チェリーピック
チェリーピックはアレですな…良いとこ取りとか、つまみ食いとかそんな感じの意味があります。ハイ。
まだ夕焼け空には遠いであろう青い空。
その下、それはそれはだたっぴろい平坦な草原が広がり、風が吹けば草が騒めき、同方向になびいて陽の光を反射させ、その身に光の線を閃かせる。
風の吹き抜け音を立てる草原の向こう側から続く列。長く、長く。ゆっくりと…それらはやってくる。
彼らの進行方向に伺える円形に広がった広い街。もう霞んですらいないほど近くに見える時計塔を中心に置いたそこを目指して。
「しっかし、親分…じゃなかった。社長はすげえお人ですよねェ。あの身のこなし…レベル差があって投石のダメージじゃどうもならねェ相手も初期装備の鈍で急所を一突きで仕留めちまうんだから」
その一団。中央にある一際大きな幌付きの荷馬車。今街の外周にある牧草地帯にてそれを幾人かと牽く、頭装備を取ったチェーンメイル姿の橙色の髪の角刈りの男…ヤスは呟いた。
「巨人の急所…骨を避けて人体の急所を的確に突くってんだから、そういうのに詳しい職業のお人…。日本国防軍所属の特殊部隊員とかですかねぇ。ねぇ、めがねくん」
おべっかを使うタイプに見えはする。だが、割と人に心酔しやすいタイプなのだろう。オルガが居ない場でも彼女を相当買ったように続け、ヤスは共に荷馬車を牽く己の同僚であるめがねくんへと同意を求め、視線を向けた。
「猫屋敷製作所や灰咲ジェネラルインダストリーの様な民間軍需産業の関係者と言う線は?」
無表情。仏頂面。黒ぶちメガネにチェーンメイルフルセット装備の男、めがねくんは淡々とした口調、抑揚のない声で返す。視線を前の荷馬車へ固定し、前方遠く…煙を黙々と上げる時計塔の天辺を見据えながら。
だが、ヤスにはそれが気にならないのか…気が付かないのか。目をやる素振りもなく会話を続行する。
「あぁ~、それぐらいの大手になると日本国防軍を単独でぶっ倒せるなんて言う与太話聞くぐらいには練度やべえって話聞きますし、有得そ――」
「ネトゲにおけるリアルの詮索はマナー違反ですよ! ヤスさん、めがねくん!」
オルガの素性の詮索を進めていくヤス。その彼の声に言葉を被せ、待ったを掛けて咎めるのは――めがねくんの向こう側に居た謎の生命体…黄色く尖った唇に真白な肌の、スキンヘッド…ふんどし一丁の異形。ホワイトレグホーンだった。
見た目はふざけている。だが、真面目。見た目の奇抜さは常識、決まりを遵守する己への反抗だろうか。妙に甲高い声での発言は真っ当な物だ。
「あっ、こりゃあ失敬。スンマセン…ホワイトレグホーンさん」
一見して質の悪いチンピラ。絡まれると面倒臭そうなタイプにも見えるヤスであるが…ホワイトレグホーンのお叱りにペコペコと頭を下げ口を噤む。
けれど彼とホワイトレグホーンに挟まれ、荷馬車を牽くめがねくんは眉一つ動かすことなく、声を発することもない。ただ…前を向いて荷馬車を牽くだけだ。喋り出そうとする気配…ましてや謝罪するような気配もない。ニワトリフェイス、ホワイトレグホーンからの無言の眼差しと圧を横っ面に喰らいながらも。
「いやぁ、それにしてもこのゲームって武器も防具も大したアドバンテージには成りそうにないですねェ。こう、プレイヤースキルが物を言うと言いますか、ステータスは絶対的な強さに繋がらないと言いますか」
生真面目で謎な生命体、ホワイトレグホーンから悪くなり始める空気。確かに一方的な物ではあるが、放っておくと拗れそうな気もしたヤスは、すぐさま話題を切り替えた。さも何の気もないように。
「どうでしょう? 防具の有用性は感じられていませんけど、武器はだいぶ変わりそうじゃないですか? 開けた場所で戦うなら絶対剣なんかより槍の方が強いでしょうし」
結構語りたがりな性格なのだろうか。ムッとしていた異形、ホワイトレグホーンはヤスの話に乗っかって、更に続けていく。
揉めずに収まったことを安心したようにするヤスへと視線を向けながら。
「パラメータなんかだとフィジカル系のHPやスタミナ、力なんかはある程度上げておいて損ないんじゃないですか? 鎧を着るなら尚更ですよね。非力だと着れない物も出てくるでしょうし、扱えない武器だって出てくると思いますし」
「おぉ~、さすがですぜ。一日目パラメータ研究なんかに時間費やしたって言ってましたし伊達じゃありませんね。なんか良い発見あったんなら教えて下せえよ」
「発見ですか…強いて言えば致命傷判定みたいなものが存在することですかね。皆さんも社長が巨人倒してるの見てるから知っていると思いますけど…アレ見た後だとHPってそれほど必要なのかなぁと…思いました」
「威力の高い攻撃が掠りでもしたらお陀仏…なんてことを避けるためにも少しは振っておいた方が良さそうに俺は思いますねぇ」
ホワイトレグホーンが乗せられやすいのか、ヤスが聞き上手なのか。
言葉が交わされるうちにムッとした顔をしていたホワイトレグホーンの表情はどこか得意げな物になって、めがねくんに突っ掛かりつつあった雰囲気は霧散する。
――ふんどし一丁で防具を語りますか。このお人は…。
どことなく苦笑を浮かべ、思うヤスの視界の中で。
確かに…ホワイトレグホーンの着眼点は良いところを突いているように思うのだけれども。
話しているうちに道はより平らに。やがて土ぼこりに埋まった石畳に。周囲には木々と朽ちた廃墟、柵に囲まれた空間を有し、隣接する場に厩舎を置いた牧場なども見えてくるようになる。
「…帰ってきましたねぇ。犠牲者どころかノーダメージで。ゲーム性無視するような集団戦法で一方的にやるもんだから今一達成感ねぇですけども」
「夕方ごろには上がりになりそうですし、一緒にお店回りません? 繁華街で美味しそうなパン屋見つけたんすよ」
「パンかァ…俺ぁもう米が恋しくなりつつありますよぉ」
「望みは薄そうですね。今朝河原に石拾いに行った時水田みたいなもの一切見なかったですし。麦とジャガイモの文化圏ですよ。街並みも」
舗装された道の上、一段とスムーズに動くようになる荷馬車。巨人の死体と彼らの住処の建材が敷き詰められたそれらを牽きつつ、ヤスとホワイトレグホーンは他愛ない会話を交わしながら、街の中へ。
だが、今日に限ってはその街の中は…少し変わった物であった。
途端に滞る交通。周囲に居る人々に何やら聞き込みをしている衛兵の姿も散見でき、明らかに普段とは様相を呈している。
風に乗って微かに届くは何かが焼けたような臭い。ホワイトレグホーンはそこで初めて街の中で何があったのか気が付き、天辺が少しだけ焼けた時計塔を見上げていたが、ぽかぽか日和にヤスは大あくびを1つするだけで未だに気が付いた様子はなかった。
そして彼が目じりに溢れた涙を親指で拭った時、遅く、ナメクジが這うかのように徐々に徐々にと進む荷馬車は差し掛かる。人通りが多く、道幅のやたらと広い大通りと交差する十字路へ。
「なんか時計塔で火事あったみたいですね」
「…あ~、ほんの少しだけ…焼けてるような焼けてないような…ここの渋滞騒ぎもこれが原因ですかね」
数の暴力をもって道をわが物顔で占有するモグモグカンパニー。彼らの一団のお陰で、十字路の一方は完全に交通を遮断されていたが…彼らは気にした様子を見せない。
所詮はゲームなのだからと…むかっ腹を立てたようにし、熱い視線を送ってくる馬車の上のNPCの顔にさえも。
「社長はもう広場に付いて荷を下ろし始めた頃でしょうかね」
「そうですね~」
ヤスとホワイトレグホーン。
のほほんと会話をする彼らの耳に…それは迫ってきていた。徐々に徐々に…大きさを増して。南の方向から。
「なんだァッ!?」
「ここ歩道ォ!」
「危ないぞバーカ!」
急速に接近する回る車輪の音。蹄鉄が硬い石畳を叩く音。
NPCの罵倒を掻き消し…それは現れる。
今モグモグカンパニーの占有する道。それと交差する道の両歩道をNPCを無視し、駆ける二つの荷馬車と…同じ道の車道に並ぶ馬車を縫うように進んでくる人を乗せた複数の馬が。それはもう胡散臭くキナ臭く、怪しさ満点の布袋を被った連中を乗せて。
「ちょっ、突っ込んで来ますよ!?」
「どどどどうしやしょう!?」
唐突に訪れる危機。気の緩み切ったホワイトレグホーンとヤスが浮足立つ中、車道を挟み歩道を爆走していた二つの荷馬車は、ヤス達が牽いていた荷馬車とその前後の荷馬車を挟む形で横転。
間も無くそこから勢いよく火の手が上がり…湧き出る。それは質素な布の服を着こみ、頭に布袋を被った謎の集団が。
その姿、図ったかのようなタイミング。意図したように横転した荷馬車。それは見る者に伝える。これが事故などではないことを。
「敵襲ッ」
真っ先に反応したのはめがねくん。その仏頂面に付いた目が鋭く据わった物となり、向かってくる者共に身構えるが――彼と浮足立つ仲間に迫るのは突っ込んで来る三頭の馬だ。
「突撃ーッ!」
「うおおおおおおっ!」
「ヒャッハー!」
一つは粗末な衣類に身を包む聞き覚えのない男の物の声。もう一つも同じく。だが…最後のチェーンメイル姿の女の声はめがねくんやヤスには聞き覚えのある物であり…ほんの一瞬彼らを硬直させ――直後、騎馬は突撃する。
突然の襲撃に退路も進路も塞がれて、パニックになり、右往左往していた大勢のモグモグカンパニーのギルドメンバーたちを跳ね飛ばして。
「戦闘準――クエッ!」
騎馬突撃を何とか躱して状況が今やっと飲み込め、戦闘態勢を整え掛けるホワイトレグホーン。周囲に居る仲間に呼びかけた時…彼は倒れる。顎を押さえられて首をへし折られたことによって。
その背後にいつの間にか立っていたのは…布袋で素顔は見えないが、妙にスタイルの良い女だった。
「俺たちモグモグカンパニーに喧嘩売ってくるなんて大した度胸じゃねえですか!」
ヤスは腰にあるショートソードを抜刀し、それへと向かう。その未知なる敵の背後に見える、ショートソードを手に向かってくるめがねくんを視界の端に映しながら。
――ぶった斬ってやるッ!
剣が届く範囲に敵が入った時、ヤスは目を見開き剣を真横に振る。
けれど敵はそれに合わせて踏み込んで、一気に間合いが剣の範囲から腕の範囲に。剣の刃は当たることはなく、それを握る腕を肩で受け、手首を掴むと同時に鳩尾を上へと突き上げるような掌底を放った。
「――くはぁッ…!!!」
ぶつかり合うような形で繰り出された掌底はヤスにクリーンヒット。致命的なダメージを与え、絞り出したような苦し気な声を吐かせる。
「クッ…!」
敵は止まらない。停止したヤスの身体をそのまま押して反転。向かってくるめがねくんへとヤスの身体を押し出し、凭れ掛からせることによって動きを鈍らせると同時にヤスの身体に体当たりし…突き刺す。
ヤスの身体越しにめがねくんの腹部を…しっかりと腰に両手で構えた、流れるような動きでヤスから奪ったショートソードで。
「ぐっ…うっぐぅ…!」
「くふっ…ぐおおおお…!」
血こそは出ない。視覚的にはごくごくゲームめいた光の傷口から赤い光の粒子が散る程度のもの。だが…痛みは本物だった。現実と寸分違わぬほどに。
ヤスは苦し気に小さく声を上げ、めがねくんは小さく吼える。今だに戦意を喪失した様子もなく、敵を見据えながら。
だが、めがねくんは仰向けに倒れて行く。串刺しにされて既に気絶状態にあるヤスと共に。
騎馬突撃からほんの一瞬で周囲のモグモグカンパニーのメンバーを無力化した襲撃者。それを指揮したその女はゆっくりと被っていた布袋を外す。気力で意識を保つめがねくんの肩を踏み、その脚に片腕を置いて。
めがねくんの黒い瞳に映るのは、つい昨日まで共に戦っていた愛想のない女の姿。
風になびく艶やかな黒い髪と深みのある雰囲気、魔性の女はそこに居た。珍しく心底楽しそうにした攻撃的な笑みを口元に浮かべ、己を見下して。
「…! あ…ねご…」
「オルガに伝えておいてくれ。私が愛していると言っていたと」
勝ち誇るベウセットの言伝を耳にした後、めがねくんは意識を手放す。右手に固くショートソードを握ったまま。
だが、戦いは始まったばかりだ。
「行けーッ! 仲間が刺されているうちにボコるぞ!」
「ボコるのは俺たちに任せるっす!」
直ぐ傍にあるモグモグカンパニーの荷馬車ではポーク●ッツの仲間たちと青、赤が数で態勢が立て直し切れていない生き残りを強襲するが――
「この荷はやらせんぞぉ!」
「こいつめッ!」
レベルが高いからであろう。散り散りになりながらも抵抗するモグモグカンパニーのギルドメンバーによって瞬く間に矢面にたったポーク●ッツの仲間八人全てがやられ、だがその隙を突いて他の生き残りが襲い掛かった。
「囲まれるなッ! 距離を取って各個撃破だ!」
当然囲まれては不利だ。数少ないモグモグカンパニーのギルドメンバーたちは先ず攻撃ではなく、距離を取ろうとし始める。
まあ真っ当な判断で在っただろうが、荷馬車と言う障害物の傍を離れたことにより…それは狙われやすい対象となってしまった。
「アンタたちは牽引!」
「ラジャー!」
遊撃を任されていた花子と普段とあまり変わらない黄と緑による二度目の騎馬突撃。
「馬アタック!」
「うっ、馬アタック!」
黄と緑が囲まれるのを恐れて散ったモグモグカンパニーのギルドメンバーの生き残りを撥ねた。妙な掛け声と共に。
だが、狩り切れない。取り零す。接近に気が付き、回避行動をとり始めるモグモグカンパニーのギルドメンバーたちに指示を出していた1人を。
「ハァイッ!」
「ッ!」
けれど無事だったのはほんの一瞬。黄と緑の後に続いて走っていた馬。その上に乗っていた少女が…通り過ぎ様にメイスで生き残りの1人の顔面をぶん殴るまでの間だ。
身体を軽く吹っ飛ばせ、横回転させる一撃は当然致命的な威力だ。刃物の様に受けたとしても暫く動ける様な生易しいものではない。意識ごと根こそぎ持っていき、対象を卒倒させる。
「これも明日の為!」
「許してくれとは言わないっす! 生きるって残酷なことっす、奪い合いっす!」
地面に叩きつけられたそれの傍では浮足立って生き残った1人ほどを寄って集ってタコ殴りにする赤、青の姿があり…間も無くそれは完了。彼らは直ぐに行動を次なるフェーズ、荷の略奪へと移し始める。
時間は限られている。道を遮断する燃え盛る荷馬車の向こうには、こちらに突っ込んで来ようとし始めている敵は確かに存在するのだから。
故に構っては居られない。再起不能になった仲間のことなど…誰もが。
「馬捕まえて来て!」
「今やっている」
時は止まらない。周囲の敵を排除出来た事を確認したところで布袋を被ったポーク●ッツは要求。
それよりはるか前に動いていて、一頭の馬を荷馬車に今繋いだベウセットは横転し、再度燃え盛る荷馬車から逃げた馬の方へ。
次にポーク●ッツは目の真ん丸い素材屋のおっさんの手を引き、めがねくんたちが牽いていた荷車へと歩み寄る。
「えーと…そう、素材に変えて! 全部!」
「ここに来たのは賢明だ。俺がギルドの中で一番の解体技術を持ってるってところを見せてやろう」
混乱を極める街の中、その場所に似つかわしくないほどの明るく、自信満々な態度で真ん丸い目のおっさんはナイフを振る。いつも通り、同じ様な動きで。
おっさんの場に合わない表情の変化などポーク●ッツが構っている時間はなかった。今見ている荷馬車と他二台の荷馬車の中の物も加工済みの素材になっていることを確認した後、彼は目の丸いおっさんを荷馬車に乗せ、行動。戻ってくる。
地面に転がしておいた布袋をかぶせられ、片手だけ自由になっているグリを担ぎ――こんな面倒ごとに巻き込まれたからだろうか。一向に帰ろうとせず、付いてくる布袋を被ってより変態感が増した小柄な男。コック服の変態と共に。
「えっ、まだ着いてくんの!?」
「もう少し一緒に居たいんだ」
精一杯の突っ込み。それ以降、言葉を交わす気にはポーク●ッツにはなれなかった。
「待てー!」
「抵抗すれば地下牢獄に10年はブチ込んでやるッ! そうなりたくなければ大人しく投降しろー!」
コック服の変態と言葉を交わした時に見た…彼の向こう側に居た存在。口が聞けなかった訳は、自分たちが通ってきた幅の広い道の向こう側からやってきていた。大群で、軽そうなスケイルアーマーを着こみ、声を上げながら。
それは紛れもない街の衛兵たちだった。
ポーク●ッツはわたわたとした忙しない動きで乗り込む。加工が済んで小さくなった素材が散乱し、その上に転がったグリと目の丸いおっさんの乗った荷馬車の御者席へ…あとから乗り込んできたコック服の変態を隣に置いて。
その向こうには、今丁度馬を二頭この荷車に繋いだベウセットの姿が在り、その更に向こう側には既に走り始めている二台の荷馬車の姿が見えている。
――そのうちの1つは…遊撃に徹するはずであった花子。現在の場合であれば周囲の警戒をするのが順当であろう立場のそれが…一番小さな荷馬車を乗っていた馬に牽引させている姿であった。
きっと欲をかいたのだろう。その時の横顔は何とも幸せそうなものだった。高価な物を奪い取る喜びに…ホクホクの、口元を綻ばせたそれは。
――アレッ…遊撃のはずじゃ…?
ポーク●ッツが呆気にとられたとき、彼の視界の中のベウセットは二頭の馬の内、片方へと跨るとその脇腹を蹴ると同時に隣の馬の尻を叩く。
「さあ行けッ!」
荷馬車は動き出す。現実のそれと比べて力強過ぎる二馬力に牽かれて。ゴトゴト激しく揺れながらもぐんぐんと前へ。
敵とのコンタクトから掃討、目的の奪取まで2分も掛かっていない。何と良い手際であろうか。惚れ惚れするほどの略奪っぷり。余りにも手慣れ過ぎたそれはベウセット。彼女の素性を考えさせる材料となるが…そんな考えもポーク●ッツの頭の中からはすぐに吹き飛ぶ。
颯爽とかけ始めた馬車の後ろ。遠のく十字路の様子が気になって。
幌付きの荷馬車が切り取る、向こう側の十字路の景色はこうだった。
近くの家にまで燃え広がった酒に引火した炎の壁に遮断された左右の道。1匹だけ取り残された馬と…倒れたまま動かないモグモグカンパニーのギルドメンバーたちと布の服を着た己の仲間たちの姿。その現場へと今行き着く衛兵隊の在り様。
その様を追って来られると見ているのか、まだ曇った表情でポーク●ッツは見ていた。
「お友達は残念だったな」
後ろを見るポーク●ッツの耳に、ベウセットの声が届き――彼は顔を前へと戻す。
その時の彼の顔は仲間を失った感傷などに浸ったようなものではなく、己の身を案じたような不安げな物だ。
「…いや、いいよ。別に。消耗品みたいなものだし」
「見かけに寄らずドライだな」
「…? そう?」
ポーク●ッツの返事は意外に思える物だ。
コソ泥ではあるが、そこまでねじ曲がっても腐っても居ない…常識の範疇の男。キョトンとしたそれから帰ってくる失われた仲間へのコメントだけは。
ただ、いろいろな人間を見てきた経験があるからだろう。ベウセットは少しばかり面白そうに鼻で笑っただけ。馬の背から荷馬車の方へ。コック服の変態とポーク●ッツの間を抜けて荷馬車の上へと移動する。
馬の操作はポーク●ッツと違った使用方法で鞭を使いそうなコック服の変態へと移譲されながらも、荷馬車は真直ぐ走っていく。サラブレッドの様な細い馬とは思えぬ力強い速さで。
街の中心から遠ざかり…より人の居ない場所へと。脱出地点である北へと向かって。
◆◇◆◇◆◇
長閑な天気。青い空に大きな雲。
そこへと立ち上る黒い煙が小さくなった時…その元に、それはやってきた。
「デカくなる前に叩くのは確かに賢い。効率的に見たのであれば。しかしロマンがないな」
鎮火され、細く煙を上げたまま濡れた残骸。
真っ黒に焼き崩れてはいるが、かろうじて荷馬車の原型を留めて道を封鎖する様にあるそれを避け、一部黒焦げになった家が四方に見える十字路にて、モグモグカンパニーの長。オルガは立つ。個人的な見解を呟きつつ。
十字路の中心にあるのはぶっ倒れたまま動かないめがねくんやヤス、首の向きがおかしいことになっているホワイトレグホーンなどの荷馬車を牽いていた仲間たちの姿と――賊の仲間であろう、布の服の見覚えのない八人の姿。
他には、集まった衛兵にゴールドの入った布袋をそれとなく手に押し当てて、彼らの口を閉じさせる複数の仲間たちと出所不明の謎の馬がそこに居る。
間も無く金の力で事後処理に当たっていたモグモグカンパニーの仲間たちは気が付く。自分たちのリーダーが今ここにやってきたことを。
そして駆け寄る。仮初めの姿を持つ者たちも、そうでないものも。
「しゃっ…社長…!」
「スンマセン社長! まんまとしてやられました…!」
美少女。おっさんやにーちゃん。イケメン…異形。カオスな面々が頭を下げたり、済まなさそうにしていたが、すぐにオルガは宥めるように両手を肩の上で開いて見せる。
「謝る必要は無いとも。対人戦はゲームの花。そうだろう?」
怒っているのか居ないのか。判断に困る態度。いつも通り過ぎて逆に怖く思えてしまうオルガは言い…小物入れから幾つか取り出す。青く半透明の薬液の入った小瓶を。
「これでやられてしまった人たちを蘇生してお話を聞いてみよう。さぁ、蘇生してあげてくれたまえ」
集まった一部はオルガの手から小瓶を取り、倒れた仲間たちへ。オルガもその動きに合わせて進んで行き、ショートソードで串刺しにされためがねくんとヤスの元へと至る。
「しっかし…犯人が解ってる推理パートは燃えませんなぁ」
めがねくんとヤスを串刺しにしたショートソードの柄に手を掛け、それを引き抜き…見計らったように近くに居た仲間がめがねくんとヤスの唇に薬液の雫を落とす。
間も無く彼らは身体を起き上がらせる。物凄く重そうに、眉間に皺を寄せ、不快感を感じたように。
けれど、それも束の間だ。開いた目でオルガを見上げた時、ヤスは座り込んだまま驚いたように目を見開き、めがねくんは右脚を伸ばし、左脚を立てそこに腕を置いてバツが悪そうに顔を背ける。
「プリケツ君は何と言っていたかね?」
「…社長…なぜ姐さんだと…?」
「付き合いが長いからね。解るのさ」
右手を腰に当て、見下ろすオルガの問いにヤスは見上げ、驚いた表情のまま問いで返す。襲撃犯の正体がほんの一瞬の戦闘の最中に理解できていたらしく…オルガの読みを肯定するかのような返事で。
けれどそれはオルガの問いかけに答えたものではなく、オルガの読みではあったのであろう問いを耳にする前に気を失ってしまったヤスは首を振る。不甲斐ない自分を恥じたように、視線を地面へ落とし肩を落として。
かわりに…顔を背けたままになっていためがねくんが口を開いた。
「――愛してる、と言っていた」
淡々としてはいるが、してやられたことに対して苦々しく思っているのであろうめがねくん。
悔しさが窺える顔を背ける彼の方をオルガは一瞥した後、ショートソードをヤスに差し向けつつ空を仰ぎ見…瞳を閉じた。
「見える、見えるぞ。プリケツ君の嘲笑う顔が…! 感じるぞ…この上なく気持ちよくなってる奴の腹の内が…!」
オルガは何かブツブツと言っている最中…オルガの手からショートソードを取るヤス。めがねくん。冷静になった彼らの頭に過るのは――情ではなく利。個ではない、群れについてだった。
――やらかしたのは間違いねぇですが…わざわざ追って取り戻すのはどうなんでしょう…。
――心情的には報復したい気分だが…。
情と利。個人としての気持ちと群れの中の立場。そして――現実。
ヤスとめがねくんの腹の中で渦巻くのはそんなもの。彼らの視線は一頭だけ置き去りにされた馬へと自然と引付けられていた。
報復は無しだろう。群れとしての利と理から…この屈辱を甘んじるしかないとしていた2人とオルガの方へ…複数の足音が迫る。焼け落ちて黒焦げになった荷馬車の向こう側から、パカパカと。
「言われた通り買ってきたわ」
「ご苦労!」
黒こげの荷車だったもの。その向こう側から現れたのは…馬に乗った変態。すだれ髪の細いおっさん…姫騎士ジャンヌだった。
彼はオルガと会話を交わしつつ、馬を操り十字路の中心へと進む。その後ろに同じく馬に乗ったモグモグカンパニーのギルドメンバーを複数引き連れて。
「――親分、いや、社長ッ…まさか…!?」
姫騎士ジャンヌの一声で見えるオルガの意志に、ヤスは呟き、めがねくんと共に見上げる。
これからの事。楽しみを目の前にしたような、にやつくオルガの顔を。
「せっかくのプリケツ君からのお誘いだ。どうだね? 遊びに行かないかね?」
メンツを潰された事。利益を分捕られたこと。怒りや報復心など微塵もない…そんなかっこよくも爽やかな笑み。白い歯を覗かせながら、オルガは言う。
その笑みはヤスの口元に攻撃的な笑みを浮かばせ、めがねくんの右手中指に眼鏡を押させ――立ち上がらせる。迷いのない雰囲気と共に。
「これからの予定はないですし、誘いを断るってのは無粋なもんでさ」
「臨むところだ」
見え透いた問いかけは見え透いた結果に。ヤスとめがねくんはここまで馬を運んでくれたギルドメンバーが降りた馬へと跨って、その意志を示す。控えめな言葉を吐きながら、そうは思えない乗り気な雰囲気、表情を携えて。
「ニワトリ君。後よろしく。夕ご飯には帰ってくるよ!」
首を捻られ早々に退場し、報復心云々抱くほどその場に居合わせることの出来なかったホワイトレグホーン。今起き上がった彼へとオルガは歩きながら言うとたった一頭その場に残されていた馬へと跨った。
「えぇっ…あぁ、どうぞ。ハイ…行ってらっしゃい…」
状況が良く解っていないであろう彼の生返事を聞いた後、オルガは振り返って馬に跨った複数の仲間たちの方へ。
白い歯を口元から覗かせながら、笑いつつ北へと続く道を顎でしゃくり――馬の脇腹を踵で蹴った。
「――って、えっ!? どういう事っすか!? 仕切るの自分ですか!? ちょっとぉー!」
後一時間もすれば夕暮れになるであろう。そんな時刻。
してやられた者たちは背後から聞こえる仲間の戸惑いに満ちた声を聞きながら、遅れながらに挑戦者たちを追い始める。
白銀の髪のオルガを先頭に、黒髪すだれの細いおっさん姫騎士ジャンヌ。超絶不愛想な男めがねくんと、橙色、角刈りのヤス…その他のモグモグカンパニーのギルドメンバーが。
流れる景色と向かい風。三角頭の建物が立ち並ぶ石畳の敷かれた街中を疾駆して。
やっぱり敵は強敵で在ったほうが魅力的でしょう。主人公の取り巻きにも言えることですが、それらは主人公を栄えさせるだけの部品ではあってはいけない。…私の持論ですけれどもね!