慟哭の絆
呪いの声を持つ君は、とても辛い人生を歩んできましたね。
その声は、聞いた者の意識を例外なく奪い去る。
君が泣き声でも上げようものなら、両耳をしっかりと塞がないと近づくことも叶わない。
そうなってしまったのは、何時からだったでしょうか?
少なくとも、幼少期の君は至って普通の声の持ち主でした。
とても美しい声だった。
いいえ、美しい声であることは今だって変わらないはずです。
ただ、人の意識を刈り取る呪いが付与されただけで、君の声は今だってきっと、美しいままのはずなのです。
全てはあの悪い魔女のせいです。
あの魔女は、かつての恋敵であった君のお母様への復讐のため、娘である君に呪いをかけた。
恨んでも恨んでも、恨み切れません。
出来ることなら、この手で殺してやりたかった。
だけど、諸悪の根源たるあの魔女はもうこの世にいない。
呪いを解く方法ごと自らの命を絶ち、魔女はその呪いを永遠のものとした。
君には何の非もない。
理不尽極まりない。
だけど、君の声にかけられた呪いはもう一生解けることはない。
現実はあまりにも残酷です。
恨むべき魔女も、もうこの世にいない。
結果、君のお母様は激しく自分を責めました。
どうして呪われたのは自分ではなかったのかと。
お母様が自ら命を絶たれたのは、5年までしたね。
その晩、お母様を喪った悲しみに暮れる君の慟哭が屋敷中に響き渡り、僕を含め、屋敷内に滞在していた全ての人の意識を奪ってしまった。
母親の死を受け、慟哭する。
君は娘として当然のことをしただけなのに、周りの目はとても冷たかった。
全ては魔女のせい、呪いのせいなのに。
実際に意識を奪われた人達は君を恐れ、まるで化物でも見るかのように扱った。
世間体を気にしたお父様は、君を別宅へと軟禁するようになり、君を世間から隔絶した。
昔の心優しいお父様ならそんな真似はしなかったでしょうが、溺愛していた奥様を喪い、精神的に追い詰められていたのでしょう。
もちろん、だからといって許される行為ではありませんが。
あの時、手を差し伸べることが出来なかった僕の弱さを許してください。
当時11歳の僕は、今よりもずっと臆病だった。
周りの大人達に逆らってでも、君に手を差し伸べる勇気が出せなかった。
僕は卑怯者だ。
過去の出来事ですら、どこか人の所為にしないとやっていられない。
本当は僕も怖かったんだ。
声だけで人の意識を奪い取る君のことが。
意識を失う瞬間の闇に落ちていくような感覚が、とても恐ろしかった。
認めよう、僕は君を恐れていた。
だけど今は違う。
僕はもう逃げない。
君から逃げない。
君と正面から向き合うと、そう決めた。
この一カ月間、僕は熱病で生死の境を彷徨いました。
これは臆病者の僕に対する罰なのだと、最初はそう思っていました。
だけど、脳裏に浮かぶのは、何時だって君の笑顔だった。
死ぬことそのものよりも、君と二度と会えなくなるのが怖かった。
だから、必死に必死に生きようとした。
君のことが好きだ。
病床で己の意識と向かい合う日々の中で、僕はようやくそれを自覚した。
気づくのに5年もかかってしまったよ。
病は僕に大きな変化をもたらした。
失ったものは大きいけれど、こうしてまた君と向かい合うきっかけとなったことも事実だ。
……君は優しいね。
僕のために涙を流してくれている。
思いっきり泣いてもいいんだよ。
君の声は、もう僕の意識を奪うことはないのだから。
慟哭しているであろう君の体を優しく抱き留める。
耳を塞ぐ必要がないから、泣いている君を両腕で抱きしめることが出来る。
……熱病は、僕から聴力を奪い去っていったから。
僕にはもう、君の声は聞こえない。
今この屋敷には僕と君しかいない。
僕がずっと抱きしめていてあげるから、思いっきり泣いていいんだよ。
僕のためだけじゃない。自分のためにも泣いていいんだ。
人前で泣くことは弱さじゃないよ。
僕はそれを、信頼の証だと受け止めているから。
だから今は、感情の赴くままにお泣きなさい。
これからは、ずっと一緒だよ。
了




