外道の手段と戦士の才能
便衣兵とは、一般市民と同じ私服・民族服などを着用し民間人に偽装して、各種敵対行為をする軍人のことである。
ってWikipediaくんが言ってました。マロンパイセンがやったことはこれとは少し違う事なんですが、外道の謗りを受けるに値する行為だと思います。ちなみに第二次世界大戦ぐらいまでは大正義アメリカくんや迫真美大落ちおじさんの所とかでもやってたらしいですよ?
銃声と悲鳴に満ちる、青と白の大きな洋館。
照る太陽の元にあるそれの中に駆けまわるは、その洋館とは時代のズレた銃器で武装する、上腕に白いスカーフを靡かせる、黄色いウサギの刺繡の入ったスーツ姿の美男美少年たち。
彼らは走っていた。まだ見ぬ敵。あるかもしれない危険に対処すべく……広く、だが見慣れた洋館と、その周囲を囲む広大な庭とを――嘗ての同胞を敵として狩る、猟犬として。
「……おかしい。任務の終了報告が入って来ない。まさかもう洋館の敷地外へ逃げたのか……?」
洋館のエントランスホールにて、黒い金属鎧の男は呟く。
上腕に白いスカーフを巻き、M1921で武装したゴルドニアファミリアの構成員達に守られる形になりつつ、左右に落ち着きなく歩き、赤い癖毛の前髪を弄りながら……どことなく不安を感じた風に。苛立ったように。
「我々も二階会議室へ向かって見ますか? 夕暮れの――」
「ええーいッ! その名で俺を呼ぶなァー! 俺はアカタンタン……赤丹丹だッ!」
「ひっ、すみませっ……!」
脚を止め、やや上ずった声で取り乱す男――赤丹丹。
赤い瞳で口を挟んだゴルドニアファミリアの構成員を睨みつけ、彼は吼え……再度何か考えたように口を閉じる。視線を上に。左右に再び歩き始めながら。顔を見合わせるゴルドニアファミリアの構成員たちのことなど気にも留めた様子無く。そこから色濃く出るのは不安の色だ。
「!」
うろつき始める赤丹丹がターンしようとしたとき、彼のガントレットに埋め込まれたブローチがぼんやりと青い光を放ち……待っていましたとばかりに彼は人差し指でブローチを叩いた。
『各位へ。こちらウォーキングブレッド。キャンディ、ドレス、その他にアンノウン活動一を確認。マザーズルーインはこちらを裏切り、キャンディに付いた模様。現在アンノウンの手中にあり、撤退地点の方向に向かっている。各自状況を報告。送れ』
ブローチから聞こえるのは定時連絡を求める隊長の低い声での無線。もしかしたら新たな指示が貰えるかもしれないと思いつつ、やや明るい表情になった赤丹丹は耳を傾ける。
『ウォーキングブレッド、こちらリカーテイカー。ジュネヴァ確保に成功。追っ手は居るものの予定通りEVACに向かう。終わり』
良く知る同僚の声。掠れたその声は全てが上手く行っているような、なんの異変も感じぬもの。
赤丹丹は余裕なさそうに眉間に皺を寄せ、少しばかり悔し気に奥歯を噛みしめた後、口を開いた。
「ウォーキングブレッド。こちらバタリング・ラム。スネイルからの連絡は途絶。シュリンプ、フランシスクス共にロスト。先ほどロストポジションに四人ほど――」
『ブレイク、バタリング・ラム、こちらウォーキングブレッド。洋館から出る者が居ないか見張りつつ我が来るまで待機せよ。待機せよ。送れ』
「バタリング・ラム、了解。警戒厳で待機する。終わり」
現状に不安を覚えていた赤丹丹だったが、増援が来る安心感より、自分の所が上手く行っていないことが浮き彫りになった悔しさの方が勝り――苦々し気に応答。
20人ほどだろうか。周囲にいる、こちら側のゴルドニアファミリアの構成員たちを眺めながら――ブローチから聞こえる以降の指示に大人しく耳を傾ける。
『ウォーキングブレッド。こちらプールサイド。EVACの確保完了。周囲異常なし。マザーズルーインへの指示、詳細情報を求む。送れ』
『プールサイド、こちらウォーキングブレッド。改めて命令を下達する。マザーズルーインは大鎌で武装した二人組によって、騎馬にて護送されている。現地で追跡を続けるデュオと協力し、生かしたまま捉えろ。終わり』
そして最後の部隊の報告が終わった時、赤丹丹のガントレットにはめ込まれていたブローチは点滅しなくなった。
静かになって残るのは、他のチームへの劣等感と自己嫌悪。銃で武装した手駒をもってしてもことが上手く行かない事実に……赤丹丹は口元を歪め――先ほど自分達に合流した、帽子を深く被ったライトアイボリーの髪の美少年に視線を向けた。
「おい、腕のスカーフが緩んでいるぞ。ちゃんと結べ」
赤丹丹は落ち着きのない様子で、その美少年の方へ近寄ると、彼の上腕にて緩んで解けそうになっている白いスカーフを再度結びなおすために解き始めた。
「あっ、すんませんねえ」
神経質そうに、余裕のない表情を浮かべる彼にその美少年はスカーフを結びなおされつつ……エントランスホールの正面。サイドに階段、中腹に踊り場。その踊り場から更に左右に階段が伸び、四か所の廊下の入口へと繋がる、回廊を見る。
帽子の鍔で陰るそこから鋭く輝くライトアイボリーの瞳には、黒い影が廊下から回廊へと出ていく様子が窺え、その視界上部にチラつく何かに周囲のゴルドニアファミリアの構成員たちが気が付き、訝しんだとき――声は響いた。
「全員銃を捨てろ。今すぐだ」
二階回廊の上から聞こえる、低い声。それにハッとし、赤丹丹が顔を二階の方に向ければ、黒いコートの白髪の、長身の男が経っているのが目に付いた。
その人物の両サイドには対面の廊下まで続く、M1921で武装したゴルドニアファミリアの構成員の姿。上腕に白いスカーフなど巻かれていないそれらが持つ銃の銃口はエントランスホール一階にいる者どもへと向けられている。
不利な状況ではあるが、頭数はこっちに分がある。不測の事態が度重なるこの状況下、謎が謎を呼ぶこの時、赤丹丹が出来ることは一つだけだった。
「撃てーッ! 殲滅しろぉッ!」
赤丹丹は銃口を二階回廊へ。吼えるとともに引き金を引き絞り、それが銃撃戦の合図となる。
けたたましく響く銃声がエントランスホールを満たす。銃声に銃声が。悲鳴に悲鳴が塗りつぶし――放たれた弾丸は交差して、辺りを地獄絵図に変えていく。
「クソッ、どうなってる……」
ドラムマガジンの中に入った50発を全て撃ち終え、牽制射撃がてらに幾人かを葬った赤丹丹。彼は今ある状況に困惑しながら、回廊の下。それを支える柱に身を隠しつつ、ドラムマガジンを床へと落としてリロードを始める。
その間にも回廊から銃弾は降り注ぎ、跳弾音と共に柱の角を削り、大理石の床を小さく砕き、逃げ遅れて動かなくなった者の肉体を穿つ。
「赤丹丹ッ! 上の廊下に見張りは居たんだよな!?」
「ああいたさ! なんでこんなやすやすと……あぁっ、クソッ!」
回廊側とエントランスホール側のほぼ遮蔽物のない銃撃戦。身を小さく、気休め程度の遮蔽物に隠れ、自分達を殺そうと撃ってくる者へと目掛けて銃弾を撃ち込み、無力化する。
敵もすぐに倒れてくれるが、味方もそれと同じようにバタバタと倒れていく中、今さっきまで話していた仲間が銃撃を受け、声無く倒れ行く様を見て、思わず赤丹丹は声を荒げ――彼はガントレットに埋め込まれたブローチを指先で叩いた。
「シュリンプストリッパーチーム、こちらバタリング・ラム。今すぐエントランスホールに戻ってこい! 回廊の敵を掃討しろォッ!」
リロード中の味方を援護するための牽制目的の射撃を片手でしつつ、赤丹丹はまだ洋館周辺にいるはずの、己のチームの傘下であるチームに呼びかける。
けれど返事は帰って来ない。ノーガードでの殴り合いの様相を呈す銃撃戦の中、赤丹丹は再度ブローチを叩いた。
「ウォーキング――ッ!」
ブローチに呼びかける赤丹丹。次の瞬間、彼の腕にハンマーで殴られたような重たい衝撃が走り、強く弾かれる。
二階の回廊からではどうやっても通らない射線。そこからの銃撃であることを理解し、赤丹丹は振り返る。己の背後。銃弾が向かってきた先。いつの間にか開け放たれていたエントランスホールの玄関口へ。
そこにはいやに暗く見える玄関口に縁取られた眩しい外の光。それを背に、衣類や髪を風でなびかせ、腰だめで銃を構える人影があった。
目が慣れ、深く帽子を被ったライトアイボリーの髪色のそれがなんであるか見えた時――赤丹丹は複数の強い衝撃と共に、床の上に倒れていく。
「敵だァー!」
悪ノリだろうか。攻撃的で、弾むような声と共にそれはエントランスホールにいた者達を銃撃。
どこから弾が飛んできたか分からぬ弾丸と悪意ある声に、エントランスホールに居た者どもは恐慌状態に。パニックとなる。
「後ろかッ!」
「そこだぁー!」
「うひぃ!」
「馬鹿っ! こっちは味方――」
装備は立派ではあったが、所詮は平和の中で育った烏合の衆。それらを急ごしらえで纏めた部隊が恐慌状態からの己を護るための乱射……同士討ちまで。そこまで至るまでには時間は掛からなく、弾倉の中の弾丸が空になるまで間に、エントランスホールに立って居る者は僅かとなる。
そしてそれらは正気に戻る暇すら与えられず、回廊から顔を出した者達に撃たれ、この混乱を作る原因となったものに狙い撃ちにされて床へと伏す。立ち込める硝煙の匂いのなかに。
折り重なる死体の中に赤丹丹は這い蹲っていた。朦朧とする意識をかろうじて保ちながら。
彼は顔を上げる。近寄って来る己を撃った者。上腕に結ばれた白いスカーフを強引に外し、深くかぶっていた帽子を人差し指でくるくると回した後、その辺に投げ捨てつつ……M1921を右手に、口笛を吹く、スタイリッシュなスーツ姿の少女――マロンを恨めし気に見上げて。
「ハーグ陸戦条約違反ッ――!」
「うっせ。どの口がほざきやがる」
赤丹丹の抗議の声に返される形でマロンの右手に握られたM1921の銃口は彼の方に向き、一発の発砲音と共に彼の朦朧とした意識を断ち切り――動かなくなった彼のすぐ横を銃を肩に担いだマロンが歩いて行く。
その最中、彼女は何かに気が付いたらしく、口笛を吹くのをやめて何か思い出したかのように視線を上へと向け、若干バツが悪そうな表情をした。
「ここって都市属性だっけ……あぁ、まあいいや。ゴルドニアファミリアの奴がやったことにすりゃいいや。おーい、おっさーん! 次どーすんだー!?」
迷いが生じ、後頭部を左手で少し掻いたのはほんの一瞬。彼女はすぐに頭の中を切り替えて、エントランスホール正面にある階段から降りてくるウズルリフと廊下の奥に隠れていたのであろう、シルヴィーの元へと左手を振り、呼びかける。
対するウズルリフは周囲を警戒、まだ息のある敵を発見次第射殺しながら。シルヴィーはマロンを真直ぐ見据えたまま進んで来る。よくやった部下に向けるような朗らかな笑みをその顔に。二人の後にはマロンが敵に成りすますことによって救った、ゴルドニアファミリアの構成員たちが続く。
「ボス、敵は仲間と連絡を取っていた。これ以上マロンに裏切り者共の背中を撃たせるのは危険かと」
「わかっている。仲間が居ない状態で仕方なかったとはいえ、俺もあのやり方にはどうかと思っていたところだ」
マロンが考案し、始めた虫下し。敵に成りすまし、もぐりこみ……その背中を撃つついでに追われていた仲間を助けるやり方。
当初からそのやり方に難色を示していたウズルリフの進言に、シルヴィーは同意の意を示した所で彼らとマロンは合流を果たした。
「マロン。お前のお陰でこちらの戦力も整った。今からお前の言う虫下しではなく、一兵士として隊へ加われ」
シルヴィーからの了解を取ったウズルリフは開口一番にマロンに命令を下す。彼女を相変わらずそっ気のない淡々とした表情で見下ろしつつ。
マロンはそんな彼の顔を下から横目遣いで見上げて黙っていたが、締まりのない笑みを口元に浮かべた。
「なんだよ。マロンちゃんが一緒じゃなきゃ寂しいってか」
「黙らせるまでに時間を掛け過ぎた。敵に手の内がバレた可能性がある。一人たりとも戦力を無駄にできんこの状況下では、これが最善だ」
「あー、それなんだけどよ。今ぶっ殺した連中の統括部隊がこっち来るっぽいぜ。たぶん今蹴散らした連中とは比べ物にならねーのが。どーするよ」
「私としては他の拠点に居るであろう味方と合流することを最優先にすべきと思うが……」
仲間のゴルドニアファミリアの構成員がシルヴィーの指揮の元、周囲を警戒し、玄関の扉を閉め、通りという通りを銃を構えて見張る中、その様相に目を移しつつ軽口叩くマロンと会話をしていたウズルリフの視線が、指示を求めるようにシルヴィーの横顔を捉える。
深い緑の瞳に映る彼は、少しの間その視線に気が付いた様子はなかったが、間も無くそれに気が付き、歩をマロンとウズルリフの方へと進めた。
「おい髭のおっさん。次どうすんだ。敵の本隊が来るぞ。ロンゲのおっさんは困ってるお友達集めるのが先で、やり合うのに乗り気じゃねーってよ」
「ふむ……なるほど」
端的に今ウズルリフと話し合った内容を伝えてきたマロンを見、シルヴィーは毛深い顎に手を当てて、指先が見えなくなるまで沈ませながら視線をマロンからエントランスホールで周囲警戒する部下たちの方へと投げる。
そして少しの間沈黙したかと思うと、踵を返し、今この場所で敵を指揮していた男……物言わぬ赤丹丹の身体の元へ歩み寄った。
「マロン、ジュネバーブルの背後に居る奴らは……他プレイヤーに自分達の介入を示す証拠が在った時、どうするだろうか?」
「全力で消しに来るだろうな。つってもそこに転がってる苺チョコみたいな頭した奴が証拠になるかっつーと怪しいかも。強引な方法で言い逃れられないこともねーだろうし」
「質問を変えよう。この男……苺チョコは消したい証拠か、否か。……どうだ?」
「前者」
赤丹丹を見下ろしつつ、マロンと問答をしたシルヴィーだったが、マロンからの返事を聞いた途端に赤丹丹の身体を担ぎ、エントランスホールの階段。その半ばにある踊り場へと向けて歩き出す。
「ボス、どうするつもりです?」
「コイツを餌に俺達に喧嘩を吹っかけてきた奴らを待ち伏せする。ここなら至る所から射線が通るだろう」
ウズルリフの問いを受けつつ、階段を上がっていくシルヴィーはやがて階段の分岐点。踊り場まで上がったところで語りつつ、肩に担いでいた赤丹丹を手すりに俯せに被せる。
それはゴルドニアファミリアのボスであるシルヴィーの意思が、ここでの戦闘を継続するという意思表示として仲間たちに伝わり、今居る者共の表情をより引き締まったものにさせた。……終始他人事な風に付き合うマロンと、仏頂面のウズルリフを除いて。
「よし、聞こえていたな。さあ散れ、各々隠れて待ち伏せに備えろッ! そして時が来たら教えてやれ。ここがどこなのかをな!」
指針が決まる。左手に硬い握りこぶしを作り、突き出したゴルドニアファミリアのボス、シルヴィー・ゴルドニアの勇ましい言葉によって。
各々は行動に出る。ある者は死体に紛れ、ある者は二階回廊へ、ある者は廊下を少し入ったところにある小部屋へと。
敵を待ち構える見えない布陣。
その一部を形成しようと動き出したマロンは少し引っかかっていた。どうもなにか懸念を感じた様子であったウズルリフの顔色に。
けれどもう既に賽は投げられた後。彼女もまた、敵を待ち構える布陣の一部となる。
死屍累々のエントランスホールの中、未だに戦いの気配消えぬ外からの音を聞きながら……ただ静かに。
◆◇◆◇◆◇
湿った石畳を蹄鉄が叩く音が濃く響く。
そこは緑豊かな、熱帯林の中。鳥が歌い、蝶が舞い……色とりどりの花が咲き誇る場。
木々の切れ目からは青い空に白い雲が浮かぶ様相が見て取れて、そこには海鳥たちの姿も映る。
森の濃さも薄くなり、段々人の気配。人の手が加えられたような部分が徐々に見て取れ始め、右手には緑のカーテンで縁取られた、水平線まで伸びる海、空が窺える。
そろそろ熱帯林から抜けられそうなのでは……そう思われる雰囲気の中、複数の思惑が絡み合った六頭の馬の集まり。膠着の場にて――とある一人がふうっと鼻から息を吐き出した。
「あぁ、そろそろ誰か派手に転ぶところ見たいわ」
複数の馬が纏まって走るそこ。決して仲間同士ではない集まりの中で……恐らく一番強い立場なのだろう。真っ黒いマントを風に靡かせる少女は呟いた。
その不穏な呟きは、一部彼女と敵対する者どもの顔を強張らせ、そちらの方へと振り返らせる。
「おぉい、いいのかぁ! あたしとお兄ちゃんになんかあったらコイツの首チョンパだかんなぁッ! わかってんなぁ!」
「おい馬鹿止しなッ! 刺激しちゃだめだよッ!」
テカテカとした黒を基調としたレザーアーマーに身を包み、背中に鋸刃の大鎌を背負った見てくれの似た少女と少年。
馬に跨った彼らの赤い瞳が見る先には、今徐にマスケット銃を構えた骨と黒革とマントの少女の姿が在り、その銃口は大鎌を背負った少女へと向けられると同時に、大鎌の少女は己の前に乗せたスーツ姿のぐったりとした褐色肌の男の首元にウッドマンズパルを突きつける。
「アンタたちをどう料理するかは後で考えるわ。とりあえず前退きなさいよ」
「リュス、言うとおりにして」
「うっ……うん」
対する黒マントの少女――花子の、酷く冷めた表情、口調での言葉。
エンドレスブーケとシャルロットリュスは戦慄に顔を強張らせながら、兄妹でアイコンタクトを取り短く言葉を交わしながら、言われた通りに退く。
そして射線は真直ぐ…この六頭の馬の集まり。その先頭を行く美少年の背中にまで伸びる。
――ゴルドニアファミリアの中に潜り込んだ裏切り者の一人。メルフィン。その小さな背中に。
「セラアハト、とりあえずアレ始末しても大丈夫よね?」
「ハッ、強気じゃないか。ルーインが捕獲できる前提で行動――」
「あぁ、ヌルい。ヌルいわ。もっと頑張って囀って。もっと私をムカつかせて。我慢に我慢を重ねた後にそいつを撃ったらすごくスカッとすると思うの」
圧倒的な状況的優位と天性の口の悪さ。それを備えた花子の前にはメルフィンの余裕ぶった薄笑いを浮かべた強がりなど負け犬の遠吠えに等しく、響かない。彼女の心をイラつかせる形には。
花子のその反応はメルフィンに強い敗北感と無力感を与え、奥歯を強く噛みしめさせて次なる言葉を詰まらせる。
「ゴルドニアファミリアの一員として重要参考人としてメルフィンの身柄は生かしたまま捕えたいが……僕個人としては撃ち殺してしまっていい様な気がしている」
花子とメルフィンの話の途切れにセラアハトは花子の質問に答える。
公より私を優先する何とも感情的な心内の表明に花子が碧い瞳を動かすと、荷馬車の上にて今フリントロックピストルのリロードを終えて、小道具を腰の小物入れに押し込むセラアハトの姿と、この膠着状態に退屈そうにするリックの姿がある。
一方的に好く相手を傷付けられたこと。それを明らかに根に持った風な厳しい目つきのセラアハトは、口調や佇まいこそ冷静そうではあったが、その内心はその対極にあるようだった。
「ハッキリしないわね。女々しくウジウジして――」
けれどもその返答はただの気持ちの表明に過ぎない。花子が求める答え。決定ではないがゆえに苦言は呈されるが……その最中。ほんの一瞬。碧い花子の瞳とメルフィンの栗色の瞳が合い、視線が交差した。
そしてメルフィンの乗る馬。それが横に移動し、退いたはずのシャルロットリュスの背に射線が被る。
一見それは撃たれることを拒絶し、しかしながら何の意味もなさない苦し紛れの抵抗にしか見えはしない。
けれど、花子の瞳には違ったものに映っていた。
それは花子に一つの閃きと共に、言葉無いメルフィンの意思を伝える。……自分を出汁にし、間違った体で油断しているシャルロットリュスの背中を撃てと。
紛れもない、利害が一致した者同士の……ただ利益と憂さ晴らしの為にルーインの身柄が欲しい花子と、生き延びたいメルフィンの心が通じる瞬間であった。
しかし――その場の空気。花子の一言によって膠着から進捗へと流れが動き始めた事実を、危機として感じ取るものが一人いた。
事態を静観し、ただ成り行きを見守っていた男。彼の瞼はついに開く。事態の転びようによってはここで死ぬことになってしまうから。そうせざるを得なくて。
そして花子、メルフィン、その人物三人は行動を一斉に開始する。静から動へ変わる流れの中で。
「何勝手に動いて――」
「動くなぁッ、小娘ッ!」
「うーわー!」
メルフィンを咎める言葉を発しかける花子の持つマスケット銃の銃口が、シャルロットリュスの背に移ろうとしたとき、異変が起きる。
花子にとって聞いているだけでむかっ腹の立つ男の声と共に上がるは、下顎と右手首に異変を感じたシャルロットリュスの叫び。
彼女の操る馬の上では、いつの間にか縄を解いたルーインが左手に持った銃。フリントロックピストルよりも遥か未来の銃器であるオートマチックピストル、M1911の銃口をシャルロットリュスの顎下に突きつけ、彼女の右手。ウッドマンズパルを握るその手の手首を右手で掴んでいた。恐らくこのごたごたの中で、気絶した振りをして縄を切るなりしていたのだろう。解け切らない縄を身体に絡ませつつも。
直後に周囲を覆っていた緑のトンネルを抜けて新たな景色が一同を出迎える。強い向かい風と共に、戦う者たちの髪や頬をやや強く撫でて。
左手には鉄柵で囲われた、白と青の庭園の中にある峠の天辺に立つゴルドニアファミリアの洋館。
正面には今行く道と接続する、白い石畳で舗装された真ん中に兎のマークのモニュメントが置かれた、軽い広場といっても良さそうな三つの道に分岐する交差点。
左手には熱帯林を隔てる二階建ての建物と、街の境界線。
それらの背景には遠目に見える水平線の見える海と、斜面の上に段々と建つ、白い石材でできた建物で形成される港町があった。
しかし、良く晴れた日のお昼時。色鮮やかで美しい景色になど、戦いを繰り広げる者達にとって気にしては居られない。所詮は敵を出し抜こうとする場所が変わっただけに過ぎなかった。
「リュスッ、落ち着きなッ! そいつは撃てない!」
花子が銃を持つ限り、ルーインにとってリュスは肉壁になる。花子が絶対に自分を撃たないという確証がない以上、ルーインはリュスを切れない。
周囲の景色が様変わりする中、冷静に物事を見、分析していたエンドレスブーケはテンパるリュスに言いつける。
けれどもそれは考えたというよりもほぼほぼ思考途中に反射的に喉の奥から出た言葉。今この場で主導権を握る花子や、いやに大人しいメルフィンの動向は加味されてはいなかった。
「ねぇ、セラアハト。馬肉料理好き?」
「何を呑気なことを……ッ! この非常事態に――!」
エンドレスブーケの耳に聞こえる花子とセラアハトの話し声。それに気が付き、エンドレスブーケが花子の方へ視線を向ければ、彼女はマスケット銃の銃口をシャルロットリュス――ではなく、彼女とルーインの乗る馬。その脚へと向けていた。
これから何が起きるか。セラアハトが察し、驚いた風に目を丸くした瞬間、銃声が響いた。
しかし、それは広い交差点に面した港町の建物の方、一行が行く右手、三時の方向から。その時、花子の構えるマスケット銃のフリントは少したりとも動いてはいなかった。
当然その場にいた者達の視線は無条件に銃声の方へと向く。声を飲み込み、驚きと危険の察知とで、各々強張った表情で。
内陸へと続く道を良く見通せる、白い石材でてきた二階建ての建物。それの窓という窓からマズルフラッシュが瞬き、銃声が鳴り響く。
「ええいッ、メルフィンめぇ…!」
「うわわわわわわ……わぁー!」
これを齎した者に見当がついているルーイン、彼の後ろにいる半狂乱で涙目の、狼狽えるシャルロットリュス。
「リュスー!」
そんな彼女を案じるエンドレスブーケと……
「シルバーカリス、馬を盾にしつつ敵の建物まで張り付くわよ!」
「んぐんぐ!」
彼らより後方に居て、冷静に対処しようと行動を開始する花子と撃たれる前提で口にポーションの小瓶を咥えるシルバーカリス。
「伏せろッ、リッ――んむっ!」
「お前撃たれるとマジで死んじゃいそうだからこれ咥えとけ」
リックに命令する最中に、彼にポーションを咥えさせられるセラアハト。
――そんな銃弾が飛び交う中で大絶叫し、馬や荷馬車が進行方向向かい側に位置する建物へと突っ込んでいく中、メルフィンを乗せた馬だけが交差点から伸びる大通り。急な斜面を馬車が上り下りするための工夫であろう、勾配をなるべく減らすために町の中、蛇のように敷かれた大きく曲がりくねった道の始まりを平然と駆け抜けていく。それは自分は絶対に撃たれないという確信が感じられるものだ。
「はーっはっはっはっはっ! これからもっとお前たちの行く道を険しくさせてやるよ。今の状況を切り抜けるのも相当厳しいと思うけどねッ!」
勝ち誇る裏切り者の声の中、自分達を撃った者達がリロードをする僅かな時間……一斉掃射に晒されて死んだ馬や、死にぞこなったが為に痛々しげに立とうとする馬、それらの上に乗っていて放り出された者が居る場にて――残された者は行動を開始する。
「その馬を借りるぞッ!」
「ッ、あぐっ!」
喜々としたルーインの声と響く二発の発砲音。続くエンドレスブーケの苦し気な声。
よろよろと立つ馬や横転した荷馬車に視線も射線も遮られる状況下、建物に叩きつけられ、今うっすらと目を開けたシャルロットリュスは蹲る己の兄の向こう側に、彼が乗っていた白馬に跨るルーインの姿を見た。
そしてルーインは白馬に乗ってメルフィンが行った大通りへと駆けていく。牽制射撃のつもりなのだろう、右手に握ったM1911を横転して側面で交差点の上に立つ、荷馬車と敵が撃ってきた建物の間。その僅かな隙間へ向けて、マガジンの中の残り六発を惜しげもなく発砲して。
けれど間も無く、銃声が一発鳴り響く。マスケット銃の咆哮が……シャルロットリュスからは見えない横転して立つ、荷馬車の向こうから。
そして落ちる。今自分達が面する建物の二階。その窓から今身を乗り出した、白いスカーフを上腕に巻いたゴルドニアファミリアの構成員が――四角いマガジンを取り付けられたM1921と共に。
「ムッキー! なんてムカつく奴らなのッ! こんなことだったら森で始末しておくべきだったわ!」
「馬車用の道を行くようであれば真直ぐ下れば追い付けます、行きましょう!」
シャルロットリュスがM1921を拾い、蹲る兄へと駆け寄る時……倒れた荷馬車が隔てる向こう側では、元気な敵対者たちの声が聞こえ、続いて先ほどの銃声よりも小さな銃声が二発鳴り響き、それを切っ掛けに何かを切り裂くような音、断末魔の様な複数の悲鳴が聞こえる。
きっとそれは先ほど自分達の撃った者の一味の声だろう。建物の両脇にある、人一人歩ける細い路地の辺りからそれは聞こえていたが――鈍く、殴りつけるような音を最後にそれらの声は止んで、石畳を蹴る複数の足音が続く。
「命令、ガンガンいこうぜ! 行く道遮る者は誰であろうと撃滅し、このまま突っ切るわよ!」
「本気っすか、花子さぁん! まだ中に生き残りいるかもしれないし、後ろから撃たれたらどうすんすかぁ!?」
「民間人がいっぱい居る中でそう簡単にパンパン撃てるわけないでしょ!」
「でも撃ってきたら――」
「丁度いい民間人がいっぱい居るんだから上手くやりなさいよ!」
「おぉい、キミィ! それはマズいよぉッ、人として! 何とか言ってやってくださいよ、セラアハトさぁん!」
「偉い人は言いました! 勝てば官軍負ければ賊軍! 正義の前ではどんな行為だって肯定されるわ! 例え民間人への大量虐殺だったとしても! そう歴史は証明しているッ!」
石畳の上を走る音と共に遠のく、賑やかな男女の声。
そして、それに取り残される形となるシャルロットリュスは、今ポーションを飲み切り、復活を果たしたエンドレスブーケにその手にある銃を見せつつアイコンタクト。二人揃って口元に邪悪な笑みを浮かべ……行動を開始する。
この命を掛けた鬼ごっこをする前準備を行うべく、静かになった建物を見据え、そこへと……爪先を向けて。
燦々と照る昼間の陽射しの中、港町は騒めき出す。聞き慣れぬ銃声を切っ掛けに。
それは港町を護るという使命を持った者達に戦いの始まりを告げ……島の中央から飛んだ火の粉を燻らせる。
より大きな炎になるべく。この平和な白と青の美しい港町の中に。
メルフィン君はこの話で、猫屋敷さんの凶弾で肩の根元ごと腕を吹っ飛ばされて死ぬ予定でしたが、変更となりました。
なお、裏切り者の数が想像以上に多いことに気が付いたセラアハト君的には進んで狙う理由もあまりなくなったわけなんですが、メルフィン君はルーイン君に用が出来たので、猫屋敷さん達の競合相手の一人として、この最終決戦に付きまとってくる予定です。
恐らく次回もまさひこの方から更新します。こう筆が乗って来ましてな、次の始まりの絵が頭にすでに浮かんでいるのだよ。スケートボードで遊ぶ幼子……それから無慈悲にスケートボードを分捕る猫屋敷さん……そんな絵がな……。