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まさひこのパンケーキビルディングとその住人。打砕く者と守る者。  作者: TOYBOX_MARAUDER
海賊の秘宝と青い海、俗物共の仁義なき戦い
103/109

夢から覚めて得られたもの

ほぼほぼ一か月…待ってくれているオマエタチをかなりお待たせしてしまったな。すまぬ。

一応説明に抜けとかは無いかチェックしたが…あったら謝る!


 輝く月が夜空の天辺へと昇る。

 楽しかった魔法の時間。戦いとは違う熱気を帯びたひと時。

 心の底からそう思えたのは全部ではなかったかもしれない…しかし、確かに楽しかった思い出の一ページ。

 それは今、終わりを迎えかけていた。名残惜しくも、人の疎らになった橋上駅のコンコースに接続されたバルコニー橋の上。クールな美女で構成されたバンドが本格的なラテンジャズを演奏する様が映る、巨大なモニターの取り付けられた三つのビルへと枝分かれする、ポール時計と釣鐘状の黄味の強い橙色の花が咲き誇る三角形の花壇のあるその中腹…ど真ん中にて。


 「さっ、お開きにしましょうか」


 一行の先頭を行っていた花子が立ち止まり、味気ないポール時計の前で振り返り…切り出す。素っ気ない顔のまま…決別の言葉を。

 それをきっかけにその後に続いていた者たちは花壇の前、ポール時計周辺へと広がる形で立ち止まる。楽しかった時間の終わり…その時を噛みしめたかのような、少し寂し気な雰囲気で。


 「ゴリさん的にはぁ、もっと遊べる…みたいな?」

 

 「私たちはアンタみたいに暇じゃ…と思ったけど、アンタたちこそこれから忙しいんじゃないの? もう塩パグ学園ないし」


 ゴリと花子が言葉を交わしだした最中、ゴリの肩にチビとガリが手を置く。なんだか呆れたような雰囲気で――半目になって。


 「明日から冒険者ギルドに行かなきゃいけないんですからほどほどにしましょう。ゴリさん」


 「そうだぞ。ゴリさん。仕事場が無くなった以上早めに対策を打たないと。ほら、行くよ」


 「あぁ~ッ、まだ楽しんでたぁ~い!」


 「あっ、途中まで一緒に連れて行ってください…一人だと心細いので…」


 チビそしてガリ。二人はゴリの腕を掴み、引き摺り…遠ざかっていく。案外あっさり、後髪引かれた様子もなく…その後を駆けて続くがぁちゃんを最後尾に。


 「お疲れ様でしたぁ。ゆっくり休んでくださいね」


 「じゃーな、三馬鹿トリオ。がぁちゃん。いい夢見ろよ~」

 

 バルコニー橋の下へと続く階段とエスカレーターの方へと進んでいくその三人へと向かい、シルバーカリスは一歩踏み出し、人懐っこい笑みをその顔に、右手を大きく振り…その少し後ろにはヘラヘラした笑みを浮かべたマロンが腰に右手を当てて見送る。

 ゴリは目をうるうるさせて相変わらず名残惜しそうにしていたが、チビは気障な笑みを口元に浮かべて応答。ガリは清々しい笑みで空いている方の手を軽く振り返し、がぁちゃんは少しだけ寂しそうに笑い返して――それらはやがてエスカレーターと階段の間を隔てる薄い金属の壁に遮られるようにして見えなくなった。

 

 ――その時、彼ら彼女らの目に映っていたのは前述の様子のシルバーカリスとマロン。その後ろで控えめに手を振るリック。なんだか今まで以上に素っ気なさそうにするセラアハト。いつもと変わらない花子の姿であった。


 「あぁ、なんか既視感あると思ったらアレだ。鼠の国の国外追放パレード見た後の父ちゃんだ。ゴリの反応」


 「閉園間際のアレね。ゴリはともかく…年頃の娘がいるいい歳のおっさんでもそんな感情を抱く物なのね」


 「大人も子供もあんま中身は変わんねーんじゃね。世間体だとかで取り繕わざるを得ないだけで。帰りたくないって泣き始めた時は流石のあたしもドン引き…じゃなかった。なかなかの衝撃だったけどよ」


 ほんの短い間、共に戦った仲間たちを見送った後に交わされるマロンと花子の世間話。マロンの言葉が切れた頃には各々の意識は離れていった仲間たちからマロンの秘密へ。

 そして――前を向いたままのシルバーカリスが鼻から小さく息を吸い――口を開いた。


 「どうして破棄しなかったんですか?」

 

 プラネタリウムから出た後、聞き出せた情報は騒動に関係する仲間内と共有した。だが、まだマロンからの情報は満足いくほど得られていない。沢山聞きたいことがある。

 数ある疑問。知りたい物の中からシルバーカリスは一つ選び、問いかけ、振り返る。何がとは言わないままに…決まりが悪そうに半目になり、両腕を組んでビルに取り付けられたモニターを見上げるマロンの方へと。


 「あたしも手に負えねえと思ったさ。無いものにしちまったほうがいいとも」


 マロンは語り出す。諦念交じりのため息交じりに。なんだか…珍しく己を顧み、微かなる後悔と迷いを感じる雰囲気で。


 「でもどうだ。他に地下遺跡がねえとは言い切れねえし、あたしたちが行ったバカデケー地下遺跡をさらったPTは既に同じもん持ってると見るのが自然だよな」


 「だから自分が破棄してもさほど意味がないと。…何処かに売るつもりで取って置いたわけだな? 金に困ってるようには見えなかったが」


 続けるマロンの言葉にセラアハトが口を挟み、対するマロンは顎をビルに取り付けられた大きなモニターへとしゃくる。

 その動きに各々その方へと視線をやれば、駅ビルに取り付けられた映像の映る大型モニター。演奏技術とそれからなる音色で真っ向勝負を仕掛ける…正にプロフェッショナル。付け焼き刃ではけっして敵わぬ卓越した腕の、着崩したスーツ姿の美女や美少女。心地よいテンポのラテンパーカッションを地にしたサンバの音色と共に…本物達の姿がそこにはあった。


 「あたしの仕事は芸能とか言う意識高そうな河原乞食でね。事務所畳まなきゃならねえほど追い詰められはしねえだろうけど…ご覧の通り。身の振り方考えなきゃなんねえ。売るか葬るか…まごまごしてたらこの様ってわけよ」


 芸能事務所フルブロッサムはそのほとんどが戦えない者たちの集まり。駆逐される勢いでシェアが奪われた時…彼女たちはまた違った生き方を模索せねばならなくなる。自分一人なら何とでも成りはするが、それらの指導者であるがゆえに引けないマロンの…切実な背景が窺える告白は、聞く者たちにいろいろと察させ、思わせるには十分な物だった。

 その中の已然変わらぬままの表情の花子。まるでバカバカしい悩みでも打ち明けられた様な白けた面をした彼女の隣へと歩み寄り、そこで止まったシルバーカリスは口を開く。


 「マロンちゃんの読み通りPTも同じの持っているって考えるのが自然じゃないですか? そうとなれば組織間の力の均衡を保つためにもPT以外のどこかに売った方がいい様な気もしますけど」


 「ただな、そうと決めつけるのには腑に落ちねえ部分がある。だってよ、PTだぜ? 地下遺跡さらって本が出たとなりゃあ、本を持ってる可能性があるあたしの所に直ぐに来ると見るのが普通だよな。でも実際は悠長に半日と一日時間を空けてると来てる」


 早々に結論付けていたシルバーカリスは、マロンの冷静な指摘によって鳩が豆鉄砲食らったような顔を一瞬した後、また難しそうに眉を寄せ、右手を顎に当てた。目を伏せ、視線を斜にして…その瞳に綺麗な白い石畳を映しつつ。


 「……じゃあやっぱりゴルドニアファミリアにサンダーソニアさんのクリスタルを渡した後、その存在がPTに漏れ、本が"あるかもしれない"って言う可能性を認知させた…と考えるのが妥当ですかね」


 「その線で考えるなら本はあたしが拾った一冊しかなかった。そうじゃなければ丁度いいタイミングで地下遺跡から本が出て来たか」


 唸るシルバーカリス。今一さえない顔のままのマロン。話が堂々巡りの気配を感じさせた時…セラアハトが小さく、肩の上に手を上げた。


 「今更なんだが…帰り際見せて貰ったあの本。あれの何がそんなにまずいんだ? お前たちの持っているそれとは具体的にどう違う?」


 訝し気な顔をしたセラアハト。彼の脳裏に浮かぶのは博物館から駅へと向かう道中。秘密としてマロンに他に見られぬように見せられた古ぼけた本の姿。プレイヤーではない彼ならではのその疑問は当然のものだったろう。

 そしてその問いに答えるべく、リックはセラアハトの隣へと歩み寄り…自分の仕掛け絵本を開いて見せた。そのページには白い砂浜と青い海の、30階層塩パグの憤怒の絵がある。


 「俺たちがこの本に書かれた絵を触ると別の世界に移動できるのは知ってるよな。マロンが見つけてきた本には俺たちが見た時のない絵が描かれてる。この世界が描かれた絵一枚を除いて」


 リックはそこで言葉を切り、彼は本を閉じる。

 けれども、説明はそれで十分であった。セラアハトはすぐには言葉は返さず、鼻から息を深く吐き出した。どことなく難しそうに眉間に皺を寄せながら、視線を斜にして。


 「自分達だけが出入りできる複数の世界が手に入ると言う訳か。確証が無くとも無茶をやるのも頷ける」


 「あぁ。金や人員、開発力のある組織に渡ればそこの天下だ。扱いは慎重にならなきゃならない…一冊だけと仮定するならな」


 ふとセラアハトとリックの会話の後、大きく響くため息が聞こえた。

 呆れの混じるそれにその場にいる各々が振り返れば、半目になり、心底冷めきった顔をした花子が腰に片手を当てて立っているのが見え、その視線はマロンの方へと向いている。微かに咎めるような雰囲気で。


 「何くだらないことでうじうじ考えてんのよ。本の存在が嗅ぎつけられた以上、やることは決まってるじゃないの」


 「おう、天才少女の花子ちゃんの有り難いご意見聞かせて貰おうじゃねーか」


 「売るの。高値で。オークションみたいに世に見せて回って吊り上げられるだけ吊り上げるの」


 捻くれた見方をするのであれば金の亡者。けれど…誰もが欲しがるものを最大限の見返りで引き換えようとする考え方は、資本主義の中で生きてきた人間としては正常な考えなのかもしれない。たとえその後に何か問題が起きたとしても、その可能性を理解していても…それがありふれた人。俗人の感性。性だろう。


 その俗人。なんだか自分に任せろとでも言いたげに腰に両手を当て、高圧的に胸を張って見せた花子に応対し、彼女からの返答を受けたマロンはその時、半目になり、じっと花子を見て…なんだかムスッとした顔をしていた。微かに香る呆れとともに。


 「オメーは頭いいんだろうけど、時々頭使う事放棄した様なこと言うよな。こうなった以上どっかに売るしかねえってのは同意だけど…相手選ぶだろ。普通」


 「どうせ後で同じの見つかるわよ。今が最高値なのは間違いないわ。暴落前に売り抜けるのよ!」


 「人間の本性ってのは自分を脅かせる奴が居なくなった時に見えてくんだよ。どうすんだ。本が一冊しかなくてその上でPTが買うことになったら。タバコマフィアの天下だぞ」


 「あそこは現状でも舐められたと思ったら実力行使に出るようなところだし、あんまり変わんないわよ。むしろ普段お利口そうにしていて抑圧されてる奴がヤバいの」


 慎重派のマロンと楽観派の花子。二人の間に交わされる会話に誰も口を挟もうとはしない。ただ、考えるのみ。

 本が一冊しかないとしたなら秩序を守るという意味では本の破壊が最善。だが、それはか細い線。似たものが出てくる可能性の方が遥かに高く、これからあり得るであろうことを考えれば花子の意見が妥当にも思える。だがそれは正しさだけを見たものではない。人の性。多くを求めてしまう人間の業が危険な花子の博打を肯定し、そう思わせる。


 「まぁ、どうするにしても近々話付けに行きなさいよ。アンタが引っ張り出した火種が燻ってうっかり家燃やしちゃったら困るし」


 さらっと言い放って花子は己の髪をガントレットの甲で払いつつ歩き出す。マロンの隣を通り過ぎ、擦れ違い様に肩をポンと叩いてバルコニー橋の下へと続く階段へと向かいながら。家路へつくべく、疲れ果てた筈であろうが、そうは思えぬしっかりとした足取りで。


 「鼻につく気取り屋だこと。…生活便利になりそうだし、モグモグカンパニーにでも売りに行くかぁ」


 気障な花子の態度に口元を歪めて気に入らなさそうにするのは一瞬。花子の見識に近いものを持っていたからこその現状。それをすんなりと、素直に認めたマロンは夜空を据わった目で見上げた後、視線を花子の背へ。

 その後を追い…彼女の後ろにシルバーカリス、リックが続くが――セラアハトは足を止めたまま。その彼の様子が気になったリックが振り返ったところで、彼は口を開く。


 「ここでお別れだ。いろいろあったけど…楽しかったよ」


 戦いの終わり。その後の打ち上げ。互いを繋ぎとめる物はそれ以上ありはしない。だからこそセラアハトはそう切り出し、双眸を細めて儚げに微笑んだ。

 彼の声に反応を示し、足を止めるのはリックと彼の少し前を行くシルバーカリスだけ。その先にいるマロンと花子は横並びになって何やら世間話でもしているようで、振り返りもしない。

 

 「うーん…裏切り者の立場としてこう言っていいのか解りませんが、僕も楽しかったです…よ?」


 「あー…んじゃこれ。俺達に使った金額ぐらいは払えると思う。余ったらお前の小遣いにでも――」


 同じ家路を行く者ではあるが、わざわざここで決別を宣言したのはセラアハトの…彼なりのけじめ。裏切り者との線引き。いろんな意味でのお別れ。

 腹の内を素直に打ち明けるべきか考えつつも開陳し、セラアハトの顔色を窺ったようなおっかなびっくりの固く微妙な反応をするシルバーカリスと…徐に腰の小物入れに手を突っ込むリック。

 今向かい合う三人が大なり小なり感傷にも似た気持ちになる最中、後者はセラアハトの方へと数歩前へと出――小物入れから取り出した小切手を彼の方へと差し向けた時――リックは異変に気が付き、言葉を詰まらせた。


 彼の赤みがかった橙色の瞳に映るのは――別れを惜しみ、寂しそうに笑うセラアハトの顔ではない。彼に差し出した小切手だ。間違って取り出してしまったのであろうルーイン・ゴルドニアの名の入った小切手。巨額の金額が書かれていたはずのそれへの違和感にふと――目が行ったから。


 「…シルバーカリス。小切手の金額欄になんて書いてある? 俺目ぇ悪くなったかも」


 「……これ僕も目悪くなってますかね? いや、頑張り過ぎて疲れちゃったのかも…0って書いてあるように見えるんですけど」


 小切手を持つ手を引っ込め、対の手で自身の頬を叩いた後に悪い目つきを更に悪くし、眉間に皺を寄せて小切手を目を凝らして除き込むリックと…彼に小声で言われてそれを確認。ありのままに答えるシルバーカリス。

 その後に沈黙が流れ、ビルとビルの間を吹き抜ける強い風が寒々とした音を立てて吹き抜けた時――固まっていたリックとシルバーカリスは目つきを鋭く、眉間に皺を寄せ額に汗を浮かべながら己の取り分である小切手を眼前へと取り出した。


 「博物館で飯食った後、花子とシルバーカリスに小切手渡した時には確かに5,000,000って…! どういうこと…? 換金するチャンスあったし…なんで? このタイミングで口座から金全部下したのアイツ…? いやっ…自分の全財産現金化するための場所探してた感じぃ…? うっそぉ…」


 透かさずリックは己の報酬である小切手を内ポケットから取り出す…が、例外はなかった。100,000と書かれていたはずの小切手も…いつの間にか0となっており…余りの不可解さ。腑に落ちない状況に…思わず呟く。まずありえないが…其れっぽくなるような説。推測をたて…それでも納得はできず、今だに目の前の光景を信じられなさそうに目を丸くしつつ。


 「待って…待ってください。小切手は小切手ですし、ルーインさんが下したとしてもこれに反映されるのはおかしくはないですか? と言うことでちょっと僕のほっぺ抓ってください」


 彼の後方で同じように手に取った小切手を目を剥いて見、プルプルと震えるシルバーカリスの様子もまた、彼女の受け取った小切手に良からぬ変化が起きたことを示していたが…彼女は直ぐに意を唱えた。冷静な笑みを口元に、両目を閉じ…しかし、額に汗を浮かべ…明らかに錯乱したような言葉を最後尾に取り付けて。

 ――小切手。日常でただそれを使うだけの彼女はそれがまさひこのパンケーキビルディング。その中でどういう性質を持って居る物なのか…解ってはいないようだった。


 「解る。でも現実だ。まさひこのパンケーキビルディングの小切手ってのはその人間が銀行に預けた金とリンクしてる。全部下せば書いた小切手にも反映される。夢なんかじゃないんだぜ…コレ。まさひこのパンケーキビルディングのシステムの一部なんだ」


 一階層にて暮らしていたホストと言う名の雑用。その下積み時代にいろいろやって回ったのだろうリックは現実逃避を決め込もうとするシルバーカリスを引き戻す。現実に…その性質を知っているからこそ言える説明を添えて。


 そしてその二人組のやり取りは人物の視線を引き、その碧い瞳に只ならぬ彼らの様子を映させる。その傍でポカンとするセラアハトも含めて。


 「ひっ…!」


 一歩一歩。ツカツカと…それは足音を立ててやってくる。バルコニー橋の硬い石畳を踏み、しかめっ面で。

 その接近に気が付いたリックは思わず声を上げ、その足音の方へ半身になって振り返った。目を真ん丸くし…反射的に己の後ろにへと小切手を隠し…瞳に…近付いてくるその女、花子の姿を映して。


 「いつまで辛気臭いセラアハト(負け犬)に構ってんのよ。さっさと行くわよ。懐かれて着いて来られたらどうするのよ。面倒見れんの!? だいたいそんなやつに絡んでるとツキが――…?」


 花子は腹を立てているようだった。何時までも着いてくる兆しのない仲間たちに。

 けれど…その非難がましいしかめっ面に疑問の色が混ざるまでにさほど時間は要りはしない。すぐに花子の足取りは目を見開き、歯を浮かせて震えるシルバーカリスの背後に回り込む軌道をえがき始め――その変化にリックはハッと我を取り戻し――彼は石畳を蹴った。


 「花子さぁーん! 見ちゃダメーッ!」


 「わっ!?」


 リックは飛ぶ。身を投げ出し、花子とシルバーカリスの間に。前者の視界を遮ろうと。

 しかしながら何の意味もなさない事だ。花子の注意が彼に向いたのはほんの一瞬。その身体が石畳の上に落ちた後、花子の瞳は間も無くシルバーカリスの背を映す。彼女が見ている先にある、肩越しに伺い見ることの出来る小切手の角すらも。

 その段階で何かを察したのだろう。花子はそこで感情を押し殺した仏頂面でマントの中の左手で小物入れの中の小切手を掴み、それをマントの外側へ。己の眼前へと間髪入れずに持って行った。


 「………」


 時が止まる。良い感じに面々とお別れしようとしていたが、まるっきり変わった雰囲気について行けず、目を真ん丸くして立ち竦むセラアハトを差し置いて。


 「あーあ、こうなったら手ぇつけらんねえぞ。こりゃ」


 その時自分らしさを保てているのは安全圏からそれを見、いろいろ察した上で茶目っ気のある笑みを浮かべて、目元に片手を当てるマロンくらいだった。


 「…フッ…」


 止まった秒針は緩やかに動き出す。双眸を閉じ、口角を目いっぱいにあげた花子の…柔らかな鼻笑いと共に。

 金ではない。軽んじられたという事実。顔に泥を塗られる屈辱。譲れぬ意地、メンツ。間近で見た訳ではないが、何よりもそれを重視し、実際に無茶をした花子を知るシルバーカリスとリックの脳裏にそれは描かれた。…新たな戦いの未来が。


 以降、特に何かいう訳でもなく…花子は踵を返し…家路を行き始める。さも何事もなかったかのように。セラアハトの前だからだろうか、バルコニー橋の下方に何か見つけた風にする彼の手前、それ以上語ることもなく。不気味なほど大人しく。片手を腹部に、胃の痛そうな顔をするリックと妙にやる気になった風なシルバーカリスを置いて。

 

 戦いの終わり。その勝利を祝する一時の終わり。最後の最後で疑問符が付いた時…ゴルドニアの音楽隊は知った。まだ戦いは終わっていないことを。まだ何も終わっていないことを。不可解に思えるタイミングでのアクシデントに一部は疑問を抱きながら。

 まだ人の出歩く駅ビルの前。バルコニー橋の上に。




 ◆◇◆◇◆◇




 酒の香りと微かに香る紫煙の匂い。

 バックにライトが取り付けられ、並べられた酒を栄えさせる淡い翠のガラス製の酒棚。少し間隔を置いて灰色の大理石のカウンターテーブル。その向こう側には、明るい灰色の壁紙の店内と、それよりも濃い灰色のフレームと黒いクッションの上等なカウンターチェアが並び、更にその先には同じようなカラーリングのテーブルとカウンターチェアのセットが間隔を開けて三つほど見える。


 酒場にしては明るく、だが、モダンに洗礼された、さほど広くはないスタイリッシュな空間。人影はカウンターテーブルを挟む形で二人窺える。

 一方はスレンダーな体系。スーツ姿のショートカットのピンク色の髪の美女。もう一方はカウンターチェアに腰かけ、カウンターテーブルに突っ伏す大柄な…着崩したスーツ姿のマリーゴールドイエローの癖毛、褐色肌の美女。

 ただ、会話もなく…静かにそれはあり、今、前者が客なのであろう突っ伏す後者の傍に美しい緑色の酒が入ったグラスをそっと置く。

 その場所。店。そこの先住民たちの好み、センスの光る気取り屋たちのたまり場に…その時、それは銀色の取手の付いた黒いガラス扉を押し、ドアベルの音色を響かせながら入ってきた。


 「なにか適当に飲み物を」


 黒い扉の向こう側から店内へと踏み入れた薄い青髪の美少年は愛想なく、素っ気なく言うとカウンターテーブルの隅の席に腰かける。

 カウンターテーブルの向こう側から…少しばかり驚いた風にし、己を見るピンク色の髪の美女の視線など気にすることなく、カウンターテーブルの上に両肘を付き、顔の前で手を組み…視線を真直ぐに。


 「碌でもない目に遭ったようだな。…牙すらも抜け落ちたか」


 視線を真直ぐ前へと向けたまま、薄い青髪の美少年…セラアハトが言葉を発し…彼の傍にレモネードの入ったグラスがピンク色の髪の美女によって置かれた時、突っ伏していたマリーゴールドイエローの髪の女がその身体を起き上がらせた。


 「…あぁ、ハイラムの……ククッ、涙ぐましいな。世襲で地位を受け継いだ幹部が何とか認めて貰おうと手柄を立てにこんなところまで来たわけか」


 在りし日にあった傲慢の極みと圧倒的な自信、自尊心。己を王とし、疑わなかったものの成れの果て。

 敗北を経たそれは荒んだ笑みと共に囁いた。明確な害意。今己に声を掛けたセラアハトの心を傷付けてやらんとする明確な意思を窺わせて。

 ただ…その言葉を掛けられたであろうセラアハト。彼は眉一つ動かさず、冷静そのものだった。


 「ゴルドニアファミリア存続のため…話がしたい。ランツァーリリィ。この世界の実質的な王として君臨していたお前だ。面白くはないだろう。今の状況は」


 ランツァーリリィ。今、グラスに入った鮮やかな緑の酒を口を付けた彼女に、セラアハトは淡々と言葉を返す。嫌味な言い方に構わず、己の要件をただ一方的に。

 

 「敵の敵は味方…と言う訳か。なるほど…」


 メロン特有のあまやかで、芳醇な香り。緑色の酒で口内を湿らせたランツァーリリィはグラスを灰色のテーブルの上に置く。ランツァーリリィも、セラアハトも…お互いの方へと目をやることなく…ただ静かに。

 けれど、その後の沈黙に可笑しそうな笑いが混ざる。哀れに感じたような、嘲笑にも似たような物が。それは後者、セラアハトの目を引き、その発生点であろう…可笑しそうに笑う前者。ランツァーリリィの方へと視線を向けさせた。


 「何がおかしい?」


 「あぁ、失敬。幼子が思い描く理想の様な話を聞いていたらどうも笑いが抑えられなくなった」


 余りにも現実離れした理想を語る者に向けられるような笑いは、セラアハトに多くを語り…彼の顔をムッとしたものにさせ――彼の瞳はランツァーリリィの横顔を映す。


 「惨めだな。冗談のつもりだったが本当に抜かれていたか。牙を」


 「青いな。敵を知れ。小魚がクジラに食われるように我々の様な木端もまた、それより大きな組織に食われるんだ。今のゴルドニアファミリアは運よくクジラの口に入っていないだけの話で、小魚のお前らが知恵を巡らせ、自分らを鼓舞したところでそれを食うクジラにとっては何の差もない事だ」


 血筋と武力で覇道を行き、覇者としてかつては君臨していた者とは思えぬ言葉。井の中の蛙が大海を知った様に、ランツァーリリィも思い知ったようであったが…あまりにも従順に思えるその彼女の振る舞いは、ただ敵が強大だからと言う理由だけでは無い様にセラアハトに感じさせ――その腹の内を考えるように顎に手を当てたセラアハトを一瞥したランツァーリリィは己の唇に舌を這わせた後、俯き気味に口を開く。少しばかり酔いが回ったのか、ほんのりと頬を染めて。


 「…博物館は見たか?」


 「あぁ。モグモグカンパニーによって今もなお見世物にされているお前の醜態も」


 「いいや、違う。あれは私自身への戒めだ。モグモグカンパニーの意志ではない」


 自分が知るランツァーリリィ。その像が崩れていくのをセラアハトは感じていた。

 定期的に行われていたゴルドニア・ラビットヘッドとゴルドニアファミリアの極稀な懇親会を経てみた覇者、驕り高ぶり好き勝手やる放蕩者。在りし日のランツァーリリィの姿が。何か一つの筋を通そうとする、気概のような物を感じさせる今現在の彼女のあり方へと。


 「今思えば決闘はあの忌々しい女が参加できるよう仕向けられていたんだろう。私に反感を持つ幾人かを抱込み、水面下で暗躍させてな。だがそれはどうでもいい。戦いは嘘偽りのない正々堂々としたものだった」


 緑色の酒。メロンリキュールをグラスからもう一口飲み、己の前に今置かれた生ハム巻きメロンの乗った皿に視線を落とし、その断片に刺さった小さなフォークの先端を人差し指で弄りながら。

 嘗ては手の付けられない放蕩者。今は負けて腐る敗北者。けれどそんな彼女にも矜持と言うものがあった。なんとなくだが…聞いていてそう思える本心の籠った言葉はセラアハトの口をただ噤ませる。


 「私もかつては己の持ち得る力で決闘に挑み、ゴルドニア・ラビットヘッドの玉座をわが物にした人間の一人。そして最後に負け…あの女が新しいゴルドニア・ラビットヘッドの指導者になった。決闘による決定にケチを付けるということは、我々先祖が紡いできた仕来り…神聖な決闘に唾を吐く行為に他ならない」


 ランツァーリリィはそこで言葉を切り、どこか己の半身でも見るかのような寂し気な表情でセラアハトを見つめ…さらに続ける。


 「我々は新たな指導者に続くのみ。だから私はお前には協力はできん。伝統ある我がゴルドニアの名に於いて…先祖に、仕来りに弓を引くことだけは」


 指導者だった者としての矜持。通すべき筋。敵が強大だからと言う理由で行動を起こさない訳ではないということがセラアハトの心に自然と伝わる。


 「…そうか」


 意識せずともセラアハトの喉の奥からでた言葉は必然だったろう。死のうが負けようが失われてはならない美学。美しく、格好良くあろうとする矜持を胸にする人間だからこそ。

 そして思い知らされる。この世界の秩序をゴルドニア・ラビットヘッドと共に取り返すという考えは…ただの幻であるのだと。


 ランツァーリリィとセラアハトの会話が途切れ、各々は顔を前へ。前者は俯き、セラアハトはレモネードを一口飲む。


 ――その沈黙の時間を置いた時…釣鐘状の花を模したドアベルが鳴った。

 セラアハトはそれに気にするようなそぶりは見せなかったが、ランツァーリリィは違った。彼女はまるで猫の様にパッと上体を起き上がらせると、今開いた扉の方へとオリーブグリーンの瞳を向ける。

 その視線の先では、出入り口のドアから一人の黒髪の美女が店内へと入ってくる様がある。腰に長いエストックを差した、暗青色のゴシックな騎士服に身を包んだ…黒い大きな瞳の切れ長の目の、妖しい美女が。


 「ベウセット、来てくれたのか!」


 喜々として席を立ち、駆け寄るランツァーリリィ。

 対するは…眉一つ動かさぬ件の美女。前者と比べてかなりの塩対応だ。

 

 「保存食の在庫状況は?」


 「お前のために必要分は確保してある。またすぐに発つのか?」


 「あぁ。のんびりやるのは性に合わない」

 

 セラアハトは耳を疑っていた。傲岸不遜、慇懃無礼の権化と言っても過言ではない…ランツァーリリィの見ぬ姿、変容に。戦いに負けて命よりも尊いプライドが粉微塵にされ、自分を見失ったからこそだと。心の支えを見出さんとした結果だと理解をしながらも。


 そして恐る恐ると言った様子で、ありえないものでも見るかのような顔をし――セラアハトは顔横に向け、一瞥する。ランツァーリリィを引き連れて席へと進む…終始淡々とした騎士装束の美女の方へと。


 「なぁ、ベウセット。この間は38階層に行ったと言っていたな。今回はどこまで行ったんだ?」


 「41階層。40階層でそこの統治者を暗殺する羽目になるとは思わなかった。今頃蜂の巣を突いたような大騒ぎになっているだろうさ。クックック…多少なりともオルガの奴が困ってくれると思うと心地がいい」


 「流石はベウセット。私の見込んだ女なだけはある」


 「まぁ、慣れっこなもんでな。こういうのは」


 会話内容の詳細は良く解らない。慕う相手に対して愛想を振りまく少女、いや大型犬っぽい…明らかに恋愛対象に向けるであろう媚び売り。違和感のあるランツァーリリィにセラアハトの注意は自然と集中する。まるで見てはいけなかったものを目の当たりにしたような心境のなかで。

 けれどランツァーリリィに意識が行っていたのはほんの一瞬。彼女の話し相手…彼女とは対照的に淡々としているベウセットと呼ばれた女の方にも意識が行く。


 最初の印象は蛇の様な、猛禽類の様な…どこか陰険な雰囲気の妖しい美女。

 なんとなくも思う。余り信用するべきではない存在だとも。恋愛相手としては。根拠のない直感ではあるが。


 「今日は私の所に来てくれるんだろう? ベウセット」


 「そのつもりだ。歩けなくなるまで飲むなよ」


 ランツァーリリィとベウセットが言葉を交わした後、セラアハトはため息を一つ吐く。

 何処か呆れたようなそれは…ちょっとだけ自己嫌悪の混じるもの。敵と定めたものを愛してしまったが故、今のランツァーリリィに本来拒絶すべきであった自分の部分が見えたから。


 「ランツァーリリィ、部外者の僕がいう事じゃないかもしれないが…自分を見失い過ぎていないか。直感だが、お前は良い様に使われているだけだぞ」


 心が折れ、弱っているところを付け入られ、万全ではない精神状態の時に付け入れられ…惚れたのだろう。そしてそれを利用されている。

 同じ世界で生きてきた人間。ランツァーリリィに対し、たとえかつての敵同士だとしても…急速に広がり行く世界の中で親近感を感じるのは必然だったのかもしれない。ある種の仲間意識から出た言葉はランツァーリリィの口元に寂し気な笑みを浮かべさせ…セラアハトの方にベウセットの視線を引き付けた。


 「今のお前なら私の腹の内が解りそうなものだが…」


 「一緒にするな。僕は打ち勝った。惑わされはしたが」


 「違うな。私にはまだ惑わされたままに見える」


 きっとランツァーリリィもベウセットの気持ちは解っているのだろう。そして、セラアハトの中に何か似たようなものを感じても居たのだろう。セラアハトがランツァーリリィに感じたように、同様に。

 ただ、ランツァーリリィとセラアハトは歩み寄らず、話は水掛け論に終わり――その後者を薄ら笑いを浮かべて横目に眺めていたベウセットが、彼の横のカウンター席へ腰かけた。


 「そう責めてやるなよ。都合のいい女と言うのはそうだと解っていても抜け出せんものだ」


 ――クズ。

 己に話しかけてきたベウセットの言葉にセラアハトが思う率直な感想はそれだった。

 都合のいい女、ランツァーリリィ本人が目の前に居る中でも顔色を一切変えず、酒棚を眺めて言ったベウセット。産まれもっての傲慢さ。相手に対する誠実さの微塵もない彼女の物言いは…ピュアなセラアハトの心に敵対心を抱かせるには十分で――自然と彼の辛辣な視線はその横顔に向く。


 「皮肉だな、ランツァーリリィ。好き勝手やっていたかつての自分自身の様な奴に良い様にされるとは」


 あてつけがましくセラアハトは言葉を吐き、視線をベウセットからその横に立ったまま一向に座ろうとしないランツァーリリィへ。

 その瞳に映るのは…なんだか気持ち悪く頬を染め、呼吸を微かに荒くして…自身の肩を抱きしめるランツァーリリィの姿。思わずそれに――セラアハトは顔を引き攣らせ、身を微かに跳ねさせた。


 「…どうした」


 「何というかな…そのッ…意外に…雑に扱われるのも…な? 本当は他に相手を作ったり…許せない筈なんだが…なんだろう。この筆舌に尽くしがたい感情は…?」


 「僕が知るか。そんなもの」


 セラアハトは察する。どうやらランツァーリリィは新しい扉を開いてしまったようだと。

 傍から見れば居心地の悪そうな場所ではあるが、彼女にとっては新たな新天地。癖のある心地の良さなのだろう。

 彼女は意に返さなかった。ゴミクズでも見るような冷めた目、仏頂面で死んだ表情をするセラアハトの反応など。


 「ククッ…でかい女が媚び諂うのは見ていて心地がいい。白銀の髪で身長が190以上、瑠璃色の目の右目が前髪で隠れている奴だと更に気分が良いんだが」


 「えらく具体的――というか見たな。今日。そういう奴を…何処かで…」


 ベウセットは機嫌が良さそうではあるが…何処か物足りなさそうだ。

 そんな彼女の前にせっせと酒やつまみを運ぶランツァーリリィと…同じようにするピンク色の髪のこの店のマスターの姿。

 セラアハトは何か言い掛けたところで理解する。この酒場が――ベウセットに骨抜きにされた者たちの居場所だと。


 ――牙どころか歯が全部抜かれていた…か。


 当初の目論見であったゴルドニア・ラビットヘッドの協力取り付け。それが敵わず、ここに居る意味もないセラアハトはレモネードを飲み干し、席を立つ。

 変わり果てた強敵共の惨状を目にし、どこか痩せこけた様な顔をしつつ、リックとの別れ際。彼から受け取った小切手をテーブルの上に置いて。

 自分にも有得たかもしれない未来。恋心を逆手に取られ、ダメになってしまったランツァーリリィとピンク色の髪の女。反面教師。こうはなってはいけないと言う生きる教本たちを横目に。


 ――さよなら、リック。


 セラアハトはそのまま踵を返し、店の出入り口へ。

 縋る物がなくなり、悪い女に現在進行形で付け込まれているランツァーリリィの気持ちに一定の理解を示しつつ…黒い扉を押し、店を後にして。

 閉まり行く扉。顔を横に向け、その向こう側に彼が見て居たものは…初恋の相手から受け取った小切手。決別の意志を貫かんとしつつも…確かに未練を残したまま。


 扉が閉まる。そこでセラアハトは顔を前に…歩き出す。一つの区切りをつけたようかのように。意志の強い瞳に享楽的な街の明かりを散りばめつつ。もはや自分が知る場所ではなくなってしまったかつての強敵たちの地を踏みしめて。




 ◆◇◆◇◆◇




 強い潮風を切り裂き、フェリーは大海原に白い線を描き進む。本日最後の便。最後の仕事を終えるために。


 仕掛け絵本を使えば最初の島に戻ることは一瞬で出来る。しかし、楽しかった時間の余韻。それに心を浸したいとする考えは、それもまた人情と言うものだろう。


 「…終わりか…。終わっちゃったんだな。あぁ…楽しかったなぁ…」


 偶然居合わせ、ほんの一時戦線を共にした仲間たち。大凡二日。もっと言えば一日と半日。極めて危険だが、スリリングなひと時…困難を仲間たちと乗り越えた楽しかった時間。

 偽物の夢の最中から始まった本物の世界。大した活躍は出来なかったかもしれないが、都合よくは行かず、一切の忖度もない困難の中で仲間と共に足掻き、道を切り開いた輝く思い出を振り返り、遠い目で――ガリは呟く。フェリーの甲板に立ち、フェリーの行く先を見据えて。

 

 目元に微かな輝きを浮かべ、儚げな顔をするガリの顔をチビとゴリは目を真ん丸くして眺めていたが――それらはガリの注意を引くことなく、彼は視線を前へと向けたまま、切なげだが、歯を見せ笑い…頬に一筋の光の線が下へと下がっていく。


 「ゴリさん主にナナちゃんとの思い出しかないんだけど。セラアハトちゃんとシルバーカリスちゃんの二人混ぜてファミレスでご飯食べたり、銭湯行ったりしたときが一番楽しかったけど…ボリュームがさ?」


 「自分もあんまり変わりませんね。自然エリアでは技能実習生の機銃掃射くらって早々にリタイアでしたし」


 「えっ、機銃掃射? チビ~、ここは剣の世界だよ? そんなもの――」


 「あるんだな。これが。明日辺りニュースでやると思うので好きなだけ見ると良いですよ。俺とガリさんが行った険しい道がどんなものだったのかを」


 そこでゴリとチビ。二人の会話が途切れる。

 その時の思い出を振り返る様に、ゴリは甲板の手すりに背を預け、チビは腕を組んでしみじみと。


 「実はさ、俺、学校で上手く行ってなくてさ」


 その沈黙の中、不意にガリが語り出す。当然それはチビとゴリの視線を引く。

 だが、彼らは静かに耳を傾けるのみだ。何か返事をすることもない。


 「最初は仲良いグループだったんだけど、気が付いたらその中で攻撃対象になってたんだよな」


 ガリは手すりの上に両手を置いたまま、フェリーの行く先。青く明るい星降る夜空の下に広がる海を見据えている。チビとゴリからでは表情が窺えないままに…黒い髪を潮風で強くなびかせながら。


 「俺は臆病だったから立ち向かえはしなかった。立ち向かおうともしなかった。すぐに自分だけの都合のいい世界に逃げ込んで…目と耳を塞いで…暗い安息を求めるようになった。そこでしか救われないと思ったのかも。このゲームに出会ったのもそれが原因かなぁ」


 ガリはまだ続ける。微かに震える声で。


 「でもさ、チビとゴリさんと会って…ちょっと現実に向き直る勇気が出来て。無くなってた自信が付いた。ホントありがとう」


 その時のゴリはもらい泣きしそうな顔をし、瞳をうるうるさせていて…チビはなんだか照れ隠しするかのようにそっぽを向いていた。口をへの字に、細い目をより細くして。

 彼らの方へ、ガリはゆっくり振り返った。晴れ晴れとした爽やかな表情だが、頬に涙を伝わせつつ。


 「それで…塩パグ学園島での騒動。俺、勇気が貰えた気がしたよ。社会的には褒められたやり方じゃないけど…邪魔する奴はブッ飛ばす。気に入らない物は是が非でも力尽くで変えてやるって感じの奴らと一緒に行動を共にしてさ」

 

 「じゃあ現実世界に帰ったら気に入らない奴をぶん殴るところから始めましょう。花子さんだったら弱そうな奴を集中的に、執拗に狙えとか言いそうじゃないですか? そうすればそいつは集まりの中でも居心地悪くなりそうですし」 


 「あぁ。そのつもり。こっちに絡んでいい気になって、油断してる奴の顔面に一発クリーンヒットさせられる自信は俺にもあるぜ」


 ガリとチビ、二人で語ったその時…ゴリが割って入る。眉をハの字に…涙をこらえるかのような顔で。


 「ゴリさんが協力しよう!」


 だが、彼の誘いにガリは首を横に振った。口元に…何処かの少女が良く見せていたような好戦的な笑みを浮かべて。


 「これは俺の戦いであり、試練。ソロプレイで乗り越えてやるぜ」


 握りこぶしを作り、ガリはそれを己の前へと突き出した。白い歯を覗かせ、笑って。

 

 その時彼の心に浮かぶのは、にこやかに笑うグリニッシュブルーの髪の少女の顔。彼女は囁く。爽やかに…格好良く。


 ――喧嘩は度胸。委縮してたら本来の力の五割も出せません。リラックスです!


 心に灯る思い出の火。ガリは再び振り返る。向かい風が強く吹く付けるフェリーの進行方向へ。大海原の上、星々流れる夜空の下…まるで付き物が落ちたかのような、清々しい表情で。

 決してまやかしなどではない、現実の中に。

以前なんかに書いた通りホント匂わせる程度になりましたな。ベウセットさん。そうだよ。次の章は40階層がメインで、他の階層もちょいちょい関わってくる感じになるわけですよ。


さて、次回こそ双頭の兎と言うお話になります。三章の最終決戦場…ゴルドニア島でのお話でございます。これが上がる前にほとんど更新していなかったオルガのグルメが上がるかもしれません。楽しみにしていてくれよな。

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