ピクニック
「……羨ましいのう、若いということは。」
老人は視線を僕から外して遠くを見ながらそう言った。僕は何も言葉を返すことなくその老人の横顔をただ見つめ続けていた。すると老人は着ているシャツの胸ポケットから煙草を取り出すとマッチで火を付けてプカプカと白い煙を口から吐き始めた。白い煙がいくつもの小さな輪となって明るくなった真っ青な空に舞っては消えた。
「お前さん、腹は減っておらんのか? 」
「え? 」
暫くしてから老人は突然そう言うと煙草の先端を自分の靴の裏に擦り付けて火を消し吸い殻をズボンのポケットから取り出したビニール袋に入れた。そして次に脇に置いていた荷物の中から小さなバスケットを取り出すと僕の目の前に差し出してきた。バスケットの蓋が開かれると中にはハムやチーズ、野菜を挟んだサンドイッチが入っている。老人は微笑みながら僕にこう言った。
「この辺りはワシの散歩コースなんじゃ。いつもならこの先にある高台にまで行って景色を眺めながらこれを食べるんじゃけどな。良かったら一緒に食べんか? 」
その瞬間僕のお腹がグゥとなった。老人はそれを聞くとまたニコリと微笑んで荷物の中から水筒を取り出し僕に小さなコップを手渡すと紅茶を注いでくれた。
「さぁ、遠慮するな。」
僕はサンドイッチの一つを手にすると一口頬張った。美味い! 最近は缶詰ばかり食べていたせいかもしれないがそのサンドイッチは極上に感じられた。その後に啜った紅茶もこれまた美味い! 僕はサンドイッチと紅茶の美味しさとそれをくれた老人の優しさを思うとまた泣きそうになった。
「……ありがとう、おじいさん。」
「ふふ、ええんじゃ。」
老人はそう言うとサンドイッチを一つ手に取って口に入れた。美味しそうにもぐもぐと口を動かしている。僕は紅茶を飲み干して空になったコップを老人に渡すと水筒を手に取って紅茶を注いであげた。
「おぉ、すまんのう。」
老人はそう言うと紅茶を一口飲んでから僕にこう言った。
「親友にはあげなくていいのか? 」
老人はそう言ってうつ伏せになって寝ているシェリルの方を見た。僕は残っているサンドイッチを一つ手にすると背後で横になっているシェリルのところへ持っていった。シェリルもおそらくお腹が空いているだろう。シェリルにすればこんな小さなサンドイッチなぞ大して腹の足しにはならないかもしれない。でも食べないよりは食べた方がいいだろう。僕は寝ているシェリルの耳元で囁いた。
「シェリル、美味しいサンドイッチだよ、食べる? 」
「……う、う〜ん。」
シェリルは寝ぼけたような声を出したが小さく口を開けたので僕は口の奥にサンドイッチを放り込んだ。ゴクリというサンドイッチを飲み込む音がシェリルの口の奥から響く。
「ふふ、どうやら親友も食べてくれたようじゃのう。」
いつの間にか僕の真後ろに老人が立っていた。老人は微笑みながらシェリルを見つめている。僕は老人に向き直って言った。
「ありがとうございました。」
「な〜に、ルカちゃんのボーイフレンドとその親友なら助けない訳にはいかんからのう。それよりそのドラゴン、ちょっと弱っているようじゃが大丈夫か? 」
老人は僕の身体越しにシェリルを見つめながらそう言った。僕もシェリルの方を振り返りながらこう言った。
「巨人との戦いで傷を負いました。」
「巨人じゃと? また巨人がこの街の何処かに現れたのか? 」
「いえ、街の中ではありません。タンケーダの家の敷地の中で出会ったのです。」
僕は老人の優しさに触れて心を許しついタンケーダ家の敷地内で飼育されている巨人のことを喋ってしまった。その老人はルカ先生の知り合いだし悪い人ではなさそうだったが僕の行動はちょっと軽率だったかもしれない。僕はシェリルから老人の顔に視線を移しどんな反応をするのかを窺った。
「タンケーダか……あの家になら巨人の一匹や二匹おっても不思議ではないかもしれんのう。なんせあの家は悪いことばかりやっとる! ワシはあの家は大嫌いじゃ! 」
老人は今までの穏やかな態度を一変させている。その苦々しげな表情からはタンケーダ家への深い憎しみが感じられた。僕は思い切って老人に聞いた。
「あの……タンケーダの家と何かあったのですか? 」
「ああ、酷いことをされたのじゃ。」
老人はそう言うと目を瞑り無念そうな表情を浮かべて僕に話をし始めた。
「ワシには弟がおったんじゃ、この弟が大工をしとってのう、ある日タンケーダの屋敷の増築工事があってそこに呼ばれたのじゃ。弟は腕のいい大工じゃったから自分の名を上げるチャンスと思い喜び勇んで出かけていったわ。」
老人はまた紅茶を一口啜ってから話を続けた。
「弟は頑張っていい仕事をしたらしい。これは他の大工仲間も言うとった。じゃのにタンケーダは弟に何かしらの因縁をつけて工事の代金を大幅に値切ろうとしたのじゃ。これには温厚な弟もさすがに怒ってタンケーダに抗議をした。」
そりゃ怒るのも当然だろう。だがコイチの親父がやりそうなことだ。聞いていると僕も段々と腹が立ってきた。
「じゃがタンケーダは話し合いに応じずそれどころか抗議にきた弟に殴る蹴るの暴行を加えて追い返したのじゃ。ワシは頭にきて警察に訴えたが警察は何も動いてくれんかった。」
「……おそらく警察にも裏から手が回っていたんでしょうね。」
「その通りじゃ。挙句の果てにタンケーダは弟だけではなく警察に通報したワシにも街のごろつきを差し向けてきおった。……結局ワシと弟は大怪我で入院じゃ。そんな奴がこの街にはゴロゴロいる。皆泣き寝入りじゃ。」
無茶苦茶な話だ。やっぱりあいつらはクズなのだ。僕の拳が真っ白になって震えた。




