対する彼の仲間、花子の反応は極めて辛辣な物。共通の敵が居なければ今すぐにでも仲間割れして空中分解して然るべきで在りそうな雰囲気のまま、彼らは森の切れ目。広がる光の向こう側へと出て行った。


 「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、ですぜ。めがねくん」


 「解っているッ。行くぞッ」


 立った2人だけとなった追っ手であるヤスとめがねくん。彼等もまた、怯むことなくスピードをそのままにその森の開けた向こう。光の満ちる向こう側中へと姿を消す。

 おそらく森の最奥部であろう場所。決戦の地へ。利益ではなく、意地とプライドに掛けて。

桜肉と言うのは馬肉の事ですね。日本ではもちろんの事、世界でも食べられてきた歴史があります。現在のアメリカや欧州では馬は友達! とか言って馬を食べることに忌避感を覚える人もいるようですが。…ロシアの馬肉ソーセージはマジで美味そうだったよ。

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