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中二病ドラゴンさんは暗黒破壊神になりたい  作者: 禎祥
第五章 俺様、北方へ行く
69/212

3

 俺が事情を聞こうとすると、江間は突然大声を上げて泣いてしまった。

 これにはエミーリオも1号もオロオロするばかり。

 まぁ、武谷の例もあるしな。どの国が召喚したかは知らないが、江間も黒髪黒服だ。これまでどんな扱いを受けてきたかは推して知るべし。



「彼女を召喚したのはノルドでしょうか?」

『オーリエンとアスーはちゃんと勇者を保護しているから、消去法だとそうなるか』

「江間、よく頑張ったな。もう大丈夫だぞ。ここにはお前を傷つけようって奴は誰もいない」


 泣きじゃくる江間の肩に乗って、1号がポンポンと優しく頬を叩いている。

 落ち着くのを待つ間、エミーリオが再び俺達の夕食を用意した。

 温かいものを口にすれば落ち着くから、と既に食べた江間の分も用意してもらう。



「……夕佳ちゃんが、殺されたの……」


 何と、江間は武谷と一緒にオチデンに召喚されていたらしい。

 嗚咽混じりにぽつりぽつりと語る彼女の話を纏めると、オチデンで召喚された際にこの世界の成り立ちや勇者としての使命などは説明されたそうだ。


 黒の使徒と呼ばれる罪人の処刑によってレベルを上げろという狂気じみた命令に怯えた江間を気遣った武谷は、夜間人目が薄くなったところで江間を連れて逃げ出したらしい。

 ところが、髪の毛が黒い、服が黒いというだけで石を投げられ食べ物も売ってもらえず仕事にも就けず、ひたすら逃亡生活を送っていた。

 で、アッファーリにて何かと庇ってくれていた武谷を喪ったと。



 俺が知っている江間はこんなに喋る奴ではなかったし、自分で決断をしたり行動を起こしたりする奴でもなかった。

 庇護者を失い、森の中でモンスターに襲われながらの必死の逃亡生活が彼女を変えたのだろう。


「私、夕佳ちゃんが殺された時、怖くて何もできなくて、それで、逃げたの……」


 それからずっと森の中をさまよい、モンスターや人間から逃げ回っていたのだと。

 僅かな木の実と夜露だけで飢えをしのいできたという彼女は、言われてみれば記憶の中よりもかなりやせ細っていた。




「苦労されたのですね……ですが、もう大丈夫ですよ」


 エミーリオが江間の器におかわりをよそってやると、それをまたすぐに食べた。

 1号がうんうんと頷きながら話を聞いていた。


「ですが、これで聖竜様と勇者様が揃いましたね。聖女様と合流して、他の勇者様を迎えに行ったらすぐにでも暗黒破壊神を倒しに……「嫌っ!」」


 江間がエミーリオの言葉を遮って耳を塞ぐ。


「あんな、人を人とも思わないような人間のために何で命をかけなきゃいけないの?! 何が暗黒破壊神よ! 簡単に人間を殺せるあんた達の方がよっぽど化け物じゃない!」


 江間の中ではどうやらエミーリオも武谷を殺した人間と同じように見えるらしい。

 モンスターから逃げ回っていたというし、戦うのがよほど怖かったのだろう。暗黒破壊神を倒すという言葉に強い拒絶を示していた。

 大粒の涙を流し、血が出るほど噛み締められた唇からはフーッフーッと荒い呼吸が漏れる。

 その視線だけで人を殺せそうなほどだった。


 彼女がここまで生きてこられたのは、きっとこの世界に対する憤怒。

 これまで一人で行動をしてこなかった彼女を変えるほどの激情。それでも食事を与えてくれたエミーリオにそれをぶつけないよう必死に耐えているのだ。



「もう良いよ、江間。頑張らなくて良いんだ」

『江間、貴様は日本に帰れ』

「! 帰れるの?!」

「ああ。夜になれば、江間を家に帰せる能力の奴が迎えにくる」


 江間はチラッとエミーリオを見る。

 拒絶したとはいえ、召喚された自分が役目を果たさずに帰って大丈夫なのか気になるのだろうか。


「ええ、大丈夫ですよ。戦いたくない女性を前線に立たせたのでは、騎士として面目立ちません」


 エミーリオは全く気にしていないとでも言うように微笑んで見せる。


「……帰り、たい……もっと早く、夕佳ちゃんが死ぬ前に帰りたかった……」

「うん、ごめんな、もっと早くに迎えに来てやれなくて」


 またボロボロと涙を溢す。これまで張りつめてきた気力が切れたのだろう。

 縋り付く相手が欲しかったのか、エミーリオに抱きつき彼の胸元を涙で濡らしていく。

 幼児のように泣きじゃくる江間に、1号が言い聞かせた。


「これは全部夢だ。悪い夢。日本に帰ったら、何にも覚えていないと言うんだ。武谷は残念な事件で死んでしまったが、江間は頑張って生きろ」


 泣きながら頭を振る江間。

 自分だけは、武谷がどうして死んだのか覚えていたいのだと。


「うん、でも、誰にも言うんじゃないよ。じゃなきゃ、江間が武谷を殺したと疑われる。何も覚えていないことにしな」



 泣きたいだけ泣かせてやったら、疲れたのかエミーリオに縋り付いたまま眠ってしまった。

 そのまま夜になり、いつものように気配もなく現れたルナさんに江間を託す。


『すまんな、エミーリオ。勝手に帰してしまった』

「良いのですよ。彼女にも言いましたが、戦いたくない少女を前線に立たせて平然としているなんて騎士じゃないです」


 それに、他にも勇者様はいますし、と笑うエミーリオ。

 その笑顔は、江間の逃亡生活を思ってか少し蔭っていた。

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