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誰にも聞かれたくない重大な話がある、という1号の言葉に始まった夜間飛行。
その内容は、この世界の女神の正体。
女神であるルナさんだからこそ知り得た衝撃の事実に、ルシアちゃんが「そんな……」と小さく呟く。
「……とても信じられません。私達が神だと仰いでいた存在が、そんな……」
「俺だって、そんな凶悪なもんがいるだなんて知りたくなかったさ」
『暗黒破壊神の方がまだ可愛く見えるな』
ルナさんの話では、異界の神が別の世界に干渉するとき、その世界の神が接触してくるらしい。何をしにきたのかってな。
ところがルナさんに接触してきたのは、この世界の女神ではなく、この世界の外側にある世界を管理する神獣。
そいつが言うには俺達のいるこの世界は、封印として閉じられた世界なのだそうだ。
元々はこの世界と外側の世界を合わせて一つの世界だったらしい。
だが、他の生命を殺して遊ぶような残虐な獣が生まれ、世界を管理していた女神でも制御できなくなった。
女神は仕方なく救える命だけ連れて世界の中にもう一つ世界を創った。それが、「箱舟」と呼ばれる今俺たちがいるこの世界なんだと。
だが、世界の外側に締め出したはずのその獣は、神獣の目を欺いて閉じる直前に箱舟に入ってしまった。
そして、女神を消滅させて成り代わった。
『世界を分けた意味がないではないか』
「まぁな。だが、見方を変えればそいつをこの世界に閉じ込めたとも言える」
『それで、外側の世界にいた時と同じことをやっていると』
「いや、それ以上だな」
そいつのやったこと。それは、凶悪なモンスターを創り出し人々を襲わせたこと。それに対抗する手段としてスキルを与えたこと。
また、祝福と称して人間に称号を与え、それによって運命を決定づけた。
モンスターという脅威を用意して、それに対抗する手段を与えて、信仰を集める。マッチポンプってやつか。
それだけ聞けば単なる小悪党なんだが、俺とルシアちゃんが絶句したのは……。
「おぞましいことにな、スキルの正体は、そいつが捕まえた精霊なんだ」
「……そんな……酷いことを……」
1号の言葉に、ガツンと頭を殴られた気がした。
じゃあ、俺のスキルも……。
(事実です)
(!)
鑑定を使った時に出る半透明のボードが突如出現し、1号の言葉を肯定する。
そうか、鑑定ちゃんも、精霊だったのか。知らないうちに、俺は鑑定ちゃんを取り込まされていたわけか。
他人の命を弄びやがって。
あまりのショックに、ルシアちゃんがホロホロと涙を溢している。
「女神を名乗るそいつはビッグ・イアーという種族の、猫に似た幻獣の一種だと聞いている」
神だろうが幻獣だろうが、肉体があるなら問題ない。当初の予定通り、ぶん殴るだけだ。
邪神としか言いようがないそいつは、他にも二つの集落をけしかけて殺し合いをさせたりして遊ぶこともあるのだという。
「まさか、ノルドが戦争準備をしているという噂が立ったのは……」
「たぶん、そのまさかだろうな。暗黒破壊神がノルドを壊滅させなければ、セントゥロに攻め入ってたはずだ」
『こうなるとどっちが正義かわからんな』
現暗黒破壊神は元勇者だって話だし。こりゃ共闘もアリか?
だが、俺が暗黒破壊神になるには奴が大きな障害になるんだよなぁ。
偽女神はある程度遊ぶと、玩具が完全に壊れてしまわないよう暫く休むらしい。それでこれまでそいつが疑われずに信仰されてきたようだ。
一番のお気に入りの玩具は暗黒破壊神と勇者、聖竜、聖女。
暗黒破壊神の復活から封印までが遊びの1セットなんだと。
勇者が負けた時は偽女神が直接出向いて暗黒破壊神を封印するらしい。
お気に入りの玩具だから、倒されると倒したものを暗黒破壊神に作り替えてしまうとか。
「その、ルナ様に情報をお与えくださった外界の神獣様には助力いただけないのでしょうか」
「無理だ。そいつは、ビッグ・イヤーによって壊されかけた外側の世界が崩壊しないよう、人柱として支えている。ルナに接触してきたのもかなり無理したそうで、これ以上干渉はできないそうだ」
『ふん、何を弱気になっている。俺様がいるのだ。負けるはずなかろう』
俺の言葉に、ルシアちゃんがそうですわね、と微笑んでくれた。少し心配そうなのは気付かなかったフリ。
しかし、そうなると女神の寝所にいるってのは、間違いなのか?
暗黒破壊神の復活に供えて力を蓄えるために寝てるからって話だった気がするが。どんなに呼びかけても反応しないのは、とっくに起きててどこかで高みの見物してるような……。
いや、打倒女神を謳う暗黒破壊神が女神の寝所に手下のモンスターを呼び寄せているんだ。そこにいることは間違いない。
「それと」
『まだあるのか!』
重すぎる話にもうお腹いっぱいだよ!
「ビッグ・イヤーは双子らしい。二人で一人を演じているか、どちらかが人間に化けて煽動している可能性があると」
「つまり、対峙した時は片割れに気を付ければ良いのですね」
「あぁ。後ろから急襲される可能性もあるからな。ルナが教えてもらったのは、片方が魅了や洗脳、もう片方は未来予知の能力を持ってるらしい」
『奇襲は不可能か。ならば正々堂々、正面突破してくれよう』
強がってみたものの、聞けば聞くほど厄介だ。
何だよ、未来予知って!
俺もたいがいチートだが、チート過ぎんだろ! さすが、神と称するだけはある!
何とかなる、よな……?
『しかし、洗脳か……』
「あまりゾロゾロ引き連れていくのは、不味いかもな」
「輜重部隊の皆様には、途中で引き返していただくようですね」
いや、力量的にどちらにしろ最下層まではついてこれないだろ。
どこかで拠点を作って待機してもらうことになるはずだ。
『ルシア、もし俺様が洗脳されることがあれば、結界で封印してくれ』
「そんな……!」
そんなことはできない、とルシアちゃんが俺にしがみ付く。
でもな、俺、たとえ操られていたとしてもルシアちゃんを手にかけるのだけは嫌なんだ。
洗脳の件については念話が使える俺がアルベルト達に伝えることにして、空中での密談は終了した。




