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中二病ドラゴンさんは暗黒破壊神になりたい  作者: 禎祥
第七章 俺様、南方へ行く
156/212

(閑話)

「ハックシュンッ!」


 自分のくしゃみで目が覚める。

 冷たい風が全身を撫でつけ、思わずブルリと身体を震わせた。


「あ?」


 目の前にはダムが並々と水を湛え、満月が明るく照らすその水面を風が乱していく。

 俺は何故か薄着でベンチに座っていた。

 赤茶色の葉がカサカサと足元を転がるように飛んでいく。それを視線で追うと、見覚えのある建物が。


「ここは……水道山の見晴らし台?」


 異世界ではあり得ない、ネオンサインが煌々と輝くホテル。間違いない。自宅の近くの山の中だ。

 懐かしすぎて、逆に現実感がない。

 何で俺はこんなところにいるんだ?

 確か、異世界でルシアちゃんと馬車に乗っていたはず……。


「クシュン! クシュンッ!」


 考えている場合じゃないな。このままじゃ風邪をひく。

 さっさと家に帰ろう。そしてババァに風呂を沸かさせて温まろう。



 月が明るいから、幸い足元は少し見える。

 木の根に何度か躓きながらも何とか山道を降り、国道へと出た。

 星のように点々と輝く家々や外灯の明り。懐かしい人工の明り。眩しすぎるコンビニの看板に何故か涙が出そうになった。


「何だこいつ? こんな薄着で。頭おかしいんじゃないか?」

「変なカッコ。コスプレ? オタクってやつぅ?」


 コンビニから出てきた若いカップルに絡まれた。俺より少し年上か、いってても二十代前半くらいだろう。女の方は最近あまり見ないようなギャルメイクでピンク色に染めた髪をツインテールにし、男の方は金髪の髭面だ。両耳に3つ、鼻の横と唇にピアスをつけ、指輪や金属性のチェーンアクセをジャラジャラと身に着けている。

 二人ともキャハハハ、と俺を指さして笑っている。その態度にカチンと来た。


「何だと?! 俺は勇者だ! 無礼な口を利くな!」

「勇者だぁ? 本気で頭おかしい奴だったぜ」

「勇者様ぁ~。どこの魔王と戦うんでしゅかぁ? キャハハハ!」


 そうだ。俺は勇者だ。誰よりも強い。厳しい訓練に耐え、モンスターを倒し、強くなった。

 こんな風に俺を馬鹿にする奴らも、みんな力でねじ伏せて認めさせてきたんだ。

 もう誰にも馬鹿にさせない。俺は強いんだ。


「謝れ!」


 半年前の俺なら、男の外見にビビって関わろうとすらしないで逃げただろう。

 だが、もっと厳つい外見の男達とだって俺はやり合ってきた。そして、力を見せつけ認めさせてきた。俺の方が強いと。俺の方が偉いと。


 俺は全力で男に殴りかかる。

 俺のステータスは一流冒険者に匹敵する。そんな俺が全力で殴れば、並みの冒険者なら軽症で済むが一般人では良くて粉砕骨折、悪くてミンチだろう。

 頭の隅でよせと制止する自分もいたが、結局怒りに任せて拳を振りぬいてしまった。


「……いってぇなぁ」

「何なのこいつ~。やっちゃえ大ちゃん!」

「!?」


 俺の全力が効かない?!

 拳の当たった頬を男がさすっているが、多少赤くなった程度だ。


「そ、そんなバカな! 俺はレベル37だぞ?! その程度で済むわけ……」

「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよ! 何がレベルだ! ゲームは家でやってろ、クソが!」


 腹に衝撃がきた。と思ったら頭にも激痛。

 殴られたのだと気付いた時には地面に倒れていて、そんな俺の身体が浮くほどの蹴りを男は執拗に繰り返す。

 何が勇者だとか、いきなり殴ってきたお前が悪いとか男が喚いている気もしたが、もうよく聞こえない。






「あ、気が付いた? お名前は言える?」


 気が付いたらどこかの病院の部屋で。鼻や腕にチューブが刺さっていた。

 俺が起きたのに気付いた看護士の中年女性が鼻のチューブを外してくれる。抜ける瞬間痛みが走った。夢じゃない。こっちが現実。

 なんだ、異世界で勇者になったなんて、やっぱり夢だったんだ。


「梅山昂輝です」


 家族に連絡すると言うので連絡先を伝えると、まだ寝ていなさいと言って看護師は去っていった。

 起こしかけていた身体をパタ、とベッドに沈めて眼を閉じる。蹴られた箇所がずきずきと痛む。

 楽しい夢だった。何もかも俺の思い通りになる世界だった。できることならもう少しあの夢に浸っていたい――。




「昂輝! 昂輝! あんたって子は、本当に心配ばっかりかけて!」

「いったい今までどこで何をやっていたんだ!」

「るっせーな、ババァ、ジジィ。何だって良いだろ」

「親に向かってその口の利き方は何だ!」


 夕方、血相を変えて入ってきたババァとジジィに起こされた。どっちも涙や鼻水流しまくって、きったねぇ顔近づけんな。

 でも、そう思ってんのに何故か抱きついてわんわん泣いてるババァを振り解く気にはならなかった。


「心配だってするさ! あんたと一緒にいなくなってた子が、もう6人も死体で見つかったんだよ」

「生きて帰ってきたのは、お前で二人目だ。頼むから、親より先に死ぬような親不孝はしないでくれ」

「は?」


 死んだ? 誰が? イキテカエッテキタノハオマエデフタリメ?

 そのうちに警察もやってきて、俺は半年も行方不明だったと言われた。どこで何をやって、どうやって帰ってきたのかと聞かれた。そんなのは、俺が聞きたい。


「異世界で勇者をやってた」


 俺に言えるのはそれだけで。でもそう言うと頭がおかしくなったとか、ゲームのやりすぎだとか言われて。

 次の日も、次の日もずっと検査やカウンセリングとかで一向に家に帰してもらえそうにはなかった。

 本当のことを話しているのに、誰も信じてなんてくれない。

 帰りたい。ゲームがしたい。俺の話を信じてくれる奴とだけ話したい。

 ここは嫌だ。もう一度、あの世界に行きたい。



「よ、梅山」

「工藤?!」

「俺もいるぞー。ほれ、差し入れ」

「きのこ……」

「木下先生と呼べ―」


 検査が終わると、病室に懐かしい顔がいた。

 そうだ! 工藤は確かに異世界にいた。工藤なら、俺の話が本当だって医者や警察に証言してくれる。俺をここから出してくれる!


「なぁ、工藤! お前も異世界にいたよな?! 俺と一緒に、勇者やってたよな?! な?!」

「……は? お前、大丈夫か? まだ記憶が混乱しているのか。異世界なんて、あるわけないだろ」

「そ、そんな……もしかして、役立たずとか言ったの怒っているのか? 謝るから! なぁ、俺達友達だろ? 魔法とかスキルとか、人間離れしたステータスとか、何でか使えなくなってるんだよ! 異世界に一緒に行ってたお前ならわかってくれるよな?!」


 頼むから、俺と一緒だったって言ってくれ! 俺が嘘なんて言ってないって、俺はおかしくなってないって言ってくれよ! なぁ!

 縋り付く俺に、工藤は困ったような笑顔で肩を竦めた。きのこまで、夢でも見ていたんだよなんて言う。

 愕然とする俺を残して、2人は混乱させてごめんなと帰ってしまった。

 差し入れ、と言って置いて行った袋には、俺の大好きだったゲーム機。


「は、はは……まさか、本当に全部夢だったのか……?」


 入っていたソフトは、RPG。赤髪の勇者が、聖女とそのペットの竜と共に世界を支配し混乱をもたらした悪神に立ち向かう物語。

 どこからが夢で、どこからが現実だったのか? 何が正しいのか、もう俺にはわからない。

 ただ俺が病室(ここ)から出られる日は当分来ないということだけが、紛れもない現実だった。







♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢   







「少しやりすぎましたかね? 先生」

「う~ん、まぁ、これに懲りたら大人しくなるんじゃねぇの?」


 病室から出て、先生と家路をゆっくりと歩く。

 ここが元々ステータスの存在しない世界だからか、体力とか素早さとかは全てこちらに戻ってきたら元に戻っていた。あちらではリンゴを握り潰すのも簡単だったのに、今はびくともしない。風のように走れたりもしない。

 でも、何故か魔法は使える。先生曰く、スキルはそのまま技能、特技として魂に刻み込まれているから、練習次第ではまた使えるようになると。まぁ俺の使える魔法なんて、もともとちょっと地面を掘れるくらいのものだったからな。使う場面もそうないだろうし、使う気もない。


「でも先生、梅山のスキルを封じられるくらいなら、俺まだ戻らなくても良かったんじゃ?」

「ん? そういやそうだな。まぁ、お前の両親も泣いて喜んでたし良いんじゃないか?」


 そうなのだ。

 梅山のスキルはどうやったのか先生の奥さんが封じたとかで、今あいつは本当に今まで通りの普通の人間に戻ったのだ。そんなことができるのなら全員分やってくれよと思ったのは内緒だ。


「まぁ、そうするにも色々制約や負荷があるからな。そのままで大丈夫って奴にはそのまま帰すってさ」

「……信用されたってことですね」

「そうさ。俺の女神の信用を裏切らないようにしてくれよ」


 先生は俺の頭をペチペチと叩く。

 言われるまでもない。こんな力、人前で使ったら化け物扱いだ。そうでなくても、異世界だ魔法だの言い出したら梅山のように病院から出てこれなくなる。

 そう言えば、先生が差し入れと言って渡していた、あの世界そっくりのゲームはどこで買ったのだろう? メーカーのロゴも見たことがないものだった。

 聞いてみたけど、内緒、と言われてしまった。先生は意外と謎が多い。



「さて、当面はこれで良いにしても、だ。これからが大変だぞ」

「マスコミとか、警察の応対ですか?」

「や、そういうのは俺がやるから、そっちは適当に覚えてないって言っていればいい」

「じゃぁ、何が」

「梅山の心のケアをさ。あいつがまた社会に戻れるよう、ちゃんと友達として支えてやってくれよ」


 先生は悪戯が成功したような表情で笑って、俺にデコピンをしてくる。

 先生のこういう所は好きだ。ふざけているように見えて、ちゃんと俺達生徒のことを考えてくれている。

 言われなくても、あっちで役立たず呼ばわりされた腹いせは済んだし、ちゃんと友達に戻りますよ。


「先生、さっきから痛いですよ。体罰です。いじめです。教育委員会に訴えますよ」

「酷い?!」


 オーバーリアクションで先生が泣きまねをする。その後一緒に笑って、やっと帰ってきたって感じる。

 みんながまだあっちにいるから、元通りの日常とは言えないけれど。

 またみんなで先生をからかったりして、馬鹿笑いできる日が来ると良いな。もちろん、梅山も含めて。


「先生、俺、頑張ります」

「おう、先生も頑張るよ」


 輝いていた。にかっと笑う先生の顔が。夕日を反射する家々が、木々が、町並みが。

 ああ、世界は何て美しいんだろう。


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