表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/109

唯我独尊の害悪ロールプレイヤー

オンラインゲームでユーザーを一か所に集めた時、彼らはただ一人の主張を真面に話を聞いてくれるだろうか? どんなゲームの住人かで反応は異なるものになるだろうが、まあほぼほぼ言う事聞かないと思うんですよね。

私には見える…何かを伝えんとする一人を煽り散らかす不特定多数の姿が…邪悪な笑み、悪意が…!


 赤。夕日由来とは到底思えぬ…鮮やかとも、恐ろしいとも形容できそうな深紅。

 今の今まで明るかった昼下がりの優しい空は、暗くその色に染まって…赤いローブの、表情の見えぬ巨人を空に漂わせていた。


 漂う巨人の眼下には、今さっきまで遊んでいたのであろう…この世界に入り込んだプレイヤー達の犇めく姿。

 ゲームのイベントだろうとこれから起こることを楽しみにする者。自由に遊んでいたところを邪魔されて口元を歪めて半ギレる者。中身の性別知れぬ側だけが美少女のそれに向けて格好を付ける、没個性な少年の姿の者ども…と。

 例を挙げるに枚挙に暇がないほどに、それらの反応は様々であった。


 それらがごった返す中、仲間と逸れ、キョロキョロとあたりを見まわしながら動き回る…中肉中背の地味な顔つきの男の姿があった。


 「最っ悪…人込みが嫌だから路地裏に入ったってのに…」


 男の姿。男の声ではあるが…仕草、口調、発する声のイントネーションはまるっきり女である彼は呟く。この現状に対しての文句を。眉を顰め…不満げに。

 人と人との間を縫い…このゲームの世界に、共にやってきた連れを探しながら。


 「きゃあっ!」


 「ッ…」


 その最中、不意に…その男。花子の身体に何者かがぶつかった。何処か現実離れした、創作物の住人の様な小さい悲鳴を上げて。

 

 花子はこの上なく辛辣な表情をし、流し目で、下目遣いでぶつかってきた…地味な作り、灰色のワンピースに身を包む、茶髪のツインテールの背の低い美少女を一瞥。言葉を発することなく前へと向け、再び進み始めようとするが――何者かが左腕を掴み、引っ張られるような感覚が伝わって、花子の歩みは止められた。


 振り返った花子の目に留まるのは…己の左腕にしがみ付く、件の美少女。

 それはとてもとても心細そうに…瞳を潤ませてそこにいた。この上なく煙たそうにする花子の顔を、縋る様に…上目遣いで見詰めて。


 「ごめんなさいッ…私っ…怖くて…」


 「…はぁ?」


 縋る美少女、片眉を吊り上げるしかめっ面の花子。2人の間で会話が始まろうとしたとき、集められたプレイヤー達の頭上で動きがあった。

 

 「私は茅場昌彦。このゲームを作った男だ」


 這うような、物々しい声が響く。空を漂う巨人から…その眼下にいる広場に犇めくプレイヤーへと。

 その語り口調はこれから冗長な話の気配を花子に感じさせ、早々に目を離させた。自分が作ったゲームにすら首を突っ込んでくる、自己顕示欲の塊の独白に微塵も興味はないから。

 

 次に花子の視線が向くのは…当然、己の腕を両腕で引っ掴む、己の行動を制限する障害物。ツインテールの美少女だ。


 「集まった君たちは、今、私の声に耳を傾けなくてはならない。何故なら――」

 

 茅場昌彦(かやばまさひこ)…まさひこが冗長に語る最中、花子は口を開きかけ、ツインテールの美少女との間に始まろうとした会話を…更に先延ばしにする者がさらに人影の中から現れた。


 「おぉ~…ご主人。なんかモブみたいな顔してるな。次のコマとかでいきなり死んでそう」


 「なんか解りますね。花子ちゃんが何を思ってその姿を望んだのかが。本当に嫌々だったんですねぇ…このゲームで遊ぶのが」


 無駄に良い声と野太い声からなる耳馴染のある会話。

 それはツインテールの美少女に吐こうとしていた言葉を花子に飲み込ませ、自然と視線を引き付けて、その姿を瞳に映させる。

 一方は浅黒い肌、白い髪のミディアムヘア。神経質そうな顔つきで、頬の扱けた男。

 更にもう一方はプレイヤーから強奪したのであろう…鞘に収まった6本のショートソードと丸められた鎖帷子をその大きな肩に担ぐ…頭が大きく、筋骨隆々で背の低い、だが肩幅の広いおっさん。

 それらの背後には…長い黒髪と切れ長の目が印象的なベウセットの姿。

 花子はどことなく、安心したように鼻から息を吐き出すと口元に笑みを作った。重たく温い左腕の感覚を、その時だけは忘れて。


 「君たちは戦わなくてはいけない。もとの世界に帰還したいというのならば。進まなければいけない。命を賭して」


 人と言うのは良くも悪くも置かれた状況に慣れるもので…あまりにもくどい様なら飽き、関心を失ってしまう。

 その現象は、この広場に集められたプレイヤー達の中にも散見され始め…雄弁に語るまさひこの視線の先で、それらは視線を互いの連れ、または見ず知らずのプレイヤーへと向け、好き勝手に会話を始める。


 ――上がる声。話題は…この状況とそれを作ったまさひこへの愚痴だった。

 それも――歯に衣を着せぬ…辛辣な。


 「あぁ、そういうのいいから」


 「話長くね。飽きたんですけど。全校集会の校長挨拶かよ。早く遊びに行きたいっつーの」


 「言ってることから言い回しまで何もかもが臭過ぎてまさひこぷんぷん丸…なんだよね」


 「録画とかできるのか確かめてないけど、撮ってる人は撮ってそうだよね。吊し上げ間違いなし」


 「私的にはー、まさひこ勝手に武勇伝語り始めるおじいちゃん気質があるって言うかー、鏡とお喋りしてろって感じー」

 

 「あぁん、脚疲れたぁん…座りたぁいん…」


 自由を束縛され、一方的に訳の分からない…捨て置いても良い話を聞かされる理不尽。

 それを強いたことによって返ってくる。嘘偽りのない…不満。純粋な気持ち。遠慮のない辛辣な言葉、真心が。方々から。

 

 泳ぎ、戸惑う。やり玉にあがる赤い空の上に浮かぶ巨人…まさひこの視線が、顔の向きが…雰囲気が。


 「イッツショータイム。今日からが…これからが…」


 だが、まさひこは折れない。心を鋭く突き刺す鋭利な言葉に。屈せず続ける…臭いと言われながらも。


 「何言ってんだこいつ」


 「痛いわ…もうアタシ…もう見てらんないの…」


 「臭い。半端なく臭い。激臭まさひこ。これはぷんぷんまさひこ」


 「ネットのオモチャ評論家として、このような逸材を放っておいていいのだろうか。否! 録音、録画している者あらば、彼らはそれをネットの海に放流する義務がある! この新たな始まりに立会いし同士諸君、吾輩に協力してくれぃ! ふははははー!」


 飽きから軽蔑へ。軽蔑から…プレイヤー間のまさひこへ対する扱いが決まり始める。

 オモチャ。サンドバック…弄ってもいいとされる存在に。

 ある者はまさひこへシンプルで辛辣な言葉を投げかけ、ある者はその痛々しさに目を背けたり、辟易したり…挙句の果てにはそれを不特定多数と共有しようと奔走し始めるものまでも。

 1つの敵に対して一丸になった人の恐ろしさ。力。それを目の前に…まさひこは黙る。顔は見えない。ローブの向こうはただ暗いばかりで。


 誰もがまさひこを言葉の針で刺し始める最中、花子は辛辣な顔をしていた。その視線を…己の左手に抱き着くツインテールの美少女に目を向けて。


 「…アンタさっきから何なの? 離れなさいよ。気持ち悪いわね。私に気安く触らないで」


 「怖いんですぅ…心細くてぇ…」


 「そんなこと私の知ったこっちゃないわ。ぶつわよ」


 花子がツインテールの美少女と会話を交わし、右手に握りこぶしを作り、肩よりやや高く構えた時…オルガは目を丸くする。周囲に満ちる雰囲気には一切染まらぬ…いつも通りなマイペースな感じで。


 「ご主人、その人友達じゃ――」


 「その余裕が何時まで持つか、私としては非常に楽しみだ。剣で身体を刺し貫かれ、仲間の死体の山が積み上がっても尚、そうあり続けられるのかが。その時の惨めなお前たちの姿に私は微笑むだろう」


 「わー、うるさぁ」


 だが、オルガが何かを訪ねようとしたとき――まさひこの早口な言葉…聞いてて違和感を覚える抑揚の声が、今まで聞いた中でも最も大きい音量で響き、遮り…思わずオルガは耳を塞ぎながら空中を漂うまさひこであろう巨人を流し目で見上げた。


 「プンプンまさひこ。怒ってる意味で」


 「高速詠唱まさひこ」


 「めっちゃ効いてる。マジまさひこ」


 「泣くなよぉ~! まさひこ」


 「おい、お前らあんまイジメんなって。可哀想だろ。まさひこ」


 「ロールプレイングするのは勝手だけど、他人に強いるのはやっぱ反感食らうよ。そこは反省したほうがいいと思う。まさひこ」


 沸く。周囲のプレイヤー達の声が。降り注ぐ雨のように…まさひこへと。

 煽る。まさひこの敵対心を。

 中にはあまりの痛々しさに見かねてだろう。諭すように言うプレイヤーも居たが少数。届かない。まさひこの耳には。悪意のある声にかき消されて。

 だが…頭に血を上らせるその彼の目に…ふと、自分に向けて手を振る浅黒い肌の、気難しそうな顔をした男の姿が映った。

 それは直向きに…口を開くことなく、会話をしたそうに手を振っている。


 ――その姿は…やり玉にあがるまさひこにとって、救いにも見える物だった。


 「うぅん…全員静かにしろ。今からその気難しそうなおっさんの話を聞く」


 ある種の自己暗示…とも呼べぬロールプレイング。それが作り上げたメッキが剥がれ落ち、素が出始めたまさひこは重々しい声をしながらもプレイヤー達を呼びかけ、指差す。

 浅黒い肌の気難しそうなおっさん…オルガを。

 周囲は黙る。趣向の変わった会話体型。そこからまた面白くまさひこを弄れるのではと考えて。その時の統率力、空気を読む力は…紛れもなく日本人の種族特性を現したものであった。


 「まさひこ、話を聞いていなかったんで要約してもらっていいかね? お前が語った全て、語ろうとしている全てを」


 今までキャラを作り、それっぽくなるよう努め、バカにされ、笑われながらも一生懸命語り掛けていたまさひこの努力を小馬鹿にした物に聞こえたのだろう。オルガの問いかけに、周囲から笑い声が漏れた。

 

 「この世界…ソードォ――」


 「違う。違うぞ。まさひこ。そうではない。前置きは求められていない。要点…結論だ。オルガサン、ハラヘッタ、リンゴ、タベタイ。そんな感じで頼む」


 癖なのだろう。冗長になりそうな語り口調で話し始めたまさひこの言葉をオルガは遮った。どことなく諭すように…要求を乗せて。今己の左腕に引っ付くツインテールの美少女の顔面に向かって拳を振り下ろした花子の傍らで。

 オルガの要求は周囲を黙らせ…まさひこの荒んだ心を引き戻す。より素へと。戸惑いと共に。

 

 「――マサヒコ、オマエタチ、ゲームセカイ、トジコメタ。オマエタチ、イロンナセカイ、タビスル。クリアスル、カエレル。ゲームセカイ。アブナイ。シヌ、ホントウ、シヌ」


 主導権を握られやすい性格なのか、素直なのか…はたまたこの不特定多数による攻撃から面目が立つ撤退をするために、オルガを利用することにしたのか。

 まさひこは案外オルガの言葉に従う形で言葉を紡いだ。オルガの示した例え。そのありのままに。


 「要はクリアしないと元の世界に帰れなくて、死ぬとそこで本当に死ぬわけかね。良く出来た。まさひこ。花丸をやろう」


 「そう。その通りだ。仲間たちの屍を超え…限界を超え…そうしなければ元の世界には帰れないと言うわけだ」


 「つかオルガさんの例えのままに説明するかい? 普通。今のキャラのギャップも相まって面白かったけども」


 比較的真面に話を聞いてくれたオルガ。一挙手一投足見て笑いものにする多数のプレイヤー。

 相対的に見て前者の方が話しやすく、まさひこにとって良く見えていたのだろう。だが、それから次に返ってきた返事に、彼はショックを受けたような風だった。


 「…フッ…所詮はお前も周囲の蠅どもと同じ…アプローチは違えど。面白がってたんだ。お前は…」


 まさひこはなんだか悲しそうに言葉をひり出す。怒りの混ざる声で。

 その彼の見据える先のオルガは…すっとぼけた顔をし、両腕を組んだ。

 

 「どぉした急に。オルガさんどこに地雷埋まってたか全然わかんないんだけど。マジで踏んだ自覚ないよ」


 「浅い。私はその手には乗らない。すっとぼけて振り回して…笑いものにする魂胆が既に見えた…」


 オルガは敵であるという結論ありき。まさひこは聞く耳を持っていないようだった。

 どうにか虚勢を振ろうと努力し、透かしたように首を横に振りながらも…声を僅かに震わせて。――それはまさに被害妄想と言うものであった。


 「まさひこ…冷静になって戻ってこい。今お前は少女漫画になんかに湧く、やさぐれて腐って、この上なく面倒臭くなる奴の道に進みつつある。そうなれば更なる孤立は避けられん。友達居なくなるぞ」


 「――いねえよそんなもん…最初っから……うるせえよ」


 殴られてもなお左腕に抱き着くツインテールの美少女にキレ、歯を剥き出しにしつつ、その横っ面を右手で全力で押して引き剥がしにかかる花子の傍ら。悪気のないオルガは警告。

 その最後に掛けられた一言で――まさひこは声のトーンを変えた。散々抑圧してきた、我慢に我慢を重ねた末に生まれる反動。怒り。その色の強い…憎しみの染みついた言葉が。小さく。


 「さっきから寄って集って…俺が何かしましたか!? 貴女たちに対して!」


 「いや、待ってほしい。自分がしたと告白した事を今一度顧みたまえ。今この世界に大勢閉じ込めた人間のセリフとは思えんよ、それは。まあ皆が怒ってる理由はまさひこの独りよがりに付き合わされてるのが主な原因だとは思うけども」


 突っ込みどころ満載のまさひこの言葉への…普段の生活では割とバカをやって咎められることが多いオルガの…珍しい突っ込み。

 真っ当にしか思えぬその指摘は…彼女と付き合いが長いのであろうベウセットや小春。そして…大して長く時間を共有していないであろう花子の目すら引付けた。全員が全員…変な物でも目撃したかのように…正気を疑ったかのような顔をして。


 「ッ…うるさいうるさいうるさ~い!」


 「まっ…まさひこっ…! この力ッ…このエネルギーはッ…! っ…! うあー! 口に砂入った! ペッペッ!」


 這うような、腹の底に響くかのような重々しい声でまさひこは発狂。力いっぱい腹の底から声を出し…大気を揺らす。強い風と共に。

 オルガはたじろぐ。若さ…と言うよりは幼さの塊のような力強いまさひこの声に。思わず両手を己の顔の前に交差させて。


 「フーッ…フーッ…! 俺をバカにして真面目に話聞かなかったこと後悔させてやる…少しぐらい付き合ってくれてもいいじゃん…ケチッ! バーカバーカ! アホー! もう知らんからなッ! もう怒ったからッ! この鏡くれてやるッ! じゃあな! お前らなんて大っ嫌いだぁーッ! う●こぉー!」


 10歳そこらの子供が吼えれば可愛いと思える言葉をまさひこは叫ぶ。思いの丈を。感情の爆発と共に。青い光に包まれた断片をプレイヤーの腰。そこにあるであろう小物入れに飛ばしつつ。

 相変わらず彼のアバターであるローブを着た巨人の顔は見えなかったが…確実に怒っているのは確か。彼は言うだけ言って彼は姿を消し…空の色は優しい橙色の…夕焼けのものに。


 熱気は冷める。戦いの後で。吹き抜ける優しい風と共に。




 ◆◇◆◇◆◇




 優しい橙色の空。

 昼から夕方になったその時を象徴するその色は…見る者の心を落ち着かせ、己自身を顧みさせてくれるもの。

 ゲームの世界とは言えど、現実と寸分も変わらない…本日2度目の夕日の元、まさひこによってこの世界に閉じ込められたとされるプレイヤー達は、まさひこが居なくなって少し時間が経った今も…広場でひしめき合っていた。大多数が空中に浮かぶ、まさにバーチャルゲームと言った風な半透明のパネルを目前に展開して。


 騒めくそれらから上がる声は、その大体がログアウトできないという事実についての言及。

 それらはやがてまさひこへの怨嗟の声、現実世界での話に切り替わる。水に落とした絵の具の色が広がるが如く。


 「オッルガァッ! お前ッ…どうしてくれるつもりだァッ! 本当に帰れないじゃないのよぉッ!」


 その色を織りなす一部として…花子も声を荒げていた。刺々しい性格をしているが変に真面目なのであろう彼女は、頬に殴られたような痕が付く、何故か未だに左腕に抱き着くツインテールの美少女をそのままにオルガを糾弾するかのように指差して。


 「落ち着いてくれたまえよ…ご主人。これはまさひこのせいでオルガさんは悪くないだろう? 確かにきっかけは作ったかもしれないが」


 「それだけで十分じゃない。とにかく…百歩譲って夏休みが潰れるだけならまだ良いわ。でも、それ以上の超過は断じて認めることはできないの。解るわよね?」


 「つまり夏休みが終了する前にどうにかしろと言いたい訳だね?」


 「そう。事が終わった暁にはまさひこを草の根を分けてでも探し出して羽交い絞めにして、泣くまでボコるの。こう…無防備な顔面を左右から横殴りにする感じで」


 「ご主人は割とフィジカルエリート側の人だから本気でやったらまさひこ死んじゃうと思う。比喩的な表現じゃなくて」


 落ち着きを取り戻すが、この上なく不機嫌そうにしながら、妙にキレのいい右フックを軽く繰り出しつつ語る花子と…彼女がムカつくほどにまで毅然とした態度のオルガ。

 その傍らでは小物入れの中のクリスタルに触れ、ステータス画面などのパネルをポップアップさせるベウセットの姿が在り、その隣の小春は展開済みのパネルを操作。ログアウトボタンらしきものを探しているようであった。


 「先生、気になっていたんですが…そのチェーンメイルとショートソードはどのようにして入手したんですか?」


 「これですか? 街の外に出た時に襲い掛かってきた悪漢を退治した時の戦利品ですよ」


 2100年の日本。その文明の外側、別の世界から召喚を経てやってきた花子の使い魔の1人である小春は…余り人命と言うのを重くは見ないのであろう。

 恐らく殺したと思われるプレイヤーに対して、これと言った思いもないようで、ケロッとした顔…いつもと一切変わらぬ表情、雰囲気でベウセットの問いに答える。

 そして…対するベウセットの反応も人殺しと言う認識において…花子の住む世界の住人とは違うものであった。――トラブルの芽生え。ただそれを危惧した風に。ただ面倒そうに、困った風にするだけだった。


 「とりあえずご主人の考えは解った。それより…まさひこが何かくれたんだよな。プリケツ君、ちょっと使って見てよ」


 まだ何か言いたげにする花子に横っ面を睨まれながら、オルガはマイペースにベウセットに要求。

 その要求のままにベウセットは顔色を一切変えず、小物入れの上蓋を止めるボタンを指先で弾き…取り出す。それは小さな手鏡を。


 だが…ベウセットは手鏡を伏せたまま手に持ち、その手をオルガの方へと向けようと動く。淡々とした表情。冷たい氷の様な表情であったその顔に…害意と悪意の宿る静かな笑みを口元に浮かべて。


 「何をするッ――ぬわーっ!」


 オルガがベウセットの思惑に気が付いた時は既に遅く、鏡は浅黒い肌のおっさんであるオルガの姿を映し…それは強烈な光を放った。

 その光は現実世界に帰れる手段を失い、仕事や学校…現実世界での生活、時間経過で危ぶまれる社会的な地位。それらについてを憂い、不安に思い…ただ嘆く多数のプレイヤー達の間の中で輝く。きっと他に鏡の使用者が居たのであろう。また1つ、また1つと。


 「クッ…ふふふっ…」


 ベウセットは笑い声をあげる。強い光が止んだ向こう側…その見知った姿を下目遣いに、黒い瞳に映して。

 彼女の見る先には…顔の前で両腕を交差させた、花子とその使い魔たちには見慣れた姿。白銀の髪の…特に背の高い女。雪のように白い肌…前髪が掛かって窺えない右目。瑠璃色の左目のそれは…紛れもなく、オルガの現実の姿であった。


 「プリケツ君…誰がオルガさんに使えと――なんだこのでっかい女はァッ!」


 「いや、自分じゃないですか」


 真実の姿を映す魔法の鏡。童話にでも出て来そうなそれに映り込む己自身を見て、オルガは驚愕していたが…未だに筋骨隆々のおっさんの姿の小春が突っ込みを入れる。冷静に。


 「…そっか。うぅん…通りでイケメンだと思ったぜ。でも、あぁ…せっかく作ったのになぁ…おっさん…」


 「まぁ、その…それは否定しませんけどね。黙っていればですけども」


 オルガは顎のライン手を当て、少しばかり格好を付けたような顔をしていたが、すぐにがっかりしたような表情となり…その呟きに対しても小春はさらに突っ込みを入れた。

 

 鏡の効力は…誰もが望む物ではない。決して。己が望み、その姿になった者ならば当然のことながら。それらは決して少数派ではなく…むしろ多数派であった。

 その心の揺れ動きを象徴するかのようにして…辺りでは鏡を用いた時に発生する光が上がらなくなる。


 けれど――時には居るものだ。悪意を持った人間と言うものが。

 人が避けようとするものを押し付け…心の底から幸せを感じ、微笑む者が。


 「まさひこやるじゃない。良い物くれたわ。さっきから掴まってきて鬱陶しい引っ付き虫がどういうツラしてるか拝んでやろうじゃないの」


 「えっ…!?」


 そしてそれは案外近くにいた。ベウセットがしたように…鏡の背を掌に当てて握り、己の左腕に抱き着きながらも目を丸くし、戸惑ったようにするツインテールの美少女を獲物でも見るかのような目で見、悪意しかない笑みを浮かべて。


 「あっ…おいッ! 待てッ! それはダメッ! やめてっ!」


 ――状況を理解した獲物は叫ぶ。嘘偽りのない…自分。心からの声で。鏡を持った悪意の塊の手を離し、その間の手から逃れんと背を向け走り出して。


 「逃がさんッ! 食らえッ! まさひこミラー!」


 獲物の背を、悪意の塊が持つ手鏡は情け容赦なく映す。放たれる輝きと共に。


 「いやだぁぁぁぁぁー!」


 ツインテールの美少女の迫真の叫び。少女の断末魔と言うよりは…男の物のイントネーション。熱いおっさんの断末魔。

 そう形容できそうな抑揚のそれが辺りに響いた後、鏡の向けられた先、光が止んだその向こう側に残るのは…すだれでワンピース姿の頼りないほど細いおっさんただ1人だった。


 「うふふふっ、これ面白いわね。生き物の姿を醜く変えられる魔法が使える魔女の気分。最高」


 ツインテールの美少女の正体を暴いた花子は、クスクスと笑いながら手鏡を小物入れに戻し、口元をにやつかせながら呟く。アヒル座りで座り込み、シクシクと泣き始めた…女装した細いおっさんを見下して。


 「女として男と接したい変わった人もいるんですな。ホモ…ではないのか。良く解らん…どういう事なのだ。…ある種のロールプレイング? くそぅ…オルガさんもまだまだ精進が足らんな…」


 オルガは変わり果てたツインテールの美少女…その中身であったワンピース姿の細いおっさんを眺め、なんだか難しい事でも考えるように、どこか悔し気に、この上なく真剣な顔をして己の顎に手を当て、眉を寄せて呟いていたが…すぐに視線を花子の方へと向ける。


 「ご主人、オルガさんはいいことを思い付いた。いろいろ準備があるからここで別れよう」


 どんどんと広場から人の気配がなくなる中、突然…オルガは一方的に言うと爪先を流れゆく人々の方へと向ける。

 余りにも突然な発言に、花子は当然片眉を吊り上げるが…すぐに困ったような笑みをその顔に浮かべ、肩を竦めた。


 「はぁ…別に構わないけど、面倒は起こすんじゃないわよ」


 進むオルガは花子の声に反応し、前を向いたままではあるが肩の高さに挙げた手を軽く左右に振り…花子は様になり、なんだか格好良く見える後ろを見届けたまま、鼻から大きく息を吐き出した。


 ――現実世界じゃ役に立った時なんて微塵もなかったけど…この世界じゃどうかしら。


 人込みに消えゆく己の使い魔の背を眺め、辛辣な思いを心の中で呟いて…その視界にふと、背の低い筋骨隆々のおっさんが横切った。


 「先生も別行動を?」


 その後姿にベウセットが声を掛ける。

 小春はそれに脚を止めた。


 「可愛い子には旅をさせよ。運命はそう我々に囁いているように思えました」


 野太い声…だが、澄んだ水の様な落ち着いた抑揚で、小春は宣告。早くもパーティーからの離脱を。

 その背を見るベウセットと花子。

 後者は意地っ張りな少女だ。己を守る使い魔である小春の発言にも口を挟もうとはしない。内心不安で、心細く思いながらも。

 前者はそんな心内を読み取ってか、口元に笑みを作る。冷笑とは違う…優し気な笑みを。人込みに消えゆく小春の大きな背中を見据えながら。


 「安心しろ。お前が居ろと言うまでは居てやるさ」


 腹の底を見透かされ、ムスッとした顔になる花子。何処かバツが悪そうに唇を尖らせ…顔をベウセットの方から逸らした。


 「別にッ…」


 「ふふっ…さぁ、今日の塒を決めに行くぞ。ついてこい」


 自分の部下、身内…己の慕うものには優しいのだろう。オルガや小春よりも面倒見が良く、過保護にも見えるベウセットは花子を先導するかのように進み始める。もはや疎らになった広場の中を行きながら。

 花子は強がりからか何か言いたそうにしていたが、気に入らなさそうな顔をしつつ、けれど安心したようにしてベウセットの背を追う。

 

 夕日の色がより赤く、暗くなる中で。地面に伸びる影を落として。

マサヒコ、スキ。オキニイリ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ