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まさひこのパンケーキビルディングとその住人。打砕く者と守る者。  作者: TOYBOX_MARAUDER
海賊の秘宝と青い海、俗物共の仁義なき戦い
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災厄のダウンヒル

お久しぶりでございます。よもや一年ぶりの投稿となろうとは夢にも思わなんだ。

まあ気が向く限りは書き続ける所存故、今後も更新されていくのではないでしょうか。


 気持ちの良いほど晴れ渡った空、その下に広がる青と白の港町。

 時間は昼を少し過ぎて、住人の殆どが昼食を食べ終えた頃だろうか。いつもより少し警備の濃い、どことなく物々しい……けれど平和なその中で、そこで暮らす者達の営みは脈々と紡がれる。

 

 その港町の営みの一つ。

 峠の天辺から伸びるヘアピンカーブが幾多にも重なる大通りの一部。その端にて……黄橙色のスケートボードらしきものを手にする、やや身体の大きなガキ大将と思われる、フォーマルなファッションに身を包んだ子供を中心に形成される集まりがあった。

 様々な店から香って来る紅茶やレモンパイの甘い匂いの中、ガキ大将がいかにこれがいいものなのかを語り、周囲の子供たちがそれへと羨望の眼差しを向ける構図が。


 「ふぅっふぅん、見ろ、俺様の次世代のスケートボードを。今まで使って他のと違って全然ガタつかねえし、材質はオリハルコンで壊れねーんだぜぇ」


 「俺らが少し前まで使ってたやつ木製だったし、タイヤはガタガタするし……すぐ壊れるし、いいことなかったよなぁ」


 「ねえ~、隊長。このタイヤ何で出来てんだろ。木でも石でもない……超スベスベしてんだけど。金属でもないよね」


 「こんなのどこで手に入れたんだよ~、教えてよ~」


 質問攻めの雨霰の中、得意げな顔をするガキ大将はどことなく勿体ぶったような顔、間をおいていたが……肩を揺すられ、片目でその特に身体の小さな少年を一瞥した後、やれやれといった風な笑みをその顔に、ため息を吐いた。


 「よーし、お前らだけに特別に教えてやる。たまに港に止まるデュオ号って船があるんだけど、その船がどうも面白い取引先を見つけたみたいで面白い物積んで来るんだよ。こいつ含めてさ。俺が買った時は200ゴールドだったな!」


 「おぉ~!」


 「たっかい……」

 

 ガキ大将はこれ見よがしにスケートボードを叩く。

 その彼からの有益な情報に子分たちは顔を見合わせ小さな喜びの声を上げた後、一部は肩を落とし、次の質問をすべく再び得意げなガキ大将の方へと視線を戻す。


 「どんな船なの? 大きい? 小さい?」


 「んー、中くらい! たしか栗毛の髪の――」

 

 その時、彼らの会話を遮る爆竹のような音の後に何かが激突する音が――蛇のようにうねる大通りが伸びる向こう側。港町の切れ目。自分達の町を荒さんとする不届き者に目を光らせる者共が詰める峠の天辺。洋館のあたりから聞こえた。

 気持ちよく語っていたガキ大将はそれに少し気を損ねた様子であったが、すぐ気を取り直す。語る方向にではなく、実際に自慢のスケートボードを乗ってみることに気が向いた様子で立ち上がって。


 「……誰か爆竹で遊んでんのかな」


 「爆竹ぅ?」


 「今日父ちゃんが爆竹禁止って言ってたような……あっ、隊長乗んの!?」


 今聞こえた騒音について子分たちがコメントする中、音のする方向へ視線を向けていた彼らの視線はすぐに立ち上がったガキ大将へと向けられるが、周囲では喫茶店や飲食店。そこから暇そうにする店主や従業員が訝しげな顔をして顔を出している。

 そんな大人の懸念など子供たちには関係がない。ガキ大将は得意げに笑うだけ。スケートボードを白い石畳の上に置いて、左脚でその端を踏み……これから己の愛機の性能を確かめる高ぶりと共に、仲間たちに親指を立てて。

 微かにだが、迫る蹄鉄の音を耳にしつつ……彼は右脚で斜めに立ったスケートボードを踏んだ。


 「おおっ……スゲー早っ……うおっ!」


 大通りを走り出すスケートボード。がったがたな木製タイヤでは有得ぬ加速。怖くなるようなそれにガキ大将がビビり、左脚を地面に付けようとしたとき――彼の横を馬が颯爽と駆け抜けていき、それの影響でガキ大将は盛大に尻もちをついた。

 そんな集まる子供たちの耳には、駆けていく馬とは別の蹄鉄の音が聞こえている。


 「いってぇ……なんだよ。んもう。さっきの馬車と言い……危ないぞーッ、バーカ!」


 尻もちを付きつつスケートボードの上に右脚を置き、それが下へと滑らぬようにする最中、道を下っていく痩せた馬へ吼えるガキ大将と子供たちは、次に迫る蹄鉄の音が聞こえる方へとふと顔を向けた。

 その時、目に飛び込むはインコースギリギリで峠の下りを攻める白馬の姿。人を撥ね飛ばさんとする勢いのそれにガキ大将は怖気づき、スケートボードを留めていた右脚を離し、大通りの端へと寄る。


 「おわあっ!」


 「ハイヤァ、進めェ!」


 白馬が通り過ぎ様に聞こえるのは、酷く攻撃的な、今の状況をある意味楽しんだ様なエキサイトした男の声。その声は白馬と共に坂を下り始めるスケートボードを追い抜いて、あっという間に駆け抜けていく。

 そして子供たちがスケートボードの方に気をやった時、建物の合間。路地裏から複数の影が現れる。

 先頭は青布と黒鉄の鎧に身を包み、背には黒いルツェルンハンマー。右手に抜身の真っ黒いブロードソードを持つ少女。次に上腕までをカバーするファーが特徴的な、左右の手に両刃の片手斧を握る白毛のハイドアーマーの少年。

 続いて同時に現れる子供たちにとって見慣れたスーツ姿の青髪の少年と――全身を覆うような黒マントが特徴的な、右手にマスケット銃、左手にフリントロックピストルを握った少女。

 それらは道行く人々からの訝し気な視線を浴びながらも、何か目的があるのか、直向きに進もうとしている。


 「あっ、こら! 人の家に勝手に!」


 「すみませんね、急ぎでして!」


 「ごめんなさい、マジすんまっせん、許してくださいッ」

 

 先頭の少女と次の少年は低い建物の屋根に飛び付き、パルクールの様にひょいひょいと登って行きその天辺へ。それを見ていた通行人から叱りの言葉に応答しながら屋根から屋根へと駆けていく。水平線の向こうまで広がる青空と海、港町の景色を背景に。

 続く以降二人はそんなことをするような素振りはなく、一見して無害そうであった。

 しかし――黒マントの少女。それは、何かいいものでも見つけたかのようにひとりでに緩やかな坂の上を進む、ガキ大将のスケートボードを見つけると、顔をパッと明るくさせてそれへと飛び乗った。


 「ちょっと借りるわよ」


 「おい花子ッ! 子供の物を――!」


 「おぉい、ドロボー!」


 「隊長のだぞー!」


 スーツ姿の少年は大通りを渡りきるまでの間、いともたやすく行われた黒マントの少女の暴挙に対し、非難の声を上げていたがそれも彼が対面の路地裏に入った事で聞こえなくなり、進みゆく黒マントの少女……花子の背にはガキ大将の取り巻きの声が投げかけられる。

 けれども……花子の顔に一切の迷いなどなかった。罪悪感の一欠けらすらも。人から物を奪うこと。痛みを強いる事。確かにそれを感じさせてくれる無垢な己への非難の声に、何とも言い難い陰険な笑みを浮かべるだけだった。 


 「……うわぁぁぁぁ~ん! 俺のすげーどぼぉどぉぅ!」


 後に来る魂の叫び。ギャン泣き。己のお宝を目の前で奪われたガキ大将は泣く。人目を憚らずに。全てが取り返しがつかなくなった時……やっと思考が追い付いて。

 

 そんな盛大な心からの悲しみの叫びを背に――黒いマントの少女、花子は黒い風となる。ただ慌ただしく走るだけの無害な存在から、街を駆ける災厄へと。

 右手に弾薬の入ったマスケット銃を。左手に同じく弾薬の入ったフリントロックピストルを手に。静かにギラつく碧い瞳に憎き者共へと続く道を、流れゆく白と青の港町と共に映して。


 「撃つぞーッ! そこを退けーッ!」


「ひえっ……!」


 「うおうっ!」

 

 峠道のコーナーを身を低くし、左手に持ったフリントロックピストルの柄て流れゆく石畳に触れ、身体を急な角度に傾かせつつ火花を散らしながらバランスを取り、道の端、カーブ点インコース。その周辺に居て、騒ぎと異音に振り返る民間人達に右手のマスケット銃の銃口を向け、威嚇。次の瞬間に驚きつつ飛び退いたそれらの間を花子を乗せたスケートボードが駆け抜ける。

 そして見えてくるはインコースを超えた向こう側。己に喧嘩を売った憎き男と、それの逃走を手助けし、今さっき己に牙を剥いた少年の背中。お洒落な喫茶店やレストラン。スーツ並ぶ衣類店などの比較的に落ち着いた、高級感のある店が並ぶ場を両脇に置いて、それらの姿はある。

 捕食者としての本能だろう。獲物をその目に再び映した花子の口角は自然と上がる。白く輝く歯と共に。


 「さぁ、アンタたちの死神がやってきたわよ! 今走る道のりをよぉーく味わい、噛みしめることね……この道の終点までがアンタたちの命の長さなんだから!」


 街のところどころから聞こえ始める発砲音と怒号。上がる火の手に煙。

 見える範囲ではない、街の何処かからのそれは、今まで各々の傀儡(マリオネット)を動かし、表舞台にその姿が見えぬよう努めてきた人形使い(パペッティア)達がいよいよ形振り構って居られなくなった事を示す。

 けれども幕は閉じないし、劇はまだ終わらない。渦中の中、舞台の上で人形たちは躍る。自分達の役を終わらせぬよう……生き残るために、己の糸を刈り取ろうと背後に迫る死神を振り向きざまに流し目で捉えて。


 「だそうだ、メルフィン。名誉あるこの俺の弾避けの任はお前に一任しよう!」


 「僕の考えではお前にとってあれは善意の死神だ。ルーイン。何度かよろしくやった遊び相手からの忠告だ。死に場所は正しく選べよ」


 「要らん忠告だな。今ある状況もひっくるめてこの俺の想定の範囲。お前たちはいつまでもしがみ付いているがいい、PTという名の泥船にな!」


 「ゴルドニアファミリアを裏切り、PTを裏切り……お前の火遊びのように節操がないな。だがッ、この裏切りのツケはすぐに支払うことになると予言してやるッ!」


 流れゆく景色は先ほどの落ち着いた様子の者から早変わり、大通りにややはみ出る、賑やかな青果市場や貝殻などを加工したアクセサリーが並ぶ雑貨屋、道にはみ出す勢いで商品を並べる市場が並ぶ、より活気と人の密度の濃い場へ。

 色とりどりの果物や野菜、加工品がメインに据えるそれらの前を痩せた馬と立派な白馬は駆け抜ける。死神に追われつつも、余裕綽々な様子の主を乗せて。


 そんな私怨を原動力に動く死神と逃げる者との追いかけっこを、青く明るい空のせいでやや暗く見える細い路地が入り組む場から。はたまた、白い建物の屋根や屋上から。前者の仲間たちはその有様を見ていた。各々前へと進みつつ。


 「おぉい、花子さぁん、貴女っ、子供たちからスケートボードを分捕ったんですかぁっ……? つかなんかあちらこちらでなんか戦ってない? 聞こえてくる銃声の殆どが単発ばっかで明らかにオートマチックなやつじゃねーっぽいんだけど」


 「ゴルドニアファミリア側に告げ口をした勢力がいた……と考えると自然ですかね。どうあれ僕達の味方であるゴルドニアファミリアが敵の排除に動き出したことは好都合では?」


 「んー、そうね。でもそうさせたのが競合相手って線が濃厚なのがなぁ」


 「数はパワー。圧倒的多数派の僕達が負ける訳ありませんって」


 青い空の下、屋根から屋根へ。屋上から屋上へと駆け巡りながら高い視点から見える港町の異常にリックは目を凝らし、彼の先を先導するシルバーカリスは彼の呈する疑問、懸念を関係ないとでも言いたげに一蹴する。

 それは心配性の前者と出たとこ勝負の後者との性格的な一面を現し、後者の単純明快な返答は前者の気持ちを軽く、頭の中に渦巻く考えをシンプルに整理した。


 ――戦いの規模が大きすぎる。それほどまでに抱込まれたのが多かったのか?


 風を切って建物の上を駆け行き、遠のくそれらの背を後方、路地裏から見上げるは青髪のスタイリッシュなスーツ姿の少年、セラアハト。

 目と耳で感じる情報から、彼は心の中で呟いた。身体の大きさとルート選びのせいで、前を行く仲間たちと差がどうしても開いてしまう中で。

 ガヤガヤと賑やかな街の中。人と人を縫い、踏み台にし、軽やかな身のこなしでなるべくスピードを落とさぬよう勤める中、通り過ぎる己への文句を口にする、まだ戦いの気配と恐怖に染まっていない民間人たちの不満や怒りの声の向こう側に混ざる、明らかに己に言っているものではないであろう、少し後方より聞こえる民間人の怒りの声。

 それは当然セラアハトの気を引いて、彼は顔を横に向ける。そしてやや紫がかった空色の瞳に、追跡者たちの姿を後方に映す。最悪であろう形で再起したそれらを。


 「リック、シルバーカリスッ! 後ろに注意しろッ! あの二人組が追って来ている! あのヘンテコな銃をもって!」


 「えぇー!?」


 注意を呼びかけるセラアハトの言葉に応答するはリックの、心底ビビったような上ずった間抜けな声。

 シルバーカリスと共に建物の上を行く彼の前には建物密集地の切れ目、大通りが迫っている。

 彼、リックは選択を迫られる。花子の言う外道の手段。人の盾大作戦で人間性を捧げ、身の安全を重視するか。はたまた……このまま撃たれかねない危ない橋を渡るかを。


 「シルバーカリスッ、どうするッ?」


 「ヘーキヘーキ、大丈夫ですって。どうせ出てくる弾もちっちゃい弾でしょうし、ちょっとあたったぐらいじゃ何ともないですよ」


 「一応アレに入ってる弾って、麻薬でラリッた森の民を一発で沈められるようにって作られた奴なんですけど、本当に大丈夫なんですかね? カリスさん」


 リックの問いに返って来るのは明らかに銃火器の威力を軽視した、おおよそ現代人の価値観からはかけ離れたシルバーカリスからの返事。本当にそう思えるほどの余裕、彼女の態度は、リックの不安を和らげてくれた。事実それが間違っているとしても――徹しきる勇気と共に。

 そうしている間にシルバーカリスは飛ぶ。大通りに面した二階建ての建物の屋上から、人の密度がそこそこある、今花子が乗るスケートボードが通り過ぎた大通りへ。


 「よいしょっと」


 「おわっ、結構高いッ……何とかなったぁ!」


 緩やかにではあるが坂の上に立った建物。それの屋上と下り側にある大通りの石畳との差は飛び降りるのを躊躇する程度の高さではあったが、シルバーカリスは豪快なハンドスプリングで。リックは若干ビビりながらも肩からの前回り受け身で移動速度を損なうことなく着地と同時にダッシュ。当たりの状況の変化を気にしつつ、まだ何にも気が付いていない周囲の煙たそうな顔、顰蹙の視線の集中砲火を浴びながら、道の対面にある二階建ての建物へと向かって走っていく。


 しかし――誰もがそれを傍観している訳ではなかった。


 「させるかぁッ!」


 「怪しい奴らめッ」


 人と人の合間から飛んでくる二つの影。二つは迫る。今人混みへと入り、建物の屋根へと登ろうと身構えるリックとシルバーカリスの方へ。


 「捕まえたぁ!」


 「うおっ!?」


 一人はリックの腰に腕を回し、そのままタックル。押し倒し――


 「ッ!!!」


 「あっ、ヤバッ、あわわ……!」


 もう一人はシルバーカリスをその腕の中に収める前に、針の様に鋭い膝蹴りを顔面に合され、蹴り倒される形となって仰向けに卒倒。

 人相手に感じてはいけない確かな手応え、感覚を感じてか、膝で蹴り倒した彼の方へと足を止めて振り返り、シルバーカリスが口元に左手をやって青い顔をしていたところで路地裏を抜けて駆けてきたセラアハトが合流する。 


 「こいつらは僕の仲間だ。それより良く聞け。ジュネバーブルとルーインがゴルドニアファミリアを裏切った! 奴らの配下は敵として見ろ! 捕えることが望ましいが、敵わないようであれば殺害しても構わないと皆に伝えてくれ!」


 脚は止めては居られない。セラアハトは通り過ぎ様にリックを押さえるゴルドニアファミリアの構成員に言い、今度は己も通り向かいの建物の屋根へとよじ登る。


 「既にボスからは始末しろと――」


 その時、今リックを解放し、こちらを見上げるゴルドニアファミリアの構成員が何やら言い掛ける。

 しかしそれも道行く人々の雑踏と周囲に広がる騒ぎの音に上塗られ、不確かなものになる中、言葉は切られる。


 「敵は腕に白いスカーフを巻いています! それで敵の判別を!」


 上からの情報伝達が上手く行っていなかったと思ったのだろう。彼は重要な情報を大声で伝えてくれた。

 その中で、己の後に続くリックと蹴り倒した相手を心配して後ろを頻りに見つつ付いてくるシルバーカリスを後ろに置いて、煌めく海と港町を正面に屋根から屋根へと駆けながら――セラアハトは一つの疑問を抱く。


 ――ボスからだと、と。


 けれど今、それについて考える時間も猶予も、セラアハトとその仲間たちにはなかった。


 「お兄ちゃん、これ適当に撃ったら二人ぐらい殺れそーじゃない? とゆーか組合長はなんてー?」 


 鋸刃の大鎌を背に、腰後ろの鞘にウッドマンズパルを。そして両手でM1921を持ちつつ、屋根から屋根へと駆けるシャルロットリュスはやや前を行く己の兄、今ブローチの取り付けられた革のガントレットの嵌められた手を口元から下したエンドレスブーケに声を掛ける。

 

 「ルーインかジュネバーブルか。どっちか押さえられればいいって。でもこれ努力目標で、他の組織に渡りそうなら始末しろってさぁ~」


 どどめ色の髪に一筋の鮮やかな黄緑色の髪。それを風になびかせつつ、青い屋根瓦を踏んで駆けるエンドレスブーケは今下達された命令をシャルロットリュスと共有。心底草臥れたような、吐き出すような声で不満げに述べた。

 そしてそれは、当然シャルロットリュスにもエンドレスブーケが思ったようなことを思わせる。この孤立無援な状況で努力目標の達成は不可能であり、目標の始末ですら危ういと。


 「超無茶振りじゃん? ゴルドニアファミリアはともかくとして、競合相手の中には銃で武装してるのがいるし。あたしたちだけじゃ無理無理のかたつむり。増援ないと無~理~」


 「港に農協関係者いるだろうけど制圧されてそうだよねぇ。増援とかないっしょ。こんな事態想定してないし」


 「やっぱお兄ちゃんもそう思うかぁ」


 「んまぁ、手堅くプラスを求めるしかないね。奇跡でも起こらない限り勝てないゲームに張っていってもしょーがない」


 銃と言う強いカードをもってしても二人ぼっち。敵だらけのこの場で、周囲の敵に排除対象とされてしまえば一瞬で消える風前の灯。

 シャルロットリュスもエンドレスブーケもそれは痛いほど理解していたし、直接言葉にはしなかったが、言葉を交わすにあたってお互いが何を考えているか。それがしっかりと伝わって、エンドレスブーケ洋紅色の瞳が自分達の前を行く、セラアハトの背へと向けられる。


 「ねぇ、セラアハトだっけ? 俺達雇わない? ルーインとジュネバーブル追ってんでしょ?」


 エンドレスブーケからのまさかの申し出がセラアハトの耳に届く。その申し出自体は少したりとも彼の心を動かさない。所詮はゴルドニアファミリアの土地の所有権を持つ傀儡を求めるプレイヤー勢力の一波。どうあっても相容れない存在と解っているから。


 ――けれど、一つ。捨て置けない事柄が混ざっていた。まるでジュネバーブルがゴルドニアファミリアの管轄下にないであろうような物言い。その事については。


 「フン、自分達の立場を理解出来ないほど馬鹿じゃないだろう? 傀儡が欲しいプレイヤー勢力のお前らが土壇場で僕の背を撃たない理由が聞きたいな!」


 味方とも言い難い相手に対し、手の内を見せることほど愚かな行為はないだろう。

 今やせ細った馬と白馬が行き、その後にスケートボードに乗った黒マントの少女が通り過ぎた大通りを目前にして、セラアハトは嘲笑交じりに言葉を返す。

 ツラの薄皮剥いた先に如何なる迷いがあろうとも、それを押し殺し、決して表に出ぬように。


 「まっ、そう来るのは当然か。じゃあこんな贈り物があったら?」


 セラアハトの反応は至極真っ当。無条件に信用される訳がない。そんなものエンドレスブーケもシャルロットリュスも理解している。故に二人は互いにアイコンタクトをとり、軽く頷くと建物の屋根から大通りへと飛んだ前を行く者共のほうへ、彼らに対する殺生与奪の権利を放って見せた。

 それに真っ先に反応するのはシルバーカリスと何やら彼女に意味ありげなアイコンタクトを取っていたリック。屋根から飛び、大通りへと落ち行く中で、各々その手にあった獲物を納刀し、自分達の方へ投げられたそれをキャッチする。恐らく自分達が始末した、敵対勢力に寝返ったゴルドニアファミリアの構成員が持っていたのであろうM1921。それにドラムマガジンが取り付けられたものを。


 「リック、どう思う?」


 「たぶん目標を押さえた所で脱出出来ないと踏んでの申し出に思える。それでもってお人形候補が死んでくれりゃ他のプレイヤー勢力がゴルドニアファミリアの領有権にケチ付けられる手段がなくなるから……合理的な判断じゃね。お前んとこの派閥に恩売れるし。利害は一致してる。信用できると思う」


 「ありがとう。参考になったよ」

 

 大通りの石畳の上に着地後、対面の建物へと走りつつセラアハトはリックから意見を聞き、顔を横へと向けて今だ自分達を追ってくる二人組をその瞳に映した。


 「ジュネバーブルおよびルーインの殺害もしくは捕獲をお前らに依頼してやる。成功報酬は10万ゴールドだ。良ければついてこい」


 「オッケー、俺エンドレスブーケ。こっちはリュス。よろしく」


 「精々役に立てよ」


 居所の解らないジュネバーブルの始末と合わせて吹っかけてみたものの、エンドレスブーケは言葉詰まらせることなく快諾。

 セラアハトはそれに少しばかり訝し気に思いはしたが、自分の仲間であるリックとシルバーカリスの手には連発できる銃がある。不意でも突かれない限り裏切られたとしても容易に始末出来ると判断し、その事について考えることを辞めて大通りに面した建物へと飛んだ。


 そしてセラアハトとその仲間たちが次なる建物の上へと上がった時、様々な屋根の向こう側に見える、次の大通り。

 その辺りに――道を遮る形で木箱や果物のたくさん載った荷車、台車などあらゆるものを並べて作られた、簡易的なバリケード越しにフリントロックピストルやマスケット銃を構える美男達が見えて、それらの右腕には白いスカーフが涼やかに風に戦いでいる。


 味方の危機であるとするならば何らかの行動を取るべきであろう。しかし――セラアハトに取っては悪くないシチュエーションに見えていた。

 御しがたいゴルドニアの音楽隊と言う傭兵共の司令塔。自分達の利益次第では今さっきまで友であった者の背を撃つことも厭わぬ風見鶏の長が今ここで脱落してくれたなら、残りは人のいいリックと主体性のないシルバーカリスだけとなって、ゴルドニアの音楽隊は信用に足る貴重な戦力となると。


 ――悪くない状況だ。


 己に牙を向きかねない不安の芽を取り除けるかもしれない状況が、進みゆくセラアハトの口元を緩めるのは当然の流れであった。

 

 「リックさん、花ちゃん大丈夫ですかね。アレ。ここから鉄砲撃ってみます?」


 「んー、サブマシンガンで狙撃はキビシーし、あの子なら上手くやりそうな気がする。とりあえず進むこと考えよう」

 

 人格者と主体性のない力は己の仲間を心配しているようであったが、その手にある銃で何かする気配はない。ただ進むだけ。


 少しの心配とアイツなら何とかするだろうという楽観、ある種の信頼が宿る二つの視線と悲劇を望む視線が一つ。今、その三つの視線が向く先の大通りを二頭の馬が差し掛かる。


 「随分な御出迎えだ。メルフィン。この俺を使ってプレイヤー共の前で御人形劇をしたいPTの意向に沿うつもりはあるんだろうな」


 「怖いなら無理するなよ。今大人しく降伏するなら柴犬チャームに引き渡すまでの間、手を握ってやってもいいぞ?」


 「今更お前とそうしても少したりとも心躍らんな」


 「それはこっちのセリフだッ」


 今までずっとこんな形で口論を続けていたのだろうか。白馬に乗ったルーインと痩せた馬にしがみ付くメルフィンはやいのやいのとお互いを挑発し合いながら、迫り行くバリケードに近付いて行く。

 その間前者は後者を盾にするかのようにその後ろに付き、後者はそれを拒否するかのように馬を左右に動かし――直線ではなくなったその二頭の馬のスピードは落ちて、後ろに迫るスケートボードに乗った黒マントの少女の更なる接近を招く。


 強い向かい風に普段額に掛かる前髪を後ろに戦がせるそれは、なんだか難しそうな顔をしながら右手に持ったマスケット銃を上から降ろすようにして片手で構え、その鈍く輝く銃口の向く先に走りながらも左右に動く二頭の馬の尻を捕えた。


 「うーん……この辺かしら」


 メルフィンの痩せた馬とルーインの白馬。仲間がルーインを撃てるよう、なんとか射線から外れようと大きく横に馬を動かすメルフィンに追随する形で馬を動かすルーイン。

 それらが大通りの端から、大通りの中心へと動き始めた時、花子は右手に握ったマスケット銃の引き金を引き絞る。前方を行く方、メルフィンの痩せた馬の尻に狙いを定めて。


 港町のあちらこちらから上がる薬の咆哮。それに一つの咆哮が加わり、今まで引き離せていた何時まで経っても撃ってこない追っ手の事など意にも留めず、言い争う二人に向けて複数の鉛玉が吐き出されて――


 「なあっ!?」


 「んだとぉ!?」


 悲鳴をあげつつ体勢を崩すメルフィンを乗せた痩せた馬。それに付く形で走っていたルーインの白馬はそれに激突し、体勢を崩す。メルフィン、ルーイン共にその原因を作ったであろう自分達の後方にて小さく見える黒マントの少女の方を見、声を上げながら。

 当然勢いの付いた状態だ。大通りに倒れ込み、緩やかな坂の上であるがその上を勢いよく転がり落ちんとするそれは、当たればただではすまない紛れもなき肉の凶器。激突し、薙ぎ払う。メルフィンの仲間として、裏切り者の脚を奪おうと。しかし撃つタイミングが得られず、まごまごしながら待ち構えていた者どもを――彼らが急ごしらえで作り上げたバリケードごと、その大部分を。色とりどりの果物を撒き散らしながら。


 「あぁ~ッ……完ッ璧ね」


 人と馬とバリケード材とがぶつかり合って滅茶苦茶になったその地点にもう少しで差し掛からんとする、その大惨事の引き金を引いた花子は満足げに唸りながら右腕を立てて弾丸の切れたマスケット銃のバレルを握む。銃器ではなく、鈍器として。

 次にスケートボード半ばに置いた左脚をそのままに、右脚をスケートボードの後端に。馬やバリケードに使われた様々な物、人。それらがまだ止まらず、気を取られ、行動起こせぬ間に右脚に体重をかけ、花子はスケートボードで飛び――今の惨事に巻き込まれなかった道の端、三人の美男美少年が居る所へ。その内一人。今こちらにマスケット銃を向けかけた、一番端に陣取っていた白いスカーフを腕に巻いた美男の方へ向け、空中にてスケートボードを蹴った。


 「くっ! がッ!!!」


 「貸して。お手本見せてあげるわ」


 やってくる黒マントの少女に向けたマスケット銃の銃身は向かってきたスケートボードに押され、軽く弾かれ、それを両手で持っていた者の頭を豪華な装飾が為されたマスケット銃のストックが襲い――倒れ、彼の手から離れ行くマスケット銃は新たな持ち主である黒マントの少女、花子の手によってキャッチ。

 今始末された男の隣にいた美少年が転がり行く馬や仲間たちから意識をそちらへ向けかけた時、今石畳の上に肩から転がる様に着地し、左手に持った火蓋の落ちたフリントロックピストルを半身で構えた花子の手によって彼の額に穴が開いて、その銃声で最後の一人の視線が花子へと向くが――


 「ごぉっ!」


 「ぱーんッ! アッハッハッハッハ!」


 最後の一人が振り向いた瞬間、彼の口にマスケット銃の銃口が綺麗にそろった白い歯を圧し折って突き込まれ、口内にて火を噴いたマスケット銃の咆哮で、ハイテンションな花子の声と共に頭半分が弾け飛ぶ。


 「気分がノッて来たわ。次は殴り合いね。川の向こうでお友達が寂しがってるわ。次はそこのアンタよ!」


 傷口に見られる赤く光るエフェクトが、まるで飛び散る血の様に舞う向こう側からやってくるフリントロックピストルとマスケット銃。

 投げられたであろうそれは、盛大に転んだ二頭の馬に弾き飛ばされ、なお立ち上がろうとするスーツ姿の美少年の方へと飛んでいき――その後に右手に白い円盾を。左手に抜身の白いグラディウスを握った花子が黒いマントをはためかせ続く。


 「ハイッ! 一名様ご案内!」


 「ッ!!!」

 

 敵の混乱。その間になるべく敵を減らそうと動くそれが、立ち上がろうとし、しかし投げられたフロントロックピストルが頬に当たり、そうすることが遅れた美少年の顔面に被弾個所が陥没するような、衝撃で首の骨に深刻なダメージが行きそうな勢いのサッカーボールキックを叩き込んだ所で――彼女の仲間達と、この事態を面白い様な、面白くないような。複雑な心境で見ていたセラアハトが屋根から飛んで、大通りの石畳の上に着地。

 同時に渦中の前方にて動きがある。ポーションの小瓶を咥えたルーインとメルフィン。両者とも喜々として命を狩りに来る追跡者と対峙するつもりはないようで、散らばり、坂を転げ落ちていく果物と共に重力に引かれ行く、それらが乗っていたのであろう四輪の台車に各々飛び乗った。


 「クソッ」


 「やってくれる……!」


 お互い利害が一致したのだろう。メルフィンもルーインも台車にスピードが乗るまでの間、いがみ合う事もなく、息ぴったりに前者は持っていたスタングレネードを。後者は牽制射撃のつもりであろう。M1911の弾倉内にある七発の弾丸全てを敵対する者へ向けて満遍なく撃ち、攻撃に転じていた花子や今その攻撃に参加しようとしていたセラアハト達に物陰への回避を強いて、互いがその場から逃げる時間を作り上げる。


 しかし――前者の行った行為。スタングレネードの齎す影響は、少なくともその場に取り残された裏切り者たちにとって良い物であるとは言い難く、それに対応する体勢が取れていなかった者共に更なる負荷を。一方防御態勢が取れるだけの状態であったセラアハト達には大した影響を齎さなかった。

 故にすぐに裏切り者の粛清を目的とする者とその協力者達は牙を剥く。抵抗するには余りにも厳しい裏切り者たちへと。


 「あぁ、なんて感動的な友情なのかしら。見ていて最高に心が温まったわ」


 坂を駆け降り、ようやく立ち上がった美男の喉を通り過ぎ様に切り裂き、今やっと体勢を立て直してこちらにフリントロックピストルを向けかける美少年のその手を円盾で外側へと弾いて、そのまま体当たりする形でグラディウスで胸部を突き上げた花子は、まだ息のあるそれを盾とし、己へと向けて撃たれた弾丸をガード。今近くを通り過ぎる台車の上へと脚を置く。


 「今撃ったアンタたち! コイツに止め刺したのはアンタたちよ! この仲間殺し!」


 「花ちゃんパス!」


 「悪く思うなよ、これも仕事でさぁ!」


 盾とした少年で自分への銃撃をガードし、円盾を持った右手を一人の美少年に指しながら、最高に楽しそうに罪悪感を煽る花子への攻撃は長くは続かない。

 シルバーカリスが花子の方へとその手にあったM1921を力一杯投げ、リックが花子に攻撃する、しようとする者たちをその手のM1921で銃撃するまでの短い間だった。


 「シルバーカリス、アンタはやっぱり頼りになるわね!」


 シルバーカリスの投げたそれは今坂を下り始めた台車のうえに乗る花子の右腕に抱込まれる形で取られ、リックの行いは圧倒的な手数で物理的に敵を減らす形でも働くが、恐怖。精神的な部分で敵に制約をもたらして、彼らに守る事、回避を強いさせる。

 その一種の混乱状態にて、前へと出るのは左手に細い投げナイフを幾つか持ち、右手に大鎌の柄を握った二人組だ。


 「へったくそ~、目つき悪いお兄ちゃんさぁ、もうちょっと狙って撃たない?」


 「あのさぁ、味方になった途端頼りなくなるのマジやめてくんない?」


 「うぐっ、うぐぐっ……スンマセッ」

  

 リックのM1921の扱いについて、辛辣に言いながらも息のある、無事であるゴルドニアファミリアの構成員達へ投げナイフを投げて行動を阻害し、その手に持った鋸刃の鎌で脚を払うシャルロットリュスとエンドレスブーケ。

 いたたまれない表情で謝るリックの謝罪を受けながらも、重さと遠心力の乗った刃はいともたやすく触れる物を切り裂いて、刈り取る様に進行上の敵を無力化。

 そして彼らは向かいの建物へと飛ぶ。港町を直線に進み、目標を始末すべく。


 混乱状態の敵を蹴散らし、数を減らして戦意削ぐ。組織的な行動は望めず、攻めるよりも守りに思考が向く裏切り者の間を――今、白い白馬が駆ける。

 仲間たちが作り出してくれた隙。その時間を使って取り戻した愛馬。それに跨るは空のポーションの瓶を落としつつ、敵が持っていたマスケット銃を二本抱えたセラアハトだ。


 「この際多くは望めない。死んでもらうぞ。ルーイン、メルフィン。お前らの振りまく火がゴルドニアファミリアを焼き尽くす前に踏み消してやる」


 ゴルドニアファミリアとその領土に住む人々。それを愛するがゆえにあった甘さを断ち切らんと呟き、覚悟を決めるセラアハトの背景には、紅鏡霊樹の使徒の二人組に続くリックとシルバーカリスに――今街の上層。建物と建物の間に走る細い道から現れる、スカーフなど付けてはいないゴルドニアファミリアの構成員達の姿。

 顔を前へと向け、目的を同じくする同行者たちから視線を外せば、正面には盾にしていた美少年の身体を捨て去って、グラディウスを納刀し、円盾を腰のベルトに引っかけてその手にM1921を持つ信用ならぬ黒マントの毒蛇の後姿。その向こうには裏切り者二人。

 耳に届くは複数の命乞いの声と、悲鳴。恐怖を振り払う様な叫び。それらを断ち切る火薬の咆哮。今朝まで表面上は味方であり、仲良くやっていた者同士での生々しい殺し合いの有様だ。


 ――民間人の避難も始まったか。


 危険を察知して建物の中に身を寄せる民間人が疎らに見える大通り。その上を愛馬と共に行くセラアハト。

 彼が道の折り返しであるヘアピンカーブを曲がった時……向かい側。裏切り者二人が進む方向、はるか向こうに大きく立派な馬車と、こちらに向かって走ってきているマスケット銃で武装した騎馬隊が見え、馬を駆るそれらの腕には裏切り者の証がはためいている。

 そしてセラアハトから見て最も近くに見える黒マントの少女、花子は慌てた様子もなく、静かにM1921を構えた。

 妙に馴染んだ様に見える後ろ姿は、直感としてセラアハトに語る。花子はあの手の銃器を――使い慣れていると。


 「ようやっと教えてやることが出来るわね。黒色火薬で燥ぐ土人共に――文明の味って奴をね」


 セラアハトの視線の先にいる花子は額に汗を浮かべつつ、余裕がなさそうに呟く。だが口元には危険な行為を楽しむ様な独特な薄ら笑いが浮かんでいて、スリルに光が散る二つの瞳はマスケット銃を馬上で構える騎馬隊の姿を映している。

 彼女は知っていた。現実世界にある数ある財閥の一つ。そのトップである企業。軍需産業を生業とする企業、猫屋敷製作所。その令嬢だからこそ――マスケット銃の有効射程と己の手にあるM1921の有効射程が似通っていることを。


 騎馬隊との距離は大凡60メートル程。まだ、M1921の有効射程内ではない。けれど、目標は台車に乗った二人の裏切り者と擦れ違わんとする距離にいる。

 有効射程外ともなれば狙いが正確でも安定した命中は望めず、威力も下がる。だが、当たればダメージとなる。複数発当たれば馬だってタダではすまないだろう。

 敵に撃たれる危険性の排除と己の私怨の矛先が向く相手の進路妨害。ここで花子が仕掛けない理由はどこにもなかった。

 

 「名残惜しいわ。愉快な鬼ごっこもこれでお終い。ムカつく褐色肌、チンチクリンの栗毛……次は殴り合いに付き合って貰うわよ」

 

 相手側が撃つのを躊躇う様に民間人が身を寄せる店舗並ぶ道の際を行きつつ、間隔短く一定のリズムで二発づつ、引き金を引く。発射された弾丸は風を切り、騎馬隊の先頭を行く馬を中心とした辺りに向かって行き――弾丸は馬を穿った。

 有効射程外。命に届くには物足りない威力だが、それでも火薬で打ち出された弾頭は熱く、激痛を伴う。それも一発だけではない。立て続けにやってきて、被弾した者を苦しめる。


 「構わん、撃てェッ!」


 痛みで暴れ、体勢を崩しながらも護衛対象を巻き込まぬよう散会する馬達。より正確に、より威力が高くなる弾丸の威力。瞬き一つ後で壊滅的に広がる被害。

 対象への確実な命中。命を刈り取る威力させるにはまだ引き付ける必要がある距離ではあるが、先頭を行き、今倒れ行く馬に跨る騎馬隊の隊長と思しき美男が騎馬隊の隊員達に攻撃命令を発し――倒れ行く馬、それに巻き込まれ体勢を崩す馬の上で、それらの一部は引き金を引き絞る。銃口を災禍の根源へと向け、なるべく店舗に弾丸が行かない射角を意識し、その瞳に使命を。自分達の正義を持った光りを走らせて。

 けれどそれでも撃てた者は僅か。民間人を盾に取るかのような花子の卑劣な位置取りと、仲間が遮る射線。それ故に。


 「チッ、今までのボンクラ共とはッ……訳が違――くあッ!」


 だが、放たれた弾丸は花子を襲う。

 鉛玉が風を切る音、髪を、頬を撫でる感覚。なるべく身を低くし、M1921の引き金を引き絞ったままの花子は己の急所を守る様に左手に取った円盾を掲げたが、次に来るのは円盾を殴りつける強い力。続けざまに走る脚を鋭く貫く痛み。体勢は崩れ、身体は後ろに引っ張られる。


 「おやおや、そんな体たらくで道の終点までにこの僕を殺せるのかい?」


 「フッ、黒頭巾。それがお前の限界だ」


 弾丸に撃たれながらも自分達を避け、建物や石畳に激突する騎馬隊を両サイドに自分達を追っていた追跡者の行く末を見物していたルーインとメルフィンは心底気分良さそうに呟く。

 二人の視線の先のそれは、火を噴かなくなったヘンテコな銃を持ったまま、今、後ろに倒れ行く。台車の上からは脚が離れ――あとは転げ落ちるだけ。

 しかしすぐにその面白い光景に異物が混ざって、二人の表情はやや曇った。倒れ行く花子。その背後に迫る白馬。手を伸ばす、セラアハトの姿に。


 「これで勝ったと思わない事ね! 私は必ず戻って――ぐえッ!」

 

 「一つ貸しだな!」


 痛みより屈辱。悔しさに歯を剥く花子の首根っこをセラアハトの手が掴み、馬上の上へと勢いよく引っ張り上げて、彼女の身体はセラアハトの前へと収まる。

 潜在的に敵対関係であった者を助けたこと。助けられたこと。セラアハトも花子もその事実に心が曇った。


 ――自分の甘さが嫌になる。見殺しにしておけば懸念も払拭出来ただろうに。


 ――コイツに借りを作るなんてこの上ない屈辱ね。石畳にキスをしたほうがまだマシだったわ。

 

 花子の肩越しに前を見据えるセラアハトと盾をベルトに取り付けて、小物入れから取り出したポーションを飲む花子。両者とも最高に曇った気分になりながら、後悔と共に腹の中で呟く。


 「余計な事してくれるじゃない。あれぐらい一人でどうにでもなったのに」

 

 とても決まりの悪い微妙な沈黙。それを突き破る花子は弾倉内が空になったM1921を投げ捨て、そっぽを向きつつ何とも助け甲斐のない強がりをして見せる。

 だが本心は……その言葉とは違った。

 あの局面助けて貰わねば石畳に激突し、馬と一緒にハードランディングした者共。その生き残りから一斉射撃を喰らって死ぬほど痛い目に遭っていたと。

 

 「今ここで水掛け論に付き合うつもりはない。お前が射手だ」


 手綱を右手に、左手で抱えるように持っていた二本のマスケット銃の内、一本を花子の前へセラアハトはやり、受け取る花子は心底気に入らなさそうに眉を歪め、下唇を噛みしめていたが大人しくそれを受け取る。

 頭の中を巡るは屈辱。この恥は今自分達の方を振り返り、面白くなさそうに眉を上げる二人組。ルーインとメルフィンが齎した物。

 深く傷付けられたプライドは決して金銭で癒せるものではなく、隙あらば裏切り者二人の身柄を押さえ、何処かに売り飛ばさんと考えていた浅ましい花子の考えを改めさせるには十分で、もう彼女の中で勝利の結末、景色は裏切り者二人の屍で彩られなくては気が済まないものとなっていた。


 「――良いでしょう。セラアハト。今回はアンタに使われてやるわ」


 借りは作ったし、敵には強い恨みを持った。その実利を度返ししてもどうにかしてやりたい敵へと向け、花子はマスケット銃を構えるが――しかし同時に、セラアハトの目にとあるものが飛び込んできた。


 「待て、花子。次のカーブで馬車の馬を狙え。あの裏切り者共を一網打尽にするぞ」


 「後始末してくれて罪に問われないなら老若男女問わず鉛玉で吹っ飛ばしてやってもいいけど……アンタの立場的に良いのかしら。民間人の馬車撃たせるって言うのは」


 「この島の守護者たる僕が民間人を撃たせると思うのか?」


 「ああそう。アンタの財布がスッカラカンにならなきゃいいけどね。これから負うであろう補償問題で」


 指示を出すセラアハトの紫がかった空色の瞳に映るのは、豪華な馬車。その背面に取り付けられた窓の向こうにある人影。ブラウンの髪色の、ルーインによく似た褐色肌の美男……ジュネバーブルの姿であった。

 セラアハトの指示を新たに受ける花子はその間、狙いについてルーインとメルフィン両者に悟られないようにかマスケット銃を構えたまま、両者は会話を交わす。


 二人の視線の先にいる裏切り者二人。彼らもまた、行動に出る。

 今擦れ違わんとする馬車。メルフィンに取っては味方であり――ルーインに取っては敵。

 互いのピンチを乗り切るためのほんの少しの間の休戦協定は、長く続くものではなかった。


 「チョコレートボンボン、コーヒーゼリー! ルーインがロリポップキャンディに寝返った!」


 紳士協定の終わりはメルフィンの声が辺りに響くまで。

 戦いの再開の合図となったそれに――馬車に乗っている者たち。そして、ルーインに行動を強いた。


 「チッ、このタイミングで仕掛けて来るか」

 

 馬車を追い抜いた時にでも行動を起こそうと考えていたのであろうルーインは、メルフィンの機転、先手を打たれたことに一切驚いた様子もなく毒づき、スーツを腹って両手に握る。左右の手に、M1911を。

 そしてその銃口が向けられる先は今開かれんとする馬車の扉であった。


 「ゴルドニアの末裔であるこの俺の盾となれることを光栄に思うがいい!」


 「おわー!」


 「お前らの家族どうなってんだよぉぉぉぉー!」


 肉親の情などないかのような晴れやかなルーインの声と共に二丁拳銃の銃口から放たれる弾丸。向かう先は開けられた馬車の扉の向こうにいた、厚い胸板が特徴的なウェーブのかかったチョコレート色の髪の大男。

 その男、チョコレートボンボンは激しい銃撃に晒され、悲鳴を上げ――前へと出した手に持ったM1911を落とし、仰向けに倒れ行き、その少し後方では白馬の上で花子の瞳がギラリと輝く。

 倒れるチョコレートボンボンの向こうから聞こえるは妙に掠れた男の声。平気で肉親を裏切るゴルドニアファミリアのトップ。その家の在り方について絶叫する声を耳にメルフィンが行動を起こす前に、ルーインの持つM1911の銃口は馬車を引く馬へと向いた。


 「愛する父よ。さらばだ。精々飢えた猟犬どもを引き付けるんだな。この俺のために!」


 「ルーイン、この親不孝者めぇ!」


 馬の悲鳴に混ざって聞こえる溌剌とした声と呪詛の声。

 馬が撃たれ、馬車が曲がり角の店に激突する軌道を描きかける中、その後方では白馬から大きく身を乗り出し、必死の形相のセラアハトにマントを捕まれながら瞳を輝かせて何かをキャッチする花子の姿。

 その大通りのサイド。坂上に立つ建物の上には今セラアハト達に追い付いた仲間たちの姿が見えた。


 なんとか落馬しかけた花子を己の前へと戻したセラアハトは鼻から小さく息を吸い――口を開く。


 「ゴルドニアの音楽隊及び紅鏡霊樹の使徒に伝達! 馬車の中にいるジュネバーブルを始末しろッ! ルーインは後で構わない! 花子、僕達はこのままルーインを追うぞ!」


 攻撃目標を指定するセラアハトの号令と同時に彼の視線の先で馬車は建物に激突。

 潰れた馬と停止した馬車は横向きに、ひしゃげて半開きになった扉からは大男と激突の衝撃で伸びたポニーテイルの男が倒れ込む形で放り出され――その奥に、見覚えのある、ルーインによく似た顔つきの美男の姿が現れる。


 ――リック、任せたよ。


 ヘアピンカーブを曲がるべく、白馬の速度を落としながらもセラアハトが心の中で呟き、今大通りへと飛び降りた思い人の方を横目で一瞥したところで――目の前の黒マントの少女に動きがあった。

 直後響くは二発の銃声。その発生源には腕の中にマスケット銃を抱きしめたまま、銃口から硝煙引くM1911を両手で構えた花子の姿。

 銃口の先には――馬車の中、左胸に二つの穴を開けたスーツ姿の、尻もちを着くように、向かいの馬車の扉に背を預けながら崩れ落ちるジュネバーブルの姿があった。


 「クリア! ほらほら立ち止まんじゃないわよ。海に出られる前にあのムカつく褐色肌の息の根を止めるのよ!」


 思い人を信じ、期待し、思うセラアハトの淡い想いと今さっき出した彼の指示は、仲間たちの方へと振り返る少女の指示で上書きされる。石畳の上に落ちる甲高い空薬莢の音と共に。

 射撃チャンスはほぼ一瞬でありはしたが、それを物にした花子は左手を降ろして右手でM1911を持つ形に。人差し指を伸ばし、親指でセーフティーレバーを操作。セラアハトの前で、見た時のないほどの慈愛に満ちた瞳で右手のそれを見詰めると、口づけをした。


 「美とは何かという問いに対する答えのようなフォルムに……愛くるしい銃声。ん~、愛してる。この世界に来てからアンタがいなくて心に穴が開いた気分だったのよね」


 己の武器に愛着を感じ、愛するという感覚はセラアハトにも理解できる感情であったが、やや行き過ぎにも思える花子の反応とその眼差しにセラアハトは口元を歪め、若干引きつつ手綱を操る。

 色々と調子を崩されたセラアハトが操る白馬はヘアピンカーブを曲がってこの峠道の次の段へ。海と港町が近く、海鮮市場が並ぶ場へと差し掛かり、魚介類由来の生臭さと、それらが焼ける食欲をそそる匂いが風に乗って道行く者たちの備考を擽る。


 その香りは、今道を横断しようとする者どもの鼻にも届いていた。

 

 「シルバーカリス、目標が死んだか確認しておいた方が良くないか」


 迷うことなく港町を下るシルバーカリスの後ろを走るリック。動かなくなった馬車の方を振り返りつつシルバーカリスに問うが、前を行く彼女は走る速度をそのままに、顔を横に向けてリックの顔を一瞥した。


 「花ちゃんは凄いですから大丈夫ですよ」


 涼しく微笑する彼女から返ってくるのは花子の信頼だけを根拠にする言葉だ。

 同じく花子への信頼が厚いリックは納得しかけるが、シルバーカリスよりずっと心配性なのだ。心に靄が残って眉間に皺が寄る。


 「心配性だなぁ、目つきの悪いお兄ちゃんは。生きてたとしても上からセラアハトの派閥の奴らが降りてきてるし、詰みっしょ」


 「大体俺らに立ち止まってる猶予なくない? 目標が桟橋まで出て、ジェットスキーとかに乗ったらその時点で任務失敗なんだけど」


 そんなリックへシャルロットリュスとエンドレスブーケが追撃。

 シルバーカリスの楽観論より遥かに現状に地に足付いた意見は、リックの眉間に寄った皺を解き解すのには十分だった。


 「てか、目つき悪いお兄ちゃんさぁ、使わないならそれ貸して。あたしの方が上手く使えるから」


 「えっ、えー……あー、わかった。信用してるからな。裏切んなよ!」


 「任せて任せて。これでチャチャッとお仕事完了ってね」

 

 リックの持つM1921を物欲しそうに見ていたシャルロットリュスとリックとの間で交わされる会話。

 ぐいぐいと圧力を掛け、要求する前者と戸惑い、躊躇し、結果的に要求に応じた後者とが、仲間たちと共に向かいの建物へとよじ登り、その向こうへと駆け出した後に、大通りから騒がしさが消え去る。


 破壊と死を敵へと容赦なく撒き散らし、それでいて罪悪感の欠片すら抱かない者どもが通り過ぎた惨状の痕に――建物の上にて、馬車を見下ろす形で二つの影が現れる。


 燃え広がる戦火。坂の上から下へと過ぎ去る災厄。

 青い空の下、銃声と悲鳴とが混ざる青と白の港町まで燃え広がり、駆けていったそれはまだ伸びて――港町と海の境まで延びんとする。

 際限なき人の欲と意志。人を最も強く、獰猛にする渇望の力。ゴルドニア島を核として燃える人の業の炎はまだ強く、陰る気配などありはしなかった。

クッソ仲の悪い二人が利害の一致とか、やむにやまれぬ状況で共闘するシチュエーション。良いですね。うん。猫屋敷さんとセラアハト君が完全に敵対するルートも考えてはいたんですけど、こんな感じになりました。

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