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金では決して贖えぬもの

決して譲れない物。いわば矜持。そういった芯を持った人間は融通の利かないバカにも見えますが…どう思うね? 自分らしさを貫こうとする意地を無くしたら私は終いだと思うよ!


 下は緑。上は青。

 どこまでも、果てまでも。見渡す限りの草原と青空。それを彩るのは見覚えのあるモンスターやそれと交戦するプレイヤー達の姿。

 作業ではなく、虐殺でもない…戦い。美しい神秘の色があるそれらが織りなす中を…三つの荷馬車は駆けていく。大地に這い、咲き誇る小さな花々を力強く踏みにじり、蹴り出すごとにその花びらを舞わせて。


 「ちゃんと作んないとお友達がどうなっても知らないよ? いいの!?」


 「やりますっ…やりますよぅ…」


 その三つの荷馬車の内、繰り広げられるは人の醜い欲望が生み出す惨状。

 片腕だけ自由にされ、大部分を縛られた身動きの取れない少年に彼の持ち物である小槌を握らせ、太い骨や黒革、牙などが転がる床を指差す男の姿。

 脅して無理強いをし、目標を遂げようとする者と…その被害者。揺れる馬車と風で揺れる幌の音のなかにそれらの声を混ぜた後、後者…布袋をかぶせられた少年グリが握る小槌は振り下ろされた。


 馬車の床を敷き詰めるほど多くあった巨人と、彼らの住処の建材は光りとなって溶け合って…小さくなり、形作る。まだ見ぬ装備の形を。


 「えぇ~…奪った素材の殆ど消し飛んだんですけどぉ…」


 黄味の強いオレンジ色の髪、棘の様な髪質の男…ポーク●ッツ。一気に消え去った素材から出来上がった物が光を放たなくなり、マントを備えた骨と黒革と鎧として荷馬車の床にある様を見下し、彼は呟いた。

 だが、それも一瞬。すぐに彼の視線はグリの方へと向く。キッとしたきつい目つきで。


 「ちゃんとやったのッ!?」


 「やりましたってばぁ!」


 透かさず凄む大人げないポーク●ッツ。対するグリは力強く反発。喚く。

 見かねてか、隣り合わせに座るそれらの間にぬるりと入り込むのは…人畜無害そうな男。コック服の変態だ。


 「うわっ…!」


 ポーク●ッツは思いっきり身を引き、グリとの間に人一人分の合間を作った。


 「止さないか。怖がっているじゃないか」


 その合間へとわが物顔でコック服の変態は座り、真直ぐとした瞳でポーク●ッツの黄色い瞳を見据える。


 ――なにこれ。すっごいやり辛いんですけど…。


 心に負い目があるからだろう。たとえ変態の指摘だとて、真っ当なことであると解っているからこそポーク●ッツは顔を背ける。物凄くバツが悪そうに、唇を尖らせながら。荷馬車の後方…幌に縁取られた景色の方へと。


 「…?」


 その時、彼の視線はある物を映した。南の方からやってくる土煙。こちらへと一直線に向かってくる何かを。


 「うーん…?」


 ポーク●ッツは目を凝らす。眉間に皺をよせ…土煙を一点に。その後で…彼は取り出す。ポケットの中から…ベウセットが勝手に持ち出していた単眼鏡を。

 単眼鏡を覗き込んだ先。丸く縁取られた世界の向こう側に見えたのは、馬に乗る一団。数は精々10程度だろうか。そのほとんどが見覚えのない姿であったが…中には、ポーク●ッツの心に苛立ちを与えるものも存在した。


 「――あぁ、俺ら売られたのね。そんな気はしてたし、別に驚きはしないけど。なぁんか癪に障るなぁ~。変態の分際でさぁ」


 馬に跨る半裸の男。女性の下着を身に着けたすだれのそれは、見紛うことなき変態。姫騎士ジャンヌの姿。

 表情までは解らないが、見てくれからして確実にそうであろうその姿を見ていたポーク●ッツは半目になり、不服そうに、気に入らなそうに呟きながら…単眼鏡を下ろす。


 「悲しいな。得られたはずの金貨の山を投げ打ってまでしても遂げられない復讐と言うのは」


 その呟きに、今まで誘拐した三人の前でろくに喋ろうとしなかったベウセットは応答する。口角を上げ、楽しそうに。


 「…! ベウセットさん!?」


 だが、その声に真っ先に反応を示すのはポーク●ッツではない。昨日の晩、ベウセットと共に夕餉を囲んだグリであった。

 けれど嬉しそうな声を上げたのは束の間で、すぐに口角を下げる。今ある状況から背景を悟ったかのように。


 「…そっか。モグモグカンパニーを裏切ったんだ」


 「オルガの手下になった覚えはないんだがな」


 恨めし気で寂し気なグリの言葉は取り付く島も与えぬベウセットの返答によって一蹴され、まだ子供であるグリに思い知らせる。

 どう言っても事態を変えられず、ベウセットの心を動かすこともできない…言葉と言うものの無力さを。

 残るのは悔しさ。どうにもできない事への怒り。グリは下唇を噛みしめて、そのまま黙った。


 その間にポーク●ッツは荷馬車の後ろから前へ。ベウセットが見据える先へと目をやった。

 ――その先には危なげなく走る青と緑、黄が乗る二頭の馬が牽く荷馬車と…花子。彼女が予定にない独断行動を行ったことによって引っ張ってくることの出来た小さな荷馬車と、それを牽く苦しそうな一頭の馬の姿が。それらの向かう先には草原の向こうには遠目に森が見え始めている。


 「おねーさん、素材全部装備に加工しちゃって荷馬車破棄しちゃったらダメ?」


 荷馬車に山の様に積んであった素材が加工された状態となって半分ほどに、そして…一着の鎧となってほぼほぼを消す。そんな有様を見たからだろう。

 ポーク●ッツは問う。最小にした上がりを手に、馬だけで走れるならば追いつかれはしないと考えて。


 「今さっきまで同じ考えだったが…アレを見て同じことが言えそうか?」


 聞き心地の良いベウセットの声が聞こえる中で、彼女の視線を追ったポーク●ッツの黄色い瞳は、先頭を行く大きな荷馬車を注視する。

 目隠しをされ、脚を拘束された状態のまま、一生懸命小槌を振ってグリとは比べ物にならないほどの少ない素材で多数の武器や鎧を作り上げていく――エプロンのおっさんに。


 「博打では大きく張るタイプ?」


 「小銭を攫って満足できる質ではないな」 


 聞かなくても解っていたベウセットの腹の内を確かめ終えたポーク●ッツは返事を返さず、鼻からふうっと息を吐き出す。

 相変わらずムッとした反抗的な態度ではあったが…ただそれだけ。うんともすんとも言わない。人の性。欲望。それらに背を押され、彼は更に危うい橋を渡る決心をしたのだと沈黙は語る。

 素直な反応ではないが己の意に沿う形の反応を示すポーク●ッツにベウセットは鼻で笑った後、口を開いた。


 「それでこそだ。コソ泥。追っ手の中に図体のデカい女が居たな。狙うのはそいつだ」


 この上なくシンプルな命令。

 楽しそうに口角を上げ、前を見据えるベウセットの横顔をポーク●ッツは一瞥すると踵を返す。己の持ち場。最も敵が見やすい荷馬車後部へと。

 

 「りょ~かい。簡単そうで安心した」

 

 衣類のポケット、ベルトの間に差し込んだ酒の入った瓶と…出発前にベウセットから受け取っていたバードアイマッチ。右手の親指の腹でポケットの上からそれらの存在を確かめるかの様に撫で、ポーク●ッツは荷馬車後部に腰かける。

 まだ戦い時の物ではない締まりのない顔をして。


 ぽつぽつと花が咲く、寝転びたくなるような背の低い草原。緑の大地がどこまでも広がる景色。

 進む荷馬車後部から見える光景も大きくは変わらない。迫る敵。その向こう側に遥かに霞んで見える街。時計塔と周囲の尖がり頭の建物を中心に置くそれをポーク●ッツは眺めていた。

 どこか寂し気な遠い瞳で。




 ◆◇◆◇◆◇




 柔らかで温かい日差し。

 空の色に黄味が混じり、強まる時。追う者と追われる者の距離はより近くに。

 追われる者の行く先に在る森もまた、より近くに見えるようになってきていた。


 追われる者たちで構成される三つの荷馬車。

 その中の先頭と後方を挟まれる形で行く小さな荷馬車に異変が起きていた。


 「ブファッ、ブファー!」


 街の中心部から始まった逃走劇。北へと逃げ、あと少しで草原の終点に行き着こうと言う時――道中ほぼほぼ全力疾走で走り抜けてきた一頭の馬。

 己の身体一つで比較的に小さいとはいえ、荷馬車を牽くことを強いられたそれは、息を荒く、辛そうに呼吸を繰り返していた。

 脚を止めることを許されず、ただ前へと進みながら。


 そんな馬の異変など一切気に掛けた風もなく、気が付いた風もなく…たった1人でその荷馬車の御者席に腰かけて馬を操るのは頭装備を外した、チェーンメイル姿の少女、猫屋敷花子。

 彼女は見ていた。息を荒くする馬の首の向こう側、その先に在る荷馬車。幌の掛かった中に立つ、額に汗を浮かべ、縛られた男を担ぐ…質素な服装の赤髪の男を。

 ――その腰には今しがた作らせたものであろう。頭蓋骨の頭頂部を使ったような丸みのあり、拳の延長上の端から下方向に90度ほどに掛けてなされた、打撃を意識してなされたであろうギザギザした攻撃を目的とした装飾の伺える白い円盾と全長70センチ、刃渡り50センチほどの柄が黒く、黒革の鞘に収まったグラディウスが取り付けられているのにも気が付く。


 「追いつかれるうちに加工を済ませるわよ!」


 「解ってるっす! 行くっすよ!」


 森に入ったところで追われた状態では加工は不可能だと思ったのだろう。赤は飛ぶ。花子に促されるままに…おっさんを担いだまま、すぐ後方を走る花子の荷馬車へと向かって。


 「うおあああッ!」

 

 ――花子の荷馬車が小さいせいもあるだろう。花子を避けるつもりで飛んだ赤ではあったが、彼の軌道は怪しいものであり、刹那、それは危険な物となってそれを見ていた花子と赤の目を見開かせる。耳に届くエプロンのおっさんのビビり散らかした叫び声の中で。

 

 「アッ、退いてッ!」


 「あっぶなッ!」

 

 迫る赤の声に花子は頭を両手で抑え、身を低くしつつ声を発す。


 「もがぁっ!」


 重なる様に聞こえるくぐもった声と布が破けるような音。続いて直後に花子の背後からは大きなものが素材転がる荷馬車の上に着地した音が。

 これと言った被害がなかった花子が後方へと振り返れば、きっと幌に頭が引っかかったのであろう。仰向けに倒れ、声もなく痛そうに身を捩るエプロンのおっさんと彼を背に仰向けに倒れる赤の姿が在った。


 だが、その2人の様子に目が行っていたのはほんの一瞬。直ぐに荷馬車後部の向こう側に伺える、今追っ手とコンタクトせんとするベウセットの荷馬車の方へと焦点は当てられる。


 「ちょっとちょっと! 放してッ…やめてってッ!」


 「これも俺の輝かしい未来の為なんだァ!」


 片腕だけが自由であり、ほぼほぼ無防備な状態で喚くグリ。彼を抱え上げて荷馬車の後部に立つのは――割と常識人であるポーク●ッツ。

 きっとベウセットから非情にならなければ成し得ない指示を受けたのであろう。ポーク●ッツは吼える。余裕のない表情で、迷いを振り払うかのように。追っ手の注目を一点に集めながら。

 邪魔者として排除されたらしき頬に殴られた様な痕が窺えるコック服の変態が倒れる荷馬車の上から、拘束されたグリを追っ手の方へとぶん投げるべく。


 「鳥になってこいッ! グリ君!」


 「ッうわあああああ~ッ!」


 間も無くポーク●ッツは凶行に及ぶ。金の為、その両手に抱え上げた言葉しか発せない無防備なグリを…追っ手の方へと投げ飛ばして。


 「ここはオルガさんに任せたまえ!」


 ほんの少しの間ではあるが、グリが投げられるまでの動作はあった。故にオルガは直ぐに反応。

 一時の猶予もない時の刻みの中で、彼女は放られたグリの方へ。その身体で、汗にしては濡れ過ぎているズボンを履くグリの小さな身体を受け止めた。

 

 「ご苦労様でーすッ! お酒でもどうですかーッ!」


 だが、その間も時計の針は止まらない。ポーク●ッツはコルクの外された丸く薄いガラスの酒瓶。それを右手に振り払って内容物を振り撒きつつ、左手に持ったマッチを幌を支える木製の骨組みに擦り、火を付け、後方へと舞う酒の雫たちの方へと爪弾く。

 燦々と優しく暖かな陽射しの中を煌めき、漂う無色透明な酒の雫はマッチの炎によって青い火を灯らせて、追っ手の先頭を行くオルガへと向かって行くが――


 「オルガさんは御見通しさ」


 オルガは難なく躱す。己の身体の様に馬を操って振り撒かれた炎の灯る酒を、掠りもせずに。


 「わっわっわッ!」


 「あづづぁッ!」


 「おちつけーい! ぬわっ!」


 「ウワー!」


 「ウワワー!」


 けれどそれはオルガを見た場合のみ。彼女の後方では、モグモグカンパニーの騎馬隊を襲う日の付いた酒の被害により、阿鼻叫喚の光景が広がる。

 ある者はチェーンメイルに付いた炎の熱さに慌てふためきコースを外れ、ある者は落馬。馬の毛に火が付いた事により制御不可能になった馬に振り落とされ――その暴走した馬と激突して原っぱにハードランディングを決める者など。それは様々であった。


 「おまえたち…!」


 ポーク●ッツの次なる攻撃の準備が整わぬほんの一瞬。オルガは仲間を想い、振り返る。聞こえる悲鳴の方向へ。風で今頭に被せられていた紙袋が吹っ飛んだグリと共に。


 しかし、その合間。僅かな隙の中、それらは飛んでくる。

 音もなく、静かに…それは高さのある、急角度の放物線を描いて。


 「惜しいッ! 良い着眼点だ!」

 

 口に青い炎が灯る丸い瓶。複数投げられた物の内の一つ。ほぼほぼ真上から落ちてきたそれは、ほんのぎりぎり。掠るぐらいのところでオルガに感づかれ、躱される。その一投を投じた者への褒め言葉と共に。

 ――だが、直後に異変は起きる。ふっとオルガの腕の中。視界の下端に…青い光が灯ったことによって。


 「あぁッ! あっつ!」

 

 「ナッ、ナニィッ!? この素敵なズボンはッ…!?」


 火に触れもしなかった。燃える酒の雫にさえも。

 ポーク●ッツの凶行からスタートした戦い。ほんの少しの間に起きた出来事の中で、オルガは目を見開き、今理解する。

 己に差し向けられたトロイの木馬の存在を。揮発した酒から火を引き、酒の染みたズボンへと到達させたのであろう…今、メラメラと燃え始める生半可なお洒落ではない、イカしたズボンを身に着ける、腕の中のグリにその瑠璃色の瞳の焦点を合わせて。


 「おぉ~、これは一本取られましたな。やるじゃない」


 「あつっ…アッツーイッ! 社長ッ! 助けてー! うわあああああーッ!」


 「あっ、ごめん。イマタスケルゾー!」


 今さっきまでの驚きが嘘のようなテンションの落差。燃えるズボンに身を捩るグリを抱いたまま、オルガは追っ手の集まりの中から離脱していく。

 彼女は酒での攻撃を読んでいた風であったが、そうでなかった者たちにとっては所見殺し。故に効果は覿面であり、被害は甚大であり…追っ手の数はもう4人ほどになっていた。


 「なんか適当にぶん投げたら上手い事行ったっぽいわ。ざまあないわね。オルガの奴」


 酒での攻撃の対策として距離を取り、追うことなく、荷馬車に並走する形で展開し始める残り4人を片目に映す――花子。

 オルガを退ける一投を放った彼女は、ベウセットの荷馬車のお陰で後方には視界が余り通らなくはあるものの、オルガが離脱したことは何とか視界に捉えられたらしく、眉尻を上げて攻撃的に笑っていた。


 「アレ投げたのお嬢っすよね、グッジョブっす!」


 「アンタも役に立ちなさいよね」


 囃し立てるは彼女の荷馬車に乗り合わせる赤。エプロンのおっさんが頑張って作った武器や防具が溢れるその中で、彼は憎まれ口を叩かれながらも上機嫌な花子と軽くハイタッチをする。

 

 けれど今だに安心はできない状態だ。すぐに赤と花子の視線は自分たちの荷馬車の側面。その方向に見える馬に跨った人影に引付けられる。

 女性物の下着に身を包み、黒い髪を風でなびかせ、馬を自在に乗りこなす――とある男の方へと。


 「ジャッ…ジャンヌ…!」


 「よくそのツラ私の前に晒せたわね。どうしても丸焼きに成りたいって言うならお望みどおりにしてやろうじゃないのよ」


 荷馬車の後方が見渡せなく、その姿を確認できず、姫騎士ジャンヌの裏切りに対し、半信半疑で在ったのだろう。赤は目を見開き声を震わせ…花子は不機嫌そうに半目に成りつつジャンヌへと声を掛けた。

 けれど…彼は直ぐには口を開くことなく、なんだか妙に澄んだ瞳で、赤を真直ぐ見据えるだけだった。


 「――鏡砕きの四英傑…! 今からでも遅くはありません…! 一緒に街へ帰りましょう!」


 そして彼は胸を大きく張り、大きな声で…彼にとってはまだ仲間なのであろう者たちへと呼びかける。今の状況に陶酔したような、どこか正義を成しているような恍惚と表現していいのか…そんな顔をして。


 「アンタ鏡見て物言いなさいよね。誰が付いて――」


 「悪魔の言葉に耳を傾けてはなりません! 考えて見なさい! このまま逃げ遂せたとしても…貴方達はずっと追われる身分となる。そうなっては最初に抱いた目的…使命を! 遂げられなくなってしまう!」


 花子の皮肉たっぷりな茶々が入っても、姫騎士ジャンヌの語りは断固たるものであり、余計な雑音を上塗って撥ね退ける。言っていることは其れっぽいが、彼の腹の底に蠢く物。動機は…私怨。己の理想の姿を奪った花子への報復以外の何物でもないだろうが――彼は続ける。その態度を変えることなく。


 「まだ間に合います! NPCを攫い、プレイヤーの物を奪う不届き者への制裁を…私たちと共に! 協力するならモグモグカンパニーの社長さん、オルガさんは許してくれると言っていたわ!」

 

 迫真のジャンヌの叫び。訴えは原っぱの上をただ北へ。その先へと見える森へと進む荷馬車の列に投げかけられる。

 だが、動かない。表情を曇らせ、迷いを見せながらも…先頭を行く青、緑、黄も…花子の荷馬車に居る赤も。荷馬車隊の側面を取る残り三人。めがねくんとヤス、その他1人の接近を認知しながらも。


 「思い出して! ここまでの道のり…今までの非情な行いを計画し、にやけながら先導していた2人の悪魔の顔を! 貴方たちは利用されているだけ。用済みになったら切り捨てられる! さぁ、目を覚ましなさい!」


 路地裏で鼠に逃げられた時の様な迫真の声。魂が、全身全霊が篭ったような力強い声が野原に木霊す。


 ――ジャンヌの奴め…なかなか鋭いじゃないか。


 最終的に鏡砕きの四英傑を始末し、パイの独り占めを鼻から想定していたベウセットは確信を突いた姫騎士ジャンヌの言葉に口角を上げ――姫騎士ジャンヌの声が止んだのち、ベウセットの見据える先。花子の荷馬車の中で赤の背がゆらりと動いた。


 「――お嬢! 許してくれっす!」


 ジャンヌなんぞの呼びかけで折れはしない。そう、花子は高を括っていたのだろう。御者席に腰を下ろしたまま油断し、にやついていた花子の背後に赤が襲い掛かった。


 「何ィッ!? むーッ!」


 声が聞こえた時、花子はやっと反応するが既に遅く、彼女の白い首に赤の腕が回されて、締めあげられ始める。

 武器を使った攻撃は論外として、打撃による無力化を試みない当たり、花子の無力化を目的として選ばれた手段は負い目を…仲間としての情を感じさせるものであったが…その情けは、赤へ――望まぬ結末を齎した。


 身体能力は初期。持ち物に関してはそれ以下の状態。

 生まれたての状態である赤の腕に添えられたるは、ただの作業と化した狩りにより、現状モグモグカンパニーのギルドメンバーを除いてはプレイヤー間ではトップクラスのレベルであろう花子の手。

 白く細い華奢な指は赤の腕へと沈み込み、白い首へと回されていた腕を強引に引き離していく。


 「むごぉーっ!」


 「ぎゃあああああっ!」


 蹄鉄が野原を蹴る音と車輪が回る音。もう限界突破して居そうなほどしんどそうな馬の息遣い。それの上に御者席からゆっくりと立ちあがる花子の唸り声と、赤の悲鳴が混じる。

 音として異常は周囲に伝わり、姫騎士ジャンヌの語りで膠着状態であった周囲に時間が戻る。

 だが――動きがあったのは青達が居る荷馬車から花子の荷馬車に迫る姫騎士ジャンヌぐらいのもので、追跡が目的なのかヤスもめがねくんも…そしてもう一人も。傍観に徹するようであった。


 「この私を謀ろうとはいい度胸してるじゃないのよ」


 「タンマタンマ! お嬢ッ…!」


 前方の馬車から黄が花子の荷馬車へと飛んで来ようとする最中、赤の腕を押さえつけながら彼の方へと向き直った花子。

 感情に身を任せているゆえか、それとも身体的に圧倒的な優位に立っているが故か。一切の恐怖を感じた様子無く、彼女は凄む。眉間に皺を寄せ。命乞いをする赤を見据えつつ。今、左脚を地面から離して。


 「このッ…蝙蝠ッ!」


 「ぽッ!」


 刹那。放たれたのは鋭い膝蹴り。それは浮足立ち、花子と距離を取ろうとし始めた彼の脚の間を抜け、その真上へ――突き刺さる。赤の…股間へと。


 「ポギャアアアアアアアアッ!!!」


 身体が軽く縦に揺れる衝撃。股間を直撃する致命的な一撃は、それと同時に解放された赤の腕を伸ばさせ、両手を股間に持って行かせて奇天烈な声を発させたうえ、武器や防具が転がる上で転げまわらせ始めた。


 「はーっはっはっはっは! 良い感じの力加減だったみたいね!」

 

 途切れぬ悲鳴を上げてのた打ち回り、やがて身体を丸めて動かなくなる赤。キャッキャキャッキャと上機嫌にその様を見下す花子。その裏切り者の様子を彼女はまだ見て居たかったが、そうもいかなくなった。

 前方から、赤がそうしたように。前方の馬車から黄がやってきたことによって。


 「お嬢、俺はオメェを倒す。俺は…仲間を――」


 説教臭く、芝居がかった独特な語り。明らかに自己陶酔の混ざる様子で黄は対峙する。姫騎士ジャンヌと赤などの初期状態のプレイヤーを餌食にし、着々と初心者狩りの達人としてのキャリアを積みつつある花子と。

 だが、馬の耳に念仏だ。綺麗事など…ヒーローの特権である変身時間。長々とした説教パートなど。ありはしない。忖度など。雑魚狩りの狂犬と化した猫屋敷花子にとっては。彼女の碧い瞳に映る黄は、視覚を自ら遮ったただの経験値でしかなかったのだから。


 「雑魚がしゃしゃるんじゃないわよッ」


 「ウィーアー!!!」


 「クッ…アッハッハッハッハ!」


 股座を蹴り上げられた黄は奇声を上げて、赤の隣へと蹲り…その様に花子は大笑い。笑い過ぎて目元に浮かんだ涙を親指で拭いつつ、赤へと一歩歩み寄る。


 「ほら、それ寄越しなさいよ!」


 「ぅぉぉぉぉぉ…!」


 心底楽しそうに笑う花子。彼女は勝気な笑みをその顔に、真面に会話すらできない赤からショートソードよりもずっと重く感じる円盾と鞘に収まっていたグラディウスを力尽くではぎ取った。

 けれども落ち着ける状態にはならない。敵の無力化。武装解除を果たした直後…花子は気が付く。耳に届くか細い悲鳴交じりの息遣いに。

 なんだか荷馬車を引く馬がヤバそうなことを。


 「…! ヤッバッ」


 荷馬車に迫る危機を察知した花子は、馬を一瞥。ナチュラルハイになったようなヤバ気な顔をするそれを視認した後、にやけ顔を焦りのある、強張ったものに直ちに変えて荷馬車の後方へ。

 後方に居るであろうベウセットの荷馬車を臨もうとした時、それは現れた。


 「貴女だけは…貴女だけは絶対に倒すッ! 姫騎士ジャンヌの名に懸けてッ!」


 復讐に燃える男、姫騎士ジャンヌ。

 馬がそろそろ限界であることを察してか、彼は花子の退路を塞ぐかのように立ちはだかった。

 ――そう、彼は理解していたのだ。己の勝利条件を。直接敵を叩く必要は無いと。ただ…荷馬車を牽く馬が限界を迎えるまで時間を稼げばいいのだと。


 「邪魔ッ!」


 花子は反射的にその手にあった鞘に収まったグラディウスと円盾を投擲。近くに立て掛けてあった黒い鞘に収まったエストックをぶん投げる。馬ではなく、姫騎士ジャンヌを狙う様に上方へ。彼の背景に見えるベウセットの乗る荷馬車を考慮して。

 もちろんそうされた場合、投げられた物の射線は限定的な物となり、回避も容易になる。馬に乗り慣れた風な姫騎士ジャンヌにはそれを避けることなど造作もなく、涼しい顔をして回避。その後で定位置に戻った。


 「まだ続けますか? どんなに足掻いても貴女はここでお終いです」


 何と凛々しい顔だろう。まるで正義のヒロインの様な雰囲気を漂わせ、姫騎士ジャンヌは花子に問い、花子に思わず白い歯を剥かせた。


 「わー、ムカつくー」


 癪に障る、神経を逆撫でするような毅然としたジャンヌの態度を目の当たりにし、思わず花子の手に力が篭るが――位置的にも酒は使えない。射線上にはベウセットの馬車があり、彼女がこちらの援護をするのも難しい。

 迷いによりほんの一瞬だけ動きが停止し、その後で振り返れば前方の荷馬車から緑がこちらに飛んで来ようとしているのが見えた。

 もう少しでも重量が増せば馬は持たない。危機的な状況であったが…同時に視界の下端にあるものが目に付く。


 ――ものすごく疲れた様な雰囲気を放ちつつ、ただ大人しく。嵐が過ぎ去るのを待つかのように、荷馬車の隅にて体育座りで座り込む…己の拘束を解いたエプロンのおっさんの姿が。


 「おっさん! ここにある装備全部お金に変えて! 素材屋のおっさんみたいな感じで出来るでしょ!」


 「…いいのか? 物から金に換えるときはだいぶ価値が、いや、このレベルの装備を変えると金の量が――」


 「つべこべ言わずにやれっていってんのよッ!」

 

 商売をするNPC。そうであれば素材のおっさんの様に物を直接ゴールドに変化させられるだろう。

 そんな安易な思い付きから出た花子の言葉はエプロンのおっさんにより肯定され、渋い顔をする彼が小槌で装備の1つを小突いた時、花子の望みは叶えられた。


 「うわッ…思ったよりすごッ」


 「こうなると思ったんだッ! おぉっ…落ちるぅッ!」


 「おわっ…んんーっ!」


 爆発するかのように溢れかえるゴールド。幌を突き破り、木の骨組みをへし折り…黄金の輝きと共にそれらは後方へと散りつつも…作り上げる。黄金の小山を…その上に動けない赤と黄。酒とマッチを手に冷静であろうとしつつ呟く花子と、ヤケクソになったように悪態をつくエプロンのおっさんを乗せ、花子の荷馬車へと丁度飛んだのであろう。呻く緑をうつ伏せに埋もれさせながら。


 ――ムカつかせたツケ、今支払わせてやるわ…!


 当然馬は倒れ、重さに耐えかねた荷馬車の車輪は潰れるが…花子にとってこれは狙い通りであった。

 彼女は己の腰の小物入れの革の上蓋にバードアイマッチを擦り、火を付けると栓の抜かれた酒瓶の口に火を付ける。

 高く積み上がった金貨の山。その上からの高い視点から零れる金貨を避けんとする姫騎士ジャンヌの位置、花子が攻撃しやすいように距離を取ってくれていたのであろう後方に見えるベウセットに荷馬車を瞳に映し――今、金貨を蹴り、散らせ…後方へと飛んで。


 「ッ…汚物は消毒だァー!」


 宙に舞う花子。彼女は姫騎士ジャンヌの頭上を通り過ぎようとしたとき、彼へ向けてその手にある酒瓶を投擲。

 丸くコンパクトなそれは――頭上の花子を仰ぎ見、目を見開く姫騎士ジャンヌの下腹部へと落ち…青い火を立て燃える液体を撒き散らした。


 「いやぁッ! アッ…アツゥ――!」


 メラメラと燃えるイカした下着。それを装着する羽目となった姫騎士ジャンヌは思わずその熱に注意がそちらへ。だが、視線が陰ったことによって――直ぐに視線は前と向く。


 「あっ――」


 影を作っていたのは崩れゆき、今倒れんとする金貨の山。対応する間も無く、姫騎士ジャンヌは馬と共に金貨の山に激突。埋もれて行った。


 「どーよッ! っ…!」


 それを空中で見届けた花子は濃紺色の髪を風で強く靡かせながらガッツポーズ。

 直後、いつの間にか馬単騎になって荷物を抱え、ベルトに姫騎士ジャンヌに向かって投げたものだと思われる、グラディウスや骨の円盾、エストックを取り付けたベウセットによって花子の身体は抱き止められた。


 「やれやれ、当初の目論見と比べると大赤字だな」


 「全くね。ふふふっ」


 ベウセットならいい感じにどうにかしてくれる。そんな他力本願させるほどの信頼感。それがあったからこそできた事。

 結構難しいことをやってのけたであろうベウセットにもこれと言って驚いた様子を見せることなく、静かではあるが楽しそうに憎まれ口を叩く彼女に花子は笑って返す。


 景色は瞬く間に流れ、黄金の山に埋まった荷馬車と戦意喪失して止まった青の荷馬車を過ぎさせて行く。


 金貨の山の中から顔を出したエプロンのおっさんは、ベウセットと花子、馬に乗ってそれの後に続くなんか頑張って生き残っているポーク●ッツ。そして…それらを追うヤス、めがねくんの後姿を遠い目で眺める。


 「依頼料は5万ゴールドだったな。釣りは要らんぞ、取っておけ」


 彼に帰ってくるのは遠のき、自分へと振り返りながらのベウセットの歯切れのよい声。

 どうしていいのかもわからぬ状況の中置き去りにされたエプロンのおっさんは…もはや笑うしかなかった。


 「…歳かなぁ。いや、そういう問題じゃねえなコレ。…滅茶苦茶過ぎてついていけねえや。…訳が分からねえ」


 吹き荒れる嵐も過ぎ去ってしまえば爽やかな物だ。嵐の後には決まって青空が広がるのだから。

 森の方へと風の様に去っていったろくでなしどもの背をエプロンのおっさんは見送る。ポケットから取り出した紙巻きたばこを取り出し、マッチによって火を付け、風の中に紫煙を燻らせて。


 そんな穏やかな気分になる彼の直ぐ傍を一頭の馬が遅れて駆け抜けた。黄味の強くなった暖かな陽射しにより、白銀の髪を白金色に染め上げた、身体の大きな女を乗せて。

 けれどそれは物語の外側に立ったエプロンのおっさんにはもはや関係のない事だった。


 ――脅されたとはいえ片棒担いだ共犯仲間として祈ってやるぜ。上手く逃げ切れよ。バカ野郎ども。

 

 彼は雑に祈る。店番よりは楽しい思いをさせてくれた、思い返してみれば愉快であったろくでなしどもがこれから上手く行くように。

 なんだか美味く感じるタバコをふかし、苦々しく笑いながら。下半身を燃やし、悲鳴を上げながら走り回る姫騎士ジャンヌと、冴えない顔をして金貨の山から這い出る彼の仲間たちの傍で。

男で強いキャラはこの作品には出てこないのかって? ふふ…おませさん。後にそういった奴らも出てくるから安心したまえ。と言うか大抵のネームドよりも強いモブで構成された部隊とかが出てくるぞ。

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