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結成、モグモグカンパニー

ステータス極振りと言うロマン。


 小さく灯るランタン。ゆらゆらと揺れるそれからの光が鈍く反射するウッドフローリング。

 複数の足音と共に前者は揺れ、後者は軋み、やや沈む。複数の慌ただしい足音と共に、違った意味でそこ…夕食時の酒場は賑やかになる。


 「なっ、殴り込みだぁ!」


 「離せコラー! 喧嘩だったらタイマンだろうがぁ!」


 「やめろぅ! 俺は何もしちゃいない!」


 「待ってください! 僕プレイヤーです! プレイヤーですってば! まだお金も払ってないんですけどー!?」


 戸惑う店の利用客。それらは…問答無用につまみ出される。突如として店内へと踏み込んできた者どもに抱えられ、担がれ――夜空の下のスイングドアの向こう側。青い月明かりで染まる外の世界へと。

 

 「とうとう尻尾出しやがったな! 行くぞお前ら! 食い逃げ犯だッ! 凶悪犯罪者共を捕まえろー!」


 「オーッ!」


 直後に聞こえるはプレイヤー達の動向を監視していた衛兵たち。スケイルアーマーを着こんだそれらは口実が出来たことを歓喜したかのように声を上げ、向かっていく。

 スイングドアの前に押し出された幾人かに向かって。


 「今の見てなかったんすか!? 俺達悪くない!」


 「おんおんおん!? やんのかこらぁ! ポリ公共がァ! 来――ぐっあぁっ…! いったい、暴力行為やめてくださぁい!」


 「不可抗力だァ! 不当逮捕だぁ! 捕まってたまるかァ!」


 「わーッ! ごめんなさいごめんなさい! でも僕悪くないんですッ! そこにいる人たちのせいなんですーッ! お金払いますから見逃してくださいーッ!」


 ある者は立ち向かう姿勢を見せ、ある者はその場から逃走を試みる。

 前者は早々に数で抑え込まれ、後者はゴールドを撒き散らしながら夜の街へ。大体がチェーンメイル姿のそれらが、悲鳴を夜空に響かせて。


 そののちの静けさの後、スイングドアが大きく弾かれる。壊れてしまうのではないか。そう…懸念してしまいかねない勢いで。

 きいきいと音を立てて戻るスイングドアの前。目一杯の金貨を積んだ比較的小さな荷車を引く…立派な体格の、背の高い白銀の髪の女の姿が1つ。

 ゆっくりそれは進み…傾ける。荷車を。勢いよく。


 「そりゃー!」


 掛け声と共にひっくり返された荷車は横倒しとなり、その上に積まれていた金貨の山は散る。金色の魅惑的な輝きと共に…店内へ。

 カウンターテーブルの向こうには、ただ成り行きを淡々と見守る無難な顔つきのNPCと…目を引ん剝き、厨房からこっそり半身を覗かせるおばちゃん。

 それらへ向かって白銀の髪の女、オルガは進む。肩で風を切り…悠々と。


 「そこでこそこそしているおばちゃん…今オルガさんがぶちまけた金貨の山で、あるだけの料理見繕ってくんなッ!」


 カウンターテーブルの前にて止まったオルガは、己の後方にある金貨の山と横転した荷車を親指で指し、口元から白い歯を覗かせて笑う。

 直後にスイングドアの向こうから現れるは…たくさんの人。プレイヤー達。オルガをリーダーとする者どもの襲来だ。


 「いや~、楽しみっすねぇ。まさひこのパンケーキビルディングでの豪勢な夕食って言うのは」


 「あんま期待しない方がいいと思う。現実世界の飯の方がうまいっしょ。絶対」


 「私的には~、酒飲めればなんでもいいって感じ~」


 「未成年に酒は…と思ったけど…そっか。中身おっさんとかにーちゃんの可能性大なのか」


 そしてそれらは席へと着く。各々会話をしつつ。

 店に入りきらない者は店の前周辺の石畳の上へと座り…始まる。この獅子の集まりの夕食の時間が。


 周辺の店舗も巻き込み、それは始まる。同じような金貨を積んだ荷車と大量の客とで。

 しばらくして飲み物は行き渡る。オルガの突入した店の他、同じように金貨の山を積まれた複数の店によって。

 オルガは外へと出、掲げる。右手に持った板張りのジョッキを。繁華街の通路を遮断、占拠する…自分について来ようとする者どもの顔を見まわして。


 「えー…皆さん。飲み物は全部行き渡ったかな。無い人は手を上げてください! だいじょぶそうっすね~」


 今にも酒を…ジョッキに注がれたビールを飲みたそうにするオルガ。

 彼女が音頭を取ろうとしたとき…彼女の傍に立って居た橙色の髪。角刈りのおっさん…ヤスが手を上げた。

 ――右手に、ジョッキを持っているにも関わらず。


 「ダブルジョッキがご所望かね? 欲張りさんめ」


 「いえ、そういう訳じゃなくてですね。せっかくだしこの集まり…ギルドの名前ぐらい今決めちゃっていいんじゃないかと思いやして」


 周囲の視線を向けられる中、ヤスは提案する。このまさひこのパンケーキビルディングにおいて、現状最強の組織であろう自分たちの名を付けんがために。


 「えぇ? あーじゃあ…ギルド名は…いいや、モグモグカンパニーで。はよ酒飲みたいし。じゃあそういうことだから。みなざん…今日はお疲れっしたー! かんぱーい! うぇーい!」

 

 鬱からの躁。話だしからの終わり。しり上がりにテンションの落差を感じる物言いで言い、オルガは右手に持ったジョッキを掲げた。ギルド名などどうでもいい。ただ、酒が飲みたい。そんな腹の底が窺える様子で。


 「かんぱーい!」


 オルガの音頭の後、続くモグモグカンパニーのメンバーの声が続き、そして始まる。初めての狩りの成功を祝う宴が。歓喜の声と共に。

 金の力で貸し切り状態にした…いや、占拠した店。その周辺の道路にたむろし、それらは酒や料理、仲間たちと勝利を分かち合い始める中、オルガは踵を返し、向かい始める。

 ――占拠した店のうちの1つ。その前に置かれた、幾つかの立ちテーブルがある辺りにいる集まり。己の主と同僚。最初の仲間とメガネをかけた腹心。見知らぬ緑髪の少年2人が立つそこへと。


 「これでやっと晩御飯が食べられる。お前たちはどうせお金の事を心配して碌な物を食べられてはいまい。今晩は遠慮せずお腹が爆発する勢いで食べ給えよ」


 オルガ、そしてその後ろについてきたヤスは集まりへと合流。幾つか立つ、立ちテーブルの1つを囲む。


 「それで…少年。その2人はアレかね?」


 「うん。クラフト系スキルに極振りしてくれる奴ら。いろいろ声掛けたけど、こいつらしか話聞いてくんなかった」


 「そぉか…しかしでかした! よくやった少年!」


 丸い垂れ目と、丸い吊り目。2人の少年はオルガを見据えていた。テーブルの対面側から。

 前者は上目遣いに落ち着かない様子で、後者は今運ばれてきたフライドポテトを頬張りながら。


 「オルガさんだ。これからよろしくな。えーっと…そう、モグモグカンパニーのホープたちよ!」


 オルガは透かさずそれらに向けて片手をあげ、気さくに挨拶。

 兵站と言う部分を先に固めるつもりなのだろうとオルガの考えを推察する花子の視界内で、緑髪の2人の少年は動く。


 「うっす。自分グラって言います。建築スキルやりまっす。ヨロシクっす」


 フライドポテトを飲み込んだ丸い釣り目、吊り上がった眉毛の少年、グラがマイペースに。


 「グリです。ご期待に沿えるように鍛冶関係がんばります…」

 

 さらに続いて彼の隣にいた丸い垂れ目の、丸いキノコのふさの様な髪型の、丸い眉毛の少年、グリが上目遣いに物怖じした控えめな言い方で自己紹介をした。


 「結果は解ってるつもりなんだけど…一応聞くだけ聞いてあげる。オルガ、アンタ一か月以内にこのゲームクリアするつもりある?」


 グリの自己紹介が終わった直後、オルガが付くテーブルの後ろに位置する立テーブル。それを囲っていた花子は問い掛ける。あんまり期待した様子無く、フライドポテトを人差し指と親指で摘まみつつ、視線を…料理が並べられる円テーブルの上へと固定して。


 「ふふ…ご主人は飴を噛み砕いて食べるタイプかい? オルガさんはゆっくり口の中で溶かして味わうタイプなんだな。これが」


 ジョッキに入ったビールを飲み、口元に泡の髭を作った後、オルガは答える。両目を閉じ、腹の立つ様なドヤ顔をして。

 ――あくまでもこの状況はまさひこのせい。自分は悪くはない。彼女はそう思っているようだった。


 「はぁ…ボスの言う通りだったわね」


 辟易。微かな臨みすら簡単に吹き消したオルガの味わい深く勇ましく、静かな微笑みは、花子の心にそれを齎し…思わず大きく溜息を吐かせた。

 だが、隣でワインを飲んでいるベウセットから話を聞いていたために…そして、途中でゲームは外部的に中断されると思っているからか、花子はそれ以上踏み込むことなく黙った。塩だけで味付けられたシンプルなフライドポテトを口に運んで。


 「失礼ですが…親分、ベウセットの姐さんと花子のお嬢とはどういう関係なんです?」


 オンラインゲームにおけるタブーとされているであろうもの。リアルの情報を問うという行為。オルガの隣にいるヤスは余りゲームとかそういう物に明るい人間ではないのだろう。彼は何かまずいことをしたという感じでもなく、問いかけた。

 だが――それは花子もベウセットも…そしてオルガも。同じであった。口を挟もうなどとはしない。


 「ご主人はご主人だ。オルガさんとその仲間たちを使い魔として召喚した凄いヤツなんだよ。プリケツ君は共にご主人を守る同僚さ」


 「あぁ~! なんか前にニュースになってやしたね。人類初の群棲召喚がなんだとか…てぇと、ネオ中野魔術学校のお嬢さん。花子のお嬢は本当にお嬢なんですねェ!」


 姿を見られているのに身バレもくそもないと思っているゆえか、やすやすと素性の特定が出来てしまいそうな話をするオルガと、踏み込んでくるヤス。それらの会話に花子は首を突っ込もうとする様子はなかった。

 ただ、ブドウジュースの入ったカップに口をつけ、愛想のいい顔でこちらを見てくるヤスの視線を感じつつ、彼とは対照的に…不愛想に半目になるだけだ。


 「オルガ、このゲームは具体的に何をすればクリアなんだ? 念のために聞いておきたい」


 グリ、グラ、ライバック、花子。比較的に若い者たちが運ばれてきた食事を片付けることに集中し始めた最中、口からワイングラスを離したベウセットは問う。


 「まさひこが言った通りだよ。この世界は階層になってて、階層から階層に移動する手立てを探して進んで行くんだよ。具体的には各階層に存在するボスを倒して、その近くにある本を触るんだって。事前情報が間違っていなければだけど」


 何の鳥だろうか。良く解らないが、ターキーレッグのようなそれを手にし、オルガはさらに続ける。


 「どうせラスボスはまさひこじゃね。自分のゲームとはいえ大物ぶってしゃしゃり出てくるとかアイツはただもんじゃねー。オルガさんには解る。少なくとも承認欲求と自己顕示欲はラスボス級だ」


 「やれやれ…かくれんぼか」


 「わからんぞ~、自分だけ死なない様に何か小細工しているかもしれん。なんたってまさひこだからな」


 「敵として出てくるという前提で話を進めるが…鼻からゲームの敵キャラとして存在する腹積もりでいて置いて、そんな小物臭く、せこい真似をする意地もプライドもない恥知らずな奴がいるか?」


 「誇りも威厳も…昨日虐められることによって全て失ってしまったまさひこならやりかねん。真っ向勝負してあっさりやられそうならズルの1つや2つしたくなるような心情ではあるだろう。心身ともにボコられっぱなしともなれば気が済まんだろうし」


 オルガとベウセット。前者は骨ごとターキーレッグのような物を頬張りつつ、後者は前のめりにテーブルに肘を付き、ワインを味わいつつ…情報交換、意見を交わしていく。

 オルガはともかくとして、彼女にとても刺々しく、辛辣であるベウセット。それの横顔を花子は一瞥し、再度食事を再開する。


 ――何だかんだ言って仲良いのよね。この2人。


 2人の交わす会話を耳に挟みながら、花子はゴムの様に硬い肉にナイフを入れつつ心の中で呟く。外部から強制終了されるのがオチではあろうが…ゲームの中で出来ること。自分が目指すべき目標を今ようやく理解して。

 そんな彼女の視線の先では微かに揺れるテーブル。顔を上げれば仏頂面のめがねくんがいて、同じようにしてステーキ肉と格闘している様が見えた。


 ゲームの世界の2日目の夜。絶品とは言い難い、だが美味しい部類に入るであろう大味な夕食。

 それを取りながら花子は楽しむ。その場の雰囲気を。オルガをリーダーとする者どもとの一体感を。明日には道を違える者たちの中で、借り物の暖かさを。




 ◆◇◆◇◆◇




 夜は更けり、夜空は暗く…星空と青白い月が栄える。

 相変わらず街の中心の辺りには衛兵の姿は散見出来たが、街外れ。そこにはこれと言って衛兵らしき人影は見ることはできなかった。


 石畳も疎らに、建物よりも草木が目立つ場所。

 あたりからは虫の鳴き声が聞こえ、風が吹き、草木が騒めく音が聞こえる。

 上を仰げば満天の星空。それ以外光源らしい光源が無い故か、目が慣れやすく、街の中以上に明るく感じられた。


 そこへ場所に今現れた2つの影が現れる。1つは…180無いぐらいの身長の。もう一つは…160センチぐらいの。

 明るい月明かりを頼る形で、質の悪い紙に書かれた地図を眺め、歩いていた。


 「この地図に書かれてる宿って…昨日泊まったところと同じじゃない?」


 「私もそんな感じがしていたところだ」


 点々と伺える建物。元は街の中心部と同じような感じであったのだろう。

 蔦の張る、何か外部的な力を受けて崩れた風な廃墟交じりに…明かりの灯る建物が見える細い路地。

 寂れ、荒廃し…人の気配のないそんな場所をしばらく進み、会話を交わした時…前方。曲がり角。建物の影になっているところからゆっくり…複数の人影が現れた。


 「待ち伏せ…!?」


 「親切な奴が来たか。おかげで小銭が稼げそうだな」


 花子は思いっきり身構え、余裕のない顔をして立ち止まったが…その隣を行くベウセットは止まらない。

 武器も抜かずにそのまま進む。前方を塞ぐように立ちふさがった大凡5人組程度の人影へと向かって。


 「みっつけったよ~、俺の服取ってったねーえちゃんッ」


 身構える花子、そしてベウセットへと歩み寄りつつ…姿を現す。建物の影から、月明かりが照る場所へと。君の強い橙色の髪。黄色い瞳の男が。

 ――それは紛れもない…昨日花子の財布を引っ手繰った財布泥棒の姿。右手に反り返った凶悪なデザインのダガーを手に、強く強く、刃に月光を反射させて。


 「…ポーク●ッツか」


 「っ…その呼び方やめて!」


 眉間に険しい皺を寄せる花子の目の前。物陰から出て来た財布泥棒の前でベウセットは立ち止まる。普段と一切変わらぬ余裕の表情で。

 不用意にすら思える…身構えもせず、隙だらけなその姿の前には、声を荒げる財布泥棒。恥ずかしそうに感情的に叫んでいたのもほんの一時で、すぐに虚勢を張ったような、余裕窺わせる笑みをその顔に、ダガーを逆手に持つとその背に舌を這わせた。


 「おねーさん。俺が今ここにいる要件…解ってるよね?」


 「あぁ。また幾らか小銭を置いて行く気になったんだろう?」


 明らかに報復をしに来たであろう財布泥棒。もう既に勝つこと前提に話を進めるベウセット。

 2人の後ろにいる花子は背後から聞こえた物音に振り返り、退路が断たれたことを確認。ベウセットと背中合わせになる形で錆びたメイスを握る。

 ――その視線の先には――大凡4人ほどの男の姿。ベウセットの前には5人。左右は蔦の張る崩れた廃墟に挟まれた形状であり、今居る場所は其れに挟まれた狭い路地。逃げようのない袋の鼠。そう形容して差し支えない窮地だ。


 「ふふっ…いいね。剥ぎ取り甲斐がありそう。よし、お前らぁ! 行くぞぉ! 有り金全部頂いてやれぇ!」 


 心の準備も間も無く、それらは掛かってくる。

 そして始まる。余裕綽々のベウセットを背に、浮足立つ花子の戦いが。

 青い月下の元に。




 ◆◇◆◇◆◇




 青い月。青い夜空。満天の星空。

 廃墟と住居と自然の混じる月下の下での戦いは今、決着が付こうとしていた。


 人…いや、動物は相手に対し、圧倒的に優位であると認識した時…恐怖と言うものは薄れ、強く出るものだ。

 日中の狩り。得たEXP。急激に上がったレベル。

 圧倒的な筋力。丈夫さ…フィジカルを持っての戦い。強者側である花子とベウセットの2人が烏合の衆の戦意を挫くのに時間は要らなかった。


 「せッ!」

 

 「ぐえっ!」

 

 もともと同年代と比べ、極めて高い身体能力を持っていた花子は己の身体を覆うチェーンメイルを過信しつつ、ダガーを持つ者たちと対峙。

 メイスでダガーを受け、時にはチェーンに覆われた腕で刃を受け、前へ前へと出、ゴールドを敵側の顔に当てるなどして隙を作りながら戦いを繰り広げ――気が付けば左腕の甲でダガーの刃を払いつつ、最後の1人の腹部にメイスの柄を握りながらの右フックを食らわせていた。


 「やるな」


 涎を口角から垂らしつつ、腹部を押さえて崩れ去るならず者。それをにんまりとした、攻撃的な笑みで見下す花子へ…ベウセットは声を掛ける。

 己の部下。妹の成長を見届けるかのように…普段見ることができないほど、静かではあるが嬉しそうに。


 「動きがワンパターンって言うか…ね。序盤の敵だからかもしれないけれど、見切るの簡単だったわ」


 そう言ってメイスをベルトと身体の間に挟みこみ、花子は素っ気なく…だが、口元に笑みを浮かべながら言うと周囲を一望する。

 月が空高く上がる時刻であるがゆえに戦いの前よりかは影は少なくなり、良く見通せるようになるその場。地面に這い蹲る人数は8つ。それに…花子は違和感を覚えた。


 「ポーク●ッツは?」


 「劣勢と見た瞬間一目散に逃げていった。脱げた靴すら拾おうともせずにな」


 「大した仲間関係だこと。個人的にはアイツから毟れるだけ毟ってやりたかったんだけれど」


 違和感の正体はこの集まりを仕切っていた扇動者。財布泥棒…ポーク●ッツの存在がもう既になかったこと。ベウセットとの会話でそれに今しがた気が付かされた花子は、戦闘の終わりを迎えたその場で…始める。戦利品の収集。略奪を。


 「ねぇ、ボス。あのエプロンのおっさんはあと何回ぐらい布の服買い取ってくれるかしら?」


 「奴は前例を作った。後一回ぐらいは買い取らせてやるさ」


 殴られて気絶状態にあるNPC達から衣服、ダガー等の小型の武器、財布。

 だんだん荷物が多くなってきてはいるが、腰のベルトに武器と布の財布を。靴は衣服で丸めて担いで持ち、ベウセット先導の元、戦利品を回収した花子はその場から移動し始める。

 現実ではお目に掛かれない美しい星空を見上げつつ、なんだか攻撃的で、爽やかそうな顔をして。


 「なかなか楽しそうだな」


 「まぁ、退屈はしないわ」


 ベウセットからの言葉に花子は他愛なく返し、朽ちた街並みからさらに街の外側の方へと進んで行き、2人は昨日泊まっていた建物がある石造りの建物の集まりを視界に捉える。

 辺りは静かであり、何か問題になる様な物、気配を感じるようなことはないが…1つ。変わった物が見えた。


 「もひひん」


 風に乗って鼻に届く家畜特有の臭い。少し離れた場所にある、蔦の張り巡る廃墟を利用して作られたのであろう小屋から聞こえる嘶き声。砕けた煉瓦の壁の向こうから伸びる首は…現実でも見覚えのある生き物。馬。それの顔だった。

 それらは複数瓦礫の向こう側から顔を出し、こちらの方を窺っている。別段何とも思った風もなく…ただ見ているだけ。そんな感じで。


 「昨日の朝は見なかったけど…この世界に馬なんて居るのね。アレ使えたら対人戦無敵になれそうじゃない?」


 「優位には立てるだろうが絶対じゃない。それに馬は飼うのが大変だぞ。装蹄なんかの爪の手入れ。これを欠けば命に届く」


 「モンゴルの弓騎兵みたいな戦闘スタイルが出来たらって思ったのだけれど…残念ね」


 「頭数と馬を維持できるだけの金と組織力がないと厳しそうだ。それに、弓のスキルツリーは見当たらなかったし、後になると通用しなくなる可能性がある」


 真っ黒いつぶらな瞳で見てくる馬を横目に、2人は進む。思い付きはするが実現までには非常に遠いであろう戦い方について話しつつ。

 少し遠くに見えていた馬の姿、馬小屋は建物に遮られて見えなくなる。それらが見えていた辺りに今見えるは今日の朝出発した宿屋。ベウセットはその出入り口の扉を開け、中へと入り…花子も続く。


 両開きの扉の向こうはエントランスホール兼ねダイニング。外よりも薄暗く、ぼんやりとした頼りない明かりで照らされるその中には客の姿は既になく、カウンターテーブルの向こう側に背中の曲がりかけた老婆だけが居る。

 時刻は既に晩く、室内にある古時計の短針は今丁度9を指さんとするところだった。


 ――随分長くまで外にいたのね。

 

 1日の終わり。仮の塒へと帰ってきたことによる安心感。共に来る疲労感。

 花子は腹の中で呟きながら、部屋の隅のソファーの上へ。カウンターテーブルの向こうにいる老婆へ話しかけるベウセットの背を眺める。疲れで重くなった瞼を開き、やや眠そうな目で。


 そんな…ゲームの世界2日目の終わり際。

 薄暗くも暖かで、ぼんやりとした光に包まれる室内にて立ち上がり、己の元へ戻ってきたベウセットと共に部屋へと向かう。

 まだ見ぬ明日の為。元の世界へ帰るための何かを為すために。

人間はね、役割分担出来るから強いの。

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