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芽吹き

良くも悪くも人は育つものです。最適解を求めて!


 大きく白い雲が流れる青い空。太陽はより暖かく、優しくありとあらゆるものを照らす。

 1日で最も暖かくなるであろう時間帯。それを少し過ぎかけた街外れにて、花子は歩いていた。

 左手に――昨日ライバックが連れていた謎の目の丸いおっさんの手を引いて。


 何を話しかけてもこれと言った反応は返さず、特定のワードにだけ反応するそれは、まさにゲームの世界の住人。故に花子は会話をしようとは思わず、黙々と進んでいた。

 ベウセットの計画について考えながら。


 ――オルガに忠告する体でポーク●ッツの家をチクって…戦力が手薄になったところを突く…そういう形じゃダメなのかしら。


 ベウセットの英才教育の賜物と…染まりやすい年齢。そして何よりも…素質。条件が当てはまり、兼ね備えられていたが故か…花子は考えていた。

 一応仲間。それらを捨て駒として使い、自分達の利益を追求する作戦を――一切の負い目を感じた様子もなく。平然とした顔で。

 

 廃墟と住居の入り混じる地区へ。嘗ては家屋だったのであろう灰色の煉瓦のアーチの前を通りかかった時…花子は口を開いた。パッと思いついた作戦について。


 「…良さそうよね」


 「あぁ、懐かしいね」


 花子の呟きと同時に、目の丸いおっさんが呟く。

 自分から喋り出すときなどなかったそれに振り返り、訝し気に花子は見据えるが…それ以上何か喋ったり、特に何かするような事もない。


 ――バグかしら。


 特にそれ以上花子は考え様ともせず、ポーク●ッツの家の方へ。

 彼の家の近場。出入り口が見える場にてベウセットの姿を確認したところで右手を振り…駆け寄った。


 「ねぇ、ボス。パッと思い付いたんだけど、オルガに事前にあの3人の事チクって、戦力分散させた上で荷車隊に強襲掛けるって言うのはどう?」


 「発想は悪くはないが、敵側はあの大所帯だ。効果は薄いし、攫われているのを見た…と言う体で訳を説明したところでオルガに看過されるのが落ちだ」


 「うふふ、ホントオルガの事良く解ってるのね」


 「あのバカに辛酸を嘗めさせることが私の一番の生き甲斐でな」


 ――そんな気はしてたけど、ボスの作戦が一番現実的…か。…それにしてもオルガへの嫌がらせに執着するのよね。ボスって。


 ただの思い付き、フラッシュアイディアからの作戦であったため、花子はそれ以上追求することなく口を閉じて、ぐったりとして動かない、チェーンヘルムをかぶせられたままのエプロンのおっさんを担ぎ、ポーク●ッツの家の方へと歩き出したベウセットの後を追う。


 「それで…待っててくれたの? わざわざあんなところに立ってなくたって良かったのに」


 「いや、結構面倒臭そうな騒ぎ声が中から聞こえていてな。ほとぼりが冷めるまで少し時間を潰していた」


 「ふぅん、そう。そこはそうだって言ってくれた方が印象良かったわよ?」


 「すまんな。柄じゃなくて」


 「意地悪なんだから」


 「ふっ、そう言うな」


 何の実りのない、他愛のない世間話を交わしつつ、2人はポーク●ッツの家の前へ。

 そして――踏み込む。先ほどまで面倒そうであったらしい家の中へと。ベウセット先導の元に。引いていたおっさんの手を離して。


 「……引いたわ。ドン引きよ」


 少し進み、エプロンのおっさんを下ろすベウセットの背からひょっこりと顔を出し、花子は見…小声で呟く。その室内の惨状についてを。眉間に皺をよせ、歯を浮かせながら。

 彼女の碧い瞳の見据える先には…半笑いで地面を見つめ立ち尽すポーク●ッツの姿と、彼の仲間。良い顔をして仰向けに倒れているコック服の変態に…目隠しされたまま緊縛されたグリとライバック。片脚だけ自由となったグラ。その姿が…そこにはあった。

 ただ、そこには留守を任せていたはずの鏡砕きの四英傑と姫騎士ジャンヌの姿はない。


 「はは…お金稼ぐって…大金を稼ぐって…大変なんだなぁ」


 ポーク●ッツは遠い目をして呟く。乾いた笑い声をあげ、何か大事な物を失ったかのように。視線を斜にしたまま、ただ…地面を一点に見据えて。

 けれどベウセットは直ぐには声を掛けない。少しばかり考えたようにその形の良い顎に手を当てた後、踵を返し外へと向かい出て行きながら顔を横に向け、今自分の方を目で追ったポーク●ッツへと向けて外の方を顎でしゃくって見せた。


 ――知り合いが誘拐の首謀者だと知られでもしたら脅迫の効力が弱まるものね。


 ベウセットが見せる行動の意味。狙いを花子は自分なりに考えつつ、ポーク●ッツの前を行き、彼の家の前へ。ベウセットが足を止め、振り返ったところで――他2人も脚を止める。


 「それで、どうなった?」


 「変態達は馬に慣れるために乗馬させてくれるところ探しに行くってさ。一応グリ君に協力する様に話は纏められたけど…口だけに聞こえたね。隙があれば裏切るよ」


 ポーク●ッツは本当に草臥れた様な顔をしていて、あてつけがましい態度を見せている。

 対するベウセットは腹が立つほど余裕のある様子、雰囲気で笑うだけ。その様はポーク●ッツの片眉尻を微かに動かすが…ベウセットは一切気にせず、続ける。

 

 「今のところは上手く行ってるわけか。良いぞ」


 「ちょっとぉ、もっと労ってくれて良くない? 協力取り付けるために人として大事な物ぶん投げた俺に対してェ。ごめんねごめんねって仲間に謝りながらスンスン泣くグリ君にどれだけ良心を痛めたことか解るぅ?」


 「なら尚更頑張れよ。積んだ犠牲を無駄にせんために」


 やり遂げると覚悟を決めた者と半端者の差か、はたまた手を汚さぬ卑怯者と手を汚した者の差か…前者、ベウセットは淡々と。後者、ポーク●ッツは恨みたらたらに言葉を紡ぐ。利益か報復か。その両方が理由なのか…離反する気配のないままに。

 その2人の傍にいた花子は、段々と黄味の強まる太陽からベウセットの方へと視線を下ろす。――今の今まで考えていた可能性。胸に秘めていた懸念。それへのベウセットの見解を聞きたくなって。

 

 「ボス、あの変態5人衆が裏切る可能性はまだありそう?」


 「無いとは言い切れんが…芽は摘めるなら摘んでおくべきか。任せても?」


 「えぇ。任せて」


 信用が出来る仲間は限られている。それは花子もベウセットも同様だった。

 ポーク●ッツと任務遂行に必要な者どもの見張りは真に信用できる者だけにしか任せられない。裏切りの芽を摘み取るのも同様。

 前者の役割をベウセット。後者の役割は花子と短い会話で役割が決まったところで――花子は歩き始める。ベウセットの指差す先に続く道へと。

 

 「おねーさん、迎えに行かせるだけの割には随分仰々しく送り出すんだねぇ」


 遠ざかっていく小さな花子の後姿。妙に活き活きとしたその背を…ポーク●ッツは眺める。両手を己の後頭部に組んで。己の傍で同じように花子の背を見守るベウセットへと語り掛けながら。

 帰ってくるのは鼻笑いの音。なんか小馬鹿にされたような、どこか見透かされたような癪に障るベウセットらしいその反応に気に入らなそうにポーク●ッツが下唇を持ち上げる。


 「そう聞こえるだろうが…察せよ。人は利益より私怨を優先する場合だって往々にしてあり得るんだ。まぁ、それだけの気概があるかは怪しいものだが」


 ハッキリ言わない彼女らしい、それらしい返事。その言葉の言わんとしている部分をポーク●ッツは読み取ると、その顔を渋めた。


 「あぁ…なるほど。俺も飛んだヤクザ者に手ぇ出しちゃったなぁ」


 「そう言うなよ。良い思いをさせてやるさ。従えばな」


 「ハイハイ、期待してますよーだ」


 「では、少しの間留守番を頼む」


 「えぇ…俺が人質見張るの? …まぁ、いいけどさ、どこ行くかぐらいは聞かせてよ」


 「時計塔だ。何かあれば呼びに来い」


 文句たらたらではあるが、従順なポーク●ッツ。唇を尖らせてぶーぶー言う彼の前へと出る形で、ベウセットは歩き出す。多くは語らぬまま、見ているだけで心強くなるほど自信に満ち溢れた、落ち着いた様子で。


 燦々と照り付ける日の光に黄味が混ざりつつある暖かな午後のひと時。決戦の時が刻々と近付く中で、各々は動く。

 花子は仲間であろう5人の変態を監視するために。

 ポーク●ッツは計画の成功と金のために。

 ベウセットは己の頭の中の計画をより成功へと導くために。

 5人の変態は逃走用、モグモグカンパニーの上前を撥ねる馬の扱いに慣れるために。

 1つかもしれない目的へと向かい、達成するために。


 風の吹く、昼下がりの陽射しの中に。




 ◆◇◆◇◆◇




 やや青みに黄味を帯びる青空。太陽。

 心地よく暖かで、優しい空の下を頭装備を外したチェーンメイルの少女が行く。カツリカツリと音を立て、合間から背の低い草の生えた煉瓦で舗装された道を。


 「…まぁ、杞憂だとは思うんだけれど」


 濃紺色の髪を揺らし、その碧い瞳に蔦の張った崩れかけた家、道の向こう側に僅かに見える草原等を映す少女、猫屋敷花子。

 彼女の鼻には家畜特有の臭いが届いており、追跡の起点となる地点が近いことを察し…呟く。

 今己が預かった任。自分が言い出した事ではあるが、要らぬ懸念。取り越し苦労であると考えつつ。


 次第に周囲の廃墟は疎らに。視界が開け、青々とした木々が見えるようになる。足が煉瓦の石畳を途切れたところを踏んだときには、遠目に見える一部がログハウスと隣接する広い柵の中、1匹の馬らしき人をその背に乗せた生物を囲む4つの人影の姿が在った。


 間も無く馬の様な生物は走り出す。割とスムーズに…柵の中を。

 案外簡単に乗りこなせるものなのか、今操っている姫騎士ジャンヌに心得があるのか。ハッキリはしなかったが…花子は見つけた。今一応仲間と言う体になっている男達。鏡砕きの四英傑と――姫騎士ジャンヌの姿を。


 ――やっぱり杞憂かしら。


 花子がそう思い、移動しかけた時…姫騎士ジャンヌを乗せた馬に異変が起きた。

 今さっきまでは穏やかな歩みを見せていた馬が急に暴れ、駆け出し、飛び越える――柵を。


 「誰かぁー!」


 「おぉいキミィー!」


 「ジャンヌー! お前ッ馬から降りろぉー!」


 「何やってんすかー! もうー!」


 「早く手綱を離しなさーい!」


 次に聞こえるのは姫騎士ジャンヌの妙に甲高い悲鳴とそれに手を伸ばし、追い掛けながら姫騎士ジャンヌへ呼びかける…女性物の下着姿の鏡砕きの四英傑。青、黄、赤、緑の叫び声。

 間も無く騒ぎを聞きつけてか柵に面して建てられた建物の中から1人の人影が現れ、鏡砕きの四英傑へと向かい始めた時…花子は走り始める。


 ――やっぱり見に来て正解だったわ。


 計画の前段階…面倒ごとがあっては困る。たとえNPC間であっても。今この面倒ごとの火を消すためには己が出張るしかない。

 火から生じる煙は、今回狙うターゲットの目に付くかもしれないから。


 軽い身体。昨日の集団戦法により使われることのなかったより早く繰り出される足。

 現実の物とは明らかに違う、やや人間を超えた身体能力。昨日の狩りを経てより一層強化されたそれらをもって花子は進み――柵を飛び越え、今NPCの前で横並びになり、土下座し始めた鏡砕きの四英傑の方へ迫り――


 「ちょっと待ったぁッ!」


 土下座し始めた鏡砕きの四英傑とNPCの間に入る形で軽く土ぼこりを上げて足を地面で強く踏み、花子は強引に停止しつつ声を上げる。

 そして向き合う。明らかに許す気のなさそうなしかめっ面の、NPCであろうチュニック姿の髭面の男へと。


 「ウチの身内がバカやってごめんなさい。さっきの馬を買いたいのだけれど…どれぐらいになるかしら?」


 想定外が起きた中での咄嗟のフォロー。大して次なる展開を考えずに花子は言葉を紡ぎ出した。余裕はないが、冷静な表情で。碧い瞳に…もじゃもじゃの顎髭を弄り、思考したように視線を上向かせるおっさんを目の前に。

 その小さな背中に向けられるは4つの視線。まるで救世主でも見るかのような眼差しを受ける花子の口元は微かに歪む。


 「お嬢!」


 「おっ…お嬢!」


 「ムカつくから黙ってて」


 青と赤からの情けない…縋りつくような声を花子は冷たくあしらい――考える。きっと吹っかけようとしているのだろう、ニヤ付き始めた髭面のおっさんを見据えつつ…これから自分たちが取り得るべき選択肢を。

 間も無く、髭面のおっさんは口を開いた。下目遣いで花子を見下し…高圧的で攻撃的な笑みを浮かべながら。


 「そぉだなぁ、あの馬は良い馬だったからなぁ…これで手を打ってやる」


 価値があると思わせるテクニックだろうか。惚気の様で自慢げな勿体ぶった言い方をしつつ、髭面の男は片手を開いて見せた。

 並ぶ5本の指が指し示す値段はどれ位かは解らないが…花子は辟易したようにため息を吐き、何気ない風に当たりの様子を見まわす。

 ――その時、視界に入るのは地平線の彼方まで続くような草原と…街側に広がる廃墟群。その向こうに見える時計塔を中心として立ち並ぶ背の高い建物群ぐらいだった。間違っても人影などは見えはしない。


 「5ゴールドとは良心的ね」


 「ハッハッハ、こりゃ一本取られた。それじゃあ俺んとこは破産しちまうな」


 髭面のおっさんが笑っていたのもほんの少しの間。眉間に皺が寄り、目に力が帯びて…その態度を豹変させて花子に凄んだ。大凡子供。大凡少女に対するものとは思えぬ態度で。


 「ふざけてねえで払え。5000ゴールドッ」


 「ッ…」


 一瞬花子はその気迫に怯み、身を引いて気圧されたようにしていたが…彼女の右足は透かさず踏みつける。髭面のおっさんの足。その…小指を。柔らかそうなブーツ越しに。


 「ぐあッ!」


 その痛みに髭面のおっさんは絶叫。身体はくの字に曲がり、顎は下がり――


 「ハイッ!」


 「ブッ!」


 花子は…その横っ面を透かさず殴った。腰の入り、体重の乗った…右フックで。

 彼女が静かに考えた方法。導き出した答え。それは――力による現状変更であった。


 「死人に口なしッ! 変態共ッ、コイツを殺るわよッ!」


 「殺しはマズいっすよ!」


 突然の花子の暴挙に鏡砕きの四英傑は時が止まった風にしていたが…花子の物騒な一言に彼らの時は戻り、一番復帰の早かった赤が、制止を求めるかのように花子に呼びかける。


 「ハイハイハイハイッ!」


 しかし彼女は直ぐには止まらない。倒れかける髭面のおっさんがダウンすることを許さず、左フック、右フックと順に高回転に叩き込み…トータルで4発目となる左フックを彼の顔面にぶち込み、地面へと殴り倒した時――集まる。4人の変態が。髭面のおっさんを守るかのように…核として。


 「ベルト外せッ…後ろ手に縛るぞ!」


 「許してください、許してください…世知辛い!」


 「しょうがないっす! これが何も持たない者だけが切れる最強のカードっす!」


 「何浮かねェ顔してんだッ! これも未来の為、仲間の為…そうじゃねえのかッ!? 皆ぁッ!」


 見かけ通り結構タフらしく、髭面のおっさんは目を回しては居るようであったが…失神には至っていないらしく、言葉もなく目をパチクリとしている。

 それを縛り、無力化していくのは罪悪感を感じた風にする青、緑、赤。そして――なんだか今行っている非情なる行いすらも綺麗な言葉でコーティングし、鼓舞する言葉とするサイコ、黄。彼にだけは一切迷いは見られなかった。


 「よしッ、目撃者無しッ…急ぐわよ、そいつを隠すの」


 額に汗を浮かべ、余裕のない表情を浮かべる花子は広い土地を囲む策に面した建物へ駆けて行き、その後ろを縛った髭面のおっさんを担ぐ4人の変態が続く。


 「うおおッ! だれか――ッ!」


 「静かにッ」


 「グエッ!」


 花子が柵に面した建物に行き着きかけた時、髭面のおっさんの意識は覚醒。口から悲鳴を上げかけたが…すぐさま彼は地面に伏され、4人の変態の内の1人。緑に腕を首に回され、キュッと絞められたことによって動かなくなった。


 緊張に目を見開いてその様を眺めていた花子であったが、緑の迅速な対応に胸を撫で下ろした後に、今行き着いた建物の壁に背を貼り付け、オーソドックスな十字窓から建物の中を覗く。

 ――中には四角い縦長のテーブルとそれを両サイドから囲う木の椅子が4つ。部屋の壁際には食器棚。隅に薪ストーブ。奥側に扉が1つ取り付けられているのが見え…そのドアノブが回ったのが見えた。


 ――時間を稼ぐためにも中に居る連中もどうにかしないとね。


 口を噤んだまま、花子は十字窓から顔を引っ込め、腰下外側へと手を伸ばし、今建物の横の馬小屋に動かなくなったおっさんを置く、鏡砕きの四英傑の1人である赤に指を差し…彼が気が付いたところで腕ごと手を己の前へと扇ぐように前へとやった。

 2100年における日本の軍需産業の根幹を成す企業、猫屋敷製作所。それを運営する一族の令嬢だからこそ自然と出た、現在日本国防軍で使用される花子のハンドサインは赤に伝わったらしく、彼一人だけ、身を低くして花子の方へと駆け寄った。


 「こうなった以上仕方ないわ。計画が前倒しになるけれど、私たちはこれから馬を確保する。その旨と今の現状をボスに報告。指示を仰いで」


 「任せてくださいっす」


 年下の…それも自分達よりも10程は若そうな少女の命令に赤は素直に応じ、十字窓の向こう側から見えぬよう下を通り…走り出す。

 ベウセットの威光か、そういうロールプレイとして楽しんでいるのか…飯の恩か。良く解らないが、動いてくれた。その事実を確認した花子は、再度十字窓を覗く。


 十字窓の向こう。明るい外からでは薄暗く見える向こう側には、先ほどまではなかった金髪の、三つ編みおさげの、頬に雀斑の伺える己とそう歳は変わらぬであろう少女が食器棚の下部。そこに取り付けられた小さな引き戸を開き、何やらそこから何かを取り出さんとしている様子があった。

 花子はそれを見、手を赤の抜けた鏡砕きの四英傑のメンバーの方へ、人差し指をピンと上へと立てると軽く指先で円を書くように動かした。

 

 だが…反応はない。振り返ればキョトンとした顔をする青、黄、緑が馬小屋の影、ぐったりとしたおっさんの傍にて花子を見ているだけだった。


 ――よく考えて見たらそうよね…。


 己が前提とするもの。それが誰にも通用するものではないと花子は己に言い聞かせた後、ちょいちょいと軽く手招き。それに反応して近寄ってきた3人を近くに置いた時――鼻から小さく息を吸った。


 「髭もじゃの発見を遅らせるために家族もやるわよ。今リビングに居る娘は私がやるから、他をアンタたちでやるの」


 「解った。お嬢に合せる」


 青の返事を聞いたところで花子は十字窓を掌で2度ほど叩いた。

 シンとした室内に響く耳を突く強い音。風によるものには思えぬそれは、建物のリビングに居たおさげの少女の耳へと当然届き…不信感と共と移動を開始させる。

 音の発生源。そこにある何かを確かめるために。

 やがて彼女は出る。玄関の扉を押し、その向こう側へと。


 「ッ!? んーッ!」


 「ムーブムーブ! ゴーゴーゴー!」


 次の瞬間少女の口元は白い手に覆われ、首には腕が巻き付き、脚には蹴りでも入れられたような強い衝撃が走って、膝立ちになったところで背後に少女の大声と、背中の広範囲に何かが当たるのを感じた。

 彼女の背が預ける物。それは花子だ。

 腹部に抱き寄せる形でその細い首を締め上げ、自由に動かぬ身体を震わせ、手でバタつかせもがくおさげの少女を絞め落としに掛かる花子の傍では、彼女の掛け声で3人の変態がログハウスへとエントリーしていく。


 「なぁにさっきの…なにこの変た――ッ!」


 間も無くログハウスの中から聞こえるのは中年と思しき女性の驚愕の声。それは直ぐに遮られ、慣れない花子の腕の中でおさげの少女が無事絞め落とされたとき、3人の変態はログハウスから出てきた。


 「全部の部屋見た?」


 「オールクリア、ミッションコンプリート…!」


 「グッジョブ、よくやったわ…!」


 青は花子の問いににこやかに応え、親指を立てた。なんだか吹っ切れたように、迷いのない輝かしい笑みで。

 対する花子も悪そうな、攻撃的な笑みで笑い、白い歯を見せながら親指を立てて返し…厩舎の方を顎でしゃくる。


 「髭もじゃも家の中に」


 「了解ッ」


 他3人に花子は指示を出した後、落ちたおさげ少女の胸倉を掴み、引き摺り…それを開かれた玄関の向こうへ。

 余りにも雑なやり方に緑は下唇を前歯で噛みしめ、戦慄を覚えたような物凄い顔をしていたが…すぐに彼等の行動は開始され、間も無く、ログハウスの玄関に髭面のおっさんも突っ込まれた。


 「お嬢、俺ら今後この世界には帰って来れなさそうですね」


 おそらく親子であろう髭もじゃとおさげの少女。2人がぐったりと倒れる光景が閉じられる扉により見えなくなり行く中、なんだか寂しそうに青は呟く。


 「ヘーキよ、ヘーキ。一々NPC1人1人がプレイヤー1人1人覚えてるわけないわ」


 対する花子はあっさりとしたものだ。所詮はゲーム。履いて捨てるほど居るプレイヤー共を一々覚えてはいないだろうと…侮ったように言う。


 「流石に治安組織は覚えてそうじゃない?」


 「不安だったら戻って来なければいいだけの話でしょ」


 鏡砕きの四英傑。下着姿で街をうろつき、後ろ指を指され、鼠を追い掛けまわし…人攫い、強盗にすら手を染め、善とは対極の立場に身を窶しても、彼らは最初の志は忘れてはいないのだろう。青は歯切れの悪い様子であった。

 けれどそれはビジネスマン花子には関係のない話だ。適当にあしらい、彼女は動き出す。馬が居るであろう馬小屋へと。


 「お嬢ォ、ジャンヌはどうすんだ?」


 「アイツはダメね。これからの過酷な戦いについて来れそうにないわ」


 「聞き捨てならねェ。俺たちは仲間じゃなかったのか…?」


 「強襲前にやる様な仕事を今アイツのせいでしちゃったせいで治安組織を敵に回す可能性が出てきた以上、もう時間は無駄には使えないわ。お金欲しいなら割り切りなさいよね」


 何かと仲間仲間とうるさい黄と、姫騎士ジャンヌを捨て駒とでも考えていた風な冷ややかな花子。

 前者は説教するかのように、後者はそれを面倒にした風に。

 だが、その不毛になりそうな会話は直ぐに途切れる。目の前の厩舎。そこに疎らに居る複数の馬を目にしたことによって。


 「さぁ、腹括りなさい。やるわよ」


 姫騎士ジャンヌのヘマ。微かに嫌な予感を感じつつ、花子は呼びかけ、他3人を引き連れて開始する。

 モグモグカンパニー強襲に必要な要素。馬。少しばかり早まったそれの強奪を。ゲームの世界とはいえ限りなく現実に近い世界の中で犯罪に手を染める躊躇いなど、一切見せることなく。

2100年の日本。まあ、いろいろあって現代とは違う世界観なんですね。その辺りの説明もしていけたらと思います。話の合間合間にでも。


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