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攻略組と悪意の野次馬

ポーク●ッツ再び。彼もまた…お気に入りのキャラです。


 早朝の顔から朝の顔へ。街の表情は変わり出す。

 日は上り始め、夜の気配は薄まって…朝特有の爽やかさを感じる冷たさが辺りに満ちる。空は青く、太陽はより明るく。街の中は本格的に人で溢れかえる。

 NPCも、プレイヤーも…誰もが――その日の目的のために。


 始動し始める街。活気が溢れるその中心。そこから少し外れた位置にある、空き家と崩れて廃墟となっている建物が多く見られる街外れにて…とある3人組の姿が在った。


 1人は薄汚い靴を片手に、時折それを嗅ぎながら迷いなき歩みで集まりを先導するコック服の男。

 1人は攻撃的で艶めかしい妖笑を口元に浮かべる頭装備だけを外した、チェーンメイル姿の美女。

 1人は…今己の置かれた現状に迷いを感じた風な…チェーンメイル一式に身を包む少女。


 一見して何を目的としているのか解らない、その集まりを先導していたコック服のおっさん…いや、変態は立ち止まる。

 比較的大きな廃墟。灰色のレンガ造りの、蔦がびっしり壁を這いながらも…まだ致命的なダメージがない3階建てのそれを前にし、瞳を閉じたままその手にある靴の臭いを鼻腔に吸い込んで――。


 「――あぁ…ここだね。間違いない」


 コック服の変態は呟いた。頬を染め…うっとりした表情をして。


 「ボス、どうしてこのおっさんの嗅覚ならポーク●ッツを探し出せると思ったの?」


 何と精悍な顔つきなのだろう。まさに何かを直向きにやり遂げた漢。一切の迷いも曇りもない横顔を花子は一瞥後…ベウセットを見る。何故彼女がこうしたのか…一切その腹の内が見えない様子で。


 「奴は靴の臭いだけでポーク●ッツの身体的特徴まで言い当てた。この手の変態が超人的な能力を持っている例を今まで幾つか見て来たと言う経験則もあるし、恃んでみるのもありと考えた」


 けれど返ってくる言葉は拍子抜けするような…其れっぽくは確かに聞こえるが、少し考えて見れば薄氷の上に立つ、余りにも危うい論理。

 花子は耳を疑ったようにしながら頭の中でその言葉を正しく認識して、口を開く。片脚に体重を掛けるような立ち方をし、腕を組みつつ。


 「…よくもまあそんな危うい論理の上に立つ可能性に時間割いたわね」


 「ふっ、実のところただの悪ふざけだよ。だがいいだろう? 当てもなく探すよりかは」


 「呆っれた…」


 微笑交じりに返答を返しつつ、ベウセットは建物へと近寄り始めた。よほど逃がさない自信があるのか…足音など一切気にした風もない歩みで。

 花子はただその後ろへと半目で着いて来て…やがて行き着く。何らかの利用者が居るであろう、使用感のある廃墟の正面玄関へと。コック服の変態と共に。


 「さて、私の気まぐれが吉と出るか凶と出るか。見てみよう」


 「僕の鼻は嘘はつかない。いるよ。この先に」


 コック服の変態の力強い肯定の後、ベウセットは強い視線を横顔に感じつつ、前蹴りで正面玄関の扉を蹴り、一見丈夫そうであった扉はボロボロに砕け散った。

 パラパラと木端を散らせて崩れたその向こう側には…雑草が煉瓦の合間から生える床と、比較的その被害の少ない部分に敷かれたベットロールの上で背を向けて横たわる、君の強いオレンジ色の髪の男の後姿。

 部屋の中にはいろんな小物、おそらく彼の戦利品であろう物が散乱していて――彼は眠っていた。それは大きな鼻提灯を膨らませて。


 「本当に居たよ」

 

 花子が思わずこの状況に突っ込んだ瞬間、ベウセットの背越しに見えていたポーク●ッツの鼻提灯が弾けた。


 「うぅん…なんか寒いような…」


 「さぁ、エサだぞ」

 

 粗末なチュニック姿のそれが一言呟いたと同時に、ベウセットは振り返って視線をコック服の変態に、指先をポーク●ッツへと向けた。


 「…! お前らっ――なんだこのおっさん!? 誰ッ!?」


 ベウセットの言葉を合図にコック服の変態は襲い掛かる。まだ微睡む意識。体勢の整わぬポーク●ッツへ。 

 響くはベウセットの存在に気が付き、襲い掛かってきたコック服の変態にたいしての気の動転したポーク●ッツの叫び声だが…決着は直ぐに決する。

 コック服の変態が首に巻いていた赤いスカーフが…ポークビッツの両手首を後ろ手で拘束したことによって。


 「ふぅ…無事に捕まえられて良かった」


 「よくやった。靴を持って行っていいぞ」


 いったい自分は何を見ているのだろうか。

 己に背を向け、会話を交わすコック服の変態とベウセットの姿を花子は遠い瞳で見据える。視界の行き着く先。奥にて…うつ伏せになり、ベウセットに背中を踏まれ、尚もエビ反りで跳ねるポーク●ッツの姿を僅かな視界の領域に置きながら。


 「では早速…」


 「ちょっと…! なになになにッ!? 怖いよ! 怖ぁいッ!」


 コック服の変態は動く。ポーク●ッツの足元へと。伸びる。バタつく彼の足へ…変態の手が。

 

 「おねーさーん! もう悪い事しないから助けてくださぁい!」


 楽しそうににやつくベウセットに見下され、踏まれるポーク●ッツは必死の形相であった。

 己の脚に乗り、押さえつけてくる謎のおっさん。それにより…靴を脱がされるという訳の分からない状況と確かなる恐怖に。


 「これは――収穫したての香り。現地調達でしか味わえぬ無二の物…!」


 「ぎゃああああああッ! へっ、変態だァーッ!」


 靴は間も無く脱がされて、コック服の変態は早速それに鼻を押し当てる。恐怖に騒ぐポーク●ッツの声をバックに。

 その姿は誰がどう見ても紛うことなき…ポーク●ッツの言葉が言い表す変態の姿。何処に出しても変態と言える様相で…堪能し始める。獲れたての獲物の香りを。


 「ちょっとぉッ! なんか穢された気がするんですけどォ!?」


 「気で済んでいる今、次の言葉は慎重に選べ。お前はこれから私に無条件で協力する。ここまでは良いな」


 「わかったわかった! 何でもしますってば! だからこのおっさんどうにかしてッ!」


 平和な平和な現代日本。2100年の行き渡る秩序の中で暮らしてきた花子が生きていた世界。

 その中で見る機会がなかったであろう己の使い魔の一面は…どうもこの手の事に慣れている。そう思わせてくれるような手際。ポーク●ッツに根性がなかったことも相まって、すぐに己の要求を飲ませた。


 「静かにしてくれないか。この神聖なひと時を掻き乱してほしくない」


 けれどベウセットの今からしようとしていること。助かりたいポーク●ッツの都合などコック服の変態には関係はない。

 欲望のまま、ありのまま。彼は言う。何か真っ当な要求。意見をしているのではと…こちらが何か間違ったことでもしているのだろうかと錯覚するレベルの真直ぐな、良い淀みのない良く通る声で。


 「あぁ、解っているとも。この場から消えてやるからそいつの上から退け」


 花子がドン引き停止し、ポーク●ッツが今にも泣きだしそうになる最中、ベウセットは何事もないかのように言って、コック服の変態がポーク●ッツの上から退いたのを確認した後、彼の首根っこを捕まえて明るい光の差し込む建物の出入り口の方へ。

 ポーク●ッツを引きずり、出入り口付近に立つ花子の肩を通り過ぎ様に叩いて、ベウセットは崩れ去った扉の向こうへ。

 我に返った花子もその後へと駆けだし、付いて行く。


 「さぁ、友よ。お前が最初にするべきことは実に簡単だ。昨日紹介してくれたお友達を集めて私の元へ連れてくるだけでいい」


 「そうしたら解放して貰える…?」


 「最初にするべきことと言ったろう? 当然その後も幾つか役目がある。私の言う通りにすれば大金持ちになれるが…こちら側の意にそぐわない行動を取れば地獄の果てまで追い詰めてさっきの続きをさせてやる」


 行く先を向いたままのベウセットと…尻を地面に擦る形で引き摺られるポーク●ッツ。

 前者は相変わらず淡々と。後者は媚びる幼子の様な顔、揺れる瞳でベウセットを見上げ、会話を交わしていたが…コソ泥の性だろうか。ベウセットの言う金の臭いのする話に彼は変える。目の色を。不信感の色濃いながらも。


 「行け。時計塔の短針が12を指すまでに仕事を終えて広場に集まるんだ」


 間も無く、ポーク●ッツの首根っこを押さえていたベウセットの手はそこから離され、ポーク●ッツは自由になる。

 彼は間も無く裸足のまま立ち上がると、歩き出す。不服そうに疑った様な懐疑的な視線を何度かベウセットに向けつつも…彼女の言った金の匂いのする話。何かの罠かもしれないその魅力の残り香を気にした風に。


 そしてその姿はやがて見えなくなる。朽ちたレンガ積みの建物が遮る、曲がり角の向こう側へと進んだことにより。

 ベウセットはそれを見届け、歩き出す。相変わらず迷いのない歩みで…街の中心へと。

 花子はただ着いて行く。ベウセットの思い描く計画の詳細を知らぬままに。朽ちかけた廃墟とまだ人の住む建物の入り混じる…街外れにて。青い空の下、風に頬を撫でられながら。




 ◆◇◆◇◆◇




 街の中心に立つ時計塔。高く、大きなそれの短針はもう間もなく9を指さんとする時刻がやってくる。

 寝坊助なプレイヤー、同じようなNPC。よっぽど生活リズムがくるっていない限り人が起きるであろう時。

 青空の下、人通りの多い路地などには様々な人間。その集まりがあった。


 NPCがやっている出店。

 きっと街の外で獲ってきたのであろう、得体のしれない肉を売るプレイヤーの屋台。

 格闘術をレクチャーするという振り込みで、受講生を募ろうとする強者ぶる付け焼き刃感満載な舞を披露する、身内で褒め合う小規模ギルド。

 NPCに使われる形で働くプレイヤーや、目的もなさそうにふらつくプレイヤーなど。それは様々であった。


 恐らく最後の例に当たるであろう花子とベウセットの姿は――その時、やや街の中心から外れた、木々生い茂る良く手入れをされた公園の中にあった。


 「呼びかけに応えて集まってくれた諸君。私は攻略組団長、コルンバだ。昨日、丸1日掛けた調査の結果、我々はこの階層のボスが潜んでいると思しき場所を見つけた!」


 灰色の髪。どことなくあどけなさが残る…使命感と正義感溢れる雰囲気、面構えの男…コルンバは、公園の中にある、石造りのステージの上で呼びかけていた。彼の呼びかけで集まったのであろう、意識の高そうな複数のプレイヤー達を前に。

 訳も解らぬままベウセットに連れられた花子は、なんだか凄く志の高そうなその連中の中に紛れ…白けたような半目でコルンバを見据えながら、片頬を膨らませ――ふにゃふにゃの紙コップを腕の中に抱えてポップコーンを頬張っていた。


 「清掃用ロボットの元祖みたいな名前してるわ。丸めたティッシュ相手に熱い戦いを繰り広げそうね」


 ベウセットの隣で、花子は呟く。思ったことを。何か言いたげな…何処か皮肉の籠った物言いで。相変わらず可愛げのない…半目で。

 それに反応し、鼻をフンと鳴らして笑うのは彼女をここに連れて来た張本人。ベウセットだった。


 「そうではない。空を飛ぶ方だ。私たちにとってはな。奴の足に括りつけられた紙切れも此処にいる理由と言ってもいい」


 暗喩的な言い回し。ベウセットが表現するコルンバが何を指すのか花子は理解しきれなかったが、なんとなく今この場にベウセットが居る理由を遅れながらに理解し――もう1掴みポップコーンを手に取って、口に運ぶ。


 「俺達攻略組には沢山の仲間が必要だ。敵は未知。その場所に生息しているモンスターがどんなものなのかも一部しか解っていない。この世界の中で、最も危険な戦いに身を投じることになるだろう!」


 ゲームの正しい楽しみ方だろう。ロールプレイング…キャラクターに成り切るというのも。まさひこが嘘をついていないとすれば命を懸けたほかならぬ戦場では特に。ただのゲームとしてしまえば場合によっては白けられ、白い目を向けられるような物ではあるが…少なくとも今この場に集まった者たちの殆どはそうでは無い様だった。

 誰もが、真剣な眼差しで…何かこれから過酷な道を行くかのような、人類でも救いに行くかのような精悍な顔をして熱い視線をステージの上の男、コルンバへと注いでいる。

 

 「一口貰っても?」


 「いいわよ。はい」


 それらを眺めつつ、ベウセットは花子に差し出されたふにゃふにゃの紙コップの中から少量のポップコーンを手に取って、それを口へと運ぶ。 

 ポップコーンの味はバターベースのシンプルな物であるが、まだ朝食を食べていない空きっ腹を抱える、長く、壮大なコルンバの前置きを聞き流しながらの2人の舌には幾分か美味しく感じられるものだった。


 「それでも肩を並べて戦ってくれる…最前線で命を賭してくれる…我こそはと言うものがあれば、俺達に力を貸して――」


 自己陶酔。

 言うなればそんな表現になるだろうか。一向に肝心の場所を言い出さないコルンバに疲れたのか、ベウセットは小さく手を挙げた。

 そしてその姿はコルンバの目に留まり…彼の言葉を詰まらせる。


 「茶番はいい。場所を吐け。何故そう思ったのかも聞いておきたい」


 コルンバがベウセットに注目した時に出来た一瞬の間。そこに図々しくすら思える上から目線の…傲慢なベウセットの言葉が挿入された。

 その空気の読めない言葉は場の空気を突き崩し、一種のヒロイズムに染まっていたその場を否定するかのような空気を流す。

 場は凍り、やがて敵意にも似た刺すような視線がその声の主へと多方から向けられるが…コルンバはその一端には属せず、咳払いを1つすると、再度口を開いた。


 「そうだな。悪かった。場所はこの街から北に進んだ森の中。理由としては森の中の奥地にある、大きな木が一本だけ生えたボスエリアと思われる広い空間の存在だ」


 「まだ戦ってはいないんだな?」


 「あぁ。この世界は現実と変わらない。命が掛かっている以上、慎重になるべきと考えたんだ」


 「お利口だ。協力に感謝する。思う存分続きを楽しんでくれ」


 本当に端的な、必要最低限の会話でベウセットはコルンバから情報を聞き出した後、踵を返す。

 てっきり一緒に戦ってくれると思っていたのだろう。コルンバはその背を向け歩き出したベウセットの姿に戸惑うが…何か彼の中で理解が及んだらしく、どこか呆れを混じらせた、冷めた笑みを口元に浮かばせた。驕る者への反抗心を露わに。


 「余計なお世話かもしれないが、攻略組の同士として忠告しよう。自分の過信は命取りになるとな」


 「任せろ。剣より舌が動くお喋りと律儀に付き合うお友達よりは戦えるつもりだ」


 割とナチュラルに人を見下す性格であるベウセットであるが…ここまで露骨に蔑み、揶揄うのも珍しい。聞き出したい情報を得るまでの時間が思いの他掛かったことによる小さな報復、嫌がらせ…嘲笑の類だろうか。

 背後から投げかけられたコルンバの言葉に足を止めず、視線を真直ぐ進行方向へと向けたまま返事を返したベウセットに追いつき、その横に並んだ花子は、横目でベウセットの横顔を見上げる。背後から向けられる無数の敵意の視線を感じながら。

 けれど…花子の視線の先にあるベウセットの横顔は、別に何か嫌がらせをして楽しんだ風でもなく、淡々としたものであり、普段と変わらないものだった。


 そこで花子はなんとなく察することが出来た。ベウセットの思う計画の具体的な部分を。今確認した情報。そして、一見無意味にも思えた挑発の狙いが。

 そして笑う。口元を緩めて。


 「んふふ…お人形さん達はちゃんと踊ってくれそうね」


 「個人的にはもう少し強めに発破をかけてやりたかったところだったんだがな」


 「あの意識高そうな使命感に満ち溢れた顔見てたでしょ? きっと黙って居られない筈。じゃなきゃ沽券に関わるもの」


 「なら、せいぜい我々は奴らの健闘に期待しよう。…我々の為にな」


 背の高い木々とその枝葉の間から差し込む木漏れ日が落ちる、くすんだ色の石畳。

 石造りのステージのあった公園の中心から街の方へと遠ざかりながら、ベウセットの隣を花子は歩く。横目でその顔を見上げながら。確認を取ったわけではないが、ベウセットの計画を自分なりに理解して。


 日はさらに高く上がる。爽やかに吹く風の中、草木は揺れて。騒めいて。

 本格的にプレイヤーが街の外へと出て行く時間…2つの人影は消えていく。街の中心へと。獅子を出し抜く見えざる糸を張り巡らせるべく。

オンラインゲームの中で何かに成り切っている人。それを茶化したくなってしまうこの感情…解りますかね? 性格が悪いと思いながらも…にやついてしまうよ。


※残り九話は明日上げます…暫しまたれい!

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