蛇と歩む道
今回は短いんじゃないでしょうか。6000文字ぐらい。いつも文字数が凄いことになりますが、片手間に読む様なシロモノですし、本当はこれぐらいライトなほうがいいのかもしれない。
眩いほどの日の光と青々と茂るトロピカルな草木。派手な色の蝶や小鳥が散見される、色鮮やかな熱帯林。
木漏れ日と共に苛烈にも見える、色彩が豊かに満ちるその場所に敷かれた石畳。古ぼけ、苔生し、だが道としての体も機能もしっかりと残すその上を、蹄鉄の音と共に二頭の馬が駆け抜ける。
「ねえ、なんか銃持ってるんだけど。なんかスゲー笑ってるんだけど!」
そのうちの一頭。豪華な鞍と美しい白馬に乗り、背中に大きな鎌を背負った、前髪の一部が鮮やかな黄緑色。それ以外がどどめ色の髪の少年は後方を振り返り、視線を釘付けにしていた。薄い洋紅の瞳に――一こちらと一定の距離を保ちつつ、左手に手綱を握り、右手にマスケット銃の銃身を掴んで攻撃的ににやつく少女。彼女の腰に右手を回し、抱えるようにしてもう一本マスケット銃を持つ身体の大きめな少女のペアを映して。
「あんなのハッタリハッタリ、弾あるならもう撃ってるって」
その呟きに応答するのは並走する黒い馬。その上に乗った、少年と同じような容姿の少女。
引き上げたのだろう。身体の前に白目を剥いてぐったりした褐色肌の美男、ルーインをを乗せつつ、手綱を握っている。一切の不安を感じた様子無く、己の兄であるエンドレスブーケを小馬鹿にしたように笑って。
そんな二人の背後。物を投げて攻撃されても対応が十分であろう距離を取ったまま続くのは…花子とシルバーカリスを乗せた馬だ。
「…やっぱり動いて居る相手を狙うのって難しいんですか?」
「この距離だったら素人でも当てられるんじゃないかしら」
マスケットを握ったまま一向に攻撃を開始しようとしない花子に声を掛けたシルバーカリスは、返ってきた返答に怪訝そうな顔をする。
「でもこんなところで撃ったらあのムカつく褐色肌が死ぬ可能性があるのがね」
「うーん、そっちの方が手っ取り早くて良くないですか?」
続ける花子の突然の路線変更。今までの目的とは異なる論を述べた彼女に、シルバーカリスは小首を傾げる。その真意がなんであるか。考えも着かない様子で。
けれど…そんな彼女を置いて、花子は喋り続ける。目前の二人組。その背を見据え、口角を上げながら。
「ゴルドニアファミリア、今目の前を必死で逃げ惑ってる二人組、なぜか居た塩パグ学園島で会った連中。こいつらを見ていて利確にはまだちょっと早いと思ったの」
そこで何となく花子の真意にシルバーカリスは気が付き、半目で彼女の後頭部を見据える。この目まぐるしく変わる状況の中、一時は腕の骨を銃弾で砕かれたというのに回る、花子の悪知恵に呆れた様な目で。
「人身売買、身代金要求の為の拉致…塩パグ学園島の運営さん達笑えませんね」
「罪のない人たちを奴隷にしてたあいつ等と一緒にするんじゃないわよ。こっちは約束の報酬踏み倒されてんのよ。どんな手段を用いても取り立てる権利があるわ」
場合によっては死ぬよりも酷いことになりそうな道へルーインを進ませようとする選択に、花子は一切の罪悪感も引け目も無い様だった。
ただ、シルバーカリスにも理解できなくはない感覚ではあった。彼は敵で…自分達には免罪符がある。自分たちを肯定する免罪符が。それは己に囁く。どうせ殺してしまうのであれば、有効活用してもいいだろうと。
「うーん、たしかにそう言われれば…どこで仕掛けます?」
そうそうに心変わりしたシルバーカリスは問う。自分たちの利益を最大化するためのこれからの出方を。己より策を練るには長けているであろう相棒。花子に。
「敵は組織で動いて居ると見て間違いない。あのムカつく褐色肌が起きたらすぐにでも。そうじゃなければこの密林を抜ける前に仕掛ける」
花子はこの状況に歯がゆさを感じているようだった。
ルーインが気を取り戻してくれたなら、両手を縛られていても落馬時に最低限の受け身は取るであろうし、死亡する可能性も低くなる。しかし、時間を掛け過ぎて敵の仲間が居るであろう人通りの多い場所まで待ってしまえばルーインの確保が難しくなる。
彼女の敷いた線引きとその裏にある思惑。それはシルバーカリスにも伝わり、彼女を小さく頷かせた。
そして戦いは膠着。一先ずは現状維持のままお互い着かず離れず…となるかと思いきや、変化は直ぐに訪れた。
四人の行く先。その遠く。緩やかな下り坂。木漏れ日と鮮やかな緑に彩られた向こう側に――一つの大きな荷馬車が見えてきたことによって。
「メルフィン、いい加減諦めろッ! この先は僕の部下が警備を固める港町まで一本道。結果は見えているぞ!」
「ハッ、おめでたいね。お前が味方であると思っている何割がお前の味方として動いてくれるかな!」
そこからは聞き覚えのある声による言い争いが聞こえた。二頭の馬で牽かれる荷馬車の上にいる空色の髪の美少年と、その荷馬車の先にいる、酷く痩せた馬に跨った栗色の髪の美少年によるものが。
それがなんであるか理解すると同時に、花子とシルバーカリスの意識はその荷馬車の上。見覚えのない白いローブ姿の二人組に行く。
「ナイスタイミング! ねー、シルク、ネオテンチュー! ついて来てる奴らどうにかしてー!」
直後に響くは大鎌を背負った少女の声とそれに反応して振り返る白ローブの二人組。前者の互いを知っている風な口ぶりは、白ローブの二人組がこちらの敵であることを花子とシルバーカリスに。声に反応して振り返ったリックとセラアハトに伝えた。
危険な光が橙の瞳と青い瞳と差し、立ち上がったリックとセラアハトの右手は各々の得物の方へと自然と延びる。
「慣れ合いもここまでだなッ!」
「お友達ごっこも悪くなかったぜ!」
「白いの、敵は前だぁッ!」
振り向きざまに、斜めに振り下ろされるカットラスと両刃の片手斧。セラアハト、リック、メルフィンの声が同時に響き――刃と刃が激突する音が甲高く、彩り豊かな緑の流れゆく景色の中に響き渡る。
それが示唆するのは不意打ちの失敗。欺瞞に満ち溢れた平和が敵対へと進む合図であった。
「リュスちゃんは本ッ当にお喋りさんなんだからぁ」
「本当。後で叱ってあげなきゃ」
メルフィンの声とリックとセラアハトが立ち上がるまでの時間で何とか反応が間に合ったのだろう。紫色の瞳の白ローブの男は何やら刀身が規則的に凸凹した鉈でリックの一撃を。その相方であるティーグリーンの瞳の少女は同じく貴族的に凸凹した刀身の剣でセラアハトの一撃を受けていた。
ただ、その表情には口から出た余裕そうな言葉とは打って変わり、体勢の劣勢からか、険しい眉間の皺と共に、追い詰められたような笑みが浮かんでいる。
もちろんリックもセラアハトも素人ではない。攻撃を受けられてからリックは対の手をもう一本の斧に伸ばしていたし、セラアハトも腰にあるフリントロックピストルに手をやっていた。今敵であるとハッキリした者たちの止めを刺すために。
しかし――それが行動に移される前に、一発の銃声が辺りに木霊した。
「っ!!!」
羽ばたく色鮮やかな小鳥たちが銃声によって散っていく最中、リックは肩に感じた殴られたような感覚に大きく、前へとよろめいた。
セラアハトは思わずその銃声の発生源を見る。自分たちの背後。進みゆく荷馬車を牽く馬たちの先に見える…一頭の痩せた馬の方を。
「ふふっ…」
こちら側に硝煙漂うフリントロックピストルを向けるのは、荷車の上の争いが続けばより自分が有利になる、高みの見物を決め込もうとする栗毛の裏切り者。一方的にではあるが好意を寄せ、大事に思う者を傷付けられた事実と、裏切り者の強い悪意の嘲笑は、セラアハトの頭に血を上らせる。
「よくもッ…死ねッ! メルフィン!」
目にもとまらぬ速さで両手にフリントロックピストルを抜きつつ撃鉄を起こし、標的に向けられる動きの中で引き金は引き絞られ、フリントは落ちる。火の粉が火皿へと落ち、火薬が焼き尽くされる前に銃口は裏切り者へ。銃口が向けられたと同時に二発。続けてもう二発間隔を開けて銃声が響いた。
「あら、外しちゃったわ。やっぱりライフリングの入ってない銃はダメね」
銃声の後、呟くは花子。二丁持ちしたフリントロックピストルをまるで空き缶でもポイ捨てするかのように放り捨て、まだ全然戦闘継続できそうなリックと、リックを傷付けられて我を失っているセラアハト。そんな隙だらけの二人に今襲い掛からんとしていたが、飛んできた銃弾に固まったシルクとネオテンチューの間。荷馬車の床に二つ開いた銃痕を見据えていた。その視界の端には、セラアハトの放った銃弾が掠ったのであろう、頬に赤い光った線の引かれたメルフィンの姿もある。
そして戦慄が走る。花子、シルバーカリス、リックで成すゴルドニアの音楽隊とセラアハト。それらと今敵対状態にあるシャルロットリュス、エンドレスブーケ、シルク、ネオテンチューのパーティー、紅鏡霊樹の使徒の四人とメルフィンに。花子の持つ銃がこけおどしではないと知れ渡ったことによって。
「はい、花ちゃん」
「ありがと」
空気は凍ったまま、その中で時が流れるのはマスケット銃を花子に渡すシルバーカリスと、それを受け取る花子、ポーションをそそくさと飲んで回復を図るリックだけ。視線は花子に集中し――彼女はマスケット銃を構える。肩付けし…確実に的に当たる様に。撃鉄を親指で起こし、引き金に人差し指に置いて。
「ねぇ、私たちって協力できると思わない?」
ただ銃口からは何も出ず、その場を支配した花子は囁く。それはセラアハトに嫌な予感を与え、彼の表情が小さく歪む。
「きょっ…協力って?」
固まったまま、ネオテンチューは問う。紫色の瞳だけは花子へと向け、その先を促すかのように。
「そこの褐色肌を置いてくなら痩せた馬に必死でしがみ付いてる栗毛をくれてやるわ。どう?」
額に汗を浮かべるネオテンチューの問いに、花子は言い淀むことなくさらりと言い切る。依然として含み笑いに口角を緩めながら。
行く道が同じであれば協力はする。ただ、求める結果が違えば彼女たちは自分たちの都合でいともたやすく手のひらを返す。
塩パグ学園島でのやり取りを経て、そうセラアハトは学んでいたはずだった。花子…いや、ゴルドニアの音楽隊は情などでは流されぬ、求める結果にストイックな傭兵共であるということを。これだけ狙われるルーインの価値に気が付かない筈がないことを。
「花子ッ、貴様ぁッ…!」
今、セラアハトはその事実をより強く噛みしめる。花子の望む結果と己の望む結果。重なっていた結果への道が、逸れつつあることに。決して彼女とその仲間たちが自分の味方ではないことに――風に濃紺の綺麗な髪を靡かせて、涼しい顔をする彼女の顔を強く睨み、唸って。
しかし――決定権がセラアハトの手の内にないかと言われればそういう訳でもなかった。
鋭く危険な光が迸る涼やかな空色の瞳は、その主の傍。突然持ちかけられた交渉の返事を促すように仲間を見る白ローブの少女、シルクの背中へ。
やり辛そうに口元を歪めるリックの目の前で――セラアハトは行動に出た。
「だがッ、今回は付き合ってもらう!」
「きゃあっ!」
半身になった状態での腰の入り、体重の乗った蹴り。
斜め上に突き出され、ピンと伸びた脚はシルクの背中上部を容赦なく蹴り上げ、彼女の身体は荷馬車の外側へと押し出される。紅鏡霊樹の使徒の目線で見ればセラアハトはゴルドニアの音楽隊の味方。セラアハトの行動は紅鏡霊樹の使徒にとってただのだまし討ちにしか見えない物であり…それは交渉の決裂を意味した。
「シルッ!」
「おらッ、お前も行くんだよぉッ!」
このままでは荷馬車には戻れぬであろうシルクへ手を伸ばすネオテンチューの背に迫るのは、口元から白い歯を覗かせ、眉をハの字に、まさにチンピラと言った三下臭のする笑みをその顔に浮かべたリックの蹴り。
ネオテンチューの尻を下から蹴り上げる軌道のそれにいち早く反応するのは、今落ちんとするシルクであった。
「くうっ!」
「おほっ!」
彼女は振り向きざまに妙な凹凸の伺える細身の剣を斜めに振り、それは鎖の様なじゃらりとした音と共に妙に長く伸び――大凡剣の射程ではないであろうところに居るリック目掛けて払われ、彼はギリギリのところでスウェーで躱す。
そして攻撃されずに済んだネオテンチューがシルクの手を引き、何とか荷馬車の上に踏みとどまった。
けれどその二人を迎え撃つは、一発目の蹴りを放った足を軸足とした、半回転し、勢いの付いた対の足でのセラアハトの後ろ蹴りだ。
「くッ!」
「やっば…!」
体勢の崩れた状態のシルクとネオテンチューの身体は荷車からその向こう側に。マスケット銃をチラつかせ、常に圧力を掛けてくる花子に睨まれ、動くに動けないシャルロットリュスとエンドレスブーケの目の前で、今、湿り、苔生した煉瓦の石畳の上へと落ちていく。
「あぁっ、あぁあぁああぁーッ!」
「シルクぅ、ネオテンチュー!」
残るは遠のくネオテンチューの悲鳴。彼らに掛けられるシャルロットリュスの声。それらが遠ざかりきり、静かになった時――脚を下したセラアハトと花子。二人の視線が交差する。
「よくやったわ。私の真意によく気が付いてくれたわね」
「お前もなかなかの演技だったぞ。迫真の出来で演技には見えないほどだった」
言葉ではなんとでも言えるであろう。ただ、言葉を返す二人にはその腹の底は見え透いていた。
いつでも始末できる邪魔者をどう料理するかを考え、悦楽とともに薄ら笑いを浮かべる少女と、その真意への当て付けるような棘のある言い方をする少年には。
けれど…双方とも表に出せる物ではない。まだ共闘できる余地がある限りお互いは味方で居られるのだ。油断ならない、蛇との言葉無き協定だとしても。
そして、顛末を静かに眺めていたエンドレスブーケは気が付いた。この圧倒的に不利な状況を勝てはしないが膠着に持って行く方法を。花子の目的に気が付いたことによって。
彼は狼狽えた様子のシャルロットリュスに目配りをし、次に彼女の前、未だに気を失った様子のルーインの首に視線をやった。双子の兄が何を言おうとしているのか。シャルロットリュスにはそれだけで十分に伝わり――
「私ら撃ったらコイツも道ずれだかんね!」
彼女は抜く。大振りの鉈とも形容できそうな、特徴的な形状の武器。ウッドマンズパルを。そしてそれは当てられる。ルーインの首に。木漏れ日が落ちるたびに鈍く物々しい輝きを放ちつつ。
「銃弾がアンタの後頭部吹っ飛ばすのは一瞬よ? 試してみる?」
「いいよ。やってごらんよ。フリントが落ちて弾が出るまでにはコイツの首を搔っ切って見せるよ」
圧倒的な優位による余裕から、腹の底を除くかのような薄ら笑いの花子のブラフに対し、銃というものに大して知識があるのか、シャルロットリュスは口角を上げるだけ。緊張感に額を汗で微かに湿らせながら、彼女はウッドマンズパルを握り直す。
何処か悔し気に苦し気に、その笑みを渋め口を閉じた花子にセラアハトはあえて口を出さなかった。光の加減で緑が鮮やかに、濃く、薄く輝く熱帯林の道の中で。
銃声などは響くことなく、荷馬車の車輪が立てる音と馬の荒い息遣い。小鳥のさえずりだけが辺りを染める。それは戦いの膠着を意味し――花子が、ゴルドニアの音楽隊が今回も決して味方などではないことをセラアハトに示す。
それは鮮明に。塩パグ学園島では食らい付かれた後に気が付いた毒蛇の存在を。色鮮やかな熱帯林と蝶舞う木漏れ日の中で。全てが敵のこの場所で。
ネオテンチューとシルクさん弱いって? ノンノン、戦いっていうのは面と向かってよーいドンではないのです。場合によっては圧倒的に不利な状況から始まってしまうこともある。実力云々言わせる前に勝負が終わる様な。背後からの二人がかりでの不意打ちからスタートという状況から見て、彼らは頑張ったほうなのではないでしょうか。そういう不利な状況を生み出さないための戦略なんだけどもな!