後日談
――あの決闘から時が経ち、二週間後。今は僕達二人の生まれ育った村に帰って来ていた。
「久しぶりね」
「復旧進んでるんだな」
先の戦で壊された建物も半数が元通りになり、荒らされた畑には新たな命が芽吹いていた。これも領主であるルーの父の手腕だ。
「でしょ、お父さんは凄いんだから」
まあ、ユシファには負けるけど、なんて付け加えて笑うルー。相変わらず可愛いななんて思ってる。誰かにのろけ話したいぐらいに。
「お義父さんと僕では比べられないよ。そもそも、お義父さん商人じゃないし」
「それもそうね」
村の外れにある教会。正式名称を聖ルナディア教会という小さな教会の横にある墓にやって来た。そこにいるのは僕の父と母だ。
「お父さん……お母さん……」
父は厳しくも心は優しい人だった。母は優しさの中に強い志をもつ人だった。僕を愛してくれていた。そんな二人が僕は好きだった。亡くした時のショックは大きくて、今でも思い出すだけで涙が出そうだ。
「ユシファ……」
でも、隣で心配してくれる彼女がいる限り僕は寂しさなんかには負けない。彼女を悲しませたりなんかしないと決めたから。
「ユシファ!」
「何? どうかしたの?」
突然真剣な顔で僕の名前を大きめの声で呼ぶ彼女に驚く。交渉術の練習の賜物か噛んだりどもったりしなくてよかったけど。
「あんたは、笑って生きていきなさい! 絶対よ!」
「僕はいつでも笑顔だけど?」
「それは営業スマイルでしょ! ……違うわよ、心から笑えるようになりなさい。最近、私の前でもちゃんと笑ってくれないじゃない」
そうだったのだろうか? 自分でも気付かなかった。だけど、彼女には見抜かれてしまっていた。僕の弱さを。誰よりも一緒にいる、ルーには。
「……て、いいのよ。私……ユシファ。……だから」
彼女が小さく呟いた言葉は僕の耳には聞こえなくて。だから、間の抜けた声しか返すことが出来なかった。
「え?」
「だから! 一度しか言わないから今度はちゃんと聞いてるのよ?」
そこで隣あっていた僕達は向かい合った。いや、右に立っていたルーに右手を引っ張られて、向かい合わされた。
「泣いたって、いいのよ。私の前では貴方はただのユシファ。商人でもないただのユシファだから」
遠くで雷の音が聞こえる。すぐに雨も降りだしそうだ。帰らないと、屋根のあるところに、ここじゃない何処かに、行かないと濡れる。そうわかっているのに、ルーはそうさせてくれない。
いいや。これは僕自身の弱さだ。商人だから、誰かに弱味を見せちゃいけない。そう思って、一人で抱え込んで、誰よりも大事な人を心配させた。悲しませた。悲しませたりしないと決めたのに。
ポツポツと降りだした雨が体をぬらす。雨は神様の涙だとは、誰が言ったのだろうか。
「……」
お互いに何も言わなかった。ルーは只、僕を見つめていた。僕は只、ルーに映った僕を見ていた。弱々しい、自分の不都合な事から目を逸らそうとする卑怯者を。
「ルー」
「ユシファ」
僕達はお互いの名を呼んだ。そしてどちらからともなく抱きしめあった。お互いの顔を見ずに。見せないように。
そうして体感的には数時間、実際には数分後、少し距離をとりお互いの顔をもう一度見た。きっと、僕の目は赤く腫れていることだろう。だって、ルーがそうなのだから。お互いの涙は雨が隠した。
「ねぇ。ユシファ。私はね、思ってたの。金運の無い、頼りない私が貴方の傍にいても良いのかって」
「そんなの決まってる。良いに決まってる。むしろ、ルー以外の奴が隣だなんて御免だ」
ルーは優しい。勝ち気な性格故に分かりづらいが誰よりも他の人間のことを考える。僕には出来ない。
「なぁ、ルー。俺はルーを心配させないように、強く生きようって思ってた。だけど、そのせいでルーを苦しませた」
「いいの、頑張ってたのよね。空回ってたけど。そんなユシファの隣には私が居ないと駄目ね」
「ああ。駄目だな」
「まあ、他の誰にも譲らないから」
いつの間にか雨は上がっていて。今日も空は美しい。まだ青い空に燃えるような真っ赤な髪と瞳がよく映える。
にこりと微笑んだルーの髪をわしゃわしゃと撫でて、両親の墓に向き合う。
「お父さん。お母さん、僕、これからも頑張るよ。ルーと一緒に」
「不束者ですがよろしくお願いします」
そうして僕達は歩きだした。二人で。世界一の商人になるため、いいや、幸せに生きるために。
――あの子の達の前には沢山の障害が立ち塞がるだろうけど、彼等なら乗り越えられる気がするわ。
――当たり前だ。俺らの子供だからな。
――そんなところは貴方に似ているわね。あの子も。もう心配は無さそうね。
――ああ。そうだな。俺達の自慢の子供とその嫁だからな。
そんな声が聞こえた気がした。




