ヘフナー王立裁判所
翌朝、僕とシェリルは裁判が行われるヘフナー王立裁判所と呼ばれる建物の前に立っていた。それは大理石で作られた建物で高さは十五m、幅と奥行きは五十mぐらいはあろうか、なかなか威厳のある立派な建築物だ。そしてその入口の前に立つ僕とシェリルは周囲をきょろきょろと見渡していた。
「あら、ここにもいるわね、向こうにもそのまた向こうにも。」
「あぁ、裁判所の周りにはタンケーダの一味らしきチンピラがうじゃうじゃしている。僕が裁判所に現れると思って監視の目を光らせているんだろうな。」
「予想以上に厳重だわ。」
「確かにね。シゲはまだかな? 」
裁判所の周りには多くの人がいてタンケーダの警戒も厳しいのだがその中でも僕とシェリルは落ち着いていた。というのも僕はシェリルの魔法によって変装をしていたからなのだ。僕は茶色地に黒く細い縦縞を入れた地味なスーツを着て五十代の中年男になりすましている。そして両手に持つ刀が入った三つのケースもそれぞれが大きなアタッシュケースに見えるようにしていた。スーツとワイシャツ、そして靴は昨夜シゲに借りたのものだが顔と三つのケースはシェリルの魔法によってその姿を変えているのだ。僕はシゲを探しつつちらっと俯いて自分の着ているスーツを見てからこう言った。
「シゲには散々世話になったなぁ。この裁判が終わったらシゲには何か御礼をしないといけないなぁ。」
「ふふ、そうね。」
シェリルは昨夜と同じ小さなレッサーパンダの姿になっていて僕の肩にちょこんと乗りながらそう笑った。レッサーパンダに変身したシェリルはとても可愛らしい。シェリルのふさふさの毛が顔に当たるのが僕には少しくすぐったかったが心地良くもあった。
「あ! 来たんじゃない? 」
「来たね、あれはシゲだ。その後ろにいるのが協力してくれている弁護士の先生だね。」
シェリルが顔を向けているヘフナー王立裁判所の前面の石畳の道路の方から二人の男が歩いてくるのが見えた。一人はシゲでもう一人は背の低く小太りな男だ。二人とも黒のスーツを着てゆっくりとこちらに歩いてくる。僕はシゲに声を掛けた。
「シゲ! こっちだ! 」
だがシゲはちらっとこちらを見ただけで立ち止まろうともしない。どうしたのかな? 僕はもう一度声を掛けた。
「お〜い! シゲ! 俺だよ! 」
だがそれでもシゲは僕を無視している。何かあったのだろうか? するとシェリルが僕の耳元でこう言った。
「変装してるから分からないんじゃない? 」
「……なるほど、確かにね。」
僕は苦笑いしながらシゲを追いかけた。するとシゲはそれに気が付いて不審そうに僕を睨みつけている。距離が近くなったところで僕はシゲに小声で言った。
「シゲ、僕だ。ユージーンだ。」
「え!? ユージーン!? 」
「シーッ! 声がでかいよ! 」
シゲは僕の全身を上から下まで不思議そうな顔をしながら見つめている。そして暫くするとようやく声を絞り出した。
「……その変装は凄いな、全然分からなかったぜ。じゃあその肩に乗っている可愛いレッサーパンダはひょっとして……? 」
「そう、シェリルだよ。」
シゲは目を見開いてまた驚いていた。だがそれも致し方ないだろう。昨日までドラゴンだったシェリルが今日はこんな可愛いレッサーパンダになっているのだから。だが暫くするとシゲは我に返り自分の後ろにいる弁護士の先生に僕らを紹介しようとした。しかしその時だった。
「えいっ! 」
シェリルがそう小さく叫んだ。一瞬だがシェリルの前足が鮮やかな緑色に光る。すると急にシゲの後ろにいた弁護士の先生が僕らに握手を求めてきた。
「やぁ、君がユージーン君か。私が弁護士のミック・ジャグアーだ。変装しているんだよな? 今日は一緒に頑張ろう。」
僕はその男と握手をした。シゲはきょとんとした顔をしている。僕はシゲに小声で説明した。
「今シェリルがこの人に魔法をかけたんだ。この人はもうミック・ジャグアーさ、そういう暗示をかけられてる。」
「あっ! なるほどね! 先生はビルっていう名前なのに何を言ってるんだろう? と思ったよ! 」
シゲがそう言って納得している間にそのビルという弁護士の容姿はミックのそれに見事に変わっていた。昨日家で酔っ払ってだらしなく寝ていたミックが目の前に立っているのだ。僕は改めて「シェリルの魔法って凄い! 」と思った。
「さぁ、裁判所の入口はあっちの方みたいですよ。」
僕はそう言うとシゲとミックに変装させられたビル、それにシェリルを連れて裁判所の入口に向かって堂々と歩き始めた。何度も監視役のチンピラと目が合うが彼らは何も言わない。結局僕らはチンピラの横を何事もなく通過することが出来た。
「ふぅ、ドキドキだね。」
「あら、あたしの魔法を疑っていたの? 」
「いいや、全然。」
「ふふ、本当かしら。」
僕らは裁判所の入口に辿り着いた。だがその扉の前には銃を背負った守衛の男が二人立っている。何か許可証でもないと入れないのだろうか? だが僕達が近づくとその守衛は敬礼をしてこう言った。
「ジャグアー先生! ご苦労様です! 」
僕達はその守衛に扉を開けてもらいすんなりと中に入ることが出来た。僕はシェリルに小声で聞いた。
「あの守衛に何か魔法をかけたのかい? 」
「いいえ、何もしていないわ。どうやらミックという男はこの裁判所に頻繁に出入りしていてそれなりに顔も知られているようね。」
「ビルにはどんな魔法をかけたんだい? 」
「自分がミックであることと今の私達を取り巻く状況の全てを理解するように魔法をかけたわ。だから彼はあたし達が証拠の刀や巨人の写真を持っていることも把握しているの。それらの切札をこれからどう使うかは彼の弁護士としての技量にかかっているわね。」
そういうことであれば話は早い。何も説明しなくても彼の頭には全ての情報がインプットされているのだ。僕はまたシェリルに質問した。
「君の魔法を直接王族の人間にこっそりかけてタンケーダの悪事を信じさせれば裁判は楽勝じゃないの? 」
するとシェリルは反論した。
「そこまで魔法に頼っては駄目よ。」
「え? 」
「魔法は万能じゃないわ。意志の強い人には効かないこともあるの。それに今回の裁判で大事なことは公開裁判という場であなたのご両親の無実とタンケーダの悪事を王族の人と傍聴に来ているの人の両方に広く知ってもらうことよ。あなたが今まで努力してきたことを正々堂々と訴えてこの裁判を見ている人全員にそのことを信じてもらわないと駄目よ! 魔法ではそこまでは出来ないわ。勿論あたしが魔法であなたを手助けはするんだけどそこだけは自分の力でやらないと。全てを魔法に頼って仮に勝利を掴んだとしてもそれは本当の勝利ではないわ、きっと。」
シェリルの言う通りだ。全てを魔法に頼れば裁判の過程が不自然になるだろう。それを見たら不審に思う人が出てくるかもしれない。そうなれば僕に疑いの目を向ける人間は必ず出てくる。魔法の力を借りるとはいえ最後に真実を皆に信じさせるのは自分の力でやり切らねばならないのだ。無意識のうちに楽をしようとした自分を恥じて僕は何も言い返せなかった。
「目指す法廷はこの通路の奥よ。」
「あ、あぁ。」
シェリルの言葉に従って僕は歩を進めた。恥じて落ち込んでいる暇はない、いよいよ法廷なのだ。




