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2話  魔王の指輪


「ヴォルドゥーラさん! しっかりして!」



 林の中で倒れているヴォルドゥーラを抱き抱えるセリア。

 ヴォルドゥーラは血塗れで顔面蒼白。見るからに瀕死であった。



「こりゃ……、まずいな……。このままだとこの身体はもたない……。セリア……、この指輪を外して……お前の指にはめろ……」



 ヴォルドゥーラは虚ろな瞳で身体もろくに動かせなかった。

 辛うじて動く右手を、ゆっくりとセリアに向けて差し出す。



「え? 遺品のつもり!? 嫌だよ! 死なないでよヴォルドゥーラさん!」



 セリアは泣きながら首を横に振った。

 こんな悲劇が起こるとは思ってもいなかったセリア。



「いや違うから……、そうじゃないから……。良いから言う通りに……」



 カランと音を立て、ヴォルドゥーラの指から指輪が落ちる。

 そこに先程の男が追い着いて来た。



「そこに居たか……。まだ戦えるだろ?」


「見て……分からないんですか!!」



 事も無げに言い放つ男を、涙目で睨み付けるセリア。

 その身体は恐怖と怒り、そして何より悲しみで震えていた。

 


「ああ、なるほど……。悪かったな……。そこまでするつもりはなかったんだが……」



 無感情にそれだけ言うと踵を返し去っていく男。

 その背中を見つめるセリアは、その言葉の意味を理解した。

 抱き抱えるヴォルドゥーラの身体から、鼓動が止んでいるのが分かったのだ。

 視線は宙を漂い、ヴォルドゥーラを視認する事が出来なかった。



「嘘……、そんな……」



 ようやくゆっくりと向き直るセリア。

 目を閉じ、ピクリともしないヴォルドゥーラ。



「そんな……、そんなぁ!」



 ヴォルドゥーラを抱き締め泣きじゃくるセリア。

 その時地面に落ちている指輪から赤い光が溢れ出す。



「何……これ……。こんな物……。私いらないよ……。ヴォルドゥーラさん……」



 涙を溢し震えるセリア。指輪から溢れる赤い光は強くなったり弱くなったり、何かを訴えているように不規則に輝いている。

 不思議に思ったセリアは指輪を拾い、自らの右手の人差指にはめてみた。



「ほら……、似合ってない……。せめて……ヴォルドゥーラさんの亡骸と一緒に埋めてあげよう……」


(やめてくれる!? 俺死んでないからね?)



 セリアの呟きに応えるように、突然声が響いて来た。

 目の前にあるヴォルドゥーラの身体からではない。



「まさかヴォルドゥーラさん!? どこ? どこに居るの!?」



 セリアはキョロキョロと辺りを見回した。

 だが人影どころか何の気配も感じなかった。



(指輪だ指輪。俺の本体はその指輪で、そっちの身体は人形みたいなもんなんだ。それにしても……お前と相性が良くて助かったわ~)



 物凄く元気そうに喋るヴォルドゥーラ。

 全く理解出来ない状況に説明を要求するセリア。



「分かんないよ! どういう事!?」


(面倒だな……。つまりあれだ。そっちの身体は俺が操作出来るように特別に作った道具……、さっきも言ったが良く出来た人形なんだよ。)



 混乱するセリアにヴォルドゥーラは軽く説明した。

 ヴォルドゥーラにとってこの人形の損傷は存在維持に関係ないらしい。



(しかしこれじゃ直すのに時間かかるな……。でもまあ、あんな理不尽に強い死神みたいな人間が彷徨いてるんじゃ……、100年くらい掛けて直せば良いかな? セリア、とりあえずこの身体を城の地下まで運んでくれ)


「かよわい私に運べる訳ないでしょ! こんな……」



 ヴォルドゥーラの無茶振りに難色を示すセリア。

 セリアは無理な事を証明しようと、人形の膝の裏に手を入れて持ち上げようとする。

 すると軽く持ち上がってしまった。思ったより軽かったのだ。



「ヴォルドゥーラさんちゃんと食べないと……。こんな細くて出るとこ出てて……、腹立つわぁ……」



 セリアからは悲壮感が薄れ、ぶちぶち文句を言う余裕が生まれていた。

 仕方なく人形を城の隠し階段から地下まで運び、そこにあった台座に乗せた。

 その後にヴォルドゥーラに言われた通りに、剣やら鎧やらを台座の側に移動させる。



「で、これどうするの?」


(右手をかざして、これらを人形ごと纏めて包むようなイメージを取ってくれ。出来れば箱状が良いかな)



 セリアは言われた通り、右手をかざして人形を覆う形状をイメージした。

 その瞬間人形が炎に包まれたかと思うと、長方形の赤い金属質な物で覆われる。



「わぁ凄い綺麗……。魔法みたい……」


(そうだな……。炎金術、エバポレートとでも名付けようか。炎に包んだ金属を分解して人形の回りに再構成した。人形に残っていた俺の魔力を使って封印したようなもんだ)



 セリアは鮮やかで美しい光景に素直に感動した。

 ヴォルドゥーラの持つ魔王としての能力のようだ。



「へぇ~。便利ね! 色々使えそうだわ。鍛治屋さんとかなれそうじゃない?」


(ちなみに……、今のはその人形と俺との間に繋りが残っていたから出来た事だ。その繋がりもたった今断たれた。これから何が出来るかは……、俺の現所有者であるセリアの精神力次第だな。ともかく村に戻るぞ、あの死神の情報が欲しい)



 興奮気味のセリアの様子から、いつものなりたい病だと判断したヴォルドゥーラは話を切り上げる。

 地下室への扉を閉め、村に向かう事にした。


 村に戻るとヴォルドゥーラが討伐されたと言う情報は、すでに村中に広まっていた。

 先程の男が立ち寄って報告して行ったらしい。



「あの人……、来る時は村を素通りして来たみたいね。どこの誰だか誰も知らないなんて……」


(いちいち詮索しないんだろう。腕試しの連中なんかいつもの事だし……)



 セリアとヴォルドゥーラは数名の村人から話を聞いた後、いつもの食堂に顔を出した。

 そこでは一つのテーブルを囲み、お通夜のような雰囲気の大人達が悲しみにくれている。



「ヴォルドゥーラさんが居なくなったらまた魔物が増えるよなぁ……」


「家畜をコパルン一匹から守るのも一苦労だよ……」


「ウチの庭の草むしり……、明日お願いしてたのに……」



 ヴォルドゥーラが居なくなったことを心底悲しむ村人達。

 他力本願なこの駄目な大人達の為にも、事実は黙っていた方が良いかもしれないと思う少女セリア(14)



(いや、自分ちの草むしりくらいいい加減自分達でやれよ……)


「都からの依頼も来てたのにな……。残念だよ本当に……」



 ヴォルドゥーラはこのまま無視しようかと考えたが……

 村長の言う『都からの依頼』に食いついた。



(都から!? おいセリア! どういう事か聞いてくれ!)


「ええ~? 面倒だわ……」



 ヴォルドゥーラは自分では話さずセリアに願い出た。

 セリアは凄く嫌そうに、渋々空気の悪いテーブルに近付いていく。



「あの……、都の依頼ってなんですか?」


「おお、セリアか。さっき王国騎士団の方がやって来てな。人助けを行う魔王の評判を聞いた王様が直々に会ってみたいと言ってきたんだと。なんでも内密で頼みたい事があるとか……」


(なんだと……。セリア、お前が引き受けろ! ここで一気に名声を得られればこの村の知名度も増す!)



 セリアの事務的な質問に詳しく答える村長。

 ヴォルドゥーラは千載一遇のチャンスとばかりにセリアを焚き付けた。

 認知度が国のトップまで広まったこの機を逃す選択肢はないと考えたのだ。

 かといって前の身体を動かせる程回復させるのはいつになるか分からない。

 オマケに死神が恐い。



(ええ~! 無理だよ! なにやらされるか分からないじゃん! 私に魔物退治とかやれって? 私かよわい美少女だよ?)


(その図太い神経ならなんでもやれるわ! 俺は上手く逃げ延びてしばらく旅に出てることにしとけ! さっきの身体が治るまでで良い! 何とかして修復方法を見つけ出す! それが終われば俺が手を貸してやるから医者でもなんでもなれば良い!)



 セリアとヴォルドゥーラはひそひそと小声で話をまとめた。

 かなり嫌々ではあるが、利害は一致した。

 どのみちヴォルドゥーラの助力が得られなければ、セリアなどただの田舎娘である事は本人が一番良く分かっているのだ。



「あの……、実はヴォルドゥーラさん……。討伐された振りして上手く脱出していまして……。身を隠すついでに、後の事は私に任せてしばらく旅に出るそうなんですよ」


「なんと! あの剣士本当にヴォルドゥーラさんを追い詰めたのか!? てっきり我等に愛想を尽かせたヴォルドゥーラさんが、出ていく口実に旅の剣士を使ったのだとばかり……」



 セリアの話に村長は心底驚いていた。

 騎士団すら敵わない魔王に対し、まさかフラりとやって来た一人の男が討伐したなど誰も信じてなかったようだ。

 どうやら雑用を押し付けてる自覚はあったらしい。



「それでですね、私ヴォルドゥーラさんから色々教わってまして……。弟子として私が代わりに行く訳には行きませんかね? 多分そうこうしてる間にヴォルドゥーラさんと合流出来ると思うんですよね……」


「なるほど……。お前本当にヴォルドゥーラさんに弟子入りしてたのか……。それなら都に行って一旗上げるのも夢じゃないな……。よし、三日後に騎士団の方がお見えになるからその時にでも付いていきなさい。それまで……」



 セリア達がたった今決めた設定を信じた村長はとても笑顔になり、依頼書の束を押し付けて来た。

 とりあえずこんな大人にはなるまいと誓ったセリアだった。

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