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まさひこのパンケーキビルディングとその住人。打砕く者と守る者。  作者: TOYBOX_MARAUDER
海賊の秘宝と青い海、俗物共の仁義なき戦い
105/109

漆黒の炎

投稿予告から大分遅れてしまった。すまんな。待ってくれているオマエタチ…。

本当はこの話でいろんな組織の人たちが出てくる予定でしたが…結果的には2人だけしか出て来ませんでした。次からはいろいろ出てくるはずさ。


 暖かな陽射し。

 燦々と、優しく、柔らかに辺りを淡い…本当に淡く、白に限りなく近い黄色。

 破られ、砕け散った大きな窓の向こう側から吹く風になびく白くきめの細かい上等なカーテンと白い壁紙の室内がその色に染まる。

 

 だが、心休まりそうなその色彩だけ。色濃く漂う戦いの匂いにその場に居合わせた者は様々な思いを抱いていた。


 「随分用意が良いな。ウズルリフ。まるで見越していたかのようだな?」


 「ルーインの配下に部下を幾人か紛れ込ませておきました」


 暖かな陽射しと吹く風。その場に居る者の髪を揺らし、襟を動かし…カーテンを靡かせる中で、苦々しい顔をして唸るジュネバーブルを目の前に、ウズルリフはシルヴィーに応答。

 コートの中に突っ込んだ手を徐に出し、向ける。その手に握られたフリントロックピストル。その銃口を…シルヴィーの伴侶、ジュネバーブルへと。


 「ゴルドニアファミリアのボスを撃つというのか? お前は」


 「頭は一つで良い。そうでしょう?」


 ついさっき言ったこととまた同じことをウズルリフは言う。引き金に掛けた人差し指にゆっくり力を込めながら。

 そこでジュネバーブルの中ではっきりする。あのどこか曖昧な言葉の意味はシルヴィーさえいればいいとした言葉だったと…より眉間の皺を深いものにしつつ。


 けれど――引き金が弾き切られる前にウズルリフのフリントロックピストルを何者かの手が上から押さえつけた。


 「らしくないぞ。ウズルリフ」


 家族としての情か。裏切り者へと繋がる道としてか。あるいは…その両方か。

 黒革の手袋をはめた手に握られたフリントロックピストルをウズルリフの横に立ち、押さえたシルヴィーは咎める。いつも冷静なウズルリフの…短絡的とも思える行動を。追い詰められた己の伴侶を真直ぐ見据えながらも。


 「しかし、外部勢力がゴルドニアファミリアの正当な指導者としてジュネバーブルを持ち上げ始めたら収集が付かなくなる。この禍根の芽は早々に摘んでおく必要があるものかと」


 「この俺がそうさせん」


 ウズルリフは眉間に皺を作り、また眉を顰め…納得した様子ではなかったが、彼が組織のボスとして認識しているのだろう…シルヴィーの一声にフリントロックピストルを下ろし、コートの中へ。壁際に寄ると、腕を固く組んで壁へと寄りかかった。

 予め根回ししておいたシルヴィーの部下と、己の部下が逃げたルーインとメルフィンを追い立てる騒ぎ声。それらの走り回る音を開け放たれた部屋の出入り口から聞きながら、今部屋の中へと入ってきて、ジュネバーブルの身柄を抑えんとし、彼の方へと赴くスーツ姿の美男たちを眺めつつ。

 

 そんな一部始終。破られた大きな窓の傍で黙って、難しい顔をして眺めていた白金の軽装鎧姿のマロンは考えていた。

 絵が灰色になった理由。それが…戦いの意志を持つゴルドニアの音楽隊に起因する物か…それとも別の"何か"か…と。


 「ジュネバーブル。変な意地は張ってくれるな」


 時間は止まらない。今、控えめに警告するシルヴィーの部下であろう二人組がジュネバーブルを連行しようと進んでいく。

 その後に続いて部屋の出入り口の前へともう一組の二人組がやってきて…考えるマロンはふと、それに注目した。

 細身な体系の、綺麗なコーヒーブラウンの髪、ポニーテールのスーツ姿の神経質そうな男。一方はガタイも肉付きも良い、厚い胸板窺える胸元をはだけさせたスーツ姿。ウェーブのかかったチョコレート色の髪を肩に届く程度に伸ばし、良く手入れをされた髭を顎先に蓄えた渋くダンディーな大男。

 明らかにゴルドニアファミリア中で見る美男美少年たちとは毛色の違うそれ。ジュネバーブルが逃げられない様にするものとは明らかに違う意志を感じる形で出入り口を塞ぐようにし、ドア枠に良く向きに…背を預けた彼らを。静かに警戒をしながら。

 そのことに気が付いた風にするのは部屋の中ではマロンとウズルリフだけ。シルヴィーは最愛の伴侶であろうジュネバーブルをどこか辛そうに見据えていた。


 「よし、ジュネバーブルを取り押さえろ」


 明らかに情にほだされつつもシルヴィーは命令する。裏切りの容疑の掛かる者の自由を束縛せんと。

 しかし――その場にはそれを良しとしない者もいた。


 「おっとっと」


 「そうは問屋が卸さないんだな」


 シルヴィーの一声。それに被せられるような形で…無粋にも二つの声が掛けられる。妙に擦れた声と、その後に…色気のあるダンディーな声が。

 花子と隠れた狭苦しいクローゼットの中で。翼竜に乗って駆ける空の中で。マロンにとってそれは――聞き覚えのある声であり、表情をはっとさせたと同時に…声の方に振り返るシルヴィーを目の前に、窮地に追い込まれていたジュネバーブルの口角が今、上がった。


 「シルヴィーが乱心した! 手を貸せ!」


 「ジュネバーブル…!?」


 ジュネバーブルの歯切れのよい声と、ショックで固まるシルヴィーの驚きと失望の声が室内に響く。

 右手を裏切り者ジュネバーブルへ。左手を出入り口を塞ぐ、裏切り者の協力者の方へ。

 綺麗な深緑色の瞳に危険な光を灯し、ウズルリフは向ける。左右の手に持たれた、既に引き金が引き絞られてフリントが落とされゆく…フリントロックピストルの銃口を――ジュネバーブルを拘束するためにやってきた二人の美男がフリントロックピストルを抜こうとする中で。

 ポニーテールの男とガタイの良い男も室内へ向けて白い床を蹴っている。口にポーションを咥え、ジュネバーブルへ。

 とうとうサンダーソニアの仕掛け絵本の存在を嗅ぎつけ、ここまでやってきたのかもしれない外部勢力…PTの配下の者たち。それを敵とみなし、腰後ろのダガー二本に両手をやって身構えるだけのマロン。だができるのは様子見だけ…出来ることは限られていた。


 電撃の様に駆け巡る緊張。限界まで張り詰めた空気と妙にゆっくりに感じる時間の中――そこに居合わせた者達は動く。ゆっくり動く時計の針に合わせるかのように。


 そして時は刻み始める。妙に遅く感じられたものから…いつもの様な物に――


 「逃がさんッ、ここで死ね!」


 眉間に皺を寄せた険しい剣幕のウズルリフ。彼の低い唸り声と共に響く火薬の咆哮。二発同時に響いたそれは弾丸を発射したようであったが、落とされたフリントから火の粉が散り、その火の粉が火薬を焼き尽くすほんの少しの時間。その間に距離をつめたのだろう…行く先に居た二人の美男をなぎ倒し、駆け抜ける影がフリントロックピストルとジュネバーブルまでの射線を切った。


 「んごぉぉっ! いっへえっ!」


 弾丸は命中する。二発とも。しかし裏切り者ではなく、その盾になったガタイの良い男の逞しい上腕二頭筋に。

 

 「ポーションイッキイッキ!」


 「んぐぐぐっ!」


 だが、止まりはしない。それは駆け抜ける足を止めることなく、囃し立てる相方のポニーテールの男と共にジュネバーブルの両脇に腕を引っかけ、ポーションを一気飲みしつつそのまま破られた窓へ。

 ウズルリフはその後ろをカットラスを抜いて追撃に出たが、窓の外へとそれらが飛び降りたのを視認した直後、カットラスを鞘へと戻して足を止めた。


 「キャー! チョコレートボンボン先輩カッコイー! たっのもしー!」


 「この俺様を誰だと思ってんだ? 一気飲みに於いて右に出る者が言われているチョコレートボンボン様だぜ? あんなのイッキに入らねえってな! ナーッハッハッハッハ!」


 勝ち誇り、子供の様に燥ぐおっさん二人の声。割れた窓の向こう側からそれが聞こえる最中――青筋でも立てているのではないかと思えそうなピリピリした雰囲気でウズルリフは振り返り、チョコレートボンボンとその相方に弾き飛ばされ、今ようやく立ち上がった美男二人を見据える。冷静ながら裏切り者への粛清に燃える瞳で。


 「マスケットを持った人員に裏切り者どもを馬で追わせろ。弾丸は散弾でいい」


 「しかしッ、散弾ではジュネバーブルやルーインに――!」


 「手間が省ける。行け」


 「…ハッ!」


 長い平和の中で出来上がった上下関係。もはやそれは形骸化し、形式としてだけ残って居る物なのだろう。

 信じていた者に裏切られ、呆然とするボスであるはずのシルヴィーを差し置いてウズルリフは的確に指示を出し、呆然とするシルヴィーを横目に困惑した風なままの美男二人は部屋の外へと駆けて行く。


 ――偶然にしちゃあ出来過ぎてやがる。


 何がとは言葉にしない。ただ…マロンは腹の中で呟く。砕け散ったガラスが散乱する白と青の部屋の中、ベルト後ろに取り付けられた二本のダガーの柄から両手を離しつつ、眉間に皺を寄せるウズルリフの方へ顔を向けて。


 「ロンゲのおっさんよ。あのジュネバーブルとか言うにーちゃんに部下いるんだろ? そいつらは信用できそうかよ」


 「私がお前の立場ならほとぼりが冷めるまで動こうとは思わない」


 マロンの目に映るウズルリフは先ほどの怒りの様な感情はどこへやら。冷静沈着な様子で問われたことについて先読みして返しつつ、ルーインが座っていた椅子を引いてそこへと腰かけ、彼の机の上に先ほど撃った二丁のフリントロックピストルを置き、ベルトの小物入れから何やらリロードに必要な小道具を取り出してリロードを始める。茫然自失のシルヴィーなどいないかのように。

 そしてその彼の遠回しな言い回しはマロンへとしっかりと伝わり、相変わらず色の抜けた絵だけがある仕掛け絵本を一瞥したマロンはため息を吐いて近くにあったソファーへ乱暴に座る。

 きっとこの色はおそらくPTか…もしくはまだ見ぬ勢力か。それらに買収された者たちの行動の証なのだろうと考つつ、両腕を大きく広げてソファーの背もたれの上に。脚を伸ばし、組みながら。


 「ったく、やれやれだぜ。そういう事なら守ってくれるんだろーな。この島の一住人であるあたしをよぉ」


 「善処はしよう。不本意だが」


 馬の合わないマロンとウズルリフ。

 二人の間で会話が交わされた直後、どこからともなく一発の銃声が鳴り響いた。


 案外近く、館の中のどこかでの物だろうと思えるほど大きな発砲音。

 だが、妙であった。位置的にルーインやメルフィン、ジュネバーブルが逃げた方向を考えるとまずありえないであろう位置から聞こえたのだから。


 当然鈍いわけではないマロンも、ウズルリフも…今さっきまで自失茫然だったシルヴィーすらも発砲音に疑問を持ち、その方向に顔を、視線を向けかけた時――叫び声と悲鳴、怒号。明らかにフリントロックピストルでは不可能であろう、連発した発砲音があちらこちらで聞こえ始めた。


 それは紛れもない戦いの合図。マロンは酷く後悔したように、苦々しげに顔を顔をくしゃくしゃにし、ウズルリフはリロードを終えた二丁のフリントロックピストルをコートの中へ。

 今だになんかダメそうな雰囲気を醸してはいるが、組織のトップとして動かねばならない立場に背を押されて、シルヴィーが覚悟を決めたように深呼吸。伴侶と息子に逃げられてダメそうだった雰囲気はどこへやら。相応の貫録と落ち着きを携えて、マロンの方へと振り返った。


 「これから我々は組織を外部組織に売り渡そうとした派閥の殲滅を開始する。マロン、君にも協力して欲しい」


 「おいおいおい、こんな幼気な女の子に戦えっつーのかよ。大人としての意地はねーのか。こちとら14のか弱き乙女だぞ」


 「セラアハトと同じぐらいなら立派な大人だ。それに反体制派…ジュネバーブル側が勝てば君の買った土地の保証は誰がする? 戦える以上他人ではいられないだろう」


 文化の違い。認識の違い。

 セラアハトからいろいろ聞いているのだろう。何か狙いや他意があるわけもなく、ただ戦力として自分に期待するシルヴィーの問いにマロンはそれはそれは渋い顔をしていたが、言いくるめられそうもない不利な立場と一理あるシルヴィーの意見。そして…悠長にはしていられないだろう状況。それらを前にし、右手でくしゃくしゃと前髪を書くとため息を一つつく。

 そして相変わらず表情渋いまま、どこか諦めたような雰囲気でソファーの上から立ち上がった。


 「…チッ…クソがッ、クソがよぉ。解ったよ。ただあたしも器用じゃねえ。テメーんとこの身内何人かぶっ殺すだろうけど恨むんじゃねーぞ」


 ヤケクソになってそっぽを向くマロンの声の背景に響く銃声。悲鳴と怒号。

 人の欲、渇望。命ある者が心に燃やす生命の輝きがゴルドニア島の中心地にて、ふっと火を灯す。


 誰も彼もが己の望みの為。こうありたいとする夢を得るため、守るための…人が人たる人の業。命の輝き…漆黒の炎を。

 その黒い炎が燃え広がり始めた着火地点にて、三つの黒炎は揺らめき、動き出す。己の目的を遂げるため…邪魔者から発せられる命の輝き。それを…自分の都合の為だけに消し去るために。




 ◆◇◆◇◆◇




 流れゆく白と青の美しい街並み。風に乗り、どこからともなく白と青の花弁が舞う。


 今日と言う日、たくさんの来客と物々しい雰囲気に包まれたその場所に更なる変化の兆しがあった。

 静から動へ。落ちた火の粉が、周囲を燃やし業火に育とうとする様。その始まり。

 この騒ぎは何事かと目を真ん丸くする、居合わせた外の世界の住人達。それらを監視し、街の秩序を守るゴルドニアファミリアの構成員の大部分でさえもその状況が飲み込めた様子無く、過行く変化の中心点を見据えていた。


 「ルーインッ、あいつらにお金を握らせて懐柔しよう! 今の僕達には時間が必要だッ!」


 街に騒がしさを齎す特異点。まさにその点であるメルフィンは己の隣を並走する仲間へ提案。着崩したスタイリッシュなスーツと栗毛のくせっけを揺らしつつ、己とはまた違ったスタイリッシュな巣スーツの、黒い瞳に褐色肌。漆黒の髪の男を見た。


 「呑めるかッ、そんなもの。あの女に命乞いするぐらいなら死んだほうがマシだなッ」


 メルフィンからの提案を一も二もなく拒絶。ルーインは吐き捨てる。

 譲れないプライド。塩パグ学園島の船上で行われた交渉とは趣の違う取り引き。効率と言う観点から見た時、不合理この上ない無駄。意地からの――心の声を。

 当然それはメルフィンには理解が出来ない物であり、この非常時に悠長な同僚に彼は不信感を持ったように眉間に皺を寄せた後…取り出す。10000と金額欄に記載のある小切手をジャケットの内ポケットから、ほんの四枚ほど。顔を横に向け、栗色の瞳を後方へと向けて。


 その瞳が次に捉える様は見ていて楽しいものではない。

 真っ白い骨の断片。それを用いて作られたグラディウスを左手に、外周一部分鋸刃の様な装飾が窺える白い盾を右手に持つ、こちらをどう料理してやろうかと舌なめずりする蛇の様に、静かに薄ら笑う黒マントの中装鎧の少女と…並走する敵を追い詰めることに使命感を見出したような、真っ黒なルツェルンハンマーを片手に走る、黒鉄と青布の動きやすそうな中装鎧の少女。

 そのやや後方にはなんだか辺りを警戒した風にしつつ、左右の手にポーションを握りしめる白い毛皮のハイドアーマー姿の白銅色の髪の少年。隣には真面目だけが取り柄の忌々しい青髪の元上司。そのはるか向こうにはシルヴィーかウズルリフかの、走って追いかけてきている部下たち。

 追われている身としてはこの上なく面白くない有様だった。


 そしてその面白くない光景へ向けてメルフィンは撒いた。一万ゴールド相当の小切手。それを幾枚か握った右手を振り払うかのように。


 「黒いの、青いの! このお金で協力しろッ!」


 「アンタは右、私は左ッ!」


 「イエッサー!」


 メルフィンの誘惑。果たしてそれは彼女たちの耳に届いているのか。心には届いているのか。まるでそよ風でも吹いたかのように、追跡者…黒マントの花子と黒鉄鎧のシルバーカリスは動く。

 互いに意思疎通を短く取り、風に舞う、放たれた小切手を前にまるでアウトボクサーの様なキレのいい脚捌きで直線的に複数回ステップ。一枚取り逃すことなく、スピードと勢いを維持しつつ小切手を回収し…各々己の腰の小物入れへ押し込む。その表情を先ほどの様なある種引き締まった物ではなく…若干嬉しそうなホクホクしたものにしつつ。その浅ましさは何とも言えないものだった。


 だが、それらは止まらない。無駄な動きのお陰で逃走者と追跡者との合間は少しばかり開いたが、以前変わりなく。


 「おいっ、話を聞いていたのか!?」


 当たり前だが…対価を支払い、何も反響が無かった時…人は訝しむ。たとえ一方的だったとしても。

 メルフィンも例外ではない。彼は問う。今だに自分たちを追う花子とシルバーカリス。それへと…若干刺々しい声色で。


 「お代わりっ!」


 「もう一声!」


 虚無感を覚えるような元気な声が帰って来る。あさましく、厚かましい…恥知らずな要求が。

 ――乞食。自然と浮かぶ言葉はそれだった。

 人はそういった浅ましさ、卑しさに嫌悪感を抱く。ある程度の素養。ある程度の教養があれば。しかしそれらは元気に右手を振り上げていた。もっと寄越せと言わんばかりに…なんか機嫌良さそうに。メルフィンの頬に浮かぶ青筋など気にした風もなく。


 「…ッ、わかった! これで言うことを聞けよ!」


 「本気かメルフィン」


 鼻に着く甘いパンの香り。スタイリッシュなスーツが並ぶショーケースを置いた店。カラフルな果物を並べる様々な露店。白い石畳を強く踏んで青と白の街の中を、何事かと目を丸くする人々の視線を浴びつつ駆け抜けながら…メルフィンは再度取り出す。

 またもや片手で数え切れるほどの小切手を…敵の善意に期待する自分を見て冷静に突っ込むルーインの視線を横顔に感じつつ。

 

 再び小切手は風に乗る。メルフィンの手を離れ――彼が通り過ぎた所へひらひらと。当然それは例外なくつかみ取られる。グラディウスを握った黒革のガントレットを嵌めた左手の指と指の間。または柔らかな唇。黒鉄と青い布で形作られたガントレットに。

 しかし――それでも彼女たちは止まりはしなかった。


 「おいっ、話が違うぞッ!」


 敵の善意に期待する少年、メルフィン。身銭を切った彼は憤慨する。いそいそと手に持ち、または唇に咥えられた小切手を小物入れに押し込む…約束を平然と反故にした、小憎たらしい小娘二人組を片目に映したまま。


 「なんかね、誠意って奴を感じないのよね。このヤバい局面…本当に助かりたいと思うのなら出し惜しみなんてしている場合じゃないと思うの」


 「どの口がッ…山賊かお前らは!」


 「キャンキャン吼えてないでさっさと次出しなさいよ。まだ私には聞こえるのよね、アンタが走るたびにチャリチャリ言うゴールドの音が」


 「クッ…ゴミカスめが…!」


 相手側の望みをかなえた時、必ず相手がそうする確証。そうさせる状況の遷移。善意などではない、確かな強制力。

 取引にはなくてはならない大原則。平和過ぎる時代を享受していたメルフィンにも解っていたはずであったが、縋り…更に裏切られ、善意を持たないそれは更に増長。要求している。黒マントの少女にとってこれは取引などではないのだろう。そう見せかけた足元を見た強請り…カツアゲ。ならず者が行う追いはぎだったのだろうから。

 当然そのメルフィンの渋い反応。様相に…花子も潮時であることを察し――なんだか懐柔するかのような、胡散臭い笑みをその顔に浮かべた。追跡するスピードこそ一切緩めることなく。


 「わかったわかった、わかったわ。隣にいるムカつく褐色肌の脚蹴っ飛ばしたらアンタを追うのはやめてあげるわよ」


 まさに外道。人の弱みにとことん付け込まんとするその姿勢は…善意など期待できないもの。

 明らかに足元を見られ、踊らされ…舐められている。メルフィンがそう感じるのも当然であり…彼は声を張り上げかけたが、彼の隣を走っていたルーイン。彼の心をまた違った風に動かした。


 「後は任せた、メルフィン!」


 「なっ!?」


 前へ前へと繰り出される走るメルフィンの足の甲に当てられるルーインの靴底。花子とシルバーカリスの方を見、前すら良く見ていなかったメルフィンは体勢を崩していく。

 前のめりに…曲がりくねった両端を青い石の屋根。ボディーが真っ白い建物に挟まれた、状況読み込めず驚いたような顔をしてこちらを見る人々の疎らに見える道。その白い石畳の上に。ぱあっと表情を明るくする花子と、勝利条件の一つを達成を密かに喜び、白い歯を口元に輝かせ…静かに笑うシルバーカリスの前方で。


 「ぐあっ!」


 「敵の善意に縋る頭の緩いお前にはうってつけの役割だ。精々時間を稼いでくれよ。この俺の為に! はーっはっはっはっはっ!」


 メルフィンは咄嗟に前回り受け身を取るがそのまま路肩にあった露店の荷車に突っ込み、露店の商品であろう山盛りの杏子と李が弾け飛ぶ。四散するそれらの内の三つがポンポンポンとテンポよくメルフィンの頭を打つ様を後目に高笑いするのはルーインだ。二人の間に信頼関係などは無く、ルーインは裏切られる可能性を感じたから不安要素を切ったのか。いろいろ考えられることはあるだろうが――仲間同士だと思っていたメルフィンにとっては寝耳に水であった。

 切り捨てられた彼の耳には笑い声が重なり、二重に聞こえている。前からルーインの。後方から…それは上機嫌な花子の。人の不幸は蜜の味。墜ちる人間を見た幸福。人を貶めた時に感じる攻める者の愉悦。喜び。嘲笑にも似た特有のものが。


 身体に痛みを感じながら、メルフィンは身体を起こし――喜々として駆け寄ってくる追跡者を見上げるが、ふと暗い影がその視線を遮った。


 「ちょっとちょっと、お兄さぁん。ゴルドニアファミリアの人だよねぇ? 荷車弁償して貰わないとォ」


 丸い身体、丸い顔。エプロン姿のそれは何かを言っている。

 普段であれば罪悪感などを抱くかもしれない。しかし、仰向けにひっくり返ったメルフィンの瞳には――文句を言ってくる屋台の店主の姿が役に立つ物に見えていた。


 「カリスマ美容外科医、猫屋敷花子ですぅ! 可愛い顔面に渾身のサッカーボールキックを叩き込むという前代未聞の手法で、見違えるような素敵な顔面に仕上げて行きたいと思います! さあ、行きますよー!」


 「はは…ノリノリですね…。と言うか本名っぽいの出ちゃってるけど大丈夫ですか…?」


 にんまり笑い、燥ぎ…だが目の焦点は丸いおっさんの向こう側、起き上がったメルフィンを見据えたまま。黒いマントを翻し…悪魔は迫って来る。引き攣ったような笑みを浮かべる仲間をその隣に。

 その迫りくる駆ける音。丸いおっさんは振り返る。唇を不満げに尖らせ、文句たらたらと言った風な顔をし…不満を表明すべく。


 「連れの方ですかァ? ちょっと弁償うぅッ!?」


 窮地に輝くメルフィンの栗色の瞳。今花子とシルバーカリスに追いつかれようとしたとき――彼は両手を地面に。丸いおっさんに背を向け、脚を突き出し、背面蹴りの形で彼の尻を思いっきり蹴っ飛ばした。


 「おああっ!」


 「チッ」


 人間の最も力の込めやすい体制での蹴り。その力はすさまじいもので、おっさんは押し出された。迫りくる花子とシルバーカリスの方へ。両手を前に出し、目を真ん丸く…泡を食った表情のまま。

 撒かれた小切手を拾い集める瞬発力。脚遣い。それらを用いつつ、舌打ちをし、いつもの不機嫌そうな顔になった花子と、何やらルツェルンハンマーを両手で構えたシルバーカリスは迫りくる丸いおっさんを回避。彼は前のめりに倒れ…その向こう側には走り出しているメルフィンが見えた。もう三メートルも離れていない距離に。


 「シルバーカリス!」


 斜めに地面を蹴った後の…真直ぐ走り出すまでのほんの少しの合間。追っ手の二人はそのわずかなタイムラグでぎりぎり自分には追いつけない。已然追い詰められたままであったメルフィンは花子の仲間を呼ぶ声を気にもせず、そう、高を括っていた。

 だが直後に来るのは首元を何かが引っかかるような感覚。それがなんであるか確認する間も無く、ネクタイが首に食い込む感覚と共に身体の軸がずれた。


 「うぐあっ!」

 

 首が締まる感覚は一瞬。身体は横に投げ出され、横に倒れかける最中に先端の丸っこい編み上げブーツの先端が眼前に迫り、メルフィンは咄嗟に腕をクロスさせた。


 「喰らえッ! 整形キーック!」


 「ッぐぅうっ!」


 さっきの不機嫌そうな表情はどこへやら。物凄く楽しそうな弾む様な声と身体が上へ浮く感覚。それらと共にメルフィンは腕に重く強い衝撃を感じた。

 …顔面への直撃は免れた。しかし、右腕の感覚は麻痺し、暫く上げられそうにない。


 ――まずいっ…!


 ゆっくりに感じる滞空時間。地面に接触するまでの間に焦るメルフィンであったが、強く閉じた瞳を開ければ、顔の前にクロスさせた腕の向こう側に自分を無視して走り去る花子と、横凪ぎに凪いだのであろうルツェルンハンマーを右腕に付ける形で持ち直すシルバーカリスの背中が見えた。その彼女たちの向かう先には今や小さく見える憎らしいルーインの背中があり――メルフィンは己の状況を理解する。


 ――まだ、負けではないと。そして、まだ戦いは続いているのだと彼女たちが走ってきたその向こう側に見える、二つの影を地面に背を打ち付けられた後に見て。


 「リック、セラアハト! こんだけ御膳立てしてやったんだから逃がすんじゃないわよ!」


 「ちゃんと顔面を蹴りつけろッ! この役立たずッ!」


 「うっさい、それ未満の観光名人の分際でッ! あのムカつく褐色肌の次はアンタをぶちのめしてやるわ。シルバーカリスと一緒に! もうアレよ! ボコボコよ!」


 「えぇっ!? 僕もやるんですか!?」


 前方の顔を横向け腕を振り上げる花子と彼女の方へ驚いた風に顔を向けるシルバーカリス。後方の警戒した風なリックと花子と同じような反応を示し、彼女と対するセラアハト。

 ゴルドニアファミリアの屋敷のやり取りにて解ってはいたが、花子とセラアハトの仲はかなり険悪なようで、仲間としての体裁を保てているかすら怪しいやり取りをしていて、彼女らの言い争いに巻き込まれるシルバーカリスの声を驚きの声を聴き終えた時、メルフィンは立ち上がり…再び走り出す。ルーインが逃げる道から入ることのできる…路地裏へと。


 「…ククッ、ここで取り逃したことを後悔させてやるよ」


 入り組む薄暗い路地裏。高くても三階建て程度の建物の並ぶ場所。その合間を駆けつつ…メルフィンは笑う。見逃された屈辱にギリリと歯を鳴らしながら。

 そして彼は角を曲がった時、左手首のブローチにそっと指を置き――唇へと持って行く。誰が敵か。誰が味方か。それすらも疑わしくなる中で。


 ゴルドニア島の中心から広がる変化の炎。訳を知らぬものにしてみれば、ただの非日常。何か都合がある者たちの、それだけの物でしかない。

 だが――その騒ぎは人目を引き、伝播し…集めるものだ。事情を知る関係者。誰かの敵。誰かの味方。全員の敵になり得る者どもを。火に集まる蛾の如く。まだ青と白の街の中に納まる…この騒ぎの中心に。

取り引きに於いて自分が相手の要求に応じた時、相手が自分の要求に応じてくれる確証。そうせざるを得ない強制力のある何か。それが大事なんですね。間違っても相手側の善意だとか、蹴っ飛ばそうと思えばそう出来てしまう不確かなもの。そういうので望む結果を期待してはいけない。


ちなみに…シルヴィーさんはもしかしたら今後とも出てくるかもしれません。とてもね、味わい深いキャラクターになりそうなポテンシャルを感じているんです。…道化だがな!

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