素敵なディナー
「この料理を水炊きというのですか? 」
「そうじゃ、これが水炊きじゃ。ワシには船乗りの友達がおってな、そいつが遠い東洋の港に行った時にこれを食ったらしい。それが余りにも美味かったんでワシにも作り方を教えてくれたって訳じゃ。とは言っても作り方は簡単じゃがな、美味いぞ。」
「へぇ、そうなんですね。」
確かにヘフナー王国の一般的な家庭ではこんな料理はあまり食べられていないだろう。まさに異文化圏の食事という感じだがでも美味しそうだ。するとスチュアートさんは小さなお椀を二つと何かの液体が入った透明な容器を一瓶、それに小さな棒を四本差し出した。僕はスチュアートさんに尋ねた。
「それらは一体何です? 」
「ふふ、順に説明してやるわい。まずはこの瓶からじゃ。この瓶の中身を椀に注ぐ。」
スチュアートさんはそう言いながら容器の蓋を開けてその中に入っていた液体を一つのお椀の中に注いだ。この液体は一体何なのだろう?
「これはポン酢というのじゃ、調味料の一種じゃな。これを付けて食べると何でも美味い。ほら、お前さんの椀にも入れてやろう。」
スチュアートさんはそう言うと残った空のお椀を一つ僕に差し出しそのポン酢を注いでくれた。僕にとってそれは初めて見る調味料だ。どんな味がするのだろうか? 僕は不思議そうに手に取ったポン酢入りのお椀を眺めていたがスチュアートさんはそんな僕を無視して説明を続けた。
「次は箸じゃ。この棒は箸という。これはこんな風に使う。」
そう言うとスチュアートさんは四本のうちの二本の棒を右手で持った。そしてその二本の棒をまるでピンセットのように使って野菜を一つ摘み上げた。
「凄く器用ですね。僕にも出来るかな? 」
「大丈夫じゃ、出来るわい! 」
僕は箸と呼ばれる残った二本の棒を右手に持ちスチュアートさんを真似て野菜を摘み上げようとした。だがなかなか難しい。僕は悪戦苦闘してようやく鍋の中の野菜を何とか一つ摘み上げた。するとスチュアートさんが微笑みながらこう言った。
「よし、ではその野菜を自分の椀の中のポン酢に浸してから食べるのじゃ。」
「は、はい。やってみます。」
僕は言われた通りにしてから野菜を口の中に放り込んでみた。
「熱っ! 」
「ハハッ、いきなり口に入れては火傷するぞ。フゥフゥしてから食べるんじゃ。」
「は、はい。あっ、でも美味しい! 」
「ふふ、そうじゃろう。」
スチュアートさんもそう言った後野菜をポン酢に浸してから口に入れた。どこか得意げな笑顔を浮かべたスチュアートさんを見つめながら野菜を噛み締めていると僕の目にはまた涙が溢れてきた。スチュアートさんの優しさと水炊きの美味しさが僕の涙を誘ったらしい。僕はようやくこのタイミングでスチュアートさんにお礼を言うことが出来た。
「……スチュアートさん、ありがとう。」
「ふふ、ええんじゃ。しっかり食え。」
スチュアートさんは僕の肩をポンと叩いた。僕は鼻水を啜りながら水炊きを食べ続けた。するとスチュアートさんは言った。
「お前さん、酒は飲めるのか? 」
「は、はい。」
「水炊きには意外と白ワインが合うのじゃ。飲むか? 」
「はい! 」
スチュアートさんは持ってきたワイングラスの一つを僕に手渡すと白ワインを注いでくれた。逃亡生活が始まってからはお酒を飲むのはおそらく初めてだろう。僕はスチュアートさんと乾杯してから白ワインを喉に流し込んだ。その久しぶりの白ワインの味はまさに格別だった。
「どうじゃ、美味いじゃろ? 」
「はい、物凄く美味しいです。」
「ふふ、もっと飲め。」
「はい。あ、ちょっと待って下さい。シェリルにも食べさせてあげないと。」
僕は一旦ワイングラスを地面に置くとお椀を手に取り野菜や鶏肉をてんこ盛りにしてシェリルのところに持っていった。
「シェリル、美味しいよ。食べれるかい? 」
僕がそう言うとシェリルは無言で口を少し開いた。僕は彼女の口の中に水炊きを放り込む。彼女はゴクンとそれを飲み込んだ。
「ユージーン、これもお前さんの親友に飲ませてやるんじゃ。」
背後から僕らの様子を見ていたスチュアートさんが僕にそう言いながら小さな茶色の小瓶を差し出した。先ほどのポン酢を入れた瓶とはまた大きさも形も違うものだ。僕はスチュアートさんに聞いた。
「それは? 」
「この瓶の中には東洋から伝わった滋養強壮の薬が入っておる。弱った時にこれを飲むとたちまち回復するのじゃ。人間には効果抜群じゃからドラゴンにも効くじゃろ。」
スチュアートさんの言葉を信じて僕はその液体をシェリルの口に含ませた。シェリルの喉の奥からゴクリという小さな音が聞こえる。彼女は飲んだのだ。その薬の効果がどれぐらいあるのかはすぐには分からないがその薬をわざわざ持ってきてくれたスチュアートさんにもう一度お礼を言う為に僕はスチュアートさんの方に改めて向き直った。
「本当にありがとう、スチュアートさん! 」
「お、ちょっとはお前さんも元気が出てきたようじゃのう。さぁ、食え! 」
僕はスチュアートさんに勧められるまま食べ続けた。なんせ久しぶりのまともな食事なのだ。スチュアートさんが持ってきた食材はあっと言う間に無くなってしまった。
「お前さん、これからどうするんじゃ? 」
食事を終えて鍋を空にした後ワイングラス片手にスチュアートさんが僕にふとそう聞いた。
「両親の裁判で無罪を勝ち取らねばなりません。」
白ワインを飲んでほろ酔いだったが僕はしっかりとそう答えた。するとスチュアートさんが突然大きな声を出した。
「そうじゃ! これを見せるのを忘れておった! お前さん、姓はマイヤーといったな。これはひょっとしてお前さんの親父さんのことか? 」
「えっ!? 」
スチュアートさんはポケットから取り出した小さな紙切れを僕に差し出してきた。どうやら新聞を一部切り取ったもののようだ。だがそのちっぽけな紙片には驚くべきことが書いてあるようでスチュアートさんはその内容を読み上げてくれた。
「『ヘフナー王への詐欺罪と侮辱罪の疑いで拘束されていたマイヤー氏の裁判の日程が変更。明後日の朝十時より第一王立裁判所にて行われることになった。』と書いてある。」
「なんですって!? 」
僕は思わずそう声を上げていた。確か父さんの裁判は僕がコイチに拉致されてから二週間後だった筈だ。あと三日は日がある筈なのに。ひょっとして人違いということがなかろうかと思い僕はその切抜きをスチュアートさんから受け取ると食い入るように全ての記事を読んだ。だが記事の内容から判断する限りそれは父さんに関するもので間違いは無いようだった。僕はポツリと呟いた。
「……裁判の日程が早まっているようです。」
「そうか、ひょっとしたらお前さんの動きに気が付いたタンケーダが焦っておるのかもしれんな。」
確かにそうかもしれない。僕が牢屋から逃げ出したことやマッケンジーの家から剣が盗み出されたことなんかはタンケーダ一家には報告が届いているだろう。奴らにすればそれが明るみに出る前に早いところ裁判で決着をつけたいと思うのは当然かもしれない。
「くそっ! タンケーダめ! 」
僕は思わず大地を殴りつけた。するとすかさずスチュアートさんが僕をなだめる。
「怒る気持ちは分かるがのう、冷静にならねばいかんぞ。」
「はい。それは分かっていますが……。」
「そうそう、これを渡しておくわい。」
そう言うとスチュアートさんはポケットから何かを掴み出すと僕の目の前で手のひらを広げてそれを見せた。
「S & W の弾じゃ、七発あった。」
スチュアートさんの手のひらの上には金色に輝く七発の銃弾が光っていた。そしてその中には一発だけ銃弾の先がオレンジ色に塗られているものがあった。僕はスチュアートさんに聞いた。
「スチュアートさん、これだけオレンジ色に塗られているのは何故? 」
するとスチュアートさんは僕にこう言った。
「ふふ、その弾は秘密兵器なんじゃ。」
秘密兵器? どういう意味だろう? 僕はそのオレンジ色の銃弾を摘み上げた。




